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或いはあり得たかもしれない日々
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電脳世界に四季やら季節感を与える事に一体何の意味があるのだろうか?少なくとも自分には不要だった。余程の酔狂でもない限り、極端に寒かったり暑かったりする場所を好む奴など居るわけがない。まぁ、人生の半分を此処で過ごすなら季節感が無ければ面白くないとかいう判断なのだろうが…コートの襟を軽く立て、咥えていたタバコから口を離す。空から悠長に落ちてくる雪は寒さだけでなく孤独感を与える小道具としては出来過ぎていた。ことこの場所においては___
「メサイアだ。アンタに2、3聞きたい事がある」
路地裏に入ってすぐ、ボイド連中がやたら出るようになった区画で未だに住み続けているヤツが居る。その手の連中はデザイアと何かしら関係を持っていないか調べろというのがメサイアの指針だ。『疑わしきは罰する』なんて、エラく後手後手に回ってる気がするが、メサイアあってのこの命の自分にはそれに影で皮肉は言えども面と向かって言うなんて事は出来ない。生殺与奪を握られているというのは、如何にも歯痒いものを感じる。
「…おーい。聞いてんのか?アンタが今日家にいる事はとっくに分かってんだ。こっちも暇じゃねぇ。要らねぇ手間掛けさせんな」
ドアを強くノックしても反応無し。なんとなく予想は付いていたが、こうなれば強硬突入しかない
「…忠告はしたからな。後になってドアの修理代請求すんなよ」
肩で数回ぶつかれば壊れそうなドアにタックルをかます。一回、二回…三回目のタックルがドアに当たるその瞬間___ドアが開き、勢いを殺せずに中に転げ込んだ
「___ってぇな!テメェ何か一言位は言ってからだなぁ!…成程…」
通りで何も言わない訳だ。中には5人、分かりやすく怪しげな人相をして手には思い思いの凶器。そろそろ自分達に捜査の手が伸びると分かったが、かと言って場所を変える訳にもいかない理由___恐らくはボイドの定期的な発生状況をデザイアの連中に報告する仕事でもしていたのだろう___があって、『捜査官を消す』という古典的な手段に打って出たのだろう…全く…
「…ツイてねぇな、アンタら…」
何というか、居た堪れない気持ちになった。幾らの端金で雇われたのかは知らないが、メサイアの捜査官相手に命を張る程の大金って訳でも無いだろうに…
「…アンタらのやってる行為は捜査への妨害行為及び捜査官への明確な敵対行為だ。それに、そんな物騒なモン持って俺を殺そうって事は…テメェらも地獄へ叩き落とされる覚悟位は決めてたって事だよなぁ?」
そこから先は早かった。というかいつもの鉄火場になった。部屋は狭かったが、振り回さなきゃ威力が出せない向こうと引き金を引くだけで十分な殺傷能力を発揮する武器を持った自分、数で劣ろうが結果は明白だった。数回銃声と断末魔、情けなさ満載の雄叫びが聞こえた後、路地裏はいつもの静寂を取り戻した
「…つってもお前さん方にゃ色々歌ってもらうぜ?ウチには拷問のプロもいる。マゴマゴして脚やら腕持ってかれる前に洗いざらい吐いた方が命と身体は保証されると思うぜ?」
膝に1発、脇腹に1発撃ち込めば戦いの素人達は一瞬にして戦意を失う。こっちとしてもリーダーが分からない状況で下手に殺すと上からお叱りを受ける面倒を被るので全員確り生きているようで胸を撫で下ろした。他の戦闘部隊員に連絡を回し、あとは確保してもらうだけ。待ち時間に一服しようかと近くにあったボロボロのソファに腰掛け、事務部のリーダー___確かラファエルという名前だったか。かなりの綺麗所な上に仕事熱心で事務部内外関係無くファンの多い女性___から差し入れとして貰ったタバコとライターを取り出して___後頭部に衝撃を受けて意識を手放した_______
「…ってぇ…まさかもう一人隠れてたとはなぁ…クソッ!まだ痛みやがる…」
『あのハリーが素人相手に出し抜かれたたぁ面白ぇ!明日は雪でも降んじゃねぇか?』
「おい、テメェこそ盲にでもなったか?雪ならさっきから降ってるっつーの」
『マジか⁉︎通りでバカに冷えると思った…マスター!ウィスキーもう一杯!』
「酒ばっかかっ食らってっから外の様子も分かんねぇだろうが…俺にも一杯くれ」
後頭部に思いっきり角材を喰らい数十分程昏倒していたようだが、連中が逃げ出そうとしてた頃にはとっくにメサイアが駆け付け、俺もその場で保護された。傷を負うのは別に構わないが、不意打ちを食らったのが久しぶり過ぎて何だか無性に腹が立ってしまう。そんな苛立ちと頭の痛みを酒と飲兵衛共との他愛ない会話で紛らわす。安静にしているよりこっちの方が治りが早い気がするが、多分医務班からは本気でキレられても仕方ない。またあの事務部リーダーに頼る事にしてウィスキーを一気に飲み干す。喉を熱く下がっていったかと思えば身体の芯から熱いものが駆け上がり、痛みが薄れていく。こういう無駄に細かい感覚を作れるPoSCの連中の技術には些か癪だが目を見張るばかりだ。そんな他愛もない事を考えていれば、飲兵衛共はいつの間にか店の端で管を巻き始め、カウンターでまともに飲んでいるのは自分一人になっていた。この程度この店では日常茶飯事、マスターも店の娘も慣れたようにあしらっているし、自分もその程度では動じない。だが、今日はどうもおかしな事が立て続けに起こる日らしい。というのも_______
『アタシ、アンタになら抱かれても構わない…』
「あー…悪ぃんだが、誰かと間違えてねぇか?」
精一杯背伸びをしたのであろう、半端な知識だけで作られたチンピラ風の女に側に座られ、こんなストレートな告白を喰らうのだから。爪も塗らず、細かな所作からはどことなく上品な雰囲気が見え隠れする…大方良いトコのお嬢様が何か映画でも見てアウトローな雰囲気に憧れたのだろう。精一杯それっぽい行動を取ろうとしているが気恥ずかしさと憧れに近付けた興奮で言葉すらままならない…呂律が回っていないのは緊張で水のように酒を飲んでいたからでもあるのだろうが、距離が近いとはいえ確り酒の匂いがする。
『アタシ、アンタみたいな強そうな男が堪らなく好きなんだ…だから…』
「ったく、そんだけお望みならご期待に応えてやらねぇとなぁ…?」
酒に酔ってる相手に彼是悪戯する程女に飢えてる訳でも無し。その上今日は色々あって若干荒んだ気分、女を抱くには些か気分が乗らない。信頼出来そうなボーイのいるホテルに叩き込んで酔いでも覚まさせてやろうと適当に切り上げて店を後にする。ホテルまでの道すがら、なんとなく懐かしい気持ちになった。疑問に思ったがその答えは唐突に頭の中に現れた。昔、似たような事があったのだ。
孤児院を追い出されて数年、18になった俺は立派な犯罪者の仲間入りを果たしていた。スリ、万引き、空き巣…小悪党のする大抵の悪事はし尽くし、クスリの密売にも手を染めていた。クスリが高かったお蔭でクスリ漬けにもならず、小袋一つが数十ドルで、出す片端から売れていくのは見ていて気持ちが良かった。卸への支払いをしても有り余る金と多少の値上げ程度では動じないリピーター。クスリは俺達の稼ぎ頭だったが、時折問題の種にもなった。それは売り場と顧客の取り合い。大きな組織であれば話し合いによる線引きを行ったのだろうが、ガキ数人が寄り集まって出来た組織では、普段の鬱憤晴らしや意趣返しも兼ねて顧客や売り場の取り合いが抗争に発展する事は自然な成り行きだった。そんな、殺伐とした楽しい日々の最中、組織を作って以来の大抗争の火種が降って湧いた。というのも当時敵対していたチームの数人が中立地帯(大手組織のシマ)でサツにパクられ、その一報をしたのが俺達のメンバーではないかといちゃもんを付けてきた。その少し前に今と殆ど逆の事が起きていたからその意趣返しをしたのだろうというのが向こうの言い分だった。無論根も葉もない嘘だったが、状況が状況だっただけに一概にそうとも言えなかった。だからチームの中でも武闘派だが比較的ハト派の俺が呼ばれ、向こうと直接話す場を設ける事になった。勿論話し合いは数分でオシャカになり、あとはステゴロ、角材なんでもありのの乱闘騒ぎ。その時に相手の振るった角材が思い切り頭に入り、最後の最後でぶっ倒れるという醜態を晒したのだ…
『ハハハ‼︎凄かったぜ?ウニョーンって伸びてんだもんなぁ!』
「REX、テメェ後で覚えてろ?ぶっ倒れる前にテメェが写真撮ってたの、知ってんだからな」
『でもハリー(俺の名前、ヘンリーの愛称。俺達は大抵互いを愛称で呼んでいた)がぶっ倒れるなんて俺は初めて見たぜ』
『それどころか、角材をモロに食らったって話も初めてだ。珍しい事もあるもんだ』
「っせぇな。向こうからこれ以上因縁付けねぇって言質取れた。それだけで充分だろうが」
そんな他愛もない会話と共に挙げる祝杯はいつも以上に盛り上がり、気付けば男も女も関係なく寝ぐらにしてる昔自動車整備工場だったトコのガレージで雑魚寝していた。生憎頭が痛過ぎて酒どころじゃなかった俺だけが大分シラフのままで、酒も飲む気になれず適当に買ったコーラを飲んでいた。そんな時だった。
『ハリー?寝なくて良いのか?』
心配そうに俺の元に来る女が一人。道路脇で客を引いてるフッカーと余り変わらない程扇情的な格好をしている。
「…なんだキャスか…寝ようにも頭が痛くて眠れやしねぇ。それに、ついさっきまで命のやり取りしてきた後だからな…昂って眠れねぇよ。そういうキャスは寝なくて良いのか?」
名前はキャス、本名をキャサリンという此処から遠く離れた街に住む金持ちの娘だ。家のしがらみやら愛人を囲っている親父、それに対する当て擦りのように若い使用人にちょっかいをかける母親に愛想を尽かし、家を飛び出したじゃじゃ馬娘だ。行き倒れていたのをナンパ師で有名な仲間が引っ張り込んできてそのまま居ついた。始めはお高くとまったお嬢様かとも思ったがあっという間に俺達に馴染み、読み書きが出来ない奴らの手紙の代筆やら何やらをする、チームには無くてはならない存在だ。問題といえば美人過ぎる所だ。俺達のようなチンピラが集う場所では彼女は注目の的で、それが原因で厄介事になったりもしたが、なんだかんだで上手くやっていたのだ。
『アタシはホラ、別にする事もなかったし。少し酒が入ったせいで眠れなくなった』
「そうかい…ってぇな、クソ…」
『確か痛み止めがあったはずだけど、飲む?』
「あぁ…頼む…いや、俺から行くわ。何処だっけか…」
『棚の上から2番目。いつものトコ』
「あーっと?…あったあった…少しは効いてくれよ?」
棚に置いてあった薬のお蔭で多少痛みが引き、近場の椅子に腰掛ける。キャスは俺と向かい合うように腰掛け、何か言いたいのか視線が泳いでいた。
「…何か言いたい事があんなら言ってみろって。親父さん達のトコに帰りたくなったか?それならちゃんとアイツらに別れの言葉位は言ってけよ?」
『…誰があんなトコ帰るか。じゃなくて…な』
「ったく、水臭ぇな。なんでも言ってみろって。俺達家族じゃねぇか。家族の誰かがヤバい事に巻き込まれたんなら総出で出る、俺達のモットーだろ?」
急かされて腹を決めたのか、キャスが口を開いた。
『…ヘンリー』
「あ?」
『アタシ…さ。アンタの事が好きに…なったみたい…』
「そうかそうか俺の事を好きになったか。まぁ、お嬢様として育てられちまったお前がチンピラに惚れるってのはよく聞く話…俺⁉︎」
思わず声が大きくなる。頭の痛みなど何処かへ飛んでいった。身体の芯が熱い。酒はそんなに飲んでもいないし、そもそも飲んでから時間が経ち過ぎている。
「ちょっ!ちょっと待った!キャス、お前やっぱ酔ってるだろ?!じゃなきゃ疲れてる!そのあのええと…あー…」
自分でも何を言っているのかが分からない。恥ずかしい過ぎてキャスの顔を直視出来ず、考え込む振りをして顔を背けた。視線の端ではキャスもまた気恥ずかしそうだった
『そういうのじゃない…アタシが拾われた時も、アンタだけは此処に居ていいって言ってくれた。それ以来…その…』
「わーったわーった!全部言うんじゃねぇ木っ恥ずかしい…」
確かに彼女が此処に居る事に最初から最後まで賛成したのは俺だけだった。別に善意からではない。金持ちの娘だと分かって、話に聞くクソ親共に灸を据えてやりながら身代金として高値を吹っ掛ける気で居たからだ。この手の不幸話はどこにでもある。だが、それをキッカケに何かが変わるのか、それが見てみたかっただけだ。彼是説明してもコイツは聞き入れないだろう。自分でも分かる程に顔が熱くなっていた。
『…嫌ならそう言って欲しい。どっちだったとしても気持ちの整理が付くから…』
…あぁ、なんでそういう顔をするんだ。わざと諦めたような表情を作るのでもなく、唇を真一文字に結び、答えを待たれるなんて…
「…俺はお前みてぇに育ちが良い訳じゃねぇ。それに、俺みたいなヤツは探せば居るかも知れねぇぞ?それでも良いんなら…」
抗争前なんて屁でもない緊張の中、俺は絞るように答えを引き出した。心臓が爆発しそうな程脈打ち、口の中が乾く…こんな感覚は初めてで、どう処理して良いのか分からなかった。だが、なんとなくこうしたら良いのかと本能で知覚していた。徐に立ち上がると、キョトンとした表情を見せるキャスを抱き抱える。
「…互いに気持ちを確認したってこたぁ…あともう一つ、する事があんだろ?」
無言の頷きが答えだった。そこからあとはハッキリと覚えていない。ただ、起きた時には他のメンバーが揃いも揃ってにやけヅラを並べていたって事だけは癪に触るが覚えている____
『ねぇ!アタシを抱いてくれるのくれないの‼︎』
「ったく、喧しいな…ホレ、靴。外れてんぞ」
『大丈夫ー。でもありがとー』
「…ハァ…」
ホテルまではあと数m。これだけ声を張り上げてる奴が近くに居たせいか、ドアマンが『ご愁傷様です』とでも言いたげな顔でドアを開けてくれ、フロントに着く
『…なにこれ。すっごい良いホテル…』
酔ってるせいで普段以上に煌びやかに見えてるのだろう。彼方此方見回す女を尻目にフロントに一室取ってもらう。フロントの老紳士は割と見慣れているのだろうか、ボーイに水を持ってくるよう手配をしてくれた
『お二人ですか?』
「いや、あっちの嬢ちゃんだけだ」
『お荷物は…お持ちで無いようですね。クリーニングのサービスもお付けしましょうか?』
「あぁ。悪いがそうしてくれ。あと…」
『ボーイを一人手配しておきます。お目覚めになられましたら此方からご連絡差し上げます』
「助かるよ。いきなり絡まれたモンでな」
『それはご愁傷様で御座いました。ではあとは此方で』
「良いのか?」
『勿論です。私共がこうしてつつがなく営業出来るのも、お客様のような方がいらっしゃるからです』
「…どっかで顔を見た事が?」
『えぇ。この前取材をお受けになった時に』
「…成程な。じゃあ後は任せた」
『お任せください。では、良い夜を…』
フロントの老紳士は恭しく一礼して俺を見送り、新入りのボーイは先輩格のボーイと共に酔っ払い女を部屋に運んでいった。明日になれば自分の醜態などすっかり忘れているだろう。軽く溜息を吐くと白い息が溢れ出た。
「…今夜は随分冷えやがる…」
帰りに何か温かい物でも買って家で飲み直そうと帰路に着く。あの酔っ払い女と一夜を明かせば、或いは何か面白そうな事でもあっただろうか___
「____やめだやめ。あれとどうすりゃ寝れるってんだ…」
そんな事を考えてもしょうがない。俺には明日も昨日も無い。ただその瞬間瞬間を飛び出す弾のように生きるだけなのだから…
「メサイアだ。アンタに2、3聞きたい事がある」
路地裏に入ってすぐ、ボイド連中がやたら出るようになった区画で未だに住み続けているヤツが居る。その手の連中はデザイアと何かしら関係を持っていないか調べろというのがメサイアの指針だ。『疑わしきは罰する』なんて、エラく後手後手に回ってる気がするが、メサイアあってのこの命の自分にはそれに影で皮肉は言えども面と向かって言うなんて事は出来ない。生殺与奪を握られているというのは、如何にも歯痒いものを感じる。
「…おーい。聞いてんのか?アンタが今日家にいる事はとっくに分かってんだ。こっちも暇じゃねぇ。要らねぇ手間掛けさせんな」
ドアを強くノックしても反応無し。なんとなく予想は付いていたが、こうなれば強硬突入しかない
「…忠告はしたからな。後になってドアの修理代請求すんなよ」
肩で数回ぶつかれば壊れそうなドアにタックルをかます。一回、二回…三回目のタックルがドアに当たるその瞬間___ドアが開き、勢いを殺せずに中に転げ込んだ
「___ってぇな!テメェ何か一言位は言ってからだなぁ!…成程…」
通りで何も言わない訳だ。中には5人、分かりやすく怪しげな人相をして手には思い思いの凶器。そろそろ自分達に捜査の手が伸びると分かったが、かと言って場所を変える訳にもいかない理由___恐らくはボイドの定期的な発生状況をデザイアの連中に報告する仕事でもしていたのだろう___があって、『捜査官を消す』という古典的な手段に打って出たのだろう…全く…
「…ツイてねぇな、アンタら…」
何というか、居た堪れない気持ちになった。幾らの端金で雇われたのかは知らないが、メサイアの捜査官相手に命を張る程の大金って訳でも無いだろうに…
「…アンタらのやってる行為は捜査への妨害行為及び捜査官への明確な敵対行為だ。それに、そんな物騒なモン持って俺を殺そうって事は…テメェらも地獄へ叩き落とされる覚悟位は決めてたって事だよなぁ?」
そこから先は早かった。というかいつもの鉄火場になった。部屋は狭かったが、振り回さなきゃ威力が出せない向こうと引き金を引くだけで十分な殺傷能力を発揮する武器を持った自分、数で劣ろうが結果は明白だった。数回銃声と断末魔、情けなさ満載の雄叫びが聞こえた後、路地裏はいつもの静寂を取り戻した
「…つってもお前さん方にゃ色々歌ってもらうぜ?ウチには拷問のプロもいる。マゴマゴして脚やら腕持ってかれる前に洗いざらい吐いた方が命と身体は保証されると思うぜ?」
膝に1発、脇腹に1発撃ち込めば戦いの素人達は一瞬にして戦意を失う。こっちとしてもリーダーが分からない状況で下手に殺すと上からお叱りを受ける面倒を被るので全員確り生きているようで胸を撫で下ろした。他の戦闘部隊員に連絡を回し、あとは確保してもらうだけ。待ち時間に一服しようかと近くにあったボロボロのソファに腰掛け、事務部のリーダー___確かラファエルという名前だったか。かなりの綺麗所な上に仕事熱心で事務部内外関係無くファンの多い女性___から差し入れとして貰ったタバコとライターを取り出して___後頭部に衝撃を受けて意識を手放した_______
「…ってぇ…まさかもう一人隠れてたとはなぁ…クソッ!まだ痛みやがる…」
『あのハリーが素人相手に出し抜かれたたぁ面白ぇ!明日は雪でも降んじゃねぇか?』
「おい、テメェこそ盲にでもなったか?雪ならさっきから降ってるっつーの」
『マジか⁉︎通りでバカに冷えると思った…マスター!ウィスキーもう一杯!』
「酒ばっかかっ食らってっから外の様子も分かんねぇだろうが…俺にも一杯くれ」
後頭部に思いっきり角材を喰らい数十分程昏倒していたようだが、連中が逃げ出そうとしてた頃にはとっくにメサイアが駆け付け、俺もその場で保護された。傷を負うのは別に構わないが、不意打ちを食らったのが久しぶり過ぎて何だか無性に腹が立ってしまう。そんな苛立ちと頭の痛みを酒と飲兵衛共との他愛ない会話で紛らわす。安静にしているよりこっちの方が治りが早い気がするが、多分医務班からは本気でキレられても仕方ない。またあの事務部リーダーに頼る事にしてウィスキーを一気に飲み干す。喉を熱く下がっていったかと思えば身体の芯から熱いものが駆け上がり、痛みが薄れていく。こういう無駄に細かい感覚を作れるPoSCの連中の技術には些か癪だが目を見張るばかりだ。そんな他愛もない事を考えていれば、飲兵衛共はいつの間にか店の端で管を巻き始め、カウンターでまともに飲んでいるのは自分一人になっていた。この程度この店では日常茶飯事、マスターも店の娘も慣れたようにあしらっているし、自分もその程度では動じない。だが、今日はどうもおかしな事が立て続けに起こる日らしい。というのも_______
『アタシ、アンタになら抱かれても構わない…』
「あー…悪ぃんだが、誰かと間違えてねぇか?」
精一杯背伸びをしたのであろう、半端な知識だけで作られたチンピラ風の女に側に座られ、こんなストレートな告白を喰らうのだから。爪も塗らず、細かな所作からはどことなく上品な雰囲気が見え隠れする…大方良いトコのお嬢様が何か映画でも見てアウトローな雰囲気に憧れたのだろう。精一杯それっぽい行動を取ろうとしているが気恥ずかしさと憧れに近付けた興奮で言葉すらままならない…呂律が回っていないのは緊張で水のように酒を飲んでいたからでもあるのだろうが、距離が近いとはいえ確り酒の匂いがする。
『アタシ、アンタみたいな強そうな男が堪らなく好きなんだ…だから…』
「ったく、そんだけお望みならご期待に応えてやらねぇとなぁ…?」
酒に酔ってる相手に彼是悪戯する程女に飢えてる訳でも無し。その上今日は色々あって若干荒んだ気分、女を抱くには些か気分が乗らない。信頼出来そうなボーイのいるホテルに叩き込んで酔いでも覚まさせてやろうと適当に切り上げて店を後にする。ホテルまでの道すがら、なんとなく懐かしい気持ちになった。疑問に思ったがその答えは唐突に頭の中に現れた。昔、似たような事があったのだ。
孤児院を追い出されて数年、18になった俺は立派な犯罪者の仲間入りを果たしていた。スリ、万引き、空き巣…小悪党のする大抵の悪事はし尽くし、クスリの密売にも手を染めていた。クスリが高かったお蔭でクスリ漬けにもならず、小袋一つが数十ドルで、出す片端から売れていくのは見ていて気持ちが良かった。卸への支払いをしても有り余る金と多少の値上げ程度では動じないリピーター。クスリは俺達の稼ぎ頭だったが、時折問題の種にもなった。それは売り場と顧客の取り合い。大きな組織であれば話し合いによる線引きを行ったのだろうが、ガキ数人が寄り集まって出来た組織では、普段の鬱憤晴らしや意趣返しも兼ねて顧客や売り場の取り合いが抗争に発展する事は自然な成り行きだった。そんな、殺伐とした楽しい日々の最中、組織を作って以来の大抗争の火種が降って湧いた。というのも当時敵対していたチームの数人が中立地帯(大手組織のシマ)でサツにパクられ、その一報をしたのが俺達のメンバーではないかといちゃもんを付けてきた。その少し前に今と殆ど逆の事が起きていたからその意趣返しをしたのだろうというのが向こうの言い分だった。無論根も葉もない嘘だったが、状況が状況だっただけに一概にそうとも言えなかった。だからチームの中でも武闘派だが比較的ハト派の俺が呼ばれ、向こうと直接話す場を設ける事になった。勿論話し合いは数分でオシャカになり、あとはステゴロ、角材なんでもありのの乱闘騒ぎ。その時に相手の振るった角材が思い切り頭に入り、最後の最後でぶっ倒れるという醜態を晒したのだ…
『ハハハ‼︎凄かったぜ?ウニョーンって伸びてんだもんなぁ!』
「REX、テメェ後で覚えてろ?ぶっ倒れる前にテメェが写真撮ってたの、知ってんだからな」
『でもハリー(俺の名前、ヘンリーの愛称。俺達は大抵互いを愛称で呼んでいた)がぶっ倒れるなんて俺は初めて見たぜ』
『それどころか、角材をモロに食らったって話も初めてだ。珍しい事もあるもんだ』
「っせぇな。向こうからこれ以上因縁付けねぇって言質取れた。それだけで充分だろうが」
そんな他愛もない会話と共に挙げる祝杯はいつも以上に盛り上がり、気付けば男も女も関係なく寝ぐらにしてる昔自動車整備工場だったトコのガレージで雑魚寝していた。生憎頭が痛過ぎて酒どころじゃなかった俺だけが大分シラフのままで、酒も飲む気になれず適当に買ったコーラを飲んでいた。そんな時だった。
『ハリー?寝なくて良いのか?』
心配そうに俺の元に来る女が一人。道路脇で客を引いてるフッカーと余り変わらない程扇情的な格好をしている。
「…なんだキャスか…寝ようにも頭が痛くて眠れやしねぇ。それに、ついさっきまで命のやり取りしてきた後だからな…昂って眠れねぇよ。そういうキャスは寝なくて良いのか?」
名前はキャス、本名をキャサリンという此処から遠く離れた街に住む金持ちの娘だ。家のしがらみやら愛人を囲っている親父、それに対する当て擦りのように若い使用人にちょっかいをかける母親に愛想を尽かし、家を飛び出したじゃじゃ馬娘だ。行き倒れていたのをナンパ師で有名な仲間が引っ張り込んできてそのまま居ついた。始めはお高くとまったお嬢様かとも思ったがあっという間に俺達に馴染み、読み書きが出来ない奴らの手紙の代筆やら何やらをする、チームには無くてはならない存在だ。問題といえば美人過ぎる所だ。俺達のようなチンピラが集う場所では彼女は注目の的で、それが原因で厄介事になったりもしたが、なんだかんだで上手くやっていたのだ。
『アタシはホラ、別にする事もなかったし。少し酒が入ったせいで眠れなくなった』
「そうかい…ってぇな、クソ…」
『確か痛み止めがあったはずだけど、飲む?』
「あぁ…頼む…いや、俺から行くわ。何処だっけか…」
『棚の上から2番目。いつものトコ』
「あーっと?…あったあった…少しは効いてくれよ?」
棚に置いてあった薬のお蔭で多少痛みが引き、近場の椅子に腰掛ける。キャスは俺と向かい合うように腰掛け、何か言いたいのか視線が泳いでいた。
「…何か言いたい事があんなら言ってみろって。親父さん達のトコに帰りたくなったか?それならちゃんとアイツらに別れの言葉位は言ってけよ?」
『…誰があんなトコ帰るか。じゃなくて…な』
「ったく、水臭ぇな。なんでも言ってみろって。俺達家族じゃねぇか。家族の誰かがヤバい事に巻き込まれたんなら総出で出る、俺達のモットーだろ?」
急かされて腹を決めたのか、キャスが口を開いた。
『…ヘンリー』
「あ?」
『アタシ…さ。アンタの事が好きに…なったみたい…』
「そうかそうか俺の事を好きになったか。まぁ、お嬢様として育てられちまったお前がチンピラに惚れるってのはよく聞く話…俺⁉︎」
思わず声が大きくなる。頭の痛みなど何処かへ飛んでいった。身体の芯が熱い。酒はそんなに飲んでもいないし、そもそも飲んでから時間が経ち過ぎている。
「ちょっ!ちょっと待った!キャス、お前やっぱ酔ってるだろ?!じゃなきゃ疲れてる!そのあのええと…あー…」
自分でも何を言っているのかが分からない。恥ずかしい過ぎてキャスの顔を直視出来ず、考え込む振りをして顔を背けた。視線の端ではキャスもまた気恥ずかしそうだった
『そういうのじゃない…アタシが拾われた時も、アンタだけは此処に居ていいって言ってくれた。それ以来…その…』
「わーったわーった!全部言うんじゃねぇ木っ恥ずかしい…」
確かに彼女が此処に居る事に最初から最後まで賛成したのは俺だけだった。別に善意からではない。金持ちの娘だと分かって、話に聞くクソ親共に灸を据えてやりながら身代金として高値を吹っ掛ける気で居たからだ。この手の不幸話はどこにでもある。だが、それをキッカケに何かが変わるのか、それが見てみたかっただけだ。彼是説明してもコイツは聞き入れないだろう。自分でも分かる程に顔が熱くなっていた。
『…嫌ならそう言って欲しい。どっちだったとしても気持ちの整理が付くから…』
…あぁ、なんでそういう顔をするんだ。わざと諦めたような表情を作るのでもなく、唇を真一文字に結び、答えを待たれるなんて…
「…俺はお前みてぇに育ちが良い訳じゃねぇ。それに、俺みたいなヤツは探せば居るかも知れねぇぞ?それでも良いんなら…」
抗争前なんて屁でもない緊張の中、俺は絞るように答えを引き出した。心臓が爆発しそうな程脈打ち、口の中が乾く…こんな感覚は初めてで、どう処理して良いのか分からなかった。だが、なんとなくこうしたら良いのかと本能で知覚していた。徐に立ち上がると、キョトンとした表情を見せるキャスを抱き抱える。
「…互いに気持ちを確認したってこたぁ…あともう一つ、する事があんだろ?」
無言の頷きが答えだった。そこからあとはハッキリと覚えていない。ただ、起きた時には他のメンバーが揃いも揃ってにやけヅラを並べていたって事だけは癪に触るが覚えている____
『ねぇ!アタシを抱いてくれるのくれないの‼︎』
「ったく、喧しいな…ホレ、靴。外れてんぞ」
『大丈夫ー。でもありがとー』
「…ハァ…」
ホテルまではあと数m。これだけ声を張り上げてる奴が近くに居たせいか、ドアマンが『ご愁傷様です』とでも言いたげな顔でドアを開けてくれ、フロントに着く
『…なにこれ。すっごい良いホテル…』
酔ってるせいで普段以上に煌びやかに見えてるのだろう。彼方此方見回す女を尻目にフロントに一室取ってもらう。フロントの老紳士は割と見慣れているのだろうか、ボーイに水を持ってくるよう手配をしてくれた
『お二人ですか?』
「いや、あっちの嬢ちゃんだけだ」
『お荷物は…お持ちで無いようですね。クリーニングのサービスもお付けしましょうか?』
「あぁ。悪いがそうしてくれ。あと…」
『ボーイを一人手配しておきます。お目覚めになられましたら此方からご連絡差し上げます』
「助かるよ。いきなり絡まれたモンでな」
『それはご愁傷様で御座いました。ではあとは此方で』
「良いのか?」
『勿論です。私共がこうしてつつがなく営業出来るのも、お客様のような方がいらっしゃるからです』
「…どっかで顔を見た事が?」
『えぇ。この前取材をお受けになった時に』
「…成程な。じゃあ後は任せた」
『お任せください。では、良い夜を…』
フロントの老紳士は恭しく一礼して俺を見送り、新入りのボーイは先輩格のボーイと共に酔っ払い女を部屋に運んでいった。明日になれば自分の醜態などすっかり忘れているだろう。軽く溜息を吐くと白い息が溢れ出た。
「…今夜は随分冷えやがる…」
帰りに何か温かい物でも買って家で飲み直そうと帰路に着く。あの酔っ払い女と一夜を明かせば、或いは何か面白そうな事でもあっただろうか___
「____やめだやめ。あれとどうすりゃ寝れるってんだ…」
そんな事を考えてもしょうがない。俺には明日も昨日も無い。ただその瞬間瞬間を飛び出す弾のように生きるだけなのだから…
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ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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