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第三章 「アセンディング・トライアングル」
Intermission 3 「レイラの午後」
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午後の陽光が、カーテン越しにヴァース商会の応接間へと差し込んでいた。テーブルに置かれたティーカップに柔らかな輝きを宿す。窓の外では運河の水音がかすかに聞こえてくる。
そんな静寂の中、足音ひとつ立てずに現れた影がある。
「……来たのかい。ミラ」
カップを唇に運びながら、レイラ・ヴァースは目を上げた。
「久しぶりだね。姉御」
声の主は、黒衣の妖狼族、ミラ・ノアール。ミラはソファの背もたれに腕をかけ、勝手に腰を下ろした。
「会ってきたんだろう? 少年に」
ミラは狼耳をぴくりと動かし、しばし視線を落とした。しなやかに脚を組み直すと、瞳を細めてぽつりと言う。
「……すこし、恐怖を感じたよ」
「ほう?」
レイラが細く目を細める。興味を隠そうともせず、むしろ愉快そうにすら見えた。ミラはちらと横目でその反応を見てから、つぶやくように続けた。
「なんだろうな。殺気でもなければ、圧でもない。ただ……あの目だけは。全てを見透かしてくるような……」
「珍しいね、あんたがあんな年端もいかない子に圧《お》されるなんて」
「違うんだ、レイラ。圧されたわけじゃない。ただ、あれは素人じゃない。知ってる目だった。あたしたちが、何をして、どう生きてるか……その奥を、わかってる奴の目だ」
レイラはカップを傾け、紅茶を一口含むと、満足そうに目を細めた。
「だから言ったろう。……面白いって」
「何者なんだ? 魔力は感じなかった、けど恐ろしく動じない。……妙な気配を感じた。あれは――」
「さあね。クロエが拾って、育てたってことくらいしか私も知らない。けど、…あの子の歩む先に面白い渦ができるよ」
「渦、ね……」
ミラは窓の向こうに視線を投げる。
「そうさね、ミラ。……やつらにとっては、あの少年は――脅威になる」
その言葉に、ミラの赤い瞳が鋭さを増した。
「やつらってのは……」
「詮索は無粋だよ、ミラ。あんたも分かってるだろ?」
レイラは言葉を遮るようにカップを置き、ソファの背に体を預けた。カーテン越しに揺れる午後の光が、赤い髪に淡い影を落とす。
「表に出ることのない、あの連中。相場を、情報を、そして人を……いくらでも好き勝手に弄ぶ者たち。アイツらは、あらゆるものが自分たちの盤上にあると思ってる。だけどね」
そこで、レイラは初めてミラと真正面から目を合わせた。
「少年は、その盤ごと、ひっくり返すかもしれない」
ミラはしばし無言だったが、やがて口の端を少しだけ上げた。
「……面白くなってきた、ってことだね」
「退屈は嫌いだろ?」
「ま、それは否定しない」
ミラは立ち上がり、扉の方へと歩き出す。だが、手をかける直前、ふと振り返った。
「ところで、あの子……ルミナスの三女と組んでた。これは、偶然だと思うかい?」
レイラの瞳が、ふわりと和らいだ。
「偶然じゃないさ。因果ってのは、いつもそういう顔してやってくるもんさ。気づいたときには、もう逃げられない」
「あんたも、その因果に?」
「さあ、どうだろうね。けど――」
そこで、レイラはひとつ深く息をついた。
「静かに波打っているように見えて、その下では、もう渦が巻いているのさ。あの市場《ばしょ》も、ね」
扉が音もなく閉じられた。
残されたレイラは、ぬるくなった紅茶を見つめながら、静かに呟いた。
「さて、少年……あんたは、どこまで届く?」
そんな静寂の中、足音ひとつ立てずに現れた影がある。
「……来たのかい。ミラ」
カップを唇に運びながら、レイラ・ヴァースは目を上げた。
「久しぶりだね。姉御」
声の主は、黒衣の妖狼族、ミラ・ノアール。ミラはソファの背もたれに腕をかけ、勝手に腰を下ろした。
「会ってきたんだろう? 少年に」
ミラは狼耳をぴくりと動かし、しばし視線を落とした。しなやかに脚を組み直すと、瞳を細めてぽつりと言う。
「……すこし、恐怖を感じたよ」
「ほう?」
レイラが細く目を細める。興味を隠そうともせず、むしろ愉快そうにすら見えた。ミラはちらと横目でその反応を見てから、つぶやくように続けた。
「なんだろうな。殺気でもなければ、圧でもない。ただ……あの目だけは。全てを見透かしてくるような……」
「珍しいね、あんたがあんな年端もいかない子に圧《お》されるなんて」
「違うんだ、レイラ。圧されたわけじゃない。ただ、あれは素人じゃない。知ってる目だった。あたしたちが、何をして、どう生きてるか……その奥を、わかってる奴の目だ」
レイラはカップを傾け、紅茶を一口含むと、満足そうに目を細めた。
「だから言ったろう。……面白いって」
「何者なんだ? 魔力は感じなかった、けど恐ろしく動じない。……妙な気配を感じた。あれは――」
「さあね。クロエが拾って、育てたってことくらいしか私も知らない。けど、…あの子の歩む先に面白い渦ができるよ」
「渦、ね……」
ミラは窓の向こうに視線を投げる。
「そうさね、ミラ。……やつらにとっては、あの少年は――脅威になる」
その言葉に、ミラの赤い瞳が鋭さを増した。
「やつらってのは……」
「詮索は無粋だよ、ミラ。あんたも分かってるだろ?」
レイラは言葉を遮るようにカップを置き、ソファの背に体を預けた。カーテン越しに揺れる午後の光が、赤い髪に淡い影を落とす。
「表に出ることのない、あの連中。相場を、情報を、そして人を……いくらでも好き勝手に弄ぶ者たち。アイツらは、あらゆるものが自分たちの盤上にあると思ってる。だけどね」
そこで、レイラは初めてミラと真正面から目を合わせた。
「少年は、その盤ごと、ひっくり返すかもしれない」
ミラはしばし無言だったが、やがて口の端を少しだけ上げた。
「……面白くなってきた、ってことだね」
「退屈は嫌いだろ?」
「ま、それは否定しない」
ミラは立ち上がり、扉の方へと歩き出す。だが、手をかける直前、ふと振り返った。
「ところで、あの子……ルミナスの三女と組んでた。これは、偶然だと思うかい?」
レイラの瞳が、ふわりと和らいだ。
「偶然じゃないさ。因果ってのは、いつもそういう顔してやってくるもんさ。気づいたときには、もう逃げられない」
「あんたも、その因果に?」
「さあ、どうだろうね。けど――」
そこで、レイラはひとつ深く息をついた。
「静かに波打っているように見えて、その下では、もう渦が巻いているのさ。あの市場《ばしょ》も、ね」
扉が音もなく閉じられた。
残されたレイラは、ぬるくなった紅茶を見つめながら、静かに呟いた。
「さて、少年……あんたは、どこまで届く?」
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