51 / 57
4章 MUSICA
50. 天空聖堂・顕わになる大災厄、大山鳴動・ならば担う解体役
しおりを挟む
◇◇◇
50. 天空聖堂・顕わになる大災厄、大山鳴動・ならば担う解体役
結果から言えば、ケイジたちは今、最上階への階段を駆け上がっていた。
ケイジが盛り上がった勢いでHIGE髪を倒し、
先の部屋で待っていた「漆黒五人衆」も流れで倒し、
その先の階段を守っていたコンビ「CON-GO兄弟」も倒し、
2階に上がった所で「七人の四天王」も4人倒したところで面倒になって残り3人はバトルを始める前にライムが殴り倒し、
(おそろしく速い手刀、)
あと細かい感じに襲ってきた残党もライムが殴り倒し、
(おそろしく速い手刀、)
――最後の階段に辿りついたのだった。
これを上ればもう部屋は一つしかない。
おそらくフロウが捕らわれている、空中聖堂だ。
長い螺旋階段を走りながら、ケイジはフロウと戦った一回戦を思い出していた。
「あいつ、本当にここにいるんだろうなぁ…とっくに逃げてたりして」
「―それは可能性薄ですね…。
彼女はおそらく、軍の動きを制限するための人質というだけではなく、おそらく“大厄災”の引き金として使われます。」
「引き金…?(あの子がうっかり何かやらかして大事故になるってこと…?よかった、俺じゃない!)」
ケイジはまだ自分が原因になるのかもしれないという心配を捨てきれないでいた。
「彼女は今、ある理由で自分の魔力が暴走しているんです。元々膨大な魔力の持ち主が、それを制御できない状態なのですから、誘拐した人間からすると悪用し放題ということです。」
「暴走?―なんだ、負け知らずのお嬢様がぽっと出の俺に負けてスランプになったとか?ワハハ…」
ケイジは軽い冗談のつもりだったが、事情を察しているライムは少し反応に困る。
「多分、犯人にはフロウさんを生きて返すつもりはないでしょう。
彼女の命を使い尽くすのが誘拐の真の目的です」
「救出に失敗したらあの子は殺されるってか…んなことさせるかよ!」
結局のところ、ケイジには事態があまり理解できていない。
臣下によるクーデターか?ということはなんとなくわかったが、この国家に馴染みの無い身としては他人事だった。
「さらわれたマイメンを助ける」という、ヤンキー抗争にも似た悪いラッパーの縄張り争い精神のみで、この場に立っている。
「マイメンのためなら何でもできる!」「マイメンが!」「マイメン!」と言いたいだけ、と揶揄されればそのとおりであり、“マイメン”という免罪符で何でもできる気がしているだけだ。
“マイメン”と言っておけば大体いける。
それはただの蛮勇であって、勇気ではない。
―それでも、ケイジは。
「…。 なあ、ライムさぁ―」
「なんですか?」
「もしかして“大厄災”ってのが具体的にどんなものなのか、知ってるんじゃないのか…?」
ライムはすぐに言葉が返せない。
それは馬車の中で言えなかった、いや言わなかったことだ。
「…言葉で説明するより、―まもなくそれが見られるはずです。急ぎましょう」
ライムはとっくに心を決めていた。
塔に入ったときでも、宮廷の門を超えたときでもなく、
馬車に乗ったときでもなく、
ケイジがフロウを助けに行こうと言ったその時から。
「ケイジさん――」
「何があっても、必ず彼女を助けてくださいね…」
「…。当たり前だ、“マイメン”だからな」
「―約束ですよ」
―それでもケイジは、“マイメン”という言葉を使い続ける。
ほんの少し、ほんの少しだけケイジの声が、ライムの心臓の一番柔らかい部分を引っ掻いた。
「(―じゃあ、 もし私なら…?)」
ライムは顔をうつむけずに階段を走る。
一方、ケイジの息はとっくに上がっていた。
長い螺旋階段の果てに、王宮の証である三つ首の竜の紋章が彫られた木製の扉が現れる。
両開きの作りで、鍵はかかっていない。
「迎撃準備してくれ…開けるぞ!」
「いつでも大丈夫ですッ、行きましょう!」
黒い扉の隙間から眩しい光が溢れ出し、薄暗い階段を一気に照らした。
「…ッッ!!」
開いた瞬間に敵が襲い掛かってくる、ということはなかった。
それどころか圧倒的に視界が開けていた。
「天空塔」とも呼ばれるこの三重塔が、普段は壁となっている側面板をほとんど取り払い、開け放っていることでその名の真価を発揮していた。
広大な宮殿とその城下の町並みが四方に広がる見晴らしは、一般開放されているのもうなずける絶景スポットだった。
「なんか…もっと密閉された所でコソコソやってるのかと思ってたぜ。
フロウは―?」
「…あそこ!奥の祭壇です…!」
フロウの指の先には、2メートルほど高くなった円状の祭壇と、その中央にやはり竜の彫られた石柱、それを彩るステンドグラス。
―そしてその石柱に、下着姿のフロウが吊るされていた。
「フロウっ…!? 待ってろ、今下ろして―」
「フハハ、ここまで来おったか…」
駆け寄ろうとしたケイジを、壇上からの声が制する。
ケイジがこの世界へ来て聞いた声のうち、誰より平凡で特徴の無い声質だった。
当然聞き覚えは無いが、MCではないと直感でわかる。
外の明かりで眩いばかりの祭壇によく目を凝らすと、フロウの吊るされた石柱を囲むように、12人の黒いフードを被り座す人影と、その足元には複雑な魔法陣が見えた。
声の主はゆっくりと段を下りて来る。
「あなたは― カクカイン内務卿…!」
ライムには相手の顔に覚えがあった。
白髪混じりの中年、モノクルに口ひげ、フードの下には廷内での官職用の服装。
隠す気もまるで無く、ライムの推測どおり、首謀者は宮廷仕えの大臣の一人だった。
「WACKSを操っていたのも、大本はあなただったのですね…」
「WACKS? フハハ、どうせ試験予選の奴らは捨て駒だったし、ここの階下の者どもは時間稼ぎでしかなかったのだよ。
可能性は薄いが、人質の小娘を見捨てて軍が乱入した時のためのな」
首謀者は全く悪びれずに嘯く。
それはおそらく何一つ偽り無い。
「最初から武力など必要ないのだ、人間の武力などはな」
そう言う本人が、武装もしていなければこれから二人と交戦する意思も無いようだった。
勿論、この黒幕に戦闘能力はまるで無い。
「軍もクソも無いだろ、あとは今ここでお前をぶっ飛ばせば済む話だ、ライムがな!」
「今さら来てももう遅い、もう遅いのだよ、フゥハハ…空を見るがよい…!」
「空…? 横はスカスカで見晴らし良いけど、上には屋根が―」
高い天井のドーム型の屋根は開かれていた。
普段は見事な天井画の描かれた屋根がはめ込まれているが、催しに応じて開閉される。
(勿論、電動などではなく人力と設置型魔法による動力だ。)
しかし、晴れているにも拘らず全く上からの日差しが差し込まなかったため、そうとわからなかった。
「な…んだ…アレ…!?」
見上げた空の光景に、ケイジは絶句する。
高い天井が取り払われた先には、何重もの輝く魔法陣と、それに包まれた黒く暗く巨きなものが、その屋根のアーチより遥かに高い場所から影を落としていた。
極大にして禁忌の召喚術式。
試験会場の魔法師たちの悪感情と召喚獣の生贄、そして人柱を使った災厄の中の災厄。
塔ごと空を覆いつくすかのような、巨大で不吉な翼を広げたその姿は間違いなく、伝説にある大竜神そのものだった。
あまりのスケールとその黒々とした暗さは、この世の全ての不吉を孕んでいるかのような、形容しがたい威圧感を放っていた。
「フッハハ、もう間もなく極大召喚術は完成する。
国中の悪感情、生贄、そして人柱、全てのセッティングは終わっておる。
もし今この場の術師たちを殺めたとて、術はもう止まらんぞ」
「黒天白死竜…! 本当に…あんな伝説が…!?
あれでは王宮どころか…この国そのものが…!!」
“黒天白死竜”。
それは、神話の中でこの国を形成した7竜のうち、破壊と災いを司り、最も邪悪とされた黒い竜だった。
そしてその竜の力を知る者は、歴史学者の他には宮廷内でも少ない。
まして指揮系統と情報が混乱している王宮兵たちは、それが外部から目視できる大きさになった頃でも明確な対処ができていなかった。
「本当に伝説の…大厄災…!」
「おいっライム、あんなもん防げるわけないだろ!
この城から一人でも多く逃げることを考えるべきなんじゃないのか!?」
「無駄無駄ァ!
完全召喚されればこの辺り一帯まるごとサラ地になるからなァ、フゥーハッハ!」
クーデターならとりあえず目の前の逆賊大臣をライムが殴り倒せばよいか?くらいに思っていたケイジの希望的観測ではもはや事態は解決しない。
この光景を見れば子供にでもわかる、大噴火や大地震のような避けようの無い災害だった。
「…なぁライム、あのドラゴンって言葉しゃべれるの?」
「…? 黒天白死竜が人語を解するという言い伝えは聞いたことがありませんが…?」
「だよなぁ…。なんかカタコトでしか話せないモンスターならMCバトルで倒せる、みたいな話じゃないわけだ」
自分が災厄をなんとかする、というライムの言から考えられるのはそのくらいのことだった。
そもそもゲームやアニメでしか見たことのないドラゴンに、ケイジ自身が何かできるとは思えない。
「―俺、この世界に来てさぁ、初めてMCバトルで勝てて、それからも結構勝てて、すげえ嬉しかったんだ」
「…。それは―」
「この世界ならHIP HOPで何でもできるんだと思った。HIP HOPすげえーー!ってさ。
…でも、災害に対してはHIP HOPは無力だ」
それはケイジが後藤啓治だった頃から感じていたことだった。
「HIP HOPの根源は破壊と退廃― 生産主義社会からの脱却だ。
そもそもラッパーは悪そうなのがステータスだしな。
だから災害時に“復興ソング”はあっても“復興ラップ”は無いし、災害者施設への歌手慰問はあってもラッパー慰問なんて無い。
壊すことはできても再生産は人任せな音楽なんだ。
音楽には国境も差別もあるし、HIP HOPが救えるのはそこまで困ってない人だけだ」
「ケイジさん…」
正直なところ、ライムには何を言っているのかよくわからないが、魔法の真髄とかそういう話かなぁ、と認識した。
「だからこの“大厄災”ってのはどうにもできないかもしれないけど…
でも、さっき約束したとおり―」
ケイジは自身の胸のブリンブリンの代用ネックレスを握り、決まっていなかった覚悟を今決める。
「困っているマイメンくらい、ちゃんと助けられるラッパーになりたい…!」
「…やっぱり私、ケイジさんの弟子になれてよかったです」
「…?」
ライムはケイジの立ち位置の正面に回って、その顔を覗き込む。
敵には背中を見せている形だった。
「…ライ―」
「“大災厄”に対する、私の能力の答えは、“極大結界を張ること”です。
ケイジさんとなら、それができます…!」
「…? いや、なんかそういう霊能力者みたいなことはできないけど…?」
「ケイジさんの魔法特性で集めた国中の“悪”感情のエネルギーを使って――」
ライムは自身の胸の宝飾を強く握り、とっくに決めていた覚悟を瞳に宿す。
「私の命をこの国の結界にします…!」
◇◇◇
(第51話に続く)
50. 天空聖堂・顕わになる大災厄、大山鳴動・ならば担う解体役
結果から言えば、ケイジたちは今、最上階への階段を駆け上がっていた。
ケイジが盛り上がった勢いでHIGE髪を倒し、
先の部屋で待っていた「漆黒五人衆」も流れで倒し、
その先の階段を守っていたコンビ「CON-GO兄弟」も倒し、
2階に上がった所で「七人の四天王」も4人倒したところで面倒になって残り3人はバトルを始める前にライムが殴り倒し、
(おそろしく速い手刀、)
あと細かい感じに襲ってきた残党もライムが殴り倒し、
(おそろしく速い手刀、)
――最後の階段に辿りついたのだった。
これを上ればもう部屋は一つしかない。
おそらくフロウが捕らわれている、空中聖堂だ。
長い螺旋階段を走りながら、ケイジはフロウと戦った一回戦を思い出していた。
「あいつ、本当にここにいるんだろうなぁ…とっくに逃げてたりして」
「―それは可能性薄ですね…。
彼女はおそらく、軍の動きを制限するための人質というだけではなく、おそらく“大厄災”の引き金として使われます。」
「引き金…?(あの子がうっかり何かやらかして大事故になるってこと…?よかった、俺じゃない!)」
ケイジはまだ自分が原因になるのかもしれないという心配を捨てきれないでいた。
「彼女は今、ある理由で自分の魔力が暴走しているんです。元々膨大な魔力の持ち主が、それを制御できない状態なのですから、誘拐した人間からすると悪用し放題ということです。」
「暴走?―なんだ、負け知らずのお嬢様がぽっと出の俺に負けてスランプになったとか?ワハハ…」
ケイジは軽い冗談のつもりだったが、事情を察しているライムは少し反応に困る。
「多分、犯人にはフロウさんを生きて返すつもりはないでしょう。
彼女の命を使い尽くすのが誘拐の真の目的です」
「救出に失敗したらあの子は殺されるってか…んなことさせるかよ!」
結局のところ、ケイジには事態があまり理解できていない。
臣下によるクーデターか?ということはなんとなくわかったが、この国家に馴染みの無い身としては他人事だった。
「さらわれたマイメンを助ける」という、ヤンキー抗争にも似た悪いラッパーの縄張り争い精神のみで、この場に立っている。
「マイメンのためなら何でもできる!」「マイメンが!」「マイメン!」と言いたいだけ、と揶揄されればそのとおりであり、“マイメン”という免罪符で何でもできる気がしているだけだ。
“マイメン”と言っておけば大体いける。
それはただの蛮勇であって、勇気ではない。
―それでも、ケイジは。
「…。 なあ、ライムさぁ―」
「なんですか?」
「もしかして“大厄災”ってのが具体的にどんなものなのか、知ってるんじゃないのか…?」
ライムはすぐに言葉が返せない。
それは馬車の中で言えなかった、いや言わなかったことだ。
「…言葉で説明するより、―まもなくそれが見られるはずです。急ぎましょう」
ライムはとっくに心を決めていた。
塔に入ったときでも、宮廷の門を超えたときでもなく、
馬車に乗ったときでもなく、
ケイジがフロウを助けに行こうと言ったその時から。
「ケイジさん――」
「何があっても、必ず彼女を助けてくださいね…」
「…。当たり前だ、“マイメン”だからな」
「―約束ですよ」
―それでもケイジは、“マイメン”という言葉を使い続ける。
ほんの少し、ほんの少しだけケイジの声が、ライムの心臓の一番柔らかい部分を引っ掻いた。
「(―じゃあ、 もし私なら…?)」
ライムは顔をうつむけずに階段を走る。
一方、ケイジの息はとっくに上がっていた。
長い螺旋階段の果てに、王宮の証である三つ首の竜の紋章が彫られた木製の扉が現れる。
両開きの作りで、鍵はかかっていない。
「迎撃準備してくれ…開けるぞ!」
「いつでも大丈夫ですッ、行きましょう!」
黒い扉の隙間から眩しい光が溢れ出し、薄暗い階段を一気に照らした。
「…ッッ!!」
開いた瞬間に敵が襲い掛かってくる、ということはなかった。
それどころか圧倒的に視界が開けていた。
「天空塔」とも呼ばれるこの三重塔が、普段は壁となっている側面板をほとんど取り払い、開け放っていることでその名の真価を発揮していた。
広大な宮殿とその城下の町並みが四方に広がる見晴らしは、一般開放されているのもうなずける絶景スポットだった。
「なんか…もっと密閉された所でコソコソやってるのかと思ってたぜ。
フロウは―?」
「…あそこ!奥の祭壇です…!」
フロウの指の先には、2メートルほど高くなった円状の祭壇と、その中央にやはり竜の彫られた石柱、それを彩るステンドグラス。
―そしてその石柱に、下着姿のフロウが吊るされていた。
「フロウっ…!? 待ってろ、今下ろして―」
「フハハ、ここまで来おったか…」
駆け寄ろうとしたケイジを、壇上からの声が制する。
ケイジがこの世界へ来て聞いた声のうち、誰より平凡で特徴の無い声質だった。
当然聞き覚えは無いが、MCではないと直感でわかる。
外の明かりで眩いばかりの祭壇によく目を凝らすと、フロウの吊るされた石柱を囲むように、12人の黒いフードを被り座す人影と、その足元には複雑な魔法陣が見えた。
声の主はゆっくりと段を下りて来る。
「あなたは― カクカイン内務卿…!」
ライムには相手の顔に覚えがあった。
白髪混じりの中年、モノクルに口ひげ、フードの下には廷内での官職用の服装。
隠す気もまるで無く、ライムの推測どおり、首謀者は宮廷仕えの大臣の一人だった。
「WACKSを操っていたのも、大本はあなただったのですね…」
「WACKS? フハハ、どうせ試験予選の奴らは捨て駒だったし、ここの階下の者どもは時間稼ぎでしかなかったのだよ。
可能性は薄いが、人質の小娘を見捨てて軍が乱入した時のためのな」
首謀者は全く悪びれずに嘯く。
それはおそらく何一つ偽り無い。
「最初から武力など必要ないのだ、人間の武力などはな」
そう言う本人が、武装もしていなければこれから二人と交戦する意思も無いようだった。
勿論、この黒幕に戦闘能力はまるで無い。
「軍もクソも無いだろ、あとは今ここでお前をぶっ飛ばせば済む話だ、ライムがな!」
「今さら来てももう遅い、もう遅いのだよ、フゥハハ…空を見るがよい…!」
「空…? 横はスカスカで見晴らし良いけど、上には屋根が―」
高い天井のドーム型の屋根は開かれていた。
普段は見事な天井画の描かれた屋根がはめ込まれているが、催しに応じて開閉される。
(勿論、電動などではなく人力と設置型魔法による動力だ。)
しかし、晴れているにも拘らず全く上からの日差しが差し込まなかったため、そうとわからなかった。
「な…んだ…アレ…!?」
見上げた空の光景に、ケイジは絶句する。
高い天井が取り払われた先には、何重もの輝く魔法陣と、それに包まれた黒く暗く巨きなものが、その屋根のアーチより遥かに高い場所から影を落としていた。
極大にして禁忌の召喚術式。
試験会場の魔法師たちの悪感情と召喚獣の生贄、そして人柱を使った災厄の中の災厄。
塔ごと空を覆いつくすかのような、巨大で不吉な翼を広げたその姿は間違いなく、伝説にある大竜神そのものだった。
あまりのスケールとその黒々とした暗さは、この世の全ての不吉を孕んでいるかのような、形容しがたい威圧感を放っていた。
「フッハハ、もう間もなく極大召喚術は完成する。
国中の悪感情、生贄、そして人柱、全てのセッティングは終わっておる。
もし今この場の術師たちを殺めたとて、術はもう止まらんぞ」
「黒天白死竜…! 本当に…あんな伝説が…!?
あれでは王宮どころか…この国そのものが…!!」
“黒天白死竜”。
それは、神話の中でこの国を形成した7竜のうち、破壊と災いを司り、最も邪悪とされた黒い竜だった。
そしてその竜の力を知る者は、歴史学者の他には宮廷内でも少ない。
まして指揮系統と情報が混乱している王宮兵たちは、それが外部から目視できる大きさになった頃でも明確な対処ができていなかった。
「本当に伝説の…大厄災…!」
「おいっライム、あんなもん防げるわけないだろ!
この城から一人でも多く逃げることを考えるべきなんじゃないのか!?」
「無駄無駄ァ!
完全召喚されればこの辺り一帯まるごとサラ地になるからなァ、フゥーハッハ!」
クーデターならとりあえず目の前の逆賊大臣をライムが殴り倒せばよいか?くらいに思っていたケイジの希望的観測ではもはや事態は解決しない。
この光景を見れば子供にでもわかる、大噴火や大地震のような避けようの無い災害だった。
「…なぁライム、あのドラゴンって言葉しゃべれるの?」
「…? 黒天白死竜が人語を解するという言い伝えは聞いたことがありませんが…?」
「だよなぁ…。なんかカタコトでしか話せないモンスターならMCバトルで倒せる、みたいな話じゃないわけだ」
自分が災厄をなんとかする、というライムの言から考えられるのはそのくらいのことだった。
そもそもゲームやアニメでしか見たことのないドラゴンに、ケイジ自身が何かできるとは思えない。
「―俺、この世界に来てさぁ、初めてMCバトルで勝てて、それからも結構勝てて、すげえ嬉しかったんだ」
「…。それは―」
「この世界ならHIP HOPで何でもできるんだと思った。HIP HOPすげえーー!ってさ。
…でも、災害に対してはHIP HOPは無力だ」
それはケイジが後藤啓治だった頃から感じていたことだった。
「HIP HOPの根源は破壊と退廃― 生産主義社会からの脱却だ。
そもそもラッパーは悪そうなのがステータスだしな。
だから災害時に“復興ソング”はあっても“復興ラップ”は無いし、災害者施設への歌手慰問はあってもラッパー慰問なんて無い。
壊すことはできても再生産は人任せな音楽なんだ。
音楽には国境も差別もあるし、HIP HOPが救えるのはそこまで困ってない人だけだ」
「ケイジさん…」
正直なところ、ライムには何を言っているのかよくわからないが、魔法の真髄とかそういう話かなぁ、と認識した。
「だからこの“大厄災”ってのはどうにもできないかもしれないけど…
でも、さっき約束したとおり―」
ケイジは自身の胸のブリンブリンの代用ネックレスを握り、決まっていなかった覚悟を今決める。
「困っているマイメンくらい、ちゃんと助けられるラッパーになりたい…!」
「…やっぱり私、ケイジさんの弟子になれてよかったです」
「…?」
ライムはケイジの立ち位置の正面に回って、その顔を覗き込む。
敵には背中を見せている形だった。
「…ライ―」
「“大災厄”に対する、私の能力の答えは、“極大結界を張ること”です。
ケイジさんとなら、それができます…!」
「…? いや、なんかそういう霊能力者みたいなことはできないけど…?」
「ケイジさんの魔法特性で集めた国中の“悪”感情のエネルギーを使って――」
ライムは自身の胸の宝飾を強く握り、とっくに決めていた覚悟を瞳に宿す。
「私の命をこの国の結界にします…!」
◇◇◇
(第51話に続く)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる