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第三章
“夢幻の回生”との邂逅 Ⅲ
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気づけば、また未発達な土地に立っていた。…いや、前に行った世界よりは幾分かは発達している。おそらく、この記憶の持ち主であるオネイロスの生まれがタナトスたちより遅いせいなのだろう。
「…記憶、ボロボロに欠けてますね」
わたしのその言葉の通り、オネイロスの記憶――追体験する映像には本当に空白の部分が多かった。これをどうにかして、でも本人が嫌だと思わないように直すのがわたしの仕事なのだろう。
「さっき記憶の中に入れたのは“おしえて”だったから、きかせて…とか…?違うか…」
すう、と息を吸って映像の中のオネイロスに話しかける。
「オネイロスさん、きかせて――」
「…何してるの、シオン」
「え゙ッ」
とても混乱した。意識の深層に潜り込むにはまだ早いはずなのに、オネイロスがこの場にいる。タナトスは体育座りして動かなかったのに。
「あっ、えーと……すみません……何から説明したものか…オネイロスさんが記憶を失っているのをわたしがどうにかできないかってことでここに放り込まれて、あの、その…」
「…おれさ、別に怒ってはいないよ。驚いてるけど。今の時代は神様の記憶に干渉できる人間がいるんだね。よくぶっ壊れないね、すげー…」
「…ヒュプノスさんがぶっ壊れないように丁重に扱ってくれてたらしいですよ、何も知りませんでした、わたし」
「ああ、あの人か…。」
ふ、とオネイロスの表情が翳る。
「おれ、あの人のこと好きだけど苦手だ」
なんとなく推測がついた。彼――ヒュプノスと距離が近くてなかなか放っておかれないことを体験している身としては、オネイロスのように自暴自棄になっている時にヒュプノスに絡まれると辛そうだとなんとなく思う。
「あの人、仕事以外のことでは“昔”のおれのことはあんまり言わないんだよ。この服もヘアピンも持ってきたのはヒュプノスだし、おれが何か没頭できるものを見つけられるようにっておすすめのゲームのURLついたメールも送ってくる。」
オネイロスのその言葉に驚く。思い出させてほしいと言ったのがヒュプノスなのに、その本人はまた新たな変化を良しとして過去に執着している様子ではなかったらしい。
…新たに歩き出そうとしているが、それでも前の彼を諦めたわけでもないのだろう。
「すげー子供扱いされてるなって思うよ、だっておれもうとっくに大人だし。……でもさ、あの人がこっちを見向きもしなかったらずっとおれはなにもない空っぽだったかもしれないから。感謝はしてるんだよ。」
「…タナトスさんについては、どうですか」
「ああ、あの人はね……」
少し黙ってからオネイロスが口を開く。
「あの人は、おれに対して何か負い目がある?のかな。おれには会いにこないんだよね。ヒュプノスに聞いてもよくわかんなかったけど、おれのことは大好きなんだよって言ってた。」
「ああ……」
前にタナトスの記憶の奥深くに潜った時にあった『大切な存在が私のせいで害されるから距離を置かなければ』というそれなのだろうと予測がついた。
「伝言でそこまで伝えるならいっそ会いに来なさいよ、です」
「でもこういう距離感、ありがたいよ。インターネット上のたまにいいねで反応くれる人みたいなあったかさがある」
「…オネイロスさんって、ここまでして記憶を取り戻したいですか」
「それっておれの意思を尊重してくれるの?そしたらね――」
オネイロスが、ふっと目を開ける。
「……こんなに時間をかけてくれるあのひとたちには報いたいから、取り戻したいよ」
「…わかりました、じゃあ今からがんばります」
ヒュプノスの言っていた言葉を思い出す。
ここでのカギは、想像力。
イメージして、だってここは夢の中。
本当はなんだってできる――
その矢先、ぽふん、と音を立てて場所が移動する。
大きなスクリーンに沢山の座席のある広くて暗い空間。ライトの内蔵された階段。ここは…
「……映画館だ」
「…エイガカンってこんな感じなんだ、行ったことないから知らないけど…え、連れて行ってくれてありがとね」
「いや、私も中学生ぶりなので破綻とかめちゃくちゃあるかもしれませんけど。バグ地帯にハマらないようにやりましょ」
「…ここのエイガカンって前に座るといいの、後ろに座るといいの、どっちなんだろ。」
「どうせなら前がいいですよね、前。視界からはみ出んばかりに観たいですから」
オネイロスと談笑しながら、…また一つ手元に置きたいものをイメージする。
「……とうもろこしのお菓子だ」
「ポップコーンです、とりあえず王道の塩で」
席につくと、少しずつ映画館全体の照明が落ちる。
ここで何を見ても、オネイロスの手は離さないようにすると小さく誓った。
「…記憶、ボロボロに欠けてますね」
わたしのその言葉の通り、オネイロスの記憶――追体験する映像には本当に空白の部分が多かった。これをどうにかして、でも本人が嫌だと思わないように直すのがわたしの仕事なのだろう。
「さっき記憶の中に入れたのは“おしえて”だったから、きかせて…とか…?違うか…」
すう、と息を吸って映像の中のオネイロスに話しかける。
「オネイロスさん、きかせて――」
「…何してるの、シオン」
「え゙ッ」
とても混乱した。意識の深層に潜り込むにはまだ早いはずなのに、オネイロスがこの場にいる。タナトスは体育座りして動かなかったのに。
「あっ、えーと……すみません……何から説明したものか…オネイロスさんが記憶を失っているのをわたしがどうにかできないかってことでここに放り込まれて、あの、その…」
「…おれさ、別に怒ってはいないよ。驚いてるけど。今の時代は神様の記憶に干渉できる人間がいるんだね。よくぶっ壊れないね、すげー…」
「…ヒュプノスさんがぶっ壊れないように丁重に扱ってくれてたらしいですよ、何も知りませんでした、わたし」
「ああ、あの人か…。」
ふ、とオネイロスの表情が翳る。
「おれ、あの人のこと好きだけど苦手だ」
なんとなく推測がついた。彼――ヒュプノスと距離が近くてなかなか放っておかれないことを体験している身としては、オネイロスのように自暴自棄になっている時にヒュプノスに絡まれると辛そうだとなんとなく思う。
「あの人、仕事以外のことでは“昔”のおれのことはあんまり言わないんだよ。この服もヘアピンも持ってきたのはヒュプノスだし、おれが何か没頭できるものを見つけられるようにっておすすめのゲームのURLついたメールも送ってくる。」
オネイロスのその言葉に驚く。思い出させてほしいと言ったのがヒュプノスなのに、その本人はまた新たな変化を良しとして過去に執着している様子ではなかったらしい。
…新たに歩き出そうとしているが、それでも前の彼を諦めたわけでもないのだろう。
「すげー子供扱いされてるなって思うよ、だっておれもうとっくに大人だし。……でもさ、あの人がこっちを見向きもしなかったらずっとおれはなにもない空っぽだったかもしれないから。感謝はしてるんだよ。」
「…タナトスさんについては、どうですか」
「ああ、あの人はね……」
少し黙ってからオネイロスが口を開く。
「あの人は、おれに対して何か負い目がある?のかな。おれには会いにこないんだよね。ヒュプノスに聞いてもよくわかんなかったけど、おれのことは大好きなんだよって言ってた。」
「ああ……」
前にタナトスの記憶の奥深くに潜った時にあった『大切な存在が私のせいで害されるから距離を置かなければ』というそれなのだろうと予測がついた。
「伝言でそこまで伝えるならいっそ会いに来なさいよ、です」
「でもこういう距離感、ありがたいよ。インターネット上のたまにいいねで反応くれる人みたいなあったかさがある」
「…オネイロスさんって、ここまでして記憶を取り戻したいですか」
「それっておれの意思を尊重してくれるの?そしたらね――」
オネイロスが、ふっと目を開ける。
「……こんなに時間をかけてくれるあのひとたちには報いたいから、取り戻したいよ」
「…わかりました、じゃあ今からがんばります」
ヒュプノスの言っていた言葉を思い出す。
ここでのカギは、想像力。
イメージして、だってここは夢の中。
本当はなんだってできる――
その矢先、ぽふん、と音を立てて場所が移動する。
大きなスクリーンに沢山の座席のある広くて暗い空間。ライトの内蔵された階段。ここは…
「……映画館だ」
「…エイガカンってこんな感じなんだ、行ったことないから知らないけど…え、連れて行ってくれてありがとね」
「いや、私も中学生ぶりなので破綻とかめちゃくちゃあるかもしれませんけど。バグ地帯にハマらないようにやりましょ」
「…ここのエイガカンって前に座るといいの、後ろに座るといいの、どっちなんだろ。」
「どうせなら前がいいですよね、前。視界からはみ出んばかりに観たいですから」
オネイロスと談笑しながら、…また一つ手元に置きたいものをイメージする。
「……とうもろこしのお菓子だ」
「ポップコーンです、とりあえず王道の塩で」
席につくと、少しずつ映画館全体の照明が落ちる。
ここで何を見ても、オネイロスの手は離さないようにすると小さく誓った。
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