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Ep02 赤黒の月

Ep02_04 月へ01

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◆先遣隊
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 海王星宙域 国連枢機軍海王星守備艦隊

「バカなっ!! どうしてこちらの攻撃が通用しない!?」

 海王星の衛星デスピナの周辺宙域で、数十体の未知の敵性体と国連枢機軍海王星守備艦隊との激しい戦闘が繰り広げられていた。いや、それは戦闘と呼べる代物ではない。未知の敵性体による一方的な虐殺だった。地球サイドの攻撃は敵を貫通するばかりでまったく効果が無かった。

「司令、これ以上の交戦は無意味です! 撤退を!」
「何を言うか。我々が少しでも時間を稼いで、デスピナの住人を一人でも多く避難させ……」

 艦隊司令の言葉はまばゆい光芒によってさえぎられた。衛星デスピナの一角が巨大な光球に包まれたのだ。

「…………!!!」

 液体水素精製プラントと周辺の居住空間、施設を管理運営していた職員、作業員、およびその家族約6万人が痛みを感じる間もなく消滅した。

「……そ、そんな」

 呆然とする海王星守備艦隊を更なる悲劇が襲う。敵に包囲されてしまったのだ。

「くっ……!!」

 デスピナの上空を未知の敵性体の集団が悠々と通り過ぎて行った。その後には海王星守備艦隊の無残な残骸が漂い、海王星近辺からは人々が半世紀にわたって築き上げたあらゆる活動の痕跡が消し去られていた。

 また同じころ、天王星と土星でも同様の事態が起こっていた。採掘プラントも居住空間もことごとく蹂躙され、破壊されつくした。それぞれの星系の守備艦隊は全力で未知の敵性体に対抗したが、奮戦むなしく一方的な攻撃にさらされ、大部分が灰燼に帰した。


**********


 国連軍統括本部。

 月の首都「ネクロポリス」にある国連軍統括本部に怒声が飛び交っていた。ここは枢機軍の実働部隊である宇宙艦隊の総司令部でもある。

「海王星守備艦隊、壊滅!!」
「天王星艦隊、主力艦の8割を喪失!!」
「土星、米宇宙軍第16艦隊、連絡とれません!!」

 統括本部の中央指令室に、太陽系各地の戦況が刻々と報告されてくる。先のガニメデ遭遇戦から約半年。スサノオの初の地上戦から数週間。太陽系は敵の先遣隊の侵攻を受けていた。この時、地球を中心に四方向から敵の手が迫っており、木星、土星、海王星、天王星、四つの惑星系がすでに敵の手に落ちている。
 対する地球サイドは、枢機軍と米軍が中心となって敵の攻撃に対する抵抗を続けていた。

「……じわじわと、しかし確実に包囲網が縮まってゆく」

 中央司令部の全体を見渡せる長官席の前に、50代後半の男が仁王立ちしていた。国連枢機軍の全艦隊を統括する艦隊司令長官、モーガン=ベルアルビ元帥である。

「ヨシュウ、敵集団の位置は?」

 ベルアルビが脇に控える、メガネをかけた青年に問う。

「いやーどうやら見失ったみたいですねェ」

 ヨシュウと呼ばれた、26歳にしては童顔の男は、場違いな緊張感の無い声を出した。太陽系内の友軍が次々と撃退されて行く中で、この男は鈍感なのか豪胆なのか、それともただ無能なのか全く動じた様子はない。そもそも軍人というよりはどこかの会社の新入社員といった風貌で、あまりこの場所に似つかわしくない男だった。

「レーダーは?」
「ダメだそうです。全ての現場の報告がそう言ってきてます」

 敵の位置を地球製のレーダーで捉える事は出来ない。それどころか地球の武器による攻撃は、敵にまったく通用しないのだ。

「……どうやら、否定できないようだな。敵の正体が『霊』だという話」

 事務的な口調でベルアルビは言った。日常の会話で「霊」などと口にすれば、たちまちその人物の信用は失墜するであろう。しかし、彼の言葉にはオカルトマニアの軽薄さも、宗教関係者の持つウサン臭さも感じられなかった。「それ」が数々の事例によって証明された「事実」であるからだ。

「まいりますねー。まったく。『幽霊』なんかとどう戦ったらいいものか」

 深刻さのカケラもない口調でヨシュウが言う。口で言うほどまいっているようには、とうてい見えなかったが。

「このペースで行くとあと半年……いや三カ月持ちそうにないですね」
「そんな事をさせる訳にはいかんよ。私が生きているあいだは、な」

 無表情を装って、ベルアルビ元帥は言った。

「ともかく、対策を急がせろ」
「は」

 そのとき、ベルアルビに緊急の呼び出しがかかった。国連防衛委員会、防衛委員長が事態の説明を求めてきたのだ。ベルアルビはヨシュウを引き連れて、防衛委員長の執務室へ向かった。


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◆防衛委員会
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「――『ゴースト』だと!!? 何を下らんことを言っておる!!」

 室内に厳しい叱責の声がとどろいた。
 事態のあらましを説明したベルアルビとヨシュウの目の前に、数人の部下に取り囲まれた痩せた老人が立っていた。ベルアルビの上司に当たる国連防衛委員会、防衛委員長だ。軍の実動部隊を掌握しているのはベルアルビだが、そのベルアルビは防衛委員会の命で動いており、防衛委員会のトップはこの老人なのだ。

「事実は事実です。委員長閣下」
「ふざけるな、ベルアルビ!!」

 老人は手にした杖を振りかざし、ベルアルビの右肩を激しく打ち付けた。執務室内の全員が息を飲んだが、殴られた本人は微動だにせず静かに老人の次の言葉を聞いた。

「貴様がそのようなていたらくだから、枢機軍の質が下がるのだ!!」

 老人は一瞬だけヨシュウを睨みつけて言った。「質低下」の代表選手にされたヨシュウが小さく肩をすくめる。

「これは人類史上始まって以来の不祥事だぞ」
「……不祥事ですか?」
「さよう。貴様らがモタモタしておるからこういうことになる。何のための枢機軍か。今回の大惨事の責任は全て貴様にある。わかっておるのか、ベルアルビ元帥!!」
「……は」
「ならばさっさと『敵』を撃退して見せろ、今すぐに、だ!!」

 一方的にわめき散らしておいて、老人は軽く手を振った。敬礼をして二人が退室する。

「困ったものですね防衛委員長閣下にも。こんな時に組織のトップがこれほどみっともなく動揺するなんて」

 にこやかに、しかし容赦なくヨシュウは防衛委員長の心情を見抜いてみせる。つまりあの老人は、敵の圧倒的なまでの強さを見せ付けられて、恐怖に怯え、あせっているのだ。わざわざベルアルビを呼び出したのは、その恐怖を紛らわせるためと八つ当たりをするため、といったところだろう。

「だいたい、我々の言うことを聞かず我が軍の予算を削減したのは委員長じゃないですか。『あの計画』が順調に進んでいればこんなことには……」

 口の軽い部下をベルアルビが目で制した。

「委員長には委員長の事情というものがあるのだろう。我々は、我々に出来ることをやる。それだけだ」

 ベルアルビは軍人らしく余計なことは言わなかった。


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◆遠足
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「水筒と、弁当箱と……、あ、遠足のしおりはどこだっけ」

 柚木秕ユヅキシイナは、自宅で明日の遠足の準備をしていた。彼はまるで幼稚園児のように浮かれていた。
 秕の通う国立浦上学園中等部では、夏の前に毎年恒例の遠足を実施している。この御時世に……という意見もあるが、枢機軍の将兵養成を主目的とする浦上学園ならではの特別な遠足なのである。

「浮かれちゃって。コドモみたい」

 妹の菜乃ナノがからかいに来る。手には何やら奇妙な作りかけの機械を持っていた。彼女の趣味は機械いじりで、いつも何かを作ったり壊したりしているのだ。

「そりゃ浮かれるさ! ああ、この学校に入学できてホントよかったよ」
「遠足ぐらいで大げさな。いったいどこへいくの?」
「月さ」
「え?」
「そう、僕達は月へ行くんだ!!」

 いつもはおとなしい秕だったが、この時ばかりは小さな子供のように目をキラキラと輝かせていた。

「ええーっ、なにそれー!? いいな、私も行きたい!!」

「無茶言うなってば。これは中等部の遠足なんだ。遠足っていっても実際は6泊の旅行なんだけどね」

 嬉しそうに荷物を詰める。

「でもまさか、遠足で『月』に行けるなんて!!」

 この時代多くの人間が宇宙で生活していたが、そうは言っても一般の市民にとってはまだまだ縁の無い話である。

「僕の夢はPMプレイトメイルのパイロットになる事だけど、宇宙に出るのも同じくらい重要な目標だったんだ!! それに、アリスちゃんと一緒の初めての旅行だし」
「アリスさん?」

 少しふくれて菜乃が言う。

「ひょっとすると……この旅行で僕とアリスちゃんはただの幼なじみを卒業して、新たな一歩を踏み出すことになるのかも……!!」

 秕の主観によると2人の未来はバラ色だった。もちろんアリスの感知する事ではなかったが。

「なによ、アリスさんのことばっかり。お兄ちゃんには菜乃がいるでしょ?」
「はあ?」

 意味がよくわからず、秕が間抜けな声をだした。
 菜乃は別にアリスを嫌っている訳ではないが、兄が嬉しそうにアリスの話をするのがちょっと面白くない。

「ああ、僕が遠足に行くと菜乃はじーちゃんと二人きりだから寂しいのか」

 見当違いの納得をして、秕は一人うなずく。

「寂しがることはないよ。すぐに帰ってくるから」
「別に、寂しくなんか……」
「分かってるって。お土産買ってくるから、おとなしく待ってるんだよ」
「お土産なんかいらないよ!」
「え……?」

 何もわかっていない兄に腹を立てつつも、菜乃の頭の隅ではある計画がひらめいていた。

「だって――」

 この計画がうまく行けば、問題は一気に解決するはずだ。

「――だってわたしも一緒に行くんだから!!」
「は?」

 突然とんでもない事を言い出した妹に、兄は荷造りする手をとめた。

「何で初等部の菜乃が中等部の遠足にそんなに行きたがるのさ……? 菜乃ってそんなにサビシガリヤだったっけ?」
「そ、そんなんじゃないもんっ! 偶然私も月に用があって……先生に相談したらついでに……中等部の遠足について行けって……」

 もごもごと菜乃が言った。もちろん、これは口からデマカセである。

「……いったい月にどんな用が?」
「どんなって……。あ、新しいメカの『じっけん』よっ!!」

 作りかけの機械を兄の目の前に突きつける。

「そう……なんだ……。ところでその機械はなんだい?」
「ヒミツよっ」

 その日のうちに菜乃は学校のホストコンピュータに侵入し、遠足参加者リストに自分の名前を書き込んだ。もちろん参加の理由も校長の許可証も捏造してあった。


**********


「……これでよし」

 リュックのファスナーを閉めて、秕がつぶやいた。そこへ、祖父が顔を出す。

「旅行の準備は出来たのか?」
「うん。だいたいね」
「よいか、お前は由緒ある月御門流陰陽道の技を受け継ぐ者じゃ。旅行中も修行は欠かさぬようにな」
「わかってるよう」
「明日、遅れないように、早く寝なさい」
「うん」

 祖父は部屋を出た。数歩歩いて振り返る。

「……スサノオの『真の力』を覚醒させられるかどうか。全てはお前しだいだということを忘れるなよ……秕」

 老人は独り言を言った。


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◆出発
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 翌朝。国立浦上学園初等中等部。
 校庭に数台のバスが止まっている。いつもはPMの訓練で騒々しいグラウンドが今日はいつになく静かだ。生徒達が順序よくバスに乗り込む。

「みんなそろったわね? それじゃ出発しまーす!」

 中等部の3学年6クラスが6台のバスに分乗し、次々と学園を出発した。大半の生徒は気づいていなかったが、バスとは別に3台の大型トレーラーも一行に同行していた。
 バスは一路、珠洲島スズシマ駅を目指して快調に飛ばしている。車内では、小さな子供がよくやるように、菜乃が窓枠にかじりついて流れる景色を眺めていた。

「やっと出発したね、お兄ちゃん」

 顔を外に向けたまま、菜乃は隣の席の兄に話しかけた。だが、返事は返ってこなかった。振り向くと、隣は空席になっていた。バスの中を見回す。

「…………」

 菜乃は大変なことに気づいた。手をあげて報告する。
「せんせー!! お兄ちゃんがのってません!!」
「なんですってぇ!?」

 一行はこの先で列車を予約している。それに間に合わせるために、バスを止めることは出来なかった。

「……あのバカ」

 アリスがため息をついた。


**********


「……おいていかれた」

 校庭には、リュックを背負った秕がぽつんと立ち尽くしていた。

「ちょっとトイレに行ってただけなのに……。せっかく……楽しみにしていたのに……」

 今にも泣き出しそうな秕だったが、それを差し置いて先に泣き出す者があった。

「ふええええええ。ちこくしたあああああああ」

 振り返るとそこに秕のクラスメイトの少女が座り込んでいた。

「……りんこちゃん」

 子供のように泣きじゃくる倫子を見ていると、秕の涙も止まってしまった。

「落ち着いて。ホラ、お菓子だよ」

 秕はお菓子を倫子に手渡した。彼は倫子とも付き合いは長い。この幼馴染の少女をなだめる方法は良く心得ていた。

「お、おかし……。くすん。あ、ありがとう……」

 秕が倫子にお菓子を渡したのは、これが何度目だろうか。

「それにしても、困ったね。まさか、おいて行かれるなんて」
「どうしよう」

 そこへ一人の老紳士が近寄ってきた。

「オイテケボリかね。きみたち」
「校長先生」
「まったく、しかたないですね。ほら、これを貸してあげましょう」

 秕と倫子は「特別通行許可証」なるものを受け取った。

「この許可証を使えば、すべての交通機関をタダで利用できます。これがあれば、軌道ステーションまで行くことが出来るでしょう。今から追いかければ、まだ間に合うんじゃないですか?」
「……ホント?」

 赤い目をこすりながら倫子が校長を見上げる。校長は黙ってうなずいた。
 秕にも笑顔が戻る。

「あ、ありがとうございます!!」
「さあ、早く行きなさい。間に合わなくなりますよ」
「はい!!」


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◆珠洲島駅
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 秕と倫子は直ちに遠足一行を追って出発することにした。まずは北浦上町から出ている高速バスに乗り、珠洲島駅を目指す。そこで、今年完成したばかりの軌道列車オービタルトレインに乗り換えるのだ。

 宇宙に行くのにシャトルを使っていたのはもはや過去のこと。現在は、軌道列車を使うのが主流となっていた。
 軌道列車とは地上と宇宙を結ぶ最新の輸送機関である。原理はエレベータと同じで、宇宙にある軌道オービタルステーションと地上の駅がハイパーCNTカーボンナノチューブワイヤーで結ばれており、6本のワイヤーをレールにした軌道列車が、はるか上空のステーションまで登っていくのだ。
 駅はいくつもあるが、主なものは次の3つ。地上から近い順に「低軌道ステーション」「静止軌道ステーション」「高軌道ステーション」となっている。当初は、静止軌道ステーションまで七日以上かかったらしいが、最近は技術革新のおかげで24時間を切る。
 シャトルと較べて、こちらのほうが安全で簡単だし、環境にも優しい。

 秕たちの乗ったバスは、高速道路を乗り継ぎ、珠洲島市に出て新珠洲島駅に到着した。

「着いた~。ここがスズシマ駅かあ」
「私、初めて来た」
「僕も」
「普通の駅とあんまり変わらないね」

 2人が駅に駆け込んできたときにはすでに、遠足一行の軌道列車は出た後だった。次の列車まであと30分は待たなければならないようだ。2人はベンチに腰掛けて、次の列車を待つことにした。

「はあ……。私って、どうしてこう、なにをやってもダメなんだろうね」

 倫子がひどく落ち込んだ様子で言った。

「学校行事があるたびに遅刻するし、テストは0てんばかり、かけっこはいつもビリだし……」
「そ…そんなのたいした事じゃないよ。世界には、他にもっと大切なことが……」

 秕が苦しいフォローを入れる。

「ありがとう。そういってくれるのは秕くんだけよ。でもいいの。ホントのことだもん。実の親にも見捨てられるくらいだもの…………あ」

 言ってから、倫子は「しまった」という顔をした。こんな話題で場の空気を悪くするのは彼女の本意ではない。

「…………」

 そういえば秕は聞いたことがあった。倫子の今の両親は本当の親ではないということを。

「ご、ごめんね、変なコト言って」

 無理に笑ってなんとかごまかそうとする。あんなセリフ、普段は絶対口にしない倫子だったが、秕相手に気が緩んで、つい余計なことを口走ってしまったようだ。昨日の出来事も少し影響しているかもしれない。

「う、ううん。き、気にしないで」

 ここで暗くなると、今度は逆に倫子が気にするだろう。秕も彼女に合わせてぎこちなく笑った。

「電車、そろそろかな……?」
「そ、そうだね」

 普段はアレな倫子だが、心の中では人並みに――あるいはそれ以上に――悩みを抱えているのかもしれない。ひょっとすると、彼女の奇行の原因もそのあたりと関係があるのかもしれない。秕は漠然とそう思ったが口には出さなかった。何と言ってよいか分からなかった。

「あ、秕くん、見て!! 電車だよ」

 うれしそうに倫子がホームの端を指差した。


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「扉、閉まりまーす。駆け込み乗車はおやめください」

 秕たちの乗った軌道列車がワイヤーレールを伝って、ゆっくりと地上を離れた。水平だった車両が少しずつ垂直に傾き、それに合わせ、座席ブロックも角度を変えていく。
 列車はぐんぐんスピードをあげ天に登って行った。やがて地上の建物は見分けがつかなくなり、かわりに地平線が丸くなっていくのがはっきりと分かる。

「わー、みてみて秕くん、富士山があんなちっさいよ!!」
「耳が痛いよ」

 それにしても、秕が倫子と行動を共にするのは本当に久しぶりだった。彼はアリスを追い掛け回すのに忙しく、他のことにはあまりかまっていられなかったのだ。
 倫子の顔をよく見てみる。無邪気に窓の外を眺める彼女の横顔は、なぜだか少し寂しそうに見えた。

「ところで、りんこちゃん」
「なあに?」
「クロウのこと、ずっと捜してたよね? もう会えた? 用はすんだの?」
「……会うには会えたけど。まだ何も。……私、なんだか避けられてるみたいだから」

 倫子の脳裏に昨日の出来事がよぎる。

「そんなこと……」
「ほんとだもん。クロウ君はアリスちゃんのことがすきなの。だから私のことは避けてるの」
「そんなことないよ。それに、クロウがアリスちゃんのこと、いくらスキになっても無駄だよ。アリスちゃんには僕がいるんだから」
「……勝手にそんなこと言ってると、またアリスちゃんに怒られるよ」
「でもさ、僕がアリスちゃんとうまくいけば、クロウはきっとりんこちゃんのことを……」
「…………」

 倫子はまじまじと秕をみつめた。その表情は息が止まるほどカワイイと、秕は思った。

「(もちろん、アリスちゃんの次に、だけど)」
「……そうなるといいんだけどね。でも、私はいいの。クロウ君が幸せになってくれればそれで。だから、クロウ君とアリスちゃんがうまくいくことを願ってるの」

 彼女の瞳にうそ偽りはなかった。

「でも」
「それでいいのよ。私たちのようなダメ人間は、世の中に蹂躙されてぼろ雑巾のようになっても、ガンバって生きていくしかないの!!」
「(私『たち』って……)」

 倫子のフォローをするのは、秕にはなかなか荷が重いようだった。

「あ、あれは!!?」

 倫子の指差す先に巨大な帯状の物体が見えた。地球の赤道上空をぐるりと取り囲む人工の輪。建設中の「オービタルリング」だった。

「……オービタル……リング」
「大きいね」
「うん」

 その後、気象観測駅や通信中継駅、展望台駅などを通過して列車は静止軌道ステーションに近づいた。

「静止軌道ステーションー。静止軌道ステーションー。お降りのお客様はお忘れ物の無いように……」

「ついたよ。みんな、まだいるかな?」


 【続く】

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