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「ローレンス。荷物をまとめなさい。あなたはもう、ここにいる資格がない」
「それは……どういうことです?」
私が実家の取り潰しを知ったのは、学院の寮の談話室にいた時だった。由緒正しい伯爵家の、領地も屋敷も、名前すらも剥奪されて、父は強制労働、母は幽閉が決まったという。
「そんな……」
呆然とする私に、兄からの手紙が渡された。それは確かに兄の手による文字で、両親が違法な薬物の取引に関わっていたこと、本来なら一緒に罰を受けるはずの私たち兄弟が、特別に平民落ちだけで赦されたことが書かれていた。
親子らしいことはほとんどなかった両親だ。私も兄も使用人に育てられて、それでも貴族ならそういうものだろうと思っていた。最後に話したのはいつだっただろう。顔を合わせるのも、それほど頻繁ではなかった。
その両親が罰を受けるという。彼らの心配より先に、自分のこれからを思ってしまった私は、薄情だろうか。まだ15歳、ひとりで生きていくのはあまりにも厳しい。
年の離れた兄は元々騎士だった。平民の騎士も居なくはない。仕事は続けられるらしいが、私を養う余裕はないと手紙に詫びの言葉があった。それはただの謝罪じゃない。拒絶だ。
「待ってください」
混乱しながらも教師に促され、自室に戻ろうとした私を、止めた生徒がいた。
「ローレンスは成績優秀、勉学を続ければ国の役に立つ人材になるかもしれません」
そう教師に抗議してくれたのは侯爵家の三男、ユリシーズだった。
家をなくし、身分を失い、保護者もいなくなる私が、学院に残るのは無理だ。ここは貴族のための学び舎で、私にはもう学費の支払いすらできない。
けれど、ユリシーズはとんでもないことを言い出した。
「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることが許されるはずですね?」
「ええ、規則では認められています。ですが、ローレンスを従者にすると?」
教師は困ったような顔をしていた。
従者の同席は古い習わしで、今ではわざわざ供を連れてくる生徒はあまりいない。でも、廃止された制度というわけでもなく、特に高位の貴族なら、従者を連れている者も皆無ではない。けれど……それは私がユリシーズの従者になるということだ。
「ローリー」
ユリシーズが私を愛称で呼んで、言った。
「君に行くあてはあるのか。仕事は何かできるのか? これからどうやって生きていくつもりだ」
「それは……」
私にできるのは魔法がいくつかと勉強を教えることくらい。けどそれも、私の年齢を考えたら家庭教師になるのは無理だし、実戦経験があるわけでもない。孤児院の世話になるには育ちすぎている。
「施療院の治癒士にでもなれたら……」
「あれは孤児上がりの神官の仕事だろう」
確かにそうだ。しかし、今の私は孤児とどう違う?
「本当に学院をやめてもいいのか」
やめたくはない。ないけれど。クラスメイトの従者になるなんて、事情を知られてからもここに残るなんて、居心地の悪さは相当なものだろう。
「……わかった」
ユリシーズがため息をついた。
「言い方を変えよう。君はもう貴族じゃない。平民だ。雇ってやる。私に仕えろ。逆らえる立場じゃないのは、わかるな?」
ユリシーズの言うことは何も、間違っていない。ここで抵抗したら、今後の生活を考えるより先に処罰される。平民の命は軽い。私はもう、搾取される側なのだ。
「わかりました。あなたの従者になりましょう」
他に口に出せる言葉など、私は持ち合わせていなかった。
「それは……どういうことです?」
私が実家の取り潰しを知ったのは、学院の寮の談話室にいた時だった。由緒正しい伯爵家の、領地も屋敷も、名前すらも剥奪されて、父は強制労働、母は幽閉が決まったという。
「そんな……」
呆然とする私に、兄からの手紙が渡された。それは確かに兄の手による文字で、両親が違法な薬物の取引に関わっていたこと、本来なら一緒に罰を受けるはずの私たち兄弟が、特別に平民落ちだけで赦されたことが書かれていた。
親子らしいことはほとんどなかった両親だ。私も兄も使用人に育てられて、それでも貴族ならそういうものだろうと思っていた。最後に話したのはいつだっただろう。顔を合わせるのも、それほど頻繁ではなかった。
その両親が罰を受けるという。彼らの心配より先に、自分のこれからを思ってしまった私は、薄情だろうか。まだ15歳、ひとりで生きていくのはあまりにも厳しい。
年の離れた兄は元々騎士だった。平民の騎士も居なくはない。仕事は続けられるらしいが、私を養う余裕はないと手紙に詫びの言葉があった。それはただの謝罪じゃない。拒絶だ。
「待ってください」
混乱しながらも教師に促され、自室に戻ろうとした私を、止めた生徒がいた。
「ローレンスは成績優秀、勉学を続ければ国の役に立つ人材になるかもしれません」
そう教師に抗議してくれたのは侯爵家の三男、ユリシーズだった。
家をなくし、身分を失い、保護者もいなくなる私が、学院に残るのは無理だ。ここは貴族のための学び舎で、私にはもう学費の支払いすらできない。
けれど、ユリシーズはとんでもないことを言い出した。
「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることが許されるはずですね?」
「ええ、規則では認められています。ですが、ローレンスを従者にすると?」
教師は困ったような顔をしていた。
従者の同席は古い習わしで、今ではわざわざ供を連れてくる生徒はあまりいない。でも、廃止された制度というわけでもなく、特に高位の貴族なら、従者を連れている者も皆無ではない。けれど……それは私がユリシーズの従者になるということだ。
「ローリー」
ユリシーズが私を愛称で呼んで、言った。
「君に行くあてはあるのか。仕事は何かできるのか? これからどうやって生きていくつもりだ」
「それは……」
私にできるのは魔法がいくつかと勉強を教えることくらい。けどそれも、私の年齢を考えたら家庭教師になるのは無理だし、実戦経験があるわけでもない。孤児院の世話になるには育ちすぎている。
「施療院の治癒士にでもなれたら……」
「あれは孤児上がりの神官の仕事だろう」
確かにそうだ。しかし、今の私は孤児とどう違う?
「本当に学院をやめてもいいのか」
やめたくはない。ないけれど。クラスメイトの従者になるなんて、事情を知られてからもここに残るなんて、居心地の悪さは相当なものだろう。
「……わかった」
ユリシーズがため息をついた。
「言い方を変えよう。君はもう貴族じゃない。平民だ。雇ってやる。私に仕えろ。逆らえる立場じゃないのは、わかるな?」
ユリシーズの言うことは何も、間違っていない。ここで抵抗したら、今後の生活を考えるより先に処罰される。平民の命は軽い。私はもう、搾取される側なのだ。
「わかりました。あなたの従者になりましょう」
他に口に出せる言葉など、私は持ち合わせていなかった。
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