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第二幕 女たちの饗宴
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「まあ、その、何と言いますか……」
気まずい空気が漂っている。
あの高級宿を追いだされてから、セカイは口を閉ざしたままだった。
「くだらない世のなかだわ」
やっと口を開いた。
「……お嬢様」
開かない方が良かったかもしれない。ミランは項垂れた。
「このような身なりでは、どうしようもないかと」
長旅で、くたびれた外套。埃まみれの顔。とてもじゃないが、釣りあいの取れる格好ではない。
そしてもちろん、あんな宿に泊まれるほど懐が暖かい訳でもない。
あの頃とは違うのだ。全てが輝いていた、あの頃とは。
「お腹が空いたわ」
言うなり、セカイは通りに出ていた屋台の席に腰を下ろした。
「まずは宿を……」
「お腹が空いたわ」
これでもかとばかり、体から不機嫌オーラを発している。
「……判りました」
ミランは嘆息しながら、屋台のカウンターで、二人分のサンドイッチを見繕った。
この地方は昔から養蜂が盛んで、蜂蜜を練り込んだパンが名物だ。石釜でふっくらと焼き上げた蜂蜜パンは、仄かに甘くコクがある。これを食さんがために、わざわざ足を運ぶ旅人までいるという。
その蜂蜜パンに焼いた羊肉や生野菜を挟み、オレンジを煮込んで作ったソースなどをかけてガブリと頂く。まさに庶民の味。
余程空腹だったのか、セカイはサンドイッチを左手に掴むと、脇目も振らず豪快にかぶりついた。
旅に出て判ったことだが、セカイは見た目に反し健啖家だった。この前まで、芋と魚の干物だけの貧相な食生活を送っていた反動なのだろうか。
この痩せた体のどこに入るのやら。少女の食いっぷりを前に、ミランは苦笑いを禁じえなかった。
サンドイッチから、具がテーブルの上にこぼれる。セカイは本体を食べ終わった後でそれを拾い上げると、平気で口に放り込んだ。
「あの、お嬢様、上品にとは言いませんが、せめてもう少し……」
「おかわり」
「…………」
ミランの忠告もどこ吹く風である。もっともテーブルマナーに関しては、昔も連日のように母親を嘆かせていたが。
「あの師匠のもとで、どうやって暮らしてたんだろう」
彼女の口から、父親の話題が出たことはない。
お転婆だったあの頃と、右手を失った現在のセカイの姿が、嫌が応にも混ざりあっている。ミランは複雑な気持ちで、サンドイッチを頬張る少女を見つめていた。
結局、セカイは四人前のサンドイッチを平らげると、山羊の乳で最後を締めくくった。
口の周りがソースだらけだ。
「ほら、お嬢様」
「ん」
ミランはハンカチで、彼女の口元を拭った。
「あっ……」
慌てて手を引っ込めた。つい昔の癖が出て、子ども扱いしてしまった。
「失礼しました」
仮にも十四歳の乙女にすることではない。
「何が?」
しかしセカイは、きょとんと首を傾げた。彼が何を謝っているのか、よく判っていない様子だ。
ただ、屋台にいた他の客たちの視線が痛い。
「……行きましょうか」
「もう?」
「その……早く宿を取ってしまわないと」
「判ったわ」
すんなりと、セカイは席を立った。満腹になったおかげか、機嫌も良くなったようだ。
「さあ、行きましょう……?」
と思ったのも束の間。セカイは通りの先をじっと見つめている。
「どうかしましたか?」
またぞろ、余計な屋台でも見付けてしまったのではないかと、ミランはにわかに不安を覚えた。
「誰かに見られてる気がしたんだけど」
「見られてる?」
ミランは、彼女の視線の先に目をやった。
「それらしいものは見当たりませんが」
「気のせいかしらね」
拍子抜けするほど簡単に、セカイは引き下がった。
ミランは念のため、さりげなく周囲に目を走らせた。
昼も過ぎたとはいえ、まだまだ人の往来が激しい。こちらを窺っている人物がいたとしても、見分けられないだろう。
「行くわよ」
「あっ、ちょっとお嬢様……」
気が付くと、セカイが勝手に歩きだしており、ミランは慌てて後に続いた。
気まずい空気が漂っている。
あの高級宿を追いだされてから、セカイは口を閉ざしたままだった。
「くだらない世のなかだわ」
やっと口を開いた。
「……お嬢様」
開かない方が良かったかもしれない。ミランは項垂れた。
「このような身なりでは、どうしようもないかと」
長旅で、くたびれた外套。埃まみれの顔。とてもじゃないが、釣りあいの取れる格好ではない。
そしてもちろん、あんな宿に泊まれるほど懐が暖かい訳でもない。
あの頃とは違うのだ。全てが輝いていた、あの頃とは。
「お腹が空いたわ」
言うなり、セカイは通りに出ていた屋台の席に腰を下ろした。
「まずは宿を……」
「お腹が空いたわ」
これでもかとばかり、体から不機嫌オーラを発している。
「……判りました」
ミランは嘆息しながら、屋台のカウンターで、二人分のサンドイッチを見繕った。
この地方は昔から養蜂が盛んで、蜂蜜を練り込んだパンが名物だ。石釜でふっくらと焼き上げた蜂蜜パンは、仄かに甘くコクがある。これを食さんがために、わざわざ足を運ぶ旅人までいるという。
その蜂蜜パンに焼いた羊肉や生野菜を挟み、オレンジを煮込んで作ったソースなどをかけてガブリと頂く。まさに庶民の味。
余程空腹だったのか、セカイはサンドイッチを左手に掴むと、脇目も振らず豪快にかぶりついた。
旅に出て判ったことだが、セカイは見た目に反し健啖家だった。この前まで、芋と魚の干物だけの貧相な食生活を送っていた反動なのだろうか。
この痩せた体のどこに入るのやら。少女の食いっぷりを前に、ミランは苦笑いを禁じえなかった。
サンドイッチから、具がテーブルの上にこぼれる。セカイは本体を食べ終わった後でそれを拾い上げると、平気で口に放り込んだ。
「あの、お嬢様、上品にとは言いませんが、せめてもう少し……」
「おかわり」
「…………」
ミランの忠告もどこ吹く風である。もっともテーブルマナーに関しては、昔も連日のように母親を嘆かせていたが。
「あの師匠のもとで、どうやって暮らしてたんだろう」
彼女の口から、父親の話題が出たことはない。
お転婆だったあの頃と、右手を失った現在のセカイの姿が、嫌が応にも混ざりあっている。ミランは複雑な気持ちで、サンドイッチを頬張る少女を見つめていた。
結局、セカイは四人前のサンドイッチを平らげると、山羊の乳で最後を締めくくった。
口の周りがソースだらけだ。
「ほら、お嬢様」
「ん」
ミランはハンカチで、彼女の口元を拭った。
「あっ……」
慌てて手を引っ込めた。つい昔の癖が出て、子ども扱いしてしまった。
「失礼しました」
仮にも十四歳の乙女にすることではない。
「何が?」
しかしセカイは、きょとんと首を傾げた。彼が何を謝っているのか、よく判っていない様子だ。
ただ、屋台にいた他の客たちの視線が痛い。
「……行きましょうか」
「もう?」
「その……早く宿を取ってしまわないと」
「判ったわ」
すんなりと、セカイは席を立った。満腹になったおかげか、機嫌も良くなったようだ。
「さあ、行きましょう……?」
と思ったのも束の間。セカイは通りの先をじっと見つめている。
「どうかしましたか?」
またぞろ、余計な屋台でも見付けてしまったのではないかと、ミランはにわかに不安を覚えた。
「誰かに見られてる気がしたんだけど」
「見られてる?」
ミランは、彼女の視線の先に目をやった。
「それらしいものは見当たりませんが」
「気のせいかしらね」
拍子抜けするほど簡単に、セカイは引き下がった。
ミランは念のため、さりげなく周囲に目を走らせた。
昼も過ぎたとはいえ、まだまだ人の往来が激しい。こちらを窺っている人物がいたとしても、見分けられないだろう。
「行くわよ」
「あっ、ちょっとお嬢様……」
気が付くと、セカイが勝手に歩きだしており、ミランは慌てて後に続いた。
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