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ナサニエル殿下が王宮に呼び出されて一晩外泊した。戻ってきたのは次の日の夕方。何故か魔力を減らしていた彼は、僕を自分の部屋に連れ込み長いキスをした。
なんだか少し暗い顔をしていたから「何かありましたか?」と聞いたんだけど、はっきりとした答えは返ってこなかった。
そして、その翌日。
僕は子爵令嬢でクラスメイトのモニカ・アボットに呼び出された。
ナサニエル殿下は学院長の用事でいなくて、僕の側にいたケヴィンは、もじもじと恥じらいつつも何かを決意した様子のモニカが「二人きりでお話ししたい」と言うのを聞いて、にやにやしながら「行ってこい」と僕の背を押した。
そして、僕が連れていかれた先にいたのは複数の女生徒たちだった。
面倒なことになったな、と僕は思った。それから、ナサニエル殿下がケヴィンにあまり酷いことをしなければいいけど、と。
モニカが小声で「ごめんなさい」と言って俯いた。伯爵家以上の生徒の顔はある程度頭に入っている。おそらくここにいるのは子爵家と男爵家の女の子たちだ。家格が上のお嬢様に何か言われているのなら、逆らえないよなあ。
「僕に何の用? 誰かに頼まれたの?」
「悪いわね。ある方が、あなたを『目障り』だと仰っているの」
モニカとは別の子爵令嬢が口を開いた。
「ご自身の婚約者に男性の愛人がいるのはお嫌だそうよ」
頭をガツンと殴られた気がした。
「婚約者……」
「ええ。男のあなたはもう要らないの」
ナサニエル殿下が、婚約したのか……
いくら魔力がなくても、ナサニエル殿下はクレイマールの国王陛下の直系だ。いつかこういうことになるかもしれないと、思っていなかったわけじゃない。
僕はゆっくり一度深呼吸をした。
「ナサニエル殿下から直接ご命令があるまで、僕はお側を離れるつもりはない。そう伝えてくれないかな」
「殿下を誑かして縋りつくのかしら? 見苦しいわね」
僕はナサニエル殿下を誑かしてなんかいない。本当に彼が僕のことを「必要ない」と言うのなら縋るつもりもない。ただ、本人の口からちゃんと聞きたいだけだ。
六歳の時からもう十年以上。僕がナサニエル殿下に尽くしてきた期間は決して短くはない。終わらせるというのなら、それなりの手順を踏んで欲しい。
「ナサニエル殿下からきちんとお言葉があれば、僕は身を引く」
「信じられないわね」
気が合うね、僕もそちらの言葉が信じられない。まだ正式に婚約が発表されたわけではないのだ。
「そもそも僕がいなくてナサニエル殿下の魔力を維持できるとは思えないけど」
「あら、そんなの。魔力結晶があればどうとでもなるじゃない」
そうはいかない。魔力結晶だって、大量に買い占めてしまえば必要としている場所で使えなくなる。庶民の中には魔力に恵まれず魔道具に頼って暮らす人たちがいる。動力源としての魔力結晶は生活必需品だ。
だめだな、と思った。話にならない。
「用件はそれだけ? なら、僕はもう戻らせてもらうよ」
そろそろ教室にナサニエル殿下が戻っているかもしれない。ケヴィンのフォローをしてやらなくては。
「帰っていいなんて言ってないわ」
魔力が動くのを感じて、盾状に結界を張った次の瞬間、バシャッと水が浴びせ掛けられた。無詠唱での水魔法。でも、それに気を取られたのは完全に失敗だった。
「〈ダークヴァイン〉」
高い声がして、しまったと思った。反応しきれない。足元から、黒い蔓植物のようなものがズルリと伸びてくる。
デニスが使うのと同じ闇属性の拘束魔法だった。この触手は切ることも焼くこともできるけど、僕が使える魔法では無理だ。瞬く間に絡みつかれた。
「離せ! 何をしているかわかってる!? 指定された場所以外での魔法の行使は……!」
こんなこと、職員に見咎められたら退学すらあり得る。巡回の騎士は何故来ない?
苦しいくらいに締め上げられて、藻掻くことすらできなくなる。
女生徒が二人、僕に近付いてきた。ナサニエル殿下が結ってくれた髪を乱暴に掴まれて、上を向かされる。
「やめろ! 触るな、痛い!」
口の中に甘ったるい何かを流し込まれた。吐き出そうとして失敗し、少し飲んでしまった。
毒だろうか。きっと、ろくな物ではない。しかし、ここで僕を殺す度胸はご令嬢たちにはないだろう。
「何を……」
むせて咳き込んで、涙目になる。視界が滲んで女の子たちの顔も判別できない。
「媚薬よ。あなたのような男娼もどきにはお似合いでしょう」
「誰が男娼もどきだ……!」
「もうすぐ巡回の騎士がくるわ。保護してもらいなさい。きっと可愛がってもらえるわ。あなた、そういうことは慣れてるんでしょう?」
嫌だ、冗談じゃない。けれど、身体がじわりと熱を持ち始める。
「嫌だ……」
吐いた息が熱い。魔法で解毒を試みる。うまく魔力が扱えない。どうして……
女生徒のひとりがにやにやと笑った。
「解毒は無駄よ。魔力操作を阻害する成分が入っているそうだから」
「ではご機嫌よう」
令嬢たちが立ち去っていく。最後に闇魔法の使い手だけが残った。
「あの……ごめんなさい。〈パラライズ〉」
触手から解放する代わりに麻痺を掛けられた。立っていられずに座り込む。闇魔法使いも立ち去っていった。
僕に掛けられた麻痺は、足だけを狙ったものだった。立つことも歩くこともできない。腕の力で這いずって、僕は植え込みの陰に隠れた。
確かに巡回の騎士はすぐに姿を現した。けれど僕に気付かず去って行った。それもどうなんだ?
警備が杜撰だ。地面には引き摺った跡があると思うんだけど。
息を荒くしながら身体を丸め、どうにか魔法を使おうとした。普段の僕ならこれくらい解毒も解呪もできる。なのに今は結界を張ることすらうまくいかない。
熱い。苦しい。楽になりたい。でもこんな所で自慰をするなんて嫌だ。生徒に見つかるかもしれないし、騎士が戻ってくるかもしれない。
僕が飲んでしまった薬はほんの少量だった。時間の経過で効果が切れてくれたら……そう思って歯を食いしばっていると、足音が近付いてきた。
ああ。慣れた魔力の気配がする。
「……レジィ? そこにいるのか」
ナサニエル殿下の声だ。
植木の隙間から顔を出した王子様と目が合って、僕はぼろぼろと泣いた。
なんだか少し暗い顔をしていたから「何かありましたか?」と聞いたんだけど、はっきりとした答えは返ってこなかった。
そして、その翌日。
僕は子爵令嬢でクラスメイトのモニカ・アボットに呼び出された。
ナサニエル殿下は学院長の用事でいなくて、僕の側にいたケヴィンは、もじもじと恥じらいつつも何かを決意した様子のモニカが「二人きりでお話ししたい」と言うのを聞いて、にやにやしながら「行ってこい」と僕の背を押した。
そして、僕が連れていかれた先にいたのは複数の女生徒たちだった。
面倒なことになったな、と僕は思った。それから、ナサニエル殿下がケヴィンにあまり酷いことをしなければいいけど、と。
モニカが小声で「ごめんなさい」と言って俯いた。伯爵家以上の生徒の顔はある程度頭に入っている。おそらくここにいるのは子爵家と男爵家の女の子たちだ。家格が上のお嬢様に何か言われているのなら、逆らえないよなあ。
「僕に何の用? 誰かに頼まれたの?」
「悪いわね。ある方が、あなたを『目障り』だと仰っているの」
モニカとは別の子爵令嬢が口を開いた。
「ご自身の婚約者に男性の愛人がいるのはお嫌だそうよ」
頭をガツンと殴られた気がした。
「婚約者……」
「ええ。男のあなたはもう要らないの」
ナサニエル殿下が、婚約したのか……
いくら魔力がなくても、ナサニエル殿下はクレイマールの国王陛下の直系だ。いつかこういうことになるかもしれないと、思っていなかったわけじゃない。
僕はゆっくり一度深呼吸をした。
「ナサニエル殿下から直接ご命令があるまで、僕はお側を離れるつもりはない。そう伝えてくれないかな」
「殿下を誑かして縋りつくのかしら? 見苦しいわね」
僕はナサニエル殿下を誑かしてなんかいない。本当に彼が僕のことを「必要ない」と言うのなら縋るつもりもない。ただ、本人の口からちゃんと聞きたいだけだ。
六歳の時からもう十年以上。僕がナサニエル殿下に尽くしてきた期間は決して短くはない。終わらせるというのなら、それなりの手順を踏んで欲しい。
「ナサニエル殿下からきちんとお言葉があれば、僕は身を引く」
「信じられないわね」
気が合うね、僕もそちらの言葉が信じられない。まだ正式に婚約が発表されたわけではないのだ。
「そもそも僕がいなくてナサニエル殿下の魔力を維持できるとは思えないけど」
「あら、そんなの。魔力結晶があればどうとでもなるじゃない」
そうはいかない。魔力結晶だって、大量に買い占めてしまえば必要としている場所で使えなくなる。庶民の中には魔力に恵まれず魔道具に頼って暮らす人たちがいる。動力源としての魔力結晶は生活必需品だ。
だめだな、と思った。話にならない。
「用件はそれだけ? なら、僕はもう戻らせてもらうよ」
そろそろ教室にナサニエル殿下が戻っているかもしれない。ケヴィンのフォローをしてやらなくては。
「帰っていいなんて言ってないわ」
魔力が動くのを感じて、盾状に結界を張った次の瞬間、バシャッと水が浴びせ掛けられた。無詠唱での水魔法。でも、それに気を取られたのは完全に失敗だった。
「〈ダークヴァイン〉」
高い声がして、しまったと思った。反応しきれない。足元から、黒い蔓植物のようなものがズルリと伸びてくる。
デニスが使うのと同じ闇属性の拘束魔法だった。この触手は切ることも焼くこともできるけど、僕が使える魔法では無理だ。瞬く間に絡みつかれた。
「離せ! 何をしているかわかってる!? 指定された場所以外での魔法の行使は……!」
こんなこと、職員に見咎められたら退学すらあり得る。巡回の騎士は何故来ない?
苦しいくらいに締め上げられて、藻掻くことすらできなくなる。
女生徒が二人、僕に近付いてきた。ナサニエル殿下が結ってくれた髪を乱暴に掴まれて、上を向かされる。
「やめろ! 触るな、痛い!」
口の中に甘ったるい何かを流し込まれた。吐き出そうとして失敗し、少し飲んでしまった。
毒だろうか。きっと、ろくな物ではない。しかし、ここで僕を殺す度胸はご令嬢たちにはないだろう。
「何を……」
むせて咳き込んで、涙目になる。視界が滲んで女の子たちの顔も判別できない。
「媚薬よ。あなたのような男娼もどきにはお似合いでしょう」
「誰が男娼もどきだ……!」
「もうすぐ巡回の騎士がくるわ。保護してもらいなさい。きっと可愛がってもらえるわ。あなた、そういうことは慣れてるんでしょう?」
嫌だ、冗談じゃない。けれど、身体がじわりと熱を持ち始める。
「嫌だ……」
吐いた息が熱い。魔法で解毒を試みる。うまく魔力が扱えない。どうして……
女生徒のひとりがにやにやと笑った。
「解毒は無駄よ。魔力操作を阻害する成分が入っているそうだから」
「ではご機嫌よう」
令嬢たちが立ち去っていく。最後に闇魔法の使い手だけが残った。
「あの……ごめんなさい。〈パラライズ〉」
触手から解放する代わりに麻痺を掛けられた。立っていられずに座り込む。闇魔法使いも立ち去っていった。
僕に掛けられた麻痺は、足だけを狙ったものだった。立つことも歩くこともできない。腕の力で這いずって、僕は植え込みの陰に隠れた。
確かに巡回の騎士はすぐに姿を現した。けれど僕に気付かず去って行った。それもどうなんだ?
警備が杜撰だ。地面には引き摺った跡があると思うんだけど。
息を荒くしながら身体を丸め、どうにか魔法を使おうとした。普段の僕ならこれくらい解毒も解呪もできる。なのに今は結界を張ることすらうまくいかない。
熱い。苦しい。楽になりたい。でもこんな所で自慰をするなんて嫌だ。生徒に見つかるかもしれないし、騎士が戻ってくるかもしれない。
僕が飲んでしまった薬はほんの少量だった。時間の経過で効果が切れてくれたら……そう思って歯を食いしばっていると、足音が近付いてきた。
ああ。慣れた魔力の気配がする。
「……レジィ? そこにいるのか」
ナサニエル殿下の声だ。
植木の隙間から顔を出した王子様と目が合って、僕はぼろぼろと泣いた。
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