創リ世ノ記(ツクリヨノシルシ)

右藤秕 ウトウシイナ

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04 魔王編

魔王編04 ~リーダティカの攻防~

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◆千年戦争
―――――――――――――――――――

 帝国建国以来千余年。アールヴ帝国アルヴ・ナ・ディールとライグリューゼン王国はヘトゥオス大陸中央ルイン平原の覇権をめぐり争ってきた。戦争末期、劣勢に立たされた帝国であったが、ルレブ・ラ・ローナの戦いの大逆転劇によってライグリューゼンを圧倒するようになる。

 その第一の功労者が枢機兵団ネウ・ゼーフェン第6軍軍団長、ヒューゼル・ロイヒであろう。鍛え上げられた肉体を持つ帝国随一の偉丈夫で、まさに英雄と呼ぶにふさわしい人物だ。にも関わらず第6軍の団長にとどまっているのは、彼が貴族階級に疎まれているからである。
 次のような逸話が残されている。

 千年戦争のさなか、帝国のとある地方都市が敵国に襲われた事があった。田畑は踏み荒らされ家は焼かれ、民は殺された。その際、都市の領主は民をほったらかして真っ先に逃げ出したという。そこへヒューゼル率いる枢機兵団が駆けつけ、逃げる領主と出くわした。

「おお、ロイヒ卿、良いところへ!」

 領主が小走りに駆け寄ってきた。竜馬を降りたヒューゼルが領主を出迎える。

「さあ、ワシを安全なところまでヘブア!!」

 ヒューゼルにすがりつこうとした領主は1mほど飛んで転がった。ヒューゼルが彼を殴り飛ばしたのだ。領主の取り巻きや枢機兵団の兵たちが息を呑んで硬直した。領主はがっくりと気を失っている。

「民を置いて真っ先に逃げ出すとは何事だ! 恥を知れ!!」

 再び竜馬に飛び乗ると、ヒューゼルは領主をその場に捨て置き、兵団を率いて町へと急いだ。到着後の兵団の働きは凄まじいもので、たちまち敵を追い返し町を取り戻した。

 結果、多くの民が救われ、ついでに領主一行も助かったのだが、領主にしてみれば面白かろうはずもない。帝国防衛の要たるヒューゼルを罰するわけにもいかず、逃げ出した不名誉を認めることにもなるので、領主は何も言わなかった。だが、そのことをいつまでも根に持って、事あるごとにヒューゼルの邪魔をしたという。

 そのためヒューゼルの軍での扱いは不遇であった。もっとも、反比例するように民衆からは支持され、その人気は不動のものとなった。

 また、ヒューゼルの武勇を戦略面からサポートしたのが、副団長のニーア・ジーテラセタである。千年戦争末期の彼はまだ元服直後で、師匠の後を受け継いだばかりの少年だった。どちらかと言えば華奢で、腕力よりは知恵に頼るタイプだ。

 ある時、とある地方が深刻な水不足に襲われた。池や川の水が干上がり、農作物は全滅するのを待つだけだった。そこである神官が言った。

「神はお怒りである。神殿に生け贄を捧げよ! 神は正義。神は絶対。逆らうものには罰を」

 渋々村人は若い娘を数人生け贄に捧げた。お陰でその年は水不足は解消され、作物も息を吹き返した。人々は神と神官に感謝した。

 そんな事が数年続いたある日、この地方にニーアの部隊が立ち寄った。その年も例年通り水不足が発生していた。
 ニーアは少し周辺を調査した後、神殿へ向かった。神殿の広間では、神官が今年の生け贄を集めているところだった。

「ちょっと待って下さい。もう生け贄は不要です」
「なんだと!? 貴様は……!?」
「枢機兵団のニーアと申します。実は私が神に話をつけて来ました。もう生け贄は必要ありません。この土地は許されました」
「は!? う、嘘をつけ! 生け贄を捧げねば神の怒りは収まるはずが……」
「疑り深いなぁ。じゃあ証拠を見せましょう。皆さん、川を見てください」

 干からびかけていた川の上流から勢い良く水が流れてきた。水面がキラキラと陽光を反射する。集まっていた村人達がら歓声が上がった。そこここで、娘を抱きしめて涙を流す親子の姿が見えた。

「!!? バカな、止めさせたはず」

 言ってから神官の顔色がさっと青ざめた。

「おやあ。今なんとおっしゃいました? まさか、自分で川の水を止めて、神のせいにしたっていうんじゃないでしょうね?」

 見てきたような顔で、ニーアは言った。実は川の上流一体が神官所有の土地で、村人は誰も入れなかった。それをいいことに、神官は川の上流をせき止め、神の怒りと偽っていたのだ。

「いや、ちが」
「神を騙った罰は重い。この不信心者を捕らえよ!!」

 神官はうろたえたが後の祭りであった。彼は怒った村人達に取り囲まれ、そして……。ニーアの報告によると、神官は"失踪"したということだった。


**********


 帝国暦1009年。帝国軍枢機兵団ネウ・ゼーフェンの活躍によりライグリューゼン国王ポーシブ8世は討たれ、千年戦争はその長きに渡る混乱と惨劇に終止符を打った。帝国はライグリューゼンを併合し、ヘトゥオス大陸中央ルイン平原に平和と統一がもたらされた。

 ルーヴが聖剣を手に入れたのは、千年戦争終結の約100年後のことである。そこからさらに十数年。つかの間の平和は終わりを告げ、魔軍襲来に端を発する"第3魔王戦争"が勃発する。


―――――――――――――――――――
◆膠着状態
―――――――――――――――――――

【アールヴ暦23万4027年】
【帝国暦1136年】


 ダオラエスローノ地方、リーダティカ砦。

 魔軍ギーガ隊とルーヴらのテスエローフ隊が遭遇してから1週間ほどが経過していた。あれ以来、魔軍は大規模な行動を控え、じっと息をひそめている。時折、小競り合いが起きる程度だ。巨人ギーガの動向が不気味ではあったものの、ルーヴ達はこの機会を補給や休息、そして"魔導革命メギア・ノイツローベル"に充てることができた。

 リーダティカ砦の練兵場で、ルーヴ・ドロウスは吹っ飛ばされ、仰向けにひっくり返った。

「え?」

 今何が起きたのか、彼にはわからなかった。

「どうした。立て」

 ヒューゼルが見下ろす。

 もう2回ほど、同じことが繰り返され、ルーヴは我に返った。状況がようやく飲み込める。ユウナギの計らいで、彼はヒューゼルに直接"指導"を受けることになったのだ。ルーヴは身震いをした。

「これがヒューゼル・ロイヒの力……!!」

 目をキラキラと輝かせて、口角を上げる。現世最強とも呼ばれる英雄ヒューゼルと戦える機会など滅多にない。ルーヴは気合を入れ直し、静かに構えた。

「全力で行く!!」

 火炎付与エリフ・ナーチェで木刀に炎をまとい、持てる全ての力を集約させ振り抜く。

截鉄ヴァーセル・リーツ!!」

 ルーヴ渾身の固有剣技ダウス・キルスがヒューゼルに迫った。

「ぬるい!!」

 怒号と一閃。ルーヴの攻撃は敢え無く叩き伏せられた。

「(すげぇ! ……スゲェ、スゲェ、スゲェ!!)」

 自らの未熟さと英雄の力をまざまざと見せつけられ、それでも彼の瞳の光は消えなかった。


―――――――――――――――――――
◆魔導改革
―――――――――――――――――――

 魔軍の脅威からアールヴを守るための魔導革命メギア・ノイツローベル。そのためにはやるべき事、学ぶべき事がいくらでもあった。

 リーダティカ砦の一角、書庫の間は即席の教室になっていた。大魔法使いアーキギーマロロクルオスが教壇に立ち、レイド、シア、クックル他10数名が新魔法技術の基礎に関する授業を受けている。魔法が使えないはずのユウナギもなぜか席についていた。

 魔軍の脅威に帝国中が震え上がるこの時期に、最前線であるリーダティカの人々は比較的落ち着いていた。

「最初にやるべきことは2つ。魔導書アーディロードと新魔法言語を作るのじゃ」
「魔導書?」
「新魔法言語?」

 ユウナギが見たところ、この時代のアールヴの魔法にはまだまだ欠点も多かった。強力な攻撃をするには長文の呪文レプアスを長々と詠唱する必要があったし、あまり複雑な呪文構文を組むこともできなかった。それらの欠点を補うために、この2つが必要となる。

 魔導書には、原始的な"微精霊"から作った人工思考精霊ティリプス・ウプシーを宿らせて、呪文の記憶・再生・実行の補助を行わせる。

 新魔法言語の作成では、現行の呪文を見直し、簡素化、単純化のうえ新たに制御文を導入し、よりわかりやすく柔軟性をもたせる。

 これらが完成すれば、より複雑でより長大な魔法文を簡単に作り出せるようになる。単に魔力を呼び出して爆発させる、といった従来のものとは違い、複数の魔法を同時に展開して、それらを混ぜ合わせて放つなどの、より高度な第3世代魔法が作れるようになるのだ。

 以上が、飛行魔法や極限魔法へといたる最短ルートであった。

「ほ、本当にそんな事ができるんだろうか……。たった3年で。しかも、敵と戦いながら……」

 レイドの瞳がぐるぐると挙動不審にさまよった。若干血の気が退いている。

「まだ基礎の基礎じゃぞ。この程度で音を上げるとは。情けない奴じゃのう」
「そんな事言われても、こんなのどう考えても無理だよ」
「無理なものか。ワシはこの理論を1日でモノにしたぞ」

 ロロクルオスは胸を張って言った。マントの下から露出度の高いレザー製の衣服が現れた。

「モノにした……? これロロさんが考えたんじゃないの?」
「え? ああ実は、これを考えたのはラギじゃ」
「ええ!?」

 レイド他、みながユウナギを見た。ユウナギが慌てて取り消そうとしたが、もう遅い。

短命種レアムローンは魔法が使えないはず……」

 厳密に言えば、彼はレアムローンではない。旧世界の地球人でオマケにこの新世界の神である。しかし、それを知る地上の者はいない。
 あまり目立ちたくなかったユウナギだが、仕方なさそうに口を開いた。

「まあ、仕組みや呪文を考えるだけなら魔力は必要ないからな」
「た、確かに。言霊の意味さえわかれば文章を書くのとかわらない……のかな?」

 半信半疑ではあったが、レイドはそれで納得しておくことにした。

「そんな事より続きじゃ。ほれそこ! おしゃべりをやめい!」

 授業が難しすぎて現実逃避していたシアとクックルが怒られた。


**********


 数日後、魔導書の第一弾が完成していた。

「これが、魔導書アーディロードか……」

 出来上がった魔導書をかざして、レイドはしげしげと眺めた。表紙がなにやらうごめいて見え、心なしか、唸り声のようなものが聞こえる気がした。黒い文字がなぜか赤く滲んで揺らいで見える。

 魔導書に搭載された人工思考精霊ティリプス・ウプシーのバージョンは0.8で、まだまだ基礎的なことしか出来ない。

「魔導書と新魔法言語に合わせて、簡単な呪文をワシが作ってみた」

 ロロクルオスは皆を砦の裏庭に集めた。魔導書の動作テストをするためだ。

「今までの火炎槍の呪文はこうじゃが……」

 黒板に書きなぐる。


――――――――――――――――――
澆季ぎょうきごう
そよぎの唄
朽ちくずれし破壊の旋律
大火炎槍ジルラ・エーリフ
――――――――――――――――――


「これを、新方式を踏まえて書き直すと、こうじゃ!」


――――――――――――――――――
010 攻撃魔法書庫呼び出し
020 作業領域展開
030 魔力資源抽出 → 作業領域へ転送
040 魔力圧縮、火属性変換
050 魔法実行
――――――――――――――――――


 呪文の詩的な側面は失われ、極めて実用的なものとなった。この呪文を魔導書に書き込んで使用する。

「なにこの無様な呪文?」
「全くの別物だね」
「まあでも、何をやっているか、わかりやすくなったような気も……?」

 シアとクックルが忌憚のなさすぎる意見を述べ、レイドが焦ってフォローする。

 アールヴ社会では、実用性よりも言霊の組み合わせによる文章の優雅さを優先する傾向にあった。しかも、昔から伝わっている難解な言霊の組み合わせを使うのが良しとされていた。

 他の者達も、格調が低いとか伝統がどうのこうのとか、好き勝手なことを言い始めた。

 特に年配の者には評判が悪かった。優雅さ以前に、新しい呪文の書き方を覚えられないのだ。旧世界の老人がパソコンに苦労するようなものだ。

「しかも読みにくい覚えにくい」
「覚える必要はない。魔導書に書き込んだ呪文に登録名をつけると、その登録名を読むだけで魔法を発動できるのじゃ」
「おお、それはちょっと便利かも」
「ともかく、試してみるのじゃ」

 そんなわけで代表としてレイドが試してみることになった。新呪文の記された魔導書を左手に、右に杖を構えて呪文の登録名クーテローシュを唱える。

大火炎槍ジルラ・エーリフ!!」

 魔導書が鈍く輝き、杖を介して新生大火炎槍の炎を吐き出した。爆音と共に、その炎は裏庭全体を覆い尽くした。上空に向けて撃ったため地上に被害はなかったが、想像を絶する大出力だ。

 皆、顎が落ちそうになるぐらい口を開けて絶句した。

「ありゃ。出力調整をミスったかの」
「…………!!!!!?」

 口をパクパクさせたまま、レイドはふらついて座り込んだ。一気に魔力を消費しすぎたのだ。シアが駆け寄って助け起こす。

「なんてこった……」

 最初文句を言っていた者たちも、すっかりおとなしくなってしまった。

「まさに、魔導革命メギア・ノイツローベルだね」

 気がつけばそこにいたニーアが、そうつぶやいた。

「この新魔法の仕組みをラギが考えたのか……」

 一人レイドは考え込んでいた。しばらくして顔を上げる。

「とある説によると、創世神ハイ・ラ・ユグナ様が僕達のご先祖に楽園ネドエを与えた時、短命種レアムローンの代理人が案内役をつとめたとか」

 ユウナギの笑顔が固まった。

「その後も"代理人"はいろいろな時代に現れて我々アールヴに様々な知恵を授けたと言われている。青銅器時代、戦国時代、千年戦争の間にも。……でも、僕の知る今のレアムローンはまだまだ未発達で、とてもそんな事は出来ないはず」
「何よレイド。その話、今関係あるの?」
「あるよシア。いたんだよ。大昔からこの地に、レアムローンと同じ姿をした別の"何者か"が。……そう、賢者ゼウルヴがいたんだ!!」

 レイドの視線に釣られて、大勢の視線がユウナギに集中した。

「僕はずっと気になってたんだ。ラギの知識量は異常だよ」

 ユウナギの顔に滝のような汗が流れ落ちた。どう誤魔化そうかと必死に考えたが答えは出ず、やがて観念したように彼は小さく息をはいた。

「ああもう、わかったよ。隠すのはやめだ。僕がその賢者だよ」
「えええ!!!?」

 ナナが首を振ってため息を漏らした。しかしこれはユウナギの巧妙な戦略でもあった。賢者である事を認めることで、それよりも大事な真実、自分が神であることを悟られないようにしたのだ。

 突然の真実の暴露に、全員の目が見開かれたまましばらく凍りついた。疑う者がいなかったのは、今までのユウナギの行動を見ていたせいもあるが、この時代のアールヴがまだ純粋だったためでもあるだろう。あのニーアでさえ呆然としていた。

「ラギは何か隠してる。そう思ってたけど……やっぱりね」

 シアの長年の疑問が解消された瞬間だった。

「でもまさか、賢者……様だったなんて」

 自分の今までの態度を少し反省したシアだった。

「ああ、ラギ……いや賢者様! 聞きたいことが山ほど」
「ラギでいいよレイド。でも、考古学の勉強はまた今度。今は魔導革命メギア・ノイツローベルを完成させるのが先決だ。これから忙しくなるぞ。さあみんな頑張って働こう!!」

 歓声とともに皆が忙しく動き始め、リーダティカ砦はにわかに活気づいた。


**********


 魔導書の完成は第一歩にすぎない。
 それからの数週間、開き直ったユウナギによって他にも様々な新技術が伝えられた。ただ、彼が教える事は基礎ばかりで、応用はアールヴに任された。あくまでも、アールヴ自身で世界を変えなければならないのだ。

 それにより、次々と新しい技術が生まれた。


・体力/魔力回復のための水薬リキシル
・後に蒼い宝玉ウェル・ロウジュと呼ばれる魔力結晶。
・新技術の応用による新しい武器の開発。
・他


 ただ、飛行魔法や極限魔法の開発は困難を極めた。この2つを作るには、新魔法言語を理解した者が数十人がかりで、数百、数千ページもの呪文を書かねばならなかったからだ。

 革命の完成には、いま少し時間が必要であった。


―――――――――――――――――――
◆ルーヴ vs ヒューゼル
―――――――――――――――――――

 寒風の吹きすさぶ砦の練兵場では、ルーヴ他テスエローフ隊の数人がヒューゼルに訓練を受けていた。ヒューゼルは魔軍との戦いの合間の貴重な時間を使ってわざわざこの訓練を行っている。ラギことユウナギのたっての願いを受けての事だという。

 一対一の模擬戦の何度目かの挑戦で、ルーヴはまたしてもヒューゼルに敗れ息を切らして座り込んだ。彼も決して弱くは無いのだが、歴戦の英雄の前では今一歩及ばない。積み重ねてきた経験の差であろうか。

 ヒューゼルの使う技は一種の介者剣術である。鎧を着た状態での立会を想定した、千年戦争の戦場で生まれた剣術だ。それだけに実用的でスキがなく一筋縄ではいかない。

「(つ、強え。何なんだこの人、魔軍との連戦の疲れはねーのかよ。オレとあれだけ戦って息ひとつ乱れてねぇ……。引退してもおかしくない年だってのに……。バケモノかよ)」


**********


 仕事の傍ら、シアはルーヴの訓練の様子を覗いていた。

「シア? なにやってんの?」
「レ、レイド!?」

 顔を赤くしてシアが振り返った。彼女はこの年、旧世界の人間でいうと21才前後になる。その美しさにはますます磨きがかかり、レプラローフ中の貴族から見合いの誘いが来るほどであった。

「べ、別に。ルーヴのことなんて心配なんかしてないんだからね」

 ユウナギが録音したくなるようなセリフを言って、シアは顔をそむけた。レイドにはシアの気持ちはよく分かっていた。いつも一緒にいたのだから当然だ。そして彼はそれを応援しようと心に決めていた。

 シアはふと表情を改めた。

「私ね、本当はテスエローフ家の跡継ぎなんかなりたくなかった。千士隊の隊長もイヤだった」
「うん」
「でもね、ルーヴやレイドが支えてくれたから、ここまで来れたと思う」
「うん」
「それに、ルーヴが頑張ってるのずっと見てきたから。ルーヴのために何かしたいなって思うの」
「そうだね」
「あ、もちろん、レイドにも」

 レイドは小さく笑った。今の言葉だけで、彼は満足だった。

「ルーヴは大丈夫だよ。あいつはきっと夢を叶える。だから僕達も、今できることをやろう」
「ええ」

 2人はそれぞれの仕事に戻った。この戦いを生き延びなければ、全てが終わりなのだから。


**********


「もう終わりか?」

 ヒューゼルが言う。

「冗談じゃねぇ。ま、まだまだこれから……オレは枢機兵ネウ・ゼーフェンに入団するんだからよ……」
「ほう……。だが、それは無理だ」
「な、なんでだよ!?」
「お前は純粋なアールヴではないだろう」
「!!!?」

 その言葉は、鈍器で殴られたような衝撃を持ってルーヴに届いた。

「オ、オレが……純粋なアールヴでは……ない!?」

 孤児であるルーヴには、自分の詳しい生い立ちは分からない。父も母も見たことがない。故に、きっぱりと否定することができなかった。

 しかも、彼には思い当たるフシがあった。他のアールヴに比べてルーヴの魔力アマナは貧弱で、言われてみれば、他の者たちよりも少し成長が早かったような気もする。

 実際、ヒューゼルの言うとおりルーヴは純粋なアールヴでは無かった。ユウナギ達の調査によると、彼はレアムローンとの混血、混血種ファルフ・アルヴだった。

「だ、だったらどうだって言うんだ!」
「そう。混血種かどうかは問題ではない。強ければ入団しても構わない。しかし、お前の魔法は弱い」
「!!!!」

 ルーヴの受けた2つの衝撃は彼の精神に重い塊となってのしかかった。常人なら心が折れても不思議ではない。だが、それでもルーヴは踏みとどまった。

「わかった。……じゃあ、オレと"真剣"で勝負をしてくれ。オレが勝てば……強ければ問題無いんだろう?」
「フン。いいだろう。ハンデをやる。"聖剣"を使え」
「ふざけるな。普通の剣で十分だ」

 木刀を投げ捨て、ルーヴは見物の兵から剣を借り受けた。

 ルーヴの表情が変わった。訓練モードから実戦モードへと切り替わる。今までの彼にはどこか遠慮があった。英雄を前に緊張していたのかも知れない。しかしそれもここまでだ。

 大地を蹴ると、ルーヴは一瞬で間を詰めヒューゼルに肉薄した。立て続けに斬撃を叩き込み、かわし、はじき、さらに斬り込む。

「おい、今の動き」
「ああ。ヒューゼル団長の動きにそっくりだ」

 一緒に訓練を受けていたロラッカとガーネリクが興奮気味に言う。

 千の言葉や万の経験よりも、たった一人との出会いが糧になることもある。

「フン。やればできるではないか」
「まだまだ!!」

 ルーヴにとって、ヒューゼルがまさにそれであった。彼との出会いが、この戦いが、今までくすぶって伸び悩んでいたルーヴの成長のキッカケとなったのだ。剣を交える度、打倒されるたびに、ルーヴは強くなった。ヒューゼルがそう導いた面もあるかもしれない。

 ただしそれも、ルーヴの人並み外れた吸収力があればこそだろう。ユウナギの剣技を真似た時もそうだし、今、ヒューゼルの技を参考にしているのもそうだ。何かを参考に新しい力を生み出す能力。決して折れない心。

 これこそ、ユウナギをして"切り拓く者"と言わしめた、ルーヴの実力であった。

「(そういえば、アルもそういうの得意だったな)」

 23万年前の赤毛の少年を、ユウナギは思い出した。やはりルーヴはアルの生まれ変わりなのだ。

 そのうちに、ルーヴの動きがヒューゼルに追いついてきた。

「おいおい、まじかよ。ルーヴのやつ団長と互角になってないか?」

 痛烈な斬撃をなんとか弾き返してヒューゼルが距離をとった。

「見事な剣技だ」
「ほ、ほんとか? じゃ、じゃあ、オレを兵団に入隊……」
「……だが、我らはアールヴである」

 ルーヴの言葉をさえぎってヒューゼルは呪文の詠唱を始めた。

 これまでのヒューゼルは魔法を使っていなかった。つまり、手加減をしていたのである。

 この世のものとも思えない凄まじい魔力がヒューゼルの剣を包み込む。大気が震え、静電気のように魔力が火花を撒き散らす。

魔導剣メギア・ドース!!」
「!!!?」

 ヒューゼルの剣から魔力の斬撃が飛び、ルーヴが咄嗟にガードする。その技はルーヴの剣技に似ていたが付与魔法の一種でヒューゼル最強の魔法の一つであった。圧倒的魔力質量。大地を削る土石流のような破壊力。少しでも気を抜けば、彼は消し飛んでいたであろう。

 どうにか受けきって凌いだものの、そこがルーヴの限界であった。力尽き、崩れ落ちる。

「……クソ!!」

 歯を食いしばり、地面を殴りつける。

「悔しがる必要はない」
「でもよ」
「お前は何のために戦う?」
「それは……」
「なぜ聖剣を手に入れた? なぜ兵団に入りたいと思った?」

 改めて問われると、ルーヴにもよくわからなくなった。小さな頃の憧れやヒーロー願望だろうか。ただ不思議と、シアやレイドや仲間たちの顔が脳裏に浮かんだ。

「お前は枢機兵団に入る必要は無い」

 そう言うと、ヒューゼルは練兵場を後にした。


**********


「……クソ。あのおっさん、なんて強さだよ。……なんで勝てねーんだよ」
「あのなあ」

 落ち込むルーヴを助け起こしながら、ガーネリクが呆れたように言う。

「ヒューゼル団長は英雄だぞ。世界で誰も勝てないアールヴ最強の男だ。その英雄相手に、本気で勝とうとしてるお前のほうが俺は驚きだよ」
「そうそう。本気で勝てると思ってるのがバカというかスゴイというか……」

 ロラッカも肩をすくめた。

「まあでも、お前ならいつか勝てるかもよ」
「いつかじゃ遅い。今すぐにでもオレは」
「はいはい。でも今日はもうオシマイ。飯食いに行くぞ」
「ま、待てよガーネリク。オレはまだ……」
「うるさい。ほれ、行くぞ」


―――――――――――――――――――
◆リーダティカの攻防
―――――――――――――――――――

 開戦から数ヶ月後。冬が去り、春の来訪とともに災厄がリーダティカ砦を訪れた。魔軍ギーガ隊約3万が啓蟄の如く動き出し本格的に行動を開始したのだ。主将である巨人ギーガが1万を率いて中央に陣取り、左右に副将がそれぞれ1万の部隊を展開させている。

 対するアールヴ側も、ヒューゼル・ロイヒを先頭に枢機兵団第6軍1万が出撃して迎え撃つ。全体の指揮をとるのはニーア・ジーテラセタだ。

 長引くものと予想された戦いは、思わぬ急展開を迎える事となる。

「北西より敵軍! 魔軍本隊です!!」
「な、なにぃぃ!!?」

 ガラにも無く大声を上げたのはニーアであった。これには周りの兵たちも驚いた。いつも余裕たっぷりのニーアがこれほど取り乱すとは。

 この数ヶ月ギーガ隊が手をこまねいていたのは、雪を嫌ったせいもあるだろうが、本隊との合流を待っていたという事のようだ。

「うわぁああもうだめだ、み、みんなにげろー!!」

 ニーアを先頭に、第6軍は雪崩をうって逃げ出した。始まって以来のみっともない敗走である。

「フハッ! なんと無様な!! 追撃じゃ!!」

 ギーガ隊副将である豚頭鬼クーロ族のオグロゴメドが功を焦って先走った。約1万の小鬼ニールボッグ隊を引き連れて突出する。

「オグロゴメド、よせ。罠だ」
「でかいナリをしていい加減臆病がすぎるぞギーガ卿。敵を過大評価しすぎじゃ! わしは魔王様到着前になんとしても手柄を上げておきたいのじゃ!!」

 オグロゴメド隊約1万が逃げるアールヴに追撃を仕掛ける。すると、あわてた第6軍は砦にも入らずに四方八方へ逃げ散ってしまった。

「見ろ。罠などありはせぬ。今だ! 砦を奪え!!」

 オグロゴメド隊はリーダティカに乗り込み、あっという間に占領してしまった。だが、なぜだかそこには誰もいなかった。

「呆れてものも言えないね」

 逃げ惑っていたはずのニーアが丘の上から見下ろしていた。彼は、功を焦る敵の心理を正確に洞察しており、先程の慌てたフリは、敵を誘い込むための芝居だったのだ。こうもあっさり引っかかるとは、いささか拍子抜けではあったが。

「まあいい。"革命"の成果とやらを試させていただくとしようか」

 懐から魔導書を取り出し、所定のページを開いて登録名クーテローシュを読む。

「バールス!」

 これは魔法ではなく、起爆スイッチだった。ニーアは、魔力をたっぷり溜め込んだ"魔力結晶"を事前に砦全体に仕掛けておいたのだ。魔力結晶も魔導革命の成果のひとつである。

 砦全体から爆音が響く。威力は極限魔法に遥かに劣るが、そこは数でカバーする。石造りの建物が音を立てて崩れ落ちた。

「おのれ! こんな罠如きでこのわしがーー!!」

 オグロゴメドは砦の残骸に押しつぶされて息絶えた。

 この時すでに、リーダティカ砦の元の住人は全て後方へ退避済みであった。

 魔軍本隊の到着を待っていたのはニーアも同じだった。いくら枢機兵団第6軍といえど、魔王軍本隊4万とギーガ隊3万とを同時に相手にすることは難しかった。それ故に、2つの部隊が合流する直前を狙ってこのような罠を仕掛けたのだ。ひとつには、放棄したリーダティカを敵に使わせないため。もうひとつはこの混乱のスキに第6軍が撤退するために。

 そして、戦いの舞台はリーダティカから帝都レプラローフへと移っていく。


【続く】

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28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。 勇者、聖女、剣聖―― 華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。 【戦術構築サポートAI】 【アンドロイド工廠】 【兵器保管庫】 【兵站生成モジュール】 【拠点構築システム】 【個体強化カスタマイズ】 王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。 だが―― この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。 最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。 識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。 「今日からお前はレイナだ」 これは、勇者ではない男が、 メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。 屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、 趣味全開で異世界を生きていく。 魔王とはいずれ戦うことになるだろう。 だが今は―― まずは冒険者登録からだ。

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断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

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断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

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