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地獄体験~あれ? 思ったよりも~
とある宗教の勧誘術 2
しおりを挟む二人が視線を寄せる中、少し伏し目がちに彼女は何かを語り出そうとしていた。
小柄なのに妖艶、胸元はメロンとロザリオ。なのに普段は礼拝服、脱いだら庶民的なラフな服装。――ギャップだらけな見た目で周囲の視線を集めているが、意外にも一番ギャップが大きいのが彼女の声だったね……と、事前情報を脳裏に浮かべる。
意外なことだけは覚えていた。だが、実際にどのような声だったか……。
見た目が妖艶な美人だから、そのまま綺麗な大人の声だったとしても、特にギャップはない。魔術師で魔女っぽい嗄れ声も、らしいと言えばらしい……。
どうでもいい情報を思い出そうとしながら、結局は思い出せなかったので、彼女の第一声を待つことにした。
やはりそこから、数分ほどのタメがあった。
彼女はもう一度カップを手にとって、ふーふーふーふーと冷ましてから、コクリと嚥下した。
「今度こそ!」の意を決したような覚悟を、彼女の蒼く透き通った瞳から、読み取ったので、居住まいを正す。
ボクだけはフローリングに正座の姿勢だ……極力早く話を進めてほしかった。ボクの限界は近い。
だが……また俯きはじめた。そこからまたえらく何かをタメ始めた。
ボクは足を崩しながら、そんな覚悟がいるようなことをお話しするのだろうか? そんな疑問を頭に浮かべつつ時間を潰す。
いつもはもっとフランクな会話を楽しんでいたように思ったのは、ボクの気のせいだったろうか?
本当に、次から次に疑問は尽きない。なぜなら待機時間が延々と続くからだ。
……なので、はやく始めてほしかった。もう足が限界だ。
――こちらの焦れが伝わったのか、それとも意を察してくれたのか。
唐突に一呼吸、すぅ~っと深く息を吸い込む音を合図に彼女の語りは始まった。
「先天性の病が発覚した時、事故で四肢を損傷した時、他人と比較してあまりに理不尽で耐えがたいような人生の憂き目に合うと、人は、何を考えると思う?」
(……何を言い出したのっ⁉ その声で言うことじゃないよっ⁉)
休日の朝の子供向けアニメから飛び出したような“魔法少女ボイス”が、すさまじい邪魔をしてくるが、その話の内容はあまりに重たかった。
目を瞑ると、目がきゃるるんで髪色ビビットカラーな二次元の美少女たちが、よく売れそうなステッキを片手に変身シーンを繰り広げる。
だが、実際話す内容は……とてつもなく取り返しがつかない内容だった。
(病弱な魔法少女が、どこかの過激な武闘派組織との抗争に明け暮れている絵面しか浮かんでこないよ⁉ 手足がちぎれ跳ぶ怪我……回復がデフォじゃない魔法少女……当時は流行ってた気がする……あんまり思い出せないけど)
先ほどの察しの良さはどこかに消え去り、こちらの慟哭を意に介さず、彼女はさらに言葉を続ける――。
「――最初は世を恨むかもしれない。やり場のない怒りや悲しみを抱くかもしれない。抱え込む感情は、尋常なモノじゃないもの。……けどね、激情を胸に抱いたままじゃ人は生きていられないの。
やがて殆どの人が、それに何とか折り合いをつけようとする。
なのに、背負いこんでしまった宿命はそうそう足元に下せるものなんかじゃない……恒久的に、激情の受け皿や納得するのに必要な“理由”を探し求めることになる。
たまたま、そう、たまたま自身の身に降りかかっただけの“不幸”に理由なんて無いのにね」
(瞼の裏の魔法少女が……『たまたま』を二回言った。『たまたま』は大事だもんね。
……すっごくつらい。何も入ってこない‼
悪役の怪人の『たまたま』を殴りつける話……だったかな? いや、たぶんちがうよね?)
会話の内容、それが何を意味するのかは分からなかったが、とりあえず始まったばかりなので、不服を押し殺しながら再び傾聴の姿勢をとる。
「あくまでもたまたまの出来事だから、どこを探し彷徨ったところで、どこにも理由なんてないのよ。いずれは妥協して適当な終着点に腰を据えるしかなくなるわ」
(あ、また『たまたま』‼ ……無くした『たまたま』を探しに出かけた魔法少女が放浪する……話…………いや、これも少し違うかもしれな……ハッ⁉ 『たまたま』を無くしたんなら……魔法(元)少年⁉ いや、魔法(もう)少女?
……やばい、何か深夜帯でも手に負えないストーリーになってきた……)
一瞬、「全年齢対象タグを外す覚悟」を求められているのかと冷や汗が流れたが、まだ傾聴の姿勢は解いてはいなかった。まだ話は始まったばかりだ。
……次から次に入って来る情報の“入場整理”と、とっ散らかった思考の“おかたづけ”は、大至急、頭脳担当の方にポ~イっと任せざるを得ない。
(ややこしい案件は今後も担当部署に任せちゃおうかな? そうするが吉な気がしてきた!)
ボクは悪い顔をしながら、頭を空にしたところで、しびれた足を休めつつ、傾聴の姿勢を維持した。……傍目には寝そべっているように見えるが、誰もボクに視線をくれないから、可なのだ。
「けど、その終着点ですら、なかなか見つけられない人も多くいるの。激情を抱えたまま動き回ることに疲れちゃう人もいる。答えもないことだからね。
だけど、早く安らぎたい、早く休みたいから、みんな自分の理由を捏造するの……哀しいことにね」
(今度はまじめだ。ボクの傾聴姿勢が功を奏したのかな? すっごく共感できる。僕もビックリするくらい心を落ち着けたいと思ってたとこさ。
頭脳担当には少し……いや、ボクの一部なんだ。尊い犠牲なんかじゃない。
それはボクにとって必要なことなんだ)
「だけど、賢い自分は気づいてしまう。それが、自分を誤魔化す為に用意された、体の良い“甘言”や“慰め”でしかないと。だから“集団心理”にその身を浸すの。
……自分と同じように何かしらの“不遇”や“人知を超えた現象”、“運命の悪戯”――この辺は言葉遊びになるけど、同じような悩みを抱え、“運命”に翻弄された人の中に紛れ込むことで、捏造した理由を馴染ませようとするのね。
あるいは、新たに開いた扉の奥で、誰かの理由に乗っかり、こじつけ始める。そうやって自分を安心させようとするのよ」
(宗教勧誘……じゃないよね? 奇跡みたいなマネを起こせる『彼』を教祖に担ぎ上げようとしてる? いや、この人が教祖だ。……組織運営に疲れたのかな?)
「人の想像力なんてね、すごくちっぽけなの。“偶々”なんて言葉で片付けるモノは、割とよくあることよ。世界人口は六十憶を超えてるんだから一万人に一人の稀有な体験だけでも六十万個。人々の想像する“偶々”の敷居は低すぎると思わないかしら?」
(また『たま……』もういいや。……ボクのこの境遇も? うん、よし、この世界をくまなく探してみよう! ボク以外にもきっとたくさん、ここに紛れ込んだ人がいる気がする! ――もう、お話、終わっていいよ!)
「――だから、宗教が成り立つのね。尤もらしい“神の都合”を説いて廻れば、彼ら彼女らが頭を抱え、決して切り離せない“不幸”の理由をそこに結びつけ、“好意的な解釈”で整合性をとるの。
ウチとは関係ないけど、悪どい人は、その不幸をお仕着せてから、引っ張り込んだりする。宗教も乱立してるから。
“競争原理”が働いて、そういう手段をとる者も少なくないのよ」
そこまで言い切って、饒舌な口を休ませるため、紅茶を一口すするが「あちっ」って言った。――宗教家かつ妖艶すぎる美人さんかつ魔法少女さんは、そそっかしい猫でもあったようだ、落ち着いて!
舌か唇がぴりぴりするのか、ペロッと舌を出しながら少し涙目になっている。
……ここは『彼』とのプライベート空間だ。
……『彼』はどう思っているのだろう?
『彼』は無言で紅茶の香りを楽しみ、視線は瓶詰めされた金平糖に落とし、入れるか入れまいか悩んでいる様子――彼女の方には目もくれない。
ぴりぴりから立ち直った彼女はまた続ける。『彼』の方を見ているようで見ていなかった。「……プレゼンは聴衆の反応に合わせると良い」……誰かがボクの頭の中で囁くが……すぐさま彼女の勢いに潰された。
「――神の思し召しだ。――これは天からの啓示だ。――あなたは偶然神に選ばれてしまった。――特別な存在に認められたあなたには何か特別なお役目があるはず。
ありきたりな言葉でも、縋りたい、縋ってもいいかなと悩む人には効果的ね。
……誰もが、主役になりたがってるから、人生の逆境から一転して、神の使徒に立候補しちゃうわ。
だから、神の名を借りて、彼ら彼女らの功名心や承認欲求を擽るなんてのも、馬鹿にできない効果があるの」
(それは、さっきまでのボクのことかな? ……勘違いしてヒーローになったとしても、間違ってもあなたの宗教には入らないよ?)
「――彼らは心の中で、事件や事故を起こしたのは運命だ何だと、神に冤罪を擦り付けてるの。こちらは神の名を借りるだけ。………………良心的だと思わない?
……わたしたちは神を商材として慈善事業っぽく心の安息をサービス提供しているのよ。
敬虔なる信徒は顧客兼従業員。礼拝服は制服。聖典は業務マニュアルってとこかな?
毎朝毎晩、四六時中、上意下達の社員集会もやってて、『世のため人のため』がモットーね。かなり優良な会社みたいなものと思ってくださって結構よ。
…………貴方には恵まれない人たちのためにも、ぜひ、神のご加護の技術顧問を任せたいのだけど。この際、好きなポストでもなんでも、わたしでも――(ごにょっ)」
(……何か、違う意味での宗教勧誘だった。そして、話が長い。……さすがは、組織のトップだ! こちらの都合は一切気にしない!
ボクも今後、交友関係は考えた方がよさそうだね。……友達探しに難航しそうだけど。できれば人の形をしてるといいなぁ)
ボクは気も漫ろに会話……その後しばらく続く独演を眺めていた。もう耳が疲れたのだ。以降は、一切なにも入ってこなくなった。
それにしても、彼女は傍で聞いていても皮肉が利きすぎた口ぶりだった。
とても布教する側の発言とは思えなかった。……きっとこんなところが皮肉屋の『彼』と話が合うのかもしれないと思った。
ここに居る、もう一人。――ボクと一緒に演説を耳にしている『彼』はというと、紅茶のおかわりを注ぎ、二杯目の紅茶の香りと味に、ほくそ笑んで……いない。よく見ると視線は対面の彼女……それも、青く透き通る綺麗な瞳に注がれていた。
ただボクは知っている。
『彼』は焦点を当てている場所以外もかなりの精度で見ることができることを。周辺視野の強化に明け暮れた日々があり、目と目を合わせながらも一挙手一投足を視界に収めているのだ。
『彼』は眦を下げており、いつまでも慈愛にあふれた視線を彼女に送っていた。
目の前で宗教勧誘に明け暮れるの敬虔な神の信徒よりも、ずっと博愛に満ちた佇まいだ。
そして『彼』の黒瞳は、真意と心胆を射抜いていることを物語っていた。
それに気づいたのはボクだけじゃなく――目の前の彼女もだった。
何やらごにょごにょ独り言のようなことを呟き終えた後、顔をそっと彼の方に向け、視線が合った。彼女は一気に頬と耳を紅潮させ、視線を逸らせた。
(瞬間的に目論見が外れたことを悟ったのかな?)
視線を逸らせながら――
「――やっぱりだめ……かしら? いや、わかってるのよ。久しぶりの再会が嬉しくて、少し饒舌になりすぎただけよ! ただの……少し長い枕詞だと……聞き流してくれればいいの! 特に最後の方! ――そう、いつも通りに!
…………さあ、本題よ。今度のショーと、次のお休みはいつかしら?――」
彼女は、いつから照れ臭くなっていたのだったか。
頬と耳が少し……いや、かなり紅くしながら、取り繕うような会話を続けている。
視線は『彼』から少し外して喋っているのはなぜかな?
そんなことだから本心がずっと伝わらないんだよ?
ボクはそのやり取りを眺め続けた。
今はもうこんなことでしか『彼』の姿を拝めない。
何十年も寄り添い続けた『彼』との再会は非常に嬉しかった。
郷愁の念ってやつなのかもしれないな……そんなことを思ったところで――
――辺りに燐光が降り注いだ。やがて薄黄色の壁紙が真っ白になった。
――次第に何も見えなくなるほどの白一色。
――彼女の頬と耳の朱が、その場の余韻を心に残していった。
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