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#01 紅葉
しおりを挟む──思い出と今。
買い出し、と言えば聞こえは良くなるだろうか。辺りに広がる秋の花でも眺めれば、それらしく見えるだろうか。しかし現実は虚しい物だ。在宅でしている仕事の合間に、昨日の買い忘れと、ついでに半端に残してしまった酒を買いに行くだけだ。少し笑った。ショウガとミョウガ。似たような名前のどちらも買い忘れた。笑い話にもならないか。そう思いながら自動ドアをくぐるとすぐに団子や菓子が並んだ棚が目に入った。何気なく醤油、あんこ、ゴマが一串ずつ入っているパックを買い物かごに放り込んだ。そう言えば調味料も減っていたな、野菜が安い。酒も買うといつの間にか結構な量になっていた。やたら重い袋を手に店を出ると、ため息が出た。またやってしまった。安いからと買い込んで結局食べ切る前に腐らせてしまう。しかも今度はミョウガを買い忘れた。別に良いか。絶対に必要な物ではないだろう。だらだらと歩いていると公園にさしかかった。少しでも荷物を減らすか、と思いベンチに座りペットボトルのお茶と団子のパックを取り出した。さてどれを食べようかと思っていると視線を感じた。顔を上げるとどこかで見たような女の子が俺を、と言うより団子を見ていた。
「あ、こら、陽子!」
女性が駆け寄って来た。よく似ている。目の前の少女と、記憶の中の少女と。眉の形のせいだろうか、笑っている時でも何か困っているように見える。
「ごめんなさいね、あら?」
南野朝子、だったか。今は恐らく違う姓を名乗っているだろう。
「東川君、よね?」
俺も大して変わっていない。この前、友人と呑んだ時に「お前は何年経っても顔も性格も変わらんな。」と言われた。南野も同じように感じたらしい。
「久しぶり、元気だった?」
最後に会ったのは高校の卒業式。俺は直ぐに仕事を見付けて県外の街へ出た。紆余曲折を経て、この町に戻って来たのはそれから十年程経ってからだ。
「ああ。団子、食うか?」
「うん!」
娘の方が大きな声で答えてくれた。確か偶にはと思って甘いジュースも買ってあった筈だ。
「ごめんなさいね。」
南野の口癖は直らなかったらしい。長い黒髪も、背格好も、地味な服も変わっちゃいない。
──自分の人生にもしもがあるとして。
高校の図書館なんてロクに使われる事は無い。偶に辞書の類を借りに来る奴が居る位だ。夕暮れにもなれば尚の事、一応貸し借りカードで貸し出し期間を過ぎている奴が居ないかを確認するが、二年間で一人も居なかった。後は時間を待って施錠して、鍵を職員室に返却するだけだ。山吹色の光が差し込む部屋に二人きり。止めようか。
「東川君?」
娘は口の周りをゴマで汚しながら、ジュースを飲み、次の団子を狙っている。
「ん? ああ、お前に似たな。」
「それは眉毛? 食い意地?」
他愛の無い話をしている内に娘はあん団子にかぶり付いていた。
「あ、もぉ、ご飯食べれなくてなっても知らないわよ?」
穏やかに笑う顔は、やっぱり少し困ったように見えた。
「お仕事は?」
「雑誌の編集。在宅で楽だし、割と楽しい。」
南野の事は訊かなかった。旦那の事とか、朝子の娘だから陽子なのか、とか。興味は、あったのかも知れないし、無かったのかも知れない。どうしたって時間は未来へしか進まない。赤く染まった楓の葉が落ちる。二度と戻れない旅に出た。
「さて、仕事が残ってるんでね、もう行くよ、残りはお前が食ってくれ。」
「え? ええ。ありがとう。」
立ち上がって、何も言えなかった。またな、も、元気で、も。
「ごちそうさまでした!」
少女の元気な声に軽く右手を上げて歩き出す。風が少し冷たい。さぁ、早く帰ろう。
(了)
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