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11.孤児院
しおりを挟む孤児院に到着したカイを出迎えたのは、明るく元気な子供たちだった。
「おにーさん、きれーい!」
「お姫さまみたい……!」
(ええ……姫って言われたの初めてなんだけど!?)
きらきらと目を輝かせて駆け寄ってくる子供たちに、カイは思わず苦笑する。中でも一際小さな女の子が、じーっとカイを見つめながら、両手でほっぺをぎゅっと押さえた。
「ねえ、わたし、大きくなったらおにーさんのおよめさんになる!」
「ふえっ!?」
あまりに突然のプロポーズ(?)に、カイは盛大に咳き込んだ。
「……コホン。う、嬉しいけど、それはまた大きくなってから考えようね?」
そう言って頭をなでると、女の子は恥ずかしそうに笑って、くるりと踊るようにその場を去っていった。
そんな微笑ましい雰囲気の中、孤児院の奥から、やんちゃそうな男の子が顔を出した。だが、何かを企んでいるように口元をぴくりとさせ——
「おにーさん、これあげるー!」
そう言って手渡してきたのは、なぜか生ぬるく、やけにリアルなカエルの人形。
(……これは、試されてる!?)
まっすぐに向けられた視線には「お前、これで動揺するだろ?」という確信が滲んでいる。
だがカイは微笑んだまま受け取ると、ぎゅっと抱きしめてみせた。
「ありがとう。とってもユニークだね。名前、つけてあげようかな」
「……えっ」
少年は目を丸くした。
「うちの使用人にも、動物のぬいぐるみに名前つけてる子がいるんだよ。これは……“フロッグ卿”って感じかな。貴族っぽくていいでしょ?」
「フ、フロッグきょう……っ、ぶはっ!」
堪えきれず吹き出した少年の顔が、赤く染まる。
「へ、変な人ー!」
そう言いながらも、彼は満面の笑みを浮かべて抱きついてきた。近くにいた他の子供たちも「フロッグ卿!」と真似をし始め、わいわいとカイの周囲に集まってくる。
「……不思議ですね」
少し離れたところからその様子を見守っていたゼクスが、小さく呟いた。
「え?」
「子供たちは、警戒心のない者ほど懐きやすいと聞きます。けれど……あなたは貴族だ。それなのに、どうしてこうも自然に、周りの心をつかんでしまうのか……」
「そ、それ褒めてるの?」
ゼクスは珍しく少しだけ笑った。
「もちろん、褒めてます。……あなたには、人の心を溶かす力がある」
その言葉に、カイは思わず目をそらす。
(……なんでだろ。ゼクスにそう言われると、なんか、恥ずかしい)
小さな手がカイのコートの裾を引っ張る。
「おにーさん、また来てくれる?」
「うん、また来るよ」
心からの笑顔でそう約束すると、子供たちの歓声が上がった。
こうして、カイの小さな善行は、また一つ積み上がったのだった。
***
孤児院での寄付活動を終え、帰り道。
屋敷に戻る途中、カイが馬車に乗る際にゼクスはそっとカイの手と腰に手を添えた。
「カイ様、足元がお疲れのようでしたので」
「え、あ、そうか……ありがとう」
そんな些細な仕草にも、なぜか胸がぽかぽかと温かくなる。
(……やばい、なんかゼクスに頼るのが、だんだん当たり前になってきてる)
けれど、同時に。
ふとした瞬間にゼクスが見せる、他人を寄せつけない鋭い視線にも、微かに気づきはじめていた。
(……ま、まさか、気のせいだよな)
カイは自分にそう言い聞かせ、胸のざわつきを誤魔化す。
だが。
ゼクスは、騎士の仮面の下で、すでに確信していた。
——私には、カイ様がすべてだ。
——カイ様がもっと私を頼り、私なしではいられなくなれば良いのに…
ゼクスの中の独占欲は、さらに静かに膨れ上がっていく。
(……もう誰にも触れさせない。カイ様は、私だけのものだ)
だがその狂気は、まだ表には出さない。
周囲は薄々気づき始めているが、カイだけはまだ——。
主従の距離は、今日もまた、少しだけ縮まった。
カイがその根底にあるものに気づくのは、もう少し先のことだった。
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