40 / 173
第五章 「モーニングスター」
第34話 「奴隷オークション」
しおりを挟む
~憲章暦997年2月1日(風の日)~
午後、リアディス南区。
表通りの喧騒の裏に広がる街区に、ひときわ重厚な門構えの建物がある。高い塀に囲まれ、扉の前には槍を構えた衛兵が二人、沈黙のままに立っている。
俺とアイラは、その門の前で足を止めた。思わず息をのむほどの威圧感。表向きには競売会館と名乗っているが、実態は奴隷を売買する場所だ。そこに踏み入ること自体が、ある種の覚悟を要求される。
「行こう、アイラ」
俺がそう言うと、アイラはうなずいた。その表情には、緊張の色が見える。細い指先がかすかに震えているのが見えた。
扉の向こうは別世界だった。
豪奢な絨毯が床を覆い、天井からは魔光石を埋め込んだシャンデリアが鈍く輝いている。香が焚かれ、空気には甘ったるい匂いが漂っていた。だが、その華やかさの裏に、張り詰めた緊張と歪んだ欲望が渦巻いているのを感じる。
建物内は広く、左右に応接間のようなラウンジが設けられ、すでに数十名の招待客らしき者たちが座っていた。赤いワインや異国の果実が運ばれ、まるで舞踏会のような空間。だがその中心には、檻があった。
まばゆい照明に照らされ、鉄格子の中には沈黙を保ったままの人影が並ぶ。受付に並ぶ列の中には、仮面やフードで素顔を隠した者も多い。
貴族、商人、裏社会の顔役たちが、この空間では平等に一人の顧客だ。互いに目を合わせることなく、ただ金と情報だけが静かに飛び交う。俺は、戦いを前にアルカナプレートの残額を確認する。
――101万ディム。
レイラさんに借入金を返済したあとも取引を行って用意した軍資金の総額だ。リーリアを取り戻すには十分な金額だろう。そう思いたい。
受付で身元と資金の確認を済ませ、入札用の小型プレートを渡される。
その瞬間から、俺たちは「参加者」になった。俺の胸に微かな熱が灯る。いや、それは興奮ではない。ただの緊張と、嫌悪感だった。
案内された座席は二階の見下ろし席だった。絨毯の敷かれたバルコニーのような席からは、ステージ全体を一望できる。
正面のステージには檻がいくつも並び、内部には目を伏せたままの人影が座っていた。始まってもいないのに、息苦しさが胸を締め付ける。
「この場所、慣れませんね……」
アイラが小さくつぶやく。
俺は返す言葉を探したが、何も出てこなかった。ただ、静かにうなずく。
その瞬間、会場の照明が一段階落とされ、中央の壇上に進行役が姿を現した。光沢のあるスーツを着こなし、仮面で顔を隠した男。軽やかな口調と誇張された動きで、場内を盛り上げる。
「みなさま、本日の競売にお越しいただき感謝いたします! 本日も上質な品々をご用意しております。最初の出品は――こちらでございます!」
鐘が一つ鳴ると、壇上の側面から引き出されてきたのは、まだ若い少女だった。
檻の扉が開かれ、係員の手によって壇上に連れ出される。
少女だ。年齢は十代半ばか。痩せた体、うつむく顔。その姿に、周囲の視線が集まる。中には興奮を抑えきれずに身を乗り出す者もいる。
「農村出身、健康状態良好。魔力適正はございませんが、素直で従順、教育はこれから次第。さあ、入札を!」
ぱん、と拍子木が鳴ると、次々と札が上がる。
開始価格は1万ディム、そこから瞬く間に2万、3万と上がっていく。
金額が吊り上がるたび、ステージの空気は熱を帯び、落札者席もざわつく。
喝采や口笛が飛び交い、まるで劇場だ。異様なのは、それが誰の人生かを顧みる様子もなく、ただ値段だけが飛び交っていることだった。
俺は、それら全てを無言で見つめていた。心の奥で冷たい何かがじわじわと広がっていくのを感じながら。
オークションの感覚をつかむ必要がある。参加者の傾向、値段の上がり方、それらを見極める。
資金はある。だが、ここで油断するわけにはいかない。リーリアを競り落とすには、必ず最善のタイミングが必要だ。
アイラが隣で小さく息をつく。俺は横目でアイラを見る。アイラの瞳も真剣そのものだ。
次の出品者、そしてその次。競りは続く。中には壮年の男性もいれば、妙に物静かな少女もいた。彼らの背景にある物語は語られない。値札と共に扱われ、落札されていく。
「前半最後の出品者のご案内だ」
進行役の声が響く。俺の指先が無意識に固まった。
――まだ、リーリアは出てこない。
俺は深く息を吐き、頭を冷やす。緊張は最高潮だが、ここからが本番だ。鼓動の高まりを抑え、額の汗を袖で拭った。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
【資産合計】1,013,432ディム
【負債合計】0ディム
【純資産】1,013,432ディム
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
午後、リアディス南区。
表通りの喧騒の裏に広がる街区に、ひときわ重厚な門構えの建物がある。高い塀に囲まれ、扉の前には槍を構えた衛兵が二人、沈黙のままに立っている。
俺とアイラは、その門の前で足を止めた。思わず息をのむほどの威圧感。表向きには競売会館と名乗っているが、実態は奴隷を売買する場所だ。そこに踏み入ること自体が、ある種の覚悟を要求される。
「行こう、アイラ」
俺がそう言うと、アイラはうなずいた。その表情には、緊張の色が見える。細い指先がかすかに震えているのが見えた。
扉の向こうは別世界だった。
豪奢な絨毯が床を覆い、天井からは魔光石を埋め込んだシャンデリアが鈍く輝いている。香が焚かれ、空気には甘ったるい匂いが漂っていた。だが、その華やかさの裏に、張り詰めた緊張と歪んだ欲望が渦巻いているのを感じる。
建物内は広く、左右に応接間のようなラウンジが設けられ、すでに数十名の招待客らしき者たちが座っていた。赤いワインや異国の果実が運ばれ、まるで舞踏会のような空間。だがその中心には、檻があった。
まばゆい照明に照らされ、鉄格子の中には沈黙を保ったままの人影が並ぶ。受付に並ぶ列の中には、仮面やフードで素顔を隠した者も多い。
貴族、商人、裏社会の顔役たちが、この空間では平等に一人の顧客だ。互いに目を合わせることなく、ただ金と情報だけが静かに飛び交う。俺は、戦いを前にアルカナプレートの残額を確認する。
――101万ディム。
レイラさんに借入金を返済したあとも取引を行って用意した軍資金の総額だ。リーリアを取り戻すには十分な金額だろう。そう思いたい。
受付で身元と資金の確認を済ませ、入札用の小型プレートを渡される。
その瞬間から、俺たちは「参加者」になった。俺の胸に微かな熱が灯る。いや、それは興奮ではない。ただの緊張と、嫌悪感だった。
案内された座席は二階の見下ろし席だった。絨毯の敷かれたバルコニーのような席からは、ステージ全体を一望できる。
正面のステージには檻がいくつも並び、内部には目を伏せたままの人影が座っていた。始まってもいないのに、息苦しさが胸を締め付ける。
「この場所、慣れませんね……」
アイラが小さくつぶやく。
俺は返す言葉を探したが、何も出てこなかった。ただ、静かにうなずく。
その瞬間、会場の照明が一段階落とされ、中央の壇上に進行役が姿を現した。光沢のあるスーツを着こなし、仮面で顔を隠した男。軽やかな口調と誇張された動きで、場内を盛り上げる。
「みなさま、本日の競売にお越しいただき感謝いたします! 本日も上質な品々をご用意しております。最初の出品は――こちらでございます!」
鐘が一つ鳴ると、壇上の側面から引き出されてきたのは、まだ若い少女だった。
檻の扉が開かれ、係員の手によって壇上に連れ出される。
少女だ。年齢は十代半ばか。痩せた体、うつむく顔。その姿に、周囲の視線が集まる。中には興奮を抑えきれずに身を乗り出す者もいる。
「農村出身、健康状態良好。魔力適正はございませんが、素直で従順、教育はこれから次第。さあ、入札を!」
ぱん、と拍子木が鳴ると、次々と札が上がる。
開始価格は1万ディム、そこから瞬く間に2万、3万と上がっていく。
金額が吊り上がるたび、ステージの空気は熱を帯び、落札者席もざわつく。
喝采や口笛が飛び交い、まるで劇場だ。異様なのは、それが誰の人生かを顧みる様子もなく、ただ値段だけが飛び交っていることだった。
俺は、それら全てを無言で見つめていた。心の奥で冷たい何かがじわじわと広がっていくのを感じながら。
オークションの感覚をつかむ必要がある。参加者の傾向、値段の上がり方、それらを見極める。
資金はある。だが、ここで油断するわけにはいかない。リーリアを競り落とすには、必ず最善のタイミングが必要だ。
アイラが隣で小さく息をつく。俺は横目でアイラを見る。アイラの瞳も真剣そのものだ。
次の出品者、そしてその次。競りは続く。中には壮年の男性もいれば、妙に物静かな少女もいた。彼らの背景にある物語は語られない。値札と共に扱われ、落札されていく。
「前半最後の出品者のご案内だ」
進行役の声が響く。俺の指先が無意識に固まった。
――まだ、リーリアは出てこない。
俺は深く息を吐き、頭を冷やす。緊張は最高潮だが、ここからが本番だ。鼓動の高まりを抑え、額の汗を袖で拭った。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
【資産合計】1,013,432ディム
【負債合計】0ディム
【純資産】1,013,432ディム
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
0
あなたにおすすめの小説
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる