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6呪 小言じゃ聞こえない
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「これで大丈夫だよ。後は若い子の回復能力で簡単に治るよ。それでも治らなかったらこの腕に変えるから、痛みが酷い場合は言ってね」
「……ジオングみてェな腕を保健室で付けんスか?」
保健室で京次は全身赤色のインナー着てゴキブリの様な黒いマントを羽織った保健の先生に診てもらうと、保健の先生は藍色に塗られた角張った肩と全ての指に銃口と思しき物が付けられた義手を薬棚から取り出した。
「ジオングじゃあない。これは1/25スケールジオングの腕だ」
「100パーセントジオングじゃねェか‼︎」
保健室の外の廊下の壁に寄り添っていた馬琴と手を前にして待っていた小豆は中で何が起こっているのだろうかと怪訝そうな顔で引き戸を見詰め、京次の症状と言動を心配した。
「しっかし驚いたねェ。お前ェ、病弱だって言うし華奢だからてっきりひ弱だと思ってたぜ」
「ち、父とそのご友人から護身術の手解きをされまして……でも、貴方もお強いですね! きっと、ドラフトとかでは選ばれ放題でしょう⁉︎」
「もしかして野球部だと思ってる? しかも俺ァ高3じゃねェから呼ばれねェよ」
小豆も小豆で京次並みに知識の偏りがあるのだと馬琴はこの会話で理解した。
その直後、引き戸が開き京次は包帯やギブスと言った治療が全く行われていない状態で保健室を後にした。
「大ェ丈夫かィ?」
馬琴は京次の左腕を触れない様に気を付け、怪我の具合を心配した。
「……ジオングの腕取っ付けられそうだった」
「何言ってんでィ?」
京次はボソリとそう言うと、視線を馬琴から小豆にへと変え、キリッと決めた顔で小豆に話を掛けた。
「小豆ちゃん。君の投げ技には凄く驚いたよ。正確な力の向き、僕の手に吸い付かれる様に触れた可憐な手、セーラー服に隠れたその肉体はさながら毘沙門天! 僕はもう君に夢中だよ‼︎」
「……え⁉︎」
「お前ェ、この子の裸覗いたのかィ?」
「阿呆、比喩表現でィ」
顔がナパーム弾に当たった密林の様に赤く燃え上がった小豆の仇を討つかの様に馬琴は右拳を京次の目の前にチラつかせ、京次は隠し持っていた1/25スケールジオングの左腕を棒の様に構えた。
「お言葉ですが! 私はそんな貴方みたいな破廉恥な男とは友達になったりする気はありません! 山にお帰り下さい‼︎」
左人差し指で強い抗議をする様に、小豆は京次を指し示し山に帰るよう促した。
「小豆ちゃん……こう見えてもこいつ、しっかり人類側なんだよ」
すかさず馬琴のツッコミが入った。
だが、小豆のこの発言により更に京次は調子に乗り始めた。
「お友達なんてそんな生優しい関係じゃなくて、僕はもっと濃厚であっさりとした関係のワンナイトラブになりたいかな……素直に言えば、小豆ちゃん、僕と肉体関係にならないかい?」
小豆の右肩を触れようとしながらそう言うと、調子に乗った京次は馬琴の制裁と小豆の入り身投げが炸裂し、京次は強烈な衝撃を受けストレッチャーに乗る程の大怪我を保健室前で受けた——。
この当時、学生達は現代とは少し違い体の線がハッキリと見える体操服を着ていた。
男子は基本冬以外は下着が見えるか見えないか程の半袖短パンであり、女子は密着型ブルマーと呼ばれる短パンがほぼ下着の様な見た目となっており、登場した当初こそ人気であったが、時代が下るにつれて女子高生の間では不評になった。
「で、小豆ちゃんはどうなんだ?」
「どうってお前ェ、俺の顔面と背中見ても分かんねェ?」
大介に質問されるや否や、ピラミッドの中に居そうなぐらいに包帯を全身に巻いた京次は、ジーと馬琴を睨み付け、馬琴のステージ台で居座る居心地を悪くしようと試みた。
「自業自得でェ。ベラボウがよゥ」
しかし、馬琴は目を強く瞑り京次の行いを咎める為にやったのだと大介にも分かるような態度を取った。
1時間目の緊急的な自習から2時間目な体育で男子はバスケットボールと野球、女子はバレーボールと器械体操を行っていた。
京次・馬琴・大介は共にバスケットボール(補欠)を行い、小豆はすぐにも折れそうな華奢な体だと言うのにバレーボールで懸命に体を動かしていた。
小豆の居るチームの左コーナーにスパイクが入る。
コーナー且つ完全にメンバーがネット付近に居た為、誰もがこのボールを見捨てたが小豆だけは違った。
彼女は右ネット付近でガードが失敗したと瞬時に理解し、瞬く間に左コーナーへダイブしてボールを5メートル程バウンドさせた。
そして、身長160センチから繰り広げたスパイクで相手チームの死角であった左コーナーへと返し、味方チームから大きな歓声が上がった。
「アズちゃん凄い! 本当に体弱いの⁉︎」
「今は完治していますよ。でも、無理するとやっぱりキツいですかね」
「そうなんだ! でもねアズちゃん……バレーは同じ人が2回連続でボールに触っちゃいけないんだ……」
「え⁉︎ それは……その……ごめんなさい……」
小豆は自身の世間知らずを悔やみ、同じチームの女子生徒全員に恥じらいながら謝罪を行なった。
この光景を見た男子生徒達は「お~!」と感嘆の声を上げたと同時に試合を止め、小豆に拍手喝采を送った。
「にしても、小豆ちゃんは可愛いよな~。転入試験は満点合格。武道の心得もあれば運動なんて全てお手のもの。加えて容姿端麗な純潔無垢ってなんて東京中探しても居ないんじゃないか?」
「いや、一人は居んじゃねェか?」
「どこにだ?」
馬琴が大介に「そりゃ練馬とかに」と言おうとした瞬間、背中に悪寒と謎の気味悪さが襲いゆっくりと背後を向いて見てみた。
案の定、そこには赤いジャージに右手に竹刀を持った赤福が立っていた。
「俺は感動したぞ伊達! 遂にお前は女だと認めたのだな! では! このブルマーをお前に授け——」
すると、赤福は馬琴に『まこと』と胸に名前が書かれたブルマーの着用を強要する直前で後頭部に野球の球が直撃し卒倒する。
後ろにはジャイアンツの野球帽を被った京次が額に血管を浮かせながら金属バットを持って立っていた。
「ベンチで暇だから野球見てたら節操無ェ奴だねェ。そんな女装男子が好きだから結婚出来ねェんだよお前ェは」
「京次……それは赤福も京次に言われたかねェだろィ……」
赤福の後頭部には大きなたんこぶが出来、虫の息になっていた。
「おーい!」
すると、何故か小豆が他の女子生徒と交代し京次達の近くへ走って来た。
「おォい! 小豆ちゅわァん‼︎」
「グヘッ‼︎」
京次は赤福の後頭部を強く踏み潰し、小豆に両手で大振りに振ってみせた。
その健気で邪気を孕ませた京次に笑顔に、小豆は一切の無視を通した。
小豆は馬琴の両手をガシッと強く握り、はち切れんばかりの笑顔で話しかけた。
「馬琴さん! バレーボールと言うのはとても楽しいのですね! 馬琴さんもやってみませんか?」
「お、俺がかィ?」
馬琴は大介に視線を向けると、大介は誰が見ても分かるくらいに苛立ちを隠せなかった。
この男も同様である。
「あ、あはは……小豆ちゃんってば冗談が上手ェなァ……あ! 俺もやっても良いよな⁉︎ 小豆ちゃんと同じチームで‼︎」
「普通に嫌ですけど?」
「んじゃァ相手チームで!」
「しっかり嫌ですけど?」
「審判とかどう?」
「見るのも嫌ですけど?」
様々な提案を京次は行うが、悉くに小豆は拒否し、遂に京次は怒りに身を焦がした。
「お前ェよゥ! 馬琴馬琴馬琴って執着してるようだから教えてやっけどよォ……お前ェの方がよっぽど破廉恥な事ばかり考えてんじゃねェのォッ⁉︎」
「な、何が破廉恥なのですか⁉︎」
京次はここぞとばかりに捲し立てた。
「だってよォ! 自己紹介の頃から馬琴に目ん玉ハートにして男子に関してはこいつしか見てねェじゃねェか‼︎ ふざけんなよこの野郎‼︎ 馬琴は俺のモンだゴラァッ‼︎」
「誰のモンでもねェよ俺ァ‼︎」
爆弾発言じみた京次の発言により、体育館に居た大介以外の生徒はそう言う関係の京次と馬琴に好奇の目を向けた。
無論、そんな仲ではないのだが。
「わ、私は……貴方から救ってくれた馬琴さんに感謝の気持ちを伝えたいのと、共に楽しみを分かち合いたいだけですっ! 私の馬琴さんに手を出さないで下さい‼︎」
「お前ェのでもねェよッ‼︎」
小豆がその発言をすると、体育館に居た女子生徒達は一斉に黄色い歓声を上げ、男子生徒達は一斉に嫉妬の炎を燃やすかの様に馬琴に睨み付けた。
馬琴はこの状態が収拾が付かないとすぐに判断し、大介の方を見て助けを乞うた。
しかし、当の大介はと言うと——。
「まさかまさかの事態でございます! 上高を代表する色男・伊達馬琴の行方を巡り、田造京次と黒川小豆さんが勝負をする事となりました‼︎ 司会はこの私・宮河大介がお送り致します‼︎」
ちゃっかし駅弁を売るスタイルで首掛け机を掛け、マイクを用いて司会の真似事をしていた。
「……どうやら、この方が言うように争うしか道は無いようですね」
「如何様にもあんだろィ解決の高速道路ぐれェ」
「確かにそのようだ……正直、女性相手に負ける事はないだろうが、ここは僕も本気を出すしかないみたいだ……!」
「投げられてたろィ? 清々しいぐれェによゥ」
双方、争う姿勢を馬琴の目の前で見せると小豆は右人差し指を京次に向け覚悟を感じさせる様なしっかりした声で京次に宣言した。
「本日の15時半、不忍池 辯天堂で決闘を行いましょう‼︎ 賞品は勿論、馬琴さんですッ‼︎」
小豆は顔を赤くしながらもしっかりと京次にそう言うと、京次は細く微笑みながら目を閉じ、両手を短パンのポケットに入れて肩を竦ませてみせた。
「俺ァ別に賞品は馬琴でも良いんだけどよゥ、勝負に乗るにゃァ馬琴より別の賞品が良いなァ。小豆ちゃん、俺が勝ったら別のやつでも良いかィ?」
「馬琴さんじゃ不服と言うのは引っ掛かりますが、構いません。でなければ勝負にはなりませんからね。何でも申してみて下さい」
『何でも』。
京次は、この言葉を待っていましたと言わんばかりに、彼女に続けて右人差し指を小豆に向け言葉を続けた。
「俺が勝ったら……俺とワンナイトラブでもやろォ~よ!」
細く微笑んだ京次の顔は緩く崩し、卑猥な指の仕草をしながら笑顔で一夜の契りを小豆に迫った。
当然、周りはこの京次の条件にざわ付き始める。
どの時代も学生間でのそう言う事はタブー視されているものだ。
だが、京次は吉原出身と言う事もあってか余りそこには抵抗感等は無かった。
「はえ……ワンナイッ……What's that……⁉︎」
小豆は京次がそんな突飛の無い事を言った為、誰よりも顔を真っ赤に染めてどこから出たのか分からない英文を口にした。
小豆がショートしたのと同時に、馬琴は左手で上履きを握り、京次の右側頭部に打撃を加えようとすると、京次はどこから取り出したか分からない1/25スケールジオングの右腕を保健室でやった時と同様に棒の様に扱い馬琴の攻撃を防いだ。
「お前ェって奴ァ……どうしてこうも女にゃ見境無ェんだこの野郎ォ……つーか何でィそりゃ⁉︎ どこから出しやがったんでェ⁉︎」
「たまたま体育倉庫にあったやつでィ。後、俺は見境が無ェんじゃねェ。気に入った女にゃ皆等しく穴としか見てねェだけでィ」
「それを見境無ェッつーんだよッ‼︎」
キリッと決めた顔で京次はそう言うと、ジオングの右人差し指を真っ直ぐにし、その腕で小豆を指し示し問答を開始する。
「勘違いしてるみてェだから言っとくけどよォ、お前ェが挑戦者だかんな? ほら、受けるか受けねェかハッキリしやがれィ」
「何でこんなに自信たっぷりなんでェ……?」
時代が時代ならパクリではないかと疑われる発言を京次は小豆に言い、小豆はショートしながらも思い悩む様に熟考した。
そして、彼女の答えが決まる——。
「分かりました! その条件、受け入れましょう!」
「受けちゃうんだ……」
「うっし、契約成立っと。おォい‼︎ 聞いたか萩火ァ‼︎」
その答えを聞いた瞬間、京次は体育館の2階を覗き、何故か萩火の名前を大声で轟かした。
「聞いたわよ~。よし! 契約はこれで締結ね‼︎」
すると、二階のステージ台から見て右端の方から、ブルマーを着た萩火が赤い髪のポニーテールをはためかせながら姿をヒョイと現した。
その胸の大きさのせいで、『しゅうか』と書かれたワッペンは悲鳴を上げており、目にした男子生徒達は歓声を上げた。
「何やってんでェお前ェ! それと、ちったァ恥じらいってモンは無ェのか恥はァッ‼︎」
「だって久しぶりのブルマーだもん! 思いっ切り楽しまなきゃ損じゃない?」
「27歳のコスプレなんざ誰が見てェんでェッ⁉︎」
「お前ェそれ一本木蛮先生に失礼だろィ……」
「あの人がやってた時も学生じゃねェか‼︎」
馬琴の怒りが全国のコスプレ愛好家達の逆鱗に触れぬよう、ある程度京次は話を逸らしたのだが既に無理な領域に入ってしまった。
そんな事はいざ知らず、萩火は「グラちゃん」と言うと、一階に飛び降りるかの様に跳ぶと、目に見えない床に立ったかの様に浮遊した。
この光景を目にした生徒達は一同驚愕し、皆が萩火に見入った。
そして、宙に浮いた萩火を中心に微風が吹きゆっくりと降下し、京次達の元に近付き話を続けた。
「今、京ちゃんと小豆ちゃん? との契約は履行されたから、後は地獄で全悪魔の総監督をやってる少将・ネビロスが勝手にやるわよ。私、難しいの嫌いだからこのまま帰りま~す‼︎」
萩火はそう言うと、右手で刀印と呼ばれるチョキを閉じた印を結ぶと、萩火の右隣の空間にヒビが入り、真紅の髪を後ろに束ねた30代前後の黒い喪服を着た男性悪魔……少将・ネビロスを呼び寄せた。
しかし、こんなにも派手な登場だと言うのに大介はおろか小豆以外の生徒達は少将・ネビロスの存在には気付かなかった。
「ななな……何ですかあのチャーミングな人⁉︎」
「どこがチャーミングでェ……つーか、小豆ちゃんと俺と京次しか見えねェのか?」
「らしいがよゥ、取り敢えず迎え合った方が良いんじゃねェかィ?」
ネビロスは猫科の様な金の瞳で、契約を交わした京次と小豆の双方を確認し、狼の様に大きく鮫の様な牙を揃えた口をゆっくり開くと馬琴と小豆は迎撃の構えを取り、京次は両手を短パンのポケットに入れ悠然とネビロスの行動を待った。
少将と言えば軍では上から数えれば早い階級の一つである。
相手が悪魔である以上、人間相手で無双を誇る馬琴と小豆ではどうなるかは分からない。
悪魔特有の恐怖感であろうか。
季節は春だと言うのに彼の登場と共に気温が氷点下にまで下がったのかと体育館に居た者達は皆思い、三人は少将・ネビロスの動向を見守った。
少将・ネビロスは静かに口を開く——。
「……ソウホウ、タガイニコウケツナルチカイヲムスビ、ダテバキントイチヤノチギリヲカケ、シトウヲツクスコトヲチカウカ?」
「「ごめん、何て⁉︎」」
少将・ネビロス。
全悪魔を監視し、率いる地獄一の凄腕総監督官。
彼は地獄一の強面であり、地獄一人見知りで小声でしか喋れないシャイボーイであったーー。
「……ジオングみてェな腕を保健室で付けんスか?」
保健室で京次は全身赤色のインナー着てゴキブリの様な黒いマントを羽織った保健の先生に診てもらうと、保健の先生は藍色に塗られた角張った肩と全ての指に銃口と思しき物が付けられた義手を薬棚から取り出した。
「ジオングじゃあない。これは1/25スケールジオングの腕だ」
「100パーセントジオングじゃねェか‼︎」
保健室の外の廊下の壁に寄り添っていた馬琴と手を前にして待っていた小豆は中で何が起こっているのだろうかと怪訝そうな顔で引き戸を見詰め、京次の症状と言動を心配した。
「しっかし驚いたねェ。お前ェ、病弱だって言うし華奢だからてっきりひ弱だと思ってたぜ」
「ち、父とそのご友人から護身術の手解きをされまして……でも、貴方もお強いですね! きっと、ドラフトとかでは選ばれ放題でしょう⁉︎」
「もしかして野球部だと思ってる? しかも俺ァ高3じゃねェから呼ばれねェよ」
小豆も小豆で京次並みに知識の偏りがあるのだと馬琴はこの会話で理解した。
その直後、引き戸が開き京次は包帯やギブスと言った治療が全く行われていない状態で保健室を後にした。
「大ェ丈夫かィ?」
馬琴は京次の左腕を触れない様に気を付け、怪我の具合を心配した。
「……ジオングの腕取っ付けられそうだった」
「何言ってんでィ?」
京次はボソリとそう言うと、視線を馬琴から小豆にへと変え、キリッと決めた顔で小豆に話を掛けた。
「小豆ちゃん。君の投げ技には凄く驚いたよ。正確な力の向き、僕の手に吸い付かれる様に触れた可憐な手、セーラー服に隠れたその肉体はさながら毘沙門天! 僕はもう君に夢中だよ‼︎」
「……え⁉︎」
「お前ェ、この子の裸覗いたのかィ?」
「阿呆、比喩表現でィ」
顔がナパーム弾に当たった密林の様に赤く燃え上がった小豆の仇を討つかの様に馬琴は右拳を京次の目の前にチラつかせ、京次は隠し持っていた1/25スケールジオングの左腕を棒の様に構えた。
「お言葉ですが! 私はそんな貴方みたいな破廉恥な男とは友達になったりする気はありません! 山にお帰り下さい‼︎」
左人差し指で強い抗議をする様に、小豆は京次を指し示し山に帰るよう促した。
「小豆ちゃん……こう見えてもこいつ、しっかり人類側なんだよ」
すかさず馬琴のツッコミが入った。
だが、小豆のこの発言により更に京次は調子に乗り始めた。
「お友達なんてそんな生優しい関係じゃなくて、僕はもっと濃厚であっさりとした関係のワンナイトラブになりたいかな……素直に言えば、小豆ちゃん、僕と肉体関係にならないかい?」
小豆の右肩を触れようとしながらそう言うと、調子に乗った京次は馬琴の制裁と小豆の入り身投げが炸裂し、京次は強烈な衝撃を受けストレッチャーに乗る程の大怪我を保健室前で受けた——。
この当時、学生達は現代とは少し違い体の線がハッキリと見える体操服を着ていた。
男子は基本冬以外は下着が見えるか見えないか程の半袖短パンであり、女子は密着型ブルマーと呼ばれる短パンがほぼ下着の様な見た目となっており、登場した当初こそ人気であったが、時代が下るにつれて女子高生の間では不評になった。
「で、小豆ちゃんはどうなんだ?」
「どうってお前ェ、俺の顔面と背中見ても分かんねェ?」
大介に質問されるや否や、ピラミッドの中に居そうなぐらいに包帯を全身に巻いた京次は、ジーと馬琴を睨み付け、馬琴のステージ台で居座る居心地を悪くしようと試みた。
「自業自得でェ。ベラボウがよゥ」
しかし、馬琴は目を強く瞑り京次の行いを咎める為にやったのだと大介にも分かるような態度を取った。
1時間目の緊急的な自習から2時間目な体育で男子はバスケットボールと野球、女子はバレーボールと器械体操を行っていた。
京次・馬琴・大介は共にバスケットボール(補欠)を行い、小豆はすぐにも折れそうな華奢な体だと言うのにバレーボールで懸命に体を動かしていた。
小豆の居るチームの左コーナーにスパイクが入る。
コーナー且つ完全にメンバーがネット付近に居た為、誰もがこのボールを見捨てたが小豆だけは違った。
彼女は右ネット付近でガードが失敗したと瞬時に理解し、瞬く間に左コーナーへダイブしてボールを5メートル程バウンドさせた。
そして、身長160センチから繰り広げたスパイクで相手チームの死角であった左コーナーへと返し、味方チームから大きな歓声が上がった。
「アズちゃん凄い! 本当に体弱いの⁉︎」
「今は完治していますよ。でも、無理するとやっぱりキツいですかね」
「そうなんだ! でもねアズちゃん……バレーは同じ人が2回連続でボールに触っちゃいけないんだ……」
「え⁉︎ それは……その……ごめんなさい……」
小豆は自身の世間知らずを悔やみ、同じチームの女子生徒全員に恥じらいながら謝罪を行なった。
この光景を見た男子生徒達は「お~!」と感嘆の声を上げたと同時に試合を止め、小豆に拍手喝采を送った。
「にしても、小豆ちゃんは可愛いよな~。転入試験は満点合格。武道の心得もあれば運動なんて全てお手のもの。加えて容姿端麗な純潔無垢ってなんて東京中探しても居ないんじゃないか?」
「いや、一人は居んじゃねェか?」
「どこにだ?」
馬琴が大介に「そりゃ練馬とかに」と言おうとした瞬間、背中に悪寒と謎の気味悪さが襲いゆっくりと背後を向いて見てみた。
案の定、そこには赤いジャージに右手に竹刀を持った赤福が立っていた。
「俺は感動したぞ伊達! 遂にお前は女だと認めたのだな! では! このブルマーをお前に授け——」
すると、赤福は馬琴に『まこと』と胸に名前が書かれたブルマーの着用を強要する直前で後頭部に野球の球が直撃し卒倒する。
後ろにはジャイアンツの野球帽を被った京次が額に血管を浮かせながら金属バットを持って立っていた。
「ベンチで暇だから野球見てたら節操無ェ奴だねェ。そんな女装男子が好きだから結婚出来ねェんだよお前ェは」
「京次……それは赤福も京次に言われたかねェだろィ……」
赤福の後頭部には大きなたんこぶが出来、虫の息になっていた。
「おーい!」
すると、何故か小豆が他の女子生徒と交代し京次達の近くへ走って来た。
「おォい! 小豆ちゅわァん‼︎」
「グヘッ‼︎」
京次は赤福の後頭部を強く踏み潰し、小豆に両手で大振りに振ってみせた。
その健気で邪気を孕ませた京次に笑顔に、小豆は一切の無視を通した。
小豆は馬琴の両手をガシッと強く握り、はち切れんばかりの笑顔で話しかけた。
「馬琴さん! バレーボールと言うのはとても楽しいのですね! 馬琴さんもやってみませんか?」
「お、俺がかィ?」
馬琴は大介に視線を向けると、大介は誰が見ても分かるくらいに苛立ちを隠せなかった。
この男も同様である。
「あ、あはは……小豆ちゃんってば冗談が上手ェなァ……あ! 俺もやっても良いよな⁉︎ 小豆ちゃんと同じチームで‼︎」
「普通に嫌ですけど?」
「んじゃァ相手チームで!」
「しっかり嫌ですけど?」
「審判とかどう?」
「見るのも嫌ですけど?」
様々な提案を京次は行うが、悉くに小豆は拒否し、遂に京次は怒りに身を焦がした。
「お前ェよゥ! 馬琴馬琴馬琴って執着してるようだから教えてやっけどよォ……お前ェの方がよっぽど破廉恥な事ばかり考えてんじゃねェのォッ⁉︎」
「な、何が破廉恥なのですか⁉︎」
京次はここぞとばかりに捲し立てた。
「だってよォ! 自己紹介の頃から馬琴に目ん玉ハートにして男子に関してはこいつしか見てねェじゃねェか‼︎ ふざけんなよこの野郎‼︎ 馬琴は俺のモンだゴラァッ‼︎」
「誰のモンでもねェよ俺ァ‼︎」
爆弾発言じみた京次の発言により、体育館に居た大介以外の生徒はそう言う関係の京次と馬琴に好奇の目を向けた。
無論、そんな仲ではないのだが。
「わ、私は……貴方から救ってくれた馬琴さんに感謝の気持ちを伝えたいのと、共に楽しみを分かち合いたいだけですっ! 私の馬琴さんに手を出さないで下さい‼︎」
「お前ェのでもねェよッ‼︎」
小豆がその発言をすると、体育館に居た女子生徒達は一斉に黄色い歓声を上げ、男子生徒達は一斉に嫉妬の炎を燃やすかの様に馬琴に睨み付けた。
馬琴はこの状態が収拾が付かないとすぐに判断し、大介の方を見て助けを乞うた。
しかし、当の大介はと言うと——。
「まさかまさかの事態でございます! 上高を代表する色男・伊達馬琴の行方を巡り、田造京次と黒川小豆さんが勝負をする事となりました‼︎ 司会はこの私・宮河大介がお送り致します‼︎」
ちゃっかし駅弁を売るスタイルで首掛け机を掛け、マイクを用いて司会の真似事をしていた。
「……どうやら、この方が言うように争うしか道は無いようですね」
「如何様にもあんだろィ解決の高速道路ぐれェ」
「確かにそのようだ……正直、女性相手に負ける事はないだろうが、ここは僕も本気を出すしかないみたいだ……!」
「投げられてたろィ? 清々しいぐれェによゥ」
双方、争う姿勢を馬琴の目の前で見せると小豆は右人差し指を京次に向け覚悟を感じさせる様なしっかりした声で京次に宣言した。
「本日の15時半、不忍池 辯天堂で決闘を行いましょう‼︎ 賞品は勿論、馬琴さんですッ‼︎」
小豆は顔を赤くしながらもしっかりと京次にそう言うと、京次は細く微笑みながら目を閉じ、両手を短パンのポケットに入れて肩を竦ませてみせた。
「俺ァ別に賞品は馬琴でも良いんだけどよゥ、勝負に乗るにゃァ馬琴より別の賞品が良いなァ。小豆ちゃん、俺が勝ったら別のやつでも良いかィ?」
「馬琴さんじゃ不服と言うのは引っ掛かりますが、構いません。でなければ勝負にはなりませんからね。何でも申してみて下さい」
『何でも』。
京次は、この言葉を待っていましたと言わんばかりに、彼女に続けて右人差し指を小豆に向け言葉を続けた。
「俺が勝ったら……俺とワンナイトラブでもやろォ~よ!」
細く微笑んだ京次の顔は緩く崩し、卑猥な指の仕草をしながら笑顔で一夜の契りを小豆に迫った。
当然、周りはこの京次の条件にざわ付き始める。
どの時代も学生間でのそう言う事はタブー視されているものだ。
だが、京次は吉原出身と言う事もあってか余りそこには抵抗感等は無かった。
「はえ……ワンナイッ……What's that……⁉︎」
小豆は京次がそんな突飛の無い事を言った為、誰よりも顔を真っ赤に染めてどこから出たのか分からない英文を口にした。
小豆がショートしたのと同時に、馬琴は左手で上履きを握り、京次の右側頭部に打撃を加えようとすると、京次はどこから取り出したか分からない1/25スケールジオングの右腕を保健室でやった時と同様に棒の様に扱い馬琴の攻撃を防いだ。
「お前ェって奴ァ……どうしてこうも女にゃ見境無ェんだこの野郎ォ……つーか何でィそりゃ⁉︎ どこから出しやがったんでェ⁉︎」
「たまたま体育倉庫にあったやつでィ。後、俺は見境が無ェんじゃねェ。気に入った女にゃ皆等しく穴としか見てねェだけでィ」
「それを見境無ェッつーんだよッ‼︎」
キリッと決めた顔で京次はそう言うと、ジオングの右人差し指を真っ直ぐにし、その腕で小豆を指し示し問答を開始する。
「勘違いしてるみてェだから言っとくけどよォ、お前ェが挑戦者だかんな? ほら、受けるか受けねェかハッキリしやがれィ」
「何でこんなに自信たっぷりなんでェ……?」
時代が時代ならパクリではないかと疑われる発言を京次は小豆に言い、小豆はショートしながらも思い悩む様に熟考した。
そして、彼女の答えが決まる——。
「分かりました! その条件、受け入れましょう!」
「受けちゃうんだ……」
「うっし、契約成立っと。おォい‼︎ 聞いたか萩火ァ‼︎」
その答えを聞いた瞬間、京次は体育館の2階を覗き、何故か萩火の名前を大声で轟かした。
「聞いたわよ~。よし! 契約はこれで締結ね‼︎」
すると、二階のステージ台から見て右端の方から、ブルマーを着た萩火が赤い髪のポニーテールをはためかせながら姿をヒョイと現した。
その胸の大きさのせいで、『しゅうか』と書かれたワッペンは悲鳴を上げており、目にした男子生徒達は歓声を上げた。
「何やってんでェお前ェ! それと、ちったァ恥じらいってモンは無ェのか恥はァッ‼︎」
「だって久しぶりのブルマーだもん! 思いっ切り楽しまなきゃ損じゃない?」
「27歳のコスプレなんざ誰が見てェんでェッ⁉︎」
「お前ェそれ一本木蛮先生に失礼だろィ……」
「あの人がやってた時も学生じゃねェか‼︎」
馬琴の怒りが全国のコスプレ愛好家達の逆鱗に触れぬよう、ある程度京次は話を逸らしたのだが既に無理な領域に入ってしまった。
そんな事はいざ知らず、萩火は「グラちゃん」と言うと、一階に飛び降りるかの様に跳ぶと、目に見えない床に立ったかの様に浮遊した。
この光景を目にした生徒達は一同驚愕し、皆が萩火に見入った。
そして、宙に浮いた萩火を中心に微風が吹きゆっくりと降下し、京次達の元に近付き話を続けた。
「今、京ちゃんと小豆ちゃん? との契約は履行されたから、後は地獄で全悪魔の総監督をやってる少将・ネビロスが勝手にやるわよ。私、難しいの嫌いだからこのまま帰りま~す‼︎」
萩火はそう言うと、右手で刀印と呼ばれるチョキを閉じた印を結ぶと、萩火の右隣の空間にヒビが入り、真紅の髪を後ろに束ねた30代前後の黒い喪服を着た男性悪魔……少将・ネビロスを呼び寄せた。
しかし、こんなにも派手な登場だと言うのに大介はおろか小豆以外の生徒達は少将・ネビロスの存在には気付かなかった。
「ななな……何ですかあのチャーミングな人⁉︎」
「どこがチャーミングでェ……つーか、小豆ちゃんと俺と京次しか見えねェのか?」
「らしいがよゥ、取り敢えず迎え合った方が良いんじゃねェかィ?」
ネビロスは猫科の様な金の瞳で、契約を交わした京次と小豆の双方を確認し、狼の様に大きく鮫の様な牙を揃えた口をゆっくり開くと馬琴と小豆は迎撃の構えを取り、京次は両手を短パンのポケットに入れ悠然とネビロスの行動を待った。
少将と言えば軍では上から数えれば早い階級の一つである。
相手が悪魔である以上、人間相手で無双を誇る馬琴と小豆ではどうなるかは分からない。
悪魔特有の恐怖感であろうか。
季節は春だと言うのに彼の登場と共に気温が氷点下にまで下がったのかと体育館に居た者達は皆思い、三人は少将・ネビロスの動向を見守った。
少将・ネビロスは静かに口を開く——。
「……ソウホウ、タガイニコウケツナルチカイヲムスビ、ダテバキントイチヤノチギリヲカケ、シトウヲツクスコトヲチカウカ?」
「「ごめん、何て⁉︎」」
少将・ネビロス。
全悪魔を監視し、率いる地獄一の凄腕総監督官。
彼は地獄一の強面であり、地獄一人見知りで小声でしか喋れないシャイボーイであったーー。
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