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03.せっかくだからモンスター討伐についていきたい
自宅のキッチンに立っても、やっぱり何も浮かんでこない。いっそのことチョコレート系をやめるか? いや、それよりさらに前の段階を考え直すべきだろうか。そもそもターゲット層を『同世代の女性』にしたのも、『やりやすそうだから』という、無難な理由からだ。そんなぼんやりしたスタートからでは、アイデアが出てこないのも無理はない。
やっぱり今日はやめてしまおう。そうだ。恐竜に追いかけられるパニック映画が今日から配信予定だったはず――。
「起きて。おーきーてー!」
「……ん」
子供のような声が聞こえて目を開けるとそこは自宅ではなかった。顔の下にはふわふわと毛足の長い黒絨毯。ファンタジックな調度品がそろっている広い部屋は、大きな窓から差し込む光で明るく照らされている。
そして目の前には90度傾いた白い鳥。カパカパとオレンジ色のくちばしを開閉させて、人語を発している。
……どうやら『起きた』という設定の夢を見ているらしい。
「早く起きなさい!」
「いっ……!」
オレンジ色が迫ってきて、鼻先をくちばしで挟まれた。鋭い痛みが現実逃避を阻止してくる。
そう、今の私にとっての現実は『これ』なのだ。睡眠を挟んだことで開き直りが揺らぎかけていたが、改めて腹をくくった。
身体を起こすと、かけた覚えのないふわふわの毛布がずり落ちた。
「おはよう。アンタ、なんで床で寝てんの?」
「おはようございます……」
昨晩のことを思い出す。性行為――私の認識でいうところのキスを終えた後に王子様は寝てしまって、色々考えた末に床で寝ることにしたのだ。
ベッドの上を見てみたが、私の帰還のカギとなる存在は見当たらなかった。
「まっ何でもいいけど。重要なのは一つだけよ。ちゃんと”できた”?」
「あー……」
座った私の半分ほどの大きさの鳥が、丸い瞳で私を見上げてくる。
「まあ、はい」
「そうよね! 今朝の王子様、ここ最近で一番顔色が良かったもの~!
数値も少しだけよくなってたしね!
あ~、これで一安心だわ。魔法で抑えるのもそろそろ限界だったのよ!
さすが私が呼んだ人間ね。これからも頑張って」
あからさまに声のトーンがウキウキになり、くちばしを脚に擦りつけてくる。
……ちょっと可愛い。
「ご飯持ってきたのよ。食べて」
「ありがとうございます」
言われて初めて空腹を自覚した。昨日は色々ありすぎて夕飯を食べないまま寝てしまったのだ。そういえばシャワーも浴びていない。
キバタさんが翼を一振りすると、テーブルクロスのかかった丸テーブルの上に食事が並んだ。
まるで魔法だ。いや、世界観を考えると普通に魔法なのだろう。それにしても……。
「豪華ですね……」
おとぎ話に出てくるような食事だった。
焼きたてのパンに分厚いステーキ、カラフルな見たことのない形をしたフルーツらしきもの。ゆで卵はゆで卵専用のグラスみたいなものに置かれている。スプーンで食べるんだ。あの悪人みたいに。
普段なら朝からこれは……となるところだが、もともとの空腹に加えこれまで嗅いだことのない良い匂いで食欲を刺激された。
「私は適当でいいと思ったんだけど、王子様が『ちゃんとしてやれ』って言うからシェフに作らせたわ」
「……ありがたいです」
正直、意外だ。
昨日接した王子様像と、この手厚いもてなしが結びつかない。
「さっ早く食べちゃって」
促されるままテーブルにつき、食べ始めた。
「! 美味しい」
「そりゃあそうよ。食材もシェフの腕も一流だからね」
向こうとこっちで味覚が全然違う、なんてこともあり得るかと思ったがそんなことはなかった。とても美味しい。パンは小麦のような香りがして、もちもちでふわふわ。恐らく牛でも鳥でも豚でもない気がするステーキは、特別な日に行くレストランのものより柔らかくジュ―シーだ。
これは……お喋りでもしながらでないとあっという間に食べてしまいそうだ。そう思ってキバタさんに雑談を振ることにする。
「そういえば王子様は?」
「お仕事よ~。会議に会食、書類仕事、他国からの訪問対応などなどお仕事尽くしね」
「お忙しいんですね」
「そりゃね~。しかもモンスターが出現したらその討伐の指揮もしなくちゃだからもう大変」
モンスター。私がここに呼ばれることになった元凶。
なんというか、随分シンプルなネーミングだ。知らない専門用語を出されるより分かりやすくてありがたいが、シンプル過ぎて見た目の想像がつかない。
ゲームの魔物のような感じだろうか。それとも、あの映画に出てくる化け物みたいな感じだったり?
だんだん気になってきた。
「モンスターってどんな感じなんですか」
「もうすーっごい怖いの! いろんなのがいるんだけどね、最近城下町近くの森に出現するのは牙も爪も鋭くって毒があって、ヌルヌルのにょろにょろ、無駄に尻尾があってその先の針にも毒があって!」
「へぇ……」
脳内でその姿を思い描く。私の世界では絶対にありえない作りの生き物だ。正直、せっかくこんなところに来たのだから実際にこの目で見てみたい。
だが、よく考えなくてもハードルが高いのが分かる。まず第一に、死の危険があるだろうこと。ここで死んだ場合どうなるか不明だが、下手な行動はとらないほうがいいだろう。第二に、私の立場にそんな自由はなさそうということ。
気づけば、食事たちは胃の中に消えてしまっていた。
最後はフルーツだ。ブドウのような虹色の粒を一つ口に放り込む。明らかに異世界な見た目で少しだけ不安だったが、これまた美味しい。
「あっ、そうだ服を持ってきたのよ。そのままだと浮くからね」
キバタさんが再び翼を一振りすると、茶色いカゴが出現した。カラフルな布がたくさん収められている。
黄色、黄緑、ピンク、水色――。
「……派手ですね」
「いいからさっさと着替えちゃって。もう食べ終わるでしょ」
「あ、できればシャワーを浴びさせてもらえたら嬉しいんですが」
せっかく着替えるなら身体を綺麗にしてからがいい。
そう思って要求してみたが、キバタさんはシャワールームを案内してくれる代わりに、また翼を一振りした。
「え」
何が起こったのかよく分からなかった。全身を水のような感覚が撫でていった、ような気がする。一瞬すぎて自信が持てない。だが、なんとなく身体がすっきりしたような……?
「シャワー室、あるにはあるんだけど、ここだと魔法で済ませるのが主流なのよ」
「……ありがとうございます」
なんて便利なんだろう。繁忙期は毎日これがいい。
用意されていたナプキンで口を拭いてから立ち上がり、籠の中の布を吟味する。比較的マシに思えた水色を引っ張り出すと、意外なことに形は普通のスラックスだった。奥のほうには白いブラウスが固まっていた。
なんだ。派手なのは色だけで形はいつも着ているオフィスカジュアルと同じじゃないか。魔法使いの服といったらもっとゴテゴテしたものだと思っていた。念のためさらに探ると、ご丁寧に下着まで入っていた。白の上下。ブラウスと合わせてみたが、透けることはなさそうだ。魔法か。
着替える場所を探すため部屋を見回したが、陰になりそうな場所はどこにもない。足元のキバタさんはこちらをじーっと見上げてきている。
……まあ、いいや。鳥だし。
とはいえ、一応背中を向けた状態で着替えた。
「おわった? そしたら、王子様が帰ってくるまで暇だし、魔法でも教えてあげましょうか」
「え?」
「スランプ気味だったんでしょ? お菓子に直接関係あるわけじゃないけど、何がアイデアに繋がるか分からないし。
図書室とか厨房とかに連れてくでもいいけどね」
「あの、ちょっと待ってください」
寝耳に鉄砲水。次々湧き出てくる疑問を何とか言葉にする。
「どうして仕事のこととか、スランプがどうとか……知ってるんですか?」
「召喚の時に指定したからよ。王子様より年上で、ショートカットで、ポジティブで、それなりに適応力があって、悩みを抱えてる子、って。
そうじゃないと帰る帰る~!ってなって、お役目どころじゃないでしょ?」
「はぁ……」
「あと社会人ってのも大事なポイントね。人生諦めが肝心ってのを知ってる子のほうがよかったから。
あっ、お菓子云々っていう細かいことは呼んでから覗いたんだけどね。でもクリエイティブ系の仕事でちょうどよかった」
それらを全部満たしていれば違う世界に馴染める、ということにはならないはずだが、なまじ私がそうなってしまっているので反論できなかった。
それにしてもこの鳥、なんで社会が諦めを学ぶ場所だと知っているんだ。
「というわけだから、始めましょうか」
「……はい、お願いします」
疑問は尽きないが、キバタさんの言うことに間違いはない。
王子様がいなければ私のすることはないし、ただ毎日帰りを待つだけというのも暇だ。せっかくこんなところに飛ばされたのだから、向こうではできない経験をたくさんしておいたほうが得な気がする。
「ではまず――」
「キバタ」
キバタさんが説明を始めようとしたとき、突然クラシカルな装飾の施されたドアが開き、王子様が部屋に入ってきた。
昨日とは違い、黒ベースのいかにも王子様な服をまとった彼は相変わらず冷たい表情をしている。艶のある青みがかった黒髪はきちんと整えられ、耳から小ぶりのピアスのようなものが下がっているのが見えた。
「あらっ、もう会議終わったんです?」
「モンスターが出た。ついてこい」
「えーっ! 分かりました~!」
王子様の声は、昨晩より硬く冷ややかで緊迫感がある。非常事態なのだから当たり前だ。
バサバサと慌てた様子のキバタさんを伴い、王子様が部屋を出ていこうとする。
モンスター。キバタさんが説明してくれたが、いまいち見た目の想像がつかない生き物。……きっとここでしか見られない存在。
くるりと背を向けた二人。扉が閉まる。寸前。
「あの!」
「……」
思ったよりも大きい声が出た。気恥ずかしさを誤魔化すため、わざとらしく咳ばらいをする。
扉がわずかな隙間を残して停止し、王子様はこちらの背を向けたまま足を止めた。
沈黙が流れる。ああ、やってしまった。無理を承知で。やけくそ。こんなことするの久しぶりだ。
「連れて行ってください」
「……は?」
肩越しにこちらを見た王子様と目が合う。『何バカなことを言ってるんだこいつ』といった表情。
その鋭さにひるみかけたが、ダメだ。ひよってはいけない。あくまで堂々としていないと、通るものも通らない。
「ダメよ死んだらどうするの。また私が召喚術を使わなきゃならなくなるじゃない。あれ結構大変なんだからね」
「お願いします。……私が呼ばれた原因の生き物の姿を見ておきたいんです。危ないことはしません。指示に従います」
騒ぐキバタさんの横で王子様は一瞬考えるような表情をしたあと、
「分かった」
短くそう言ってから、再び歩き始めた。一瞬で小さくなる背中。
「ほらね! だから言っ――ええ!?」
「ありがとうございます!」
バサバサと翼を鳴らすキバタさんが何か文句を言っているが、無視して王子様を追う。
やっぱり今日はやめてしまおう。そうだ。恐竜に追いかけられるパニック映画が今日から配信予定だったはず――。
「起きて。おーきーてー!」
「……ん」
子供のような声が聞こえて目を開けるとそこは自宅ではなかった。顔の下にはふわふわと毛足の長い黒絨毯。ファンタジックな調度品がそろっている広い部屋は、大きな窓から差し込む光で明るく照らされている。
そして目の前には90度傾いた白い鳥。カパカパとオレンジ色のくちばしを開閉させて、人語を発している。
……どうやら『起きた』という設定の夢を見ているらしい。
「早く起きなさい!」
「いっ……!」
オレンジ色が迫ってきて、鼻先をくちばしで挟まれた。鋭い痛みが現実逃避を阻止してくる。
そう、今の私にとっての現実は『これ』なのだ。睡眠を挟んだことで開き直りが揺らぎかけていたが、改めて腹をくくった。
身体を起こすと、かけた覚えのないふわふわの毛布がずり落ちた。
「おはよう。アンタ、なんで床で寝てんの?」
「おはようございます……」
昨晩のことを思い出す。性行為――私の認識でいうところのキスを終えた後に王子様は寝てしまって、色々考えた末に床で寝ることにしたのだ。
ベッドの上を見てみたが、私の帰還のカギとなる存在は見当たらなかった。
「まっ何でもいいけど。重要なのは一つだけよ。ちゃんと”できた”?」
「あー……」
座った私の半分ほどの大きさの鳥が、丸い瞳で私を見上げてくる。
「まあ、はい」
「そうよね! 今朝の王子様、ここ最近で一番顔色が良かったもの~!
数値も少しだけよくなってたしね!
あ~、これで一安心だわ。魔法で抑えるのもそろそろ限界だったのよ!
さすが私が呼んだ人間ね。これからも頑張って」
あからさまに声のトーンがウキウキになり、くちばしを脚に擦りつけてくる。
……ちょっと可愛い。
「ご飯持ってきたのよ。食べて」
「ありがとうございます」
言われて初めて空腹を自覚した。昨日は色々ありすぎて夕飯を食べないまま寝てしまったのだ。そういえばシャワーも浴びていない。
キバタさんが翼を一振りすると、テーブルクロスのかかった丸テーブルの上に食事が並んだ。
まるで魔法だ。いや、世界観を考えると普通に魔法なのだろう。それにしても……。
「豪華ですね……」
おとぎ話に出てくるような食事だった。
焼きたてのパンに分厚いステーキ、カラフルな見たことのない形をしたフルーツらしきもの。ゆで卵はゆで卵専用のグラスみたいなものに置かれている。スプーンで食べるんだ。あの悪人みたいに。
普段なら朝からこれは……となるところだが、もともとの空腹に加えこれまで嗅いだことのない良い匂いで食欲を刺激された。
「私は適当でいいと思ったんだけど、王子様が『ちゃんとしてやれ』って言うからシェフに作らせたわ」
「……ありがたいです」
正直、意外だ。
昨日接した王子様像と、この手厚いもてなしが結びつかない。
「さっ早く食べちゃって」
促されるままテーブルにつき、食べ始めた。
「! 美味しい」
「そりゃあそうよ。食材もシェフの腕も一流だからね」
向こうとこっちで味覚が全然違う、なんてこともあり得るかと思ったがそんなことはなかった。とても美味しい。パンは小麦のような香りがして、もちもちでふわふわ。恐らく牛でも鳥でも豚でもない気がするステーキは、特別な日に行くレストランのものより柔らかくジュ―シーだ。
これは……お喋りでもしながらでないとあっという間に食べてしまいそうだ。そう思ってキバタさんに雑談を振ることにする。
「そういえば王子様は?」
「お仕事よ~。会議に会食、書類仕事、他国からの訪問対応などなどお仕事尽くしね」
「お忙しいんですね」
「そりゃね~。しかもモンスターが出現したらその討伐の指揮もしなくちゃだからもう大変」
モンスター。私がここに呼ばれることになった元凶。
なんというか、随分シンプルなネーミングだ。知らない専門用語を出されるより分かりやすくてありがたいが、シンプル過ぎて見た目の想像がつかない。
ゲームの魔物のような感じだろうか。それとも、あの映画に出てくる化け物みたいな感じだったり?
だんだん気になってきた。
「モンスターってどんな感じなんですか」
「もうすーっごい怖いの! いろんなのがいるんだけどね、最近城下町近くの森に出現するのは牙も爪も鋭くって毒があって、ヌルヌルのにょろにょろ、無駄に尻尾があってその先の針にも毒があって!」
「へぇ……」
脳内でその姿を思い描く。私の世界では絶対にありえない作りの生き物だ。正直、せっかくこんなところに来たのだから実際にこの目で見てみたい。
だが、よく考えなくてもハードルが高いのが分かる。まず第一に、死の危険があるだろうこと。ここで死んだ場合どうなるか不明だが、下手な行動はとらないほうがいいだろう。第二に、私の立場にそんな自由はなさそうということ。
気づけば、食事たちは胃の中に消えてしまっていた。
最後はフルーツだ。ブドウのような虹色の粒を一つ口に放り込む。明らかに異世界な見た目で少しだけ不安だったが、これまた美味しい。
「あっ、そうだ服を持ってきたのよ。そのままだと浮くからね」
キバタさんが再び翼を一振りすると、茶色いカゴが出現した。カラフルな布がたくさん収められている。
黄色、黄緑、ピンク、水色――。
「……派手ですね」
「いいからさっさと着替えちゃって。もう食べ終わるでしょ」
「あ、できればシャワーを浴びさせてもらえたら嬉しいんですが」
せっかく着替えるなら身体を綺麗にしてからがいい。
そう思って要求してみたが、キバタさんはシャワールームを案内してくれる代わりに、また翼を一振りした。
「え」
何が起こったのかよく分からなかった。全身を水のような感覚が撫でていった、ような気がする。一瞬すぎて自信が持てない。だが、なんとなく身体がすっきりしたような……?
「シャワー室、あるにはあるんだけど、ここだと魔法で済ませるのが主流なのよ」
「……ありがとうございます」
なんて便利なんだろう。繁忙期は毎日これがいい。
用意されていたナプキンで口を拭いてから立ち上がり、籠の中の布を吟味する。比較的マシに思えた水色を引っ張り出すと、意外なことに形は普通のスラックスだった。奥のほうには白いブラウスが固まっていた。
なんだ。派手なのは色だけで形はいつも着ているオフィスカジュアルと同じじゃないか。魔法使いの服といったらもっとゴテゴテしたものだと思っていた。念のためさらに探ると、ご丁寧に下着まで入っていた。白の上下。ブラウスと合わせてみたが、透けることはなさそうだ。魔法か。
着替える場所を探すため部屋を見回したが、陰になりそうな場所はどこにもない。足元のキバタさんはこちらをじーっと見上げてきている。
……まあ、いいや。鳥だし。
とはいえ、一応背中を向けた状態で着替えた。
「おわった? そしたら、王子様が帰ってくるまで暇だし、魔法でも教えてあげましょうか」
「え?」
「スランプ気味だったんでしょ? お菓子に直接関係あるわけじゃないけど、何がアイデアに繋がるか分からないし。
図書室とか厨房とかに連れてくでもいいけどね」
「あの、ちょっと待ってください」
寝耳に鉄砲水。次々湧き出てくる疑問を何とか言葉にする。
「どうして仕事のこととか、スランプがどうとか……知ってるんですか?」
「召喚の時に指定したからよ。王子様より年上で、ショートカットで、ポジティブで、それなりに適応力があって、悩みを抱えてる子、って。
そうじゃないと帰る帰る~!ってなって、お役目どころじゃないでしょ?」
「はぁ……」
「あと社会人ってのも大事なポイントね。人生諦めが肝心ってのを知ってる子のほうがよかったから。
あっ、お菓子云々っていう細かいことは呼んでから覗いたんだけどね。でもクリエイティブ系の仕事でちょうどよかった」
それらを全部満たしていれば違う世界に馴染める、ということにはならないはずだが、なまじ私がそうなってしまっているので反論できなかった。
それにしてもこの鳥、なんで社会が諦めを学ぶ場所だと知っているんだ。
「というわけだから、始めましょうか」
「……はい、お願いします」
疑問は尽きないが、キバタさんの言うことに間違いはない。
王子様がいなければ私のすることはないし、ただ毎日帰りを待つだけというのも暇だ。せっかくこんなところに飛ばされたのだから、向こうではできない経験をたくさんしておいたほうが得な気がする。
「ではまず――」
「キバタ」
キバタさんが説明を始めようとしたとき、突然クラシカルな装飾の施されたドアが開き、王子様が部屋に入ってきた。
昨日とは違い、黒ベースのいかにも王子様な服をまとった彼は相変わらず冷たい表情をしている。艶のある青みがかった黒髪はきちんと整えられ、耳から小ぶりのピアスのようなものが下がっているのが見えた。
「あらっ、もう会議終わったんです?」
「モンスターが出た。ついてこい」
「えーっ! 分かりました~!」
王子様の声は、昨晩より硬く冷ややかで緊迫感がある。非常事態なのだから当たり前だ。
バサバサと慌てた様子のキバタさんを伴い、王子様が部屋を出ていこうとする。
モンスター。キバタさんが説明してくれたが、いまいち見た目の想像がつかない生き物。……きっとここでしか見られない存在。
くるりと背を向けた二人。扉が閉まる。寸前。
「あの!」
「……」
思ったよりも大きい声が出た。気恥ずかしさを誤魔化すため、わざとらしく咳ばらいをする。
扉がわずかな隙間を残して停止し、王子様はこちらの背を向けたまま足を止めた。
沈黙が流れる。ああ、やってしまった。無理を承知で。やけくそ。こんなことするの久しぶりだ。
「連れて行ってください」
「……は?」
肩越しにこちらを見た王子様と目が合う。『何バカなことを言ってるんだこいつ』といった表情。
その鋭さにひるみかけたが、ダメだ。ひよってはいけない。あくまで堂々としていないと、通るものも通らない。
「ダメよ死んだらどうするの。また私が召喚術を使わなきゃならなくなるじゃない。あれ結構大変なんだからね」
「お願いします。……私が呼ばれた原因の生き物の姿を見ておきたいんです。危ないことはしません。指示に従います」
騒ぐキバタさんの横で王子様は一瞬考えるような表情をしたあと、
「分かった」
短くそう言ってから、再び歩き始めた。一瞬で小さくなる背中。
「ほらね! だから言っ――ええ!?」
「ありがとうございます!」
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