ラップが魔法の呪文詠唱になる世界に転生したおじさん、うっかり伝説級の魔法を量産してしまう

paper-tiger

文字の大きさ
36 / 57
4章 MUSICA

35. 隠れ蠢く陰謀、ハズレ務める神童

しおりを挟む
◇◇◇
35. 隠れ蠢く陰謀、ハズレ務める神童


フロウ・カマーズニイェル・ヨドミナイトは、方向音痴だった。


まずもって幼少期から今まで、一人で行動するということがほぼ無かった。
必ず付き人が同行して道を先導する。

家柄の理由で、そこらの貴族より敵は多く、政治利用の目的による誘拐などから守るためだ。

1年と少しの学校生活においても、送り迎えには家の者が付き、校内では同世代の少女の付き人が世話をした。
一人でぶらぶらするということも、友達の家に遊びに行くということもなかった。

つまり方向感覚というものだけはまるで育たなかった。


「どこよココ… ちょっと誰かー?」

試験執行委員会のVIPエリア用バックヤードには、人影がまるで無かった。

競技はこの時間がもっとも過密スケジュールであり、執行委員は表に出づっぱりだし、VIPとその世話人も観覧席に出払っているので、当然の状況だった。

建物は普段、国軍が管理する軍用施設であり、敵襲にそれなりに入り組んでいる。
とは言え、機密がやり取りされるようなイベントでもないため、各エリアはほとんど開け放たれていた。


歓声が聞こえる試合会場の方へ向かえばいいものを、フロウは奥へ奥へと進んでしまった。


「いくらなんでも無用心すぎるんじゃないかしら…。まあアタシは有名人だから?人に会って騒がれたりするよりいいけど?
 …。
 …。
 …誰かー。」



「―はい…間違いありません、国王は明日―…」

ボソボソとした話し声が聞こえてきた。

「一部、予選に潜入した者たちが場外工作に失敗しておりますが、そこから漏れる心配は今の所ありません。
 内部に入り込んでいる各員は今日にも手はずが整います。―ええ、―ええ…」

一人の声しかしない。
演劇の練習でなければ、遠隔地との通信だった。


「今夜にも可能ですが… ―はい、予定通り明日決行ということで…」

この世界にはまだ電話は存在しない。
魔鉱石や特殊な生物を使った通話器具はあるが、一般家庭に流通しているようなものではなく、使える人間も限られている。

「―ええ、勿論です、こんな戯けた試験ごと、王宮を粉々にして見せますよ…ええ、草も残らぬサラ地にね…
 後の処理はどうかお願いしますよ…はい、―はい、ではこれで失礼」

通信者は通話を終える。
周囲に他の人間の気配はない。

フロウの位置から通信者は見えない。
声だけが聞き取れる距離をフロウが意図的に保っていたからだ。


(――事情はわからないけど、間違いない、これは敵国の工作員の会話だわ…!)

フロウの家系は代々、国政の中でも軍事に大きく携わっている。
まだ魔法研究以外にはあまり実務に関わらせてもらえていないフロウでも、充分想像できる。


宮廷魔法師試験は、他国からも多くの人間が出入りするため、テロや要人暗殺といった事態が起きやすい。

それはライムがケイジを出場者として推薦した大きな理由でもあったように、各国による毎回恒例の小競り合いであり、国軍も十分に警戒していた。

それでも、毎度何かしらの騒動が起こる。
この通信の主も、運営委員に入り込んだスパイに違いなかった。


(――おおかた試験で騒ぎを起こして、その間に王宮を襲おうってところね…。
 フンッ、小ざかしい工作員なんて所詮下々しもじもじもにも劣るゴミ虫の塵あくただわ。
 今回はこのアタシが試験に参加していたことを後悔しなさい…!)


通信をしていた工作員は一人。
その他には人影は無く、魔具による罠や阻害なども感じられない。

(――まぁゴミ虫スパイの一人ごとき、このアタシが出るほどのことじゃないけど、テロリストをぶっ飛ばせばちょっとは憂さ晴らしに…
 あっ!いや、大事件を未然に防いだとして騒がれれば、1回戦のことなんて帳消しなんじゃない…?
 そうよ、そうだわ!! さすがアタシ…天…才…ッ!)

「ようし…」

勢いづいたフロウには人を呼ぶとか通報するといった発想は無かった。
一人でテロリストを制圧し賞賛される姿のみを思い描いている。



「あのー、ちょっと出口まで案内して欲しいんだけど」

迷子のフリをして通信者に近づく。
フリと言っても、迷子なのは事実だった。

「なんだい、出場者かね? ここは立ち入り禁止だよ」

およそ試験本戦の係の人間で、有名人のフロウを知らないということはまずない。
が、ボロ服で変装している今のライムにはすぐに気付かなくとも無理はなかった。


フロウはライムのように格闘術が使えるわけではない。
速攻魔法用の備えと服の下に持った近接武器を使うにはもう少し近づき、時間を稼ぐ必要がある。


「ていうかあなた、その遠方通信のアイテム、随分珍しいものね?
 そもそも通信アイテム自体、一般に出回るようなものじゃないけど、国軍の特別仕様なのかしら?
 込められた魔法も見たことない、まるで外国製の術式のような―」

通信者は慌てて器具を隠す。
持ち歩くには少し大きいが、カバンに入れられないほどではない。

「そ、そうだよ、軍の貴重なものなんだが、試験期間は係の私たちにも貸与されているんだ…」

「へえー? 国軍が外部の人間にも通信機をねえ?」

「さあお嬢ちゃん、出口まで案内しよう…」

怪しさをごまかそうとした通信者が、フロウに近づいてくる。
隠している殺気が漏れていることに本人は気付かない。


「調べが足りなかったわね」

「え…?」


我が国の軍は・・・・・・、遠隔通信の際はセキュリティ管理上、必ず二人以上で行わなければならないことになってるの」


「あ…いやぁ、今は出払っていて仕方なく…」


通信者が動きを止めたのを見て、フロウはさらに相手へ一歩詰め寄る。


「だから“一人で起動できる通信機器”はこの国には無いわ」


「…!? ックッ―!!」

とっさに襲い掛かろうとする通信者は既にフロウの射程内だ。

「遅いわ!」

アイテムを使って事前に準備した速攻魔法の発動速度を、人間が身体能力で超えるのは不可能だ。
まして術者は名家のホープ。

勝負にならない、はずだった。


―が、フロウは倒れた。


魔法が発動しなかった。

“火精崩傾”が体内の魔素の流れを乱し、かろうじてライムから貰ったアイテムで暴走を抑えているというのが、今のフロウの身体の状態だった。

「(…!? なにこれ…!?)」

一瞬の迷いが身体を硬直させた瞬間、真後ろから手刀が降ってきた。
フロウの意識は一瞬で遠のく。

「小娘を相手に何をやっている、2SEANツーシーンよ」

「か…漢髪かんがみ…!? いつの間に…いや、助かった…」


二人に割り込んだ男は、通信者にもフロウにも、全く接近を悟らせなかった。
もっと正確に言えば、最初からそこにいたこと・・・・・・・・・・・を知覚させなかった。

割り込んだ男は倒れたフロウの身体を仰向けに反転させる。

「コイツは…フロウ・カマーズニイェル・ヨドミナイトだ」

「…!? ヨドミナイトだと!? このガキが…」

「それにこの紋章は―」

男はしゃがんで、フロウの耳に付けられた装飾品を、触れないように調べた。
魔法具だということは見て判るため、何らかの反撃を避けるためだ。

それはフロウからさっき貰ったばかりのペンデュラムだった。


「―これはカッサネール家の紋章だな」

「カッ…カッサネールだと…!?
 試験管理委員会理事のカッサネールと国防のヨドミナイトに繋がりがあるとしたら…まずいぞ、このガキ、間違いなくさっきの通信を聞いたはずだ…」

「いや…」


男は慌てた通信者をたしなめるように睨むと、倒れた小娘を担いで立ち上がった。


「この小娘を使おう」




ライムは連れ去られた。




◇◇◇
(第36話へ続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...