イェルフと心臓

チゲン

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第一部 イェルフと心臓

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 行く手に野伏が一人。
 仲間と、はぐれてしまったらしい。ポロノシューの姿を目にするや、慌てて矢をつがえるが、ひと太刀で胴を二分された。
 イェルフの曲刀には、刃こぼれひとつない。何人斬っても、斬れなくなることはない。
 プツリ。
 ポロノシューの腹を矢が射抜いた。
「!」
 風を裂く音とともに、矢が四方から飛んできた。
 一本。
 二本。
 三本。
 四本。
 ポロノシューの腕、足、胸、腹に次々と矢が突き立った。
 五本。
 六本。
 七本。
 腹、背、腹。
 矢が突き立つたび、ポロノシューの体が揺れる。
 八本。
 九本。
 十本。
 足、胸、また足。
 そこで射撃はやんだ。
 五人の野伏たちは、太刀を抜くと、慎重にポロノシューとの間合いを詰めていった。
 体じゅうに矢を浴び、彼はその場で硬直していた。
「おいおい、針ねずみだぜ」
 誰かが言った。誰かが唾を飲んだ。
「こりゃ、さすがにくたばってるよな」
 怖々こわごわ近付いていく。
 そのときだった。
 ポロノシューが旋風せんぷうのように舞った。前にいた三人の野伏が、いっせいに血煙をあげてけ反った。
「化け物かよ!?」
 二人の野伏は、うわずった悲鳴をあげて逃走した。
 その一人の背後に迫ると、ポロノシューは自分の体に刺さった矢を一本抜き、無防備な背中に突き立てた。
 野伏は、くぐもった悲鳴をあげて突っ伏した。
「くそ!」
 とうとう最後の一人になった野伏は、半ば自棄やけになってポロノシューに突っ込んだ。
 グッ。
 その軟らかい腹に、野伏の太刀が深々と突き刺さった。
 野伏は引きつった笑みを浮かべた。確かな手応てごたえを感じた。
 血が刃から柄を伝って、野伏の手を赤く染め上げる。太刀はポロノシューの腹をつらぬき、背中まで突きでている。
 ポロノシューの目が眼窩がんかの奥で光った。それが、勝利を確信した野伏の、人生で最後に見た光景だった。
 高々と首が舞った。
「……終わりか……」
 辺りに動くものがなくなった。
 ポロノシューは長い息を吐いた。
 不意に、よろける。
 曲刀を土に突き刺して、体を支えた。
 腹に刺さった太刀の柄を握ると、一気に引き抜いた。傷口から血が物凄い勢いで噴きだしたが、すぐに止まった。
 次いで、体じゅうに刺さった矢を、一本一本抜き取っていった。
 全ての矢を抜き終えると、ポロノシューは歩きだそうとした。
 しかし、またよろけた。
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