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第三章「抗え本編」
番外編2 憂鬱
しおりを挟む最近第二皇子が落ち込む姿を目撃している者が多いらしい。
それもそのはず。彼はヒロインの手によって「好きでもない相手を魅力的に感じてしまっている」からだ。
ましてや、この間のは酷かった。
告白をいざしようとした時に邪魔をされ、挙げ句の果て想い人を傷付けてしまった。
これだけで済むなら挽回しようという気力はあったはずなのに、傷付いた彼女を助けたのは自分ではなくライバルであるオマット。
視線を交わした時にハッキリと分かったのだろう、ククーナを悲しませるなら例え皇族でも彼は迷うことなく戦うと。
それに比べ、自分はなんと愚かなことか。
掻き集めた期待も希望も散るに散る。
正直言って森に話を振られている間、彼はずっと叫びたかったのだ。
「どうして彼女を無視するのか」
「どうして身体が思うように動かないのか」
恋愛関係に無いとは言え、ククーナを大切にしているシルヴィはあれ以来話しはすれど距離を感じるようになった。
誰かから聞いたのは明白。
しかし、兄の立場からすれば自分の婚約者をないがしろにされるのは許せなかったのだろう。
納得はしていても心は辛いままだった。
るう達は事情を知っているので決して彼を嫌うでも、恨んでもいないが、ゼアは全く事情を知らない。
自分に非があると感じることしか出来ないのだ。
好きな人がいるのに他の人が気になってしまう薄情な奴だと。
だが、それでも違和感を感じることはある。
森が『ククーナは悪だ』と言った瞬間、ゼアも同様に『悪だ』と認識したことだ。
彼女の性格を知っていればそんな面倒なこと出来る訳もないのに、何故か事実はそうだとされている。
──まるで誰かの操り人形になったかのよう。
「凄いね」なんて言葉は飽きる程言ってもらった。
「ずっと頑張ってて偉い」という言葉も。
面倒臭がりな彼女からしたらゼアの勤勉さはもはや神レベルだったので、そうとしか言えなかったのだが、とにかく何度も言ってもらったのだ。
今更他の者に言われたって響きやしないはずだった。
聖女が召喚された時だって彼の頭は「お祭りがやるならククーナさんと行こう」くらいなもので、森の存在は皇帝から命じられたから仕方なく……というだけに過ぎない。
マカロとベーシュも同様に苦しんでいるのだろうか、ゼアは彼女がいない隙を見て彼等に接触した。
「モリのことか? いい奴だよな!」
「ええ。モリ様は素晴らしい方です、まったく……あの人もあれくらい可愛げがあれば良かったものを」
「分かるー、婚約者とかほんとだりぃよな」
──これは多分元から駄目なタイプ。何だっけ……兄上風に言うなら「手遅れ」?
自分達の婚約者を下げ、森を上げる彼等を見てとてもじゃないが側近なんて任せられないなと実感した。
兄が避けるだけはある。
これ以上彼等に聞いても無駄だと判断をし、向かうところは確実に事情を知っているシルヴィのところだった。
失礼します、とノックをして部屋に入ればどうやら寝ているようだ。
疲れている兄を起こす訳にもいかない。
出直そうと思った時、ふと彼の足元にある小さな手帳が視界に映る。
バレないように風魔法でその手帳を手に取った。
(……『メモの為の手帳』……?)
中を見るのは忍びないが、他に手がかりもない。
罪悪感を消すように「これは理由を知る為だ」と言い聞かせ、手帳に書かれたメモを確認する。
──ゲーム……?
ある程度るうから現代の言葉を教えられていた彼は、異世界人にしてはすんなりとメモの内容を半分理解することに成功した。
理解してしまったからには「ここはゲームの世界」で「自分達は聖女に惚れる」ということも分かってしまったということだ。
脳が拒絶反応を起こし、手の震えが収まらないゼア。
受け入れ難い『これ』が現実だとしたら。
一生をかけても彼女へ恋をすることは許されないのか。
これを知ってて、敢えて自分を応援した理由は何なのか。
知ってて、公爵子息は彼女に想いを寄せているのか。
──息が詰まりそうだ。
前世のことが理解出来なかった彼は兄への不信感を募らせた。実の姉が皇族以外にいると言って、信じてもらえるかも怪しいところだが。
「……んん~」
肩がびくりとする。
バレてはいけないと手帳を元の位置に戻し、そそくさとその場を立ち去っていく。
彼が見た中で一番絶望したのはククーナがどの未来でも死ぬという一文だった。
あの一文を見て納得したのだ。
彼女が「もしも自分が死んだら」と話しかけてきたあの時の意図を。
死ぬ運命があると分かっていて、不安に感じてあの質問をしたのだろう。今となっては自分の返答は正しかったのか、正しくなかったかも分からない。
何かをしてあげたくとも自分は頼られていないし、『ゲームだから』何も出来ない。
(流されるだけで終わるしか、ないなんて)
無力な己をただ責め立てるだけ責め立てた。
兄へは疑心を、想い人へは苦悩を、
唯一二人から信頼を寄せられているオマットへは嫉妬を。
ヒロインであるはずの聖女へは憎悪を。
黒く感情を濁らせた。
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