ハマナス

江崎のりか

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1.いつか

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 2021年1月12日、火曜日。

「6時58分!6時58分!」

テレビの中から、威勢の良い声が聞こえた。それと同時に、私は紺色のコートで身を包み、リュックを背負い、父と共に家を出る。暖機運転のされた父の車に乗り込み、私が通っている中学校へと出発した。

「じゃあ、いってきます。」
「いってらっしゃい。」
 学校に到着し車から降りると、父は職場へ、私は教室に向かう。
教室に着くと、当然生徒は1人もいない。自分の席に座り、まずは時計とにらめっこする。
ーーー7時10分、ちょうど1時間はある。
朝の集会は毎朝8時10分から行われる。学校に到着してからその時間になるまで、私は必ず勉強する。静かな教室で、ただ1人勉強出来るのは束の間の幸せだった。
 しかし、そうこうしているうちに、次々とクラスメートが教室に到着し、私の勉強を妨げる。

 7時40分。

ガララララララ!バシャン!ドコン!

ーーあぁ、もう来たか。
最初に妨げに来たのは、児嶋哲太という男だ。乱暴に扉を開け、力強く閉め、1番後ろの自分の席までリュックを投げる。いつものことだ。もう少し大人しくできないのだろうか。この男に関して興味はないが、これら行動に対してはとても腹が立つ。
 その後も次々とクラスメートが教室に入ってくる。受験生なのにも関わらず、皆は児嶋哲太を中心に騒いでいる。1月にもなるとこんな光景にも慣れたものだ。私は気にせず、勉強を続ける。
 私はあの人たちと同じレベルになってはいけない。不合格になる可能性を1%も作ってはいけない。と言っても、3日前、私の推薦入試は終わったばかりなのだが。しかし合否発表は5日後だから、私が“受験生”であることに変わりはない。私は必死に勉強するのだ。
 8時10分、朝の集会の開始を知らせるチャイムが鳴った。


 学校が終わり帰宅すると、制服からジャージに着替え、すぐさま塾に向かう。塾の自習室で勉強をするためだ。必ず祖母が送迎してくれることになっている。
 車内で一日を振り返るのが、私の日課だ。しかし最近、その内容は日に日に薄くなっていると感じる。スキマ時間さえあれば勉強し、友達とも話さないからだ。一日で話すことと言ったら、家族に対して「いってきます」、「おやすみ」くらいだ。
ーー何かいいことが起きないかな
と、昔はよく思っていた。だが今は、
ーー悪いことが起きなかったのも、良いことなのかな
と思うようになった。正直、今の自分は満たされていない。孤独なんだ。寂しい、辛い、泣きたいなんて言葉は、誰にも言えない。クラスメートはあんなに幸せそうに過ごしているのに、私は何故こんなに努力をしているのだろう、と、自分に問いかけてみることもある。
 いつか、私が心底幸せだと思える日々は来るのだろうか。







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