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第3章

⑧ 第5の勇者のかけら

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 私が魔界に帰ったころ、オアシスはすでに人が暮らすには十分な環境になっているように見えた。

「お帰りなさいませ、仙崎様」

 いづなが颯爽と出迎えてくれる。

 続いてファラナークも来てくれた。

 みーはんは遠くでこっちを見ている。彼女はやはり仲間意識が低いようだ。

「こちらでは何日くらいたっただろうか」

「七日ほどになります」

「そうか、待たせてしまったね」

「いいえ、それならば人間界での十分ほどにすぎません。逢瀬に向かわれたというようなことはありますまい」

「おうせ?」

 なんのことだろう?



「いい感じの住処ができたね」

「はい、彼らが長期にわたり命をつないでいくうえで最低限のものを用意したつもりです」

「さすがだね、いづな」

「ありがとうございます」

 家屋は木造だが、石による基礎がしっかりと組まれ、土壁を厚く塗って耐久性に優れている。デザインもどこか牧歌的でファンタジーな世界観で合っていると思う。

 隣には納屋があり、鍬などの農具、湖で魚が獲れるように釣り具、また戦いにおいて装備が壊れたときのための予備の武器などが置いてあった。

「……で、これは」

「見たままのものです」

 トラクターだった。

「運転できる子いるの?」

「はい。畑を開くにはやはり必要だそうです」

「軽油がいると思うけど、どうするの?」

「食用油を熱したら動くとか言っておりました」

「熱するのはどうやって?」

「火炎魔法だそうです。雑草も魔法で焼くから、草刈機はいらないとのことでした」

 うーん、しっかりしているような、いないような……



 屋内に入ると、石造りの土間に木のテーブルなど、ファンタジーを思わせる雰囲気の家具が取り揃えられていた。部屋は個人用に三〇室、談話室のような大きな部屋が四室設けられている。今後、魔界に迷い込んできた者がいたとしてもそれなりになら対応できるだろう。

 だが、やはりおかしなものもあった。

「冷蔵庫に洗濯機……電子レンジとHIヒーター……そして、エアコン……」

「これらの電力は、魔素を電力に変えるアプリをインストールしたスマホをオアシスの外にいくつも置くことで賄っております」

 電気コードがずっとオアシスの外に向かって伸びている。

「まあ……最近の子はこういうのがない生活なんて想像もできないのかもしれないけど……壊れたらどうするつもりなんだろう」

「これらがないと生きていけないそうです」

 まあ、いづながつくったものがすぐに壊れることはないと信じよう。



 そして、それぞれの居室を覗いてみると、若者たちみんながベッドに寝転んでスマホをいじっていた。

「スマホがないと生きていけないそうです」

「……だろうね」

いかにも最近の若者だ。

「だけど、魔界からネットなんてつながらないだろうに」

「いえ、これが……wi-fiルータをつくってみたところ、思いのほかつながってしまいまして……」

「ええ!? そうなの??」

「ですが、電話番号などの割り振りはできませんので、通話とかメールはできません。ニュースや無料アプリのダウンロードのみ可能です」

「へー、そうなんだ……」



 まあ、そんなことはさておき、いづなとファラナークには報告しておこう。

「彼らを送り返している途中で勇者のかけらを見つけたんだ」

「なんと。素晴らしいことです、仙崎様」

 いづなは喜んでくれた。

「あら、だけどアスラン。その割にパワーアップしてないのはなぜ?」

「そうなんだ……」

 私はこの事実について肩を落とさずにはおれなかった。



 それはすべての者を送り帰した後のこと。

 私はちょうどオホーツク海沖を飛んでいた時のことだった。

 不意に勇者のかけらの存在に気づいた。

 まさか海中にいるなんて思わなかったが、もしかして魚の胃袋の中にいたりするのだろうか。だとすると、ここで見失えば魚が移動してしまい、次の機会がいつになるかわからなくなる。

 私はいづなたちを待たせたくはなかったが、海に飛び込む決意をした。

 勇者の鎧をまとえば、おそらく海の中でもしばらくは呼吸が続くはずだ。

 秋穂にそっくりなフィギュアを取り出してかざすと、光り輝き鎧となって私を包み込んだ。



 海流は、常人であればあっという間にのみ込まれてしまうほど激しいものだったが、勇者の力によってなんとか耐えることができた。また、水中でも亜光速とまではいかないが、周りを泳ぐ魚よりは速く泳ぐことができた。

 私は白いもやもやに導かれるままに海底を目指した。

 潜るほどに海は暗くなるが、鎧が光ってくれてそれなりに周りは見える。

 そして三百メートルほど潜ったとき、私は見つけた。



 海底にたたずむ祠のようなものを――。



 頭から出る煙のようなもやもやは祠の中に続いていた。

 私は迷うことなく祠の扉を開けた。

 扉の先は岩盤をくりぬいた通路がさらに深く伸びていたが、途中で行き当たったところで上へ向かい、上っていくと水面に到達した。

 そこには四畳半ほどの狭い空間があった。



 そしてその中央には、勇者のかけらが座して瞑想していた。



 ピクリともしないその姿からは、威厳ともいうべきオーラが漂っており、私は私の分身である勇者のかけらに声をかけることもできなかった。

 そして、しばらくの沈黙ののち、かけらのほうがゆっくり目を開いた。



「来たか……」



 その声は重々しく、たったそれだけで私は圧倒されてしまっていた。

「よくぞここまで来た、勇者よ。我は≪剣技≫のスキルを司るかけらなり」

 ≪剣技≫だって? 

 私は、なかなか身につかない剣技が労せず身につけられると思って心が高まった。

 だが、ゆっくりと立ち上がる勇者のかけらを見て、それは違うことを直感した。

 ちょっと大きいハムスターくらいの大きさしかないのに、歩み寄る姿はまるで巨人のようにさえ思われた。

 私の前で止まるとじっと見上げ、こう言った。



「勇者よ。貴様、どのような時間を過ごしてきたというのだ」

「……? それはどういう……?」

「なんとつまらぬ魂となってしまったことか」

「え?」

「我はこの三〇年を魔王討伐のため、ここで研鑽を積み重ねてきたというのに」

「それは、私は記憶を失って封じ込められていたから……」

「ふん。まあ、事情はそれぞれあろうな。だが、貴様の魂は我が≪剣技≫を収めるに値せぬ」

「なんだって?」

 私は混乱した。



「……とはいえ、我の存在意義は貴様の元へ帰ること。帰ってやろうではないか」

「そ、そうか。ありがとう」

「『ありがとう』? なんともつまらぬ男だ。何故に我はこのような矮小なる男と共にあらねばならぬ?」

「……私は人を待たせている。頼む、私のもとに戻ってくれないか」

「ますます気に入らぬ。だが、貴様をなじることに何の意味もない」

 そう言うと、勇者のかけらは光り始め、私の肉体に溶け込んでいった。



「だが、努々(ゆめゆめ)安んずることなかれ。おそらく、我が貴様に吸収されようともその力は現れまい。その弱き魂のままではな」

 それは意地悪とかそういったくだらないことではない。

 本質的に私に欠落しているものがあるということだ。



 そして、かけらがすべて私の身に吸い込まれた後――

 何も起こらなかった……



 これまで勇者のかけらを吸収したときに味わったような、力があふれるような感覚がなかった。

 どうして…………?

 私は失意に包まれたが、なすべきことをなさなければならなかった。



「ふーん、そうなんだ」

「仙崎様の魂が弱い? 私はそのように感じたことなどありません。勇気をもって戦ってこられたではありませんか」

「うーん、だけど勇者のかけらが≪剣技≫のスキルを持っているといういづなちゃんの予想が当たったことは良かったわ。その魂の強さ、というのを取り戻せば勇者のかけらの力は発現するはずね」

「そうだと思う」

「元気出しなさい。アスランは頑張り屋さんだから、必ず力が現れるから」

「あ、ありがとう」

 根拠なんてないけど、ファラナークの笑顔で少しだけ元気が出た。



「ともあれ、アスラン。お疲れさまでした」

 頭をなでなでしてくれる。

 ……うれしい。

「今日はもう遅いし、お風呂に入ってらっしゃい」

「はーい」

 なんだかお母さんみたいなので、つい子供みたいな返事をしてしまった。
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