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02 原初
原初02 ~提案~
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◆洞窟
―――――――――――――――――――
【主なる神は、南の大陸に楽園を創造し人に与えた】
―― 創世記――
【創世歴42億7746万年】
【人類歴225万年】
第4惑星には、赤道から南半球にかけて4つの大陸が横たわっていた。4つはそれぞれ東西南北に向けて広がり、中心部で僅かにつながっている。この時点で名前はまだない。赤道直下の北の大地で生まれた新人類は、気候変動や凶暴な魔獣などから逃れ、南の大陸に流れて来た。
彼らの生活は、基本的に狩猟採取によるものだ。獣を狩り、貝や木の実を集め、移動しながら洞窟や天幕に暮らす。
アールヴの人口は、この星に暮らす他の旧人よりも極端に少なかった。しかも彼らの周りには、魔獣、危険な動物、様々な亜人種たちが徘徊している。彼らにとってこの世界は、まだまだ安住の地とは呼べなかった。
さらにこの時期、彼らの後を追うようにして不穏な影が蠢いていた。
**********
ユウナギとナナがアールヴの村に滞在して、約3ヶ月が過ぎた。
この頃になると、データが充実してきたことにより、ナナの翻訳機能も精度が増していた。カタコト翻訳ではなく、自然でなめらかな翻訳が出来るようになっていた。さらに、ナナとデータベースを共有することで、ユウナギも彼らの言葉を理解し話せるようになった。
ユウナギは村での生活にすっかり馴染んでいた。狩りに同行したり、森に木の実を採りに出かけたり、原始的なサバイバル生活を満喫していた。
「そう、コレだよ。これが人間の生活だ!」
17年の「現代人」としての生活。42億年にわたる神としての生活。どちらと比べても、ここの生活は充実しているように彼は感じていた。もっとも、この暮らしの本当の辛さは、飢えることもない不老不死不滅不敗の彼には分からないだろう。たった3ヶ月ではキャンプみたいなものだ。だがそれでも、ずいぶんと久しぶりに彼は生を実感していた。
ある日、ユウナギは仲良くなったアールヴの子供、アルとリリルと遊ぼうとしたが、2人はいなかった。聞くと、近くの洞窟へ出かけたという。
ユウナギとナナは洞窟へ向けて歩き出した。
10分程歩くと、道端に小さな人影を見つけた。アルの妹のリリルだ。洞窟にはまだ遠いし、兄の姿は見えない。置いて行かれたのか、単に別行動をとっているだけなのか。
リリルはしゃがみこんで熱心に何かをしていた。足音に気付いて振り返る。
「ゆー」
「リリル、何、道草食って――!?」
自分で言っておいてユウナギは驚き、半歩後ずさった。彼女は文字通り道草を食べていたのだ。そこらに群生している大振りな草をちぎっては口に運び、無心でもぐもぐとやっている。
「えー……」
ユウナギの笑顔が引きつった。野草を食べるのは理解できるが、道端でダイレクトに口に運ぶのはどうなのだろう。と思ったのだ。
そんなユウナギのことなど気にも留めず、草を食べ終わったリリルはあたりを見回した。とある木を見つけて枝を折り、切り口から滴る水を飲む。さらに、その枝で腐葉土を掘り返し幼虫を探す。手慣れた様子で彼女は幼虫を見つけて口に運んだ。カブトムシの幼虫によく似ている。
「ん」
リリルが幼虫の1匹を手のひらに乗せて差し出した。
「こ、これはご丁寧に……」
震える声で、ユウナギは彼女の好意を受け取った。これだけはいつまでたっても慣れなかった。
この地は驚きに満ちていた。アールヴを原始人と思って侮ってはいけない。旧世界の文明人がこの地に放り出されると1週間で死んでしまうだろうが、アールヴはこの場所で生きる知恵をしっかりと持っていた。サバイバル術ではユウナギが教わることのほうが多かった。
「(幼虫の味は知りたくなかったけどな……)」
ひとしきりおやつを食べた後、リリルはユウナギを手招きして歩き出した。やっと洞窟へ向かうらしい。
「洞窟で何をするんだ?」
「あー、しごと」
リリルのしゃべり方は、なぜかいつまで経ってもカタコトだった。
**********
30分程歩いた後、3人は洞窟に辿り着いた。中に入ると、リリルの兄、赤毛のアルが壁に絵を描いていた。松明の明かりが揺らめいている。
「おお、これは」
壁面に描かれていたのは双鼻象や一角牛など、アールヴがよく狩っている獲物の姿だ。写実的とは言えないが、ダイナミックで躍動感に溢れており、今にも走り出しそうだ。画材は炭や赤土を使っていた。
「へえ。上手いもんだな」
「フフン」
得意気にアルが鼻を鳴らした。
洞窟の一角に手形が幾つか描かれていた。その前でリリルも何かを始めた。皮の袋に入れて持って来た道具を並べる。ひょうたんに似た植物の実で作った茶碗風の器に水と炭を入れてすり潰す。器の中に真っ黒い液体が出来上がった。
彼女は立ち上がると、小さな手を壁に押し当てた。次いで、液体を口に含み、手をめがけて吹きつけた。黒い液体は霧状になってリリルの手を縁取る。手をどけると、壁に彼女の手形が残っていた。
リリルがまだ液体の残る器をユウナギに差し出した。彼にもやれという事だ。彼女のマネをして、ユウナギも手形を描いた。黒い口をしたリリルが満面の笑みで微笑んだ。
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◆狩り
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帰り道。火山の近くの河原を通った時、ユウナギが立ち止まった。濃い灰色をした石が無数に転がっている。
「黒曜石か。アル、この石を知っているか?」
「なんだそれ。普通の石だろ?」
黒曜石の見た目は、一見しただけでは普通の石と変わらない。どうやらまだアールヴは知らないらしい。これまでのところ、彼らの石器はごく初歩的な打製石器だった。
ユウナギは、幾つか黒曜石を持って帰る事にした。
村に着くと、ほとんど誰もいなかった。留守番の老婆に聞くと、皆、急遽狩りに出かけたという。
「ずるい」
そう言ってアルが走りだした。すぐにリリルとユウナギ、ナナも続く。
4人が狩場に着くと、すでに最後の仕上げの段階だった。
長老ディージを筆頭に、長老の息子ノース他、村の屈強な男たちが獲物を包囲していた。
獲物は双鼻象。体長約8m肩高約4mもある象に似た動物で、めったに仕留めることが出来ない大物だ。体中に槍を突き立てられ、炎の魔法により皮膚は焼けただれている。かろうじて立っているような状態だ。
「有り難し」
そう言って、ディージはヘトモームに跳びかかった。何らかの身体強化系魔法により彼の腕力は常人の3倍にまで高められている。大振りの両手持ち石斧を軽々と振り回し、獲物の脳天めがけて振り下ろした。ヘトモームはもんどり打って倒れ伏し、そのまま泡を吹いて動かなくなった。周囲に歓声が沸き起こった。
「へえ。あの爺さん、すげえな」
ディージは白い髭を蓄えたいかにもといった感じの老人だが、まだ現役のハンターだ。
アルが駆け寄って、長老に文句を言っている。彼も参加したかったのだろう。
「ああもう、オレもヘトモームと戦いたかったのにさー」
「バカをいうな、ひよっこが!」
ディージの拳がアルの頭上に振り下ろされた。根拠の無い自信にあふれ、調子に乗った若者をたしなめるためだ。21世紀ならたちまち問題になる体罰だが、ここでは違った。子供が間違ったことをすれば厳しく叱るのが当たり前だ。失敗から学ばせるなどという悠長な事は言っていられない。なぜならば、この世界では失敗は死を意味するからだ。
獲物の周りに皆が集まった。ヘトモームは重すぎて運べないので、その場で解体することになった。しかし。
「くそ、硬いな」
大人のヘトモームは特に皮が硬い。アールヴの石器では、分厚い皮に阻まれてうまく解体出来ずにいた。このままでは日が暮れてしまうだろう。
時に、しつらえたかのような偶然が起こることがある。ユウナギはナナに持たせていた黒曜石を取り出した。半泣きのアルを呼んで手伝わせる。
「アル、この石を割ってみろ」
「?」
アルは他の石を拾ってきて、言われたとおりに黒曜石を割った。何の変哲もない普通の石に見えたが、割ってみるとつややかな黒いガラス質の破面が現れた。
「指を切らないよう、気をつけろよ」
ユウナギが注意する。破面や欠片をみて、アルは黒曜石の性質をすぐ理解した。器用に作業を進める。何度か石を振り下ろして、形を整え、木の枝で柄を作り植物のツルでしっかりと固定する。簡素だが鋭い黒曜石のナイフが出来上がった。刃渡り15cm程ある。
アルが進み出て獲物にナイフを突き立て、水平に動かした。驚くほどスムーズに肉が裂けた。
歓声が上がる。たちまちアルのナイフに人だかりが出来た。
黒曜石ナイフの切れ味は驚嘆すべきもので、下手をすると21世紀の金属製ナイフよりも鋭かった。ただし、強度はそこそこで壊れやすい。
解体中に刃が欠けて肉にカケラが紛れ込むと大変危険だ。ユウナギはもう一度注意を促した。
**********
ところで、以前ユウナギは、神使に命じてアールヴの魔法の源を解析させていた。なぜ旧世界の人類と違い、魔法を使えるようになったのか。
原因はすぐに判明した。彼らは、創世歴36億年頃に発見された例の特殊なDNAを受け継いでいたのだ。
そもそも、この世界には亜人や魔獣等、様々な特殊能力を持つ種が存在していた。むしろ魔法の登場は必然とさえ思えた。
「そういえば、火を吐いたり電気を操ったりする魔獣もいたな。竜亜人もブレスを使うことができた」
特殊能力をもった種族に共通するのが例のDNAというわけだ。このDNAを持つ種族は等しく細胞内に特殊な細胞小器官を備えていた。その器官が大気中の魔力を吸い、魔力として体内に蓄える。蓄えられた魔力は、気合や集中などにより体外に放出され魔法となるのだ。
ただ、そのDNAがどこからもたらされた物なのかは、まだはっきりとしなかった。
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◆魔獣
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その日、ユウナギとナナは一時的にカクリヨに戻っていた。そのことを彼は後になってひどく後悔した。
この世界の夜の心細さは、旧世界の21世紀とは比較にならないものだった。魔獣や危険な動物がいつ襲ってくるかもわからない。村の入口に見張りは立っているものの、丈夫な城壁も無い。彼等の家である天幕も、風が吹けば飛ばされるような粗末なものだ。
夜中、怖い夢を見てリリルは目を覚ました。いつもうるさい虫の声が今日はなぜか静かだ。不安になって兄の姿を探したが、見当たらない。
彼女の耳に、妙な音が聞こえてきた。あまり普段聞かない音だ。外で何か大きなものが動くような音。
突然、天幕がミシミシと軋み、リリルが見上げる中ゆっくりと屋根が剥ぎ取られた。そこにあったのは、人の3倍もある巨大な顔だ。目は鬼灯のように赤く、額には1m程の角が生えている。牙がみっしりと生えた大きな口が笑う形に歪み、ヨダレが滴り落ちた。
リリルの悲鳴が村中に響き渡った。
眠れずに、村の外れで空を見ていたアルの耳にも妹の悲鳴が届いた。慌てて自分の天幕に戻ると、そこには、額に大きな一本の角を持った、5mを超える人型の魔獣が佇んでいた。
「な……」
それだけではない。村を囲む木々の間に、幾対もの赤く輝く目が浮かんでいた。全身が総毛立ち、アルは棒立ちとなった。
"大角"の魔獣は気を失ったリリルを右手に掴み、ヨダレをダラダラと垂らしながら大きく口を開いた。その、鋭い牙が、今正に、リリルの上半身を食いちぎろうとした。その時。
両手持ちの石斧を持った長老ディージが現れ、隙だらけの魔獣の頭部をしたたかに殴りつけた。石斧が砕け、魔獣がよろめいてリリルを取り落とす。
「皆、逃げろ!」
ディージの叫び声と同時に、村中に絶叫がこだました。見渡すと、魔獣が数体、村を破壊して暴れていた。アールヴの天幕には何の防御力もない。いたるところで村人が捕まり、魔獣の牙の餌食となっていた。
アルはすぐさま駆け寄って妹を抱きかかえ、振り返った。逃げろとは言われたものの、ディージの事が心配で判断に迷ったのだ。
「ワシなら心配無用じゃ。こんな奴らに遅れを取るほど、耄碌はしておらん!」
そう言ってディージは、手を突き出し、炎の魔法を放った。アルの魔法の数倍の密度と熱量だ。たちまち魔獣は炎に包まれ、周囲が黒煙に覆われた。しかし。
「効かぬか」
魔獣は頭を振って立ち上がった。石斧と魔法による攻撃のどちらも、ほとんどダメージを与えることは出来なかった。ディージを睨みつけ、カッと口を開くと、丸太のような棍棒を振り回す。
「フン、そんな攻撃が当たるものk――!?」
死角から他の魔物が数体、一斉に飛び出して来た。ディージに絡みつき動きを封じる。間髪をいれず"大角"は味方の魔物もろとも棍棒を叩きつけた。
「ディージ!!」
嫌な音がアルの耳にも届いた。防御も虚しく弾き飛ばされ、ディージは地面を転がった。素早く身体を起こして彼は身構えたが、腕はあらぬ方へ曲がっているし、口からは血が溢れている。
「……な、何をしておる……。逃げろと言ったであろ……」
「で、でも……」
「――急げ!!」
逡巡するアルに対し、有無を言わせぬ命令口調でディージは一喝した。アルはあふれる涙を振り払い、リリルを抱えて全力で走りだした。
「それでいい……」
ディージの脳裏に、小さかった頃の2人の姿が浮かぶ。彼は、アルとリリル兄妹の育ての親でもあった。
「……命を繋げ」
霞む視界の中で、老人は尚も炎の魔法を2発放った。放ちながら意識は薄れてゆき、ささやかな思い出とともに彼の命は燃え尽きた。
**********
翌日、ユウナギが戻ってくると村は壊滅していた。
「な、なんだこれ……」
「西1200mに30体ほどの生体反応があります」
ユウナギが目を細め、ナナのいう地点を遠視した。
彼の目に映ったのは、赤銅色をした人型の魔獣だ。身長3、4m程で強靭な肉体を持ち、頭部には数本の短い角が生えていた。手にはそれぞれ棍棒状の武器を握っている。
「アールヴは大鬼と呼んでいます」
中でも、5mを超える一際大きな個体がユウナギの目に止まった。鋼の如き赤銅色の筋肉をまとい、頭部にある一本の角は、他のガウロよりも太く長く突き出していた。
その"大角"のガウロに率いられた30体のガウロが、獲物を探しながらウロウロしていた。
「くそ、油断した。……油断したが、何だこのタイミングの悪さは!?」
いつになくイラついた声でユウナギが言う。
「落ち着いて下さい。ここであなたがガウロを殲滅したとしても、アールヴのためにはなりません」
ユウナギ達には、自ら課した制約があった。「不用意に地上に干渉してはならない」というものだ。だが同時に、神として地上の生き物を「見守り導く」使命もあった。
「わかってる。けど、……いや、今は生き残りを探すのが先だ」
周辺をスキャンすると、すぐに生き残りが見つかった。ガウロから少しでも遠ざかろうと足早に移動している。ユウナギは急いで彼らと合流した。
「一体何があった?」
逃げ延びたアールヴは28名。約半数が犠牲になったようだ。長老に代わって村長の地位を引き継いだノースが、事件のあらましを説明をした。
アルとリリルも軽傷を負っているものの、無事だった。
「また奴等が来た」
「一体どうすればいいんだ」
村人たちから失意のため息が漏れ聞こえた。この村のアールヴは、北の大地からガウロに追われてこの地に逃れて来たという。やっと安住の地を見つけたと思った矢先の出来事で、彼らの絶望はどれほどのものだっただろうか。
大鬼は、アールヴの言葉で「悪いもの」を意味する魔獣の一種だ。身長3、4mの人型で比較的知能も高く、貪欲で非常に気性が荒い。小型のものはゴブリンやコボルドのイメージが近いが、大型になると正に大鬼だ。
魔獣と普通の動物の違いは特殊能力の有無に依る。ガウロの特殊能力はこの時点ではまだ判明していなかった。
「……それにしても」
大きく息を吐き出してユウナギが独り言ちた。
「どうかしましたか?」
ナナの質問に答えずに彼は頭を掻いて考えこんだ。先程から、何かを見落としているような、奇妙な違和感が消えないのだ。
「何かひっかかる。……保険をかけておくか」
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◆提案
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アールヴの逃避行が始まって約1週間が過ぎた。行く宛もなく、ただ遠くへ遠くへと、彼等は足を急がせた。
巨木の森が途切れ、木々の背丈が低くなっていく。ガウロの群れもつかず離れず一行を追跡していて、振り切ることができない。この間に、老人2人と子供1人が犠牲になった。
「こうなったら、戦うしか無い」
歩きながら、ユウナギが言った。
「ノース、皆で協力してガウロを倒そう!」
「……しかし」
「このままだと全滅だぞ!?」
正直口を出し過ぎだと、ユウナギ本人も感じていた。立場上、余計な干渉を控えていた彼も、今回ばかりは我慢できなかった。今この時が、アールヴの命運を左右する分水嶺になる、と感じられたからだ。
ユウナギがガウロを倒したり、天界製の「船」で全員を輸送すればすむ話だが、そうもいかない。
「反撃なんて無理だ」
「ガウロは強い」
ユウナギの提案に対して、ノース他、村人たちは消極的だった。
「あんたらには魔法があるだろ!?」
「おれたちの魔法、効かなかった」
実際、アールヴの魔法はガウロに対して効果が薄かった。ガウロには、魔法に対する耐性のようなものがあるのかも知れなかった。
「もちろん、決めるのは君らだ。でも、今戦わないと皆死ぬぞ」
まだ、人にとっては暗黒の時代。種の存続さえも覚束ないほど、彼らは弱い存在だ。しかし、彼らは知らない。自分たちがどれほどの可能性を秘めているのか。これから生まれるであろう、新たな文明がどのような歴史を積み重ねて行く事になるのかを。
それを途絶えさせるわけにはいかなかった。
「あんた達はまだ魔法を使いこなせていない。アル」
近くで眺めていたアルを手招きする。
「ええと、アールヴ語で火ってなんだっけ?」
「エーリフですケガラワシイ」
ナナが答える。
「そう。それだ。いいかアル、魔法を使う時、叫ぶんじゃなくて、『エーリフ』って唱えるんだ。頭のなかで強くイメージしてな」
「……なんで?」
「言霊って言って、言葉には力がある。それが魔法の力を高めるんだ」
「コトダマ? なにそれ? どうして?」
「いいから」
彼には少し難しい話だったようだ。半信半疑のアルが、言われた通りやってみる。指を突き出し、近くの木に狙いを定める。
「エーリフ!!」
サッカーボール大の火球が、あふれるエネルギーを持て余して渦巻き、槍状になって木に叩きつけられた。空気が爆ぜる。驚いたリリルが咄嗟に顔を覆う。それほど太くもない木だったが、音を立ててゆっくりと倒れ、見守る人々の間からどよめきが起こった。
「大体、8倍ぐらいの威力か。まあまあだな」
満足そうに、ユウナギは頷いた。
魔法を放った本人も驚いて、冷や汗を垂らしながらユウナギの方を振り向いた。言葉が出ないようだ。
「お前……、一体何者だ?」
ノースが目を見開いて言った。
「ただの、旅人だよ」
これが魔法の「呪文」の始まりとなった。後に、言霊を組み合わせた複雑な呪文が生まれる事になるが、それはまだ先の話だ。
「ああ、それと念のため……」
ユウナギがポケットを探って何かを取り出した。
「アル、これをやろう。ナイフにつけるんだ」
目を見開いて、アルは覗き込んだ。見たこともない、光を放つ石だった。
「なんだこれ、キレーだな」
「僕たちは集積結晶って呼んでるけど、アールヴ風に言うと、宝玉ってところかな。お守りだ」
アルが宝玉をナイフに宛てがうと、吸い付くように張り付いて一体化した。その時。
「敵だ!」
物見からの報告だった。400m程離れた丘の影にガウロの姿が見えたと言う。
ユウナギは改めてノースに向き直り、口を開いた。
「もう一度言うぞ。ガウロと戦うんだ。あんた達が生き残る道は、それしかない」
少し考えてから、覚悟を決めたようにノースは頷いた。
「……わかった」
ともかく方針は定まり、村人たちは覚悟を決めた。付け焼き刃とはいえ、敵を迎え撃つ目処もたった。もちろん、厳しい戦いとなるだろうことは疑いようもなかった。
―――――――――――――――――――
◆保険
―――――――――――――――――――
さらに1週間が経過した。戦うことを決めたアールブは、反撃に有利な地点に向けて強行軍を続けていた。村人たちは疲れきっていた。そろそろ限界が近い。
「急げ! もうちょっとだ!」
ガウロの群れは、津波のように不気味な地鳴りを響かせながら追いすがって来た。血に飢えた目をギラつかせ、下品な叫び声を上げている。
「(やっぱり何かおかしい。ガウロの動きはどこか普通じゃない)」
森が途切れ、草原に変わる。彼らの行く手には川が削った大きな谷があり、その谷を渡る橋のように岩盤が横たわっていた。岩盤の橋を渡った先で陣取り、谷を挟んでガウロを迎え撃つ手筈だ。
あと少しで橋を渡り切る、という時。何かがアールヴ一行の頭上を飛び越え、谷の対岸に着地した。群れのボスと思しき"大角"のガウロだった。他のものより一回り巨大で、赤銅色をした筋肉が鎧のように身体を覆っている。
「しまった!」
先頭を走っていた若いアールヴが、"大角"の巨大な棍棒の一閃で肉塊と化した。
「くそっ! せっかくここまで来たというのに」
ノースが歯ぎしりをした。アールヴ一行は橋の上で挟撃されるという、最悪の状態に陥ったのだ。だがその時、ユウナギは正反対の顔をした。
「いや、間に合った」
大角のガウロの目の前に、ふらりと1つの人影が現れた。と同時に、人影は腰を落とし、拳を握りしめて腕を引き絞る。
「え、誰だ?」
ノース達が驚く暇も有らばこそ。その人影は、引き絞った拳を一気に解き放った。スレッジハンマーのごとき豪腕が、ガウロの顔面を打ち砕いた。
「!!!?」
敵味方問わず、その場のほぼ全員が目を見張り、口を開けたまま動きを止めた。一瞬時が静止したかのようだった。
巨体のガウロがゆっくりと宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「保険をかけといて正解だったな」
「ホケン?」
「ちょっとした特別サービスだよ」
ユウナギが口にした言葉は、アールブには意味がわからなかった。
【続く】
◆洞窟
―――――――――――――――――――
【主なる神は、南の大陸に楽園を創造し人に与えた】
―― 創世記――
【創世歴42億7746万年】
【人類歴225万年】
第4惑星には、赤道から南半球にかけて4つの大陸が横たわっていた。4つはそれぞれ東西南北に向けて広がり、中心部で僅かにつながっている。この時点で名前はまだない。赤道直下の北の大地で生まれた新人類は、気候変動や凶暴な魔獣などから逃れ、南の大陸に流れて来た。
彼らの生活は、基本的に狩猟採取によるものだ。獣を狩り、貝や木の実を集め、移動しながら洞窟や天幕に暮らす。
アールヴの人口は、この星に暮らす他の旧人よりも極端に少なかった。しかも彼らの周りには、魔獣、危険な動物、様々な亜人種たちが徘徊している。彼らにとってこの世界は、まだまだ安住の地とは呼べなかった。
さらにこの時期、彼らの後を追うようにして不穏な影が蠢いていた。
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ユウナギとナナがアールヴの村に滞在して、約3ヶ月が過ぎた。
この頃になると、データが充実してきたことにより、ナナの翻訳機能も精度が増していた。カタコト翻訳ではなく、自然でなめらかな翻訳が出来るようになっていた。さらに、ナナとデータベースを共有することで、ユウナギも彼らの言葉を理解し話せるようになった。
ユウナギは村での生活にすっかり馴染んでいた。狩りに同行したり、森に木の実を採りに出かけたり、原始的なサバイバル生活を満喫していた。
「そう、コレだよ。これが人間の生活だ!」
17年の「現代人」としての生活。42億年にわたる神としての生活。どちらと比べても、ここの生活は充実しているように彼は感じていた。もっとも、この暮らしの本当の辛さは、飢えることもない不老不死不滅不敗の彼には分からないだろう。たった3ヶ月ではキャンプみたいなものだ。だがそれでも、ずいぶんと久しぶりに彼は生を実感していた。
ある日、ユウナギは仲良くなったアールヴの子供、アルとリリルと遊ぼうとしたが、2人はいなかった。聞くと、近くの洞窟へ出かけたという。
ユウナギとナナは洞窟へ向けて歩き出した。
10分程歩くと、道端に小さな人影を見つけた。アルの妹のリリルだ。洞窟にはまだ遠いし、兄の姿は見えない。置いて行かれたのか、単に別行動をとっているだけなのか。
リリルはしゃがみこんで熱心に何かをしていた。足音に気付いて振り返る。
「ゆー」
「リリル、何、道草食って――!?」
自分で言っておいてユウナギは驚き、半歩後ずさった。彼女は文字通り道草を食べていたのだ。そこらに群生している大振りな草をちぎっては口に運び、無心でもぐもぐとやっている。
「えー……」
ユウナギの笑顔が引きつった。野草を食べるのは理解できるが、道端でダイレクトに口に運ぶのはどうなのだろう。と思ったのだ。
そんなユウナギのことなど気にも留めず、草を食べ終わったリリルはあたりを見回した。とある木を見つけて枝を折り、切り口から滴る水を飲む。さらに、その枝で腐葉土を掘り返し幼虫を探す。手慣れた様子で彼女は幼虫を見つけて口に運んだ。カブトムシの幼虫によく似ている。
「ん」
リリルが幼虫の1匹を手のひらに乗せて差し出した。
「こ、これはご丁寧に……」
震える声で、ユウナギは彼女の好意を受け取った。これだけはいつまでたっても慣れなかった。
この地は驚きに満ちていた。アールヴを原始人と思って侮ってはいけない。旧世界の文明人がこの地に放り出されると1週間で死んでしまうだろうが、アールヴはこの場所で生きる知恵をしっかりと持っていた。サバイバル術ではユウナギが教わることのほうが多かった。
「(幼虫の味は知りたくなかったけどな……)」
ひとしきりおやつを食べた後、リリルはユウナギを手招きして歩き出した。やっと洞窟へ向かうらしい。
「洞窟で何をするんだ?」
「あー、しごと」
リリルのしゃべり方は、なぜかいつまで経ってもカタコトだった。
**********
30分程歩いた後、3人は洞窟に辿り着いた。中に入ると、リリルの兄、赤毛のアルが壁に絵を描いていた。松明の明かりが揺らめいている。
「おお、これは」
壁面に描かれていたのは双鼻象や一角牛など、アールヴがよく狩っている獲物の姿だ。写実的とは言えないが、ダイナミックで躍動感に溢れており、今にも走り出しそうだ。画材は炭や赤土を使っていた。
「へえ。上手いもんだな」
「フフン」
得意気にアルが鼻を鳴らした。
洞窟の一角に手形が幾つか描かれていた。その前でリリルも何かを始めた。皮の袋に入れて持って来た道具を並べる。ひょうたんに似た植物の実で作った茶碗風の器に水と炭を入れてすり潰す。器の中に真っ黒い液体が出来上がった。
彼女は立ち上がると、小さな手を壁に押し当てた。次いで、液体を口に含み、手をめがけて吹きつけた。黒い液体は霧状になってリリルの手を縁取る。手をどけると、壁に彼女の手形が残っていた。
リリルがまだ液体の残る器をユウナギに差し出した。彼にもやれという事だ。彼女のマネをして、ユウナギも手形を描いた。黒い口をしたリリルが満面の笑みで微笑んだ。
―――――――――――――――――――
◆狩り
―――――――――――――――――――
帰り道。火山の近くの河原を通った時、ユウナギが立ち止まった。濃い灰色をした石が無数に転がっている。
「黒曜石か。アル、この石を知っているか?」
「なんだそれ。普通の石だろ?」
黒曜石の見た目は、一見しただけでは普通の石と変わらない。どうやらまだアールヴは知らないらしい。これまでのところ、彼らの石器はごく初歩的な打製石器だった。
ユウナギは、幾つか黒曜石を持って帰る事にした。
村に着くと、ほとんど誰もいなかった。留守番の老婆に聞くと、皆、急遽狩りに出かけたという。
「ずるい」
そう言ってアルが走りだした。すぐにリリルとユウナギ、ナナも続く。
4人が狩場に着くと、すでに最後の仕上げの段階だった。
長老ディージを筆頭に、長老の息子ノース他、村の屈強な男たちが獲物を包囲していた。
獲物は双鼻象。体長約8m肩高約4mもある象に似た動物で、めったに仕留めることが出来ない大物だ。体中に槍を突き立てられ、炎の魔法により皮膚は焼けただれている。かろうじて立っているような状態だ。
「有り難し」
そう言って、ディージはヘトモームに跳びかかった。何らかの身体強化系魔法により彼の腕力は常人の3倍にまで高められている。大振りの両手持ち石斧を軽々と振り回し、獲物の脳天めがけて振り下ろした。ヘトモームはもんどり打って倒れ伏し、そのまま泡を吹いて動かなくなった。周囲に歓声が沸き起こった。
「へえ。あの爺さん、すげえな」
ディージは白い髭を蓄えたいかにもといった感じの老人だが、まだ現役のハンターだ。
アルが駆け寄って、長老に文句を言っている。彼も参加したかったのだろう。
「ああもう、オレもヘトモームと戦いたかったのにさー」
「バカをいうな、ひよっこが!」
ディージの拳がアルの頭上に振り下ろされた。根拠の無い自信にあふれ、調子に乗った若者をたしなめるためだ。21世紀ならたちまち問題になる体罰だが、ここでは違った。子供が間違ったことをすれば厳しく叱るのが当たり前だ。失敗から学ばせるなどという悠長な事は言っていられない。なぜならば、この世界では失敗は死を意味するからだ。
獲物の周りに皆が集まった。ヘトモームは重すぎて運べないので、その場で解体することになった。しかし。
「くそ、硬いな」
大人のヘトモームは特に皮が硬い。アールヴの石器では、分厚い皮に阻まれてうまく解体出来ずにいた。このままでは日が暮れてしまうだろう。
時に、しつらえたかのような偶然が起こることがある。ユウナギはナナに持たせていた黒曜石を取り出した。半泣きのアルを呼んで手伝わせる。
「アル、この石を割ってみろ」
「?」
アルは他の石を拾ってきて、言われたとおりに黒曜石を割った。何の変哲もない普通の石に見えたが、割ってみるとつややかな黒いガラス質の破面が現れた。
「指を切らないよう、気をつけろよ」
ユウナギが注意する。破面や欠片をみて、アルは黒曜石の性質をすぐ理解した。器用に作業を進める。何度か石を振り下ろして、形を整え、木の枝で柄を作り植物のツルでしっかりと固定する。簡素だが鋭い黒曜石のナイフが出来上がった。刃渡り15cm程ある。
アルが進み出て獲物にナイフを突き立て、水平に動かした。驚くほどスムーズに肉が裂けた。
歓声が上がる。たちまちアルのナイフに人だかりが出来た。
黒曜石ナイフの切れ味は驚嘆すべきもので、下手をすると21世紀の金属製ナイフよりも鋭かった。ただし、強度はそこそこで壊れやすい。
解体中に刃が欠けて肉にカケラが紛れ込むと大変危険だ。ユウナギはもう一度注意を促した。
**********
ところで、以前ユウナギは、神使に命じてアールヴの魔法の源を解析させていた。なぜ旧世界の人類と違い、魔法を使えるようになったのか。
原因はすぐに判明した。彼らは、創世歴36億年頃に発見された例の特殊なDNAを受け継いでいたのだ。
そもそも、この世界には亜人や魔獣等、様々な特殊能力を持つ種が存在していた。むしろ魔法の登場は必然とさえ思えた。
「そういえば、火を吐いたり電気を操ったりする魔獣もいたな。竜亜人もブレスを使うことができた」
特殊能力をもった種族に共通するのが例のDNAというわけだ。このDNAを持つ種族は等しく細胞内に特殊な細胞小器官を備えていた。その器官が大気中の魔力を吸い、魔力として体内に蓄える。蓄えられた魔力は、気合や集中などにより体外に放出され魔法となるのだ。
ただ、そのDNAがどこからもたらされた物なのかは、まだはっきりとしなかった。
―――――――――――――――――――
◆魔獣
―――――――――――――――――――
その日、ユウナギとナナは一時的にカクリヨに戻っていた。そのことを彼は後になってひどく後悔した。
この世界の夜の心細さは、旧世界の21世紀とは比較にならないものだった。魔獣や危険な動物がいつ襲ってくるかもわからない。村の入口に見張りは立っているものの、丈夫な城壁も無い。彼等の家である天幕も、風が吹けば飛ばされるような粗末なものだ。
夜中、怖い夢を見てリリルは目を覚ました。いつもうるさい虫の声が今日はなぜか静かだ。不安になって兄の姿を探したが、見当たらない。
彼女の耳に、妙な音が聞こえてきた。あまり普段聞かない音だ。外で何か大きなものが動くような音。
突然、天幕がミシミシと軋み、リリルが見上げる中ゆっくりと屋根が剥ぎ取られた。そこにあったのは、人の3倍もある巨大な顔だ。目は鬼灯のように赤く、額には1m程の角が生えている。牙がみっしりと生えた大きな口が笑う形に歪み、ヨダレが滴り落ちた。
リリルの悲鳴が村中に響き渡った。
眠れずに、村の外れで空を見ていたアルの耳にも妹の悲鳴が届いた。慌てて自分の天幕に戻ると、そこには、額に大きな一本の角を持った、5mを超える人型の魔獣が佇んでいた。
「な……」
それだけではない。村を囲む木々の間に、幾対もの赤く輝く目が浮かんでいた。全身が総毛立ち、アルは棒立ちとなった。
"大角"の魔獣は気を失ったリリルを右手に掴み、ヨダレをダラダラと垂らしながら大きく口を開いた。その、鋭い牙が、今正に、リリルの上半身を食いちぎろうとした。その時。
両手持ちの石斧を持った長老ディージが現れ、隙だらけの魔獣の頭部をしたたかに殴りつけた。石斧が砕け、魔獣がよろめいてリリルを取り落とす。
「皆、逃げろ!」
ディージの叫び声と同時に、村中に絶叫がこだました。見渡すと、魔獣が数体、村を破壊して暴れていた。アールヴの天幕には何の防御力もない。いたるところで村人が捕まり、魔獣の牙の餌食となっていた。
アルはすぐさま駆け寄って妹を抱きかかえ、振り返った。逃げろとは言われたものの、ディージの事が心配で判断に迷ったのだ。
「ワシなら心配無用じゃ。こんな奴らに遅れを取るほど、耄碌はしておらん!」
そう言ってディージは、手を突き出し、炎の魔法を放った。アルの魔法の数倍の密度と熱量だ。たちまち魔獣は炎に包まれ、周囲が黒煙に覆われた。しかし。
「効かぬか」
魔獣は頭を振って立ち上がった。石斧と魔法による攻撃のどちらも、ほとんどダメージを与えることは出来なかった。ディージを睨みつけ、カッと口を開くと、丸太のような棍棒を振り回す。
「フン、そんな攻撃が当たるものk――!?」
死角から他の魔物が数体、一斉に飛び出して来た。ディージに絡みつき動きを封じる。間髪をいれず"大角"は味方の魔物もろとも棍棒を叩きつけた。
「ディージ!!」
嫌な音がアルの耳にも届いた。防御も虚しく弾き飛ばされ、ディージは地面を転がった。素早く身体を起こして彼は身構えたが、腕はあらぬ方へ曲がっているし、口からは血が溢れている。
「……な、何をしておる……。逃げろと言ったであろ……」
「で、でも……」
「――急げ!!」
逡巡するアルに対し、有無を言わせぬ命令口調でディージは一喝した。アルはあふれる涙を振り払い、リリルを抱えて全力で走りだした。
「それでいい……」
ディージの脳裏に、小さかった頃の2人の姿が浮かぶ。彼は、アルとリリル兄妹の育ての親でもあった。
「……命を繋げ」
霞む視界の中で、老人は尚も炎の魔法を2発放った。放ちながら意識は薄れてゆき、ささやかな思い出とともに彼の命は燃え尽きた。
**********
翌日、ユウナギが戻ってくると村は壊滅していた。
「な、なんだこれ……」
「西1200mに30体ほどの生体反応があります」
ユウナギが目を細め、ナナのいう地点を遠視した。
彼の目に映ったのは、赤銅色をした人型の魔獣だ。身長3、4m程で強靭な肉体を持ち、頭部には数本の短い角が生えていた。手にはそれぞれ棍棒状の武器を握っている。
「アールヴは大鬼と呼んでいます」
中でも、5mを超える一際大きな個体がユウナギの目に止まった。鋼の如き赤銅色の筋肉をまとい、頭部にある一本の角は、他のガウロよりも太く長く突き出していた。
その"大角"のガウロに率いられた30体のガウロが、獲物を探しながらウロウロしていた。
「くそ、油断した。……油断したが、何だこのタイミングの悪さは!?」
いつになくイラついた声でユウナギが言う。
「落ち着いて下さい。ここであなたがガウロを殲滅したとしても、アールヴのためにはなりません」
ユウナギ達には、自ら課した制約があった。「不用意に地上に干渉してはならない」というものだ。だが同時に、神として地上の生き物を「見守り導く」使命もあった。
「わかってる。けど、……いや、今は生き残りを探すのが先だ」
周辺をスキャンすると、すぐに生き残りが見つかった。ガウロから少しでも遠ざかろうと足早に移動している。ユウナギは急いで彼らと合流した。
「一体何があった?」
逃げ延びたアールヴは28名。約半数が犠牲になったようだ。長老に代わって村長の地位を引き継いだノースが、事件のあらましを説明をした。
アルとリリルも軽傷を負っているものの、無事だった。
「また奴等が来た」
「一体どうすればいいんだ」
村人たちから失意のため息が漏れ聞こえた。この村のアールヴは、北の大地からガウロに追われてこの地に逃れて来たという。やっと安住の地を見つけたと思った矢先の出来事で、彼らの絶望はどれほどのものだっただろうか。
大鬼は、アールヴの言葉で「悪いもの」を意味する魔獣の一種だ。身長3、4mの人型で比較的知能も高く、貪欲で非常に気性が荒い。小型のものはゴブリンやコボルドのイメージが近いが、大型になると正に大鬼だ。
魔獣と普通の動物の違いは特殊能力の有無に依る。ガウロの特殊能力はこの時点ではまだ判明していなかった。
「……それにしても」
大きく息を吐き出してユウナギが独り言ちた。
「どうかしましたか?」
ナナの質問に答えずに彼は頭を掻いて考えこんだ。先程から、何かを見落としているような、奇妙な違和感が消えないのだ。
「何かひっかかる。……保険をかけておくか」
―――――――――――――――――――
◆提案
―――――――――――――――――――
アールヴの逃避行が始まって約1週間が過ぎた。行く宛もなく、ただ遠くへ遠くへと、彼等は足を急がせた。
巨木の森が途切れ、木々の背丈が低くなっていく。ガウロの群れもつかず離れず一行を追跡していて、振り切ることができない。この間に、老人2人と子供1人が犠牲になった。
「こうなったら、戦うしか無い」
歩きながら、ユウナギが言った。
「ノース、皆で協力してガウロを倒そう!」
「……しかし」
「このままだと全滅だぞ!?」
正直口を出し過ぎだと、ユウナギ本人も感じていた。立場上、余計な干渉を控えていた彼も、今回ばかりは我慢できなかった。今この時が、アールヴの命運を左右する分水嶺になる、と感じられたからだ。
ユウナギがガウロを倒したり、天界製の「船」で全員を輸送すればすむ話だが、そうもいかない。
「反撃なんて無理だ」
「ガウロは強い」
ユウナギの提案に対して、ノース他、村人たちは消極的だった。
「あんたらには魔法があるだろ!?」
「おれたちの魔法、効かなかった」
実際、アールヴの魔法はガウロに対して効果が薄かった。ガウロには、魔法に対する耐性のようなものがあるのかも知れなかった。
「もちろん、決めるのは君らだ。でも、今戦わないと皆死ぬぞ」
まだ、人にとっては暗黒の時代。種の存続さえも覚束ないほど、彼らは弱い存在だ。しかし、彼らは知らない。自分たちがどれほどの可能性を秘めているのか。これから生まれるであろう、新たな文明がどのような歴史を積み重ねて行く事になるのかを。
それを途絶えさせるわけにはいかなかった。
「あんた達はまだ魔法を使いこなせていない。アル」
近くで眺めていたアルを手招きする。
「ええと、アールヴ語で火ってなんだっけ?」
「エーリフですケガラワシイ」
ナナが答える。
「そう。それだ。いいかアル、魔法を使う時、叫ぶんじゃなくて、『エーリフ』って唱えるんだ。頭のなかで強くイメージしてな」
「……なんで?」
「言霊って言って、言葉には力がある。それが魔法の力を高めるんだ」
「コトダマ? なにそれ? どうして?」
「いいから」
彼には少し難しい話だったようだ。半信半疑のアルが、言われた通りやってみる。指を突き出し、近くの木に狙いを定める。
「エーリフ!!」
サッカーボール大の火球が、あふれるエネルギーを持て余して渦巻き、槍状になって木に叩きつけられた。空気が爆ぜる。驚いたリリルが咄嗟に顔を覆う。それほど太くもない木だったが、音を立ててゆっくりと倒れ、見守る人々の間からどよめきが起こった。
「大体、8倍ぐらいの威力か。まあまあだな」
満足そうに、ユウナギは頷いた。
魔法を放った本人も驚いて、冷や汗を垂らしながらユウナギの方を振り向いた。言葉が出ないようだ。
「お前……、一体何者だ?」
ノースが目を見開いて言った。
「ただの、旅人だよ」
これが魔法の「呪文」の始まりとなった。後に、言霊を組み合わせた複雑な呪文が生まれる事になるが、それはまだ先の話だ。
「ああ、それと念のため……」
ユウナギがポケットを探って何かを取り出した。
「アル、これをやろう。ナイフにつけるんだ」
目を見開いて、アルは覗き込んだ。見たこともない、光を放つ石だった。
「なんだこれ、キレーだな」
「僕たちは集積結晶って呼んでるけど、アールヴ風に言うと、宝玉ってところかな。お守りだ」
アルが宝玉をナイフに宛てがうと、吸い付くように張り付いて一体化した。その時。
「敵だ!」
物見からの報告だった。400m程離れた丘の影にガウロの姿が見えたと言う。
ユウナギは改めてノースに向き直り、口を開いた。
「もう一度言うぞ。ガウロと戦うんだ。あんた達が生き残る道は、それしかない」
少し考えてから、覚悟を決めたようにノースは頷いた。
「……わかった」
ともかく方針は定まり、村人たちは覚悟を決めた。付け焼き刃とはいえ、敵を迎え撃つ目処もたった。もちろん、厳しい戦いとなるだろうことは疑いようもなかった。
―――――――――――――――――――
◆保険
―――――――――――――――――――
さらに1週間が経過した。戦うことを決めたアールブは、反撃に有利な地点に向けて強行軍を続けていた。村人たちは疲れきっていた。そろそろ限界が近い。
「急げ! もうちょっとだ!」
ガウロの群れは、津波のように不気味な地鳴りを響かせながら追いすがって来た。血に飢えた目をギラつかせ、下品な叫び声を上げている。
「(やっぱり何かおかしい。ガウロの動きはどこか普通じゃない)」
森が途切れ、草原に変わる。彼らの行く手には川が削った大きな谷があり、その谷を渡る橋のように岩盤が横たわっていた。岩盤の橋を渡った先で陣取り、谷を挟んでガウロを迎え撃つ手筈だ。
あと少しで橋を渡り切る、という時。何かがアールヴ一行の頭上を飛び越え、谷の対岸に着地した。群れのボスと思しき"大角"のガウロだった。他のものより一回り巨大で、赤銅色をした筋肉が鎧のように身体を覆っている。
「しまった!」
先頭を走っていた若いアールヴが、"大角"の巨大な棍棒の一閃で肉塊と化した。
「くそっ! せっかくここまで来たというのに」
ノースが歯ぎしりをした。アールヴ一行は橋の上で挟撃されるという、最悪の状態に陥ったのだ。だがその時、ユウナギは正反対の顔をした。
「いや、間に合った」
大角のガウロの目の前に、ふらりと1つの人影が現れた。と同時に、人影は腰を落とし、拳を握りしめて腕を引き絞る。
「え、誰だ?」
ノース達が驚く暇も有らばこそ。その人影は、引き絞った拳を一気に解き放った。スレッジハンマーのごとき豪腕が、ガウロの顔面を打ち砕いた。
「!!!?」
敵味方問わず、その場のほぼ全員が目を見張り、口を開けたまま動きを止めた。一瞬時が静止したかのようだった。
巨体のガウロがゆっくりと宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「保険をかけといて正解だったな」
「ホケン?」
「ちょっとした特別サービスだよ」
ユウナギが口にした言葉は、アールブには意味がわからなかった。
【続く】
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