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第二章 がまんできないっ

(20)がまんできないっ その5-5

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 すっかり陽が落ち、団地の西側の壁が黄金色に照らされて輝いている。

 東南側の部屋の窓からは蛍光灯の明かりが洩れ、少し開けてあるカーテンの隙間から白い湯気が立ち込めている。

 ひと運動した後の竹屋家の食卓には美味しそうなシチューが並べられていた。
 キッチンカウンターに並んで座り、楽しそうに笑いながら夕食をとる夫婦は、その後も隣人の話で盛り上がっていた。

「愛子ちゃんのほうはとりあえず手を打てたって感じかな?」

「そうねぇ。あの子あのままだと可哀そうだもの。オンナとしてまずいわ。いろいろ」

「そうだねぇ、で、問題は克也くんか」

「あ、そっちは、なーんとなくだけど、近いうちに動きあると思うなぁ」

 真奈美が悪戯っ子のような顔で孝に言う。

「思い当たるところがありそうだね」

「ん、まぁね。でも最後は克也くん次第。それは変わんないよ」

「うまくいく確率は?」

 孝が笑って問いかける。

「八十パーセントくらい? もうちょっとあるかも」

「それは大きく出ましたねぇ」

「あの二人の相性はもともといいはずだもの」

「そうだね。僕らがよく知ってるふたりだし」

「でしょ?」

 ふたりは笑顔で箸をすすめていた。




 そのころ、若野は帰宅する電車の中だった。

「いろいろあったなぁ。でも不思議と疲れてないんだよなぁ」

 今日一日で何度も搾り取られたはずなのだが、不思議と気持ちは明るく元気だった。

「やっぱり愛子さんかなぁ」

 人妻でなければ今すぐにでもモノにしたいっ。若野は白昼の出来事を思い出しながらニヤニヤしていた。車内の窓に自分のにやけ顔が写って我に返る。

「おっと、いけないいけない」

 その時にひときわ明るい広告サインがまぶしく若野を照らした。そこに見えた会社名に見覚えがあった。たしか、就職活動でOBの先輩を頼って行った会社の一つだ。見事に玉砕したが、ん? 先輩? 先輩……。

 真野……。

「ああああああっ!」

 若野は電車内で思わず声を上げていた。周囲の乗客が不審そうな顔をする。

「す、すみません。何でもないんです。すみません」

 周囲にペコペコ頭を下げながら、頭である人物のことを思い出し始める。

 真野克也。学内で一番フェロモンを放出していた男。

「フェロモンキング」の異名を持つ。

 若野の匂いなんか遠く及ばない内側から出る「オトコ」の匂い。周囲の女性評は毛嫌いして近寄らない派と、メロメロにされちゃう派の真っ二つに分かれていた。

 そんな伝説の男が入った会社がさっき見えた広告だった。

「んー、そうだとするといろいろおかしいぞ」

 あのフェロモン男が、あの愛子さんと一緒で、あまりうまくいってない?

「もしそれが確かなら……」

 いろいろ確認する必要がありそうだ。

 若野は次の日から行動を起こす計画を練り始める。
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