惨死終に(さんしじゅうに)

ちいちご

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第五章

源流解錠 Ⅳ

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むかしむかし、あるところに、山の中に一人の男が住んでいました。男は、「御影堂」という家名を持つ家に生まれた男でした。

男は、貴族の身でありながら、さらに持ちきれないほどの巨万の富を得て遊んで暮らしたいと願う碌でもない男でしたが、当然ながらその願いはなかなか叶いませんでした。
 
しかし、男は諦めませんでした。自分の買った山の山中に建てられていた石燈籠と祠をすべて重機を使って自分の庭に集めて、祈りました。
「女神様、頼むよ~。オレはまだやりたいことがたくさんある。そのためなら人間もやめたっていいんだ。貴族のプライドもなく土下座だってしていい……!頼む頼む頼む…!!」
 
男は、毎日のように祈りました。
 
――その、ある日のことでした。男が女神様へと置いていたお供え物が食い荒らされており、それだけなら烏や山中の野生動物が勝手に食べたのだという話になりましたが、どうもおかしなことにその現場はじっとりと濡れているのです。

「…なんじゃあ、こりゃあ。」
男は、また1つその現場から何かを見つけました。それは、目が覚めるほど明るく黄色い、魚の鱗でした。

「魚…いや、龍か?思ったよりもとんでもねえやつかもしれねーな、ガハハ!これが女神様だったら儲けもんだな!」
呑気な男は、そこに自分が手元に持って飲んでいた酒をかけました。悪意なく罰当たりなことを続けて行う本当に碌でもない男でしたが、それが結果的にある出会いへと繋がったのです。



翌日、御影堂邸に来客がありました。
「ねえ、もし…貴方。いらっしゃるかしら」

たおやかな喋り口調をした女性であることが声でわかると、男は玄関先まで駆けていきます。
「お!女の子だ!もしかして女神様か!?」

どたどたどた、と駆けて、何の疑いもなく扉を開けると、そこには――

男の三回りは小さいだろうという幼女が立っていました。
その幼女は奇怪な見た目をしており、鮮やかなターコイズブルーの長髪に桃色…薄めたマゼンタの瞳をしていました。何より、彼女を人間でないものとして定義づけるのはその耳元についた黄色い鰭と左頬の鱗でした。

「…あらあら、まあまあ!かわいい人!」
「…お嬢ちゃん、どうしたんだい。こんな山の中で。」
「あら、忘れてしまったの?貴方、昨日わたくしに素敵なものを呑ませてくれたじゃない。その御礼をしたくてここに来たのよ、わたくし…」

男は、本当にその男にしては珍しいことに目の前にいる幼女が言ったことが昨日の自分の行動に対する皮肉なのではないかと考えて、言い訳じみた謝罪を繰り返しました。
 
「…酒、ね。確かに家に余ってたお神酒ではあるけどよ~、……オレが口つけてたんだよ、それ。いやほんとすみません、ごめんなさい!無礼があったなら謝りますから、祟らないでください!!ついでに巨万の富が欲しいです!!!」

それを聞いて、幼女はころころと笑いました。
「怒ってないわ、むしろ感謝していてね…こうやって神頼みをしてくれる貴方が居なければ、わたしは神としての信仰を失って大きな魚の化け物に戻るところだったの。ねえ、貴方。巨万の富…つまり、お金持ちになりたいんだったかしら。わたくしでよければ、是非それを叶えたいの」

男は、少し絶句したあとに大声で叫びました。
「女神様!!!!!!!ありがとうございます!!!!!!!一生ついて行きます!!!!」

それが、男と人ならざる幼女レーテーの出会いでした。

幼女がこの家に棲み着いてから2日もしないうち、男の口座には出どころのわからない金銭が振り込まれ続けました。

この女神(仮)が振り込んでいるのかな、と男は呑気に思っていましたが、実際はというと忘却の名を冠する彼女から存在を消し去られた人間の遺した金銭が入り続けているのでした。…男はそれを知ることはないのでしょう。

男とレーテーは、両者共に大食漢でした。彼らは得た金銭で近所の定食屋の食べ放題に行き、名物客として扱われたりしながら仲良く話したり、レーテーの凶行に気付かずにいる男は、彼女を信じ切って同じ家で暮らしたりしていました。

ある日、御影堂邸にあった挿絵付きの本を読んでいたレーテーは男に問いました。
「ねえ、貴方。このお話に出てくる大きなお腹をした女の人は誰なのかしら。沢山なにかを食べすぎてしまったの?」
「女神サマ、意外とわかんねえこともあるんだな!こいつはママとか母ちゃんとか…おかあさん、が一番わかりやすい言葉かね。子どものことを守ってやって育ててくれる女の人だぜ。この絵は多分、腹の中に子どもがいるんだろうな」

「おかあさん……」
レーテーは、目を瞬かせました。

「おかあさんは、ずっと子どもから愛してもらえるのかしら。愛したなら、その分愛し返してもらえるのかしら。もしそうなら、素敵だわ。」
「ガハハ、…女神サマもきっといい母ちゃんになるだろうよ!オレの母ちゃん代わりみたいにこうやって養ってくれてるしな!」
「…ほんとうに?わたくしのこと、おかあさん代わりだと思ってくれているの?」

男は、その時は深く考えずに話していました。いや、いつもそうです。男は基本的に何も考えず、レーテーの話を聞いていました。
「本当本当!これからも頼むぜ、女神サマ!」

そのときレーテーに植え付けられた母という概念のろいは、時間をかけて彼女を蝕むのでした。


――やがて男は、いつも通う定食屋で知り合った店主の娘と恋に落ち、しばらく自分の家に帰らなくなりました。定食屋の人間たちは、男が碌でもない人間であることは知っていましたが、男の持つその憎めなさ、人懐こさや人間性から邪険にはせずに、娘と結ばれることを良しとしました。

「オレの家にはさ、女神サマがいるんだよ。オレが頑張らなくても家を守ってくれる女神様が。あともう少ししたらキミもオレの家で一緒に暮らそうぜ、女神サマもきっと歓迎してくれる。」
「…菊谷くん、人誑しだからなぁ。その女神さまにもオレと結婚してくださーい!なんて言ったんじゃないの?あはは。」
「そ、そこまでロクデナシじゃねえっつーの!心外だ!!」

男は、とても幸せでした。



「ただいまー!…女神サマ、女神サマ?」
「…まあ、おかえりなさい。おかあさん、あなたの帰りを待っていたのよ。ずっとずっと…。」
男が妻――定食屋の娘を連れて久しぶりに家に戻ると、レーテーの姿は前よりずっと怪物に近づいて、髪や身体はびしょびしょに濡れそぼって、足は魚のような水かきができていました。

レーテーからただならぬ気配を感じた男は、妻を家に入れるのを躊躇いました。その男は勘だけはよかったのです。

男は妻に少し外で待っていてほしい、とジェスチャーで伝えて家に入りました。

後ろ手にドアを閉めて、男はレーテーにずっと言いたかったことの報告をしました。

「女神サマ。オレ、結婚したんだ。女神サマがずっと守ってくれて、金もくれて。ちゃんとオレのこと見捨てずに待っててくれたよな、女神サマは。あんなに働きたくないって言ってたオレがさ、今はちゃんと自分の職も手に入れたんだぜ。ちゃんと定食屋で働いてるんだ」
「………」
「本当に感謝してるんだ、ありがとう、女神サマ――」

「…どうして。」
レーテーが口を開いたその瞬間にごう、と竜巻のような水柱が家の中に立ちました。…あっという間に家の一階は水で浸水して一杯になりました。
男が何も分からず水の中でただ藻掻いていると、レーテーは男の頬に手を沿わせて苦しそうな顔で言いました。

「わたくしに“おひめさま”だとか、“おかあさん”だとか、貴方は色々な言葉を教えてくれたわね。本当に、本当に、うれしかったの。…わたくしね、貴方のおかあさんになれたのも嬉しかったけど。貴方が“おとうさん”になるのと一緒に“おかあさん”になりたかった。ねえ、どうしてなの…」

「わたくしは、貴方にいっぱい与えたわ。与えたのに返ってこないのは、苦しいわ。ねえ、お腹が空いているの、満たされないの。貴方と居た時はあんなに満たされていてお腹が空かなかったのに」

男は、とっくに意識を失っていました。肺を水で満たされて、溺死体になっていました。

「あなたは、わたくしの“おうじさま”なのよ、これからもずっと…」

家の中の水はどんどん引いていき、後には男の死体とぐちゃぐちゃに乱れて濡れた一階の部屋が残りました。

レーテーは男の死体を一瞥して、外に出ました。
男が外に待たせていたという女は、居なくなっていました。

女神の加護によって守られていた御影堂の血はその女神の手で絶たれていき、生き残りはあと1人だけになってしまいましたとさ。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「……………」
映像が途切れて、何とも言えないような気持ちにさせられる。だって、これは。

「うちのお祖父ちゃんがどう考えても悪いです」
「本当にね~。普通にカスだねあいつは」
「…すれ違いも、起きすぎだね。ああ…。」

レーテーが『母』に執着するのも、あの男――御影堂菊谷が教えた言葉からであることが分かって、頭を抱えた。なんとか逃げおおせた御影堂家の祖母がわたしの父を産んで、そこから私達は細々と一軒家で暮らすに至ったのだろう。

「レーテーさんは、菊谷に植え付けられたお母さんという呪いに基づいて行動理念がある、というのはちょっとわかりました。あと、神格として人々からの信仰心を失いつつあるから姿が少し怪物に近いというのも。…もしかして、信仰心を取り戻すためにあんなに無差別に人を食べているんですかね…」
「十中八九そうだろうね~!それでもって、多分この家に戻って来てお前を食うことで自分の神性を完璧なものにしようとしてる。…ただ、ね。」

ヒュプノスがすっと声を潜める。
「多分あのろくでなし…菊谷をあいつは食えてない。あれの死体とか遺品とかを見つければ、足止めの材料にはできるんじゃないかな」
「…!!」
「…あの人、かなりあの人間に思い入れがありそうだったもんね。あの男への感情が憎しみに変わっていなければ、おそらく、あるいは…。」

――3人である程度真面目に話してから、この長い夢から覚めることを決める。
源流解錠クレイス。…あ、出られた。」
この鍵は、意図したタイミングで夢から覚めることにも使えるらしい。

起きると、タナトスが静かにこちらを覗き込んでいた。
「…己のやるべきことは、解ったか。」
「…はい、それはもう。」
「それは、いったい何だった…?」

術式のことで力にはなれないので別で手伝えることなら手伝うぞと云うタナトスに話すには、若干酷な内容かもしれない。だが、もう悠長にはしていられない。言うしかなかった。

「……この家のどこかにいる祖父の死体を掘り当てて、対レーテーさんの捕虜もしくは人質として扱います。次回は宝探し大会です。」
「…は?」

その時のタナトスの顔は、久々に見る焦りと困惑の入り混じった表情だった。ごもっともだ。

この人、死神だしな。墓荒らしとか一番やりたくないだろうな。そう思ってタナトスの方を見ると――

「…死体探し…お前でもヒュプノスでもオネイロスでも、この固まりきった土を掘ってどこにあるか分からない死体を掘り当てるなんて重労働はできないな。…いい、私がやる」
「えっ」

快諾されてしまった。こんなことで墓荒らしをさせてしまっていいのだろうか。いや、いいか。ここら一帯の市や県、あるいは国の存亡がかかっている。つべこべ言っていられない。

ちょっとだけ痛む胃を手で押さえつつ、話す。
「……よろしくお願いします、死神さん」
「…ああ、こちらこそ、弟を頼む。」

根源に迫り、死体を掘り返す。こんな馬鹿な展開があるかと思ったが、もう止められなかった。
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