剣を振るう青年は愛を追いつづける

ゆい

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たとえその剣が砕けようとも

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なんでここまで来たの?」

 

 

 

目の前に立たずむ少女が、俺の目を鋭い目付きで見つめながら問いかける。

 

 

 

「そりゃあ、決まってるだろ……」

 

 

 

俺は長年の思いを伝えるために、声を少し荒げながらレシアに話しかける。だが、自分の思いとは裏腹に、声は震え始め、徐々に細々くなっていく。そんな自分を罵り、自身を奮起させようとしたが、結局声は出ず、ただ口を金魚みたいにパクパクさせることしか出来なかった。

 

ふと、顔に暖かい春風が吹き付ける。

 

季節が春ということもあってか、春風は花びらも一緒に乗せており、俺とレシアの服に綺麗な花びらがペタりと張り付く。

 

 

 

「そういえばあの日も、今日と同じような感じだったわね」

 

 

 

レシアは遠い先を見据えているような目をしながら、懐かしそうに話しかける。

 

俺はそんな彼女の姿を見つめながら、走馬灯のように過去の出来事を思い返していく。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

――ここで一つ、リゲルという少年の昔話をしよう。

 

 

リゲルは名もない農村の若夫婦の子供として生を受けた。

 

リゲルの生まれた農村はとても豊かで、他の農村に比べても経済の余裕が少しばかり存在していた。

 

そのお陰で、リゲルはすくすくと元気に育ち、親の家事などを手伝う優しい良い子になっていった。

 

リゲルは六歳になった。

 

リゲルの住む農村では、男の子が6歳になると、数千年前に世界を救ったとされている勇者の剣を模倣した銀色に輝く鋼の剣を受けとるという風習があった。

 

もちろんリゲルにも例外なく鋼の剣が渡され、農村に住む村人から成長を喜ばれた。

 

すると、翌日から、リゲルは鋼の剣を持ち出して遊びに出掛けるようになっていった。好奇心旺盛な年頃ということもあって、剣に対して興味を感じたのであろう。

 

一年、二年と経つにつれ、リゲルは剣を遊ぶ目的で持ち出さないようになった。リゲルは、ここ数年で剣に対して異常とも言えるような憧れを抱き始めていた。

 

――剣の頂を見てみたい

 

リゲルは、そのたった一つの願いを叶えるために何千回、いや何万回ともいえる数、剣を振り続けてきたのだ。

 

 

リゲルは16歳になった。

 

この頃になると、村の中でリゲルに勝てるものはいなくなった。リゲルは、魔法の攻撃おも切り捨て、天地を割ると言われ、いつしか"剣愛のリゲル"という通り名が生まれた。

 

この噂は瞬く間に王国中に広まり、その噂は国王の耳にも入った。この噂を聞いた国王は、最近帝国との情勢が悪化したこともあってか、リゲルに王都への招待状を送った。

 

その招待状はすぐにリゲルの元へ届き、リゲルは二つ返事で王都へ向かった。

 

王都は華やかであった。空高くそび立つ時計塔、川の向こう岸に堂々と立つ王城。16年間農村を出たことのないリゲルは、その景色が夢のように感じられた。

 

王都を軽く観光したあと、リゲルは王様の進めもあり、経済的に不便のない公爵の家へと駆け込むのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

それは、華やかな花が咲き誇る、暖かな春の日のことであった。

 

居候している公爵に外出の許可をもらい、素振りの練習をすることの出来る場所を探していたあくる日の朝。

 

手頃な空き地を見つけて、素振りをおこないに行くと、綺麗な金髪の髪を持つ先客が空を仰ぐように見つめていた。

 

「お前、こんな所でなにしてるんだ?」

 

 

 

無意識に、口から独り言のようにポツリと呟いた。すると、彼女はこちらの存在に気付いたのか、空を見上げたままこちらの方へと目線をずらす。

 

 

 

 

「それはあなたにも言えることじゃない? こんな山奥に来る人なんて、滅多にいないわよ」

 

 

 

 

彼女は口元に薄い笑みを浮かべ、空高く深い伸びをした。

 

俺は、自分の言ったことを笑われたことに対して子供のような自分勝手な怒りを感じ、少し強い口調で彼女に答える。

 

 

 

「俺はただ、剣の稽古をする場所を探していただけだ」

 

 

 

 

「もしかして、あなた剣士なの?」

 

 

 

彼女はパッと振り返り、小走りでこちらの方へと向かってくる。俺の目の前に来たあと、彼女は目線を下に落とし、俺の腰にかかっている鋼の剣を見つめた。

 

 

 

 

「へぇ。私、剣士っていう人を見るの初めてなの。もしよかったら、あなたの練習してるところを見てもいい?」

 

 

 

 

この一言から、彼女と俺の奇妙な日常が始まった。

 

俺が剣の稽古をしていると、いつも彼女が来るようになった。最初は邪魔だと言ってみたりもしたが、彼女がこの場から立ち去ることはなかったので、途中から言うのを辞めた。彼女はいつもニコニコと俺の剣を振るう姿を見つめ、「凄いなー」、と感心したように呆気に取られたような声を出した。1日、一週間、1ヶ月と時が経つにつれ、俺は彼女がいることに対してとても暖かな感情を持ち始めていた。

 

 

 

 

「そういえば、結局お前はどうしてこんな森の中に居るんだ?」

 

 

 

俺は、剣の素振りをしながら彼女に言葉を投げ掛ける。すると、さっきまでニコニコとした笑みを浮かべていた顔が少し暗い表情になり、一つ大きなため息をついた。

 

 

 

「……私は自由じゃないから、自由が欲しかったの」

 

 

 

 

彼女は吐息のような細々とした声で、まるで自分自身に言うかのように呟いた。

 

 

 

 

「自由? 」

 

 

 

 

「……私の身の回りのことは、全部お父さんが決めてるの。友達関係、進路、1日のスケジュール、も全部お父さんが決めてるの。最初はそれでも良かったの、それが当たり前だと思ってたから。でも、大きくなるにつれて、他の子が羨ましくなってきたの。何回もお父さんに言おうと思った、自由にさせてって。でも言えなかった、言えなかったの。私はお父さんの人形なの。だから、こうやって人の目を掻い潜ってここに来てるの」

 

 

 

 

彼女は目に涙を貯めながら、震え声で話し出した。

 

予想以上、俺は彼女の言葉を聞き、頭の中が真っ白になったような気がした。俺は、彼女を慰めよう口を開く。……言葉が出てこなかった。彼女の悲しい顔は見たくないから、彼女の笑っている顔が見たいから、頭の中で彼女が元気のでそうな単語を模索する。だが、出てきたのはぶっきらぼうなたった一言。

 

 

 

「……悪かったな、嫌なことを思い出させてちまって」

 

 

 

 

 

これくらいのことしか言えなかった。いや、思い付かなかったのだ。俺は少しの罪悪感を感じ、目線を地面に伏せる。

 

 

――ザク、ザク

 

 

 

不意に、目の前を歩く足音が耳に伝わる。その足取りは弱々しく、しかし、こちらの方へと着実に歩みを進めている。

 

俺は、足音の主を見ようと、顔を上げる。すると、それと同時に頬に暖かな温もりが伝わる。頬に手を伸ばすと、ふにふにとした柔らかな感触が伝わる。改めて顔を上げると、そこに居たのは綺麗な金髪を持つ少女。

 

 

 

「大丈夫だから、そんなに自分を責めないで。私は、自信に溢れるあなたが大好きだから」

 

 

 

 

彼女は、満面の笑みを浮かべ、俺のおでこに自分の額を重ね合う。

 

 

 

 

「……それと、私の名前はお前じゃなくてレシア。今度からそう呼んで?」

 

 

 

 

彼女は少し恥ずかしそうに頬を赤く染め上げた。

 

 

 

――ああ、なんだ。そういうことか……。

 

 

 

俺は、自身の胸に抱いていた奇妙な気持ちに確信した。彼女を一目見たときから持っていた感情。彼女に会いたくて堪らなくなる感情。彼女の笑みを守りたいという感情。

 

 

 

――ああ、これが……恋っていうやつなのか。

 

 

 

 

 

 

その日、リゲルは彼女――レシアに恋をした。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

リゲルがいつも通り剣を振るう、ある昼過ぎのこと。王都中に、ある衝撃的なニュースが伝わった。

 

なんと、ついに第三王女が結婚するのだという。この話は疾風のごとくに国中に広まり、隣国のスリピア共和国の第一王子が祝福の言葉を口にしたということもあり、国中がお祭り騒ぎのようになった。

 

そのニュースはもちろんリゲルにも伝わり、興味あってか、街中でさらに詳しいことが書かれたビラを目にした。

 

 

「おいおい、どういうことだよ……」

 

 

 

リゲルは全身に鳥肌が立つのを感じながら、手元にあるビラを何回も読み返した。

 

手に力が込められるのがわかる。そのビラにかかれていたのは、間違いなく自分が初めて恋をした相手。華やかな笑顔がよく似合う女の子、レシアであった。

 

 

空から一粒の水の粒が落ちてくる。それを合図に、空からは大量の雨が降りだした。ついさっきまで賑やかであった王城へ続く大通りには、雨の影響か、リゲルただ一人しかいなかった。

 

プツリと、操り人形の糸が切れたようにリゲルはその場に崩れ落ちた。きっと、人前ではこのような行動を見られたくないというプライドがあったのであろう。リゲルは王都の中心で大声で泣いた。今までの気持ちを吐き出すかのように。雨のせいで全身がずぶ濡れであったが、そんなの関係なかった。そこに居たのは、好きな女性を身知らぬ男に取られたことに"嫉妬"する、一人の青年であった。

 

 

 

「結婚式の開催日は明後日の昼頃か」

 

 

 

手に持つ、雨に濡れて字が垂れてきているビラをなぞるように確認しながら、フラりと立ち上がる。

 

リゲルは赤く腫れた目元を拭い、気合いを入れるかのように頬を一発ビンダした。雨はにわか雨だったのか、気がついた頃にはやんでいた。雲の切れ目からは微かに太陽の光が差し込んでいた。まるで、彼の決意を応援するかのように。

 

くるりと、後ろを振り返る。前方には、明後日レシアの結婚式の会場となる王城が建っている。リゲルは一つ大きな深呼吸をして、王城に居るであろうレシアに誓うかのように、大声で叫ぶ。

 

 

 

「俺が必ずお前を自由にしてやるから、待っていろよ!

レシア!」

 

 

 

そう叫ぶと、リゲルは王都を後にした。その姿を偶然窓から見ていた人によれば、王都を後にする姿がまるで夢に向かって走り出した少年の姿に見えたという。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

「ああ、色々なことがあったな」

 

 

 

 

今までの出来事を振り返り、薄い笑みを浮かべる。

 

さっきまで吹き込んでいた春風はピタリと止み、静寂な時間が二人の間に流れる。王女の結婚式に侵入者が居ることを確認した衛兵が俺を引っ捕らえようと近づくが、「下がりなさい」というレシアの言葉で悔しそうに後ろに下がる。

 

 

 

「そろそろ決着を付けましょう……何もかも」

 

 

 

レシアは一瞬は悲しそうな顔をすると、目を強く瞑り、覚悟を決めた様子でこちらの方へと目線を移す。

 

 

 

「君がそう思うなら、俺は何をしても君を止めなくちゃいけねぇな」

 

 

「そう……じゃあ、あなたをここで切るまでよ」

 

 

 

レシアは、自身の腰に掛けられた豪華絢爛の棹に仕舞われている純白の刀身をちらつかせる。やはり財力の違いもあるのだろうか、すぐ横に掛けられた古ぼけた剣を横目で見つめる。彼女が持つ剣は、かつて平和のために戦ったとされる勇者の聖剣。その差はどう考えて

歴然であった。

 

 

 

「か弱い女性がそんなもの持ったらいけねぇだろ」

 

 

 

 

軽い啖呵を切り、横に掛けられた錆び付いた鋼の剣を抜く。

 

 

 

 

「私はこの国の王女よ。子供の頃から数々の英才教育を施されたわ。もちろん、剣技も兵士並みにはね」

 

 

 

 

彼女の言葉を合図に、二人の攻防戦が始まる。自身の右手に持つ剣の刃を聖剣の持ち手の方へと疾風のごとく振り上げる。だが、リゲルの剣技をレシアは何とも思わぬ顔で流す。これが聖剣の加護か、と悪態を付くが、それどころではない。再びレシアの姿を目に据えて、この戦いに極限まで集中する。 レシアは体幹が弱い。この戦いに勝つにはやはりカウンター攻撃にかけるしかないな。俺は覚悟を決め、その未来を見つめながらニヤリと笑った。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

二人の剣技はほぼ互角で、この戦いは長い間続き、それと同時に王城に居る人々全てを魅了した。魔法はなく、全てが単純な剣の戦い。まるで剣の頂を見ているようであった。この戦いの観客となった人々は、その剣技に感動し、涙を流す者もいたそうだ。

 

永遠に続くかに思われた剣技のぶつかり合いはついに決着を期した。観客の前に錆び付いた刃先がズサリと突き刺さる。そして、少し遅れてから純白の刀身を持つ剣が突き刺さった。

 

 

 

「俺の……勝ちだな」

 

 

 

リゲルは荒い息を抑えながら、レシアの首に突きつける。

 

 

 

「そうみたいね」

 

 

 

彼女は軽く笑い、周りを見渡すように眺める。王城の警備に当たっている衛兵は王女を助けようとするが、二人の間に流れる奇妙な雰囲気によって近づけないようであった。

 

 

 

『君の望みはなんだ? 何をしにこんなことをやったんだい?』

 

 

 

ふと、王城に凛々しい声が響き渡る。リゲルが声のする方を向くと、大衆を押し退け、紳士服に身を包んだ青少年が現れる。

 

 

 

 

「リキエル様……何をするおつもりですか」

 

 

 

レシアの吐息のような独り言を聞き、リゲルは納得したような顔をして薄い微笑を浮かべる。

 

 

 

「あんたがレシアの婚約者か」

 

 

 

『まぁ、そうだね。僕がレシア様と婚約を結ばせてもらっているリキエルと言います。名前は覚えておいてね』

 

 

 

リキエルは爽やか笑顔を浮かべて、華麗に一つ礼をする。

 

 

 

『僕としては君とゆっくりとお話をしたいんだけどね。生憎時間がないみたいなんだ。だから、単刀直入にいうと、さっきの僕の問いに答えてほしい。君の望みはなんなんだい』

 

 

「俺の望みか……」

 

 

 

リゲルは隣に居るレシアを横目で見ると、手を顎に添えて少し考えた素振りをすると、落ち着いたトーンの声でリキエルに答え始める。

 

 

 

「俺の望みは彼女に幸せになってほしい……いや、彼女を幸せにしたいんだ。レシアはずっと苦しめられてきたんだよ、王女という鎖で。だから、俺は彼女を自由にしたかったんだ」

 

 

 

 

リゲルは目を伏せ、自身にも語りかけるように言葉を口に出す。

 

 

 

「お前と結婚しても、もしかしたらレシアは幸せになったかもしれない。でも、それじゃだめなんだ。俺は自分の手でレシアを救いたいんだ。傲慢かもしれないが、これが俺の望みだ」

 

 

リゲルは目線を上げ、リキエルの方へと目線を向ける。リキエルはリゲルの返答を聞くと、満足そうにリゲルへと声をかける。

 

 

 

『なるほど……それが君の"答え"か』

 

 

 

リキエルはそういうと、覚悟を決めたようなキリッとした顔つきになり、こちらの方へと目線を向ける。

 

 

 

『君の好きにするといい。僕はレシア様のお父上話をしないといけないから、僕はこの場から去ることにするよ』

 

 

 

 

リキエルはそういうと、ゆっくりとした様子でこの場から出ていこうとする。カツ、カツ、と音を慣らしながら、大広間の出入口である大きな古ぼけた木の扉にリキエルが手をかけると、後ろを振り返らずにレシアへ言葉を告げる。

 

 

 

『レシア様はもう、他人に縛れなくて大丈夫なんですよ』

 

 

 

少し早口に言葉を告げると、リキエルは大広間を後にした。

 

リキエルがいなくなり、ふとリゲルは隣にいるレシアを見ると、レシアの顔は真っ赤になっていた。

 

リゲルは自身の言った言葉を振り返り、告白同然のようなことを言っていたことを知り、リゲル自身の頬も深紅に染まる。

 

 

 

 

「ここで言うのもなんだが……レシア」

 

 

 

 

リゲルはレシアをこちらの方へ向かせ、レシアの真っ青な目を見つめる。一方、方を捕まれ、告白同然な言葉を言われたレシアは、惚けた顔でリゲルを見つめ返した。

 

 

 

 

「レシア、俺と付き合ってくれないか?」

 

 

 

 

リゲルはそういうと、自身の胸に大事にしまってあった青色の花飾りを取りだし、レシアの頭へと被せた。

 

レシアはリゲルの言葉を聞き、数秒の間固まると、満面の笑みを浮かべ、はっきりとした声でリゲルへと答えを告げた。

 

 

「はい! 喜んで!」

 

 

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