1 / 3
筋肉転生
しおりを挟む『汝、力を欲するか』
どことも知れぬ、神秘の空間にて、その問答は行われていた。
宙空に漂う男は、酷くやせ細っている。生気すらも感じられないその男は、肉が付いていればかなり若い方であっただろう。そしてとりわけ目立つのは…額に刻まれたバツ印。
『己が因果に非ざる蝶の羽ばたきの影響によって全てを失い、その結果飢えで死に絶え、汝は此処に来た』
そして、そんな木乃伊の如き男に一方的に語り掛ける荘厳な声は、男が返事をしまいと構わず続ける。
『此処に来るという事は、汝の欲は一つ也』
もう一度問うぞ、と、声は告げる。
『汝、力を欲するか』
「…ああ」
力無き木乃伊の口から、声が漏れる。その見た目とは裏腹に、力強き声が。何かを欲する声が。
「力が、欲しい」
『…そうか』
今度はくっきり、はっきりと告げられたその欲望に、声は意を得たり。
そして、一言。
『ならば鍛えよ!』
―木乃伊男は、その言葉の意を汲み取る事ができなかった。というより、意味は分かるのだが、あまりにも当たり前の事過ぎて、それに一体如何なる意図が含まれているのかを考えてみたが、やはり全くもって解せないのだ。
飢えによって頭が回らないという事もあるだろうが。
『我こそは、この世にあまねく存在する全ての力、その権化也!我こそは、力の化神也!』
荘厳なる声は、自らを神であると称す。それに対し男は、未だ混乱の中にいた。
『しかし今!汝らが『地球』と称す地より彼方にある異郷の地が、魔の侵食を受けておる!』
だが、混乱する男を他所に、声は続ける。
『魔とは即ち、堕落也!自ら鍛える事無く、強大なる力を発するもの也!脆弱なる肉体なれど、魔力があれば唯の人間など相手にもならぬ!』
その荘厳なる声に、どこか嘆きにも似た感情を織り交ぜ―
『星によってその解釈もまた異なる。性質も異なる。…だが、我が見し世界においては、まごう事無き邪悪也!魔の力を得し者は、その力に溺れ、自らを鍛える事を忘れ!そして、無垢なる人々に悪逆を働く!』
そして、憤怒を漏らし―
『我は、あらゆる力を愛する。筋力。権力。万有引力。そして、魔力とて例外に非ず。…だがしかし!鍛錬努力を積む大事さを人間から、否、この世全ての生きとし生ける者全てから失わせる力に、存在する価値も無し!そのようなものは、力に非ず!故に!』
―男に命じた。
『汝に命ずる!真に力欲しくば、異郷の地にて汝自身を鍛え上げ、そこに迫る脅威、魔を討ち祓うのだ!』
「…そうするとどうなる」
男は問うたのは、魔を討つ事によって「世界がどうなるか」に非ず。「異郷を救った後、自分はどうなるのか」。その一点に尽きる。
その意図を汲み取れぬ神ではないのか、くつくつと笑う。どこまでも広がる無限の空間のようであるというのに、その笑い声が反響する。
さりとて、その問いかけは傲慢とも取れる。男にそれを成し遂げる自信があるのか、あるいは唯の愚者か、それとも―
『いや、よい。汝もまた人間。何より優先すべきはまず己。力を得る事も、己を優先するからこそだ。…だが、招くのは何も汝だけに非ず。既に他にも招いておる。その先達らが、汝を導くであろう。そしてそれが意味するところは、相応の働きをせねば、報奨は得られぬものと思え』
『働かざる者食うべからず、ぞ』と、神は続ける。
「…まぁ、そうだろうな」
『クク、素直ではないか。…此処だけの話。我が招きし者の多くは、みだりに力を得ようとし、その力に責任を背負わぬような性根の者ばかりであったのだ。お主のような輩は、非常に珍しい』
「いないわけでは、ないんだな」
『当然。もう何百も、あちらの世界に送った故、その中にはマシな者もおった。…その後どうなったかまでは把握し切れてはおらぬが』
「…ま、いいさ。俺だって別に、自分が素直ないい子ちゃんとは思わないし。ただ、『力が欲しい』。その欲望以外に、自分の事を何も思い出せないんだ。ひょっとすると、とんでもないロクデナシだったかもしれん」
木乃伊男は、自嘲気味にそう返した。
『ほう、ほう!記憶が無い、と来たか!これはますます面白い。ふむふむ。残されしは、ただ純粋な『力』への欲望のみか。なるほど。これは…』
一人…否、一柱だけで何かを納得し、吟味するかのような神の声に、木乃伊男は、表情にこそ出さないが、うんざりしたように声を上げる。
「どうでもいいが、送るなら早い方がいいんじゃあないか。その…異郷の地?とやらが危機なんだろう?」
『…クク、随分と熱心だな。いやはや、これは重畳。…だが、汝の心は、そこにはないのではないか?』
そう問われた木乃伊男だが、しかしその瞳は、ただ真っ直ぐと前を見据えるだけ。
『…よかろう。これより汝を、異郷の大地へと送らん』
その瞬間、木乃伊男は、まるで自分の身体が、宙に浮き上げられるかのような感覚に囚われる。元より足場のない宙にあって、それでいて自分の足が地についているような感覚があった故、これには何とも言い難い気味の悪さを、木乃伊男は感じ取っていた。
『さあ、行け!新たなる訪問者よ!汝が蛮勇の道を歩むか、それとも悪鬼魔道に堕つるか…』
―しかと、見極めさせてもらおう。
その言葉を最後に、木乃伊男の意識は、どこか彼方へと飛んで行った。
そして、次に彼が目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは―
「ヘイ、ニューカマー!大丈夫か、兄弟?」
―美事なまでに鍛え上げられ、引き締まった野郎の大胸筋…つまり、筋肉だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
使い捨て聖女の反乱
あんど もあ
ファンタジー
聖女のアネットは、王子の婚約者となり、瘴気の浄化に忙しい日々だ。 やっと浄化を終えると、案の定アネットは聖女の地位をはく奪されて王都から出ていくよう命じられるが…。 ※タイトルが大げさですがコメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる