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第二章 「ゴールデンクロス」
第13話 「ルミナス<呪い>」
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トークンコアの前を離れ、取引所の施設見学はひと通り終わった。
中庭が見えるベンチに腰を下ろすと、俺は肩を軽く回した。長い手続きと、情報量の多すぎる見学だったせいか、疲労がじわじわと足にきている。
「ありがとうな、アイラ」
不意に口をついて出た言葉に、隣に座っていたアイラが小さく目を見開いた。
「……え?」
「契約してくれただろ」
しばらくの沈黙の後、緊張した面持ちのアイラがふと口を開いた。
「アルさんは、どうしてわたしを雇ってくれたんですか?」
アイラの問いに、俺は少し考えた後、正直に答えることにした。
「そうだな……助けたい人がいるんだ」
「助けたい人ですか?」
「リーリアっていう、俺の幼馴染だ。リーリアを助けるためには、どうしても魔法士が必要だった。それが理由だ」
「リーリアは借金のかたとして奴隷にされてしまって、連れていかれたんだ。リーリアを買い戻すには金がいる。取引所で稼ぐために、どうしても取引魔法士が必要だったんだ」
「そんな風に言ってもらえる人がいるなんてリーリアさんが少しうらやましいです」
アイラは少し寂しそうな表情で呟く。
「正直に言うと、予算の問題もあった。他の魔法士たちは俺の手には届かなかったんだ。でも、それだけじゃない。なんていうか……直感ってやつだよ。アイラに初めて会った時、『アイラの手を掴まなければいけない』って強く感じたんだ。理由を言葉にするのは難しいけど、アイラには何か特別なものを感じたんだ」
アイラは一瞬驚いたような表情を見せた後、少し苦笑いを浮かべた。
「直感……ですか。わたしが特別なんて、そんな風に言われたこと、一度もありません」
沈黙がしばらく続いた。
そして、アイラがぽつりと呟くように言う。
「アルさんは、わたしの名前……ルミナスって聞いて、どう思いましたか?」
その言葉に、俺は少しばかり面食らった。
ルミナス――どこかで聞いた覚えがある。たしか、魔法士の名門の名前だったか。けれど、俺自身はその名に特別な感情を抱いたことはなかった。
「ああ……正直、言われてやっと思い出したくらいだ。すまん」
「いいんです。むしろ、うれしいくらいです。……ほとんどの人は、『ルミナス』と名乗るだけで態度を変えますから」
そこに宿るのは、誇りではなかった。どこか、諦めにも似た、感情の影。
「わたし……家族から、疎まれているんです」
その声は、ひどく淡々としていた。感情を押し殺すように。それが逆に、アイラの言葉の重みを伝えてきた。
「父は王立大学校の魔法理論の主任教授で、母は軍務魔法の最高顧問。兄と姉たちも、みんな国や軍の中枢にいる優秀な魔法士たちです」
俺は言葉を飲んだ。
「……でも、わたしだけが、落ちこぼれでした」
アイラの声は、穏やかだった。悲しげというよりは、すでに乾いたような、どこか遠い過去を語るような声音だった。
「ロイ兄様には、家名を汚すなって言われました。エリーナ姉様には、いっそ名を捨てて庶民として生きればいいって」
魔法士や貴族のことはわからない…だが、アイラの言われようには少し怒りを覚えた。
「でも、間違ってはいないんです。ルミナス家は、王国にとっての誇りですから。弱いわたしがその名前を背負っているだけで、家の名誉に傷がつくと思われても仕方ないんです」
静かに語られるその話は、まるで長い長い悪夢の断片のようだった。
「魔力が少なくて、何をしても使い物にならなくて。学校は補欠で卒業しました。成績が足りなくて大学には行けなくて。軍にも推薦されなくて」
「『恥さらし』は、王都の家には帰ってくるなって言われました。屋敷をやるからそこで暮らせと……」
「だから、ギルドで地道に仕事を受けようとしたんです。でも……」
そこで言葉を切ると、アイラはふっと笑った。あまりにも寂しげな笑みだった。
「ギルドでも、他の魔法士からは『廃棄姫』なんて呼ばれて。笑っちゃいますよね……」
俺は何も言えなかった。
「それでも……アルさんに声をかけてもらって、今日、契約して。わたし……誰かの役に立てるかもしれないって思えたんです。……それだけで、すごく、救われた気がしました」
最後の言葉は、少しだけ震えていた。
アイラの過去は、俺が想像していたよりもずっと重く、孤独だった。
努力とは無関係に、ただ『足りない』という理由だけで居場所を奪われ続けた日々。その名が名門であるがゆえに、その不足はより深く刻まれた。
俺は、アイラを見据える。
「……なら、アイラがここにいる意味は、これから俺が証明してやる」
「……え?」
「投資ってのはな、未来に賭けることだ。俺は、アイラシア・ルミナスっていう魔法士に賭けた。それがどういう意味を持つか――結果で見せるよ」
アイラは、しばらく黙っていた。風が吹き抜け、綺麗なプラチナブロンズの髪がさらりと揺れた。
「はい……」
アイラは少し照れたように頬を赤らめ、視線を落とした。
それでも、その口元には微かな笑みが浮かんでいるように見えた。
中庭が見えるベンチに腰を下ろすと、俺は肩を軽く回した。長い手続きと、情報量の多すぎる見学だったせいか、疲労がじわじわと足にきている。
「ありがとうな、アイラ」
不意に口をついて出た言葉に、隣に座っていたアイラが小さく目を見開いた。
「……え?」
「契約してくれただろ」
しばらくの沈黙の後、緊張した面持ちのアイラがふと口を開いた。
「アルさんは、どうしてわたしを雇ってくれたんですか?」
アイラの問いに、俺は少し考えた後、正直に答えることにした。
「そうだな……助けたい人がいるんだ」
「助けたい人ですか?」
「リーリアっていう、俺の幼馴染だ。リーリアを助けるためには、どうしても魔法士が必要だった。それが理由だ」
「リーリアは借金のかたとして奴隷にされてしまって、連れていかれたんだ。リーリアを買い戻すには金がいる。取引所で稼ぐために、どうしても取引魔法士が必要だったんだ」
「そんな風に言ってもらえる人がいるなんてリーリアさんが少しうらやましいです」
アイラは少し寂しそうな表情で呟く。
「正直に言うと、予算の問題もあった。他の魔法士たちは俺の手には届かなかったんだ。でも、それだけじゃない。なんていうか……直感ってやつだよ。アイラに初めて会った時、『アイラの手を掴まなければいけない』って強く感じたんだ。理由を言葉にするのは難しいけど、アイラには何か特別なものを感じたんだ」
アイラは一瞬驚いたような表情を見せた後、少し苦笑いを浮かべた。
「直感……ですか。わたしが特別なんて、そんな風に言われたこと、一度もありません」
沈黙がしばらく続いた。
そして、アイラがぽつりと呟くように言う。
「アルさんは、わたしの名前……ルミナスって聞いて、どう思いましたか?」
その言葉に、俺は少しばかり面食らった。
ルミナス――どこかで聞いた覚えがある。たしか、魔法士の名門の名前だったか。けれど、俺自身はその名に特別な感情を抱いたことはなかった。
「ああ……正直、言われてやっと思い出したくらいだ。すまん」
「いいんです。むしろ、うれしいくらいです。……ほとんどの人は、『ルミナス』と名乗るだけで態度を変えますから」
そこに宿るのは、誇りではなかった。どこか、諦めにも似た、感情の影。
「わたし……家族から、疎まれているんです」
その声は、ひどく淡々としていた。感情を押し殺すように。それが逆に、アイラの言葉の重みを伝えてきた。
「父は王立大学校の魔法理論の主任教授で、母は軍務魔法の最高顧問。兄と姉たちも、みんな国や軍の中枢にいる優秀な魔法士たちです」
俺は言葉を飲んだ。
「……でも、わたしだけが、落ちこぼれでした」
アイラの声は、穏やかだった。悲しげというよりは、すでに乾いたような、どこか遠い過去を語るような声音だった。
「ロイ兄様には、家名を汚すなって言われました。エリーナ姉様には、いっそ名を捨てて庶民として生きればいいって」
魔法士や貴族のことはわからない…だが、アイラの言われようには少し怒りを覚えた。
「でも、間違ってはいないんです。ルミナス家は、王国にとっての誇りですから。弱いわたしがその名前を背負っているだけで、家の名誉に傷がつくと思われても仕方ないんです」
静かに語られるその話は、まるで長い長い悪夢の断片のようだった。
「魔力が少なくて、何をしても使い物にならなくて。学校は補欠で卒業しました。成績が足りなくて大学には行けなくて。軍にも推薦されなくて」
「『恥さらし』は、王都の家には帰ってくるなって言われました。屋敷をやるからそこで暮らせと……」
「だから、ギルドで地道に仕事を受けようとしたんです。でも……」
そこで言葉を切ると、アイラはふっと笑った。あまりにも寂しげな笑みだった。
「ギルドでも、他の魔法士からは『廃棄姫』なんて呼ばれて。笑っちゃいますよね……」
俺は何も言えなかった。
「それでも……アルさんに声をかけてもらって、今日、契約して。わたし……誰かの役に立てるかもしれないって思えたんです。……それだけで、すごく、救われた気がしました」
最後の言葉は、少しだけ震えていた。
アイラの過去は、俺が想像していたよりもずっと重く、孤独だった。
努力とは無関係に、ただ『足りない』という理由だけで居場所を奪われ続けた日々。その名が名門であるがゆえに、その不足はより深く刻まれた。
俺は、アイラを見据える。
「……なら、アイラがここにいる意味は、これから俺が証明してやる」
「……え?」
「投資ってのはな、未来に賭けることだ。俺は、アイラシア・ルミナスっていう魔法士に賭けた。それがどういう意味を持つか――結果で見せるよ」
アイラは、しばらく黙っていた。風が吹き抜け、綺麗なプラチナブロンズの髪がさらりと揺れた。
「はい……」
アイラは少し照れたように頬を赤らめ、視線を落とした。
それでも、その口元には微かな笑みが浮かんでいるように見えた。
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