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第四章 「ベアリッシュ・エンガルフィング」
第28話 「深層」
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その日の午後、俺たちは早速、アクアレイジの魔力回路の研究を始めた。
アクアレイジの内部に指を滑らせながら、俺は思考の迷路をさまよっていた。
俺は魔力を持たない。
でも、流すことはできるらしい。
アクアレイジが、俺を媒介にして魔力を射出したように――アイラに、魔力を流す方法を考える。アクアレイジの魔力回路、それも出力部に近い高密度領域の構造。もしこれをアイラの魔術回路に転用できたなら。
でも、危険かもしれない――
「……アルさん」
背後からアイラの声がする。振り返ると、ベッドの端に腰かけたアイラが、俺の手元をじっと見つめていた。
「アクアレイジの魔力回路、移植できるかもしれません」
俺は眉をひそめた。アイラがそう言うとは思わなかったからだ。
「本気で言ってるのか? 人の身体に、魔道具の回路を埋め込むなんて……」
「……怖くないと言えば嘘になります。でも、もし……もし魔法をまた使えるようになるなら。わたしは、それを望んでしまう」
アイラの瞳は揺れていなかった。
「わかった。……この出力部の構造を、アイラの魔術回路の起点部に繋ぐ。たぶん、それが一番自然だ」
「はい、わたしもそう思ってました」
俺が工具でアクアレイジを分解していくと、内部の回路が淡い蒼光を放ちながら姿を現した。
「……キレイ」
アイラの呟きは、祈るようだった。蒼と銀が編まれたような魔力回路。まるで星の軌跡を閉じ込めたような輝きだ。アイラは、魔術回路しばらく眺めたあと、静かに呟く。
「ほんとうに…キレイ…この魔術回路、回路の作りがとってもキレイなんです。無駄も無理もない」
アイラが、目を輝かせてこちらにを向く。俺が、少し呆気に取られていると、アイラが続ける。
「えっと…魔法陣、描いてみます」
アイラは、そう言うと魔法陣用の羊皮紙を広げる。
「転移接続型魔法陣を基本として…」
「わたしの魔術回路と同調させるための調律環を組み込んで…」
「でも、あのきれいな魔術回路は、回路同士での魔力干渉の心配はないから…」
「えっと…でも念のため外部からの干渉を防ぐためにフィルタ処理の封印文様も…」
「でも、アルさんとの魔力の接続部分は余計なノイズを入れたくないから…」
手際よく筆を走らせるアイラの眼差しは、真剣そのものだ。迷いのない線。何百、何千と描いてきた者にしかできない動きだった。
俺は、アイラのそんな姿をじっと見つめる。
「できました!」
「この魔法陣の魔法を起動するには……そうですね、小さくていいので安定した魔力の供給源があればいいんですが…」
アイラが辺りを見渡す。
「これは、使えるか?」
俺が整備中に削った魔力結晶の欠片を差し出す。
「はい、十分です」
「緊張してきました……でも、大丈夫」
深呼吸一つ。アイラは、そっと魔力結晶を魔法陣の中央に据えると、羊皮紙が輝き始める。部屋の空気が変わった。魔力が渦を巻き、魔法陣から青白い光が天井へと走る。光は部屋を満たし、影を吹き飛ばし、俺たちを照らした。
アイラの髪が揺れ、空間が脈動を始める。アイラの金色の瞳が、青白く輝く。
アイラの右腕に淡い紋章が浮かび上がっていく―――
紋章は、激しい光を放ちながらその輪郭が明確になる。
ゆっくりと光が収まっていく。
「……成功した、のか?」
「わかりません…」
俺は、アルカナプレートを確認する。アイラの腕に現れた紋章と同じものがプレート上に点滅している。俺の指が、無意識にその紋章へ触れる。
アルカナプレートが、光を放つ。
視界が、光覆われる。
強烈な光と共に、耳鳴りとも風音ともつかないノイズが脳を貫いた瞬間、重力も、熱も、時間すらも希薄になっていく。次に目を開けたとき、俺は――そこにいた。
何もない、真っ白な空間。
上下も左右もない。地面の感触も、空の感覚もなく、ただ、果てしなく続く白い世界が広がっていた。
混乱と恐怖が、数秒遅れて俺に追いつく。
何が起きた? 失敗か? それとも、成功の果てにこうなる予定だったのか?
――いや、これは明らかに異常だ。これはもう、魔法の範疇を超えている。
そして、次の瞬間――
「……やっと、会えたね!」
不意に、後ろから声がした。軽やかで、どこか子供のように無邪気な――けれど、芯のどこかが冷たい声だった。
振り向くと、そこには――少女がいた。
年齢は、見た目だけならアイラと同じか、それより幼く見える。
真っ白な服をまとい、髪も瞳も雪のように淡い色をしている。
だが、何より奇妙なのはその輪郭だ。まるで影絵のように、どこか存在が曖昧で視界にノイズが混じる。
「誰だ、…ここはどこだ……?」
問いかけた俺に、少女はにっこりと笑って言った。
「はじめまして、アルヴィオくん。ようこそ、トークンコアの最深へ」
――トークンコア。
その名前を耳にした瞬間、背筋に冷たい汗が走る。まさか、ここは……あのアーティファクトの中か?
「なに、驚いてるの? 君たちが、アクセスしたのは表層。でも、魔力っていうのはね、情報と意志でできてるの。魔法っていうのは、そういう層にアクセスするための言語なんだよ」
ちょっと何を言っているかわからない。だが、まずは相手のことを知る必要がある。
「……お前は何者なんだ?」
「私? そうだなぁ……君たちにわかりやすく伝えると……トークンコアの意志って言ったら信じる?」
「……意思?」
「そう、意思。会いに来るのが遅くなっちゃったけど…やっと、やっと、ちゃんと繋がったんだよ。これでちゃんと君は、あの子――アイラちゃんに私の魔力を繋げることができる。すごいことなんだよ、これ」
まるで夢でも見ているかのような笑みを浮かべた少女は、俺の前にふわりと歩み寄ってきた。
「君の中にはね。特別な回路があるの。普通の人にはない、通すだけ。君は生み出さないし、蓄えない。でも、繋ぐことはできる。わたしと、君。君と、あの子。それにその子もこの子も」
いたずらっぽくウインクして、彼女はくるりと踊るように回った。
「……で? そのわたしの魔力ってのは、なんだ?」
「ナイショ。だって、まだステージ1だし?」
そう言って、少女は肩をすくめる。
「でも……そうだなぁ。ヒントだけ」
少女は、俺の胸元に触れた。
「君が変わらなければ、あの子も変われない。あの子を繋いだのは、君の意志。その意志が、この世界を――」
そこで、少女の輪郭が揺らぎ始めた。
「おっと、タイムオーバー。強制ログアウトみたい。じゃ、またね、アルヴィオくん。次に会うときは、もっとちゃんとしたお喋りしようね。あと魔力を使うときはちゃんとお金を払ってね」
「待て、まだ――」
言いかけた言葉は、声になる前にかき消えた。
最後に、少女は楽しげにウインクして――光に飲まれた。
俺の意識も再び白へと沈み――現実に引き戻される。
目を開けると先ほどの光景が広がっている。
アルカナプレートは点滅を繰り返していた。
アイラに視線をやる。何事もなかったのような表情だ。だが、数秒後アイラの表情が明らかに変化した。最初は驚き、そして徐々に戸惑いが混ざり合っていく。
「……流れてきます。確かに、魔力が。胸の奥にまで届くみたい……あたたかいような…」
その瞳は、まるで未知の世界を初めて見た子どものように、揺れていた。
「でも……これは、知っている感覚とはちょっと違います。なんというか…外から注がれているのがわかります……まるで、温かいお湯に手を差し入れるような……そんな感覚」
アイラは、そっと胸元に手を当てる。
「魔力が、身体の奥からじゃなくて、肌の外から入ってくる感覚です。ちょっと、くすぐったいというか……不思議です。でも、嫌じゃないです」
言葉にするたびに、その声が震えていく。
「嬉しい…また……魔力を感じられる」
アイラの瞳が、じわじわと潤んでいった。震える指先が、何かを掴もうとするように空中を彷徨い、やがて力なく落ちていく。
「ありがとうございます、アルさん……ほんとに……ありがとう……っ」
頬に溢れた涙が、ぽたりとシーツを濡らした。俺はその場に立ち尽くしていた。何も言えなかった。感情が言葉になるには、重すぎた。この手で、誰かの未来を変えた。誰かの絶望に、光を差した。
「……試してみよう、魔法を」
アイラは深く頷いた。呼吸を整え、震えを押し込めるように片手を掲げる。指先が空中に魔法陣の軌跡を描き、光が集まっていく。
「集え、ウォーターボール」
淡く、水色の光がアイラの掌に集い、小さな水の球体を形成した。水は、ぶれることなく、穏やかに揺れていた。
「……安定してる。問題ない…と思います。魔力の波形も乱れがない……信じられないくらい、自然に馴染んでます」
俺は小さく息を吐いた。肩から力が抜け、全身に温かな感覚が広がっていく。安堵と感動とが混じり合い、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――アイラの魔法が、戻った。
俺とアイラは、目を合わせた。
アクアレイジの内部に指を滑らせながら、俺は思考の迷路をさまよっていた。
俺は魔力を持たない。
でも、流すことはできるらしい。
アクアレイジが、俺を媒介にして魔力を射出したように――アイラに、魔力を流す方法を考える。アクアレイジの魔力回路、それも出力部に近い高密度領域の構造。もしこれをアイラの魔術回路に転用できたなら。
でも、危険かもしれない――
「……アルさん」
背後からアイラの声がする。振り返ると、ベッドの端に腰かけたアイラが、俺の手元をじっと見つめていた。
「アクアレイジの魔力回路、移植できるかもしれません」
俺は眉をひそめた。アイラがそう言うとは思わなかったからだ。
「本気で言ってるのか? 人の身体に、魔道具の回路を埋め込むなんて……」
「……怖くないと言えば嘘になります。でも、もし……もし魔法をまた使えるようになるなら。わたしは、それを望んでしまう」
アイラの瞳は揺れていなかった。
「わかった。……この出力部の構造を、アイラの魔術回路の起点部に繋ぐ。たぶん、それが一番自然だ」
「はい、わたしもそう思ってました」
俺が工具でアクアレイジを分解していくと、内部の回路が淡い蒼光を放ちながら姿を現した。
「……キレイ」
アイラの呟きは、祈るようだった。蒼と銀が編まれたような魔力回路。まるで星の軌跡を閉じ込めたような輝きだ。アイラは、魔術回路しばらく眺めたあと、静かに呟く。
「ほんとうに…キレイ…この魔術回路、回路の作りがとってもキレイなんです。無駄も無理もない」
アイラが、目を輝かせてこちらにを向く。俺が、少し呆気に取られていると、アイラが続ける。
「えっと…魔法陣、描いてみます」
アイラは、そう言うと魔法陣用の羊皮紙を広げる。
「転移接続型魔法陣を基本として…」
「わたしの魔術回路と同調させるための調律環を組み込んで…」
「でも、あのきれいな魔術回路は、回路同士での魔力干渉の心配はないから…」
「えっと…でも念のため外部からの干渉を防ぐためにフィルタ処理の封印文様も…」
「でも、アルさんとの魔力の接続部分は余計なノイズを入れたくないから…」
手際よく筆を走らせるアイラの眼差しは、真剣そのものだ。迷いのない線。何百、何千と描いてきた者にしかできない動きだった。
俺は、アイラのそんな姿をじっと見つめる。
「できました!」
「この魔法陣の魔法を起動するには……そうですね、小さくていいので安定した魔力の供給源があればいいんですが…」
アイラが辺りを見渡す。
「これは、使えるか?」
俺が整備中に削った魔力結晶の欠片を差し出す。
「はい、十分です」
「緊張してきました……でも、大丈夫」
深呼吸一つ。アイラは、そっと魔力結晶を魔法陣の中央に据えると、羊皮紙が輝き始める。部屋の空気が変わった。魔力が渦を巻き、魔法陣から青白い光が天井へと走る。光は部屋を満たし、影を吹き飛ばし、俺たちを照らした。
アイラの髪が揺れ、空間が脈動を始める。アイラの金色の瞳が、青白く輝く。
アイラの右腕に淡い紋章が浮かび上がっていく―――
紋章は、激しい光を放ちながらその輪郭が明確になる。
ゆっくりと光が収まっていく。
「……成功した、のか?」
「わかりません…」
俺は、アルカナプレートを確認する。アイラの腕に現れた紋章と同じものがプレート上に点滅している。俺の指が、無意識にその紋章へ触れる。
アルカナプレートが、光を放つ。
視界が、光覆われる。
強烈な光と共に、耳鳴りとも風音ともつかないノイズが脳を貫いた瞬間、重力も、熱も、時間すらも希薄になっていく。次に目を開けたとき、俺は――そこにいた。
何もない、真っ白な空間。
上下も左右もない。地面の感触も、空の感覚もなく、ただ、果てしなく続く白い世界が広がっていた。
混乱と恐怖が、数秒遅れて俺に追いつく。
何が起きた? 失敗か? それとも、成功の果てにこうなる予定だったのか?
――いや、これは明らかに異常だ。これはもう、魔法の範疇を超えている。
そして、次の瞬間――
「……やっと、会えたね!」
不意に、後ろから声がした。軽やかで、どこか子供のように無邪気な――けれど、芯のどこかが冷たい声だった。
振り向くと、そこには――少女がいた。
年齢は、見た目だけならアイラと同じか、それより幼く見える。
真っ白な服をまとい、髪も瞳も雪のように淡い色をしている。
だが、何より奇妙なのはその輪郭だ。まるで影絵のように、どこか存在が曖昧で視界にノイズが混じる。
「誰だ、…ここはどこだ……?」
問いかけた俺に、少女はにっこりと笑って言った。
「はじめまして、アルヴィオくん。ようこそ、トークンコアの最深へ」
――トークンコア。
その名前を耳にした瞬間、背筋に冷たい汗が走る。まさか、ここは……あのアーティファクトの中か?
「なに、驚いてるの? 君たちが、アクセスしたのは表層。でも、魔力っていうのはね、情報と意志でできてるの。魔法っていうのは、そういう層にアクセスするための言語なんだよ」
ちょっと何を言っているかわからない。だが、まずは相手のことを知る必要がある。
「……お前は何者なんだ?」
「私? そうだなぁ……君たちにわかりやすく伝えると……トークンコアの意志って言ったら信じる?」
「……意思?」
「そう、意思。会いに来るのが遅くなっちゃったけど…やっと、やっと、ちゃんと繋がったんだよ。これでちゃんと君は、あの子――アイラちゃんに私の魔力を繋げることができる。すごいことなんだよ、これ」
まるで夢でも見ているかのような笑みを浮かべた少女は、俺の前にふわりと歩み寄ってきた。
「君の中にはね。特別な回路があるの。普通の人にはない、通すだけ。君は生み出さないし、蓄えない。でも、繋ぐことはできる。わたしと、君。君と、あの子。それにその子もこの子も」
いたずらっぽくウインクして、彼女はくるりと踊るように回った。
「……で? そのわたしの魔力ってのは、なんだ?」
「ナイショ。だって、まだステージ1だし?」
そう言って、少女は肩をすくめる。
「でも……そうだなぁ。ヒントだけ」
少女は、俺の胸元に触れた。
「君が変わらなければ、あの子も変われない。あの子を繋いだのは、君の意志。その意志が、この世界を――」
そこで、少女の輪郭が揺らぎ始めた。
「おっと、タイムオーバー。強制ログアウトみたい。じゃ、またね、アルヴィオくん。次に会うときは、もっとちゃんとしたお喋りしようね。あと魔力を使うときはちゃんとお金を払ってね」
「待て、まだ――」
言いかけた言葉は、声になる前にかき消えた。
最後に、少女は楽しげにウインクして――光に飲まれた。
俺の意識も再び白へと沈み――現実に引き戻される。
目を開けると先ほどの光景が広がっている。
アルカナプレートは点滅を繰り返していた。
アイラに視線をやる。何事もなかったのような表情だ。だが、数秒後アイラの表情が明らかに変化した。最初は驚き、そして徐々に戸惑いが混ざり合っていく。
「……流れてきます。確かに、魔力が。胸の奥にまで届くみたい……あたたかいような…」
その瞳は、まるで未知の世界を初めて見た子どものように、揺れていた。
「でも……これは、知っている感覚とはちょっと違います。なんというか…外から注がれているのがわかります……まるで、温かいお湯に手を差し入れるような……そんな感覚」
アイラは、そっと胸元に手を当てる。
「魔力が、身体の奥からじゃなくて、肌の外から入ってくる感覚です。ちょっと、くすぐったいというか……不思議です。でも、嫌じゃないです」
言葉にするたびに、その声が震えていく。
「嬉しい…また……魔力を感じられる」
アイラの瞳が、じわじわと潤んでいった。震える指先が、何かを掴もうとするように空中を彷徨い、やがて力なく落ちていく。
「ありがとうございます、アルさん……ほんとに……ありがとう……っ」
頬に溢れた涙が、ぽたりとシーツを濡らした。俺はその場に立ち尽くしていた。何も言えなかった。感情が言葉になるには、重すぎた。この手で、誰かの未来を変えた。誰かの絶望に、光を差した。
「……試してみよう、魔法を」
アイラは深く頷いた。呼吸を整え、震えを押し込めるように片手を掲げる。指先が空中に魔法陣の軌跡を描き、光が集まっていく。
「集え、ウォーターボール」
淡く、水色の光がアイラの掌に集い、小さな水の球体を形成した。水は、ぶれることなく、穏やかに揺れていた。
「……安定してる。問題ない…と思います。魔力の波形も乱れがない……信じられないくらい、自然に馴染んでます」
俺は小さく息を吐いた。肩から力が抜け、全身に温かな感覚が広がっていく。安堵と感動とが混じり合い、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――アイラの魔法が、戻った。
俺とアイラは、目を合わせた。
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