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09.部屋に戻らぬ王子様
王子様が、夜、部屋に帰ってこなくなった。
「ほんと、焦ったわ~。あんときアンタがあまりにも変な反応をするもんだから、まさか性行為してないのかと思っちゃった」
「……はあ」
「でもここ最近、数値もさらに改善してきたしそんなわけないわね。もう、びっくりさせないでよ」
とんでもないセクハラを受けている気がするが、全て鼓膜の表面をただ滑っていく。
原因はあの日の出来事だろう。私が呼ばれた理由をきっちり果たそうとした、あの。
どうやらキバタさんにバレるのは面倒だと考えているらしく、彼女にバレないような立ち回りをしていた。
仕事が終わると修練室に迎えに来て、キバタさんの気配がないか確認してから部屋を出ていく。
朝は、キバタさんが来る直前に寝室に戻って来る。涙ぐましい努力だ。
一体どこで寝ているのだろうか。王子様だから何部屋も自室があるのかもしれない。
色々と気になることはあるが、その筆頭は彼の体調のことだ。
恐らくあの日の深い接触のお陰で、傍目には小康状態が保たれているが、このままでいられるとは到底思えない。普通のキスすらしないまま既に三日以上経過しているのだ。このままでは、またどこかのタイミングで、あの時のように暴走してしまうのではないだろうか。
「さっ、集中集中」
「……はい」
指摘され、マンツーマン修行・夜の部の最中だったことを思い出した。
割とイレギュラーな事態が起こっているというのに、のんびり魔法の練習なんてしていていいのだろうか。
でも、避けられている状況でこちらからできることなんて……。いやしかし、避けられれば避けられるほど帰る日は遠のいていく……。
「はい、想像して~。手のひらに身体の中の熱を集めるのよ。王子様の魔力を感じてね」
「……」
王子様の魔力。なんのことかさっぱりだ。
とりあえず、頭の中に彼のことを思い浮かべる。蘇ったのはつい先日の豹変した彼とのキスだった。後悔した。
恥ずかしさと気まずさと同時に、あの時感じた甘さのような不思議な感覚が湧き上がった。
「えっ、嘘」
ぼっ、と音がして、眼の前が明るく熱くなった。
それは一瞬で消えてしまったが、手のひらにはチリチリとくすぶる感覚が残っている。身体の真ん中から腕を通って手のひらへ。新たな神経が開通したような気がした。
「すごいじゃなーい! やればできるのね!」
「あ……ありがとうございます」
びっくりだ。もしかして、あのキスのせい? あれでより多くの魔力をもらえたから使えた、ということなのだろうか。
理由はどうあれ、一歩前進。このまま練習を続ければまた森へついていくことができる。……避けられている状態で、あのときの言葉が有効なのかは不明だけど。
「さっ、めでたいし区切りもいいし、そろそろ夜ご飯にしましょうか」
「そうですね」
「えーっと……あーっ!」
いつものようにキバタさんが魔法で取り寄せてくれるのかと思ったが、彼女は翼を振るのではなく奇声を上げた。
「まずいわ! 私この後の会食に同席しなきゃいけないの忘れてた!」
「え!? まずいじゃないですか」
「まずいのよ! しかもゲストは隣国のお姫様よ! やばいわ! ダッシュで行ってくる!
悪いけどアンタは食堂で食べて! 場所はそのへんの兵士にでも聞いて!
変なこと言わないでよ! アンタはただの、私の弟子! よろしい!?」
飛んだほうがいいんじゃ。
叫びながらトテトテ走っていった彼女にわざわざツッコミを入れるのは野暮な気がして、やめておいた。
「さて、と」
騒がしい気配が離れたのを確認してから修練室を出ると、廊下にはちらほら人影があった。兵士さん、メイドさんなどなど。
彼らはどうやら同じ方向に向かっていっているようだ。ついていけば食堂にたどり着けるのでは?
消極的な判断を下し、行き先を決定しかけたとき声をかけられた。
「アサノ様?」
「あ、ペリドさん」
あのとき護衛についてくれた爽やかな兵士さんだった。
相変わらず人のよさそうな笑みを浮かべている好青年だ。
「どうされたんですか?」
「食堂に行こうと思っていて……」
「なるほど、私も向かうところですから、ご一緒にいかがですか」
「はい、ぜひ」
にか、と笑ったペリドさんにくっついて、食堂へ向かう。
***
食堂は兵士さんたちで賑わっていた。ペリドさんと私は同じAセットを注文、受け取ってから、空いていた隅の席に座った。
いただきますをして、しばらく世間話を挟んだ後。
「そういえば、キバタ様とご一緒でないのは珍しいですね」
「急な用事が入ったらしいです」
「なるほど。ここ最近、殿下もキバタ様も一際お忙しそうですよね。戴冠式も近いですしね」
確かに以前キバタさんが『半年後に戴冠式がある』と言っていた。忙しいのも仕方ないのかもしれない。
「殿下とは先程まで討伐隊で一緒だったのですが、お疲れのご様子でした」
「そうだったんですね。……ご飯……食べられてるんですかね」
自分が食事を眼の前にしているからだろうか。まるで親のようなセリフが出てしまった。今の関係値で心配するようなことではない気がして、なんとなく落ち着かない気分になる。
「どうでしょう。今日はもう部屋に戻るとのことでしたが、今頃お食事をとられているのかもしれません」
「え、部屋に?」
「? はい」
思わずフォークを取り落としかけたが、すんでのところで堪えた。誤魔化すように後少し残っていた肉の欠片を口に入れる。
変な反応をしてはいけない。王子様と私が妙な関係だというのは三人(二人と一羽)だけの秘密なのだ。
にしても……今行けば会えるかもしれないのか。
「もしかして、殿下になにかご用事が?」
「え? あー……っと、すみません、あの」
「後片付けしておきますよ」
どう誤魔化そうか考えているうちに、ペリドさんがそう言ってくれた。なんて気の利く人だろうか。
「……すみません、よろしくお願いします」
「お気になさらないでください」
残っていた僅かな料理の欠片を口に放り込んでから、ペリドさんに頭を下げて食堂を飛び出した。
「ほんと、焦ったわ~。あんときアンタがあまりにも変な反応をするもんだから、まさか性行為してないのかと思っちゃった」
「……はあ」
「でもここ最近、数値もさらに改善してきたしそんなわけないわね。もう、びっくりさせないでよ」
とんでもないセクハラを受けている気がするが、全て鼓膜の表面をただ滑っていく。
原因はあの日の出来事だろう。私が呼ばれた理由をきっちり果たそうとした、あの。
どうやらキバタさんにバレるのは面倒だと考えているらしく、彼女にバレないような立ち回りをしていた。
仕事が終わると修練室に迎えに来て、キバタさんの気配がないか確認してから部屋を出ていく。
朝は、キバタさんが来る直前に寝室に戻って来る。涙ぐましい努力だ。
一体どこで寝ているのだろうか。王子様だから何部屋も自室があるのかもしれない。
色々と気になることはあるが、その筆頭は彼の体調のことだ。
恐らくあの日の深い接触のお陰で、傍目には小康状態が保たれているが、このままでいられるとは到底思えない。普通のキスすらしないまま既に三日以上経過しているのだ。このままでは、またどこかのタイミングで、あの時のように暴走してしまうのではないだろうか。
「さっ、集中集中」
「……はい」
指摘され、マンツーマン修行・夜の部の最中だったことを思い出した。
割とイレギュラーな事態が起こっているというのに、のんびり魔法の練習なんてしていていいのだろうか。
でも、避けられている状況でこちらからできることなんて……。いやしかし、避けられれば避けられるほど帰る日は遠のいていく……。
「はい、想像して~。手のひらに身体の中の熱を集めるのよ。王子様の魔力を感じてね」
「……」
王子様の魔力。なんのことかさっぱりだ。
とりあえず、頭の中に彼のことを思い浮かべる。蘇ったのはつい先日の豹変した彼とのキスだった。後悔した。
恥ずかしさと気まずさと同時に、あの時感じた甘さのような不思議な感覚が湧き上がった。
「えっ、嘘」
ぼっ、と音がして、眼の前が明るく熱くなった。
それは一瞬で消えてしまったが、手のひらにはチリチリとくすぶる感覚が残っている。身体の真ん中から腕を通って手のひらへ。新たな神経が開通したような気がした。
「すごいじゃなーい! やればできるのね!」
「あ……ありがとうございます」
びっくりだ。もしかして、あのキスのせい? あれでより多くの魔力をもらえたから使えた、ということなのだろうか。
理由はどうあれ、一歩前進。このまま練習を続ければまた森へついていくことができる。……避けられている状態で、あのときの言葉が有効なのかは不明だけど。
「さっ、めでたいし区切りもいいし、そろそろ夜ご飯にしましょうか」
「そうですね」
「えーっと……あーっ!」
いつものようにキバタさんが魔法で取り寄せてくれるのかと思ったが、彼女は翼を振るのではなく奇声を上げた。
「まずいわ! 私この後の会食に同席しなきゃいけないの忘れてた!」
「え!? まずいじゃないですか」
「まずいのよ! しかもゲストは隣国のお姫様よ! やばいわ! ダッシュで行ってくる!
悪いけどアンタは食堂で食べて! 場所はそのへんの兵士にでも聞いて!
変なこと言わないでよ! アンタはただの、私の弟子! よろしい!?」
飛んだほうがいいんじゃ。
叫びながらトテトテ走っていった彼女にわざわざツッコミを入れるのは野暮な気がして、やめておいた。
「さて、と」
騒がしい気配が離れたのを確認してから修練室を出ると、廊下にはちらほら人影があった。兵士さん、メイドさんなどなど。
彼らはどうやら同じ方向に向かっていっているようだ。ついていけば食堂にたどり着けるのでは?
消極的な判断を下し、行き先を決定しかけたとき声をかけられた。
「アサノ様?」
「あ、ペリドさん」
あのとき護衛についてくれた爽やかな兵士さんだった。
相変わらず人のよさそうな笑みを浮かべている好青年だ。
「どうされたんですか?」
「食堂に行こうと思っていて……」
「なるほど、私も向かうところですから、ご一緒にいかがですか」
「はい、ぜひ」
にか、と笑ったペリドさんにくっついて、食堂へ向かう。
***
食堂は兵士さんたちで賑わっていた。ペリドさんと私は同じAセットを注文、受け取ってから、空いていた隅の席に座った。
いただきますをして、しばらく世間話を挟んだ後。
「そういえば、キバタ様とご一緒でないのは珍しいですね」
「急な用事が入ったらしいです」
「なるほど。ここ最近、殿下もキバタ様も一際お忙しそうですよね。戴冠式も近いですしね」
確かに以前キバタさんが『半年後に戴冠式がある』と言っていた。忙しいのも仕方ないのかもしれない。
「殿下とは先程まで討伐隊で一緒だったのですが、お疲れのご様子でした」
「そうだったんですね。……ご飯……食べられてるんですかね」
自分が食事を眼の前にしているからだろうか。まるで親のようなセリフが出てしまった。今の関係値で心配するようなことではない気がして、なんとなく落ち着かない気分になる。
「どうでしょう。今日はもう部屋に戻るとのことでしたが、今頃お食事をとられているのかもしれません」
「え、部屋に?」
「? はい」
思わずフォークを取り落としかけたが、すんでのところで堪えた。誤魔化すように後少し残っていた肉の欠片を口に入れる。
変な反応をしてはいけない。王子様と私が妙な関係だというのは三人(二人と一羽)だけの秘密なのだ。
にしても……今行けば会えるかもしれないのか。
「もしかして、殿下になにかご用事が?」
「え? あー……っと、すみません、あの」
「後片付けしておきますよ」
どう誤魔化そうか考えているうちに、ペリドさんがそう言ってくれた。なんて気の利く人だろうか。
「……すみません、よろしくお願いします」
「お気になさらないでください」
残っていた僅かな料理の欠片を口に放り込んでから、ペリドさんに頭を下げて食堂を飛び出した。
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