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コーヒーのある風景
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真由美は少し戸惑いがちに、喫茶店のドアを開けた。
ドアにつけてあるカウベル状の呼び鈴がカラコロと音をたてるのに少し驚きながらも店内の様子を伺う。
ドアの正面にはカウンター席があってカウンターの向こうには店のマスターらしき男性が、新しい客に「いらっしゃいませ」と声をかけている。 真由美は上目使いに目線をそらさないようにして小さく頭を揺らして応える。
カウンターにいる背中を向けた男性客が、肩越しにチラッと真由美を見たが、それだけでマスターに顔を戻した。
扉から入って、右に四人掛けのテーブルが窓につける形で並んで四つ見える。 手前から二番目の席には、真由美と同じ大学の学生らしい女性が二人、なにやら楽しそうに会話している。
真由美は一番奥の席に進み、コートを脱いでカウンターに向かう側に座った。
マスターは目線で追いかけたが、彼女が座ったのを見て、カウンター越に真由美に声を掛けた。 「何にします?」
つっけんどんではないが、何処と無くやっつけっぽい声だ。 やはり、少し驚いて顔を上げた真由美は、 「え、あ、じゃぁ、コーヒーを お願いします」 語尾は声が小さくなりすぎて聴き取れないほどだ。 「はい。少々お待ちください。」
棚にあったコーヒーミルを手に取り、コーヒーをセットし始める。 カウンターの客がマスターになにやら話しかけているが、コーヒー豆を粉砕する音や、女性たちの会話で話は聞き取れない。
真由美は何気なく窓の外を見た。 窓から見える路地は、車は通行止めになっていて、時折寒さに襟を立てた人が通り過ぎるだけだ。
真由美は、小さくため息をつく。その息が窓を白く曇らせたのに驚いて、あわてて手で拭いた。
豆を砕く音が止んで、カチャカチャとドリップ器のセットする音が聞こえる。 真由美がカウンターのほうを見るとマスターと目があった。 「ちょっと待ってね。すぐできるから。」
催促したつもりはないが、人懐こいマスターなのか、わざわざ断りを入れてくるとは。真由美はそう思いながら、また目線はそのままで頭だけを前後させた。
約束の時間にはちょっと早すぎたが、真由美のいてもたってもいられない気持ちが待ち合わせの約束の喫茶店に足を急がせたのだ。しかし早くつきすぎてしまったことが、かえって待つ時間を長く感じさせてしまうことになった。
通っている大学の側とはいえ、真由美は一度も入ったことのない喫茶店に、1ヶ月ほとんど音信不通だった彼からの連絡で待ち合わせることになったのだ。
しかも、1ヶ月も連絡がなかった彼の声はどことなく力さへ無いように思えた。彼との付き合いは、大学に入ってすぐの頃からだったから、今日でちょうど四年目になる。
大学の卒業論文がやっと通って、いよいよ卒業というこのタイミングでの、1ヶ月のブランクと、疲れた彼の声。これの意味するところを図りかねて、前日、真由美は友人に相談しさへした。 「大学卒業を機に別れ話を持ち出すんじゃない?」と彼氏のいない友達は嫉妬交じりの冗談で答えただけだった。彼の友達にも聞いてみたい衝動はあったが、その答えが怖くて聞く気になれない。
考えれば考えるほど不安になる。
カバンから取り出した携帯の液晶画面を見つめながら、真由美はそのやるせない気持ちとじれったい思いから思わずつぶやいた。「まことのバカ」と、視線の右上に影を感じてびっくりして見上げると、マスターが素っ頓狂な顔をして立っていた。手にはコーヒーを乗せたトレーを持っている。「あ、いや、その、ちがうんです。なんでもないんです」あたふたとする真由美に、マスターは平静を取り戻し、少し笑って、「何かありましたか?」と聞いてきた。「すみません、何でもありません。大丈夫です。」どぎまぎしながら真由美は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
マスターはコーヒーをテーブルに置いた。そしてなぜか、あられも。
頼んでないのにと言う顔の真由美に、「これはサービス。といか、コーヒーとセット。」と言うマスター。真由美はどうゆう取り合わせなんだろうと思いながらも、一応お礼を言った。
カウンターに戻っていくマスターに、カウンターの客がまた何か話しかけている。どうやら常連さんらしい。何を話しているかは、手前の女性二人連れの会話で聞き取れない。
コーヒーを見た。良い香りの湯気が立っている。綺麗な褐色の底が見えそうで見えないうつろな感じ。口に運ぶにはまだ熱そうだ。まず、あられに手を伸ばしてみる。真由美にとっては最近はこうゆうことでもなければ、口にすることも無くなった部類のお菓子だ。棒状になった煎餅に海苔が巻きつけてある。
ゆっくり口に入れてみた。海苔の香ばしいさと、煎餅に塗ってある甘しょっぱい醤油の味が口に広がる。《ああ、おいしいかもぉ》思わず顔がほころんだ。
噛み砕くとボリボリという音がする。音を隠そうと思わず口に手を当てる。当然それで音を隠せるはずも無いのだが。
コーヒーに手を伸ばす。手持ちはまだ暖かい。熱いかなと恐る恐る口に寄せてみる。カップの端を口につけるとコーヒーの熱気が唇に伝わる。まだ熱そうだけど、口に少し含んでみる。熱さと苦さが口に広がり、思わずしかめっ面になる真由美。
カップを受け皿に戻して、ミルクと砂糖を引き寄せ、砂糖をスプーンに三杯、ミルクも二杯入れて、もう一度カップを口元に寄せた。少しすすってみて、満足したようにカップを受け皿に戻す。
コーヒーとあられを交互に見た。《やっぱり会わないよこの取り合わせ。》変な顔。
少しの時間テーブルの上を見ていると、二つはなれた席の女性たちが立ち上がる気配を感じた。真由美は時計を見る。約束の時間を二分過ぎている。
窓の外を見た。店に入った時点ですでに夕焼けにはなっていたが、もう外はほとんど真っ暗になっている。
ふと店の営業時間が気になった。「あの・・・」マスターのほうを見る。「ん?」マスターが顔だけ向けて、眉毛を上げる。「あ、はい何ですか?」「この店って、何時まで開いてるんですか?」 マスターは納得したように、体も真由美に向けて、「一応、七時までだけど、気分しだい。」そういって笑った。
カウンターに客が「なんだそりゃ」と突っ込みを入れいている。真由美も内心《ほんとになんだそりゃ?だ》と思いながらも、御礼を言った。マスターが聞いてくる「誰かと待ち合わせ?」。真由美は話しかけられたことに少し驚きながらも、「ええ、まぁ・・・」と語尾を濁す。
話を切り上げたくて、窓の外に視線を移した。
カウンターの客の声が今度は小さく聞こえてくる。「かわいい女の子を待たせるとはどうゆう男だろうねぇ」小声ではあるけど、狭い店内では他に音が無ければ聞こえ無いわけが無い。さっきまでは、女性二人が大話に夢中になっていたその声で、かき消されてはいたけど、もうその声は無い。《なんで、私の話をしてるのよ》失礼しちゃう。かわいいってのはうれしいけど。と思いながらも、窓の外を見ている。「待ち合わせの相手が男とは限らんでしょう」マスターの声だ。《話に乗ってるんじゃないわよ・・・》と真由美。
ふと、遠くに救急車の音が聞こえてくる。そういえば、まことはバイクに乗っているんだった。あの救急車の音って、関係ないよね。急に不安になってくる。
コーヒーを見る。ミルクと砂糖で褐色は、白っぽい茶色になっている。冷め初めてもいるようだ。
携帯を見た。まだ五分。さっき携帯を見たときからまだ三分しか過ぎてないのに、ものすごく長い時間のように感じる。
《まこと、私のこと嫌いになっちゃったのかな・・・》って、すぐに悪いほうに考えるくせ、どうにかしなさいよ。自分に怒る。《でも、一ヶ月も連絡くれないなんて、おかしいよ》 《そりゃそうだけど・・・》自分で自分に問いかけている。《終わっちゃうのかなぁ・・・私たち・・・》 《ええっ、そこまでいっちゃう?》
そもそも四年間も続いたことが奇跡なんだと、友達が言っていた。確かに、同じ学科の女の子の多くが、1年か二年、長くて三年で一応のお別れを体験しいてると聞いた。
心配性で、取り立てて美人でもなく、料理が上手いわけでも、そもそも料理しているところを見せたことも無い。不器用でおっちょこちょいで、嫉妬深くて・・・
そこまで考えて、なにもそこまで自分を卑下しなくてもと思いとどまる真由美。
コーヒーを見る。すっかり冷めて、もう湯気も立たない。
窓の外から自転車を止めるガチャガチャという音。顔を上げる真由美。まことかと思いきや、反射材を身に着けた警備員の後姿だった。ヘルメットまでかぶっている。
その警備員が慌てふためくように喫茶店に入ってくる。がっかりして下を向く真由美。
マスターの声。「おお、おかえり、どうした。今日はそのかっこうのままか?」「ああ、着替える時間が無くて。」聞き覚えのある声?「来てる?」と言う声。「え? ああぁ。」マスターが合点がいったように言う。
真由美は思わず顔を上げた。カウンターの前には、警備員の格好をしたまことが立っている。マスターもカウンターの客も、真由美を見ている。が真由美にはもうまことしか見えない。
瞳が涙でいっぱいになる真由美。「ごめん、待たせて。」ズボンのポケットに手を突っ込んで何かを探しながら、まことが近寄ってくる。 声を出せない真由美。何を言ったら良いのか分からない。「これを」「買うためにね」「ちょっと」途切れ途切れに話しながら向かいの席に座るまこと。
ポケットからくちゃくちゃになった紙袋を取り出した。
テーブル越しに真由美に差し出す。
真由美は受け取って、袋を開いて見た。が、何も無い。何がなんだか分からない風に袋の口を中が見えるようにまことに見せる。「あ!」いけねと言いながら、今度は上着のポケットに手を入れて、小さなケースを取り出す。「これ。」小さなジュエリーケースがまことの手の中にある。
恐る恐る受け取る真由美。中を開けてみる。指輪だ。しかも結構高そう。
どうゆうこと?と聞きたいが、声が出ない。「大学ももう終わりだし、このまま卒業して、仕事するようになったら、会える時間が減っちゃうだろ。」まだ話の行方が分からない。「だからさ、毎日会えるように・・・」え、それってもしかして?「結婚しようよ。俺ら。」
真由美の目から涙があふれる。「これ、買うために、警備のアルバイトしてたの?」やっと言葉が出た。「ん。警備と午前中はコンビニ。」忙しくってさ、とかなんとか
色々言っているがもう聞こえない。
「まことぉ、何の話か知らないけど、女の子を泣かすのは良くないなぁ。」マスターの声だ。「親父は黙ってろよ。」笑いながら返すまこと。お?おやじ?「お父さん?」びっくりする真由美。「ああ。おやじ。」「あれ、おやじ、挨拶しなかった?」って、そりゃ、お互いしらないんだから、挨拶なんてするはずもないじゃない。「無茶言うなよ。どこのお嬢さんかもわかんねぇのに、なれなれしくできるかい。」とマスター。「今日、この時間に来るって言っといたじゃん。写真も見せたろ。」とまこと。「無茶言うなよ、プリクラのちっちゃいのを見せてくれただけだろぉ」そりゃ、そんなんじゃ分からないだろうなぁ。
まことはぶつぶつ言いながらも、真由美に向き直って、「どお?」と返事を催促してきた。「どおって、今急に言われても・・・」大オッケーだけど、こんなの初めてだから、どう答えたらいいかわからないよ。
もうまるで、子供のようにワクワク顔で、真由美を見ているまこと。断られるなんて、露ほどにも思っていない雰囲気じゃん。 「まあ、一応オッケーということで。」やっと答えを言ったのだが、一応ってつける必要あった?と内心はにかむ真由美。「おっしゃぁ!」ガッツポーズするまこと。一応って言ったのに、もう完全オッケー!なあつかましい態度。真由美は今日、やっと笑った。
ドアにつけてあるカウベル状の呼び鈴がカラコロと音をたてるのに少し驚きながらも店内の様子を伺う。
ドアの正面にはカウンター席があってカウンターの向こうには店のマスターらしき男性が、新しい客に「いらっしゃいませ」と声をかけている。 真由美は上目使いに目線をそらさないようにして小さく頭を揺らして応える。
カウンターにいる背中を向けた男性客が、肩越しにチラッと真由美を見たが、それだけでマスターに顔を戻した。
扉から入って、右に四人掛けのテーブルが窓につける形で並んで四つ見える。 手前から二番目の席には、真由美と同じ大学の学生らしい女性が二人、なにやら楽しそうに会話している。
真由美は一番奥の席に進み、コートを脱いでカウンターに向かう側に座った。
マスターは目線で追いかけたが、彼女が座ったのを見て、カウンター越に真由美に声を掛けた。 「何にします?」
つっけんどんではないが、何処と無くやっつけっぽい声だ。 やはり、少し驚いて顔を上げた真由美は、 「え、あ、じゃぁ、コーヒーを お願いします」 語尾は声が小さくなりすぎて聴き取れないほどだ。 「はい。少々お待ちください。」
棚にあったコーヒーミルを手に取り、コーヒーをセットし始める。 カウンターの客がマスターになにやら話しかけているが、コーヒー豆を粉砕する音や、女性たちの会話で話は聞き取れない。
真由美は何気なく窓の外を見た。 窓から見える路地は、車は通行止めになっていて、時折寒さに襟を立てた人が通り過ぎるだけだ。
真由美は、小さくため息をつく。その息が窓を白く曇らせたのに驚いて、あわてて手で拭いた。
豆を砕く音が止んで、カチャカチャとドリップ器のセットする音が聞こえる。 真由美がカウンターのほうを見るとマスターと目があった。 「ちょっと待ってね。すぐできるから。」
催促したつもりはないが、人懐こいマスターなのか、わざわざ断りを入れてくるとは。真由美はそう思いながら、また目線はそのままで頭だけを前後させた。
約束の時間にはちょっと早すぎたが、真由美のいてもたってもいられない気持ちが待ち合わせの約束の喫茶店に足を急がせたのだ。しかし早くつきすぎてしまったことが、かえって待つ時間を長く感じさせてしまうことになった。
通っている大学の側とはいえ、真由美は一度も入ったことのない喫茶店に、1ヶ月ほとんど音信不通だった彼からの連絡で待ち合わせることになったのだ。
しかも、1ヶ月も連絡がなかった彼の声はどことなく力さへ無いように思えた。彼との付き合いは、大学に入ってすぐの頃からだったから、今日でちょうど四年目になる。
大学の卒業論文がやっと通って、いよいよ卒業というこのタイミングでの、1ヶ月のブランクと、疲れた彼の声。これの意味するところを図りかねて、前日、真由美は友人に相談しさへした。 「大学卒業を機に別れ話を持ち出すんじゃない?」と彼氏のいない友達は嫉妬交じりの冗談で答えただけだった。彼の友達にも聞いてみたい衝動はあったが、その答えが怖くて聞く気になれない。
考えれば考えるほど不安になる。
カバンから取り出した携帯の液晶画面を見つめながら、真由美はそのやるせない気持ちとじれったい思いから思わずつぶやいた。「まことのバカ」と、視線の右上に影を感じてびっくりして見上げると、マスターが素っ頓狂な顔をして立っていた。手にはコーヒーを乗せたトレーを持っている。「あ、いや、その、ちがうんです。なんでもないんです」あたふたとする真由美に、マスターは平静を取り戻し、少し笑って、「何かありましたか?」と聞いてきた。「すみません、何でもありません。大丈夫です。」どぎまぎしながら真由美は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
マスターはコーヒーをテーブルに置いた。そしてなぜか、あられも。
頼んでないのにと言う顔の真由美に、「これはサービス。といか、コーヒーとセット。」と言うマスター。真由美はどうゆう取り合わせなんだろうと思いながらも、一応お礼を言った。
カウンターに戻っていくマスターに、カウンターの客がまた何か話しかけている。どうやら常連さんらしい。何を話しているかは、手前の女性二人連れの会話で聞き取れない。
コーヒーを見た。良い香りの湯気が立っている。綺麗な褐色の底が見えそうで見えないうつろな感じ。口に運ぶにはまだ熱そうだ。まず、あられに手を伸ばしてみる。真由美にとっては最近はこうゆうことでもなければ、口にすることも無くなった部類のお菓子だ。棒状になった煎餅に海苔が巻きつけてある。
ゆっくり口に入れてみた。海苔の香ばしいさと、煎餅に塗ってある甘しょっぱい醤油の味が口に広がる。《ああ、おいしいかもぉ》思わず顔がほころんだ。
噛み砕くとボリボリという音がする。音を隠そうと思わず口に手を当てる。当然それで音を隠せるはずも無いのだが。
コーヒーに手を伸ばす。手持ちはまだ暖かい。熱いかなと恐る恐る口に寄せてみる。カップの端を口につけるとコーヒーの熱気が唇に伝わる。まだ熱そうだけど、口に少し含んでみる。熱さと苦さが口に広がり、思わずしかめっ面になる真由美。
カップを受け皿に戻して、ミルクと砂糖を引き寄せ、砂糖をスプーンに三杯、ミルクも二杯入れて、もう一度カップを口元に寄せた。少しすすってみて、満足したようにカップを受け皿に戻す。
コーヒーとあられを交互に見た。《やっぱり会わないよこの取り合わせ。》変な顔。
少しの時間テーブルの上を見ていると、二つはなれた席の女性たちが立ち上がる気配を感じた。真由美は時計を見る。約束の時間を二分過ぎている。
窓の外を見た。店に入った時点ですでに夕焼けにはなっていたが、もう外はほとんど真っ暗になっている。
ふと店の営業時間が気になった。「あの・・・」マスターのほうを見る。「ん?」マスターが顔だけ向けて、眉毛を上げる。「あ、はい何ですか?」「この店って、何時まで開いてるんですか?」 マスターは納得したように、体も真由美に向けて、「一応、七時までだけど、気分しだい。」そういって笑った。
カウンターに客が「なんだそりゃ」と突っ込みを入れいている。真由美も内心《ほんとになんだそりゃ?だ》と思いながらも、御礼を言った。マスターが聞いてくる「誰かと待ち合わせ?」。真由美は話しかけられたことに少し驚きながらも、「ええ、まぁ・・・」と語尾を濁す。
話を切り上げたくて、窓の外に視線を移した。
カウンターの客の声が今度は小さく聞こえてくる。「かわいい女の子を待たせるとはどうゆう男だろうねぇ」小声ではあるけど、狭い店内では他に音が無ければ聞こえ無いわけが無い。さっきまでは、女性二人が大話に夢中になっていたその声で、かき消されてはいたけど、もうその声は無い。《なんで、私の話をしてるのよ》失礼しちゃう。かわいいってのはうれしいけど。と思いながらも、窓の外を見ている。「待ち合わせの相手が男とは限らんでしょう」マスターの声だ。《話に乗ってるんじゃないわよ・・・》と真由美。
ふと、遠くに救急車の音が聞こえてくる。そういえば、まことはバイクに乗っているんだった。あの救急車の音って、関係ないよね。急に不安になってくる。
コーヒーを見る。ミルクと砂糖で褐色は、白っぽい茶色になっている。冷め初めてもいるようだ。
携帯を見た。まだ五分。さっき携帯を見たときからまだ三分しか過ぎてないのに、ものすごく長い時間のように感じる。
《まこと、私のこと嫌いになっちゃったのかな・・・》って、すぐに悪いほうに考えるくせ、どうにかしなさいよ。自分に怒る。《でも、一ヶ月も連絡くれないなんて、おかしいよ》 《そりゃそうだけど・・・》自分で自分に問いかけている。《終わっちゃうのかなぁ・・・私たち・・・》 《ええっ、そこまでいっちゃう?》
そもそも四年間も続いたことが奇跡なんだと、友達が言っていた。確かに、同じ学科の女の子の多くが、1年か二年、長くて三年で一応のお別れを体験しいてると聞いた。
心配性で、取り立てて美人でもなく、料理が上手いわけでも、そもそも料理しているところを見せたことも無い。不器用でおっちょこちょいで、嫉妬深くて・・・
そこまで考えて、なにもそこまで自分を卑下しなくてもと思いとどまる真由美。
コーヒーを見る。すっかり冷めて、もう湯気も立たない。
窓の外から自転車を止めるガチャガチャという音。顔を上げる真由美。まことかと思いきや、反射材を身に着けた警備員の後姿だった。ヘルメットまでかぶっている。
その警備員が慌てふためくように喫茶店に入ってくる。がっかりして下を向く真由美。
マスターの声。「おお、おかえり、どうした。今日はそのかっこうのままか?」「ああ、着替える時間が無くて。」聞き覚えのある声?「来てる?」と言う声。「え? ああぁ。」マスターが合点がいったように言う。
真由美は思わず顔を上げた。カウンターの前には、警備員の格好をしたまことが立っている。マスターもカウンターの客も、真由美を見ている。が真由美にはもうまことしか見えない。
瞳が涙でいっぱいになる真由美。「ごめん、待たせて。」ズボンのポケットに手を突っ込んで何かを探しながら、まことが近寄ってくる。 声を出せない真由美。何を言ったら良いのか分からない。「これを」「買うためにね」「ちょっと」途切れ途切れに話しながら向かいの席に座るまこと。
ポケットからくちゃくちゃになった紙袋を取り出した。
テーブル越しに真由美に差し出す。
真由美は受け取って、袋を開いて見た。が、何も無い。何がなんだか分からない風に袋の口を中が見えるようにまことに見せる。「あ!」いけねと言いながら、今度は上着のポケットに手を入れて、小さなケースを取り出す。「これ。」小さなジュエリーケースがまことの手の中にある。
恐る恐る受け取る真由美。中を開けてみる。指輪だ。しかも結構高そう。
どうゆうこと?と聞きたいが、声が出ない。「大学ももう終わりだし、このまま卒業して、仕事するようになったら、会える時間が減っちゃうだろ。」まだ話の行方が分からない。「だからさ、毎日会えるように・・・」え、それってもしかして?「結婚しようよ。俺ら。」
真由美の目から涙があふれる。「これ、買うために、警備のアルバイトしてたの?」やっと言葉が出た。「ん。警備と午前中はコンビニ。」忙しくってさ、とかなんとか
色々言っているがもう聞こえない。
「まことぉ、何の話か知らないけど、女の子を泣かすのは良くないなぁ。」マスターの声だ。「親父は黙ってろよ。」笑いながら返すまこと。お?おやじ?「お父さん?」びっくりする真由美。「ああ。おやじ。」「あれ、おやじ、挨拶しなかった?」って、そりゃ、お互いしらないんだから、挨拶なんてするはずもないじゃない。「無茶言うなよ。どこのお嬢さんかもわかんねぇのに、なれなれしくできるかい。」とマスター。「今日、この時間に来るって言っといたじゃん。写真も見せたろ。」とまこと。「無茶言うなよ、プリクラのちっちゃいのを見せてくれただけだろぉ」そりゃ、そんなんじゃ分からないだろうなぁ。
まことはぶつぶつ言いながらも、真由美に向き直って、「どお?」と返事を催促してきた。「どおって、今急に言われても・・・」大オッケーだけど、こんなの初めてだから、どう答えたらいいかわからないよ。
もうまるで、子供のようにワクワク顔で、真由美を見ているまこと。断られるなんて、露ほどにも思っていない雰囲気じゃん。 「まあ、一応オッケーということで。」やっと答えを言ったのだが、一応ってつける必要あった?と内心はにかむ真由美。「おっしゃぁ!」ガッツポーズするまこと。一応って言ったのに、もう完全オッケー!なあつかましい態度。真由美は今日、やっと笑った。
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