筋肉幻想 -マッスルファンタズム-

Mr.K

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筋肉転生

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『汝、力を欲するか』

 どことも知れぬ、神秘の空間にて、その問答は行われていた。

 宙空に漂う男は、酷くやせ細っている。生気すらも感じられないその男は、肉が付いていればかなり若い方であっただろう。そしてとりわけ目立つのは…額に刻まれたバツ印。

『己が因果に非ざる蝶の羽ばたきの影響によって全てを失い、その結果飢えで死に絶え、汝は此処に来た』

 そして、そんな木乃伊の如き男に一方的に語り掛ける荘厳な声は、男が返事をしまいと構わず続ける。

『此処に来るという事は、汝の欲は一つ也』

 もう一度問うぞ、と、声は告げる。

『汝、力を欲するか』

「…ああ」

 力無き木乃伊の口から、声が漏れる。その見た目とは裏腹に、力強き声が。何かを欲する声が。

「力が、欲しい」
『…そうか』

 今度はくっきり、はっきりと告げられたその欲望に、声は意を得たり。

 そして、一言。


『ならば鍛えよ!』


―木乃伊男は、その言葉の意を汲み取る事ができなかった。というより、意味は分かるのだが、あまりにも当たり前の事過ぎて、それに一体如何なる意図が含まれているのかを考えてみたが、やはり全くもって解せないのだ。
 飢えによって頭が回らないという事もあるだろうが。

『我こそは、この世にあまねく存在する全ての力、その権化也!我こそは、力の化神也!』

 荘厳なる声は、自らを神であると称す。それに対し男は、未だ混乱の中にいた。

『しかし今!汝らが『地球』と称す地より彼方にある異郷の地が、魔の侵食を受けておる!』

 だが、混乱する男を他所に、声は続ける。

『魔とは即ち、堕落也!自ら鍛える事無く、強大なる力を発するもの也!脆弱なる肉体なれど、魔力があれば唯の人間など相手にもならぬ!』

 その荘厳なる声に、どこか嘆きにも似た感情を織り交ぜ―

『星によってその解釈もまた異なる。性質も異なる。…だが、我が見し世界においては、まごう事無き邪悪也!魔の力を得し者は、その力に溺れ、自らを鍛える事を忘れ!そして、無垢なる人々に悪逆を働く!』

 そして、憤怒を漏らし―

『我は、あらゆる力を愛する。筋力。権力。万有引力。そして、魔力とて例外に非ず。…だがしかし!鍛錬努力を積む大事さを人間から、否、この世全ての生きとし生ける者全てから失わせる力に、存在する価値も無し!そのようなものは、力に非ず!故に!』

―男に命じた。

『汝に命ずる!真に力欲しくば、異郷の地にて汝自身を鍛え上げ、そこに迫る脅威、魔を討ち祓うのだ!』
「…そうするとどうなる」

 男は問うたのは、魔を討つ事によって「世界がどうなるか」に非ず。「異郷を救った後、自分はどうなるのか」。その一点に尽きる。

 その意図を汲み取れぬ神ではないのか、くつくつと笑う。どこまでも広がる無限の空間のようであるというのに、その笑い声が反響する。
 さりとて、その問いかけは傲慢とも取れる。男にそれを成し遂げる自信があるのか、あるいは唯の愚者か、それとも―

『いや、よい。汝もまた人間。何より優先すべきはまず己。力を得る事も、己を優先するからこそだ。…だが、招くのは何も汝だけに非ず。既に他にも招いておる。その先達らが、汝を導くであろう。そしてそれが意味するところは、相応の働きをせねば、報奨は得られぬものと思え』

 『働かざる者食うべからず、ぞ』と、神は続ける。

「…まぁ、そうだろうな」
『クク、素直ではないか。…此処だけの話。我が招きし者の多くは、みだりに力を得ようとし、その力に責任を背負わぬような性根の者ばかりであったのだ。お主のような輩は、非常に珍しい』
「いないわけでは、ないんだな」
『当然。もう何百も、あちらの世界に送った故、その中にはマシな者もおった。…その後どうなったかまでは把握し切れてはおらぬが』
「…ま、いいさ。俺だって別に、自分が素直ないい子ちゃんとは思わないし。ただ、『力が欲しい』。その欲望以外に、自分の事を何も思い出せないんだ。ひょっとすると、とんでもないロクデナシだったかもしれん」

 木乃伊男は、自嘲気味にそう返した。

『ほう、ほう!記憶が無い、と来たか!これはますます面白い。ふむふむ。残されしは、ただ純粋な『力』への欲望のみか。なるほど。これは…』

 一人…否、一柱だけで何かを納得し、吟味するかのような神の声に、木乃伊男は、表情にこそ出さないが、うんざりしたように声を上げる。

「どうでもいいが、送るなら早い方がいいんじゃあないか。その…異郷の地?とやらが危機なんだろう?」
『…クク、随分と熱心だな。いやはや、これは重畳。…だが、汝の心は、そこにはないのではないか?』

 そう問われた木乃伊男だが、しかしその瞳は、ただ真っ直ぐと前を見据えるだけ。

『…よかろう。これより汝を、異郷の大地へと送らん』

 その瞬間、木乃伊男は、まるで自分の身体が、宙に浮き上げられるかのような感覚に囚われる。元より足場のない宙にあって、それでいて自分の足が地についているような感覚があった故、これには何とも言い難い気味の悪さを、木乃伊男は感じ取っていた。

『さあ、行け!新たなる訪問者よ!汝が蛮勇の道を歩むか、それとも悪鬼魔道に堕つるか…』

―しかと、見極めさせてもらおう。

 その言葉を最後に、木乃伊男の意識は、どこか彼方へと飛んで行った。







 そして、次に彼が目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは―

「ヘイ、ニューカマー!大丈夫か、兄弟?」

―美事なまでに鍛え上げられ、引き締まった野郎の大胸筋…つまり、筋肉だった。



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