ハマナス

江崎のりか

文字の大きさ
上 下
10 / 12

10.僕のこと(2)

しおりを挟む
 俺の成績は順調に上がり続けた。年に4回ある定期テスト、また実力テストでも毎回1位をとるほどだった。
 中学3年の秋、そんな俺に、担任は三国高校へ推薦で入試を受けてみないかと提案してきた。三国高校は難関高校で、地域で最も進学率の高い進学校だ。俺は迷わず推薦入試を受けることにし、見事に合格することが出来た。三国高校に進学した生徒は、俺の中学からは俺1人しかいなかった。俺はやっと、開放されたんだ。


 高校の入学式の翌日。
「よっ!えっとこれは、ひがしみねいつきって読むの?」
「あずまね だよ。今日からよろしく」
「よろしく!俺、吉沢楓。ちな樹さ、今日の朝駅ナカの本屋にいなかった?」
「あ、俺のこと見た?あそこで立ち読みするの好きなんだよね。」
「へぇ、本好きなんだな。最寄りどこ?」
「馬酔木だよ」
「あ!俺も!今日から一緒に帰ろーぜ!」
「おう!」
「あ、俺と同中だった一ノ瀬浬って奴も一緒だけどいい?ほら、今1人でぼーっとしてるあいつ」
楓は椅子の上にヤンキー座りをしながら上の空で明後日の方を見ていた。
「もちろん」
 その日から楓と浬とは毎日一緒に帰るようになった。駅前に寄って遊んだり、2人の家に行って遊んだり、本当の友達とはこうゆうことなのかと感動した。
 それに高校に入学してからは、ほとんど発作が起きなくなっていた。もう病気は治ったのではないか、というくらい活発に生活を送っていた。
 また楓、浬、俺の3人で過ごすようになってから、女子からモテるようになった。沢山される告白に答えたことは1度もない、何か下心のありそうな女性が近付いて来たこともあった。
 俺は過去を消し去り、新しい人生を手に入れることができたと思った。


 2年生の春。蒸し暑い日だった。セミの鳴き声さえが暑苦しく思えた。
 2年連続で楓と浬とは同じクラスになり、常に3人で過ごしていた。相変わらず幸せの日々は続いていた。

「じゃあこの英文、和訳出来るやついるかー?」
僕はつかさず挙手をした。
「はい東峰」
「はい。西洋では、労働は本質的に良いものではなく、罪を償うための罰として人々に神から課された恥ずべき苦役であるとみなされおりこの苦役から解放されるためには、神の教えに誠実に従うしかない、と思われている。」
「お前やるなぁ。今すぐアメリカ行けるぞ」
「ははは」
勉強は今でも得意だった。特に英語は。
充実感を味わっていたそのとき、突然胸に違和感を感じた。発作ではない、そう思っていたのに、違和感は痛みへと変わっていった。
 俺は椅子から倒れ落ちた。

 目を覚ますと、見慣れた光景が広がっていた。
「いっくん大丈夫?頭打ってはないったみたいだけど、どこか痛かったりする?
「、、、、、、大丈夫。」

 あぁ、そういえば学校で倒れたんだ。俺はこんな心臓を持っている、だから過去を消し去ることなんて不可能だったんだ。馬鹿だなぁ、そうしみじみと感じる。
 忘れたくて閉じ込めていた日々が、少しづつ蘇る。新しい生活なんか手に入れることが出来ない孤独な自分が窓に反射して映る。
 その後、病院で何度も発作が起きた。長いこと入院生活は続いて、もう死んでもいい、このまま心臓よ止まってくれ、なんて思ってしまうくらい苦痛だった。
 入院してから3ヶ月が経ち、ようやく俺の心臓は落ち着いた。
「もう学校に復帰しても大丈夫です。」
そう医者に言われ、俺は学校に復帰することとなる。だが昔の、今回のように長期間入院して、学校に復帰した途端虐められた、そんな嫌な記憶がどんどん蘇ってくる。学校になんて行きたくなかった。だけど行くしかなかった。
 天国から見守る母だけは、どうしても悲しませたくなかった。


 いつもより何10分も早い電車に乗り、小刻みに震える足で、俺は学校へと歩く。下を向いたまま、黙って歩いた。ものすごく怖い。またあの時の生活に戻るかもしれない。でも俺には味方がいる。“勉強”という味方が。
 教室の前に来た。引手に手をかけ、深呼吸する。
 俺は覚悟を決めて扉を開ける。

「樹!退院おめでとーーー!」
楓と浬の大きな声。そして多くのクラスメートがクラッカーを鳴らす。
 教室を見回すと、壁は風船などで華やかに飾られ、黒板には“いつき、退院おめでとう!”と大きな文字とみんなからのメッセージが書かれていた。
 俺は驚きのあまり、何も言うことが出来なかった。
「樹早くおいで!プレゼント!」
楓はそう言って俺にバルーンブーケを渡す。
「可愛くない?樹のために2人で買いに行った」
と浬が自慢げに言う。
「、、、、、ありがとう、家に飾るよ、、、」
「なぁに泣いてんだよ、、、、俺も泣けてきちゃうじゃんかよぉ、、、、」
俺は気付いたら泣いていた。それにつられて楓も泣き始める。
「え、、、なに2人とも、、、ま、、え、泣けてくるんだけど、、」
と言って浬も泣き始める。
 教室中は感動に溢れた。ありがとう、楓。ありがとう、浬。


 その日の帰り、2人に俺の過去を打ち明けた。病気のことも全て。
「だから今日、すごく嬉しかったんだ。サプライズをしてくれて、俺を大事にしてくれて。」
彼らは少し黙ったあと、楓が先に口を開いた。
「泣いていいんだよ」
俺の肩に触れ、彼は微笑みながらそういった。
「1人で悩んだときは、いつでも俺らを頼れ。ありのままの樹、俺ら大好きだから。あ、変な意味じゃなくてね?」
そう言って3人で笑った。
「寂しい夜は半分、俺たちに預けろ。嬉しい日々は一緒に笑おう。ずっとそばに居るから。」
「、、、、、、ありがとう」
「またぁ!泣き虫だなぁ樹くんはぁ!」
 2人ともはいつも俺を大事にしてくれるから、泣けてくるんだ。「ありがとうじゃ足りないくらいに、ありがとう、、、。こんな情けない俺だけど、大事にしてくれて本当に、、、、」
 生まれて初めて、自分の心の内をさらけ出した。あの瞬間は今でも忘れられない。



 
 
 





 
しおりを挟む

処理中です...