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2章 RHYME
13. 刺客乱戦、勝負反転、守備は万全、しろよ観念
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◇◇◇
13. 刺客乱戦、勝負反転、守備は万全、しろよ観念
ライムの案じていたとおり、声を掛けられたのは国領に入ってすぐの郊外だった。
「お前…貴族の跡取りなんだってなぁ? 坊やぁ…」
ライムは一瞬ドキッとしたが、どうやら言葉はケイジに向けられたものだった。
相手はおそらく予選免除推薦の件で、事実を誤解していた。
「だったらどうだと言うんだ?」
ケイジは見当違いの言いがかりを否定しない。
挑発するだけしておいて、必要に応じて事実を突きつけ相手を落胆させる狙いだった。
MCバトルでは相手の個人情報の誤認は致命的だ。
さすがにケイジも警戒はしており、無頓着だった昨日の振る舞いを改め、自分の情報をなるべく明かさないよう意識を変えていた。
「本戦ってのはなぁ…お前みたいなぬるま湯で育ってきた×××<コンプラ>が、のこのこ出てきていい場所じゃねえんだよぉ」
下品なチンピラという風の物言いとは裏腹に、相手はカチッとした紺のジャケットに紫のシャツと明るい緑のリボンタイ、茶の皮手袋までしたモード系ファッションのナイスミドルだった。
グッと身構えるライムの頬に、昨日に増して汗が伝っている。
表情から読み取るとおり、かなりの強敵と悟り、迂闊に動けないでいる。
無論、昨日以上に自分が立ち入れるレベルの場ではないということは肌で感じていた。
「俺は地獄を知ってるぜ。戦場って名のこの世の地獄をよぉ。
いや、命が尽きている分地獄の方がマシかもなぁ。
死んで×××<コンプラ>みてえに一気にいけた方がラッキーだぜ、坊やぁ」
しかしやはり口調に反して、下半身はピチッピチだった。
ピッチピチというより、ピチッピチだった。
具体的には臀部に食い込む黒光りしたホットパンツと、目の大きい網タイツというSMクラブのような出で立ちのナイスミドルだった。
ライムがそれについては何も言わないので、そこはわりと一般的で、バトルにおけるツッコミ所ではないのかもしれない。
でも突っ込みたい、という思いと、そこまでやっていればわざとだろうという思いがケイジの中で交差した。
風貌などのツッコミ所をわざと用意してツッ込ませ、用意しておいた返し文句を出すというのはMCバトルの戦術だ。
初めて会う相手に対する風貌のディスは、相手からすると何百回と言われていることであり、打ち頃のチャンスボールである。
「俺の最凶の×××<コンプラ>でお前の×××<コンプラ>を×××<コンプラ>って×××<コンプラ>ってやんぜ!」
その言葉でケイジのスイッチが入る。
「弱い奴ほどよくしゃべるね。墓穴掘っとけ、ほどよくシャベルで。」
この場合の「掘る」は、相手の×××<コンプラ>に対する×××<コンプラ>という意味の×××<コンプラ>として、かなり冴えた×××<コンプラ>だった。
(――開戦の合図…ッ 今回ばかりはどちらもただでは済まない…ッ!!)
ライムはそう悟り、さらに低く身構えながら、二人の眩しさに目を細めた。
◇
結果的には、これと同様のことが会場への拓けた大通りに辿り着くまでに2回あった。
「三連戦だったのに、全員あんな一方的に仕留めるなんて…さすがは師匠です」
「おい、“師匠”はやめてくれって…」
ようやく会場の上面が見えて、二人は安堵しながら歩く。
大通りではさすがに襲ってくるまい。
とはいえ、所詮は国有の練兵場への輸送路なので、別に繁華街があるわけでもなく、建物の横を一歩入れば暗い路地だった。
「しかも一人は獣人だったのに、あそこまで―」
「自由人って、さっきの毛深い野生児か?
やっぱアイツ強かったよね? ね?
声もやたらデカいし、間違いなく生粋の自由形<フリースタイル>育ちだったぜ…」
「獣人は自力を何倍にもする技がありますのに…怖いとは思わなかったのですか?」
「怖かったのはやっぱ最初の変態だよ…
格好はまあアレとして、内容が…アレはマジで身の危険を感じたぜ
…ううっ、思い出すだけでも鳥肌が立つ…!」
捕縛できたのは2人目だけで、3人目の獣人には逃げられ、1人目の変態は倒した後ケイジたちが逃げた。
捕縛といっても縄など持ち歩いているわけもなく、倒れた相手を担いで衛兵の駐屯所まで運び、事情を告げて宮廷師団に引き渡すよう手続きしてもらっただけだった。
その服にも例の蛇のマークがご丁寧に刺繍されていたので、話は早かった。
「それにしても気になるのは、逃げ去るときのあの獣人の言葉…
まさか師匠は以前――」
「だから“師匠”ってのはやめ――」
―ケイジが諌めようとした瞬間。
唐突に頭上から声が降ってきた。
「やあご両人!」
二人揃ってビクッと両肩が強ばる。
聞き間違いかと思いながら声の主の居場所を探すと――、
眼前の家屋の屋根の上に人影があった。
平屋だがそれなりに高さがあり、普通人が上がる場所ではない。
「結局ここまできちゃったかあ。なんとなくわかってたけどね」
逆光で見えにくかったが、声も背格好も少女のものだった。
5メートルはある高さから、少女は手も使わずするりと飛び降りる。
「ここまでの3人とのバトルは見てたよ。やあ、お兄ちゃんすごい腕だねえ!
意識を失ってた二人は、一体何されたのかもわかってないんじゃないかなあ?」
馴れ馴れしく距離を詰めてくるその姿は、むしろ児童というサイズのものだった。
異国風のかわいらしい顔立ちだが、美人と言われるようになるのは5年後だろう。
不自然なのはその出で立ちだ。
中世西洋のような街中で、東洋風の襟を前で交差する柿渋色の服、太目の帯、靴ではなく指先が二つに割れた布製の履物、そしてやけに長いマフラー。
それは紛れもなく日本の「忍者」の姿だった。
「なんだ?お前もその、ええと、WACKSとかいうのの一員なのか?」
「どうかなあ?
そうとも言えるし、そうでないとも言えるね」
(―ああ、見習いとか準隊員的な下っ端か。)
こんな子供を使って、人材不足の集団なんだろうか、とケイジは余計な心配をする。
「なんか用か? こっちは道草食わされて時間が無いんだ。
誰かのお使いなら本人が直接来いって言っとけ。」
「やあ、他のみんなとおんなじだけどさ、
バトルでボクが勝ったら、君の予選免除権をちょうだい」
「闘う気だったのか…。
宮廷楽士なんてお前には10年早い。子供は家でピアニカでも吹いてろ。
大体こっちに何のメリットも無いじゃないか(これまでも一緒だが)」
ケイジが視線を少女から外して再度歩き出そうとするが、気にせず少女は続ける。
「もし君が勝ったら、ボクの負けでいいよ」
「当たり前だろ。どこを譲歩したんだよガキ」
少女は終始ニコニコしていて掴み所がない。
「ボクの負けってことは、ボクにかかってる懸賞金が手に入るよ」
「こちとらスポンサーが付いてるから金は要らん。ていうかお前賞金首なのか」
「結構悪いことしちゃってるからね」
「お菓子の万引きとか?」
「もっと悪いことしてるわ!」
声が大きくなってもやはり少女の表情は変わらない。
格好からして、子供でも盗賊ということはあるだろう、と忍者に認識のあるケイジは想像する。
「ボクを女だと思って甘く見てるね」
「いやガキに性別はねえよ?」
気付けばケイジはまた引き止められてしまっていた。
子供の相手がさして得意でないケイジでも、なんとなく気軽に話せる雰囲気にさせられたからだ。
一方、ライムは戸惑っていた。
実戦経験は少なくとも、幼少時から多くの魔法師を見てきたライムには、魔法師の実力をある程度推し量ることができる観察眼と知識があった。
が、眼前の少女からは何も感じられない。
「脅威ではない」ということすらも感じられない。
何も見通しが立たない―つまり「不明」。
先ほどケイジが無視して立ち去ろうとしたときも、追随してよいものか止めるべきか判断できなかった。
「じゃあ1ターンだけお稽古をつけてやるから、ほら、さっさとかかってこい」
「あっケイジさん、ちょっと―」
「やあ、怪我させあうなんてバカバカしいよ。
競技方式で正々堂々と闘ろうじゃないか」
魔法の対人戦闘において、
相手に直接魔法をかけ攻撃し合うものを実戦方式と呼び、
器具を使って特定の勝利条件を争うスポーツ的なものは競技方式と呼ぶ。
予選の種目に実戦は含まれていない。
「3つの魔石球を魔法で相手陣地に押し込む“スクラーマ”でいいよ、
昨日会場で見てたろう?」
そう言って腰の袋からゴソゴソとソフトボール球サイズの鈍い色の球を取り出した。
試験用のサイズよりは小さいが、それでも持ち運ぶには重くて邪魔に違いなかった。
確かに昨日の会場で、ラップから表出したイメージが現実の効果のように石球を押し流したり跳ね飛ばしたりしている戦いを、ケイジは見ていた。
その上で、「大した奴はいない」というのが正直な感想であった。
―「現実に作用するほどのイメージが湧くようなラップ」―。
予選をまだ戦っているレベルの奴らにできて、自分にできないはずが無い。
一度も競技をやったことがないはずのケイジには、やはり根拠も無くよくわからない自信が満ちていた。
(――昨日から尾行けられていたのか…。)
身分上、ライムはそれなりに会場で自分たちの周囲に注意していたつもりだったが、昨日の二人同様に気付けなかった。
子供でもそれなりに訓練を受けているのかもしれない。
意識の針が「不明」から「警戒」に振れた。
「そうだ、1つは予め僕の陣に置いてハンデにしようか、少しは楽しめると思うよ?」
どんなスタンスで物を言っているのか。
ケイジの実力を認めているのか、舐めているのか。
認めた上で、それでも舐められるというのか。
疑わしい目をよそ吹く風に、少女は二者の間に広く横一列に並べた球より自分寄りに最後の球を置く。その余裕は、あるいは何かの戦術なのかもしれなかった。
「それにバトルは後攻が有利だからね、
君に後攻を譲ろうじゃないか」
こういう挑まれたバトルの場合は、挑んだ方が先攻なのが暗黙の了解。
実際これまでもケイジは後攻だったわけだが、「いっそ先攻でもいいよ」、と言ってしまいそうになったのはまずもって敵の術だった。
(―さっきから相手の言うがままに話が進んでいます…。
そもそもこちらには戦うつもりすら無かったはずでしたのに―。)
ライムの警戒は増大する。
どうもおかしい。
こんな子供の力の評価を、自分がこれほど迷うなどということがあるだろうか。
ライムには経験がないせいで、判断がつかない時の対処も心得ていなかった。
「ケイジさん、やっぱりちょっと何か―」
「その代わりにというか、もう一つ条件。」
ライムの制止は遮られる。
「ボクが勝ったら、ボクに対して敬語を使ってもらおう」
「マジでガキだなオイ」
「やあ、逆だよ、だって―」
指先にはめたリング型の魔威倶を前にかざし、少女はゆらゆらと拍子を取り始める。
「ボクの方が多分ずっと年上だからさ。 いくよ!」
ライムの頬を汗が伝う。
◇◇◇
(第14話に続く)
13. 刺客乱戦、勝負反転、守備は万全、しろよ観念
ライムの案じていたとおり、声を掛けられたのは国領に入ってすぐの郊外だった。
「お前…貴族の跡取りなんだってなぁ? 坊やぁ…」
ライムは一瞬ドキッとしたが、どうやら言葉はケイジに向けられたものだった。
相手はおそらく予選免除推薦の件で、事実を誤解していた。
「だったらどうだと言うんだ?」
ケイジは見当違いの言いがかりを否定しない。
挑発するだけしておいて、必要に応じて事実を突きつけ相手を落胆させる狙いだった。
MCバトルでは相手の個人情報の誤認は致命的だ。
さすがにケイジも警戒はしており、無頓着だった昨日の振る舞いを改め、自分の情報をなるべく明かさないよう意識を変えていた。
「本戦ってのはなぁ…お前みたいなぬるま湯で育ってきた×××<コンプラ>が、のこのこ出てきていい場所じゃねえんだよぉ」
下品なチンピラという風の物言いとは裏腹に、相手はカチッとした紺のジャケットに紫のシャツと明るい緑のリボンタイ、茶の皮手袋までしたモード系ファッションのナイスミドルだった。
グッと身構えるライムの頬に、昨日に増して汗が伝っている。
表情から読み取るとおり、かなりの強敵と悟り、迂闊に動けないでいる。
無論、昨日以上に自分が立ち入れるレベルの場ではないということは肌で感じていた。
「俺は地獄を知ってるぜ。戦場って名のこの世の地獄をよぉ。
いや、命が尽きている分地獄の方がマシかもなぁ。
死んで×××<コンプラ>みてえに一気にいけた方がラッキーだぜ、坊やぁ」
しかしやはり口調に反して、下半身はピチッピチだった。
ピッチピチというより、ピチッピチだった。
具体的には臀部に食い込む黒光りしたホットパンツと、目の大きい網タイツというSMクラブのような出で立ちのナイスミドルだった。
ライムがそれについては何も言わないので、そこはわりと一般的で、バトルにおけるツッコミ所ではないのかもしれない。
でも突っ込みたい、という思いと、そこまでやっていればわざとだろうという思いがケイジの中で交差した。
風貌などのツッコミ所をわざと用意してツッ込ませ、用意しておいた返し文句を出すというのはMCバトルの戦術だ。
初めて会う相手に対する風貌のディスは、相手からすると何百回と言われていることであり、打ち頃のチャンスボールである。
「俺の最凶の×××<コンプラ>でお前の×××<コンプラ>を×××<コンプラ>って×××<コンプラ>ってやんぜ!」
その言葉でケイジのスイッチが入る。
「弱い奴ほどよくしゃべるね。墓穴掘っとけ、ほどよくシャベルで。」
この場合の「掘る」は、相手の×××<コンプラ>に対する×××<コンプラ>という意味の×××<コンプラ>として、かなり冴えた×××<コンプラ>だった。
(――開戦の合図…ッ 今回ばかりはどちらもただでは済まない…ッ!!)
ライムはそう悟り、さらに低く身構えながら、二人の眩しさに目を細めた。
◇
結果的には、これと同様のことが会場への拓けた大通りに辿り着くまでに2回あった。
「三連戦だったのに、全員あんな一方的に仕留めるなんて…さすがは師匠です」
「おい、“師匠”はやめてくれって…」
ようやく会場の上面が見えて、二人は安堵しながら歩く。
大通りではさすがに襲ってくるまい。
とはいえ、所詮は国有の練兵場への輸送路なので、別に繁華街があるわけでもなく、建物の横を一歩入れば暗い路地だった。
「しかも一人は獣人だったのに、あそこまで―」
「自由人って、さっきの毛深い野生児か?
やっぱアイツ強かったよね? ね?
声もやたらデカいし、間違いなく生粋の自由形<フリースタイル>育ちだったぜ…」
「獣人は自力を何倍にもする技がありますのに…怖いとは思わなかったのですか?」
「怖かったのはやっぱ最初の変態だよ…
格好はまあアレとして、内容が…アレはマジで身の危険を感じたぜ
…ううっ、思い出すだけでも鳥肌が立つ…!」
捕縛できたのは2人目だけで、3人目の獣人には逃げられ、1人目の変態は倒した後ケイジたちが逃げた。
捕縛といっても縄など持ち歩いているわけもなく、倒れた相手を担いで衛兵の駐屯所まで運び、事情を告げて宮廷師団に引き渡すよう手続きしてもらっただけだった。
その服にも例の蛇のマークがご丁寧に刺繍されていたので、話は早かった。
「それにしても気になるのは、逃げ去るときのあの獣人の言葉…
まさか師匠は以前――」
「だから“師匠”ってのはやめ――」
―ケイジが諌めようとした瞬間。
唐突に頭上から声が降ってきた。
「やあご両人!」
二人揃ってビクッと両肩が強ばる。
聞き間違いかと思いながら声の主の居場所を探すと――、
眼前の家屋の屋根の上に人影があった。
平屋だがそれなりに高さがあり、普通人が上がる場所ではない。
「結局ここまできちゃったかあ。なんとなくわかってたけどね」
逆光で見えにくかったが、声も背格好も少女のものだった。
5メートルはある高さから、少女は手も使わずするりと飛び降りる。
「ここまでの3人とのバトルは見てたよ。やあ、お兄ちゃんすごい腕だねえ!
意識を失ってた二人は、一体何されたのかもわかってないんじゃないかなあ?」
馴れ馴れしく距離を詰めてくるその姿は、むしろ児童というサイズのものだった。
異国風のかわいらしい顔立ちだが、美人と言われるようになるのは5年後だろう。
不自然なのはその出で立ちだ。
中世西洋のような街中で、東洋風の襟を前で交差する柿渋色の服、太目の帯、靴ではなく指先が二つに割れた布製の履物、そしてやけに長いマフラー。
それは紛れもなく日本の「忍者」の姿だった。
「なんだ?お前もその、ええと、WACKSとかいうのの一員なのか?」
「どうかなあ?
そうとも言えるし、そうでないとも言えるね」
(―ああ、見習いとか準隊員的な下っ端か。)
こんな子供を使って、人材不足の集団なんだろうか、とケイジは余計な心配をする。
「なんか用か? こっちは道草食わされて時間が無いんだ。
誰かのお使いなら本人が直接来いって言っとけ。」
「やあ、他のみんなとおんなじだけどさ、
バトルでボクが勝ったら、君の予選免除権をちょうだい」
「闘う気だったのか…。
宮廷楽士なんてお前には10年早い。子供は家でピアニカでも吹いてろ。
大体こっちに何のメリットも無いじゃないか(これまでも一緒だが)」
ケイジが視線を少女から外して再度歩き出そうとするが、気にせず少女は続ける。
「もし君が勝ったら、ボクの負けでいいよ」
「当たり前だろ。どこを譲歩したんだよガキ」
少女は終始ニコニコしていて掴み所がない。
「ボクの負けってことは、ボクにかかってる懸賞金が手に入るよ」
「こちとらスポンサーが付いてるから金は要らん。ていうかお前賞金首なのか」
「結構悪いことしちゃってるからね」
「お菓子の万引きとか?」
「もっと悪いことしてるわ!」
声が大きくなってもやはり少女の表情は変わらない。
格好からして、子供でも盗賊ということはあるだろう、と忍者に認識のあるケイジは想像する。
「ボクを女だと思って甘く見てるね」
「いやガキに性別はねえよ?」
気付けばケイジはまた引き止められてしまっていた。
子供の相手がさして得意でないケイジでも、なんとなく気軽に話せる雰囲気にさせられたからだ。
一方、ライムは戸惑っていた。
実戦経験は少なくとも、幼少時から多くの魔法師を見てきたライムには、魔法師の実力をある程度推し量ることができる観察眼と知識があった。
が、眼前の少女からは何も感じられない。
「脅威ではない」ということすらも感じられない。
何も見通しが立たない―つまり「不明」。
先ほどケイジが無視して立ち去ろうとしたときも、追随してよいものか止めるべきか判断できなかった。
「じゃあ1ターンだけお稽古をつけてやるから、ほら、さっさとかかってこい」
「あっケイジさん、ちょっと―」
「やあ、怪我させあうなんてバカバカしいよ。
競技方式で正々堂々と闘ろうじゃないか」
魔法の対人戦闘において、
相手に直接魔法をかけ攻撃し合うものを実戦方式と呼び、
器具を使って特定の勝利条件を争うスポーツ的なものは競技方式と呼ぶ。
予選の種目に実戦は含まれていない。
「3つの魔石球を魔法で相手陣地に押し込む“スクラーマ”でいいよ、
昨日会場で見てたろう?」
そう言って腰の袋からゴソゴソとソフトボール球サイズの鈍い色の球を取り出した。
試験用のサイズよりは小さいが、それでも持ち運ぶには重くて邪魔に違いなかった。
確かに昨日の会場で、ラップから表出したイメージが現実の効果のように石球を押し流したり跳ね飛ばしたりしている戦いを、ケイジは見ていた。
その上で、「大した奴はいない」というのが正直な感想であった。
―「現実に作用するほどのイメージが湧くようなラップ」―。
予選をまだ戦っているレベルの奴らにできて、自分にできないはずが無い。
一度も競技をやったことがないはずのケイジには、やはり根拠も無くよくわからない自信が満ちていた。
(――昨日から尾行けられていたのか…。)
身分上、ライムはそれなりに会場で自分たちの周囲に注意していたつもりだったが、昨日の二人同様に気付けなかった。
子供でもそれなりに訓練を受けているのかもしれない。
意識の針が「不明」から「警戒」に振れた。
「そうだ、1つは予め僕の陣に置いてハンデにしようか、少しは楽しめると思うよ?」
どんなスタンスで物を言っているのか。
ケイジの実力を認めているのか、舐めているのか。
認めた上で、それでも舐められるというのか。
疑わしい目をよそ吹く風に、少女は二者の間に広く横一列に並べた球より自分寄りに最後の球を置く。その余裕は、あるいは何かの戦術なのかもしれなかった。
「それにバトルは後攻が有利だからね、
君に後攻を譲ろうじゃないか」
こういう挑まれたバトルの場合は、挑んだ方が先攻なのが暗黙の了解。
実際これまでもケイジは後攻だったわけだが、「いっそ先攻でもいいよ」、と言ってしまいそうになったのはまずもって敵の術だった。
(―さっきから相手の言うがままに話が進んでいます…。
そもそもこちらには戦うつもりすら無かったはずでしたのに―。)
ライムの警戒は増大する。
どうもおかしい。
こんな子供の力の評価を、自分がこれほど迷うなどということがあるだろうか。
ライムには経験がないせいで、判断がつかない時の対処も心得ていなかった。
「ケイジさん、やっぱりちょっと何か―」
「その代わりにというか、もう一つ条件。」
ライムの制止は遮られる。
「ボクが勝ったら、ボクに対して敬語を使ってもらおう」
「マジでガキだなオイ」
「やあ、逆だよ、だって―」
指先にはめたリング型の魔威倶を前にかざし、少女はゆらゆらと拍子を取り始める。
「ボクの方が多分ずっと年上だからさ。 いくよ!」
ライムの頬を汗が伝う。
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(第14話に続く)
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