面倒臭がり屋な皇太子と面倒臭がり屋な悪役令嬢

ノンノノンノ

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第二章「気力を取り戻せ!」

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 無意味な抗争(すれ違い)を繰り広げていたククーナとゼア。
 その姿は差し詰め、ナマケモノと猫がお互い距離を探っているかのようだった。
 
 言葉の裏を警戒しても無意味な相手──ゼアにとってはこれが初めてのことだ。
 それはそうだ、彼が「警戒しても無意味」と感じる立ち位置は本来ヒロインがやるべきことであって、本編までそのタイプは現れない……はずなのである。
 本編どころか悪役になるきっかけのペアリングすらシルヴィに渡していないククーナが、己のペースでぶち壊しに来ている。
 なんということだろう、強制力ですら彼女の破天荒ぶりには勝てないのか。誰もが彼女の思考が読めず、当惑の念を隠せない。
 
 底知れぬ未知へ足を踏み入れて(巻き込まれて)しまったゼアはいち早く状況を理解する必要があると踏み、話を聞くことにした。
 
「……兄上の婚約者でありながら私を褒めるとは、些か疑問ではあります。が、まあ私は心が広いですから聞いてやらなくもないです……さっさと本題に入りたまえ」
 
 ソファーに座りふんぞり返る。
 丁寧な口調すら止めて偉そうな態度を取るのはまだ動揺している証拠だ。
 
「流石懐が深い。で本題なんですけど殿下……お兄さんにサプライズパーティー仕掛けてくれません? こう、ゾンビっぽく」
「はっ、兄上の為にパーティーなんて……──ゾンビ……? サプライズ……?」
 
 隠しキャラを混沌に招く彼女は、至って真剣だ。
 要は怖がりの弟の為にこっそり内緒で怖いパーティーに招いて魔法とかで怖がらせて欲しい、というざっくりとした内容。これもある種のショック療法だが、恐らく承知の上だろう。
 
 勿論、弟であることは言っていない。だが彼の知っているシルヴィという皇太子は怖がりではなく、どちらかというと悪趣味だと軽蔑していたくらいの、ホラー耐性抜群の少年であった。
 生じた疑問に戸惑いを隠せず問いかける。
 
「兄上は怖がりではないのに、何故敢えて……?」
 
 腕を組んで疑問符が無限に沸いている彼に一言。
 
「敢えてが一番面白くなる秘訣ですよ」
 
 全く答えになっていない返答をする、いつも通りの少女である。
 答えになっていなさすぎた為、オマットが「和解の機会を作っていただきたい」のだとゲームのことは伏せて簡単に説明したところ納得した様子で視線を寄越す。

「なるほど? スイートヘリー公爵家とあろう者がわざわざ皇族の婚約者に近付いた結果、仲違いしてしまったと……自業自得では?」
 
 彼は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
 嫌味フィルターを一々かけないと気が済まないゼアに対し、真に受けてククーナは否定の意味で手を振る。
 
「違う違う。こっちの父親が私に友達作って欲しかったのか頼んでたんですよ、ね?」
「そうだな……俺も友人はいなかったし、それで父上と意気投合したのかもしれない」
 
 ここでお気付きだろう、突っ込みがいないのである。
 決して突っ込み待ちをしている訳ではない彼だが、この面子ではボケが三人揃ったようなものだろう。ゼアは人知れず緊張を高めていた。
 人生で初めて兄のような突っ込みが切実に求められているのだと。
 
「……さ……」
 
 わなわなと肩を震わせ裏返りそうな声をどうにか押し留める。
 一度、二度と息を深く吸い込み深呼吸を繰り返す。落ち着きを払った頃合いを見て一言、言った。
 
「……やるならさっさと準備しましょう……」
 
 折れたのだ。
 
 姑ことゼアが。
 先程までの威勢は何処へ行ったのか、今は「突っ込みなんて」と羞恥心に駆られている。
 
 巻き込まれた皇子も含め、三人での作戦会議を始めていく。
 まず第一にゼアに仕掛人の役目を与えること。ゼアは魔法を使え、属性もかなり多く、彼女にとって彼は素晴らしいパシリの素質があった。
 第二に、魔法を得意とする者ではないといけないこと。ゼアとオマットはどちらも魔法が得意だ。
 その素質を上手く使い走れということだと考えてしまったククーナはこの二人は便利屋なのだと認識を深めていった。
 
「お兄さんの前に殿下が幻覚とかでゾンビ……生きる屍になって脅かすんですよ」
「……はあ」
「それでが頑張って更にゾンビ増やしてお兄さんに襲いかかる、パニックになったところでパーティーでしたーってネタばらし……種明かしするんです」
 
 耐えかねた皇子が声をあげる。
 
「一つ良いですか」
「はい」
 
「貴方先程から全く手伝う気がありませんよね? ビターミネント公爵令嬢」
 
 ──だって成功する確率が分からないし。
 
 不確定要素の集まりに費やす労力は無いのだと彼女は最低限に留めた動きで口を開く。
 
「私はドッキリでしたーの看板持ちです」
「へえ、看板持ち──は? それだけ……? ドッキリ……?」
「看板を持つ労力を舐めないでください」
 
 気力を前世並に取り戻したとはいえ、彼女は削れるものは削る。足を引っ張る可能性が高いことも考慮した結果とも言えるが、本音を言えばただ任せたいだけなことは明確だった。
 しかし、彼は少女の推し。観賞したいからこそ看板持ち待機を選んだというのもあるだろう。
 
「じゃあお断りします」
 
 見ていたいだけだなんて伝わるはずもなく、断りを入れる皇子。現段階では得体の知れぬ赤の他人に協力をするなどという慈悲を持ち合わせていないように見えるが、単純に彼女のペースに振り回されてばかりなのが嫌だったのは負けじとする表情から察することが出来る。
 
 してやったりとドヤ顔をするゼアに対し、ならばとククーナは率直に言った。
 
「貴方の活躍を良い角度で見たいので看板持ちが良いんです」
「えっ」
 
 目を見開きながら驚きのあまり仰け反る。
 再び警戒の構えをとる彼は少女の性格を知らなかった。
 
 考えるのすら面倒だから思ったことをそのまま言ってるだけなのだと。
 
「後失敗する確率もそこそこなのでさっさと試して次へ行きたいんです」
「……それこそ皇族に頼らずにやって欲し」
「でも貴方のキラキラ輝くゾンビ演技が見たい。殿下のかっこよさ、そして美しさをこの目に焼き付けたいんです。駄目ですか」
 
 煽て煽て煽てあげられる内に口角を上に上げ、にやついていたチョロい第二皇子は「全く仕方ないな」とでも言いたげに、嬉しそうに鼻を鳴らした。
 先程のオマットの助言は正しいのだと踏んだのかもしれない。素直に受け取るべきだと判断したらしい。
 
「っふ、ふん。そこまで言うならやってやらなくもない。光栄に思え」
 
「ありがとうございます」
 
 言質は取った。
 心の内でガッツポーズ、勝利の宣言。例え少人数であろうと魔法大得意な二人にかかればさぞ恐怖のパーティーになるに違いない。彼女は口を歪めた。
 
「……ククーナ嬢、口がにやけているぞ」
 
 指摘されすぐに直線に戻す。
 
「つい」
 
 疑わしいものを見る目で見つめられてもめげないのがククーナという少女だ。
 特に気にも留めず落ち着き払う。多少この謎なペースに慣れてきた皇子も適応力を発揮し、見事無視を決め込めた。
 
「で、ゾンビというのはどういった……」
 
 彼が質問をする度、ほとんどはオマットがゲームを除いた数々の疑問に答えていく。
 そうこうする内に突発的なサプライズパーティーの準備は着々と整えられていった。
 
◆◆◆
 
 おかしい。
 
 一体何がおかしいのか。ちょっと前では時間がかかっていたはずのことも、近頃は事細かに結論付けることが出来る。記憶力の問題や悩みなんて些細なことは今はいい。
 それよりも、問題はククーナ嬢とオマットだ。
 
 オマットはともかく彼女がおかしすぎる。
 僕を避けるなんてあってはならないことだ。彼女が僕を名前で呼ばないことも然り。
 
 何故、ククーナ・ビターミネントでありながら大人しくないのか。
 
 錯覚かもしれない。
 彼が彼女に要らぬことを吹き込んだのかも。その可能性はある。だとしたら即刻あの二人を引き離すべきなのは分かっているけど、どうにも煮え切らない思いがある。
 
 一向に減らない書類の山を見ながら溜め息を吐く。
 何故か消えない心細さはこの何とも言えない悪趣味──ケバい──洗練されたデザインの椅子に座っているせいかもしれない。段々とそんな気もしてきた、早くデザインを変えてくれないかな。
 憂いを帯びて皇族っぽく振る舞っていたら部下である執事が話しかけてきた。
 
「殿下、スイートヘリー公爵子息の件ですが」
「何か動きでも?」
「少し……気になることが」
 
 聞けば何日か部屋に引きこもっていたということだったが、妙に引っ掛かった。その日はククーナ嬢も部屋から一歩も出ていない。偶然だろうか。
 
(部屋から一歩も出ない、ねえ……)
 
 脳裏に過る誰かの姿。
 
『──これ、全部任せるね。頑張って』
 
 いや。
 いやいやいや。その量は流石に一人じゃ無理だって……──
 
 部屋から出なかった? そんなことを気にかけている暇は無い。ただ単に僕への仕返しのつもりだろう。
 反応を期待していると踏んで、反応の見れない策を取った。裏切り者に向ける優しさなど僕には不要だ。ましてや愛する婚約者を奪おうとする不届き者なんて、追放してもいいくらいだ。
 
「そっか。分かった、引き続きよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
 
 執事が部屋から去るのを見届けて書類の確認作業に戻る。目を通していてももやもやした気持ちは晴れず、心ここにあらずと考え事に夢中になった。
 
 ……あの二人と何か話した気もするんだけど……ぼやけていて思い出せない。十二歳という若さで痴呆が始まったのだろうか? いやいや、シルヴィがそんな馬鹿になる訳がない! 
 僕はシルヴィなんだ。ガーラ帝国の皇太子。
 
 ……でも何で……そよ風を使ってメモしてる程アホいのに皇太子……。

「ううー……」
 
 ごちゃごちゃした思考に錯乱しそうになり、何か興味を持てる内容が書かれたものは無いかと漁ろうとしたその時。
 先程まで無かった気がする一通の手紙が視界に入った。
 
 差出人の名前は無いが、「招待状」と書かれた文字には見覚えがある。いつぞや見た彼女の字だ。
 ククーナ嬢からの誘いともあれば断る理由は無い。
 封を開け内容を見てみれば「誰にも知らせず、一人で来ること」と可愛らしいお願いが書いてあるじゃないか。これは行かなくては。
 浮かれる自分に酔いながら指定された時間、つまり大体夜な気がする「暗い時に練習してた部屋」へ向かった。
 
 お忍びで抜け出したことは一回も無いけど、まあなんとなく隠れる某ゲームでどうやればいいか分かっていたのですんなりと目的地へと辿り着く。
 ……ゲームって……? いや、考えないようにしよう、頭痛が増える。
 
 増えてくれるな、頭痛。
 去れ、頭痛。

 しかし悲しいことに刺さるような痛みは増していた。
 
 念じれば念じる程強まって悪化していくこの現象何!?
 僕何かした!?
  
 アレがそうしてアレでアレになったんだ、きっと。自分でも何を言ってるか分からなくなってきた、ともあれ入ろう。
 
 音を立てないようにドアノブへ手を掛けて室内へ入る。中は照明も無く、人っ子一人いない。
 ひょっとして悪戯電話か……?
 あれと同じタイプの嫌がらせかな……?
 
 暗闇の中をただ「彼女がいるかも」という一心で歩いて部屋の中央へ歩を進めた。
 その瞬間、妙な違和感を感じて後ろへ振り返る。
 
「……あに、う、え」
 
「ゼア? どうしたの──」
 
 弟に何かあったのかと駆け寄ったのが間違いだった。
 肩を触れどろっとした感触が瞬く間に広がり、窓から漏れた雷光のおかげで見えたゼアの姿は……
 眼球の飛び出たゾンビそのものだった。
 
「ぎゃああぁぁぁぁっ!!」
 
 大音量の叫びが響く夜は、まだ明けそうにもない。
 
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