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2. 私とアレス

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「今日のお相手はサラ姫なんだ」


 野営中の森の中で、まだ明るいうちから何してんだという疑問は、もう湧かなくなった。

 テント内で睦み合うのはマズイという彼等なりの配慮だと思うことにしている。


 最初はケイレブの裏切りに傷ついて涙を流した。

 でも、日替わりで繰り返される裏切りと、魔王討伐メンバーの女性陣に虐げられるうちに、私の自己肯定感は粉々に砕け、感情は麻痺していった。


『なんで貴女みたいな薄汚い平民が勇者様の恋人なのよ!』

『勇者様には私のような高貴な身分の女が相応しいわ』

『役立たずを旅に同行させてやってるんだから、せいぜい私達に尽くしなさい』

『そうね。下僕としてなら最後まで旅に同行させてあげてもよくってよ?』


 主要メンバーの女性陣は皆美人で、辺境の村で育った私なんか一生敵わない高貴な人たちだ。

 だから、ケイレブが目移りしても仕方ないのかもしれない。


 聖女サラ姫は私たちの国の第二王女。
 女剣士イリーナは辺境伯家の長女。
 女魔術師アウロラは侯爵家の三女。


 この三人はケイレブのことが好きらしい。
 そして三人ともケイレブと体の関係がある。

 だから平民の恋人である私が目障りで仕方ないのだろう。彼の前では私に感謝の意を述べて尊重しているように振舞うが、彼が見ていない所では私を執拗に苛めぬいた。

 ケイレブは私が虐げられていることに気づいていない。
 他の人たちも気づいていない。

 なぜなら三人が私を虐げる時は、アウロラが隠蔽魔法で他者に見えないように隠してしまうから。


 だから私がどんなに助けを求めても、誰も信じてくれないだろう。私も報復が怖くて沈黙を続けた。

 そしていつのまにか、私はケイレブと彼女たちの世話係になった。


 本当は彼女たちの世話をする侍女もいるけれど、彼女たちも平民の私に仕事を押し付け、同行している騎士たちと恋愛に興じている。

 (ホント皆、何してるんだろう)


 そんな疑問は口に出したくとも出せない。
 出したら報復が待っている。


 それに命を張って戦っているのは彼等だ。
 戦場で役立たずの私にとやかく言う資格はない。

 身の回りの世話をする代わりに、彼らに命を守ってもらっているのだから。


 でも時々、闇に飲まれてしまいそうになる。


 (なんで私はここにいるんだろう……)

 ケイレブが私を愛していると言ったから。
 ケイレブが私と離れたくないと言ったから。


 でも、そのケイレブが他の女性に心移りしたなら、私がここにいる意味はあるのだろうか?

 私はケイレブを支える為に旅に同行したのに、なぜ浮気相手の世話までしなければならないのか。

 すべては私が役立たずの平民だから、この理不尽な扱いも当然なのだろうか。





「──もう、消えてしまいたい」


「──ダメだ。お前がいなくなったら俺は悲しい。出ていくなら俺もついていく」

「アレス……」


 ひたすら山菜を摘む私の前に、突然この世のものとは思えないほどの美しい男が現れた。

 長身の逞しい体に、燃えるような赤い長髪が風に揺れる。

 そして前髪の下からのぞく金色に輝く瞳。覗き込めば虹色の虹彩が光を反射して煌めいている。


(今日も存在がキラキラしてて眩しいな……)


「ミーシャが勝手にいなくなるのは許さん。この地を去りたい時は俺に言え。どこにでも連れてってやる」

「世界の果てでも?」

「ああ。一瞬で連れてってやるよ。俺は神だからな」

「ふふっ、ありがとう」

「今日は何を作るんだ?」

「騎士たちが鹿を狩ってきたから、鹿肉の煮込みスープにするつもりよ」

「それは、美味そうだな。楽しみだ」


 夕食のメニューにアレスは期待で目をキラキラさせた。 


 

 この美形の男は、人間ではない。
 本人曰く、聖剣に宿る武神だと言っている。

 初めて彼を見た時は、不審者か暗殺者かと思って近くにいた騎士に助けを求めたけど、どうやら見えるのは私だけで、逆にこちらが頭のおかしい女だと思われた。

 私だけに見えるということは幽霊か?と思って悲鳴をあげれば、「失礼な。俺は死者ではなく聖剣に宿る神だ」と、頭のおかしいことを言い出したので益々恐怖した。

 だが目の前で聖剣に変身されてしまえば信じるしかない。ましてや剣のままでも喋れるのだから。

 一度、なぜケイレブではなく私だけに姿が見えるのか?と問えば、「お前の魂が気に入ったから」と、わけのわからないことを言っていた。




 こうして、このマイペースで進出鬼没な男は、私が料理をする時に実体化して現れ、たわいもない話をしながら食事をし、また聖剣の姿に戻るということを繰り返している。

 この男が本当に神かどうかはわからない。
 でも、私は何気に彼との時間を気に入っていた。

 神を餌付けするという非日常は、彼しか気軽に話せる人がいなくなってしまった私にとって、癒しの時間になっていたのだ。

 以前はケイレブとの時間だけが、私の癒しの時間だったのに。



「こんなに頻繁に人間になっていたら、そのうち聖剣がなくなっていることに気づかれて大騒ぎになるんじゃない?」

「大丈夫だろ。ケイレブが女と盛っている時に抜け出してるからな。最中は俺のことなんか気にも留めてないさ」

「…………それもそうか」

  


 もうケイレブと話しても、何も感じなくなった。


 お互いが最大の理解者だったあの頃が、はるか昔のことのように思える。

 (まだ二年前くらいのことなのにな……)


 今のケイレブのことを、私は一つも理解できない。

 もう、わかりたいとも思えなくなってしまった。






 山菜でいっぱいになったカゴを持って立ち上がり、調理場へと帰る。歩きながら、後ろをついてくるアレスに尋ねた。



「……ねぇ、アレス。本当に私を、世界の果てに連れて行ってくれる?」

「お前が望むなら、連れて行くよ」


 その言葉に、私は後ろを振り返った。

 見上げた先に映る、優しい金の瞳。
 私を慈しんでくれるその瞳に、目頭が熱くなる。

 思わず口から出た願いは、震えていた。


「それなら……アレスが役目を終えたら……私を連れ去ってくれる?」

 






 魔王を倒して、世界が平和になったら、

 私はケイレブの前から消えてしまいたい。





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