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第三章「抗え本編」

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「第四チーム、背後へ魔法を使え!」
「はい!」
 
「そこの女子生徒! 頭上に矢を放て!」

 多分最善だろう指示を出して被害を防ぐ。
 ここで死ぬモブは十数人だったような気はしないでもないが、十数人も居るのだ。異世界を生きている今、緊急事態に焦っている彼等をデータと考えられる訳も無かった。
  
 ──あーっもうめんどくせぇ!!
 
 一人か二人に抑えられれば万々歳。
 しかし、それは回復魔法があれば可能な話で、無ければ精々良くて五人といったところだと思う。
 隙を見て、背中合わせで姉と小声で話す。
 
「ってか回復って光属性限定の魔法だよな……何で使わないんですかね?」
「多分、杖で多少増幅してても魔力には限りがあるし好感度が上がる時だけしか使いたくないのでは?」
「最悪」
 
 後ろでマカロ達に守られながら選択肢だけに集中している森を見て苛立った。
 自分はイージーモード選んで死なないからって高みの見物かよ。聴力を上げて戦いながらサポートしているファジィを見習って欲しい。
 
 ここでは好感度の高いキャラのイベントが発生するはずだったが、ゴーレムが出たところを考えるとオマットイベントということだろうか。
 
「シルヴィ殿下、二時の方向から来ます!」
「《切り刻め》!」
 
 突風の刃で足を粉砕し、心臓に当たるコア目掛けて長剣を突き刺す。ただの長剣では上級モンスターに対し切れ味が足りない為、風属性を付与している。
 
 戦闘訓練中、入れ替わるモンスターはキャラによって違う。オマットはゴーレム、俺とゼアはドラゴン、マカロはアンデッド、ベーシュは猪の奴。
 姉と確認した限りこういう割り振りで良さそうだと思うのだが、非常に残念なことに辺り一周見回してみたらそのモンスター。全種類揃っている。
 よって今は全キャラ分が発生していると見て良さそうだった。
 
「ドラゴンなんて最上級モンスターがどうしてここに居るんだよぉぉ!」
 
 ゲームの俺達のせいだな。
 今回は全員発生させた森の影響が一番強いだろうが。
 
 とは言え、この状況はかなり不味い。
 下手したら負傷者の数は何倍にも増えてしまいかねない。
 姉曰く、ゼアはイベント通りに負傷者の手当てをしつつ後方支援を行っているようだが何処か心ここにあらずに見えるとのこと。
 そんな状態がいつまでも続けばいずれ怪我をするだろう、姉のことはオマットに任せて弟の元へ駆け寄った。
 
「ゼア!」
「兄上、今は誰かと話している余裕は無いのでは?」
 
 睨み付けるような視線から感じられるのは明確な敵意。
 見に覚えのない敵意を弟から向けられ、一瞬怯む。だからと言って危なっかしい彼を放っておくことも出来ない。
 むやみやたらに矢を打ち込むゼアの腕を掴んだ。
 
「数を射れば良いってもんじゃない、そんなんじゃ怪我するぞ」
「……離してください」

 こちらの手を退かそうとする。
 
「自分の身も守って戦わなきゃ──」
 
「そんなに頼りになりませんか」
「いや、そうは言ってない」
「兄上も、あの人も……一度だって私を頼ってくれなかったじゃないですか!! あいつのことは頼ってる癖に!」
 
 痛々しい叫びが耳に響く。
 ひょっとして、俺達が何らかの理由で独自に動いてることに気付いたのか? ……だとしたらあいつって言うのは……
 思い当たったところで考えている内にゼアの腕を離していたことに気付く。そして彼が狙いを定めているのは、向こうで戦っているオマットだ。
 
「馬鹿っ、止めろ!」
 
「少し悪戯してやるだけですよ」
 
 魔力付与を施し矢を放とうとするゼアを止めようとした。でも既に、矢は放たれてしまった。
 瞬く間に全てがスローモーションに見えていく。
 
 ──何だか、既視感が。
 
 オマットに向けて矢が放たれた。
 それは、オマットの婚約者死亡にあったシーンの一つで──
 
「っククーナ嬢!!」
 
 矢が飛んできたことに気付いた婚約者が、それを庇おうとして崖から転落するイベントだ。くるいけで弓矢を使ったのはククーナだったはずだが、今はそんなことどうでもいい。
 
 どうしたことか、ファジィじゃなくてそこに姉が割り当てられている。
 オマットはゲームとは違って、姉を助けようと一緒に落ちていってしまった。
 
「は。はは」
 
 終わった。
 
「はははは」
 
 なんて、その場に崩れ、乾いた笑いしか出ない。
 
「……ち、違、こんなこと、したかった訳じゃ」
 
 動揺する弟の姿が何だか滑稽に見えた。
 結局、シナリオの為に犠牲にされるだけなのかって憂鬱な気分すらする。
 落ち込んでいる俺の前に現れたのは息を切らして走ってきたファジィだった。
 
「殿下、大丈夫。大丈夫です、落ちた時、公爵子息が魔法を使う音が聴こえました。彼等はまだ生きているはずです」
「……本当か」
 
 目を合わせてしっかり頷く。聴力を強化した彼女の言う通りなら、彼は姉を守る為に何かしらの魔法を使ったということ。この目で確かめるまで安心は出来ないものの、幾分か焦りは和らいだ。
 
「信じましょう、彼は魔法に長けているスイートヘリー公爵家のご子息。そう簡単には死にません」
 
「ああ……」
 
 うん。言われてみればそんな気もしてきた。
 俺達の利便性の高いオマットなら、きっと姉を助けてくれるに違いない。
 
 冷静さを取り戻したところで改めて考える。
 ククーナは物語の黒幕、ならここで死にはしないはずだ、と。
 
「それもそうだな。なら、僕達はこっちに集中しましょう。彼等が何時でも戻ってこれるように」
「はい!」
 
 立ち上がって背後に壁を作る。
 丁度、ドラゴンが向こうから炎をやってきたからタイミングとしては良かったのだろう。
 
「状況は」
「負傷者三十、死者が五人。今先生達へ緊急連絡を第三チームが行っているところです」
「……やっぱり死者は避けられないか……」
 
 すっかり絶望しきっているゼアを立たせ「今ならまだ間に合う」と言おうとした時、森がやって来た。
 今度は何を言うつもりだ? 咄嗟に身構え、出た発言に驚愕する。
 
「『ゼア殿下は間違ってません! 貴方の為を思って行動してるだけなのに、どうして分からないの?』 仲良しな兄弟なんでしょう?」
 
 ──俺はお前の思考が分かんねえよ。
 
 ただ、今の発言からゼアイベントは兄弟喧嘩のある内容なのかもしれない。多分混じりすぎて内容はゲームと大分違うだろうけど。
 それよりも許せなかったのは、彼女が小声で言った発言だった。
 
「……早くイベント走らないと、イベントが終わっちゃう。長引いてくれたら良いのになあ」
 
「は? 今、何て言った」
「え。やだなあ、何も言ってませんよ」
 
 死人が出てるのに。
 お前のせいで姉と友人が今も死にかけているかもしれないのに。
 弟だって、お前が関わらなきゃこんな役目背負わされなかったはずなのに。
 
 なのに「長引いてくれたら良いのに」って何だ?
ふざけてるのか?
 怒りが頂点に達して、拳に力が入る。
 
「さっき『この状況が長引いて欲しい』だなんて、言っていたよな」

 近くに居るファジィ達が信じられないものを見るように目を見開く。そりゃそうだ、(マカロとベーシュを除く)誰だって犠牲は減らしたいし、こんな強力なモンスターの群れとの戦闘なんて長時間やりたくはないだろう。
 感覚が余程狂ってるか、命が惜しくないか、現実逃避をしてるとかでもなければ。
 
「死人が出て、負傷者も出ているのに長続きしてくれって何だよ」
「え、え、え。でもそういうのって魔法で治せるんじゃ」
「──お前が回復魔法使わないから増えてんだろ!! 見て分かんねえのか!?」
 
 怒鳴りつけて周囲を指していく。
 
「あいつも、そいつも、こいつも今必死で戦ってるんだよ! 俺達がこうして喋ってられるのも周囲の人達が守ってくれているおかげだって何で分からない!?」
 
 大声を出したからか、周囲の生徒達がちらちらとこちらを見始める。

「あー……ははは。でも終わったらハッピーエンドに近付けますよ! きっとこれはその為の試練です! あの人が落ちるのは予想外だったけど……」

 まるで理解出来ないという態度を見て腹立たしさは増す一方、こいつは本当にゲームとしか思っていないんだなと痛感した。
 何を言ってもゲームで終わらせるなんて。こっちは前世からの姉と、今世の友人が巻き込まれてるっていうのに。
 
「あの二人に何かあったら、絶対に……お前だけは許さないからな」
「──へっ?」
 
 ハッキリとした怒りを向けることで、彼女はようやっと「自分は何かしたのだろうか」と疑問を持ったようだった。
 
◇◇◇
 
 一方、崖の下にいるオマットは酷い怪我を負ったククーナを抱え込んでモンスターの群れと対峙していた。
 不幸なことにゴーレムだけではなく他のモンスターをも相手にしなくてはならない。それがどんなに厳しいことか、天才と言われている彼が息切れしている様子からもよく分かる。
 
 ──早く何処かで出血を止めなければ。
 
 彼自身も落ちた際、至るところに擦り傷を負い、出迎えたアンデッドに腕を噛まれて負傷していた。
 後方からはドラゴンが、前方からはゴーレムとアンデッドというとてつもなく面倒な組み合わせ。普段のククーナがいれば現実逃避待ったなしだ。
 あの時の彼は魔力制御の調子が悪く、彼女を助けるのに少しドジを踏んだ。と言うのも、彼にとって最初の婚約者の死を思い起こさせたからだ。
 
 過去に死んだオマットの婚約者は、ある事故で無くなった。
 きっかけは彼の発言だった。
 この頃は中立的ではなく少し早とちりしてしまう難のある少年で、視野が狭かった。だから少女のコンプレックスを踏んでしまい、傷付けてしまったのだ。
 喧嘩から自棄になった少女は飛び出し、運悪く彼の目の前で馬車に轢かれて死んだ。
 
 それから少女の家族からは責められ、嫌がらせも受け続け、精神的に追い詰められた結果閉じこもってしまった。
 幸い、スイートヘリー公爵家の者達が彼を励まし癒したおかげで持ち直し、それからは二度と「あのような出来事を起こさない」と自分の視野を広げていき現状の中立的な考えへ成長。
 今現在のオマットになったという訳である。
 
 ククーナと関わることで過去をある程度は振り切れていたようだが、目の前で死んでしまうかもしれない──トラウマの光景はまだ克服出来ていなかったらしい。
 
 自分なら助けられたはずなのに、いざその時が来ると恐怖心から出遅れ、彼女に怪我を負わせてしまうとは。
 情けなくて後ろめたい思いが込み上げてくる。
 
「……っすまない……」
 
 虚ろな瞳で何かを言うククーナ。
 聞き逃すまいと魔法を駆使しながら耳を傾けた。
 
「わ、たしも、割と。怖い……ので、これでおあい、こ……です」
 
「……待っていてくれ、必ずここから抜け出す」
「頑張れ……何もしたくない、んで……」
 
 こんな時でも他力本願な言葉を言うとは。
 恐れ入る。
 
 彼女の言葉に救われながら崖の上へ戻ろうとした。
 しかし、何故か人為的な魔法による攻撃がこちら目掛けて飛んでくる。咄嗟に避けた方向を見ると、闇属性の魔法だと分かった。
 二人は使っていないはず──疑問に思う暇もなく次々と来る魔法から逃れる為、走っていった先に見えた洞窟へと逃げ込んだ。
 
「しっかりしてくれ」
 
 防壁を張って時間を稼ごうとすると、何故か何度試しても魔法が使えない。気が付けば自分の両腕に闇魔法がかけられていたようだ。恐らく魔力封じの効果がある魔法だ。
 時間がない。
 仕方なく、そのまま手持ちの物で応急措置を施す。
 
 ──さっきよりも血の量が多い。
 
 血が抜かれたように冷え込んでいくククーナの手を握って不安を拭い取ろうとする。それは彼自身の不安も含まれていることだろう。
 きっと大丈夫だと言い聞かせて、上着を脱いで上から布団のように彼女へ被せた。
 
「……やっぱり、死んじゃう、のかな、私」
「そうはさせない、させないから……何か、して欲しいことはあるか? 出来る限りのことはする」
「じゃあ……」
 
 抱き締めて欲しい、と頼まれて彼は怪我が痛まないように優しく抱き締めていく。
 冷たい体温から赤い液体がすり減っているような、そんな感覚さえする。
 
「今、気付いた、んですけど」
「ああ。何だ?」
「私……貴方の、こと」
 
 好きだな、って──言い終えるなり目を閉じようとするククーナを見て焦り出す。
 密かに想いを寄せる少女から告白されて、折角両想いだと分かったのに、彼女の傷口から血は流れ続けている。
 
「寝るな、寝ないでくれ! まだ俺は貴方に何も返せてないんだ、頼むから寝ないでくれ……ククーナ!」
 
 辛うじて意識がある今の内にどうにか解決策を見つけ出さねば、彼女が死んでしまう。
 
 何か方法は無いのか、何か──!
 
 ふと目に入ったのは両腕にかけられた黒い霧の腕輪。
 オマット程の魔力をも封じられる闇魔法を使ってもらえば、ひょっとしたら怪我も治すことは可能なのではないか。古代皇帝は魔力も適正属性も多かったはず。ならば光属性も少しは使えるのではないか?
 一か八かの賭けだった。彼はククーナから了承を貰い、指輪を嵌め込む。
 
 嵌め込んだ瞬間、辺りにかけられていた闇魔法の全てが彼女の体へ集結する。黒い影が少女を包み込むと、目を開けたククーナが起き上がっていく。
 見たところ、怪我は治っているようだ。
 
「良かった……」

 一安心していると、彼女がこちらを見下ろす。
 発せられた声はどうにもククーナにしては低い。
 
「良かった? ああ、じゃあ君が僕の器を助けてくれたんだね。どうもありがとう。礼を言うよ」
 
 ──彼女じゃない。
 
 確信をしたオマットは素早く距離を取る。
 警戒心を向ければにっこりと彼は笑う。
 
「ん? ああ、そうですわ。公爵令嬢ですものね、悪役としてはこちらの方が正しいかしら」
 
「……古代皇帝」
「まあ素晴らしい! 正解です。どうも外が大変なことになっているようですけど、楽しんでいただけました?」
「あれは貴方の仕業か」 
「正確にはですね。私が直に動くにはこうして借りないといけないので」
 
 どの道体を貰おうと思ってたんだけど、と言っている最中に縛り付けようと地属性の魔法を発動させ足元から草の縄で拘束した。
 しかし、ただ優雅に指を添える動作だけで縄を切られてしまう。
 
「まだ残ってることの方が不思議じゃないですか? この国の皇族は生きている価値もないのに、のうのうと生きている」
 
 くるいけのゲーム内でも、黒幕として裁かれたククーナは同じことを言っていた。
 板挟姉弟はこの台詞をククーナ本人が言ったものだと考えていたが、実際にはゲームスタート時には既にククーナ本人の意識は失われていたようだ。
 しかし、それはククーナ・ビターミネントというか弱い少女だったからであって今の彼女は板挟姉だ。
 
「……お腹空いた……」
 
 ほんの一瞬、聞こえた言葉。
 何を隠そうか。今までも彼女は不健康さを貫いてきた。極度の野菜嫌い、最低限の運動、夜会は全て欠席。
 足元がふらつく程の不健康怠惰が今正に役立っているのである──!
 
「これから消えるべきものには消えていただこうと考えていますの。退いていただけますね?」
 
 つまり、ざっくり言うと古代皇帝は皇族を憎んでいて復讐をしようとしているようだ。
 呪いという超絶面倒な大掛かりなことをしてまで。これは、もう。
 
 彼女からしたらそれは……。
 
 思ったオマットは彼女の怠惰に賭けてハッキリ言った。
 
「──そんなの、かなり……いや、この世で一番面倒だろう!」
「いや面倒って──確かに」
 
 何事も無かったかのように面倒が勝利を得た瞬間である。これには普段真面目なオマットもガッツポーズ。
 なんとなく釣られてククーナも親指を立てた。
 
「何か誰か喋ってましたよね。古代皇帝?」
「っふはは。そうだな……」
 
 やはりシリアスなど板挟家には向いていなかったようだ。先程まで死にかけていた少女とは思えない。
 だが、おかげでオマットの疲弊した精神は癒されている。それを考えると結果としては良かったのだろう。
 
 安心から彼女を抱き締める。今度は離さないようにしっかりと。
 
「……暫く、こうさせてくれ」
「えっ、あっ。はい」
 
 照れ臭くなった板挟姉は気を紛らわせようと視界を動かす。目についたのは怪我を治す為と嵌められた指輪だ。
 
「あ。皇帝出てくるならもう外しますねこれ。そいやっ」
 
 勢いよく指輪を引っこ抜き、どこでもいいやと思い付いた場所へ乱雑に仕舞う。
 
「っはは」

 笑っているオマットを見て満足そうに抱き締められ続けるククーナ。
 どこまでもぞんざいな扱いを受ける呪いアイテム(と古代皇帝)であった。
 
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