いつかのフラストレーション

たいやき さとかず

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問1 青く澄み渡る冬を思い出せ。

6:あおぞら

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 シューズがずたぼろにされた翌日、俺は学園から近いCABマートに来ていた。
「すいませーん」
「はーい……って、渡じゃん」
「……千晴か?」
 思わぬ人に遭遇し俺は目をみはった。
 駆けつけてきたのは北斗千晴。秋の幼馴染みで、秋の好きな人だ。
「うわ、二週間ぶり! 学校どう?」
「結構楽しいよ。まあ……」
 俺は学校から支給された保証書を掲げた。「早速問題は起きたけどな」
「何あったのよ」
 千晴が怪訝そうにこちらを窺う。
 俺と秋、千晴、そしてあいつ……俺達四人は中学でよくつるんでいた友人同士だ。俺が問題を起こすタイプでも苛められるタイプでもないことを千晴は知っている。
 どこか心配げな千晴に俺は肩を竦めて答えた。
「何か巻き込まれて」
「ああ」千晴が納得したように頷く。「……っと、そうそう。この保証書はお預かりさせていただきます」
「さっきから思ってたが、バイトか?」
「そ。うちの学校おっけーみたいだし。じゃあ、コピーとらなきゃみたいだから、ちょっと待ってて」
千晴が保証書を持って奥へと引っ込んでいく。
(まさかバイトしてるとはな……)
 秋は知っているのだろうか? ……知ってるな。
 秋と千晴は毎日のようにラインでやり取りをしている。二人は幼馴染みでお隣同士らしく、常にお互いを把握している。よく中学では付き合っていると噂されたものだ。それくらいに距離も近い。そして喧嘩も多い。
 しかし、残念ながら恋ごろを抱いているのは秋だけで、千晴は秋を弟のように思っているらしい。
 俺としてはこの二人にはくっついて欲しいと思っているので、全力で秋を応援している。一方通行だが頑張れ秋、幼馴染みでお隣同士で喧嘩をよくするなんて、漫画とか小説なら最終的にはくっつくものだ。
 などと友人の恋愛事情に考えを巡らさせていると千晴が戻ってきた。
「お待たせ。サイズはこれでいい?」
 差し出された二つの箱には『新月天川学園 内ばきシューズ26.0』『新月天川学園 体育館シューズ25.5』と書かれている。買ったときと同じサイズだ。
 頷くと千晴は領収書を書き俺に差し出した。
「ありがとうございましたー」
 適当感溢れる物言いに苦笑しながら受け取ると、千晴が楽しそうに笑った。
「いいねー、シューズの代金学校もちじゃん」
 流石お金持ち学校、とくすくす笑う千晴。
 羨ましいと揶揄う様に言われて俺は苦笑して頷いた。
 母さんに見せてもらったが、流石お金持ち学校というべきか、三年間でかかる学費は公立や他の私立のそれとは比にならないくらいに高額だ。俺の家は一般に比べれば裕福ではあるがこの学園に通うよう生徒たちのような極端な家柄でもない。それに俺がこの学園に行く目的も金額に見合わない小さなもの、やはりここを選ぶのはやめようと渋っていた俺の背を押してくれたのは父さんだった。
『何か引っ掛かったまま前には進めんだろう。お前は器用じゃないからな』
『これはお前の未来への投資だ。安くはない金額だが、世間から見たら小さなことで人生を無駄にする損失よりは遥かにましだ』
 それでも迷う俺に、厳格な顔を作っていた父さんが苦笑してこう言った。
『渡、お前は父さんと母さんの子だ。ちゃんと、その目的を達せられるだろう』
『あら、なら安い買い物ね』
 そこで楽しそうな母さんが話に入り、うふふと笑った。
『お父さんも器用じゃないものね。あと忘れっぽい。そこの靴下とか』
 母さんが床に捨てられた男物の靴下二束を指さすのを、俺と父さんは気まずげに目を逸らした。
 やっぱり私たちの子ね、と笑う母さんの横を無言で通って俺と父さんは靴下を洗濯機へと入れた。先程の厳格さが消えた父さんからは情けなさしか感じない。けれど、そんな父さんが言った言葉は今の拗ねた様子の横顔も相まって俺の中に深く入っていた。
 この時俺は、この学園になんとしても通おう、そう思ったのだ。
「…………ところで、渡」千晴がちらりとスマホに目をやる。「頼みたいことがあるんだけど」
 言いずらそうな千晴に話を続けるよう催促すると、もう一度スマホをみて頷いた。
「『あおぞら公園』に参考書忘れたみたいで、取ってきてくれない?」
「別にいいけど」
「ありがと! 高かったんだよね~」
 ころりと笑顔になった千晴に溜め息をつく。いつも思うが、現金なやつだ。……そういうところは秋と似ているし、もう付き合えばいいのにな。
「あ、そういえば、あおぞら公園のブランコ今工事中らしいよ? ほらよく秋とナナが使ってた」
「へ、へぇ。そうなのか」
 俺は慌てて千晴から目を反らした。
「じゃあ、無くなってたらいけないから、行くな。シューズは後でもらうから」
 軽く手を振って店を後にする。
 まさかの名前に、一瞬、心臓が止まるかと思った。未だに鼓動が早い。
(ナナ、か)
あれは、俺が悪いんだよ、ナナ。
分かってはいるんだ。俺が小さなことに勝手にムカついただけだってことは。何であんなことであいつに、ナナに、酷いことを言ってしまったんだろうか。

―――ごめん、ごめんね。

 ナナはいつもそうだ。明るくて、前向きで、優しくて、どんなやつでも好こうとしているのに、自分を好きになれない。浜松七星という人間の全てを知っているわけでもない俺が分かるくらいに、ナナは自分を卑下している。
 もっと自信を持てよと、そう思っていた。俺が好きな君を、君がもっと好きになって欲しかった。
(でも、あれはないよな)
 『あおぞら公園』が近くなる。俺とナナと、秋と千晴。中学の帰りによく寄り道した場所。ブランコに秋とナナが座って、俺と千晴が向いのベンチ。みょっと声を張らなくてはいけないのが、なんとなく心地よくて楽しかった。
 子供達が俺の横を駆けていく。甲高い笑い声が周りを明るくするのに対して、俺の心は雲がかかったように黒くなっていく。
 快晴の下、あおぞら公園に俺は入った。まだ春なのに太陽は照りつけている。
「どこのベンチだよ」
 人目で見渡せるほどの小さな公園だ。三つのベンチには参考書はない。千晴のやつ、騙したな、なんて余裕ぶれたら、俺はこんな後悔はしていないだろう。
「わたる…………」
「……ナナ」
 大きな目を見開く君がそこにいるだけで、俺の頭は真っ白になる。
 なんで、とか、どうして、とか。そんなことどうでもよかった。
 内向きの茶髪が風に揺れてふわりと広がった。
 ああ、そういえば、ナナの髪は柔らかいんだよな。なんて、何度か弄った時の感触を思い出した。
「久しぶり」なんてナナが笑うから、俺の心臓は今までの比でないくらいに高鳴っている。
 新緑の香りが鼻を掠めると、自然と自分の喉が鳴った。青々しい木々を背に、ナナが柔らかく笑っている。爽やかな香りのせいだろうか、暗くなっていた心がどこか明るくなるような、そんな気がした。


―――――

短いですが、一旦これで切ります。一章とりあえず終わりです。
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