ハマナス

江崎のりか

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 ピーーーーーーーーーー

体育館に笛の音が響く。と同時に、ボールをつく音が静かに止んでいく。
「夏姫!大丈夫?!」
眉間に皺を寄せて私の元へと走ってくる紗奈。 まるで幼い子供が道で転び、心配して走ってくる母親のようだ。
 それより、私の右足首が、まるで骨が砕けたかのように痛む。私はその痛みによって、声が出せないまま床に座り込んでしまっている。
「ちょっと待って!私がおんぶして保健室まで運んでいくから!」
「ん、、、、、、無理しないで、、肩借りれれば歩けるかもしれないから、、」
「いいって!私こう見えて力持ちだからね?!」
そう言って私を無理やりおんぶして、保健室まで運んでくれた。確かに、二の腕とふくらはぎは鍛えているかのように逞しかった。
 三国高校では、毎年5月下旬に体育祭が行われる。昨日からそれに向けての練習が始まり、今日はクラスの女子でバスケットボールの練習をしていたところだった。
 私は必死にパスを受け取ろうと走っていたところ、隣のコートから転がってきたボールに躓き転んでしまったのだ。そして足首を捻り、今に至る。
 保健室に着いた途端、私は病院に行くことになった。

「これは剥離骨折ですね、全治1ヶ月程度でしょう。ギプスをつけますので、そっちの椅子にすわってください」
 整形外科の先生は、慣れた手つきで私の右足にギプスを付け始めた。
 当然、全治1ヶ月ということは、私は体育祭に参加することができない。私はその事実を知り、不貞腐れた顔をしてしまう。
 初めての体育祭だし、結構張り切ってたんだけどな、と思っているうちに、ギプスはつけ終わり、松葉杖を手に病室を出ることとなった。

「まだ痛む?大丈夫そ?」
「もう痛くないよ。昨日はありがとね」
「私は全然大丈夫だけど、それより体育祭に出られないの残念だね」
「まー皆んなのサポート役に徹するよ!全力で応援してるから、私の分まで頑張ってよ」
 できるだけ暗い雰囲気を作らないよう、私はポジティブになって見せた。それに、来年も体育祭はあるはずだから。
 私がいなくても、体育祭の練習は順調に進んだ。他クラスと練習試合をしたときも、私のクラスは男女共に、ほとんどの競技で圧勝することが出来ていた。そんな光景を、私は松葉杖の隣に座りながら見ていることしかできなかった。


 体育祭当日。
「フレーー!フレーー!4組!」
開会式が終わり、エール交換が始まった。この際、松葉杖をついた私も大声を張り上げる。唯一の参加競技だ。
 今日の種目は、100m走や綱引き、借り物競争や騎馬戦などである。全て外で行う競技だったため、見学する私は保健室から見学していても良いと許可を貰えた。三国高校の校舎は、保健室の窓から校庭が十分に見ることが出来るつくりになっているからだ。
「失礼します」
まるで面接室に入るかのように、私はキレのある礼をして保健室に入る。
 保健室に養護教諭はいなかった。私以外に見学している生徒はいないのか、と辺りを見回すと、保健室の奥に2台あるベッドの内、1つのベッドのカーテンが閉められていた。私は保健室のドアの近くにあるソファーに座り、窓の外を眺める。

「あれ、桐生さん?」
ベッドのカーテンが静かに開き、私にそう言ったのは樹さんだった。
「あ、樹さん!樹さんも見学してたんですね。体調、悪いんですか?」
「うん、ちょっとね。あれ、桐生さんは骨折しちゃったの?」
「あ、はい、、、体育祭の練習してたときに、剥離骨折しちゃって」
「そうだったんだ。来年は出れるといいね」
「はい、気を付けます」
“可哀想” “痛そう”とか、後ろ向きな言葉よりも、前向きな言葉をくれる樹さんは、やはり温厚な方だと感じた。
 せっかくだから、耳のピアスについて聞いてみようと思った。
「樹さん?」
「ん?どした?」
「ピアス、穴はいつ開けたんですか?」 
「高校1年の時だよ」
「そうだったんですか。どうして開けたんですか?」
少し彼のことに踏み込みすぎただろうか。樹さんは表情を変えないまま、
「なんとなく」
と答えた。
「痛くはなかっ」
痛くはなかったんですか?と聞こうとした途中で、樹さんは「ちょっと飲み物買ってくる」と言って保健室から出ていってしまった。
 ベッドから立ち上がったとき、樹さんは刹那に悲しそうな顔をしていた気がする。
 この部屋から出ていったのも、これ以上その事については触れるなという合図なのだろうか。樹さんが戻ってきたら、もうこの話しはしないでおこうと思う。
 樹さんは、私との間に1つの線を引いているんだと感じた。
 
 15分程たった頃だろうか、樹さんが保健室に戻ってきた。再びベッドで寝るのかと思いきや、彼はゆっくりと私に近付いてくる。
「緑茶と紅茶、どっちがいい?」
私の目の前で、ペットボトルの緑茶と紅茶を持った彼はそう言った。
「、、、、どうしてですか?」
「まぁ、お見舞いの品みたいな?」
「ははは、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、紅茶で」
樹さんは私に片方のペットボトルを渡すと、だまってわたしの隣に座る。
「それと、さっきは感じ悪くしてごめん」
「いえ、私もしつこく質問してごめんなさい」
 さっきまでは遠く離れていた私と樹さんとの距離が、うんと近付いた気がしたのは気のせいだろうか。
 少しの沈黙が続いた後、樹さんが話し始める。
「自分が変わったこと、強くなったことを証明したかったんだ。」
「、、、、、、」
「びっくりするよな。でもホントに、こんな理由。結局そんなの無意味だった。あのときの自分は今以上に拙くてさ。だけどこのピアス、外したくはないんだよね」
「大切な思い出が詰まってるんですね。素敵だと思います」
「そんなことないよ。嘘だとしてもそう言ってくれて嬉しいよ、ありがとう」
「嘘じゃないです、本心です。自分が変わったことを証明しようと思えるほど、努力して、勇気を出したんですよね?私はすごく素敵だと思います」
樹さんの目を真っ直ぐに見つめながら私がそう言うと、彼は驚きと照れが混ざったような顔をする。
「、、、、そう言って貰えるとは思わなかったよ。てっきり引かれると思ってた」
「引かれる、、、、?引かれるような理由じゃないですよ。それに、さっき樹さん、“来年は出れるといいね”って、私に前向きな言葉をくれたじゃないですか。だから、自分のことももっと前向きに捉えてみても良いのではないでしょうか?」
「、、、、、俺、そんなに素敵なの」
「はい!すっっごく素敵!」
樹さんは片手で顔を隠していた。その手の隙間から見える彼の顔は、今にも日が吹きでてきそうなくらい真っ赤に染まっていた。
「樹さん、すごい照れてますね」
「照れてない、、、、、、、嘘、照れてる」
今度は両手で顔を隠し始めた。まるで初恋をした少女のように可愛らしかった。
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