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六話 懐かしい仲間
しおりを挟むグレンとスタロは準備を整えるとすぐにアレクサンドを出発した。
グルグ山は山というよりは、むしろ小さな丘で次の山も同様であった。
さすがにデルナグ山はそれなりの標高のある山であったが、ここまでの道のりが随分楽に進めたこともあって余裕があった。
スタロは偵察を主な仕事としていたこともあり、足取りは軽く長距離移動を苦にしていなかった。
グローアント・キングにはさすがに捕まってしまったが本来は逃げ足の早い優秀な偵察兵である。
だが戦闘力が低いことは本人も自覚していた。
「だからグレンさんに、おいらの師匠になって欲しいっス」
グレンは空を見つめて少しの間考えながら歩き続けた。
スタロは魔導士探しにはてこずったが知識はそれなりにあるし人脈もある。
体力もあるし、武器も今持っている長剣ではなく、短い得物を使えば素早さを活かして強くなる素養を感じていた。
「俺はたいしたことは教えられんし、それでも良ければついて来い」
スタロはすかさず首を激しく縦に振った。
グレンは意気込みを感じて持っていた荷物の一部をスタロに手渡した。
デルナグ山を登っていく途中で魔物に出くわすこともあったが、グレンは大した強さではないと感じて戦わずに走り始めた。スタロは倒してくれるものと期待していたが、何があってもまず体力というのがグレンの考えであり、魔物から必死で逃げる事で限界を伸ばそうとしたのだ。
逃走の結果、予定よりも早く目的地に着いた。
山頂付近に建てられた建物の周りには魔物除けの結界が張られていた。
グレンは魔法の事には詳しくはないが、その結界はかなり高位の魔導士によるものだと感じていた。
扉をノックしても返答がない。
スタロはグレンが止める間もなく取っ手に手をやった。
「誰かいないっすか?」
扉が開かれるとグレンは中にいた老魔導士と目が合った。
老魔導士はとても驚いた表情をしていた。
グレンはどことなく懐かしさを感じていたが、すぐに気を改めて姿勢を正した。
「勝手に開けてしまい申し訳ない」
老魔導士が取り乱したのには理由があった。
彼女は嘗てグレンの仲間であった大魔導士ラウラであり、封印されていたグレンが突然現れたからである。
ラウラはアレク、ソフィア、グレンと共に魔王を討伐した後、アレクディア聖王国の建国に協力していたが、国の運営が軌道に乗り始めた頃から、この地に移り住んでいた。
グレンの呪いを解くために様々な魔法の研究を進めていたのだ。
100年前から想いを寄せているグレンのために。
だからこそ彼女は自分がラウラであると名乗ることができなかった。
常人よりも遥かに健康的な肉体であったが、それでも老いた自分の姿を見せたくなかった。
ラウラは動揺していることを隠すように用件を聞く。
「ああ、このマジックポットに魔法を詰めて欲しのだが……」
グレンが手に持つマジックポットを奪うようにして受け取ると、ラウラはそそくさと奥の部屋に進んでいった。
「決して部屋を覗いてはいけませんよ」
そういって扉を閉めると魔法を込め始めた。
中に込める魔法なんて聞く必要なんてない、分かり切ったことだ。
ラウラが集中し始める。
普段よりも一層魔力が高まっているのが自分にも分った。
諦めかけていたグレンがここにいる事実がラウラを高揚させる。
当時を思い出して気持ちまで若返っていた。
「この胸の高鳴り、今ならできる気がする」
まだ仮説段階であったラウラの新魔法は、グレンとの再会によって完成に近づいていた。
「一瞬のときめき」
それはラウラの記憶に存在する自分の姿、グレン達と冒険していた肉体的全盛期の姿を取り戻す魔法であった。細胞の一つ一つを分解、再構成して嘗ての自分を創りだしていく。気の強そうな鋭い瞳、皺ひとつない肌、メリハリのあるボディ、腰まで伸びた艶やかな髪は実年齢を感じさせる要素は一切なかった。
「これならグレンに堂々と会えるわ!」
クローゼットに埋もれていた当時の衣服を取りだすと浄化魔法をかけて着替えた。
傍から見たら、いい年して婆さん何やってんだと思う者もいるだろう。
だがラウラの表情は真剣そのものだ。
グレンが自分の姿を見たらどんなに驚くだろうと想像し、ラウラは魔法で扉をそっと開いた。
「見るなと言われたら見たくなるでしょ」
「さあ早く覗きなさいよ」
「もう少し開けておこうかしら」
「まだ来ない」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
だがいつまで経ってもグレンは覗きに来ない。
ラウラは辛抱強い女性ではなかった。
自ら扉を開けて飛び出した。
だがグレンはスタロとの話に夢中になって気づかなかった。
その時、ラウラの中で何かが弾けた。
「私の姿を見ろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ラウラによって無意識に放出された魔力は激しい突風となって家屋を破壊していく。
スタロが落ちてくる家屋であったものから必死に逃げる中、グレンとラウラは向かい合って見つめていた。
「やっぱり君だったのか、ラウラ」
「久しぶりねグレン」
ラウラは思わずグレンに抱き着いた。
それは二人にとって100年ぶりの抱擁だった。
「グレン、会いたかったわ」
二人の間にロマンティックな空気が流れる。
だがそれを遮る者がいた。
「痛いっス。助けて下さいっス」
ラウラは騒がしいスタロを睨みつけると防御結界を張った。
だがそのせいで一瞬のときめきの効力が切れて元の姿に戻ってしまった。
肉体の再構成を継続して行うこの魔法は常に大量の魔力を消費するのだ。
「あっ! さっきのばあちゃんッス」
それを聞いたラウラは、表情を変えることなく、指先をスタロに向けて魔法を放った。
スタロはそれを既の所で回避する。
「誰がババアだ、小童が!!」
「言ってない、そこまでは言ってないっス」
「いいや、聞こえたわ。あんたの心の声がね!」
「っ!? 何で分かったんスか? 心が読めるんスか?」
スタロの奴、本当にそう思ってたのか。
グレンは呆れながらも追いかけっこを始める二人を優しく見守っていた。
「ラウラ、会えてうれしいよ……」
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