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汝、彼を裁け。
父は、戦争に行った。
それがどういう意味なのかを、
十歳のアシルは正確には知らなかった。ただ、家を出ていく背中がいつもより遠く見えたことだけを覚えている。
「必ず戻る」
そう言ったかどうかは、思い出せない。言われた気がしただけかもしれない。でもそれきり、父は帰ってこなかった。
父が出ていってから何ヶ月も、毎日、空がひどく明るかった。
そして毎日轟音が鳴り響いていた。なんだろうこの音は、砂嵐かな?砂嵐なら父は無事だろうかと
幼いアシルは母の胸に抱かれながら不安になる。
金属同士がぶつかる音。
何かの山が崩れる音
聞き慣れない言語の叫び声
母は、いつもアシルを強く抱いた。
「外に出ちゃいけないよ」
その声が、震えていた。
窓の隙間から見えた光は、
あとになって、宝石だと知った。
敵国ルミナリアの兵の装飾は、すべて本物の宝石で出来ていた。
美しく、冷たい光を放つ宝石。
ルミナリア王国は大陸で1番鉱石が取れることから宝石の国と呼ばれていた。父を連れていった国。
砂漠に囲まれた祖国を潰した。
朝も、昼も、夜になっても母はアシルを抱えたまま動かなかった。
外は夜でも赤かった。
火の色で自慢の星が見えなかった。
「おとうさんは?」
その問いに、母はすぐに答えなかった。代わりに、アシルを抱き寄せて、言った。
「だいじょうぶだから」
それは、約束ではなかった。
自分に言い聞かせる言葉だった。
「おかあさんが、守るからね」
小さな背中に母の腕が回る。
震えているのがわかった。
そのまま、母は歌い出した。
ねむれ ねむれ
砂の子よ
月はみずを わすれない
かわいた ゆびで
なぞる ほしは
なくした なまえを
しっている
てをはなしても
こえは ほどけず
こころは うたに
ついていく
さがさなくて いい
よるは ながい
星をみつけたら
もう さむくない
声はかすれていた。
それでも歌は途切れなかった。
アシルは毎日聞くその歌を覚えた。歌詞の意味は分からない。でも、抱きしめられていた感触ごと、歌を覚えた。
数ヶ月後、母と一緒に故郷を出た。最低限の荷物を持って、安全な場所に移動した。
そこに父はいなかった。
同時にもう、帰る故郷もなかった。残ったのは、母と、その歌だけだった。
それから数年が経ち、ある日買い物から隠れ家に帰ると
母さんが大勢の男に囲まれていた。肌の色からして、全員同じ国で生まれた同胞だと分かった。
でもどうしてか、同胞たちは母に刃物を向けている。
アシルは酷く混乱していた
1人の大柄な男がこう言った
「母親を連れていく。殺されたくなければ
お前が同胞の仇を打て。」
「ルミナリア王国に潜入して、憎きグラナード伯爵を殺すのだ。」
「お前を捨て置く場所はグラナード家の領地だ。運良く取り入れるかもしれない」
「期限は3年だ。逃げたり、暗殺失敗をすれば……お前の母親は生きたまま燃やす。」
そんな一方的な事を言われ、混乱していたアシルは、結局その場で母と最後の言葉を交わす時間すら与えられず、目隠しをされ
男たちの馬車に乗せられた。何十時間に渡って、知らない土地へ物のような運ばれて。
そしてアシルは、
敵国のとある領地へ放り出された。
放り出されて、何日が経っただろうか。
もう何日も飲み食いできていないアシルは
ボロボロの孤児に成り果てていた。
地面に寝そべり、夜を明かす。
意識が何度も何度も途切れていた。
故郷の砂の感触だけが、ずっと残っている。口の中が乾いて、舌がうまく動かない。
とても寒い夜だった。
暗くて、もう何も見えなくて
音だけを聞いていた。
すると、靴音が聞こえた。
段々と、足音が近づいてくる。
立ち止まる音
「……生きているのか」
声は低く、特に感情がなかった。
同情、憐れみ、どんな感情なのかは読めない平坦な声のトーン。
アシルは、目を開けようとした。
けれどまぶたが重い。
栄養失調と水分不足で、もう動けなかった。
一瞬、少しだけ開いた目の、僅かな視界の端にキラッと輝く光が見えた。冷たい、白い光。
それは、何年も前、家から見えたルミナリア兵の装飾だった。
「おい、屋敷へ連れていけ。」
「はい」
部下に告げられる短い命令
すると、久しぶりに人に触れられる感触に少し驚いてしまう。
体を持ち上げられる感触に、この浮遊感に、不安になる。
特段乱暴ではない。かといって、丁寧でもなかった。
まるで、アシルは荷物のようだった。馬車のようなもので運ばれながら、アシルは必死に意識を繋いだ。
(ここで眠ったら、次に目が覚めた時、どんな目にあってるのかわからない。)
だって、この肌と髪の色と瞳の色は
この国の敵であったイシュマ王国の特徴そのものだから。きっと、この人は気づいている。今から連れていかれるのは、処分場なのか、奴隷売買場なのか、どちらにしろ良い待遇は受けられないだろう。敗戦国の孤児なんて、そんなものだから。
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目を覚ましたとき、そこは
檻でも、奴隷売買会場でも、天国でもなかった。
ただそこには、天井があった。
暖かく質のいいベッドに横になり、暖かい羽毛の毛布がかけられている。
自身の手を見てみる。臭くない、汚くない、
体は、きれいに拭かれていた。
ゆっくりと扉が開いて、2mはありそうな、威圧感のある初老の男性だった。
「目が覚めたか、小僧。」
このぶっきらぼうな、感情の読めない低い声は、気を失う前に聞いたあの声だ。
「………あの、あなたは、」
「グラナード伯爵家当主、エルス・グラナードだ。」
(………………グラナード………?
あの男たちが、言っていた名前だ………)
その瞬間アシルは理解した
神は、アシルを見捨てなかったのだと。
男たちの策略の通り、暗殺対象に拾われたのだ。奇跡に等しい確率で。
でも、今この人に襲いかかったとして
片手ひとつでねじ伏せられるのは分かりきっている。ならば、機会を窺うしかない。
虎視眈々と、ここで、信頼を得て、力をつけて。
「小僧、生き延びたいか。」
問いはあまりにも短かった
「……はい」
それ以外の答えは、
許されていない気がした。
「なら、ここで働け。
ちょうど息子の遊び相手が欲しかったところだ。」
それは、酷く好都合すぎて、
罠にでもハマっているのかと錯覚する。
でも、それでも、拒む理由はなかった。
「小僧、名は?」
一瞬迷ってから、素直に答えた。
「……アシル」
「そうか」
その瞬間から、
アシルはグラナードの一員になった。
アシルは、後になって思う
あの夜、救われたのか、それとも
罪の始まりだったのか。
その答えを、きっと誰も教えてはくれないだろう。
ただ一つ確かなのは、
伯爵の言葉が、アシルの運命を大きく変えたということだけだ。
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アシルは、あの歌を覚えている。
優しく、やわらかく、頭の奥に残る旋律。
砂の夜に母が口ずさんでいたそれを。
ルミナリア王国、グラナード伯爵家の朝は静かだった。宝石の国と呼ばれるほどに栄えたこの国の屋敷はとても平和で、拍子抜けするほど何も起こらない。
大きな屋敷の廊下は長く、床は大理石で造られており、触れるととても冷たい。
磨かれた石の感触が裸足の裏に伝わる。
ここへ来た日のことを、アシルは今でも夢に見る。14歳の夜、泥と砂にまみれて倒れていたところを、拾ってもらった。
それが、グラナード伯爵家当主、エルス・グラナードとの出会いだった。
居場所を失っていた少年に、男は何一つ問いを投げなかった。
なぜここにいるのか
目的は
どこの国の人間か
ただ、衣服と仕事と眠る場所を与えた。
息子の遊び相手として。
やさしさではない、同情でもない。
それでも、アシルにとっては十分すぎた。
⸻
この屋敷での仕事は多かったが、苦ではなかった。アシルは、体こそ丈夫ではなかったが、手は器用だった。重いものを運ぶより、掃除や裁縫、子どもの世話が向いていた。
そして、伯爵家の一人息子――アルディアは、よくアシルに懐いた。
銀色の髪に、赤い瞳。まるで宝石のように輝く美貌は、まさに天使のようだった。
まだ幼く、感情が顔にそのまま出る年頃の子ども。アシルとは4歳差だった。
アシルは14歳で、アルディアは10歳だった。
「アシル、あそぼう!」
そう言って、よくクローゼットの中へ引きずり込まれた。広い屋敷の、奥まった部屋。
高価な服と布に囲まれた、アシルとアルディアにとっての小さな特別な空間。
「あの歌、うたって!」
アシルは笑って頷いた
アシルの故郷、イシュマの歌だ。
もう、国は滅びてしまい、この歌を歌える人も、ほとんど残っていない だろう。
それでも――
この歌は、まだ生きていた。
ねむれ ねむれ
砂の子よ
月はみずを わすれない
かわいた ゆびで
なぞる ほしは
なくした なまえを
しっている
てをはなしても
こえは ほどけず
こころは うたに
ついていく
さがさなくて いい
よるは ながい
星をみつけたら
もう さむくない
アルディアは目を閉じて聞いていた。
アシルが歌い終わるたび、必ず言う。
「ねえ、歌い終わったら、一緒に遊ぼう」
「はい、アルディア。」
この約束は毎日、毎日交わされた
アルディアはいつも、アシルの後ろをついてきた。キッチンでも、廊下でも、庭でも。
そこに用事があるわけでもないのに。
「アシル」
可憐な声に呼ばれれば、振り返る。
それだけで少年は満足そうに笑った。
アルディアは誰にでも懐く訳ではなかった。
父とアシルにのみ、心を開いていた。
他の使用人がアルディアに声をかけても、反応は薄い。感情が入っていない、淡々とした会話しかしない。
けれど、アシルには違った。
アシルの袖を掴んで、指を絡める。
どこにいくにも離れない。
「どこいくの、アシル。」
「仕事ですよ、アルディア。」
「じゃあ、あとでね。あのクローゼットで待ってるからね。」
「はい、必ず行きます。」
アルディアにとって、その「あとで」が、いつなのかは重要じゃない。約束をした、という事実だけが欲しいのだ。
夜になると、必ずアルディアの部屋に向かい、クローゼットで遊ぶと決まっていた。
暗い中で、たくさんの服に囲まれて、
アルディアはアシルの腕を抱え込む。
「アシル、いなくならない?」
「いなくならないよ。ずっと、アルディアと一緒にいますから。」
「ほんとに?」
「ほんとうに。」
「ふふっ、うれしい。ねぇアシル、あの歌、今日も歌って?」
そして、毎日の日課として故郷の歌を口ずさむ。歌を聞いている間、アルディアは眠らなかった。キラキラと輝かせた瞳でアシルを見つめて、アシルの褐色の手に自身の白い手を絡ませながら肩を寄せる。
「ねえ」
「?」
「歌、終わったら遊ぼうね。」
それは、いつもの、お決まりの約束。
この歌が終わると、アルディアが眠りにつくまで遊ぶのだ。
2人の穏やかな日常は、あっという間に過ぎていき、1年が経った。
庭の石段に並んで座って、
花壇に植えられたたくさんの花を眺めながら
世間話をする穏やかな時間を過ごしていた。
「ねえ、アシル」
いつもの呼び方、いつもの距離。
11歳になったアルディアは少しだけ背が伸びて、前より笑顔が増えた。
「父上はね、すごいんだ」
そう言って胸を張った。
ルミナリア王国の英雄の息子として誇らしいといった顔だった。
「ルミナリアとイシュマとの戦争で、いちばん前に立ってたんだって。
たくさんの敵兵を一人でやっつけたんだ」
「宝石みたいに光る剣で、
たくさんのひとを守ったんだ」
守った。その言葉が、耳に残る。
「この国を、勝利に導いたんだ!」
誇らしげに笑う、疑いのない声。
この国が勝利したということは、イシュマは敗れ、たくさんの人が死んだのだ。
英雄が守ったのは、ルミナリア王国の人間だけ。イシュマ王国の数万の国民が惨たらしく灰になった裏で、幸せに暮らしていくルミナリアの国民たち。
アシルは、真っ黒な思考とは裏腹に、笑顔で相槌を打った。
「……本当に、立派だね。」
それ以外の言葉は見つからなかった
「アシルは、イシュマって国、知ってる?」
突然そう聞かれ、返事が一拍遅れる。
「…………………ううん、知らない。」
そう答えると、
アルディアは気にした様子もなく続けた。
「僕もね、行ったこともないから、名前だけしってる。」
「でもね、父上が、そこで活躍したってことは
たくさんの人から聞いた。」
活躍
その言葉に、父の最後の背中が重なる。
帰らなかった背中、砂の夜に消えた背中。
「だから、みんなが父上を尊敬してる」
アルディアは、
それが当然だと信じている。
「僕も、そうなりたい」
未来の話として無邪気に言う。
アシルは、虚しい気持ちで空を見上げた。
光が、きれいだった。宝石の国の空は、
どこまでも澄んでいる
「……なれるよ、アルディアなら。」
声がいつもより少しだけ低くなった
でもアルディアは気づかない。
「ねえ、あとで歌をお願い」
この話はそれで終わった。誰かにとっては誇らしく、誰かにとっては残酷な英雄譚は、
遊びの前置きだと言わんばかりに軽かった。
「かくれんぼしよ、アシル!」
アルディアはそう言うと、きゃっきゃっと楽しげに笑って、木の陰に隠れていく。
見つけられる前提で隠れている。
それが、彼のやり方だった。
「アルディアみつけた。」
「えー、ずるい!隠れるとこ見てただろ?」
「でも、ちゃんと探したよ?」
「……うーーん、ま、いいや!」
納得していない顔。
それでも嬉しそうな顔で手を引いてくる。
「次は、ぼくが探すから!」
目を閉じて数を数える声を、その場を離れる背中で聞く。
「いち、に、さん……ろく、」
途中で数を飛ばしているのを、アシルは何も言わなかった。
いつもの光景、いつもの日常、平和な日々
でもこの幸せは、すべて借り物なのだと。
アシルはどこか、冷静に考えていた。
たくさん遊んだ後、夜眠る時間になっても
アルディアが眠れない日が度々あった。
「ねむれない」
扉の向こうで、不安げな声が聞こえて部屋に入ると、ベッドの端に座ったままこちらを見るアルディアがいた。
銀色の髪が月光に照らされてキラキラと輝く。闇のような黒い髪と、黒い瞳、褐色の肌をもつ自分とは真反対な光。誰が見てもこの2人が並ぶと、アシルが闇で、アルディアが光だった。
「こわい夢でもみた?」
「……ちがう」
理由を聞いても答えは返ってこない。
アシルは、そっと隣に腰を下ろして、
アルディアの美しい髪を撫でる。
銀色の髪はとても柔らかい
「歌を、うたおうか?」
その問いにアルディアはすぐ頷いた。
今日はクローゼットじゃない。
月明かりに照らされた部屋の、
ベッドの上で。
ねむれ ねむれ
砂の子よ
月はみずを わすれない
かわいた ゆびで
なぞる ほしは
なくした なまえを
しっている
てをはなしても
こえは ほどけず
こころは うたに
ついていく
さがさなくて いい
よるは ながい
星をみつけたら
もう さむくない
うとうとするアルディアは、中々目を閉じない。きっと眠りたくないわけじゃない。
ただ、目が覚めた時、アシルがいなかったらと思うと怖いのだ。
「……終わったら…、」
「うん?」
「終わったら、いなくならない?」
その言葉に胸が少しだけ痛んだ。
「いなくならないよ」
そう言うと、やっとアルディアは目を閉じる。指先が、袖を掴む。
眠りに落ちるまで離れない。
しばらくすると、隣から規則正しい寝息が聞こえる。それを確かめてから、そっと、手をほどく。
「おやすみ、アルディア。」
⸻
ここにきて3年がたった。ここでの暮らしは、あまりにも静かだった。
朝が来て、仕事をして、光が落ちて夜になる。アシルは、この穏やかな時間が自分のものではないと、わかっていた。
そして、この時間にもタイムリミットがあるのだと。砂時計が、見えない場所でさらさらと流れる音がする。一粒、また一粒。砂が落ちるたびに、ここでの平和な時間が削れていく。
この暮らしは仮初めだ。延命措置のような、猶予にすぎない。アシルは知っていた。
期限は誰にも告げられないまま、確実に近づいている。そしてそれが尽きるとき、選択肢は一つしか残らない。
それなのに、アルディアが袖を引くたび、胸の奥がほんの少し軽くなる。
それが、いちばん怖かった。
――これは、借り物だ。
――返す日が来る。
そう思っていなければ、
壊す時に、立っていられなくなる。だから、あまり期待しない。
だから、深入りしない。
そう決めていたはずなのに。
⸻
ある日の昼の庭は、いつもより明るかった。
「かくれんぼしよう」
アルディアは、そう言って笑った。その笑顔に、痛む心を押さえつけてアシルは微笑む。
「今日は、だめなんだ。また明日にしよう。」
「……うん、いいよ」
アルディアは不安そうな顔で微笑んだ
《また明日》
なぜ、そう答えたのかはわからない。明日なんて、こないのに。
「ねえ、歌はいい?」
「うん、また夜に。」
「歌が終わったら、遊ぼう」
「……うん」
約束はいつも通りだった。
違うのは、アシルが、いつもとは違った寂しげな瞳で、庭を見渡していたことだけ。
花や葉の色
差し込む光
風の音
この当たり前だった風景を忘れないように、アシルは屋敷の風景を目に焼き付けていた。
その日の夜、ついに計画は実行された。
エルス様は夕食をとると、執務室でワインを飲む。そのワインは、キッチンで用意しておくのだが、エルス様が1番気に入っているワインの瓶に毒を入れた。
ワインに溶けていく毒を見つめながら
ただ、母のことを想った。
エルス様の晩酌の準備をようやく任せて貰えるようになったのは、つい数ヶ月前からだった。この数ヶ月間、毒を盛ろうと思えば、いつでも実行に移せた。
でも、それができなかったのは、
きっと、アルディアとの時間をもう少し過ごしたいと思ったからだ。
ワインを運んだエルス様の部屋は、いつも通りだった。扉の前で待機していると、
部屋の中から苦しそうな呻き声が聞こえ、
その後、暴れるような音と、床に大きな体が倒れるような音がした。
(………さようなら、エルス様。)
使用人らが気づく前に逃げなければと
廊下を歩いていると、アルディアに会った。
「アシル?」
呼び止められた声はいつも通りだった
「ねえ、歌ってくれる約束でしょ?」
アシルは、一瞬だけ迷った。
そしていつも通りの声で言った。
「クローゼットで待っててください。
もうあの歌覚えてるよね?今日はアルディアが歌ってほしいな。」
「いいよ、歌いながらクローゼットで待ってる!」
「うん。歌い終わったら、一緒に遊ぼう」
それは、最後の嘘だった。
るんるんで部屋に入っていったアルディア。
扉の向こうで歌声が聞こえた。
「ねむれ ねむれ
砂の子よ――」
アシルはもう、振り返らなかった。
最後の廊下は、やけに長く感じられた。
いつもと同じ絨毯、同じ燭台、同じ壁の色。
それなのに自身の足音だけが異物のように響く。背後では、まだ歌声が続いている。
幼いころと変わらない無邪気で、
何も疑わないアルディアを想うと目頭が熱くなった。それでもアシルは歩幅を崩さず、一定の速度で進んだ。角を一つ曲がる。
もう一つ、曲がる。使用人たちの隣を通り過ぎる。誰も何も言わない。アシルはもうこの屋敷の一員だから、気にしていないのだ。
玄関の重厚な扉に手をかける。
重い。いつもより、ずっと。
背後で、歌が途切れた気がした。
それでも、アシルは扉を押し開ける。
外の空気は冷たく、肺に刺さる。
門をくぐった瞬間、歌声は完全に聞こえなくなった。まるで、世界に線を引いたみたいに。そこでアシルは、初めて立ち止まった。
振り返らないまま目を閉じる。
(……さようなら、アルディア)
声にはしなかった。
そして再び歩き出す。
屋敷を背に、幸せだった時間も、居場所も、すべて置き去りにして。
この夜が、終わらないかくれんぼの
——始まりだと、まだ知らないまま。
□□□□□□
【5年後】
朝、窓を開けると潮の匂いがした。
ルミナリアにもイシュマにはなかった匂いだ。砂と熱の代わりに、ここには水と風がある。海は今日も穏やかで、白い光を跳ね返しながら、きらきらしている。
「アシル、パン焼けたよ。」
穏やかな母の声が、部屋まで届く。
また、母と一緒に暮らせている。
それだけで、胸の奥が温かくなる。
キッチンに行くと、母はいつものようにエプロンをつけていた。故郷から持ってきた唯一の物。少し色褪せているけど、母はそれを大事にしている。
「今日は市場に行くんでしょう?」
「うん。魚が安い日だから」
そう答えると母は嬉しそうに笑った
「ふふっ、夜はなにを作ろうかねぇ。」
「母さんの作る料理は全部絶品だもんね」
「あら、いつから褒め上手になったのかしら!」
二人で笑い合う日常はとても穏やかで
この5年間、辛い時期もあったけれど
今はアシルの仕事と、母の内職で2人は不自由なく生活できていた。
この港町に辿り着いて、最初は不審に見てきた町の人たちも、今ではとてもよくしてくれている。ここを選んだのは、港町にいけば
海の仕事で日に焼けた人が多いので、この褐色の肌が目立ちにくいと考えたからだ。
もちろん、あっという間に2人の褐色は溶け込んだ。
5年、長いようで、まだ短い。
母は、夜にうなされることも減った。
うなされながら父を呼ぶ日も。
アシルも夢を見ない夜が増えた。
海の国は、優しい。
誰もアシルたちの出自を気にしない。
砂の国の言葉で少し訛って話しても、
肌の色が違っても、5年も共に過ごせばもう家族同然のように関わってもらえたことが、この親子にとって何よりの救いだった。
親子は向かい合ってパンを食べる。
焼き立てで、少し熱いけれど、小麦粉の香ばしさはアシルの腹も心も満たした。
「アシル、大きくなったね。」
母が、ふとそんなことを言った。
「もう、私より背が高い」
「…母さん、俺もう22歳だよ。」
「あら、私の中では永遠に可愛い子どもなのよ。…でもそろそろ、お嫁さんを連れてきてくれてもいいのにねぇ。」
「………それは、……うん、また追々…」
アシルは自身の容姿に自信がなかった
思春期というデリケートな時期に、
アルディアという国宝級の美形と共に過ごしていたせいで、鏡を見る度に自身の平凡な容姿に自信がなくなっていた。
幼い頃は故郷の大人たちにそれはもう可愛がられた記憶があった。
大きな黒い瞳に、サラサラの漆黒の髪。
故郷の特徴である褐色の肌は、太陽の子である証だと、とにかく褒められた。
でも、ルミナリア王国で暮らす3年でその価値観は大きく覆された。ルミナリア王国では、肌は白ければ白いほど美しいとされ、
髪は色素が薄ければ薄いほど神の子として褒め讃えられた。だから、1度だけアルディアに頼まれて屋敷の外に出たけれど、大人たちはアシルを美しくないと言わんばかりの目で
ジロジロと見てきた。
『あの肌と髪と瞳、イシュマの子じゃない?』
『…やだ、どうしてアルディア坊ちゃんと一緒にいるの?』
『よりにもよって、イシュマを滅ぼしたルミナリアに来るなんて…』
『アルディア様は無事なのかしら…危険な目に合わされるんじゃ…』
わざと聞こえるように侮蔑され、
思わず俯いて立ち止まってしまった。
でも、アルディアは勇敢にもその大人たちに噛み付いた。
『アシルは!ルミナリアの英雄である父上がつれてきたんだ、文句があるなら父上に言ってきなよ!』
アルディアがそう胸を張って大きな声で言うと、大人たちは蜘蛛の子を散らすように
そそくさと去っていった。
いつも、差別や偏見から守ってくれたのは
自分より7つも歳下のアルディアだった。
屋敷でも、いつもアルディアはアシルを守った。その結果、屋敷内でアシルを差別する人間はいなくなったが、やはり外の世界ではまだ自身は受け入れられる存在ではないと
アシルの自己肯定感や自意識を大いに下げたのだった。
『アシル、気にしちゃダメだよ。
アシルの黒い髪も、瞳も、ミルクチョコレートみたいな肌も、すっごく大好きだから!』
『…え、あはは、ありがとう。
そう言ってくれるのはアルディアだけだなぁ。』
少し寂しげな表情で微笑むアシルを真剣な瞳で見つめるアルディアは、
アシルの両手をぎゅぅ、と握りしめた。
『アシルのいいところに気づくのは、僕だけでいいでしょ?』
『え゛』
美しい顔にそう言われて、キュンと胸を弾ませない人間は存在しないだろう。
アシルも例外ではなく、顔を真っ赤にして石のように固まった。
『僕、大きくなったらアシルと結婚するって決めたんだ。アシルもいいでしょ?』
『………けっ、こ、…ん?………え、っと、
き、きみのお父上が、許さないとおもうけど…』
アシルはあまりの動揺に、思わず棒読みになって言葉もスラスラ出てこなくなった。
だって、まさか取り柄のない自分に、
そんな甘い言葉を、こんな街のど真ん中で、白昼堂々と告げられるとはアシルも予想していなかったからだ。
『父上はアシルを認めてるじゃないか!
だから大丈夫だよ!』
『………… 、アルディア……』
結局、アシルは彼の父を手にかけてしまって
この約束は果たされなかったけれど。
アシルはまだ、この記憶を大切に仕舞っていた。誰も見ることのできない、胸の奥深くに。
(お母さんが結婚して欲しいのは何となく伝わってきたけど……この港町では筋肉がついていて、逞しい男前がモテるし…。何やっても筋肉がつかない貧弱な男なんて見向きもされないよ…)
「………でも、昔に1度だけ、結婚しようって、言われたんだ………」
「あらやだ!その人とはどうなったの!?」
(恩知らずな俺は、親切にしてくれた皆を裏切ったんだから……もう、憎まれてるだろうな…。)
「……さぁ、どうなったんだろう。
爵位を継いで、…高貴な人と婚約してるんじゃないかな……」
(そうに決まってる。アルディアは今18歳くらいだろ?あんなに美しい子だったんだ…
とびっきりの美丈夫に成長して……宝石のように美しい女性と婚約してるに決まってる。
この5年間、仇討ちされる気配がなく
穏やかに過ごしてきた。きっと、アルディアは…俺なんか忘れて、前を向いているに違いない…。)
「………そうなの……、あらやだ…しんみりしちゃったわね、ごめんなさいアシル。
そろそろ出掛ける時間よね。」
食事を終えて、母は洗い物をし
アシルは軽く身だしなみを整え、町に出る準備をする。窓の外では、波の音と、子どもたちの笑い声が聞こえる。
(――平和だ。)
こんな日々が、ずっと続くんじゃないかって
希望を抱いてしまう。
敵国の英雄であり、命の恩人である人を殺した罪人。そんなアシルが、5年間穏やかに暮らせたことが奇跡だと、アシル自身も痛感していた。
そんなことを考えていると、
母が、ふと手を止めて言った。
「ここに来て、よかったね。」
「そうだね。」
アシルは頷いた。
それ以上は言えなかった
◇◇◇◇◇◇◇◇
【アルディア・グラナード視点】
――アルディア・グラナードは、
その冬、初めて「自分だけのもの」を手に入れた。
10歳の冬だった。父上が屋敷に連れてきたのは、煤と砂にまみれた痩せ細った男の子だった。年は僕より4つ上だと聞かされた。
けれど、それを知らなければ同い年だと信じてしまったと思う。幼い輪郭、感情の抜け落ちたような黒い瞳。
栄養の行き届いた食事と、清潔な寝床を、生まれた時から当然のように与えられてきた僕とは、体の作りそのものが違っていた。
彼の肩は驚くほど細く、骨が皮膚の下で主張している。筋肉も脂肪もついていない身体は、触れれば簡単に折れてしまいそうで、
実際に抱きつくと、不安な気持ちになる。
背は、使用人が測ったところによると155cmらしい。ルミナリア王国の14歳の平均は168cm前後と聞いたから、やっぱり栄養不足による発育不良児で間違いなさそうだと屋敷を訪れた医師も言っていた。
「アシルは、これからアルディアの世話役として働かせることになった。」
屋敷中の使用人が集められた場で
少年、アシルを紹介された。
――アシル。
それが、彼の名前だった。
父上は名前以外の紹介をしなかった。アシルがどこから来たのか、どんな状況だったのか。どうして父上は彼を拾おうと思ったのか。何も分からないまま受け入れた。
屋敷に連れてこられたアシルは、終始無表情だった。表情も背筋も異様に強張っている。誰かが手を動かすと、ビクッと震える。
殴られると思ってしまうのか、常に大人達の手の動きに意識を集中させていた。
そのせいなのか、目ばかりで耳には意識を向けてから、誰かが声をかけても返事をするまでに必ず一拍遅れるのが、妙に印象に残った。周りの人間はすべて敵だと思っているのがひしひしと伝わってくる。
睫毛や目は伏せがちで、けれど何も見ていないわけではない。視線は床や壁をなぞるように動き、逃げ道を探す獣みたいだった。
そんな手負いの獣のようなアシルに
ひどく興味が湧いた。
僕は何不自由なく育った。
欲しいものは与えられ、壊せば新しいものが与えられる。大切にする必要も、失う恐怖も、知らずにここまで来た。
でも――アシルは違う。
与えられることを知らない。
理不尽に奪われることだけを、知っている。
僕はもっともっと、アシルのことを知りたくて、早く警戒心を解いてもらう為に、幼く、純粋な10歳を演じた。僕は汚い大人たちとは違うんだよと教え込むために。
「ねえ、アシル。」
名前を呼ぶと、彼はびくりと肩を震わせて、ようやくこちらを見た。その目に映る僕は、きっと彼にとっては周りの大人と変わらない存在なのだろう。
だから、最初はあまり焦りすぎずにタイミングを見計らって近づいた。
こっちから行く時は、申し訳なさそうに
用事があるときだけにする。
あっちから来る時は全力で喜んで、
笑顔で手を握ってあげる。
そんなことを繰り返していくうちに、
アシルが少しずつ、声を出すようになった。
僕が何かを言えば、最初は無言で頷くだけだった。次に、短く「はい」と言うようになって、やがて、僕が何かを尋ねると、ほんの少し考えてから、たどたどしくも答えるようになった。
その変化に気づいているのは、たぶん僕だけだっだろう。
そして、少しずつアシルの警戒心が解けて来た頃に、とある遊びに誘うようになった。
僕の部屋にある大きなクローゼット。
ここで2人きりの空間を楽しむ時間
ここなら、アシルにとっての敵はいない。
味方である僕だけが存在する安全な空間
分厚い扉を閉めると、外の世界は急に遠くなる。衣服の布の匂いと、木の湿った香り。
暗闇の中で、アシルの呼吸だけが聞こえる。
最初の頃は、暗くて狭い空間が怖かったみたいで、無意識に僕の袖を掴んでいた。
その指先が震えているから、手を優しく握ってあげるとアシルの黒い瞳に、光が宿った気がした。
暗闇の中で、アシルは小さな声で歌を教えてくれた。音程は曖昧で、歌も時々途切れる。
それでも、妙に耳に残る歌だった。
僕が覚えられずに何度も間違えると、
アシルはほんの一瞬だけ、困ったように眉を下げて、それから、もう一度最初から歌ってくれた。
――それが、何より嬉しかった。
そしてしばらくして、屋敷の庭では毎日のようにかくれんぼをした。
アシルは、隠れるのが上手だった。
木の影、建物の隙間と中々見つけられない時も多かった。でも、一生懸命探して、探して、最後に必ずアシルを見つける。
「ここだ!」
そう言って声をかけると、
アシルは少し驚いた顔をしてから、ゆっくり立ち上がる。
「アルディアは見つけるのが上手だな」
そう言って笑うアシル。
その表情を見るたびに、胸の奥が静かに温かくなった。
「次は僕が隠れるね!」
そう言ってアシルにすぐ見つかりそうな場所へあえて隠れる。
僕は探してもらう時間なんて好きじゃないから。早くアシルの顔が見たいし声も聞きたいのに、隠れる時は独りだからつまらない。
だからすぐに見つかってやるんだ。
「アルディア、見つけた。」
「えー、アシルずるい!僕に追跡センサーとかつけてるでしょ!」
「ははっ、アルディアが隠れるの苦手なだけだよ。」
「もー!アシルー!!」
怒ったふりをしてアシルを追いかけたあの時間も、とても楽しかった。
今思えば、アシルとの時間は今までで1番幸福な時間だったのかもしれない。
だから、あの時の僕は、アシルがいつか僕から離れていくなんて考えたこともなかった。
アシルへの気持ちが、友情なのか、家族としての愛情なのか分からなくて悩んだ時期もあった。でも、自分の中で明確になったのは
アシルと出会って1年半が経った頃。
ある日ふと、アシルを「きれいだ」と思った。朝日に照らされた褐色の肌と、
艶のある黒髪、大きな黒い瞳。
この国では見たことの無い色だった。
ルミナリア王国の人間は、皆、同じような
美しさだったから。ルミナリア王国で美しいと絶賛される容姿は、磨かれた白い肌、整えられた色素の薄い髪や瞳。男女ともに高い背。勿論、僕はその全てを有していて、お茶会に出る度にご婦人や令嬢たちに囲まれてしまう。
でも、アシルは違った。
日差しの下に立つと、彼の肌はよりコントラストを色濃く映す。深い色を保ったまま、
やわらかく光を吸う。強いて言うなら――
ミルクチョコレートみたいな色だった。
とっても甘くて美味しそうな肌だった。
それが、不思議だった。
顔立ちは整っているわけじゃない。
目は大きいけれど、僕たちほど鼻も高くない。何が抜き出ている訳ではないけど
とにかくバランスがとれていた。
何かを足せば、逆に崩れてしまいそうだ。
そのことに気づいたとき、胸の奥がひどくざわついた。
――これは、皆の知っている美しさじゃない。宝石みたいに、並べて比べるものじゃない。飾るものでも誇るものでもない。
(僕だけが知っているアシルの美しさだ)
アシルは、自分がそう思われていることを知らない。鏡を見てもきっと何も思わないだろう。僕に褒められても、理由が分からない顔をする。
その無自覚さが、自意識の低さが、
更にアシルを完成させている気がした。
でも、他の人たちがアシルの価値を知る必要はない。理解されなくていい
――これは、僕が見つけたものだから。
この美しさが、他の誰かに見つかるのは嫌だ
と、そう思った。
そしてもう1つ、僕に起こった変化が、
アシルへの執着心を更に強めた。
その日はとても暑かったので、屋敷の敷地内にある大きな噴水でアシルと水遊びをしていた。アシルにいっぱい水をかけてやると、
アシルは困ったように微笑んだ。
でも、その時にアシルの白くて薄いシャツが
水を含みチョコレート色の肌に張り付いていた。もちろん、暑い日にインナーなんて着ていなかったアシルの体は、水で透けたシャツによって丸見えになっていた。
贅肉のない細い体のラインと
そして、胸が見えてしまった。
1度見ただけで、意識は全部そこに向いてしまう。見てはいけないと思うのに、視線が外せない。白い肌にこそ桃色は映えると思っていたけれど、その価値観はその場で大きく壊された。チョコレート色の胸でつん、と主張する突起は色素の薄い桃色だった。
そこに白いシャツがまとわりついてとんでもなく色気がある光景だった。
その日はもうアシルのことを見ていられなくて、「熱中症っぽいから部屋にもどりたい」と言って、遊びを中断した。
そしてその夜眠っていると、夢を見た。
ベッドの上で横たわっている僕の上に跨る、何故か全裸のアシル。
昼に見た胸と、そして何故か履いていないズボン。太腿はすらっと細いが、腕やお腹よりは多少脂肪がついていた。
チョコレート色の太腿に思わず手が伸びるが
『こら、アルディア。』
と薄ら頬を赤らめたアシルに手を抑えられた。そして、アルディアの手が持っていかれた先は、昼間気になって仕方がなかった胸だった。
『ここ、ずっと見てたでしょう?
触りたい?』
僕の震える指先が、つんとした突起に触れる。手が這う胸は少し柔らかくて、そして、
どく、どく、どくとアシルの心臓の音が手のひらから伝わってくる。
『俺はアルディアのモノだから、
いっぱい触っていいよ。』
「うわあ!」
ガバッ!!!!!と飛び起きると
そこは自分の部屋だった。
もちろん、そこにアシルの姿はない。
(…………夢、……ん?)
下腹部の違和感を覚え、恐る恐る布団を捲ると、スボンの中が濡れている気がした。
「……お、おもらし……?11歳なのに…」
慌ててパンツを脱ぐと、透明のような、白い色の粘液がパンツにべっとりと付着していた。
「…………せ、せいつ、う?」
これは以前家庭教師に習ったことがあった
精通、夢精
大人の男になった証だと
「…………アシルで……精通したのか……」
そう思うと、アシルを性的な目で見ていた自分が恥ずかしくなる。
でも、これで1つ確信した。
アシルへの気持ちは、友情だけではなかったということが。
(………僕、アシルが、好きだ………)
そう自覚してしまえば、何だか胸の靄が晴れた気がした。
そして、自覚した思いを伝えられないまま
1年が経った頃、あの出来事が起こった。
その夜は、静かだった。
屋敷はいつもより早く灯りが落ち、
廊下に足音も気配もない。
アシルはいつもこの時間になったら、
お仕事を終えて部屋に来てくれるのに今日はまだこない。不思議に思って、アシルを探しに部屋を出た。
すると、廊下の奥から、足音が近づいてきた。父の執務室の方向――そのことに気づいた瞬間、胸の奥がひくりと跳ねる。
「……アシル?」
呼び止めた声は、自分でも驚くほど普段通りだった。何も知らないふりをする声。
何も変わっていない、いつもの僕の声。
振り向いたアシルの顔を見て、
次の言葉が喉に引っかかった。
寂しそうで、悲しそうで、泣きそうな顔。
初めて見た顔だった
――あ、と思う。
聞いてはいけない。
聞いてしまったら、戻れなくなる。
それでも、口は勝手に動いた。
「ねえ、歌ってくれる約束でしょ?」
自分の声がやけに明るく響く。
それが怖くて、でも止められない。
アシルは一瞬だけ黙った
ほんの一瞬
迷ったのは、きっと事実だろう。
でも次の瞬間、彼はいつも通りの声で言った。
「クローゼットで待っててください。
もうあの歌覚えてるよね?今日はアルディアが歌ってほしいな。」
いつもより穏やかな微笑みに、胸の奥がきゅっと縮む。これは多分、アシルの最後の優しさだった。
「いいよ、歌いながらクローゼットで待ってる!」
自分の声が弾む
本当に何も疑っていないみたいに。
「うん。歌い終わったら、一緒に遊ぼう」
その言葉を聞いた瞬間、
アシルの瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
――ああ。これ、嘘だ。
理由は分からない。
でも、はっきりと分かった。
それでも、アルディアは笑ってうなずいた。
疑問を飲み込んで、楽しそうなふりをして、部屋に入る。
るんるん、という音がつきそうな足取りで。
扉を閉める直前、もう一度だけアシルを見た。彼はまだそこに立っていた。
何かを諦めたような顔で
扉がゆっくりと閉まると、クローゼットの中で、僕は歌い始めた。
何度もアシルと歌ってきた歌
扉の向こうに、アシルがいると信じて。
でも、何時間経ってもアシルは、こなかった。歌い終わっても、クローゼットから出ても。部屋を見回しても、廊下を覗いても。
アシルはいない
最初は、ただのすれ違いだと思った。
何か用事ができたのだろう、と。
そうであってほしかった。
でも、時間だけが過ぎていく。
約束の「一緒に遊ぼう」は、守られない。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
その数時間後、城の中がざわつき始めた。
使用人たちの声が切迫した様子に変わる。
呼ばれて向かった先で、僕は知った。
父が――執務室で倒れていたこと。
口から血を吐いて、もう息をしていなかったこと。傍には飲みかけのワイングラスが落ちていた。外傷がないから、心臓発作、または毒殺ではないかと駆けつけた医師が言った。
「今日ワインを準備したのって……」
使用人の一言でその場にいた人間全員が
固まった。そして、全員がゆっくりと、僕の方を見た。
「……………アルディア、様…」
「……」
僕の沈黙こそ、答えだった。
その後はとにかく屋敷中が慌ただしかった
騎士団が屋敷中を捜索したり、医師が父を連れていき検死をしたり、
僕も根掘り葉掘りアシルのことを聞かれ
そのすべてに黙秘してきた。
周囲は僕に同情した
「信頼していた子に裏切られて……さぞショックだったでしょう…」
「声が出ないのよ……見て、目も虚ろで…なんてお労しい……」
「兄弟のように仲睦まじく過ごされたものね……」
「恩を仇で返すなんて……伯爵様も周りの意見に耳を傾けてさえいればこんな事にならなかったのでは……」
「やっぱりイシュマの孤児なんて拾うべきじゃなかった」
「ルミナリア王国に流れ着いたイシュマの者は全員迫害すべきだ」
「これはルミナリア王国への宣戦布告だ。
王は決して許さないだろう」
大人たちがアシルのことや、アシルの出生について好き放題語っているのをただ聞いていた。その時初めて、アシルはイシュマという国からやってきて、そのイシュマは父上が滅ぼした国だとようやく理解できた。
だって父上は僕に何の説明もなかったから
アシルがイシュマからきたって聞いていれば、褐色と黒髪はイシュマの民の特徴だと聞いていれば、アシルにイシュマの話なんてしなかったのに。しかも父上が英雄として活躍した戦争の話を、アシルはどんな気持ちで聞いていたのだろう。
きっとその戦争で、アシルの大切な家族が
亡くなっていたかもしれないのに。
僕はどちらかと言うとアシルのことを思って胸を痛めていた。
父がアシルに暗殺されたとこは、
まぁそこまで傷ついていなかった。
涙は出なかったし、胸が痛むこともなかった。父が死んだ、という事実はただの情報のひとつでしかなかった。
頭の中を支配したのはアシルだけ。
「……アシル、」
喉から息みたいな声が漏れた。
理解した瞬間背筋がぞくりと震える。
これは悲しみじゃない、怒りでもない。
アシルに約束を破られた
ただ、それだけだった
歌い終わったら、一緒に遊ぶって言ったのに。あれはやっぱり嘘だった。
胸の奥で、何かが壊れる音がした。
壊れたと同時に、悍ましい感情が生まれる。
「……許さない」
その声は驚くほど静かだった。
父を殺したことなんて、どうでもいい。
イシュマの生き残りが迫害を受けたって
ルミナリアがどうなろうとどうでもいい。
アシルを探す
遠くへ逃げても、どんなに思い罪悪感を背負って、酷い顔で生きていようと。
約束を破った責任は、必ず取らせる。
(ねえ、アシル)
心の中で、何度も呼ぶ。
僕はアシルとの約束守ったよ。
クローゼットでアシルが来るまで歌ってあげたでしょう?待っていたでしょう?
アシルを信じたでしょう?
次はアシルが約束を守る番だから、
だから――次は、絶対に逃がさない。
その後の葬儀は、滞りなく行われた。
黒い喪服、重々しい祈りの言葉。
哀悼の声と、形式ばった沈黙。
人々は父の死を惜しみ、
同時に――僕を見ていた。
「若くして家業を継がれるのか」
「アルディア様は凛々しく立派だ。
僅か13歳とは思えませんな」
「伯爵家は安泰ですな」
僕は大人たちに微笑む
大人たちは父の死に涙ひとつ流さない一人息子を凛々しいだの立派だの好き放題賛美する。本当に馬鹿げている、
爵位継承の式は、さらに華やかだった。
祝福の言葉は、葬儀よりも明るい。
「新たなグラナード伯爵に、栄光を。」
「若き当主に神の御加護があらんことを!」
「アルディア様万歳!」
――馬鹿みたいだ、
胸の奥で冷たい声がした。
こんな場所に立っているはずじゃなかった。
こんな言葉を浴びるはずでもなかった。
本当は、歌い終わったあとに
アシルと遊ぶ約束をしていただけなのに。
この地位も、この屋敷も、財産も、
父が残したすべてが、アシルがいない世界で与えられるものだなんて思わなかった。
式が終わり、人が引いていく。
祝福の余韻だけが残る広間で、一人立ち尽くした。
「……アシル」
名前を呼んでも、もう返事がないことくらい、分かっているのに。
この爵位も、この権力も、この名前も、
全部、アシルを見つけるために使えばいい。
グラナード伯爵家当主になって最初に覚えたのは、権力の使い方だった。
命令は、静かに。
声を張らなくても人は速やかに動く。
「近日中のルミナリア王国への出入りを調べて」「アシルの単独犯行な訳がない。関与したイシュマの生き残りを探して」
「どんな手を使ってでもいい、アシルの手がかりを掴んで。」
王宮の騎士や屋敷の使用人たちは
とても協力的だった
僕が父上の仇を打とうとしてると思っているから。親孝行者だと、信じきっているから。
だから誰も気づかない。これはアシルに罪を償わせるための捜索ではない。
僕が、アシルを取り戻す為の追跡だ。
報告は、毎晩机の上に積まれる。
紙の束をめくりながら思う。
――足りない。
証言も、記録も、噂も。
どれも、すぐにたどり着けそうにない。
夜になると、屋敷は静まり返る。
誰もいない部屋で一人、歌を口ずさむ。
あの日、歌った歌。
アシルに教えてもらった大切な歌、
「……ねえ、アシル」
独り言みたいに名前を呼ぶ。
返事がないのにはもう慣れた。
「報告には、必ず礼をする。」
礼は、金でも地位でもいい。
報酬さえあれば人は無限に動くから。
捜索を始めて3年が経過した。
情報が増えるたび、アシルか浮き彫りになった。歌のことも、父を殺した理由も。
1番心を痛めつけたのは、アシルが僕に教えてくれたあの歌はただの子守歌じゃなかった。
彼の故郷の伝統的な歌。
戦争で焼かれ地図から消えた国の歌。
それを知ったとき、胸の奥で何かが、ひっそりと音を立てて沈んだ。
滅びかけたこの歌を語り継いでいくのが、
イシュマを滅ぼした、ルミナリア王国の英雄の息子だなんて、皮肉な結末だろう。
そしてもう1つ、アシルの父は戦争で亡くなっている。戦場で、名も残らず。
そして、ルミナリア王国を強く憎むイシュマの残党の情報が入った。
無力な子どもならば、自分たちの復讐に使いやすいだろうと考えて、アシルの母を盾にして、彼に英雄の暗殺を強要した者たち。
―-母親が人質にとられていた。
アシルが、自分一人で罪を背負おうとした理由がやっと理解できた。
怒りに脳が沸騰し、すぐに彼らを捕まえた。
生き残りは、わずかだった。捕らえられた彼らは最後まで同じことしか言わなかった。
「母子は、遠くへ逃がした。
それが俺たちにできる唯一の償いだからな」
「あのガキ、よくやったよ。本当に英雄を殺しちまったんだから。」
「あれは間違いなく太陽の子だ」
「我々の希望」
《亡国イシュマに栄光あれ》
彼らは速やかに処刑されていった。撥ねられた首はすべて、穏やかな表情だった。
母子で逃げていて、どこかに潜伏している。
男たちの情報は無駄ではなかった
捜索の的が絞れたからだ
実は、報告書のいくつかに、ルミナリア王国の至る場所で、ローブに身を隠した男女二人が宿に止まっただの、買い物をしただの情報があったからだ。2人のルートを辿れば、潜伏先にたどり着くだろう。
今までアシル1人での逃亡だと思い調べていたので、「女なんて関係ないだろう」と爪弾きにしていた。でも、お母さんなら許せる。
君は、誰かを守るためならどこまでも逃げるだろうね。
机の上に残った、最後の紙を閉じる。
外は夜だった。僕はいつもこの時間になると、あの歌を口ずさむ。旋律は、もう完全に身体に染みついている。
「アシル
君の罪も、君の過去も、君の母も。
全部、僕が受け入れてあげるから。
それが、奪った側に生まれた僕にできる、
唯一の償いだと思っているから。
だから、必ず迎えに行く。
次に会うとき、責めるつもりはない。
怒鳴るつもりも、罰するつもりもない。
ただ、確かめるだけだ。
――どうして、僕を置いていったの?
その答えを聞くまで、
この捜索は終わらない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【アシル視点】
その日は、市場がやけに騒がしかった。
まぁ元々、海の国の朝は商売で騒がしい。
新鮮な海の幸の匂いと、果物の甘い匂い
活気のある人々の声が重なって、無意識に胸が踊ってしまう。
今日は日用品屋海鮮を買いに市場へやってきた。この5年間、酒場の仕事を与えてくれたオーナーからのお使いだ。
身元不明で流れ者だと見てわかる俺に仕事をくれた、恩人だ。
「ねえ、聞いた?」
露店の女性が、声をひそめた。
「隣町の宿にね、
すごい男前が泊まってるらしいよ」
俺は、新鮮な魚を選びながら、何気なくその会話に耳を傾けた。
「背も体格もとにかく立派でさ、
それはもう、美丈夫なんだって」
「お金持ちの貴族じゃないかって話」
「体格が立派ってことは、ルミナリア王国の人かなぁ?噂でよく聞くじゃん、高身長な男前を狙いたかったらルミナリア王国へ行け!ってさ」
「いい感じになって連れて帰ってもらう!」
「えーずるい!!」
「抜け駆けしないで!」
どんどん女性たちが増えていき、
美丈夫の話で持ち切りになった。
ルミナリア王国という単語だけが
とにかく気がかりで、情報を得るために
少しその場に足を止めた。
「宝石みたいな赤い瞳なんだって」
……宝石、赤い瞳、その言葉に手が止まった。
「探し人がいるらしいよ」
「ずっと探してるんだって」
「えー、それは何か、訳ありで怖くない?」
その一言に笑い声が湧き上がる
俺は視線を落とした。
(関係ないって、俺には。)
そう思うのに、体がその場から離れない。
「その人、歌を口ずさんでたって」
……え?
「知らない言葉の歌なんだけどさ、
大切な人に教えてもらった子守唄みたいな感じらしいよ」
「へぇ、なんだか一筋な人なんだろうねぇ」
その瞬間、息が止まった。
市場の音が遠のく。
そんなわけが無い、偶然だ。
この世界に子守唄は無数にあるんだから。
それでも、胸の奥がひどく冷えていた。
荷を抱えて、お世話になっている酒場に着く。海も人々も、今日も穏やかだ。
なのに、背中に鋭い視線がある気がした。
振り返っても誰もいない。
「……気のせいだ」
そう言い聞かせて歩いた。
その夜、俺は久しぶりに夢を見た。
クローゼットの、暗闇の中で
故郷の歌を唄う幼いアルディア。
「終わったら、一緒に遊ぼうね。」
自分の声じゃない声が、耳元でそう囁いた。
「!!!」
目が覚めたとき、胸がひどく痛んだ。
海の音が、酷く動揺した頭を鎮めるように窓の外で穏やかに鳴っていた。。
市場の噂を耳にしてから、
なんとなく落ち着かない気分が続いていた。
その2日後、港町の宿にやって来たのは、
噂通り――美しい男だったらしい。
噂を耳にしたオーナーによると、旅人は遠く遠い国の貴族で、他国との宝石売買で名を上げた商いの天才、父の影を超えた男と称えられている男とのこと。
オーナーはえらく絶賛していた。
(……アルディアはお父上を目指して立派な騎士になるって言っていたし……、まぁ、違うだろうなぁ…宝石業が盛んな国もルミナリア以外にあるし……きっと彼じゃない、)
そう思い、少し安心した。
「オーナー、今日もありがとうございました。」
オーナーから任された仕事を終え、日給を受け取る。
「いやぁ、アシルは働き者だから助かるよ!
人使いが洗いで有名な俺の下で、5年も続いたのはアシルだけだからなぁ!」
「……オーナーは、俺の恩人ですから。」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」
じゃ、また明日と別れ、酒場を出る。
少し海を眺めてから帰ろう、と堤防に立って穏やかな水面を眺めていると、堤防に繋がる階段を上る足音が聞こえた。
こつ、こつ、こつ、と高級な革張りのブーツがコンクリートを踏む音に意識が向く。
騒がしいはずの夕方の港町が、一瞬だけ息を潜めたような錯覚。
嫌な予感がした
その場から離れようとしたその瞬間
「……見つけた。」
背後から静かな、低い声が聞こえた
恐る恐る振り返ると、そこには
2m近くありそうな長身の、
日光を浴びてキラキラと輝く銀髪と、
まるで宝石のような美しい赤い瞳
雪のような白い肌が特徴的な噂通りの美丈夫が立っていた。
そして、すべての特徴が一致している人は
この世界で1人だけ。
「……………ア、ルディ、ア」
本当に成長している。
背も、体格も、声も。
でも――美しさだけは、変わっていない。
「あれ?あんまり身長伸びてないね。
アシルは昔のままって感じがするなぁ」
アルディアは柔らかく微笑む
再会を喜ぶような顔で
まるで、散歩の途中で偶然会ったみたいに。
逃げなければ、と思った。
でも、体が石のように動かなかった。
「……どうして、ここが…」
喉がひくりと鳴る
「君が選びそうな場所だったから」
理由としては、あまりにも曖昧で、
それなのに確信に満ちていた。
「アシル、お母さんは元気かな?」
背中に冷たいものが走る。
すべて、知っているんだ。
「……っ、…関係ない、だろ…」
(だって、どうせ殺すんだろう?
俺を、そして……もしかしたら母さんも)
恐る恐る絞り出すと、アルディアは少しだけ目を細めた。機嫌が悪くなった時の癖だ。
「そっか。じゃあ、聞かない」
氷のように冷たい声にぞわりとした。
「………さっさと、殺してくれ…」
諦めたようにそう言うと、アルディアは、何故か驚いたように、困ったように首をかしげた。
「何で?アシルはここで、海の藻屑にでもなるつもり?」
「………………っ、」
(……そうか、ルミナリアに連れて帰って
公の場で処刑しないと顔が立たないか…)
自分は、公の場で処刑されるに相応しい
大罪を犯した。こんな所で静かに死ねる訳がなかったんだ。
海風が吹き、アルディアの銀色の髪がふわっと揺れる。
「5年だよ、アシル。」
アルディアは微笑みながら言う。
「本当に長かった」
段々と、アルディアが近づいてくる。
「ずっとアシルに会いたかった。
会って、聞きたいことがあったんだ。」
「あの夜、どうして約束を守ってくれなかったんだ?」
胸が、強く締めつけられた。
その問いかけに、俺を責める色はなかった。
それが、余計に辛い。
アルディアの表情も、声のトーンも、
もう完全に“大人”だった。
でも――目だけが、昔のままだ。
あの日、歌を待っていた子どもの目。
「……アルディア」
喉が、ひどく乾く。
「俺は……あの日、君の父上を殺したんだ」
言葉にした瞬間、
胸の奥で何かが崩れ落ちた。
「だから……君のそばにいることは、できなかった……」
声が、情けなく震える。
自分でも分かるほど弱々しい。
アルディアは、少しだけ目を見開いた。
それから――優しく、微笑んだ。
「そうだったんだ」
否定でも怒りもない、安堵の声色。
「……でもね」
アルディアは、静かに続ける。
「全部、打ち明けてくれればよかったのに」
言葉は柔らかい。
でも、一切の迷いがない。
「父上の暗殺だって、僕に言ってくれれば力になれた」
「お母さんが人質に取られていたことも、
相談してくれれば伯爵家の力で解決できた」
思ってもみなかった回答に、頭が真っ白になる。
「………ぁ……」
喉から意味のない音しか出なかった。
「なんで、言ってくれなかったの?」
アルディアは責めていない。
理解しようとしている。それが何より重い。
「暗殺が成功したからって、
あいつらが本当にお母さんを無事に生かす保証なんて、なかっただろう?」
視線が、真っ直ぐ突き刺さる。
「僕や父上のことは信用できなかったのに
自分の手は汚さずに、大切な人を人質にして、無力な子どもを他国に放り出す連中のほうは、信用できたの?」
言葉が胸に沈んでいく。
反論なんて、できなかった。
だって――
アルディアの言葉は、全部、正論だった。
少し冷静になって考えれば、
自分が間違った方向に歩き続けていたことは、
はっきり分かる。
立ち止まる機会は、何度もあった。
振り返る時間も、助けを求める余地も。
それでも俺は、間違った道を選んだ。
一人で背負う道を選んだ。
皆から愛される国の英雄であり、アルディアにとって、たった一人の父を奪った。
――殺さずに、
母を救い出す道は、
確かにあったのかもしれない。
(俺は、馬鹿だった)
唇を噛みしめる。
「…………アルディア、……ごめん」
今さらどうしようもない謝罪
「……俺が、……まちがってた…」
土下座をしようとその場に跪くと
アルディアは、不思議そうに首をかしげた。
「僕は謝ってほしいわけじゃない。」
「あの日の約束を、果たして欲しいんだ。」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「……どういう、意味……だ?」
理解ができなかった
どうして、まだ、俺の手を掴むのか。
断罪されたい、謝罪させてほしい、
殺して欲しい、俺に罪を償わせて欲しいのに。それをアルディアが赦さない
アルディアは、一歩近づく。
海風が二人の間を通り抜ける。
胸の奥が、ぞわりと冷える。
「また、僕とかくれんぼしよう」
「ねえ、アシル」
昔と同じ呼び方
何故か強い恐怖心を覚え、
考えるより先に、足が後ろへ下がる。
理屈じゃない、これは本能だった。
「……っぅ!!」
砂を蹴って走ろうとした瞬間
首元にぷつんっと冷たい違和感が触れた。
ほんの一瞬、痛みと呼ぶほどでもない。
「かくれんぼはまだ始まってないだろ?」
すぐそばで、アルディアの声がした。
驚くほど穏やかで、近い。
視界が、ぐらりと揺れる。
足に力が入らない。
「……な、に……」
言葉が、途中で途切れる。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
海の音が遠ざかっていく。
「大丈夫」
「おやすみ、僕のアシル。」
アルディアの腕は優しかった。
それが、何より恐ろしかった。
視界の端で、白い空と海が、ゆっくり滲む。
――逃げなきゃ。
そう思ったはずなのに、
体は、もう言うことを聞かなかった。
「……アル……ディア……」
名前を呼んだつもりだった。
声になっていたかは分からない。
「うん、アシル。」
その返事だけが、はっきりと耳に残った。
「今度は、離れないから。」
瞼が、重く落ちる。
恐怖も、後悔も、言葉にならないまま、
意識の底に沈んでいく。
大好きだった海の音が、完全に消えた。
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俺は、目を覚ました瞬間、全身が硬直した。
手首と足首が、しっかりと縛られている。
声を出そうとしても、震えるだけで音は出ない。辺りを見回すと、そこは
――見覚えのある部屋だった。
5年前の、あの屋敷。
アルディアの部屋。
「……ここは……」
頭がぼんやりとして、思考が追いつかない。
どうして俺はここに?
夢のように錯乱して、現実感がない。
そして、背後から人の気配がした。
ゆっくりと足音が近づいてくる
コツ、コツ、コツ、と聞いた事のある靴の音。それだけで、心臓が跳ねる。
「おはよう、アシル」
銀髪が光を反射し、赤い瞳が俺をじっと見つめている。
「……アルディア…、どうして、」
言葉が、ひどく震えた。
「大丈夫、ここに来る前にお母さんに一生分遊んで暮らせるお金を渡してきたし、
アシルのことも、一生僕が守るからさ。」
その声には、優しさも、懐かしさも、微塵もない。ただ、俺を自分のものとして捕らえた者だけの、冷たい響きがあった。
「……なんで……」
声が、震える。けれどそれ以上は何も言えなかった。縛られていて動けない。
もう、逃げられない。
アルディアは、ゆっくりと歩み寄る。
俺の目を見つめたまま、
微笑む――いや、赤い瞳は笑ってはいない。
その表情には、興奮と執着と怒りが、入り混じっていた。
「覚えているでしょ、あの歌を。」
胸の奥で、嫌な記憶がざわつく。
クローゼットの中で、俺が歌ったあの歌。
あの時の約束――遊ぶはずだった時間――
すべてを、彼は覚えていた。
「約束を、守る時がきたよ。」
その言葉だけで、全身の血が凍る。
5年間の平穏は、音もなく消え去った。
俺は、目を逸らすことしかできなかった。
もう、戻れる場所はない。
安全な場所は、どこにもない。
ただ、彼の赤い瞳に、全てを捕らえられていることを感じながら、深く沈み込むしかなかった。
「そうだ、自由にしてあげないとね。」
ガシャン! ガシャン!!
手足の鎖が外れる感触に、体がかすかに震えた。自由だ、でも、喜ぶ暇はなかった。
周囲は薄暗く、屋敷の木の床が冷たく、足音が反響する。
「かくれんぼしよっか」
「っ!!!」
低く、落ち着いた声が、背後から響く。
それだけで、心臓が跳ね上がる。
逃げなければ――そう思う。
けれど、どこへ逃げればいいのか。
体は自然と、ある場所へ走っていた。
素足が冷たい床に擦れる音だけが、静かに響く。窓の外にはただ暗闇だけが広がっていた。昔はあんなにもいた使用人はいない。
人の気配がない大きな屋敷は酷く不気味に思えた。
「いーち、にーー、さーーーん、」
数える声が段々と遠さがる
目的の部屋の扉を見つけ、思い切って飛び込む。エルス様の執務室だった。
エルス様が亡くなった、俺が毒殺した、
あの部屋だ。部屋の中は5年前のままだった。木の机や本棚が無造作に並び、かすかな埃の匂いが鼻をつく。そして、机上に置かれている、あの日のワイングラスと瓶な目に入り、息を飲む。
アルディアの数字が聞こえなくなった気がして、急いで机の下に身を潜める。
胸がばくばくと音を立て、汗が背中を伝う。
ここなら見つからない――そう思いたかった。でも、闇の中で、何かが蠢くような感覚があった。影が揺れる。
風でもないのに、冷たい空気が頬を撫でる。
――静かすぎる。
逆に、それが怖い。
アルディアの足音が、コツ、コツ、コツと
廊下に響く。近づいたり、遠ざかったり。
酷く胸の奥がざわつく。机の下で息を殺しながら、脳内に警報が鳴り響く。
――遊びでは、済まされない。
床に手をつき息を整える。
冷たい木の感触が唯一落ち着けた。
背筋に、アルディアの視線が突き刺さるような感覚。息を止めるしか、逃げる術はない。
ただ、暗闇に隠れ、自身の心臓の音が響く中で、彼に捕まらないことだけを願った。
廊下の向こうから、重く規則正しい足音が響く。板の隙間を伝って、床全体が振動しているようだ。
足音が近づき、また遠ざかる。
それを何度も繰り返しながら、アルディアは屋敷の闇に溶け込むように、俺を探している
ガチャ
そして隠れて20分後ほど経ち、ついに
執務室の扉が開いた音がした。
心臓が跳ね上がるのを何とか堪える
コツ、コツ、コツ、…コツ
アルディアの足音が、机のすぐ脇で止まる。
冷たい気配が、まるで体を撫でるように迫る。今はもう、息を止めるしかない。
俺は僅かな呼吸の音も漏らしたくなくて、
小さな影のように縮こまっている。
そして、アルディアの足音が何故か遠ざかっていく気配がした。
(…………切り抜けたのか…?)
扉が、きい、と低く鳴って閉まった音がした。足音ももう、聞こえない。
(行ったか…?そうだ、隙を見て外に逃げよう…屋敷の外に出れば、ここよりは…)
胸の奥に張りついていた緊張が、ほんの一瞬だけ緩む。肺に空気を入れようとして、喉がひくりと鳴りそうになるのを慌てて押さえた。でも、やっぱり静かだ。
あまりにも静かすぎる。
俺は、1度、そっと息を吸った。
その瞬間だった
「――みいつけた」
悪魔の囁き声が、頭上から降ってきた。
声は近すぎて、耳元ではなく、頭の内側で響いたみたいだった。血が一気に冷える。
視線が反射的に上を向く。
書斎の天井梁。
影に溶けるように美しい顔があった。
逆光の中で、銀の髪だけが不自然に浮かび上がっている。赤い瞳が、獲物を見下ろすように細められ―その瞳は、5年前と同じように、遊びを心から楽しむ少年のそれだった。
「……ひ、っ!!!!!!!」
あまりの衝撃に声が出ない。喉が凍りついたみたいに、息だけが浅く漏れる。
アルディアは、梁から音もなく降り立った。
少しは床板が軋むはずなのに、ほとんど音がしない。
「やっぱりアシルは隠れるのが上手いなぁ」
穏やかな声で、褒めるみたいな口調。
でも、その目は笑っていない。
一歩、近づくアルディアのその手には、
先程体を拘束していた鎖があった。
鎖が床を引きずる音が、やけに大きく響いた。俺は後ずさろうとして、机にぶつかる。
逃げ場がない。
「まさかねえ」
アルディアは笑う。
「父が死んだ、この部屋に隠れるなんて」
言葉が、刃みたいに突き刺さる。
俺は何も言えない。言い訳も、謝罪も、ここでは意味を持たない。
「いい趣味だね、アシル。」
「っ!!!」
ガン!!!!!!
肩を掴まれた抵抗する前に、力強く床に押し倒される。背中が床に打ちつけられ、息が詰まる。視界いっぱいに、銀の髪が落ちてくる。赤い瞳が、真っ直ぐ俺を射抜いていた。
「まだ遊び足りない。もっと遊ぼう」
「……ぐっ!!ぁ」
喉元に白く大きな指が添えられる。
気道を締め付けられて息が細くなる。
空気が減っていく感覚より先に、頭が真っ白になる。
「大好きだよ、アシル。」
「やっと捕まえた」
「僕のアシル」
「あいしてる」
「ぁ゛………ぐっ、………ァ」
一言ずつ、確かめるみたいに囁きながら、
指の力が増す。首が締められ、視界の端が滲む。でも、アルディアの声だけはやけに澄んで聞こえた。怒っているはずなのに、憎んでいるはずなのに、その顔は、ひどく満足そうだった。
その時、俺は薄れゆく意識の中で、ようやく理解する。
これは復讐じゃない。
裁きでも、断罪でもない。
5年前から止まったままの、かくれんぼの続きだ。約束の続きだ。
「愛してるよ、アシル。」
アルディアの顔が近づいてきて
唇同士が触れ合った
暖かくて、柔らかい唇に反応することなく
首を絞められた状態が続いたことで脳内酸素が薄くなり、そのまま意識を失った。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目か覚めると、またアルディアの部屋に戻っていた。届く距離に、水も食事も用意されていて極端な不便はない。でも、手足は鎖でベッドサイドに繋がれているため自由はない。
腕や足をを動かすだけでジャラジャラと金属の音が部屋に響く。それだけで、全てが重苦しく感じた。
「おはよう、アシル。」
アルディアは穏やかな表情で部屋にやってきて、目が合うと少しだけ微笑む。
「朝ごはんも食べてくれよ?
君の大好きなライ麦のパンを焼いたんだ
お母様には敵わないだろうけどね」
傍に置かれた食器は丁寧に揃えられ、パンの香ばしい香りと、オニオンスープの匂いが漂う。昨日あんな酷い目にあったというのに、
お腹だけは空いていた。
恐る恐る食事へ手を伸ばすと
アルディアが心から嬉しそうな顔で
隣の椅子に腰掛けた。
今から仕事に行くのか、身なりは整えられ、上質なコートを着ていた。
「……、あの港町から…この国までは距離があっただろ……俺が、気絶してる間にどうやって運んだ…?」
昨日この場で目が覚めてからずっと気になっていたことを聞く。
だって俺と母さんはあの街に行くのに2ヶ月も移動したんだぞ。あの国とルミナリア王国はとにかく遠い。気絶してる間に運べる距離じゃない。
「…んー?、とある国の魔道士に莫大なお金で瞬間移動の依頼したんだよ。」
「………莫大な……お金、」
噂にも聞いていたが、アルディアは宝石産業でえらく成功していて、お父上とは違った道を歩んでいるようだった。
アシルが言葉を失ったまま黙り込むのを、
アルディアはニコニコしながら見つめるだけだった。
「…僕の見た目は随分変わっちゃったけどさ、また昔みたいに一緒にいれて幸せだなぁ。」
そう言って俺の黒い髪を撫でるアルディア
昔は俺がその銀色の髪を撫でていたのに
今ではすべて自分より大きくなってしまい、アルディアはもう、子どもではないのだと痛感する。
「…アルディア……、き、昨日、…俺に、キスした…?」
朝から何度か過ぎった記憶が気になって仕方なかった。だから、今の上機嫌なアルディアになら聞けると思って、恐る恐る聞いてみる。案の定アルディアは、上機嫌そうに俺を撫でる手を止めなかった。
「したよ。だって、好きな人にはキスしていいんだよ。アシル知らなかったの?」
そう言って笑われると、何だか恥ずかしくて、とにかく居た堪れなくなった。
「……し、……しらない」
声が小さくなって、視線が勝手に下へ落ちる。それを見たアルディアは、くすっと笑って、頭を撫でていた手を、 頬へずらした。
頬に当たる冷たい手に、思わずビクッ、と反応してしまう。
「そっか。この5年間、アシルがそう思える人はいなかったんだね。」
責めるでもなく、からかうでもなく。
ただ、何故かとても嬉しそうだった。
「でもね、嫌だったらちゃんと言っていいんだよ?」
その言い方がずるくて、胸の奥がちくっとする。嫌だったかと聞かれれば、答えは違う。
ただ、どう受け取っていいかわからなかっただけだ。
「……嫌、じゃないけど……」
「けど?」
「アルディアは……お、弟、みたいな存在だったから……」
勇気を出して言ったその一言に、アルディアは一瞬だけ目を瞬かせた。
それから、ゆっくり微笑む。
「そっか。弟、か」
その声は柔らかいのに、どこか甘くて、少しだけ苦い。
「……僕はね、アシル。君にとって僕がどんな存在かってあんまり重視してないんだ。
ただ、君に理解して欲しいだけ。僕がどれだけアシルを愛していて、どんな気持ちで5年を過ごして、どんな気持ちで君を探し続けたのか。関係は、これから作り直せばいい。」
そう言って、今度は額にそっと触れるだけのキスをした。
「っ、!」
ちゅっ、というリップ音が鳴り、一瞬で離れたのに、その熱が頬に取り残されて、心臓がとにかくうるさい。
「……ね、この行為ひとつで僕の愛情が伝わるでしょ?」
からかうような声に、僕は何も言い返せなくて、ただ顔が熱くなるのを誤魔化すように俯いた。
アルディアの“好き”と、僕の“分からない”。重なりきらないその距離が、妙にくすぐったくて仕方なかった。
暫く黙り込んでいると、
アルディアは立ち上がる。
「今日はなるべく早く帰ろうとは思ってるんだ。でも、最近仕事が立て込んでいてね」
コートの襟を整えながら、当たり前のように続ける。
「昼ごはんは使用人が持ってくる。
トイレまでこの鎖が届くように調節して行くから安心して。」
「…逃げようなんて、二度と考えないでね。」
それは、忠告にしては穏やかな声だった
「ここは外より、ずっと安全だから」
「行ってくるね」
扉が閉まる音は静かだった。
けれど、その後に続いた重々しい鍵の音が、
部屋に残った空気を完璧に閉じ込めた。
⸻
一人になると、
鎖の存在が急に主張し始める。
手首を少し動かすだけで、
じゃら……と金属音が鳴る。
足も同じだ。立てないわけじゃない。
ベッドの脇に腰掛けることもできるし、
廊下には出れずとも、この部屋に備え付けられている清潔なトイレにも自由に行ける。
でも結局、この必要最低限の距離だけしか
自由がない。
窓は鍵がかかっていて開けられない
扉にも重く鍵が掛かっている。
しばらくして、控えめなノックと外から鍵を開ける音が聞こえる。
入ってきたのは、二人の使用人だった。
年嵩の男と、若い女。5年前は見たことがない使用人だった。
どちらも決して俺とは目を合わせない。
食器を下げ、部屋を整え、
必要なことだけを必要最低限の動きでこなす。
昼も、夜も、同じだった。
食事はきちんと出る。
体を拭くための湯も、着替えも用意される。
でも、誰も話しかけない。誰も笑わない。
――アルディア以外は。
夜、仕事を終えたアルディアが戻ると、
部屋の空気だけが少しだけ緩む。
「今日はどうだった?」
そう言って、ベッド近くの椅子に座り、
帳簿や書類に目を落とす。
「……………どうっ、て…なにもなかった…」
「誰かと話した?」
「………誰とも、話してない。」
「そう、それは良かった。」
そう言って、また資料に目を落とすアルディアに何だか胸がズキッ、と傷んだ。
アルディアはもう、大人になっていて
夜は俺に子守唄を強請らないし、クローゼットで内緒のお話もしないし、手を繋いで『僕が眠るまでそばに居て?』とも言わない。
アルディアの世界は進んでいるのに、
まるで、自分の世界だけ止まっているような
奇妙な違和感に不安を覚えた。
「おやすみ、アシル。
先に眠っていていいよ。」
そう言って頭を撫でられる
アルディアはまだ眠らないのだろうか?
随分と遅い時間な気がするのに、と思っても
もう昔のように年上面をするのも憚られた。
朝起きると、アルディアがまだ眠っていた。
大人二人が余裕で収まり、むしろまだまだスペースのあるキングベッドなはずなのに
アルディアはアシルを後ろから抱き抱えるような体勢で眠っていた。
自身の腹部を見ると、そこにはアシルのの数倍筋肉のついた男らしい腕がしっかりと巻きついていた。
抱きしめられるように寝転んでいるので
体格差を嫌でも自覚してしまう。
(………イシュマの平均身長は低めなんだ……俺が低い訳じゃない……別に、168cmちょっとはあった気もするし……いや、165cmだった気も……いや、それでもアルディアがデカすぎるだけだ。ルミナリア王国の人間は全員デカイから……うん、俺はチビじゃない…)
そう必死に自分にいい聞かせながら、アルディアが起きるまで目を閉じようとすると
ごり
身じろいだ瞬間、自身の腰というか、臀部に
何か硬いモノが当たる感覚があった。
「………………?」
硬くてでかい、なにか
「…………ぁ、」
俺ももう23歳の立派な大人で、
その現象の名前くらいは知っていた。
(アルディアももう、大人になったんだもんな……19歳だもんな……)
分かっている、分かっているはずなのに。
ここに来て何度目か分からないほど、
また居た堪れない気持ちになっている。
なんとか意識しないでやり過ごせるように
もう一度目を閉じると、背後から
「ふっ、」
と笑い声が聞こえた。
「……起きてたのか…アルディア…」
「勿論。僕は毎日早起きだからね。」
これからも毎日こうやって
からかわれるのかと思うと、少し憂鬱な気分になった。
◇◇◇
それからもう何日も、何ヶ月も経った気がする。毎日、毎日、同じような生活が続いて
感覚が麻痺していくのが分かった。
朝、決まった時間にノックが鳴る。
食事が運ばれ、水が替えられ、
簡単な確認だけが行われる。
誰も余計なことは言わない。
でも誰も優しくはしない。関わらない。
それが、少しずつ「普通」になっていった。
最初はすこし警戒していた食事も、
空腹には勝てず、やがて当たり前に手を伸ばすようになった。ずっと気になっていた鎖の音も眠りを妨げなくなった。
寝返りを打てば鳴り、起き上がれば鳴る。
(ああ、こういうものなんだ。)と
無意識に、そう理解してしまう自分がいた。
そしてもうひとつの変化は
アルディアの帰宅を待ち望んでしまう自分がいるということ。
朝から夕方まで誰とも話さず、何も出来ない日々が続き、退屈のあまり気が狂ったのかもしれない。与えられた本はすべて何度も何度も読み終えているし、天井の壁の模様を見つめるのは飽きてしまった。
だから、アルディアの顔を見ると
酷く嬉しく思ってしまう。気分が上がる。
こっちの口数も増える上に、アルディアの仕事の話を聞くのもとても楽しい。もっと聞きたい、もう1回聞かせてほしいと強請ってしまう日もあった。
まるで、昔の逆だ。
歌を唄って、手を繋いで、かくれんぼして
昔はアルディアが俺に一方的に強請っていたのに、今では俺がアルディアに強請ってしまう。一緒に眠ってくれる夜が、1番特別で、楽しい時間だった。
ある夜、ふと気づく。
鎖が絡まっていないか、寝る前に自然に確認している自分に。寝ている間に引っかからないように、怪我をしないようにと自分自身で鎖の状態を確認していた。
それに気づいた瞬間、ゾッとした。
この確認は逃げるためじゃない。
快適に眠るために確認しているんだ。
繋がれているこの状況に麻痺している、慣れてしまっている。何より怖いのは、もう恐怖を感じなくなっていることだった。
「……俺……」
天井を見つめながら、アルディアに抱きしめられながら、そっと目を閉じる
ふ、とよぎる。
――いつか、外に出られた時、
――俺は、ちゃんと歩けるんだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇
【アルディア・グラナード視点】
アシルを、見つけ出し、屋敷に戻した。
アシルと3年間、共に過ごした場所へ。
皮肉だけれど、ここ以上にふさわしい場所は思いつかなかった。
アシルを閉じ込める僕の部屋は、昔のままだ。窓も、家具も、光の入り方も。
違うのは、もう二度と出られないという一点だけ。
使用人は減らした。
数ではなく、質が必要だったから。
僕とアシルの事情を深く詮索しない者。
命令を命令として受け取れる者
沈黙を守れる者、僕と主従としての絆ではなく、冷たい金だけで繋がれる者。
選ばれた彼らは、何も聞かない。
何も言わない。ただ、鎖で繋がれる褐色の青年の身の回りのことをするだけ。
アシルを見つけて、閉じ込めてから
僕の世界が、驚くほど整い始めた。
悪夢を見ることなく、朝は早く起きられる。
書類に目を通す速度も上がった。
判断に躊躇がなくなった。
資産は増えていく一方だった
「若き伯爵とは思えない手腕ですな」
「まるで、先代様の再来だ」
「馬鹿言え、先代様は騎士だっただろう。」
「あぁそうだ、英雄だった。」
「英雄の影を超えましたな!アルディア様は」
賞賛の言葉は、耳に心地よいが
それがアシルの声じゃないだけで魅力は半減する。それだけだ。
アシルは逃げない、あばれない、僕を拒絶しない。それは、アシルも僕のことや、この部屋が嫌いでも、憎いわけでもないからだ。
だってアシルは、やりたくないことを
脅されてやっただけで
僕との時間は確かに幸せだった筈だから。
だから戻した、昔の僕たちに。
隣で静かに眠るアルディアの黒く、長く伸びた髪を撫でながら書類に目を落とす。
今度の取引は今までで1番大きい。
今までルミナリア王国とは距離を置いてきた国との取引。この仕事が終われば、暫くはアシルとの時間をゆっくりとれるだろう。
アシルが死ぬまで、何不自由のない暮らしができるように。今は働き続ける。
それでも、ふと考える。
この成功も、この称賛も、この美しい世界も。全部、アシルがここにいるからだと。
パズルのパーツが揃った、そう感じた。
「……5年も欠けていたんだ…」
誰にともなくそう呟く。
君がいなくなって、世界は壊れた。
そして君を取り戻して、世界は正しくなった。だから、もう、君を離す理由なんて、
もうどこにもなかった。
何より外の世界は、危険だ。
それを、誰よりも知っている。
数々の取り引きで、酒場での出会いで、
人々がどんな顔で醜い嘘をつくのかを、嫌というほど見てきた。
優しさは利用される
弱さは踏み潰される
名前も、罪も、都合よく書き換えられる。
――アシルには、こんな醜い世界はもう二度と見せたくない。
彼は、優しすぎる。
自分の罪を、自分一人で背負おうとする。
罰を受ければそれで終わると思っている。
(そんなわけないのに。)
だから、今はここにいる。
この屋敷は安全だ。壁は厚く、鎖は強固で
関わる人間は厳重に選んでいる。
静かで、規則正しくて、余計な声が届かない。
父の時代からいた使用人たちはどうなったかって?勿論アシルを探しに行く前に全員解雇した。解雇した奴らはとにかくうるさかった。
「アルディア様ももう成人です。
婚約者を探しましょう!」
「復讐に貴重な人生を使うのは勿体ない!
あんな恩知らず忘れてください!」
「私が見つけだして殺してやりますぞ」
「亡き旦那様も、きっと復讐より伯爵家の栄光、そして跡継ぎを求めていらっしゃるはずですわ。」
すべて、雑音だったから切り捨てた。
跡継ぎなど、時が来れば養子を迎えればいい。何ならグラナード伯爵家など僕の代で潰してやってもいい。
アシルのこと以外は塵程度のものだった。
ではずっとアシルをあの部屋に、あの屋敷に、僕そばに繋いでおくかというと、
YESだ。自由?自由なんて、幻想だ。
外に出れば、誰かが罪人である彼を裁く。
罪を犯した理由も知らないくせに、人々は無慈悲にもアシルを業火で骨まで焼き尽くすだろう。
そんな未来を、
どうして選ばせなきゃいけない?
ここなら、誰も触れない。誰も奪われない。
誰にも傷つけられない。
僕はアシルを守っているんだ
『その先に幸福はあるのかい?』
部屋のどこかから、幼い頃の僕の声が聞こえて、アシルを撫でる手をぴたっと止める。
『お前の輝かしき人生をあの無価値な者に捧げるというのか?』
亡き父の声も聞こえた。
そのふたつの声は、僕を責めるでも、貶す訳でもない。
ただ、問いとしてそこに在った。
……幸福?
そんなものは、彼が無価値な奴らに裁かれる未来よりは、遥かにここにある。
鎖は、暴力ではない。
選択肢を奪うためのものではない。
これは「保護」だ。世界の理不尽から彼を隔離する、最後の手段。
悪役なら僕が引き受ける。
アシルの罪も、僕のエゴも、
誰にも裁かせない。
アシルの隣で眠りにつこうと瞼を閉じた
今度は耳元で、はっきりと、
幼い僕の声が囁いた。
『アシルの母親を殺したこと、
アシルには内緒にしようね。』
「ははっ、勿論。」
【END】
それがどういう意味なのかを、
十歳のアシルは正確には知らなかった。ただ、家を出ていく背中がいつもより遠く見えたことだけを覚えている。
「必ず戻る」
そう言ったかどうかは、思い出せない。言われた気がしただけかもしれない。でもそれきり、父は帰ってこなかった。
父が出ていってから何ヶ月も、毎日、空がひどく明るかった。
そして毎日轟音が鳴り響いていた。なんだろうこの音は、砂嵐かな?砂嵐なら父は無事だろうかと
幼いアシルは母の胸に抱かれながら不安になる。
金属同士がぶつかる音。
何かの山が崩れる音
聞き慣れない言語の叫び声
母は、いつもアシルを強く抱いた。
「外に出ちゃいけないよ」
その声が、震えていた。
窓の隙間から見えた光は、
あとになって、宝石だと知った。
敵国ルミナリアの兵の装飾は、すべて本物の宝石で出来ていた。
美しく、冷たい光を放つ宝石。
ルミナリア王国は大陸で1番鉱石が取れることから宝石の国と呼ばれていた。父を連れていった国。
砂漠に囲まれた祖国を潰した。
朝も、昼も、夜になっても母はアシルを抱えたまま動かなかった。
外は夜でも赤かった。
火の色で自慢の星が見えなかった。
「おとうさんは?」
その問いに、母はすぐに答えなかった。代わりに、アシルを抱き寄せて、言った。
「だいじょうぶだから」
それは、約束ではなかった。
自分に言い聞かせる言葉だった。
「おかあさんが、守るからね」
小さな背中に母の腕が回る。
震えているのがわかった。
そのまま、母は歌い出した。
ねむれ ねむれ
砂の子よ
月はみずを わすれない
かわいた ゆびで
なぞる ほしは
なくした なまえを
しっている
てをはなしても
こえは ほどけず
こころは うたに
ついていく
さがさなくて いい
よるは ながい
星をみつけたら
もう さむくない
声はかすれていた。
それでも歌は途切れなかった。
アシルは毎日聞くその歌を覚えた。歌詞の意味は分からない。でも、抱きしめられていた感触ごと、歌を覚えた。
数ヶ月後、母と一緒に故郷を出た。最低限の荷物を持って、安全な場所に移動した。
そこに父はいなかった。
同時にもう、帰る故郷もなかった。残ったのは、母と、その歌だけだった。
それから数年が経ち、ある日買い物から隠れ家に帰ると
母さんが大勢の男に囲まれていた。肌の色からして、全員同じ国で生まれた同胞だと分かった。
でもどうしてか、同胞たちは母に刃物を向けている。
アシルは酷く混乱していた
1人の大柄な男がこう言った
「母親を連れていく。殺されたくなければ
お前が同胞の仇を打て。」
「ルミナリア王国に潜入して、憎きグラナード伯爵を殺すのだ。」
「お前を捨て置く場所はグラナード家の領地だ。運良く取り入れるかもしれない」
「期限は3年だ。逃げたり、暗殺失敗をすれば……お前の母親は生きたまま燃やす。」
そんな一方的な事を言われ、混乱していたアシルは、結局その場で母と最後の言葉を交わす時間すら与えられず、目隠しをされ
男たちの馬車に乗せられた。何十時間に渡って、知らない土地へ物のような運ばれて。
そしてアシルは、
敵国のとある領地へ放り出された。
放り出されて、何日が経っただろうか。
もう何日も飲み食いできていないアシルは
ボロボロの孤児に成り果てていた。
地面に寝そべり、夜を明かす。
意識が何度も何度も途切れていた。
故郷の砂の感触だけが、ずっと残っている。口の中が乾いて、舌がうまく動かない。
とても寒い夜だった。
暗くて、もう何も見えなくて
音だけを聞いていた。
すると、靴音が聞こえた。
段々と、足音が近づいてくる。
立ち止まる音
「……生きているのか」
声は低く、特に感情がなかった。
同情、憐れみ、どんな感情なのかは読めない平坦な声のトーン。
アシルは、目を開けようとした。
けれどまぶたが重い。
栄養失調と水分不足で、もう動けなかった。
一瞬、少しだけ開いた目の、僅かな視界の端にキラッと輝く光が見えた。冷たい、白い光。
それは、何年も前、家から見えたルミナリア兵の装飾だった。
「おい、屋敷へ連れていけ。」
「はい」
部下に告げられる短い命令
すると、久しぶりに人に触れられる感触に少し驚いてしまう。
体を持ち上げられる感触に、この浮遊感に、不安になる。
特段乱暴ではない。かといって、丁寧でもなかった。
まるで、アシルは荷物のようだった。馬車のようなもので運ばれながら、アシルは必死に意識を繋いだ。
(ここで眠ったら、次に目が覚めた時、どんな目にあってるのかわからない。)
だって、この肌と髪の色と瞳の色は
この国の敵であったイシュマ王国の特徴そのものだから。きっと、この人は気づいている。今から連れていかれるのは、処分場なのか、奴隷売買場なのか、どちらにしろ良い待遇は受けられないだろう。敗戦国の孤児なんて、そんなものだから。
------
----
目を覚ましたとき、そこは
檻でも、奴隷売買会場でも、天国でもなかった。
ただそこには、天井があった。
暖かく質のいいベッドに横になり、暖かい羽毛の毛布がかけられている。
自身の手を見てみる。臭くない、汚くない、
体は、きれいに拭かれていた。
ゆっくりと扉が開いて、2mはありそうな、威圧感のある初老の男性だった。
「目が覚めたか、小僧。」
このぶっきらぼうな、感情の読めない低い声は、気を失う前に聞いたあの声だ。
「………あの、あなたは、」
「グラナード伯爵家当主、エルス・グラナードだ。」
(………………グラナード………?
あの男たちが、言っていた名前だ………)
その瞬間アシルは理解した
神は、アシルを見捨てなかったのだと。
男たちの策略の通り、暗殺対象に拾われたのだ。奇跡に等しい確率で。
でも、今この人に襲いかかったとして
片手ひとつでねじ伏せられるのは分かりきっている。ならば、機会を窺うしかない。
虎視眈々と、ここで、信頼を得て、力をつけて。
「小僧、生き延びたいか。」
問いはあまりにも短かった
「……はい」
それ以外の答えは、
許されていない気がした。
「なら、ここで働け。
ちょうど息子の遊び相手が欲しかったところだ。」
それは、酷く好都合すぎて、
罠にでもハマっているのかと錯覚する。
でも、それでも、拒む理由はなかった。
「小僧、名は?」
一瞬迷ってから、素直に答えた。
「……アシル」
「そうか」
その瞬間から、
アシルはグラナードの一員になった。
アシルは、後になって思う
あの夜、救われたのか、それとも
罪の始まりだったのか。
その答えを、きっと誰も教えてはくれないだろう。
ただ一つ確かなのは、
伯爵の言葉が、アシルの運命を大きく変えたということだけだ。
-----
アシルは、あの歌を覚えている。
優しく、やわらかく、頭の奥に残る旋律。
砂の夜に母が口ずさんでいたそれを。
ルミナリア王国、グラナード伯爵家の朝は静かだった。宝石の国と呼ばれるほどに栄えたこの国の屋敷はとても平和で、拍子抜けするほど何も起こらない。
大きな屋敷の廊下は長く、床は大理石で造られており、触れるととても冷たい。
磨かれた石の感触が裸足の裏に伝わる。
ここへ来た日のことを、アシルは今でも夢に見る。14歳の夜、泥と砂にまみれて倒れていたところを、拾ってもらった。
それが、グラナード伯爵家当主、エルス・グラナードとの出会いだった。
居場所を失っていた少年に、男は何一つ問いを投げなかった。
なぜここにいるのか
目的は
どこの国の人間か
ただ、衣服と仕事と眠る場所を与えた。
息子の遊び相手として。
やさしさではない、同情でもない。
それでも、アシルにとっては十分すぎた。
⸻
この屋敷での仕事は多かったが、苦ではなかった。アシルは、体こそ丈夫ではなかったが、手は器用だった。重いものを運ぶより、掃除や裁縫、子どもの世話が向いていた。
そして、伯爵家の一人息子――アルディアは、よくアシルに懐いた。
銀色の髪に、赤い瞳。まるで宝石のように輝く美貌は、まさに天使のようだった。
まだ幼く、感情が顔にそのまま出る年頃の子ども。アシルとは4歳差だった。
アシルは14歳で、アルディアは10歳だった。
「アシル、あそぼう!」
そう言って、よくクローゼットの中へ引きずり込まれた。広い屋敷の、奥まった部屋。
高価な服と布に囲まれた、アシルとアルディアにとっての小さな特別な空間。
「あの歌、うたって!」
アシルは笑って頷いた
アシルの故郷、イシュマの歌だ。
もう、国は滅びてしまい、この歌を歌える人も、ほとんど残っていない だろう。
それでも――
この歌は、まだ生きていた。
ねむれ ねむれ
砂の子よ
月はみずを わすれない
かわいた ゆびで
なぞる ほしは
なくした なまえを
しっている
てをはなしても
こえは ほどけず
こころは うたに
ついていく
さがさなくて いい
よるは ながい
星をみつけたら
もう さむくない
アルディアは目を閉じて聞いていた。
アシルが歌い終わるたび、必ず言う。
「ねえ、歌い終わったら、一緒に遊ぼう」
「はい、アルディア。」
この約束は毎日、毎日交わされた
アルディアはいつも、アシルの後ろをついてきた。キッチンでも、廊下でも、庭でも。
そこに用事があるわけでもないのに。
「アシル」
可憐な声に呼ばれれば、振り返る。
それだけで少年は満足そうに笑った。
アルディアは誰にでも懐く訳ではなかった。
父とアシルにのみ、心を開いていた。
他の使用人がアルディアに声をかけても、反応は薄い。感情が入っていない、淡々とした会話しかしない。
けれど、アシルには違った。
アシルの袖を掴んで、指を絡める。
どこにいくにも離れない。
「どこいくの、アシル。」
「仕事ですよ、アルディア。」
「じゃあ、あとでね。あのクローゼットで待ってるからね。」
「はい、必ず行きます。」
アルディアにとって、その「あとで」が、いつなのかは重要じゃない。約束をした、という事実だけが欲しいのだ。
夜になると、必ずアルディアの部屋に向かい、クローゼットで遊ぶと決まっていた。
暗い中で、たくさんの服に囲まれて、
アルディアはアシルの腕を抱え込む。
「アシル、いなくならない?」
「いなくならないよ。ずっと、アルディアと一緒にいますから。」
「ほんとに?」
「ほんとうに。」
「ふふっ、うれしい。ねぇアシル、あの歌、今日も歌って?」
そして、毎日の日課として故郷の歌を口ずさむ。歌を聞いている間、アルディアは眠らなかった。キラキラと輝かせた瞳でアシルを見つめて、アシルの褐色の手に自身の白い手を絡ませながら肩を寄せる。
「ねえ」
「?」
「歌、終わったら遊ぼうね。」
それは、いつもの、お決まりの約束。
この歌が終わると、アルディアが眠りにつくまで遊ぶのだ。
2人の穏やかな日常は、あっという間に過ぎていき、1年が経った。
庭の石段に並んで座って、
花壇に植えられたたくさんの花を眺めながら
世間話をする穏やかな時間を過ごしていた。
「ねえ、アシル」
いつもの呼び方、いつもの距離。
11歳になったアルディアは少しだけ背が伸びて、前より笑顔が増えた。
「父上はね、すごいんだ」
そう言って胸を張った。
ルミナリア王国の英雄の息子として誇らしいといった顔だった。
「ルミナリアとイシュマとの戦争で、いちばん前に立ってたんだって。
たくさんの敵兵を一人でやっつけたんだ」
「宝石みたいに光る剣で、
たくさんのひとを守ったんだ」
守った。その言葉が、耳に残る。
「この国を、勝利に導いたんだ!」
誇らしげに笑う、疑いのない声。
この国が勝利したということは、イシュマは敗れ、たくさんの人が死んだのだ。
英雄が守ったのは、ルミナリア王国の人間だけ。イシュマ王国の数万の国民が惨たらしく灰になった裏で、幸せに暮らしていくルミナリアの国民たち。
アシルは、真っ黒な思考とは裏腹に、笑顔で相槌を打った。
「……本当に、立派だね。」
それ以外の言葉は見つからなかった
「アシルは、イシュマって国、知ってる?」
突然そう聞かれ、返事が一拍遅れる。
「…………………ううん、知らない。」
そう答えると、
アルディアは気にした様子もなく続けた。
「僕もね、行ったこともないから、名前だけしってる。」
「でもね、父上が、そこで活躍したってことは
たくさんの人から聞いた。」
活躍
その言葉に、父の最後の背中が重なる。
帰らなかった背中、砂の夜に消えた背中。
「だから、みんなが父上を尊敬してる」
アルディアは、
それが当然だと信じている。
「僕も、そうなりたい」
未来の話として無邪気に言う。
アシルは、虚しい気持ちで空を見上げた。
光が、きれいだった。宝石の国の空は、
どこまでも澄んでいる
「……なれるよ、アルディアなら。」
声がいつもより少しだけ低くなった
でもアルディアは気づかない。
「ねえ、あとで歌をお願い」
この話はそれで終わった。誰かにとっては誇らしく、誰かにとっては残酷な英雄譚は、
遊びの前置きだと言わんばかりに軽かった。
「かくれんぼしよ、アシル!」
アルディアはそう言うと、きゃっきゃっと楽しげに笑って、木の陰に隠れていく。
見つけられる前提で隠れている。
それが、彼のやり方だった。
「アルディアみつけた。」
「えー、ずるい!隠れるとこ見てただろ?」
「でも、ちゃんと探したよ?」
「……うーーん、ま、いいや!」
納得していない顔。
それでも嬉しそうな顔で手を引いてくる。
「次は、ぼくが探すから!」
目を閉じて数を数える声を、その場を離れる背中で聞く。
「いち、に、さん……ろく、」
途中で数を飛ばしているのを、アシルは何も言わなかった。
いつもの光景、いつもの日常、平和な日々
でもこの幸せは、すべて借り物なのだと。
アシルはどこか、冷静に考えていた。
たくさん遊んだ後、夜眠る時間になっても
アルディアが眠れない日が度々あった。
「ねむれない」
扉の向こうで、不安げな声が聞こえて部屋に入ると、ベッドの端に座ったままこちらを見るアルディアがいた。
銀色の髪が月光に照らされてキラキラと輝く。闇のような黒い髪と、黒い瞳、褐色の肌をもつ自分とは真反対な光。誰が見てもこの2人が並ぶと、アシルが闇で、アルディアが光だった。
「こわい夢でもみた?」
「……ちがう」
理由を聞いても答えは返ってこない。
アシルは、そっと隣に腰を下ろして、
アルディアの美しい髪を撫でる。
銀色の髪はとても柔らかい
「歌を、うたおうか?」
その問いにアルディアはすぐ頷いた。
今日はクローゼットじゃない。
月明かりに照らされた部屋の、
ベッドの上で。
ねむれ ねむれ
砂の子よ
月はみずを わすれない
かわいた ゆびで
なぞる ほしは
なくした なまえを
しっている
てをはなしても
こえは ほどけず
こころは うたに
ついていく
さがさなくて いい
よるは ながい
星をみつけたら
もう さむくない
うとうとするアルディアは、中々目を閉じない。きっと眠りたくないわけじゃない。
ただ、目が覚めた時、アシルがいなかったらと思うと怖いのだ。
「……終わったら…、」
「うん?」
「終わったら、いなくならない?」
その言葉に胸が少しだけ痛んだ。
「いなくならないよ」
そう言うと、やっとアルディアは目を閉じる。指先が、袖を掴む。
眠りに落ちるまで離れない。
しばらくすると、隣から規則正しい寝息が聞こえる。それを確かめてから、そっと、手をほどく。
「おやすみ、アルディア。」
⸻
ここにきて3年がたった。ここでの暮らしは、あまりにも静かだった。
朝が来て、仕事をして、光が落ちて夜になる。アシルは、この穏やかな時間が自分のものではないと、わかっていた。
そして、この時間にもタイムリミットがあるのだと。砂時計が、見えない場所でさらさらと流れる音がする。一粒、また一粒。砂が落ちるたびに、ここでの平和な時間が削れていく。
この暮らしは仮初めだ。延命措置のような、猶予にすぎない。アシルは知っていた。
期限は誰にも告げられないまま、確実に近づいている。そしてそれが尽きるとき、選択肢は一つしか残らない。
それなのに、アルディアが袖を引くたび、胸の奥がほんの少し軽くなる。
それが、いちばん怖かった。
――これは、借り物だ。
――返す日が来る。
そう思っていなければ、
壊す時に、立っていられなくなる。だから、あまり期待しない。
だから、深入りしない。
そう決めていたはずなのに。
⸻
ある日の昼の庭は、いつもより明るかった。
「かくれんぼしよう」
アルディアは、そう言って笑った。その笑顔に、痛む心を押さえつけてアシルは微笑む。
「今日は、だめなんだ。また明日にしよう。」
「……うん、いいよ」
アルディアは不安そうな顔で微笑んだ
《また明日》
なぜ、そう答えたのかはわからない。明日なんて、こないのに。
「ねえ、歌はいい?」
「うん、また夜に。」
「歌が終わったら、遊ぼう」
「……うん」
約束はいつも通りだった。
違うのは、アシルが、いつもとは違った寂しげな瞳で、庭を見渡していたことだけ。
花や葉の色
差し込む光
風の音
この当たり前だった風景を忘れないように、アシルは屋敷の風景を目に焼き付けていた。
その日の夜、ついに計画は実行された。
エルス様は夕食をとると、執務室でワインを飲む。そのワインは、キッチンで用意しておくのだが、エルス様が1番気に入っているワインの瓶に毒を入れた。
ワインに溶けていく毒を見つめながら
ただ、母のことを想った。
エルス様の晩酌の準備をようやく任せて貰えるようになったのは、つい数ヶ月前からだった。この数ヶ月間、毒を盛ろうと思えば、いつでも実行に移せた。
でも、それができなかったのは、
きっと、アルディアとの時間をもう少し過ごしたいと思ったからだ。
ワインを運んだエルス様の部屋は、いつも通りだった。扉の前で待機していると、
部屋の中から苦しそうな呻き声が聞こえ、
その後、暴れるような音と、床に大きな体が倒れるような音がした。
(………さようなら、エルス様。)
使用人らが気づく前に逃げなければと
廊下を歩いていると、アルディアに会った。
「アシル?」
呼び止められた声はいつも通りだった
「ねえ、歌ってくれる約束でしょ?」
アシルは、一瞬だけ迷った。
そしていつも通りの声で言った。
「クローゼットで待っててください。
もうあの歌覚えてるよね?今日はアルディアが歌ってほしいな。」
「いいよ、歌いながらクローゼットで待ってる!」
「うん。歌い終わったら、一緒に遊ぼう」
それは、最後の嘘だった。
るんるんで部屋に入っていったアルディア。
扉の向こうで歌声が聞こえた。
「ねむれ ねむれ
砂の子よ――」
アシルはもう、振り返らなかった。
最後の廊下は、やけに長く感じられた。
いつもと同じ絨毯、同じ燭台、同じ壁の色。
それなのに自身の足音だけが異物のように響く。背後では、まだ歌声が続いている。
幼いころと変わらない無邪気で、
何も疑わないアルディアを想うと目頭が熱くなった。それでもアシルは歩幅を崩さず、一定の速度で進んだ。角を一つ曲がる。
もう一つ、曲がる。使用人たちの隣を通り過ぎる。誰も何も言わない。アシルはもうこの屋敷の一員だから、気にしていないのだ。
玄関の重厚な扉に手をかける。
重い。いつもより、ずっと。
背後で、歌が途切れた気がした。
それでも、アシルは扉を押し開ける。
外の空気は冷たく、肺に刺さる。
門をくぐった瞬間、歌声は完全に聞こえなくなった。まるで、世界に線を引いたみたいに。そこでアシルは、初めて立ち止まった。
振り返らないまま目を閉じる。
(……さようなら、アルディア)
声にはしなかった。
そして再び歩き出す。
屋敷を背に、幸せだった時間も、居場所も、すべて置き去りにして。
この夜が、終わらないかくれんぼの
——始まりだと、まだ知らないまま。
□□□□□□
【5年後】
朝、窓を開けると潮の匂いがした。
ルミナリアにもイシュマにはなかった匂いだ。砂と熱の代わりに、ここには水と風がある。海は今日も穏やかで、白い光を跳ね返しながら、きらきらしている。
「アシル、パン焼けたよ。」
穏やかな母の声が、部屋まで届く。
また、母と一緒に暮らせている。
それだけで、胸の奥が温かくなる。
キッチンに行くと、母はいつものようにエプロンをつけていた。故郷から持ってきた唯一の物。少し色褪せているけど、母はそれを大事にしている。
「今日は市場に行くんでしょう?」
「うん。魚が安い日だから」
そう答えると母は嬉しそうに笑った
「ふふっ、夜はなにを作ろうかねぇ。」
「母さんの作る料理は全部絶品だもんね」
「あら、いつから褒め上手になったのかしら!」
二人で笑い合う日常はとても穏やかで
この5年間、辛い時期もあったけれど
今はアシルの仕事と、母の内職で2人は不自由なく生活できていた。
この港町に辿り着いて、最初は不審に見てきた町の人たちも、今ではとてもよくしてくれている。ここを選んだのは、港町にいけば
海の仕事で日に焼けた人が多いので、この褐色の肌が目立ちにくいと考えたからだ。
もちろん、あっという間に2人の褐色は溶け込んだ。
5年、長いようで、まだ短い。
母は、夜にうなされることも減った。
うなされながら父を呼ぶ日も。
アシルも夢を見ない夜が増えた。
海の国は、優しい。
誰もアシルたちの出自を気にしない。
砂の国の言葉で少し訛って話しても、
肌の色が違っても、5年も共に過ごせばもう家族同然のように関わってもらえたことが、この親子にとって何よりの救いだった。
親子は向かい合ってパンを食べる。
焼き立てで、少し熱いけれど、小麦粉の香ばしさはアシルの腹も心も満たした。
「アシル、大きくなったね。」
母が、ふとそんなことを言った。
「もう、私より背が高い」
「…母さん、俺もう22歳だよ。」
「あら、私の中では永遠に可愛い子どもなのよ。…でもそろそろ、お嫁さんを連れてきてくれてもいいのにねぇ。」
「………それは、……うん、また追々…」
アシルは自身の容姿に自信がなかった
思春期というデリケートな時期に、
アルディアという国宝級の美形と共に過ごしていたせいで、鏡を見る度に自身の平凡な容姿に自信がなくなっていた。
幼い頃は故郷の大人たちにそれはもう可愛がられた記憶があった。
大きな黒い瞳に、サラサラの漆黒の髪。
故郷の特徴である褐色の肌は、太陽の子である証だと、とにかく褒められた。
でも、ルミナリア王国で暮らす3年でその価値観は大きく覆された。ルミナリア王国では、肌は白ければ白いほど美しいとされ、
髪は色素が薄ければ薄いほど神の子として褒め讃えられた。だから、1度だけアルディアに頼まれて屋敷の外に出たけれど、大人たちはアシルを美しくないと言わんばかりの目で
ジロジロと見てきた。
『あの肌と髪と瞳、イシュマの子じゃない?』
『…やだ、どうしてアルディア坊ちゃんと一緒にいるの?』
『よりにもよって、イシュマを滅ぼしたルミナリアに来るなんて…』
『アルディア様は無事なのかしら…危険な目に合わされるんじゃ…』
わざと聞こえるように侮蔑され、
思わず俯いて立ち止まってしまった。
でも、アルディアは勇敢にもその大人たちに噛み付いた。
『アシルは!ルミナリアの英雄である父上がつれてきたんだ、文句があるなら父上に言ってきなよ!』
アルディアがそう胸を張って大きな声で言うと、大人たちは蜘蛛の子を散らすように
そそくさと去っていった。
いつも、差別や偏見から守ってくれたのは
自分より7つも歳下のアルディアだった。
屋敷でも、いつもアルディアはアシルを守った。その結果、屋敷内でアシルを差別する人間はいなくなったが、やはり外の世界ではまだ自身は受け入れられる存在ではないと
アシルの自己肯定感や自意識を大いに下げたのだった。
『アシル、気にしちゃダメだよ。
アシルの黒い髪も、瞳も、ミルクチョコレートみたいな肌も、すっごく大好きだから!』
『…え、あはは、ありがとう。
そう言ってくれるのはアルディアだけだなぁ。』
少し寂しげな表情で微笑むアシルを真剣な瞳で見つめるアルディアは、
アシルの両手をぎゅぅ、と握りしめた。
『アシルのいいところに気づくのは、僕だけでいいでしょ?』
『え゛』
美しい顔にそう言われて、キュンと胸を弾ませない人間は存在しないだろう。
アシルも例外ではなく、顔を真っ赤にして石のように固まった。
『僕、大きくなったらアシルと結婚するって決めたんだ。アシルもいいでしょ?』
『………けっ、こ、…ん?………え、っと、
き、きみのお父上が、許さないとおもうけど…』
アシルはあまりの動揺に、思わず棒読みになって言葉もスラスラ出てこなくなった。
だって、まさか取り柄のない自分に、
そんな甘い言葉を、こんな街のど真ん中で、白昼堂々と告げられるとはアシルも予想していなかったからだ。
『父上はアシルを認めてるじゃないか!
だから大丈夫だよ!』
『………… 、アルディア……』
結局、アシルは彼の父を手にかけてしまって
この約束は果たされなかったけれど。
アシルはまだ、この記憶を大切に仕舞っていた。誰も見ることのできない、胸の奥深くに。
(お母さんが結婚して欲しいのは何となく伝わってきたけど……この港町では筋肉がついていて、逞しい男前がモテるし…。何やっても筋肉がつかない貧弱な男なんて見向きもされないよ…)
「………でも、昔に1度だけ、結婚しようって、言われたんだ………」
「あらやだ!その人とはどうなったの!?」
(恩知らずな俺は、親切にしてくれた皆を裏切ったんだから……もう、憎まれてるだろうな…。)
「……さぁ、どうなったんだろう。
爵位を継いで、…高貴な人と婚約してるんじゃないかな……」
(そうに決まってる。アルディアは今18歳くらいだろ?あんなに美しい子だったんだ…
とびっきりの美丈夫に成長して……宝石のように美しい女性と婚約してるに決まってる。
この5年間、仇討ちされる気配がなく
穏やかに過ごしてきた。きっと、アルディアは…俺なんか忘れて、前を向いているに違いない…。)
「………そうなの……、あらやだ…しんみりしちゃったわね、ごめんなさいアシル。
そろそろ出掛ける時間よね。」
食事を終えて、母は洗い物をし
アシルは軽く身だしなみを整え、町に出る準備をする。窓の外では、波の音と、子どもたちの笑い声が聞こえる。
(――平和だ。)
こんな日々が、ずっと続くんじゃないかって
希望を抱いてしまう。
敵国の英雄であり、命の恩人である人を殺した罪人。そんなアシルが、5年間穏やかに暮らせたことが奇跡だと、アシル自身も痛感していた。
そんなことを考えていると、
母が、ふと手を止めて言った。
「ここに来て、よかったね。」
「そうだね。」
アシルは頷いた。
それ以上は言えなかった
◇◇◇◇◇◇◇◇
【アルディア・グラナード視点】
――アルディア・グラナードは、
その冬、初めて「自分だけのもの」を手に入れた。
10歳の冬だった。父上が屋敷に連れてきたのは、煤と砂にまみれた痩せ細った男の子だった。年は僕より4つ上だと聞かされた。
けれど、それを知らなければ同い年だと信じてしまったと思う。幼い輪郭、感情の抜け落ちたような黒い瞳。
栄養の行き届いた食事と、清潔な寝床を、生まれた時から当然のように与えられてきた僕とは、体の作りそのものが違っていた。
彼の肩は驚くほど細く、骨が皮膚の下で主張している。筋肉も脂肪もついていない身体は、触れれば簡単に折れてしまいそうで、
実際に抱きつくと、不安な気持ちになる。
背は、使用人が測ったところによると155cmらしい。ルミナリア王国の14歳の平均は168cm前後と聞いたから、やっぱり栄養不足による発育不良児で間違いなさそうだと屋敷を訪れた医師も言っていた。
「アシルは、これからアルディアの世話役として働かせることになった。」
屋敷中の使用人が集められた場で
少年、アシルを紹介された。
――アシル。
それが、彼の名前だった。
父上は名前以外の紹介をしなかった。アシルがどこから来たのか、どんな状況だったのか。どうして父上は彼を拾おうと思ったのか。何も分からないまま受け入れた。
屋敷に連れてこられたアシルは、終始無表情だった。表情も背筋も異様に強張っている。誰かが手を動かすと、ビクッと震える。
殴られると思ってしまうのか、常に大人達の手の動きに意識を集中させていた。
そのせいなのか、目ばかりで耳には意識を向けてから、誰かが声をかけても返事をするまでに必ず一拍遅れるのが、妙に印象に残った。周りの人間はすべて敵だと思っているのがひしひしと伝わってくる。
睫毛や目は伏せがちで、けれど何も見ていないわけではない。視線は床や壁をなぞるように動き、逃げ道を探す獣みたいだった。
そんな手負いの獣のようなアシルに
ひどく興味が湧いた。
僕は何不自由なく育った。
欲しいものは与えられ、壊せば新しいものが与えられる。大切にする必要も、失う恐怖も、知らずにここまで来た。
でも――アシルは違う。
与えられることを知らない。
理不尽に奪われることだけを、知っている。
僕はもっともっと、アシルのことを知りたくて、早く警戒心を解いてもらう為に、幼く、純粋な10歳を演じた。僕は汚い大人たちとは違うんだよと教え込むために。
「ねえ、アシル。」
名前を呼ぶと、彼はびくりと肩を震わせて、ようやくこちらを見た。その目に映る僕は、きっと彼にとっては周りの大人と変わらない存在なのだろう。
だから、最初はあまり焦りすぎずにタイミングを見計らって近づいた。
こっちから行く時は、申し訳なさそうに
用事があるときだけにする。
あっちから来る時は全力で喜んで、
笑顔で手を握ってあげる。
そんなことを繰り返していくうちに、
アシルが少しずつ、声を出すようになった。
僕が何かを言えば、最初は無言で頷くだけだった。次に、短く「はい」と言うようになって、やがて、僕が何かを尋ねると、ほんの少し考えてから、たどたどしくも答えるようになった。
その変化に気づいているのは、たぶん僕だけだっだろう。
そして、少しずつアシルの警戒心が解けて来た頃に、とある遊びに誘うようになった。
僕の部屋にある大きなクローゼット。
ここで2人きりの空間を楽しむ時間
ここなら、アシルにとっての敵はいない。
味方である僕だけが存在する安全な空間
分厚い扉を閉めると、外の世界は急に遠くなる。衣服の布の匂いと、木の湿った香り。
暗闇の中で、アシルの呼吸だけが聞こえる。
最初の頃は、暗くて狭い空間が怖かったみたいで、無意識に僕の袖を掴んでいた。
その指先が震えているから、手を優しく握ってあげるとアシルの黒い瞳に、光が宿った気がした。
暗闇の中で、アシルは小さな声で歌を教えてくれた。音程は曖昧で、歌も時々途切れる。
それでも、妙に耳に残る歌だった。
僕が覚えられずに何度も間違えると、
アシルはほんの一瞬だけ、困ったように眉を下げて、それから、もう一度最初から歌ってくれた。
――それが、何より嬉しかった。
そしてしばらくして、屋敷の庭では毎日のようにかくれんぼをした。
アシルは、隠れるのが上手だった。
木の影、建物の隙間と中々見つけられない時も多かった。でも、一生懸命探して、探して、最後に必ずアシルを見つける。
「ここだ!」
そう言って声をかけると、
アシルは少し驚いた顔をしてから、ゆっくり立ち上がる。
「アルディアは見つけるのが上手だな」
そう言って笑うアシル。
その表情を見るたびに、胸の奥が静かに温かくなった。
「次は僕が隠れるね!」
そう言ってアシルにすぐ見つかりそうな場所へあえて隠れる。
僕は探してもらう時間なんて好きじゃないから。早くアシルの顔が見たいし声も聞きたいのに、隠れる時は独りだからつまらない。
だからすぐに見つかってやるんだ。
「アルディア、見つけた。」
「えー、アシルずるい!僕に追跡センサーとかつけてるでしょ!」
「ははっ、アルディアが隠れるの苦手なだけだよ。」
「もー!アシルー!!」
怒ったふりをしてアシルを追いかけたあの時間も、とても楽しかった。
今思えば、アシルとの時間は今までで1番幸福な時間だったのかもしれない。
だから、あの時の僕は、アシルがいつか僕から離れていくなんて考えたこともなかった。
アシルへの気持ちが、友情なのか、家族としての愛情なのか分からなくて悩んだ時期もあった。でも、自分の中で明確になったのは
アシルと出会って1年半が経った頃。
ある日ふと、アシルを「きれいだ」と思った。朝日に照らされた褐色の肌と、
艶のある黒髪、大きな黒い瞳。
この国では見たことの無い色だった。
ルミナリア王国の人間は、皆、同じような
美しさだったから。ルミナリア王国で美しいと絶賛される容姿は、磨かれた白い肌、整えられた色素の薄い髪や瞳。男女ともに高い背。勿論、僕はその全てを有していて、お茶会に出る度にご婦人や令嬢たちに囲まれてしまう。
でも、アシルは違った。
日差しの下に立つと、彼の肌はよりコントラストを色濃く映す。深い色を保ったまま、
やわらかく光を吸う。強いて言うなら――
ミルクチョコレートみたいな色だった。
とっても甘くて美味しそうな肌だった。
それが、不思議だった。
顔立ちは整っているわけじゃない。
目は大きいけれど、僕たちほど鼻も高くない。何が抜き出ている訳ではないけど
とにかくバランスがとれていた。
何かを足せば、逆に崩れてしまいそうだ。
そのことに気づいたとき、胸の奥がひどくざわついた。
――これは、皆の知っている美しさじゃない。宝石みたいに、並べて比べるものじゃない。飾るものでも誇るものでもない。
(僕だけが知っているアシルの美しさだ)
アシルは、自分がそう思われていることを知らない。鏡を見てもきっと何も思わないだろう。僕に褒められても、理由が分からない顔をする。
その無自覚さが、自意識の低さが、
更にアシルを完成させている気がした。
でも、他の人たちがアシルの価値を知る必要はない。理解されなくていい
――これは、僕が見つけたものだから。
この美しさが、他の誰かに見つかるのは嫌だ
と、そう思った。
そしてもう1つ、僕に起こった変化が、
アシルへの執着心を更に強めた。
その日はとても暑かったので、屋敷の敷地内にある大きな噴水でアシルと水遊びをしていた。アシルにいっぱい水をかけてやると、
アシルは困ったように微笑んだ。
でも、その時にアシルの白くて薄いシャツが
水を含みチョコレート色の肌に張り付いていた。もちろん、暑い日にインナーなんて着ていなかったアシルの体は、水で透けたシャツによって丸見えになっていた。
贅肉のない細い体のラインと
そして、胸が見えてしまった。
1度見ただけで、意識は全部そこに向いてしまう。見てはいけないと思うのに、視線が外せない。白い肌にこそ桃色は映えると思っていたけれど、その価値観はその場で大きく壊された。チョコレート色の胸でつん、と主張する突起は色素の薄い桃色だった。
そこに白いシャツがまとわりついてとんでもなく色気がある光景だった。
その日はもうアシルのことを見ていられなくて、「熱中症っぽいから部屋にもどりたい」と言って、遊びを中断した。
そしてその夜眠っていると、夢を見た。
ベッドの上で横たわっている僕の上に跨る、何故か全裸のアシル。
昼に見た胸と、そして何故か履いていないズボン。太腿はすらっと細いが、腕やお腹よりは多少脂肪がついていた。
チョコレート色の太腿に思わず手が伸びるが
『こら、アルディア。』
と薄ら頬を赤らめたアシルに手を抑えられた。そして、アルディアの手が持っていかれた先は、昼間気になって仕方がなかった胸だった。
『ここ、ずっと見てたでしょう?
触りたい?』
僕の震える指先が、つんとした突起に触れる。手が這う胸は少し柔らかくて、そして、
どく、どく、どくとアシルの心臓の音が手のひらから伝わってくる。
『俺はアルディアのモノだから、
いっぱい触っていいよ。』
「うわあ!」
ガバッ!!!!!と飛び起きると
そこは自分の部屋だった。
もちろん、そこにアシルの姿はない。
(…………夢、……ん?)
下腹部の違和感を覚え、恐る恐る布団を捲ると、スボンの中が濡れている気がした。
「……お、おもらし……?11歳なのに…」
慌ててパンツを脱ぐと、透明のような、白い色の粘液がパンツにべっとりと付着していた。
「…………せ、せいつ、う?」
これは以前家庭教師に習ったことがあった
精通、夢精
大人の男になった証だと
「…………アシルで……精通したのか……」
そう思うと、アシルを性的な目で見ていた自分が恥ずかしくなる。
でも、これで1つ確信した。
アシルへの気持ちは、友情だけではなかったということが。
(………僕、アシルが、好きだ………)
そう自覚してしまえば、何だか胸の靄が晴れた気がした。
そして、自覚した思いを伝えられないまま
1年が経った頃、あの出来事が起こった。
その夜は、静かだった。
屋敷はいつもより早く灯りが落ち、
廊下に足音も気配もない。
アシルはいつもこの時間になったら、
お仕事を終えて部屋に来てくれるのに今日はまだこない。不思議に思って、アシルを探しに部屋を出た。
すると、廊下の奥から、足音が近づいてきた。父の執務室の方向――そのことに気づいた瞬間、胸の奥がひくりと跳ねる。
「……アシル?」
呼び止めた声は、自分でも驚くほど普段通りだった。何も知らないふりをする声。
何も変わっていない、いつもの僕の声。
振り向いたアシルの顔を見て、
次の言葉が喉に引っかかった。
寂しそうで、悲しそうで、泣きそうな顔。
初めて見た顔だった
――あ、と思う。
聞いてはいけない。
聞いてしまったら、戻れなくなる。
それでも、口は勝手に動いた。
「ねえ、歌ってくれる約束でしょ?」
自分の声がやけに明るく響く。
それが怖くて、でも止められない。
アシルは一瞬だけ黙った
ほんの一瞬
迷ったのは、きっと事実だろう。
でも次の瞬間、彼はいつも通りの声で言った。
「クローゼットで待っててください。
もうあの歌覚えてるよね?今日はアルディアが歌ってほしいな。」
いつもより穏やかな微笑みに、胸の奥がきゅっと縮む。これは多分、アシルの最後の優しさだった。
「いいよ、歌いながらクローゼットで待ってる!」
自分の声が弾む
本当に何も疑っていないみたいに。
「うん。歌い終わったら、一緒に遊ぼう」
その言葉を聞いた瞬間、
アシルの瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
――ああ。これ、嘘だ。
理由は分からない。
でも、はっきりと分かった。
それでも、アルディアは笑ってうなずいた。
疑問を飲み込んで、楽しそうなふりをして、部屋に入る。
るんるん、という音がつきそうな足取りで。
扉を閉める直前、もう一度だけアシルを見た。彼はまだそこに立っていた。
何かを諦めたような顔で
扉がゆっくりと閉まると、クローゼットの中で、僕は歌い始めた。
何度もアシルと歌ってきた歌
扉の向こうに、アシルがいると信じて。
でも、何時間経ってもアシルは、こなかった。歌い終わっても、クローゼットから出ても。部屋を見回しても、廊下を覗いても。
アシルはいない
最初は、ただのすれ違いだと思った。
何か用事ができたのだろう、と。
そうであってほしかった。
でも、時間だけが過ぎていく。
約束の「一緒に遊ぼう」は、守られない。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
その数時間後、城の中がざわつき始めた。
使用人たちの声が切迫した様子に変わる。
呼ばれて向かった先で、僕は知った。
父が――執務室で倒れていたこと。
口から血を吐いて、もう息をしていなかったこと。傍には飲みかけのワイングラスが落ちていた。外傷がないから、心臓発作、または毒殺ではないかと駆けつけた医師が言った。
「今日ワインを準備したのって……」
使用人の一言でその場にいた人間全員が
固まった。そして、全員がゆっくりと、僕の方を見た。
「……………アルディア、様…」
「……」
僕の沈黙こそ、答えだった。
その後はとにかく屋敷中が慌ただしかった
騎士団が屋敷中を捜索したり、医師が父を連れていき検死をしたり、
僕も根掘り葉掘りアシルのことを聞かれ
そのすべてに黙秘してきた。
周囲は僕に同情した
「信頼していた子に裏切られて……さぞショックだったでしょう…」
「声が出ないのよ……見て、目も虚ろで…なんてお労しい……」
「兄弟のように仲睦まじく過ごされたものね……」
「恩を仇で返すなんて……伯爵様も周りの意見に耳を傾けてさえいればこんな事にならなかったのでは……」
「やっぱりイシュマの孤児なんて拾うべきじゃなかった」
「ルミナリア王国に流れ着いたイシュマの者は全員迫害すべきだ」
「これはルミナリア王国への宣戦布告だ。
王は決して許さないだろう」
大人たちがアシルのことや、アシルの出生について好き放題語っているのをただ聞いていた。その時初めて、アシルはイシュマという国からやってきて、そのイシュマは父上が滅ぼした国だとようやく理解できた。
だって父上は僕に何の説明もなかったから
アシルがイシュマからきたって聞いていれば、褐色と黒髪はイシュマの民の特徴だと聞いていれば、アシルにイシュマの話なんてしなかったのに。しかも父上が英雄として活躍した戦争の話を、アシルはどんな気持ちで聞いていたのだろう。
きっとその戦争で、アシルの大切な家族が
亡くなっていたかもしれないのに。
僕はどちらかと言うとアシルのことを思って胸を痛めていた。
父がアシルに暗殺されたとこは、
まぁそこまで傷ついていなかった。
涙は出なかったし、胸が痛むこともなかった。父が死んだ、という事実はただの情報のひとつでしかなかった。
頭の中を支配したのはアシルだけ。
「……アシル、」
喉から息みたいな声が漏れた。
理解した瞬間背筋がぞくりと震える。
これは悲しみじゃない、怒りでもない。
アシルに約束を破られた
ただ、それだけだった
歌い終わったら、一緒に遊ぶって言ったのに。あれはやっぱり嘘だった。
胸の奥で、何かが壊れる音がした。
壊れたと同時に、悍ましい感情が生まれる。
「……許さない」
その声は驚くほど静かだった。
父を殺したことなんて、どうでもいい。
イシュマの生き残りが迫害を受けたって
ルミナリアがどうなろうとどうでもいい。
アシルを探す
遠くへ逃げても、どんなに思い罪悪感を背負って、酷い顔で生きていようと。
約束を破った責任は、必ず取らせる。
(ねえ、アシル)
心の中で、何度も呼ぶ。
僕はアシルとの約束守ったよ。
クローゼットでアシルが来るまで歌ってあげたでしょう?待っていたでしょう?
アシルを信じたでしょう?
次はアシルが約束を守る番だから、
だから――次は、絶対に逃がさない。
その後の葬儀は、滞りなく行われた。
黒い喪服、重々しい祈りの言葉。
哀悼の声と、形式ばった沈黙。
人々は父の死を惜しみ、
同時に――僕を見ていた。
「若くして家業を継がれるのか」
「アルディア様は凛々しく立派だ。
僅か13歳とは思えませんな」
「伯爵家は安泰ですな」
僕は大人たちに微笑む
大人たちは父の死に涙ひとつ流さない一人息子を凛々しいだの立派だの好き放題賛美する。本当に馬鹿げている、
爵位継承の式は、さらに華やかだった。
祝福の言葉は、葬儀よりも明るい。
「新たなグラナード伯爵に、栄光を。」
「若き当主に神の御加護があらんことを!」
「アルディア様万歳!」
――馬鹿みたいだ、
胸の奥で冷たい声がした。
こんな場所に立っているはずじゃなかった。
こんな言葉を浴びるはずでもなかった。
本当は、歌い終わったあとに
アシルと遊ぶ約束をしていただけなのに。
この地位も、この屋敷も、財産も、
父が残したすべてが、アシルがいない世界で与えられるものだなんて思わなかった。
式が終わり、人が引いていく。
祝福の余韻だけが残る広間で、一人立ち尽くした。
「……アシル」
名前を呼んでも、もう返事がないことくらい、分かっているのに。
この爵位も、この権力も、この名前も、
全部、アシルを見つけるために使えばいい。
グラナード伯爵家当主になって最初に覚えたのは、権力の使い方だった。
命令は、静かに。
声を張らなくても人は速やかに動く。
「近日中のルミナリア王国への出入りを調べて」「アシルの単独犯行な訳がない。関与したイシュマの生き残りを探して」
「どんな手を使ってでもいい、アシルの手がかりを掴んで。」
王宮の騎士や屋敷の使用人たちは
とても協力的だった
僕が父上の仇を打とうとしてると思っているから。親孝行者だと、信じきっているから。
だから誰も気づかない。これはアシルに罪を償わせるための捜索ではない。
僕が、アシルを取り戻す為の追跡だ。
報告は、毎晩机の上に積まれる。
紙の束をめくりながら思う。
――足りない。
証言も、記録も、噂も。
どれも、すぐにたどり着けそうにない。
夜になると、屋敷は静まり返る。
誰もいない部屋で一人、歌を口ずさむ。
あの日、歌った歌。
アシルに教えてもらった大切な歌、
「……ねえ、アシル」
独り言みたいに名前を呼ぶ。
返事がないのにはもう慣れた。
「報告には、必ず礼をする。」
礼は、金でも地位でもいい。
報酬さえあれば人は無限に動くから。
捜索を始めて3年が経過した。
情報が増えるたび、アシルか浮き彫りになった。歌のことも、父を殺した理由も。
1番心を痛めつけたのは、アシルが僕に教えてくれたあの歌はただの子守歌じゃなかった。
彼の故郷の伝統的な歌。
戦争で焼かれ地図から消えた国の歌。
それを知ったとき、胸の奥で何かが、ひっそりと音を立てて沈んだ。
滅びかけたこの歌を語り継いでいくのが、
イシュマを滅ぼした、ルミナリア王国の英雄の息子だなんて、皮肉な結末だろう。
そしてもう1つ、アシルの父は戦争で亡くなっている。戦場で、名も残らず。
そして、ルミナリア王国を強く憎むイシュマの残党の情報が入った。
無力な子どもならば、自分たちの復讐に使いやすいだろうと考えて、アシルの母を盾にして、彼に英雄の暗殺を強要した者たち。
―-母親が人質にとられていた。
アシルが、自分一人で罪を背負おうとした理由がやっと理解できた。
怒りに脳が沸騰し、すぐに彼らを捕まえた。
生き残りは、わずかだった。捕らえられた彼らは最後まで同じことしか言わなかった。
「母子は、遠くへ逃がした。
それが俺たちにできる唯一の償いだからな」
「あのガキ、よくやったよ。本当に英雄を殺しちまったんだから。」
「あれは間違いなく太陽の子だ」
「我々の希望」
《亡国イシュマに栄光あれ》
彼らは速やかに処刑されていった。撥ねられた首はすべて、穏やかな表情だった。
母子で逃げていて、どこかに潜伏している。
男たちの情報は無駄ではなかった
捜索の的が絞れたからだ
実は、報告書のいくつかに、ルミナリア王国の至る場所で、ローブに身を隠した男女二人が宿に止まっただの、買い物をしただの情報があったからだ。2人のルートを辿れば、潜伏先にたどり着くだろう。
今までアシル1人での逃亡だと思い調べていたので、「女なんて関係ないだろう」と爪弾きにしていた。でも、お母さんなら許せる。
君は、誰かを守るためならどこまでも逃げるだろうね。
机の上に残った、最後の紙を閉じる。
外は夜だった。僕はいつもこの時間になると、あの歌を口ずさむ。旋律は、もう完全に身体に染みついている。
「アシル
君の罪も、君の過去も、君の母も。
全部、僕が受け入れてあげるから。
それが、奪った側に生まれた僕にできる、
唯一の償いだと思っているから。
だから、必ず迎えに行く。
次に会うとき、責めるつもりはない。
怒鳴るつもりも、罰するつもりもない。
ただ、確かめるだけだ。
――どうして、僕を置いていったの?
その答えを聞くまで、
この捜索は終わらない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【アシル視点】
その日は、市場がやけに騒がしかった。
まぁ元々、海の国の朝は商売で騒がしい。
新鮮な海の幸の匂いと、果物の甘い匂い
活気のある人々の声が重なって、無意識に胸が踊ってしまう。
今日は日用品屋海鮮を買いに市場へやってきた。この5年間、酒場の仕事を与えてくれたオーナーからのお使いだ。
身元不明で流れ者だと見てわかる俺に仕事をくれた、恩人だ。
「ねえ、聞いた?」
露店の女性が、声をひそめた。
「隣町の宿にね、
すごい男前が泊まってるらしいよ」
俺は、新鮮な魚を選びながら、何気なくその会話に耳を傾けた。
「背も体格もとにかく立派でさ、
それはもう、美丈夫なんだって」
「お金持ちの貴族じゃないかって話」
「体格が立派ってことは、ルミナリア王国の人かなぁ?噂でよく聞くじゃん、高身長な男前を狙いたかったらルミナリア王国へ行け!ってさ」
「いい感じになって連れて帰ってもらう!」
「えーずるい!!」
「抜け駆けしないで!」
どんどん女性たちが増えていき、
美丈夫の話で持ち切りになった。
ルミナリア王国という単語だけが
とにかく気がかりで、情報を得るために
少しその場に足を止めた。
「宝石みたいな赤い瞳なんだって」
……宝石、赤い瞳、その言葉に手が止まった。
「探し人がいるらしいよ」
「ずっと探してるんだって」
「えー、それは何か、訳ありで怖くない?」
その一言に笑い声が湧き上がる
俺は視線を落とした。
(関係ないって、俺には。)
そう思うのに、体がその場から離れない。
「その人、歌を口ずさんでたって」
……え?
「知らない言葉の歌なんだけどさ、
大切な人に教えてもらった子守唄みたいな感じらしいよ」
「へぇ、なんだか一筋な人なんだろうねぇ」
その瞬間、息が止まった。
市場の音が遠のく。
そんなわけが無い、偶然だ。
この世界に子守唄は無数にあるんだから。
それでも、胸の奥がひどく冷えていた。
荷を抱えて、お世話になっている酒場に着く。海も人々も、今日も穏やかだ。
なのに、背中に鋭い視線がある気がした。
振り返っても誰もいない。
「……気のせいだ」
そう言い聞かせて歩いた。
その夜、俺は久しぶりに夢を見た。
クローゼットの、暗闇の中で
故郷の歌を唄う幼いアルディア。
「終わったら、一緒に遊ぼうね。」
自分の声じゃない声が、耳元でそう囁いた。
「!!!」
目が覚めたとき、胸がひどく痛んだ。
海の音が、酷く動揺した頭を鎮めるように窓の外で穏やかに鳴っていた。。
市場の噂を耳にしてから、
なんとなく落ち着かない気分が続いていた。
その2日後、港町の宿にやって来たのは、
噂通り――美しい男だったらしい。
噂を耳にしたオーナーによると、旅人は遠く遠い国の貴族で、他国との宝石売買で名を上げた商いの天才、父の影を超えた男と称えられている男とのこと。
オーナーはえらく絶賛していた。
(……アルディアはお父上を目指して立派な騎士になるって言っていたし……、まぁ、違うだろうなぁ…宝石業が盛んな国もルミナリア以外にあるし……きっと彼じゃない、)
そう思い、少し安心した。
「オーナー、今日もありがとうございました。」
オーナーから任された仕事を終え、日給を受け取る。
「いやぁ、アシルは働き者だから助かるよ!
人使いが洗いで有名な俺の下で、5年も続いたのはアシルだけだからなぁ!」
「……オーナーは、俺の恩人ですから。」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」
じゃ、また明日と別れ、酒場を出る。
少し海を眺めてから帰ろう、と堤防に立って穏やかな水面を眺めていると、堤防に繋がる階段を上る足音が聞こえた。
こつ、こつ、こつ、と高級な革張りのブーツがコンクリートを踏む音に意識が向く。
騒がしいはずの夕方の港町が、一瞬だけ息を潜めたような錯覚。
嫌な予感がした
その場から離れようとしたその瞬間
「……見つけた。」
背後から静かな、低い声が聞こえた
恐る恐る振り返ると、そこには
2m近くありそうな長身の、
日光を浴びてキラキラと輝く銀髪と、
まるで宝石のような美しい赤い瞳
雪のような白い肌が特徴的な噂通りの美丈夫が立っていた。
そして、すべての特徴が一致している人は
この世界で1人だけ。
「……………ア、ルディ、ア」
本当に成長している。
背も、体格も、声も。
でも――美しさだけは、変わっていない。
「あれ?あんまり身長伸びてないね。
アシルは昔のままって感じがするなぁ」
アルディアは柔らかく微笑む
再会を喜ぶような顔で
まるで、散歩の途中で偶然会ったみたいに。
逃げなければ、と思った。
でも、体が石のように動かなかった。
「……どうして、ここが…」
喉がひくりと鳴る
「君が選びそうな場所だったから」
理由としては、あまりにも曖昧で、
それなのに確信に満ちていた。
「アシル、お母さんは元気かな?」
背中に冷たいものが走る。
すべて、知っているんだ。
「……っ、…関係ない、だろ…」
(だって、どうせ殺すんだろう?
俺を、そして……もしかしたら母さんも)
恐る恐る絞り出すと、アルディアは少しだけ目を細めた。機嫌が悪くなった時の癖だ。
「そっか。じゃあ、聞かない」
氷のように冷たい声にぞわりとした。
「………さっさと、殺してくれ…」
諦めたようにそう言うと、アルディアは、何故か驚いたように、困ったように首をかしげた。
「何で?アシルはここで、海の藻屑にでもなるつもり?」
「………………っ、」
(……そうか、ルミナリアに連れて帰って
公の場で処刑しないと顔が立たないか…)
自分は、公の場で処刑されるに相応しい
大罪を犯した。こんな所で静かに死ねる訳がなかったんだ。
海風が吹き、アルディアの銀色の髪がふわっと揺れる。
「5年だよ、アシル。」
アルディアは微笑みながら言う。
「本当に長かった」
段々と、アルディアが近づいてくる。
「ずっとアシルに会いたかった。
会って、聞きたいことがあったんだ。」
「あの夜、どうして約束を守ってくれなかったんだ?」
胸が、強く締めつけられた。
その問いかけに、俺を責める色はなかった。
それが、余計に辛い。
アルディアの表情も、声のトーンも、
もう完全に“大人”だった。
でも――目だけが、昔のままだ。
あの日、歌を待っていた子どもの目。
「……アルディア」
喉が、ひどく乾く。
「俺は……あの日、君の父上を殺したんだ」
言葉にした瞬間、
胸の奥で何かが崩れ落ちた。
「だから……君のそばにいることは、できなかった……」
声が、情けなく震える。
自分でも分かるほど弱々しい。
アルディアは、少しだけ目を見開いた。
それから――優しく、微笑んだ。
「そうだったんだ」
否定でも怒りもない、安堵の声色。
「……でもね」
アルディアは、静かに続ける。
「全部、打ち明けてくれればよかったのに」
言葉は柔らかい。
でも、一切の迷いがない。
「父上の暗殺だって、僕に言ってくれれば力になれた」
「お母さんが人質に取られていたことも、
相談してくれれば伯爵家の力で解決できた」
思ってもみなかった回答に、頭が真っ白になる。
「………ぁ……」
喉から意味のない音しか出なかった。
「なんで、言ってくれなかったの?」
アルディアは責めていない。
理解しようとしている。それが何より重い。
「暗殺が成功したからって、
あいつらが本当にお母さんを無事に生かす保証なんて、なかっただろう?」
視線が、真っ直ぐ突き刺さる。
「僕や父上のことは信用できなかったのに
自分の手は汚さずに、大切な人を人質にして、無力な子どもを他国に放り出す連中のほうは、信用できたの?」
言葉が胸に沈んでいく。
反論なんて、できなかった。
だって――
アルディアの言葉は、全部、正論だった。
少し冷静になって考えれば、
自分が間違った方向に歩き続けていたことは、
はっきり分かる。
立ち止まる機会は、何度もあった。
振り返る時間も、助けを求める余地も。
それでも俺は、間違った道を選んだ。
一人で背負う道を選んだ。
皆から愛される国の英雄であり、アルディアにとって、たった一人の父を奪った。
――殺さずに、
母を救い出す道は、
確かにあったのかもしれない。
(俺は、馬鹿だった)
唇を噛みしめる。
「…………アルディア、……ごめん」
今さらどうしようもない謝罪
「……俺が、……まちがってた…」
土下座をしようとその場に跪くと
アルディアは、不思議そうに首をかしげた。
「僕は謝ってほしいわけじゃない。」
「あの日の約束を、果たして欲しいんだ。」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「……どういう、意味……だ?」
理解ができなかった
どうして、まだ、俺の手を掴むのか。
断罪されたい、謝罪させてほしい、
殺して欲しい、俺に罪を償わせて欲しいのに。それをアルディアが赦さない
アルディアは、一歩近づく。
海風が二人の間を通り抜ける。
胸の奥が、ぞわりと冷える。
「また、僕とかくれんぼしよう」
「ねえ、アシル」
昔と同じ呼び方
何故か強い恐怖心を覚え、
考えるより先に、足が後ろへ下がる。
理屈じゃない、これは本能だった。
「……っぅ!!」
砂を蹴って走ろうとした瞬間
首元にぷつんっと冷たい違和感が触れた。
ほんの一瞬、痛みと呼ぶほどでもない。
「かくれんぼはまだ始まってないだろ?」
すぐそばで、アルディアの声がした。
驚くほど穏やかで、近い。
視界が、ぐらりと揺れる。
足に力が入らない。
「……な、に……」
言葉が、途中で途切れる。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
海の音が遠ざかっていく。
「大丈夫」
「おやすみ、僕のアシル。」
アルディアの腕は優しかった。
それが、何より恐ろしかった。
視界の端で、白い空と海が、ゆっくり滲む。
――逃げなきゃ。
そう思ったはずなのに、
体は、もう言うことを聞かなかった。
「……アル……ディア……」
名前を呼んだつもりだった。
声になっていたかは分からない。
「うん、アシル。」
その返事だけが、はっきりと耳に残った。
「今度は、離れないから。」
瞼が、重く落ちる。
恐怖も、後悔も、言葉にならないまま、
意識の底に沈んでいく。
大好きだった海の音が、完全に消えた。
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俺は、目を覚ました瞬間、全身が硬直した。
手首と足首が、しっかりと縛られている。
声を出そうとしても、震えるだけで音は出ない。辺りを見回すと、そこは
――見覚えのある部屋だった。
5年前の、あの屋敷。
アルディアの部屋。
「……ここは……」
頭がぼんやりとして、思考が追いつかない。
どうして俺はここに?
夢のように錯乱して、現実感がない。
そして、背後から人の気配がした。
ゆっくりと足音が近づいてくる
コツ、コツ、コツ、と聞いた事のある靴の音。それだけで、心臓が跳ねる。
「おはよう、アシル」
銀髪が光を反射し、赤い瞳が俺をじっと見つめている。
「……アルディア…、どうして、」
言葉が、ひどく震えた。
「大丈夫、ここに来る前にお母さんに一生分遊んで暮らせるお金を渡してきたし、
アシルのことも、一生僕が守るからさ。」
その声には、優しさも、懐かしさも、微塵もない。ただ、俺を自分のものとして捕らえた者だけの、冷たい響きがあった。
「……なんで……」
声が、震える。けれどそれ以上は何も言えなかった。縛られていて動けない。
もう、逃げられない。
アルディアは、ゆっくりと歩み寄る。
俺の目を見つめたまま、
微笑む――いや、赤い瞳は笑ってはいない。
その表情には、興奮と執着と怒りが、入り混じっていた。
「覚えているでしょ、あの歌を。」
胸の奥で、嫌な記憶がざわつく。
クローゼットの中で、俺が歌ったあの歌。
あの時の約束――遊ぶはずだった時間――
すべてを、彼は覚えていた。
「約束を、守る時がきたよ。」
その言葉だけで、全身の血が凍る。
5年間の平穏は、音もなく消え去った。
俺は、目を逸らすことしかできなかった。
もう、戻れる場所はない。
安全な場所は、どこにもない。
ただ、彼の赤い瞳に、全てを捕らえられていることを感じながら、深く沈み込むしかなかった。
「そうだ、自由にしてあげないとね。」
ガシャン! ガシャン!!
手足の鎖が外れる感触に、体がかすかに震えた。自由だ、でも、喜ぶ暇はなかった。
周囲は薄暗く、屋敷の木の床が冷たく、足音が反響する。
「かくれんぼしよっか」
「っ!!!」
低く、落ち着いた声が、背後から響く。
それだけで、心臓が跳ね上がる。
逃げなければ――そう思う。
けれど、どこへ逃げればいいのか。
体は自然と、ある場所へ走っていた。
素足が冷たい床に擦れる音だけが、静かに響く。窓の外にはただ暗闇だけが広がっていた。昔はあんなにもいた使用人はいない。
人の気配がない大きな屋敷は酷く不気味に思えた。
「いーち、にーー、さーーーん、」
数える声が段々と遠さがる
目的の部屋の扉を見つけ、思い切って飛び込む。エルス様の執務室だった。
エルス様が亡くなった、俺が毒殺した、
あの部屋だ。部屋の中は5年前のままだった。木の机や本棚が無造作に並び、かすかな埃の匂いが鼻をつく。そして、机上に置かれている、あの日のワイングラスと瓶な目に入り、息を飲む。
アルディアの数字が聞こえなくなった気がして、急いで机の下に身を潜める。
胸がばくばくと音を立て、汗が背中を伝う。
ここなら見つからない――そう思いたかった。でも、闇の中で、何かが蠢くような感覚があった。影が揺れる。
風でもないのに、冷たい空気が頬を撫でる。
――静かすぎる。
逆に、それが怖い。
アルディアの足音が、コツ、コツ、コツと
廊下に響く。近づいたり、遠ざかったり。
酷く胸の奥がざわつく。机の下で息を殺しながら、脳内に警報が鳴り響く。
――遊びでは、済まされない。
床に手をつき息を整える。
冷たい木の感触が唯一落ち着けた。
背筋に、アルディアの視線が突き刺さるような感覚。息を止めるしか、逃げる術はない。
ただ、暗闇に隠れ、自身の心臓の音が響く中で、彼に捕まらないことだけを願った。
廊下の向こうから、重く規則正しい足音が響く。板の隙間を伝って、床全体が振動しているようだ。
足音が近づき、また遠ざかる。
それを何度も繰り返しながら、アルディアは屋敷の闇に溶け込むように、俺を探している
ガチャ
そして隠れて20分後ほど経ち、ついに
執務室の扉が開いた音がした。
心臓が跳ね上がるのを何とか堪える
コツ、コツ、コツ、…コツ
アルディアの足音が、机のすぐ脇で止まる。
冷たい気配が、まるで体を撫でるように迫る。今はもう、息を止めるしかない。
俺は僅かな呼吸の音も漏らしたくなくて、
小さな影のように縮こまっている。
そして、アルディアの足音が何故か遠ざかっていく気配がした。
(…………切り抜けたのか…?)
扉が、きい、と低く鳴って閉まった音がした。足音ももう、聞こえない。
(行ったか…?そうだ、隙を見て外に逃げよう…屋敷の外に出れば、ここよりは…)
胸の奥に張りついていた緊張が、ほんの一瞬だけ緩む。肺に空気を入れようとして、喉がひくりと鳴りそうになるのを慌てて押さえた。でも、やっぱり静かだ。
あまりにも静かすぎる。
俺は、1度、そっと息を吸った。
その瞬間だった
「――みいつけた」
悪魔の囁き声が、頭上から降ってきた。
声は近すぎて、耳元ではなく、頭の内側で響いたみたいだった。血が一気に冷える。
視線が反射的に上を向く。
書斎の天井梁。
影に溶けるように美しい顔があった。
逆光の中で、銀の髪だけが不自然に浮かび上がっている。赤い瞳が、獲物を見下ろすように細められ―その瞳は、5年前と同じように、遊びを心から楽しむ少年のそれだった。
「……ひ、っ!!!!!!!」
あまりの衝撃に声が出ない。喉が凍りついたみたいに、息だけが浅く漏れる。
アルディアは、梁から音もなく降り立った。
少しは床板が軋むはずなのに、ほとんど音がしない。
「やっぱりアシルは隠れるのが上手いなぁ」
穏やかな声で、褒めるみたいな口調。
でも、その目は笑っていない。
一歩、近づくアルディアのその手には、
先程体を拘束していた鎖があった。
鎖が床を引きずる音が、やけに大きく響いた。俺は後ずさろうとして、机にぶつかる。
逃げ場がない。
「まさかねえ」
アルディアは笑う。
「父が死んだ、この部屋に隠れるなんて」
言葉が、刃みたいに突き刺さる。
俺は何も言えない。言い訳も、謝罪も、ここでは意味を持たない。
「いい趣味だね、アシル。」
「っ!!!」
ガン!!!!!!
肩を掴まれた抵抗する前に、力強く床に押し倒される。背中が床に打ちつけられ、息が詰まる。視界いっぱいに、銀の髪が落ちてくる。赤い瞳が、真っ直ぐ俺を射抜いていた。
「まだ遊び足りない。もっと遊ぼう」
「……ぐっ!!ぁ」
喉元に白く大きな指が添えられる。
気道を締め付けられて息が細くなる。
空気が減っていく感覚より先に、頭が真っ白になる。
「大好きだよ、アシル。」
「やっと捕まえた」
「僕のアシル」
「あいしてる」
「ぁ゛………ぐっ、………ァ」
一言ずつ、確かめるみたいに囁きながら、
指の力が増す。首が締められ、視界の端が滲む。でも、アルディアの声だけはやけに澄んで聞こえた。怒っているはずなのに、憎んでいるはずなのに、その顔は、ひどく満足そうだった。
その時、俺は薄れゆく意識の中で、ようやく理解する。
これは復讐じゃない。
裁きでも、断罪でもない。
5年前から止まったままの、かくれんぼの続きだ。約束の続きだ。
「愛してるよ、アシル。」
アルディアの顔が近づいてきて
唇同士が触れ合った
暖かくて、柔らかい唇に反応することなく
首を絞められた状態が続いたことで脳内酸素が薄くなり、そのまま意識を失った。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目か覚めると、またアルディアの部屋に戻っていた。届く距離に、水も食事も用意されていて極端な不便はない。でも、手足は鎖でベッドサイドに繋がれているため自由はない。
腕や足をを動かすだけでジャラジャラと金属の音が部屋に響く。それだけで、全てが重苦しく感じた。
「おはよう、アシル。」
アルディアは穏やかな表情で部屋にやってきて、目が合うと少しだけ微笑む。
「朝ごはんも食べてくれよ?
君の大好きなライ麦のパンを焼いたんだ
お母様には敵わないだろうけどね」
傍に置かれた食器は丁寧に揃えられ、パンの香ばしい香りと、オニオンスープの匂いが漂う。昨日あんな酷い目にあったというのに、
お腹だけは空いていた。
恐る恐る食事へ手を伸ばすと
アルディアが心から嬉しそうな顔で
隣の椅子に腰掛けた。
今から仕事に行くのか、身なりは整えられ、上質なコートを着ていた。
「……、あの港町から…この国までは距離があっただろ……俺が、気絶してる間にどうやって運んだ…?」
昨日この場で目が覚めてからずっと気になっていたことを聞く。
だって俺と母さんはあの街に行くのに2ヶ月も移動したんだぞ。あの国とルミナリア王国はとにかく遠い。気絶してる間に運べる距離じゃない。
「…んー?、とある国の魔道士に莫大なお金で瞬間移動の依頼したんだよ。」
「………莫大な……お金、」
噂にも聞いていたが、アルディアは宝石産業でえらく成功していて、お父上とは違った道を歩んでいるようだった。
アシルが言葉を失ったまま黙り込むのを、
アルディアはニコニコしながら見つめるだけだった。
「…僕の見た目は随分変わっちゃったけどさ、また昔みたいに一緒にいれて幸せだなぁ。」
そう言って俺の黒い髪を撫でるアルディア
昔は俺がその銀色の髪を撫でていたのに
今ではすべて自分より大きくなってしまい、アルディアはもう、子どもではないのだと痛感する。
「…アルディア……、き、昨日、…俺に、キスした…?」
朝から何度か過ぎった記憶が気になって仕方なかった。だから、今の上機嫌なアルディアになら聞けると思って、恐る恐る聞いてみる。案の定アルディアは、上機嫌そうに俺を撫でる手を止めなかった。
「したよ。だって、好きな人にはキスしていいんだよ。アシル知らなかったの?」
そう言って笑われると、何だか恥ずかしくて、とにかく居た堪れなくなった。
「……し、……しらない」
声が小さくなって、視線が勝手に下へ落ちる。それを見たアルディアは、くすっと笑って、頭を撫でていた手を、 頬へずらした。
頬に当たる冷たい手に、思わずビクッ、と反応してしまう。
「そっか。この5年間、アシルがそう思える人はいなかったんだね。」
責めるでもなく、からかうでもなく。
ただ、何故かとても嬉しそうだった。
「でもね、嫌だったらちゃんと言っていいんだよ?」
その言い方がずるくて、胸の奥がちくっとする。嫌だったかと聞かれれば、答えは違う。
ただ、どう受け取っていいかわからなかっただけだ。
「……嫌、じゃないけど……」
「けど?」
「アルディアは……お、弟、みたいな存在だったから……」
勇気を出して言ったその一言に、アルディアは一瞬だけ目を瞬かせた。
それから、ゆっくり微笑む。
「そっか。弟、か」
その声は柔らかいのに、どこか甘くて、少しだけ苦い。
「……僕はね、アシル。君にとって僕がどんな存在かってあんまり重視してないんだ。
ただ、君に理解して欲しいだけ。僕がどれだけアシルを愛していて、どんな気持ちで5年を過ごして、どんな気持ちで君を探し続けたのか。関係は、これから作り直せばいい。」
そう言って、今度は額にそっと触れるだけのキスをした。
「っ、!」
ちゅっ、というリップ音が鳴り、一瞬で離れたのに、その熱が頬に取り残されて、心臓がとにかくうるさい。
「……ね、この行為ひとつで僕の愛情が伝わるでしょ?」
からかうような声に、僕は何も言い返せなくて、ただ顔が熱くなるのを誤魔化すように俯いた。
アルディアの“好き”と、僕の“分からない”。重なりきらないその距離が、妙にくすぐったくて仕方なかった。
暫く黙り込んでいると、
アルディアは立ち上がる。
「今日はなるべく早く帰ろうとは思ってるんだ。でも、最近仕事が立て込んでいてね」
コートの襟を整えながら、当たり前のように続ける。
「昼ごはんは使用人が持ってくる。
トイレまでこの鎖が届くように調節して行くから安心して。」
「…逃げようなんて、二度と考えないでね。」
それは、忠告にしては穏やかな声だった
「ここは外より、ずっと安全だから」
「行ってくるね」
扉が閉まる音は静かだった。
けれど、その後に続いた重々しい鍵の音が、
部屋に残った空気を完璧に閉じ込めた。
⸻
一人になると、
鎖の存在が急に主張し始める。
手首を少し動かすだけで、
じゃら……と金属音が鳴る。
足も同じだ。立てないわけじゃない。
ベッドの脇に腰掛けることもできるし、
廊下には出れずとも、この部屋に備え付けられている清潔なトイレにも自由に行ける。
でも結局、この必要最低限の距離だけしか
自由がない。
窓は鍵がかかっていて開けられない
扉にも重く鍵が掛かっている。
しばらくして、控えめなノックと外から鍵を開ける音が聞こえる。
入ってきたのは、二人の使用人だった。
年嵩の男と、若い女。5年前は見たことがない使用人だった。
どちらも決して俺とは目を合わせない。
食器を下げ、部屋を整え、
必要なことだけを必要最低限の動きでこなす。
昼も、夜も、同じだった。
食事はきちんと出る。
体を拭くための湯も、着替えも用意される。
でも、誰も話しかけない。誰も笑わない。
――アルディア以外は。
夜、仕事を終えたアルディアが戻ると、
部屋の空気だけが少しだけ緩む。
「今日はどうだった?」
そう言って、ベッド近くの椅子に座り、
帳簿や書類に目を落とす。
「……………どうっ、て…なにもなかった…」
「誰かと話した?」
「………誰とも、話してない。」
「そう、それは良かった。」
そう言って、また資料に目を落とすアルディアに何だか胸がズキッ、と傷んだ。
アルディアはもう、大人になっていて
夜は俺に子守唄を強請らないし、クローゼットで内緒のお話もしないし、手を繋いで『僕が眠るまでそばに居て?』とも言わない。
アルディアの世界は進んでいるのに、
まるで、自分の世界だけ止まっているような
奇妙な違和感に不安を覚えた。
「おやすみ、アシル。
先に眠っていていいよ。」
そう言って頭を撫でられる
アルディアはまだ眠らないのだろうか?
随分と遅い時間な気がするのに、と思っても
もう昔のように年上面をするのも憚られた。
朝起きると、アルディアがまだ眠っていた。
大人二人が余裕で収まり、むしろまだまだスペースのあるキングベッドなはずなのに
アルディアはアシルを後ろから抱き抱えるような体勢で眠っていた。
自身の腹部を見ると、そこにはアシルのの数倍筋肉のついた男らしい腕がしっかりと巻きついていた。
抱きしめられるように寝転んでいるので
体格差を嫌でも自覚してしまう。
(………イシュマの平均身長は低めなんだ……俺が低い訳じゃない……別に、168cmちょっとはあった気もするし……いや、165cmだった気も……いや、それでもアルディアがデカすぎるだけだ。ルミナリア王国の人間は全員デカイから……うん、俺はチビじゃない…)
そう必死に自分にいい聞かせながら、アルディアが起きるまで目を閉じようとすると
ごり
身じろいだ瞬間、自身の腰というか、臀部に
何か硬いモノが当たる感覚があった。
「………………?」
硬くてでかい、なにか
「…………ぁ、」
俺ももう23歳の立派な大人で、
その現象の名前くらいは知っていた。
(アルディアももう、大人になったんだもんな……19歳だもんな……)
分かっている、分かっているはずなのに。
ここに来て何度目か分からないほど、
また居た堪れない気持ちになっている。
なんとか意識しないでやり過ごせるように
もう一度目を閉じると、背後から
「ふっ、」
と笑い声が聞こえた。
「……起きてたのか…アルディア…」
「勿論。僕は毎日早起きだからね。」
これからも毎日こうやって
からかわれるのかと思うと、少し憂鬱な気分になった。
◇◇◇
それからもう何日も、何ヶ月も経った気がする。毎日、毎日、同じような生活が続いて
感覚が麻痺していくのが分かった。
朝、決まった時間にノックが鳴る。
食事が運ばれ、水が替えられ、
簡単な確認だけが行われる。
誰も余計なことは言わない。
でも誰も優しくはしない。関わらない。
それが、少しずつ「普通」になっていった。
最初はすこし警戒していた食事も、
空腹には勝てず、やがて当たり前に手を伸ばすようになった。ずっと気になっていた鎖の音も眠りを妨げなくなった。
寝返りを打てば鳴り、起き上がれば鳴る。
(ああ、こういうものなんだ。)と
無意識に、そう理解してしまう自分がいた。
そしてもうひとつの変化は
アルディアの帰宅を待ち望んでしまう自分がいるということ。
朝から夕方まで誰とも話さず、何も出来ない日々が続き、退屈のあまり気が狂ったのかもしれない。与えられた本はすべて何度も何度も読み終えているし、天井の壁の模様を見つめるのは飽きてしまった。
だから、アルディアの顔を見ると
酷く嬉しく思ってしまう。気分が上がる。
こっちの口数も増える上に、アルディアの仕事の話を聞くのもとても楽しい。もっと聞きたい、もう1回聞かせてほしいと強請ってしまう日もあった。
まるで、昔の逆だ。
歌を唄って、手を繋いで、かくれんぼして
昔はアルディアが俺に一方的に強請っていたのに、今では俺がアルディアに強請ってしまう。一緒に眠ってくれる夜が、1番特別で、楽しい時間だった。
ある夜、ふと気づく。
鎖が絡まっていないか、寝る前に自然に確認している自分に。寝ている間に引っかからないように、怪我をしないようにと自分自身で鎖の状態を確認していた。
それに気づいた瞬間、ゾッとした。
この確認は逃げるためじゃない。
快適に眠るために確認しているんだ。
繋がれているこの状況に麻痺している、慣れてしまっている。何より怖いのは、もう恐怖を感じなくなっていることだった。
「……俺……」
天井を見つめながら、アルディアに抱きしめられながら、そっと目を閉じる
ふ、とよぎる。
――いつか、外に出られた時、
――俺は、ちゃんと歩けるんだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇
【アルディア・グラナード視点】
アシルを、見つけ出し、屋敷に戻した。
アシルと3年間、共に過ごした場所へ。
皮肉だけれど、ここ以上にふさわしい場所は思いつかなかった。
アシルを閉じ込める僕の部屋は、昔のままだ。窓も、家具も、光の入り方も。
違うのは、もう二度と出られないという一点だけ。
使用人は減らした。
数ではなく、質が必要だったから。
僕とアシルの事情を深く詮索しない者。
命令を命令として受け取れる者
沈黙を守れる者、僕と主従としての絆ではなく、冷たい金だけで繋がれる者。
選ばれた彼らは、何も聞かない。
何も言わない。ただ、鎖で繋がれる褐色の青年の身の回りのことをするだけ。
アシルを見つけて、閉じ込めてから
僕の世界が、驚くほど整い始めた。
悪夢を見ることなく、朝は早く起きられる。
書類に目を通す速度も上がった。
判断に躊躇がなくなった。
資産は増えていく一方だった
「若き伯爵とは思えない手腕ですな」
「まるで、先代様の再来だ」
「馬鹿言え、先代様は騎士だっただろう。」
「あぁそうだ、英雄だった。」
「英雄の影を超えましたな!アルディア様は」
賞賛の言葉は、耳に心地よいが
それがアシルの声じゃないだけで魅力は半減する。それだけだ。
アシルは逃げない、あばれない、僕を拒絶しない。それは、アシルも僕のことや、この部屋が嫌いでも、憎いわけでもないからだ。
だってアシルは、やりたくないことを
脅されてやっただけで
僕との時間は確かに幸せだった筈だから。
だから戻した、昔の僕たちに。
隣で静かに眠るアルディアの黒く、長く伸びた髪を撫でながら書類に目を落とす。
今度の取引は今までで1番大きい。
今までルミナリア王国とは距離を置いてきた国との取引。この仕事が終われば、暫くはアシルとの時間をゆっくりとれるだろう。
アシルが死ぬまで、何不自由のない暮らしができるように。今は働き続ける。
それでも、ふと考える。
この成功も、この称賛も、この美しい世界も。全部、アシルがここにいるからだと。
パズルのパーツが揃った、そう感じた。
「……5年も欠けていたんだ…」
誰にともなくそう呟く。
君がいなくなって、世界は壊れた。
そして君を取り戻して、世界は正しくなった。だから、もう、君を離す理由なんて、
もうどこにもなかった。
何より外の世界は、危険だ。
それを、誰よりも知っている。
数々の取り引きで、酒場での出会いで、
人々がどんな顔で醜い嘘をつくのかを、嫌というほど見てきた。
優しさは利用される
弱さは踏み潰される
名前も、罪も、都合よく書き換えられる。
――アシルには、こんな醜い世界はもう二度と見せたくない。
彼は、優しすぎる。
自分の罪を、自分一人で背負おうとする。
罰を受ければそれで終わると思っている。
(そんなわけないのに。)
だから、今はここにいる。
この屋敷は安全だ。壁は厚く、鎖は強固で
関わる人間は厳重に選んでいる。
静かで、規則正しくて、余計な声が届かない。
父の時代からいた使用人たちはどうなったかって?勿論アシルを探しに行く前に全員解雇した。解雇した奴らはとにかくうるさかった。
「アルディア様ももう成人です。
婚約者を探しましょう!」
「復讐に貴重な人生を使うのは勿体ない!
あんな恩知らず忘れてください!」
「私が見つけだして殺してやりますぞ」
「亡き旦那様も、きっと復讐より伯爵家の栄光、そして跡継ぎを求めていらっしゃるはずですわ。」
すべて、雑音だったから切り捨てた。
跡継ぎなど、時が来れば養子を迎えればいい。何ならグラナード伯爵家など僕の代で潰してやってもいい。
アシルのこと以外は塵程度のものだった。
ではずっとアシルをあの部屋に、あの屋敷に、僕そばに繋いでおくかというと、
YESだ。自由?自由なんて、幻想だ。
外に出れば、誰かが罪人である彼を裁く。
罪を犯した理由も知らないくせに、人々は無慈悲にもアシルを業火で骨まで焼き尽くすだろう。
そんな未来を、
どうして選ばせなきゃいけない?
ここなら、誰も触れない。誰も奪われない。
誰にも傷つけられない。
僕はアシルを守っているんだ
『その先に幸福はあるのかい?』
部屋のどこかから、幼い頃の僕の声が聞こえて、アシルを撫でる手をぴたっと止める。
『お前の輝かしき人生をあの無価値な者に捧げるというのか?』
亡き父の声も聞こえた。
そのふたつの声は、僕を責めるでも、貶す訳でもない。
ただ、問いとしてそこに在った。
……幸福?
そんなものは、彼が無価値な奴らに裁かれる未来よりは、遥かにここにある。
鎖は、暴力ではない。
選択肢を奪うためのものではない。
これは「保護」だ。世界の理不尽から彼を隔離する、最後の手段。
悪役なら僕が引き受ける。
アシルの罪も、僕のエゴも、
誰にも裁かせない。
アシルの隣で眠りにつこうと瞼を閉じた
今度は耳元で、はっきりと、
幼い僕の声が囁いた。
『アシルの母親を殺したこと、
アシルには内緒にしようね。』
「ははっ、勿論。」
【END】
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コメント失礼します😌
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他の方が既に言ってましたら申し訳ないです😌💦
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