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配信に乱入してしまった
狼に追われていた人間の気配は二つ。そのうちのひとつが止まる。足が限界なのかもしれない。流石にこれ以上放置もできない。
僕はその人を助けると決めた。
気配がある方に走ったら、床にへたり込んだ女の子がいた。撮影機材が浮いているのは見えたけど、この際仕方がない。
仲間らしき人が女の子に駆け寄る。女性の二人組であるようだ。でも、もう狼に反撃する力は残っていないみたい。
僕は彼女たちを庇うように立った。
「誰……?」
「駄目、逃げて!」
女の子たちが悲痛な声を上げた。僕はそれには答えず、長杖を構え直す。
狼の魔獣が唸る。個別に撃破していたら、後ろに回り込まれるかもしれない。
普通の魔法士が使える攻撃魔法は同時に三つくらいが限度だろう。範囲攻撃で倒しきるには狼がいる位置が悪い。でも、僕なら。
「〈結界〉」
女の子二人を防御の結界で包んだ。これで狼の攻撃からは守れるけど、その分僕が狼に睨まれる。
飛びかかろうとする狼より先に、僕は杖を構えて唱えた。
「〈火焔〉」
5頭の魔獣が同時に、大きな火柱に飲み込まれた。それは床を焦がし壁を炙り、迷宮の天井にまで届く。ほんの一瞬、焦げ臭い嫌なにおいがして、魔獣が絶命すると同時にそれも消えた。
杖を軽く振って炎を消すと、5つの魔石と毛皮や牙が落ちていた。毛皮は少し焦げてしまった。換金するのは難しそうだ。
「え……?」
片方の女の子がぽかんと僕を見た。先に足を止めてしまった子だ。杖を持っているから、彼女も魔法士なのだろう。もうひとり、剣士らしき女の子が、泣き笑いの表情で言った。
「ありがとうございます、助かりました!」
剣士の子に抱きつかれそうになって、咄嗟に避けてしまった。狼との追いかけっこで疲れていたのだろう。足元がおぼつかないのか、勢い余って転びかけていた。
「あ、あの! お名前、教えてください!!」
どうにか踏みとどまった剣士がきらきらした目を向けてくる。その後ろに浮かぶ配信機材が僕を映しているのは間違いなくて。
「……ぁ、ご、ごめんなさい!!」
僕は逃げた。全力で逃げた。狼の落とした魔石も何も拾わずに、身体強化で走って逃げた。
「た、ただいま戻りました……」
「ああ。おかえり、ほのか」
どうにかピークタイム前に店に戻り、中嶋さんにも挨拶をして、手を洗った。
「遅くなってごめん。食器、受け取ってきた」
叔父さんにそう報告して代金と釣り銭用に預かっていた小銭を渡す。
「おつかれさん」
「何したらいい?」
「休憩しなくていいの、ほのかくん」
気遣ってくれる中嶋さんに、苦笑する。
「そんなに難しい場所に行ってきたわけじゃないから大丈夫ですよ」
「そう……? ならいいけど……」
中嶋さんは店の近所に暮らす女性で、中学生の子供がいる優しいお母さんだ。自分の家の夕食の用意を済ませてから、陽だまり亭の一番忙しい時間帯を手伝ってくれている。
僕はキャベツを刻んでいる中嶋さんの隣で人参を剥いた。
「うちの子がね。最近、ダンジョン探索者になりたいって言うの。でも、怪我でもしたらと思うと」
「あー……それは心配ですよね」
「ほのかくん、探索者資格持ってるのよね?」
「ええ、まあ。あまり活動できてませんけど」
「危ない仕事よね。適性検査だけは受けさせて欲しいって言われてるんだけど……」
うーん、困った。何を言えば良いかわからない。
「適性、なければ諦めもつくんじゃ」
「でももし、魔力が多いとか言われたら」
「まあ、可能性がないとは言えないですけど」
「あんまり反対ばかりするのはどうかとは思うのよ。でもねぇ……」
「えっと、じゃあ……一緒に配信、見てみたら」
「探索者の配信はいつも見てるわよ、うちの子」
「いや、それって、配信上位の格好いい探索者ですよね。そうじゃなくて、ええと。フォロワー数も少ない、あまりうまくいかずに、苦労している人の配信を見せてみたら……どうかなって」
流石に死者が出た時の配信のようなショッキングなものは探索者協会が消しているらしい。でも中には大変そうな探索者もいるというのはわかるんじゃないだろうか。
中嶋さんが目を輝かせた。
「まあ。いいわね、それ。現実が見えるかも」
「格好いい所ばかり見ていたら、簡単そうに見えるでしょうから」
「そうね。そうするわ」
僕だって、格好いい探索者に憧れた時期があった。だからこそ、適性検査を受けたし、資格も取った。けど、いざ配信機材の前に立って、頭が真っ白になり、何も話せなかった。
探索者のほとんどは配信をする。そうしなければ稼げないし、いくら強くてもフォロワーがいないと認めてもらえない。資格を取った時に自分のチャンネルを立ち上げるのが探索者のお約束で。
僕もチャンネルだけは持っている。動画はアーカイブも非公開、配信したのは二回だけ、フォロワーなんて三人しかいなくて、そのうちのひとりが叔父さんだということが判明している、そんなチャンネルだ。
未練がましく残してあるのは、本当は探索者として活動したいと思っているから。
せめて僕がこんな地味平凡な見た目じゃなくて、顔が良いとか声が良いとか、何か『売り』になるものがあれば良かった。
今日助けた女の子たちが思い出される。二人とも可愛かったと思う。たぶん。僕は異性愛者じゃないけど。ああいう華のある子たちなら、配信も多少喋るのが下手だってファンができるのだろう。
お客さんが来て、中嶋さんが注文を取りに行く。僕はひたすら皿を洗い、鍋を磨いた。
翌日、常連以外からの出前を頼まれたらしい。電話を受けたのは叔父さんで、嫌な感じがするから、と注文を断った。配達先はダンジョン内だったという。
新規のお客さんからの注文は確かに珍しい。でも、断るなんて、良かったのだろうか。
いつもよりなんとなく客が多く、店の雰囲気がおかしい気がしていた。見られている。僕が。どうして?
それが何故かわかったのは、夕方になってから。
「ほのかくんってすごかったのね!」
中嶋さんにそう言われて、意味がわからなかった。
「え? 何が、ですか」
「同時にいくつも魔法を使うのは難しいってうちの子が言ってたわよー」
何の話だろう、と考えて、まさかと思う。
「あの、中嶋さん。それって、もしかして、動画で見たんですか?」
「あら。自分では見てないの?」
中嶋さんが言うには、僕が助けた女の子二人組は、大手探索者ギルド『ムーンダスト』の新人で、デビュー前から話題になっていた有名人だったらしい。
探索者協会は国の公的機関。それに対して、民間の探索者の互助組織だったり、プロデュースをしてくれる事務所のようなものが探索者ギルドである。
僕は頭を抱えた。まさかそんな子たちだとは思っていなかった。確かに華やかな見た目で、装備にはお金をかけているのだろうと思ったけど。
僕が新人二人を助けた配信のアーカイブは『謎の男は誰だ』『こいつのエプロン、喫茶店か何かじゃないか?』『ダンジョンの中まで出前を届けてるらしいぞ!』と、面白がられてかなりバズっていたというのだ……マジか。
僕はその人を助けると決めた。
気配がある方に走ったら、床にへたり込んだ女の子がいた。撮影機材が浮いているのは見えたけど、この際仕方がない。
仲間らしき人が女の子に駆け寄る。女性の二人組であるようだ。でも、もう狼に反撃する力は残っていないみたい。
僕は彼女たちを庇うように立った。
「誰……?」
「駄目、逃げて!」
女の子たちが悲痛な声を上げた。僕はそれには答えず、長杖を構え直す。
狼の魔獣が唸る。個別に撃破していたら、後ろに回り込まれるかもしれない。
普通の魔法士が使える攻撃魔法は同時に三つくらいが限度だろう。範囲攻撃で倒しきるには狼がいる位置が悪い。でも、僕なら。
「〈結界〉」
女の子二人を防御の結界で包んだ。これで狼の攻撃からは守れるけど、その分僕が狼に睨まれる。
飛びかかろうとする狼より先に、僕は杖を構えて唱えた。
「〈火焔〉」
5頭の魔獣が同時に、大きな火柱に飲み込まれた。それは床を焦がし壁を炙り、迷宮の天井にまで届く。ほんの一瞬、焦げ臭い嫌なにおいがして、魔獣が絶命すると同時にそれも消えた。
杖を軽く振って炎を消すと、5つの魔石と毛皮や牙が落ちていた。毛皮は少し焦げてしまった。換金するのは難しそうだ。
「え……?」
片方の女の子がぽかんと僕を見た。先に足を止めてしまった子だ。杖を持っているから、彼女も魔法士なのだろう。もうひとり、剣士らしき女の子が、泣き笑いの表情で言った。
「ありがとうございます、助かりました!」
剣士の子に抱きつかれそうになって、咄嗟に避けてしまった。狼との追いかけっこで疲れていたのだろう。足元がおぼつかないのか、勢い余って転びかけていた。
「あ、あの! お名前、教えてください!!」
どうにか踏みとどまった剣士がきらきらした目を向けてくる。その後ろに浮かぶ配信機材が僕を映しているのは間違いなくて。
「……ぁ、ご、ごめんなさい!!」
僕は逃げた。全力で逃げた。狼の落とした魔石も何も拾わずに、身体強化で走って逃げた。
「た、ただいま戻りました……」
「ああ。おかえり、ほのか」
どうにかピークタイム前に店に戻り、中嶋さんにも挨拶をして、手を洗った。
「遅くなってごめん。食器、受け取ってきた」
叔父さんにそう報告して代金と釣り銭用に預かっていた小銭を渡す。
「おつかれさん」
「何したらいい?」
「休憩しなくていいの、ほのかくん」
気遣ってくれる中嶋さんに、苦笑する。
「そんなに難しい場所に行ってきたわけじゃないから大丈夫ですよ」
「そう……? ならいいけど……」
中嶋さんは店の近所に暮らす女性で、中学生の子供がいる優しいお母さんだ。自分の家の夕食の用意を済ませてから、陽だまり亭の一番忙しい時間帯を手伝ってくれている。
僕はキャベツを刻んでいる中嶋さんの隣で人参を剥いた。
「うちの子がね。最近、ダンジョン探索者になりたいって言うの。でも、怪我でもしたらと思うと」
「あー……それは心配ですよね」
「ほのかくん、探索者資格持ってるのよね?」
「ええ、まあ。あまり活動できてませんけど」
「危ない仕事よね。適性検査だけは受けさせて欲しいって言われてるんだけど……」
うーん、困った。何を言えば良いかわからない。
「適性、なければ諦めもつくんじゃ」
「でももし、魔力が多いとか言われたら」
「まあ、可能性がないとは言えないですけど」
「あんまり反対ばかりするのはどうかとは思うのよ。でもねぇ……」
「えっと、じゃあ……一緒に配信、見てみたら」
「探索者の配信はいつも見てるわよ、うちの子」
「いや、それって、配信上位の格好いい探索者ですよね。そうじゃなくて、ええと。フォロワー数も少ない、あまりうまくいかずに、苦労している人の配信を見せてみたら……どうかなって」
流石に死者が出た時の配信のようなショッキングなものは探索者協会が消しているらしい。でも中には大変そうな探索者もいるというのはわかるんじゃないだろうか。
中嶋さんが目を輝かせた。
「まあ。いいわね、それ。現実が見えるかも」
「格好いい所ばかり見ていたら、簡単そうに見えるでしょうから」
「そうね。そうするわ」
僕だって、格好いい探索者に憧れた時期があった。だからこそ、適性検査を受けたし、資格も取った。けど、いざ配信機材の前に立って、頭が真っ白になり、何も話せなかった。
探索者のほとんどは配信をする。そうしなければ稼げないし、いくら強くてもフォロワーがいないと認めてもらえない。資格を取った時に自分のチャンネルを立ち上げるのが探索者のお約束で。
僕もチャンネルだけは持っている。動画はアーカイブも非公開、配信したのは二回だけ、フォロワーなんて三人しかいなくて、そのうちのひとりが叔父さんだということが判明している、そんなチャンネルだ。
未練がましく残してあるのは、本当は探索者として活動したいと思っているから。
せめて僕がこんな地味平凡な見た目じゃなくて、顔が良いとか声が良いとか、何か『売り』になるものがあれば良かった。
今日助けた女の子たちが思い出される。二人とも可愛かったと思う。たぶん。僕は異性愛者じゃないけど。ああいう華のある子たちなら、配信も多少喋るのが下手だってファンができるのだろう。
お客さんが来て、中嶋さんが注文を取りに行く。僕はひたすら皿を洗い、鍋を磨いた。
翌日、常連以外からの出前を頼まれたらしい。電話を受けたのは叔父さんで、嫌な感じがするから、と注文を断った。配達先はダンジョン内だったという。
新規のお客さんからの注文は確かに珍しい。でも、断るなんて、良かったのだろうか。
いつもよりなんとなく客が多く、店の雰囲気がおかしい気がしていた。見られている。僕が。どうして?
それが何故かわかったのは、夕方になってから。
「ほのかくんってすごかったのね!」
中嶋さんにそう言われて、意味がわからなかった。
「え? 何が、ですか」
「同時にいくつも魔法を使うのは難しいってうちの子が言ってたわよー」
何の話だろう、と考えて、まさかと思う。
「あの、中嶋さん。それって、もしかして、動画で見たんですか?」
「あら。自分では見てないの?」
中嶋さんが言うには、僕が助けた女の子二人組は、大手探索者ギルド『ムーンダスト』の新人で、デビュー前から話題になっていた有名人だったらしい。
探索者協会は国の公的機関。それに対して、民間の探索者の互助組織だったり、プロデュースをしてくれる事務所のようなものが探索者ギルドである。
僕は頭を抱えた。まさかそんな子たちだとは思っていなかった。確かに華やかな見た目で、装備にはお金をかけているのだろうと思ったけど。
僕が新人二人を助けた配信のアーカイブは『謎の男は誰だ』『こいつのエプロン、喫茶店か何かじゃないか?』『ダンジョンの中まで出前を届けてるらしいぞ!』と、面白がられてかなりバズっていたというのだ……マジか。
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