灰の瞳のレラ

チゲン

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第31幕

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「デイジア……」
 目端に涙を浮かべながら、ユコニスはデイジアの目蓋まぶたをそっと閉じさせてやった。
 その様を見つめながら、レラは、
「こんなとき普通なら泣くのね」
 漫然まんぜんと、そんなことを思っていた。
 ただ、ユコニスを守りたい一心だった。そんな感情が芽生えたことさえ、彼女は異質に感じていた。
「全部、僕たちのせいだ」
 ユコニスが拳を震わせながら、悔恨かいこんの言葉をこぼす。
「父上があんなことを……自分の兄を手に掛けるなんてバカなことをしなければ、デイジアは死なずに済んだのに」
「自分の兄?」
「ああ。自分の兄にして先代の王。僕の伯父で、君たちの、その……」
「どういうこと? 先代の王って病死したんじゃなかったの?」
「それは……」
『レラ……』
 不意に名を呼ばれた気がして、レラは周囲を見回した。
「どうしたの?」
 ユコニスが怪訝な表情をする。彼には聞こえてないようだ。
『レラ……』
 だがその声は、はっきりと彼女を誘っていた。優しくて懐かしい、あの人の声で。
 視線の先にはあの枯れ井戸がある。闇のなかでも、さらに黒く浮かび上がっている地下への入り口が。
「そこに、いるのね」
 レラはやおら駆けだすと、先程と同じように井戸のなかへ飛び込んだ。
「あっ!」
 ユコニスが慌てて駆けつける。なかを覗きこむと、レラはすでに足場を辿って底まで下りていた。この暗さのなかで、とんでもない身のこなしだ。
「ちょっと待ってくれ」
 だがレラは、隠し扉をくぐり闇のなかに消えてしまった。
「レラ……」
 思い詰めたような表情。今の彼女を放っておく訳にはいかない。
 だが彼には、目先の重要な問題もあった。
「待ってて。ぼくも、すぐに追いかけるから」
 聞こえているか定かではないが、ユコニスは井戸の底に向かって告げると、きびすを返してうたげの会場へと戻っていった。
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