竜剣《タルカ》

チゲン

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第五幕 リボン

4頁

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 雨が降りだした。
 当初は小雨だったが、やがて本降りになった。
 冷たい空のしずくが、静かな町を濡らしていく。
「よく降るわね」
 ぽつりとデルーシャが呟いた。
 一行が身を潜めたのは、さびれた一件の貸し別荘だった。家主がいなくなって久しいのか、内部はかなり痛んでいた。
 町の郊外には、このようなすたれた別荘が何件か放置されている。避暑地の裏の顔だ。
 デルーシャとオリエスは、ぼろぼろのソファに座り、体を寄せあっていた。
 セカイは椅子に座ったまま、左手で一本の竜剣をもてあそんでいた。
 かつて、シジュリアという名の女が持っていた竜剣。出会い、そして死んだ女。
 オリエスが、そんなセカイの仕草を不思議そうに眺めていた。
「何か用?」
 セカイが睨みつけると、オリエスは慌てて母の陰に隠れた。ミランとはすっかり打ち解けたようだが、義姉とはまだまだのようだった。お互いに。
 そのとき、家のなかに鈍い音が響いた。
「何……?」
 外の壁に、何かがぶつかったようだ。
 三人の顔に緊張が走る。
 追っ手か。
「…………」
 しばらく息を殺していたが、それきり物音は聞こえてこない。
 母に口をふさがれていたオリエスが、じれったそうに、もがいた。
 セカイは戸を少しだけ開け、表を覗き込んだ。
「!」
 家の壁に、血みどろの男がもたれかかっていた。胸から腹にかけて鋭利な刃物で斬られている。
 男がセカイに気付き、顔を上げた。
「……おまえは、だれだ?」
「ここの住人に決まってるでしょ」
「人が住んでるとは聞いてなかったが……」
「……雨宿りで借りてるだけよ」
「そうか。なら、そういうことにしておこう」
 どうやらこの男も、ここが空き家と知っていて、潜り込もうとしていたらしい。
「追われてるの?」
「さて、追ってるのか、追われてるのか」
 男は体を起こそうとして、苦悶くもんの声をあげた。
「無理すると死ぬわよ」
「邪魔をした。どこか別の……」
 言いかけてき込む。走り続けたせいで、喉が乾燥しているようだ。
「入りなさい」
 セカイが戸を開けた。
「いい…のか?」
 男が目を見張った。
「この辺りをうろちょろされると、こっちも迷惑なのよ。早く入って」
「……肩を貸してくれると、ありがたい」
「嫌よ、返り血が付くもの」
 男は苦笑を浮かべると、ふらつきながらなかに入ってきた。
 居間には誰もいない。デルーシャ母子は、奥に隠れたようだ。
 男は古いソファに倒れ込んだ。
「……おまえ一人か?」
「そうよ」
「すまない。落ち着いたら、すぐに出ていく」
「その前にくたばるんじゃないかしら」
「……フッ」
 男は失笑した。
 笑えない冗談だ。
 そのとき、ちらりとセカイの右手が目に入った。セカイもそのことに気付いたようだが、お互いに何も言わなかった。
「水をもらえないか?」
 セカイは無言で席を立つと、自分の荷物から水筒を取りだし、男に手渡した。
 男は受け取ったが、苦笑を浮かべた。
ふたを開けてくれ。腕に力が入らないんだ」
「注文が多いわね」
「元気になったら、酒でも何でもおごってやるよ」
「それ、忘れないでね」
 セカイは手を伸ばし、水筒の蓋を開けてやった。
 男はひと口、水を飲んだ。
 あぶら汗が滴り落ちた。必死で痛みをこらえているのだろう。
 オリエスが、隣室の戸の陰から、居間の様子を覗き込んでいる。セカイが男に気付かれないよう、さりげなく近付き、母のもとへ追い返した。
「いいと言うまで、出てきちゃ駄目よ」
「……うん」
 セカイは何食わぬ顔で居間へ戻ると、男の手から水筒をひったくった。
 男は薄目を開け、セカイが水筒の水で喉をうるおしている様を、不思議そうに眺めていた。
「……俺が、怖くないのか?」
「怪我人が偉そうに」
 男はまた苦笑して、痛みに呻く。
「もし俺が襲いかかったら、どうするつもりだったんだ」
「殺してたわ」
「……おっかない女だな」
 この少女なら、本当にためらいなく殺すだろうな。男は確信していた。そしてそれは、不快なことではなかった。
「俺の名は、イレハンドルだ」
 この少女には、名乗っておきたかった。
「ふうん」
 興味なさそうな相槌あいづちが返ってきた。が、それもまた不快ではなかった。
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