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風鈴の木
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いくつもの風鈴が飾られた一本の木。
僕の村ある御零木と呼ばれる木がある。その木には、彼岸の頃その年に亡くなった人の名前を風鈴の舌に書いて飾る風習があった。御零木の風鈴の音によって霊は空に帰り、御零木の根を伝って肉体は大地に還るという。なぜ零の字が霊でないのかは定かではないが、全てがゼロに還るという意味らしい。
しかし、その御零木に風鈴を飾る事が許されない一族があった。古見木家だ。なんでも、十何代も前に大罪を犯したと言われ、それ以来ずっと村人からは避けされていた。しかし、何故か村から追い出されるわけではなく、子供も村の学校へ通えた。ただ古見木家の者には関わるな、と親から子へと伝えられるのみだった。
今年も彼岸が近づき、学校では零鈴祭の話題で持ちきりだった。零鈴祭とは、飾られた風鈴を去年亡くなった人から今年亡くなった人のものに取り替えるために行われる慰霊祭のようなものだ。しかし学生たちにとっては、出店に期待踊らせるお祭り感覚でしかなかった。皆、はしゃいでいる中で、一人うつむいて、無言の少女がいる。長い黒髪の冷たい瞳をした少女。名は古見木霞、古見木家の一人娘だ。
常に無表情の霞は、周囲の親の言い付けもあり一人孤立していた。しかし、僕はそんな霞をなんとか助けてやりたくて仕方かなった。何故なら僕は幼い頃から霞が好きだったからだ。それを大人たちが許さないのは知っていた。なので常に自分に嘘をつき続ける日々が八年も続いていた。
悲しい目で霞を見ていると友達が話しかけてくる。
「なぁ、良樹。お前のばあちゃんの風鈴外すの、お前がやるのか?」
話しかけてきたのは隣の机の博仁だ。零鈴祭では風鈴を飾ってある家の一番若い代の長子が取り替えを行う決まりがあった。
「ああ、そうだよ。去年はお前のとこのやつ、博仁がやったんだっけ。どんな感じだった?」
訪ねると複雑な表情をして、
「木に触った瞬間に暖かい何かに包まれた……みたいな変な感じ?」
「何だよそれ、幽霊か何かか?」
苦笑いしながらからかう。
「よくわかんね。とにかく、あの木は普通じゃないぜ。たぶん」
「まあ、死んだ人の名前をぶら下げる木だからな」
そして、博仁が手招きして互いに顔を近づける。小声で、
「それはそうと、今年の零鈴祭に霞が来るの知ってるか?」
「え、でも古見木家はあの木に風鈴、飾れないだろ?」
博仁も眉をひそめながら、
「俺もわからないけど、母ちゃんたちが言ってたのを聞いたんだ」
二人してちらりと霞を見る。霞は相変わらずの無表情だ。何かしらの事情があるのか、あるいは単なる噂なのか。僕はこのことが気にかかるのだった。もし、古見木家が御零木に関することから解放されるのなら。そんな微かな祈りに似た感情を抱く。
そして、零鈴祭当日。
村の大人たちは準備に追われ、子供たちは待ち遠しさで、そわそわしていた。この日は、都会から出店を開くための人、零鈴祭を見たい人など沢山の人がやってくる。年に一度、この村が活気づく時だ。
昼間から会場の設営が始まった。御零木の囲むように十二本の行灯が等間隔で並べられ、その外側に出店などが立てられていく。各家庭から持ち寄られた仏壇のろうそくの火を行灯に灯していく。日暮れ頃には準備は終わり、祭の開催を知らせる花火が一発だけ打ち上がる。儚い紫色の光が行灯の灯る広場の上空に美しく花開き、零鈴祭が始まった。
まずは、集まった全員で御零木を囲み、祈りを捧げる。そして、風鈴を取り替える役目の者が歩み出て、木から一度に風鈴を外すのだ。ところが、何故かその中に霞がいる。周りの大人たちも止める気配はない。
困惑しながらも風鈴を外すために木に触れたその瞬間。
チリンーー
風鈴が一斉に鳴り始め、視界が歪む。激しい頭痛とめまいで倒れ込む。薄れ行く意識の中で、ひたすらに風鈴の音だけが響いていた。
気がつくと、御零木のそばに一人で倒れていた。周囲を見渡すが誰もいない。十二本の行灯が不気味に立っている。辺りを見回していると、行灯の一本に怪しい紫の灯が灯る。そして、そこから時計周りに一本ずつ順に灯が入っていく。十二本全てに灯りがつくと、それぞれの行灯の下に一人ずつ白装束を着た人が立っていて、御零木の元には霞が立っている。
そして、一人ずつ話し始める。
「我々は古見木家代々当主」
「我らはこの村に封じられし鬼の封印」
「我が一族は鬼の贄」
「贄が途絶えしとき鬼は復活する」
「鬼が復活せしとき国は滅びる」
「滅びを何としても阻止せよ」
「霞では足りぬ」
「零木には成人の贄を捧げよ」
「しかし、汝は贄足りえる」
「十三人の贄により封印は完成する」
「愛しき者を守りたくば」
「汝を捧げよ」
そして十二人が一斉に叫ぶ。
「汝を捧げよ!」
その叫び声ではっと目が覚める。意識が戻ると御零木に触れたまま立ち尽くしていた。急いで霞を探すが、どこにもいない。慌てて走りだし、村長の家に駆け込み詰め寄る。
「霞は!霞はどこですか!」
「霞なら家に帰ったよ。これ以上関わるな」
僕は青ざめて、
「霞を生け贄にするんですか!?やめてください!霞じゃ生け贄として足りないんです!」
村長は目を丸くして、
「お前、なぜその事を知っている!?村でも代々村長のみに、しかも口伝でしか伝えられておらんのに!」
「見たんです!御零木の麓で十二人の人を!そして霞を!」
すると、村長は、
「見たとな。では真実の話も聞いたと言うことだな?」
「はい、何故か僕なら生け贄として使える、と言うことも」
「そうか……」
そこまで言うと、村長は黙ってしまう。そして意を決したしたように頷くと、話し始める。
「わしとて、霞のような娘を贄としたくはない。しかし、今年は誰も村で死者が出ておらぬ。そして、霞は最後の古見木家の人間。もう、あの家の者はおらぬのだ。とにかく、御零木に風鈴が無いという事が問題なのじゃ」
「どういう……ことですか?」
村長は、後ろを向いて、
「鬼はな、死人の魂を食って怒りを納めている。食う魂が無いと、奴は怒り、天災を巻き起こしてきた。全てが無くなるほどのひどい天災を。御零木に風鈴を飾るのは、木の下に眠る鬼に風鈴を通して魂を食わせているのだ。そして鬼への生け贄は毎年必要な訳ではないのだ。死者の出ない年、古見木家の者は犠牲になってきた。古見木家の者の魂には鬼を封じる力がある。毎年魂を食うのが癖になっている鬼なら迷わす魂を食うだろう。鬼に少しずつ毒を盛る。こうして生け贄を重ねて来たのじゃ」
「それなら、何故僕が生け贄として足りるのですか?」
「おそらくじゃが、そなたが僅かに古見木家の血を引いておるのじゃろう。もう何代も前に本家と枝分かれしたのかもしれん」
「それはわかりました……、風鈴から魂を食わせるなら僕のばあちゃんの魂も食わせたんですか?」
村長を睨む、
「ああ、そうじゃ。しかし、全てくれてやるつもりはない。風鈴の音で空へ返すというのは本当じゃ」
「それならあんな木、切り倒してしまえばいいじゃないですか!」
僕は語気を強める。しかし、村長は首を横に振り、
「切り倒すことが出来ないから、こうしておるのだ……」
諦めたように呟く。
「過去にお前と同じ考えをした者たちが沢山いた。じゃが、鋼の斧でもあの木には傷一つ付かんのじゃ。そして、斧を振るった者は、ことごとく災いを浴びて死んでおる」
「そんな……」
僕も絶望しかける。このまま霞を見殺しにはできない。だが、なす術が……。そこへ一人の大人が駆け込んできた。
「村長、庄屋のおじいさんが!」
「わかった、すぐにいく。良樹、お前はここにいなさい」
呆然としている僕を置いて行ってしまう。
村長は、ざわめく村人の前に立ち、
「過去に零鈴祭当日に死者が出ることはなかったが、特例とする。庄屋の家族は風鈴に名前を書いて持って来るのじゃ。葬儀は後日行う」
会場にどよめきが起こる。そして庄屋の家族は風鈴を差し出して飾る。
「すまぬが、事が事じゃ。祭りはこれで終わりとする」
子供たちからは、残念がる声が漏れる。村長は、それを制止しながら、
「明日、庄屋の葬儀を行う。参列出来る者はなるべく出るように」
と、祭りを締めた。そして、家に戻り呆けている僕に、
「良樹、今年は贄にならなくても済んだ。だが、来年は分からぬ。覚悟をしておくのじゃ」
「待ってください!あの木は本当に切れないのですか?」
村長は絶望的な声で、
「あの木に傷を一つ付けるには百の魂が要るとされておる。しかし、物に魂は無い。故にあの木を切ることが出来ぬのじゃ」
それを聞いた僕は閃き、
「それなら、風鈴があるじゃないですか!あの木を通して魂を送っているなら、風鈴には魂がこもっています」
「なんと!硝子の斧で切り倒すというのか?」
僕は必死に、
「それしか、方法が!どのみち生け贄にされるなら、それくらいはさせてください!」
村長はしばし考え込む。そして家の奥に入っていき、鍵束を持ってきた。
「神社の境内にある風鈴の保管庫の鍵じゃ。あそこには一万個の風鈴が納められておる。お前に霞の、この村の命運を託しても良いか?」
「はい!霞も、この村も救ってみせます!」
それから、半年をかけて倉庫から風鈴を山の中にある庵へと運んだ。鍛冶職人の庵だったらしく炉があり、そこにこもり風鈴を溶かしては固め、溶かしては固めて、斧作りを始めた。霞は事情を知ったのか時々やってきては、食事を置いて行ってくれた。相変わらずの無表情ではあったが、時折、手作りであろう形は不恰好だが、心のこもったおにぎりが添えられていた。
一年かけて柄ができ、一年かけて刃を完成させた。その間、零鈴祭の花火が上がることが、死者が途絶えていない印だった。そしてさらに一年後、ついに風鈴の斧が完成した。澄みきった勿忘草色の硝子の斧は暖かな光を放っていた。
三年半ぶりに山を降り、斧を見せようと村長宅を訪ねた。
「村長、良樹です。やっと斧が完成しました」
しかし、呼び掛けに返事はない。
「村長?」
すると、後ろから声をかけられた。
「君は……、良樹君なのか?」
「はい、御零木を切り倒す斧を作るために山にこもっておりました」
村人は安堵と悲しげな表情を浮かべながら、
「そうか、これで村長も安心できるだろう」
「あの、村長はどうかされたのですか?」
村人は肩を落とし、
「村長は去年亡くなられたよ」
「えっ?」
「去年は村で死者が出なかった。そして『希望がまだ残されている。わしはその礎となる』という遺書の隣に倒れられていた。自ら村人の代わりとなったのだ」
僕は、拳を握りしめ、
「村長……、必ず成し遂げてみせます」
小さく呟く。
御零木の元へやってきた僕は、霞のおにぎりをほおばり、斧に祈る。
「この村の皆さん。どうか、力をお貸しください」
そして、斧を振りかざすと目一杯の力で振り下ろした。御零木に斧が突き刺さった瞬間、おぞましい怨嗟の唸り声が上がり、幹に傷がつく。これならいける、そう思った矢先。風鈴の斧に小さな亀裂が入る。
「やはり、百の魂を持っていかれるのか?でも、ここで止めるわけにはいかないんだ!」
僕も必死の形相で斧を振るい続ける。九十九回切りつけたが御零木は倒れない。風鈴の斧はいつ砕け散ってもおかしくないほど、無数にに亀裂が入っている。そして百回目。振り下ろした斧が半分以上切り込みが入っている幹に突き刺さった。が、幹は倒れない。風鈴の斧がパリパリと音を立てて、崩れ始める。僕は、
「まだだ!僕の魂をまだ食われていない!これで最後だぁ!」
自分の命をかけた一振りを叩き込んだ。
風鈴の斧は粉々に砕け散る。御零木には、致命的な傷が入っていたが首の皮一枚で倒れない。
「倒れろ!この疫病神!霞は僕が守るんだぁー!」
消え去りそうな意識の中、御零木に思い切り蹴りを入れた。そして砕け散った斧の淡い光の中、僕は昏倒する。倒れた僕をその光が優しく包んでいった。
頭の上にひんやりとしたものが乗っている感覚でうっすらと目を覚ます。霞が僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。介抱してくれたのだろう。布団の横には、たらいや手拭いなど色々な物が置かれていた。僕は戻りたての意識で、
「御零木は……?」
霞に訪ねる。霞は涙を滲ませる。
「駄目だったのか?」
すると、泣き顔と笑顔が混ざった表情で霞は首を横に振る。
「切り倒せたんだな……」
こくこくと頷く霞。僕は安堵し再び意識を失った。霞は僕が死んでしまったと思ったのだろう。必死に僕の名前を呼んでいた。
それから、一ヶ月。霞の介抱のおかげもあり、僕は普段の生活を送れるようになっていた。
そして、そろそろ零鈴祭の時期だ。
御零木の根元から、古い書物が見つかり、本来の零鈴祭とは、御零木に風鈴を飾らなくて良いことを祝う祭りだという事がわかった。今年は霞と零鈴祭に行く約束になっている。
一張羅の浴衣を着て、霞を迎えに行く。霞も浴衣姿で照れくさそうに、下を向いていた。僕は霞の手を握り、
「霞、綺麗だよ」
歯が浮いていしまうようなセリフをはいてしまった。霞は顔を真っ赤にしておろおろしている。気を取り直して、
「それじゃ、零鈴祭に行こうか」
「うん……」
霞は小声で返事をして頷く。
霞との初めての会話。まだ、これだけしか会話していない。だが、焦る必要はない。僕も霞もまだこれから先、何十年も生きられるのだから。
僕の村ある御零木と呼ばれる木がある。その木には、彼岸の頃その年に亡くなった人の名前を風鈴の舌に書いて飾る風習があった。御零木の風鈴の音によって霊は空に帰り、御零木の根を伝って肉体は大地に還るという。なぜ零の字が霊でないのかは定かではないが、全てがゼロに還るという意味らしい。
しかし、その御零木に風鈴を飾る事が許されない一族があった。古見木家だ。なんでも、十何代も前に大罪を犯したと言われ、それ以来ずっと村人からは避けされていた。しかし、何故か村から追い出されるわけではなく、子供も村の学校へ通えた。ただ古見木家の者には関わるな、と親から子へと伝えられるのみだった。
今年も彼岸が近づき、学校では零鈴祭の話題で持ちきりだった。零鈴祭とは、飾られた風鈴を去年亡くなった人から今年亡くなった人のものに取り替えるために行われる慰霊祭のようなものだ。しかし学生たちにとっては、出店に期待踊らせるお祭り感覚でしかなかった。皆、はしゃいでいる中で、一人うつむいて、無言の少女がいる。長い黒髪の冷たい瞳をした少女。名は古見木霞、古見木家の一人娘だ。
常に無表情の霞は、周囲の親の言い付けもあり一人孤立していた。しかし、僕はそんな霞をなんとか助けてやりたくて仕方かなった。何故なら僕は幼い頃から霞が好きだったからだ。それを大人たちが許さないのは知っていた。なので常に自分に嘘をつき続ける日々が八年も続いていた。
悲しい目で霞を見ていると友達が話しかけてくる。
「なぁ、良樹。お前のばあちゃんの風鈴外すの、お前がやるのか?」
話しかけてきたのは隣の机の博仁だ。零鈴祭では風鈴を飾ってある家の一番若い代の長子が取り替えを行う決まりがあった。
「ああ、そうだよ。去年はお前のとこのやつ、博仁がやったんだっけ。どんな感じだった?」
訪ねると複雑な表情をして、
「木に触った瞬間に暖かい何かに包まれた……みたいな変な感じ?」
「何だよそれ、幽霊か何かか?」
苦笑いしながらからかう。
「よくわかんね。とにかく、あの木は普通じゃないぜ。たぶん」
「まあ、死んだ人の名前をぶら下げる木だからな」
そして、博仁が手招きして互いに顔を近づける。小声で、
「それはそうと、今年の零鈴祭に霞が来るの知ってるか?」
「え、でも古見木家はあの木に風鈴、飾れないだろ?」
博仁も眉をひそめながら、
「俺もわからないけど、母ちゃんたちが言ってたのを聞いたんだ」
二人してちらりと霞を見る。霞は相変わらずの無表情だ。何かしらの事情があるのか、あるいは単なる噂なのか。僕はこのことが気にかかるのだった。もし、古見木家が御零木に関することから解放されるのなら。そんな微かな祈りに似た感情を抱く。
そして、零鈴祭当日。
村の大人たちは準備に追われ、子供たちは待ち遠しさで、そわそわしていた。この日は、都会から出店を開くための人、零鈴祭を見たい人など沢山の人がやってくる。年に一度、この村が活気づく時だ。
昼間から会場の設営が始まった。御零木の囲むように十二本の行灯が等間隔で並べられ、その外側に出店などが立てられていく。各家庭から持ち寄られた仏壇のろうそくの火を行灯に灯していく。日暮れ頃には準備は終わり、祭の開催を知らせる花火が一発だけ打ち上がる。儚い紫色の光が行灯の灯る広場の上空に美しく花開き、零鈴祭が始まった。
まずは、集まった全員で御零木を囲み、祈りを捧げる。そして、風鈴を取り替える役目の者が歩み出て、木から一度に風鈴を外すのだ。ところが、何故かその中に霞がいる。周りの大人たちも止める気配はない。
困惑しながらも風鈴を外すために木に触れたその瞬間。
チリンーー
風鈴が一斉に鳴り始め、視界が歪む。激しい頭痛とめまいで倒れ込む。薄れ行く意識の中で、ひたすらに風鈴の音だけが響いていた。
気がつくと、御零木のそばに一人で倒れていた。周囲を見渡すが誰もいない。十二本の行灯が不気味に立っている。辺りを見回していると、行灯の一本に怪しい紫の灯が灯る。そして、そこから時計周りに一本ずつ順に灯が入っていく。十二本全てに灯りがつくと、それぞれの行灯の下に一人ずつ白装束を着た人が立っていて、御零木の元には霞が立っている。
そして、一人ずつ話し始める。
「我々は古見木家代々当主」
「我らはこの村に封じられし鬼の封印」
「我が一族は鬼の贄」
「贄が途絶えしとき鬼は復活する」
「鬼が復活せしとき国は滅びる」
「滅びを何としても阻止せよ」
「霞では足りぬ」
「零木には成人の贄を捧げよ」
「しかし、汝は贄足りえる」
「十三人の贄により封印は完成する」
「愛しき者を守りたくば」
「汝を捧げよ」
そして十二人が一斉に叫ぶ。
「汝を捧げよ!」
その叫び声ではっと目が覚める。意識が戻ると御零木に触れたまま立ち尽くしていた。急いで霞を探すが、どこにもいない。慌てて走りだし、村長の家に駆け込み詰め寄る。
「霞は!霞はどこですか!」
「霞なら家に帰ったよ。これ以上関わるな」
僕は青ざめて、
「霞を生け贄にするんですか!?やめてください!霞じゃ生け贄として足りないんです!」
村長は目を丸くして、
「お前、なぜその事を知っている!?村でも代々村長のみに、しかも口伝でしか伝えられておらんのに!」
「見たんです!御零木の麓で十二人の人を!そして霞を!」
すると、村長は、
「見たとな。では真実の話も聞いたと言うことだな?」
「はい、何故か僕なら生け贄として使える、と言うことも」
「そうか……」
そこまで言うと、村長は黙ってしまう。そして意を決したしたように頷くと、話し始める。
「わしとて、霞のような娘を贄としたくはない。しかし、今年は誰も村で死者が出ておらぬ。そして、霞は最後の古見木家の人間。もう、あの家の者はおらぬのだ。とにかく、御零木に風鈴が無いという事が問題なのじゃ」
「どういう……ことですか?」
村長は、後ろを向いて、
「鬼はな、死人の魂を食って怒りを納めている。食う魂が無いと、奴は怒り、天災を巻き起こしてきた。全てが無くなるほどのひどい天災を。御零木に風鈴を飾るのは、木の下に眠る鬼に風鈴を通して魂を食わせているのだ。そして鬼への生け贄は毎年必要な訳ではないのだ。死者の出ない年、古見木家の者は犠牲になってきた。古見木家の者の魂には鬼を封じる力がある。毎年魂を食うのが癖になっている鬼なら迷わす魂を食うだろう。鬼に少しずつ毒を盛る。こうして生け贄を重ねて来たのじゃ」
「それなら、何故僕が生け贄として足りるのですか?」
「おそらくじゃが、そなたが僅かに古見木家の血を引いておるのじゃろう。もう何代も前に本家と枝分かれしたのかもしれん」
「それはわかりました……、風鈴から魂を食わせるなら僕のばあちゃんの魂も食わせたんですか?」
村長を睨む、
「ああ、そうじゃ。しかし、全てくれてやるつもりはない。風鈴の音で空へ返すというのは本当じゃ」
「それならあんな木、切り倒してしまえばいいじゃないですか!」
僕は語気を強める。しかし、村長は首を横に振り、
「切り倒すことが出来ないから、こうしておるのだ……」
諦めたように呟く。
「過去にお前と同じ考えをした者たちが沢山いた。じゃが、鋼の斧でもあの木には傷一つ付かんのじゃ。そして、斧を振るった者は、ことごとく災いを浴びて死んでおる」
「そんな……」
僕も絶望しかける。このまま霞を見殺しにはできない。だが、なす術が……。そこへ一人の大人が駆け込んできた。
「村長、庄屋のおじいさんが!」
「わかった、すぐにいく。良樹、お前はここにいなさい」
呆然としている僕を置いて行ってしまう。
村長は、ざわめく村人の前に立ち、
「過去に零鈴祭当日に死者が出ることはなかったが、特例とする。庄屋の家族は風鈴に名前を書いて持って来るのじゃ。葬儀は後日行う」
会場にどよめきが起こる。そして庄屋の家族は風鈴を差し出して飾る。
「すまぬが、事が事じゃ。祭りはこれで終わりとする」
子供たちからは、残念がる声が漏れる。村長は、それを制止しながら、
「明日、庄屋の葬儀を行う。参列出来る者はなるべく出るように」
と、祭りを締めた。そして、家に戻り呆けている僕に、
「良樹、今年は贄にならなくても済んだ。だが、来年は分からぬ。覚悟をしておくのじゃ」
「待ってください!あの木は本当に切れないのですか?」
村長は絶望的な声で、
「あの木に傷を一つ付けるには百の魂が要るとされておる。しかし、物に魂は無い。故にあの木を切ることが出来ぬのじゃ」
それを聞いた僕は閃き、
「それなら、風鈴があるじゃないですか!あの木を通して魂を送っているなら、風鈴には魂がこもっています」
「なんと!硝子の斧で切り倒すというのか?」
僕は必死に、
「それしか、方法が!どのみち生け贄にされるなら、それくらいはさせてください!」
村長はしばし考え込む。そして家の奥に入っていき、鍵束を持ってきた。
「神社の境内にある風鈴の保管庫の鍵じゃ。あそこには一万個の風鈴が納められておる。お前に霞の、この村の命運を託しても良いか?」
「はい!霞も、この村も救ってみせます!」
それから、半年をかけて倉庫から風鈴を山の中にある庵へと運んだ。鍛冶職人の庵だったらしく炉があり、そこにこもり風鈴を溶かしては固め、溶かしては固めて、斧作りを始めた。霞は事情を知ったのか時々やってきては、食事を置いて行ってくれた。相変わらずの無表情ではあったが、時折、手作りであろう形は不恰好だが、心のこもったおにぎりが添えられていた。
一年かけて柄ができ、一年かけて刃を完成させた。その間、零鈴祭の花火が上がることが、死者が途絶えていない印だった。そしてさらに一年後、ついに風鈴の斧が完成した。澄みきった勿忘草色の硝子の斧は暖かな光を放っていた。
三年半ぶりに山を降り、斧を見せようと村長宅を訪ねた。
「村長、良樹です。やっと斧が完成しました」
しかし、呼び掛けに返事はない。
「村長?」
すると、後ろから声をかけられた。
「君は……、良樹君なのか?」
「はい、御零木を切り倒す斧を作るために山にこもっておりました」
村人は安堵と悲しげな表情を浮かべながら、
「そうか、これで村長も安心できるだろう」
「あの、村長はどうかされたのですか?」
村人は肩を落とし、
「村長は去年亡くなられたよ」
「えっ?」
「去年は村で死者が出なかった。そして『希望がまだ残されている。わしはその礎となる』という遺書の隣に倒れられていた。自ら村人の代わりとなったのだ」
僕は、拳を握りしめ、
「村長……、必ず成し遂げてみせます」
小さく呟く。
御零木の元へやってきた僕は、霞のおにぎりをほおばり、斧に祈る。
「この村の皆さん。どうか、力をお貸しください」
そして、斧を振りかざすと目一杯の力で振り下ろした。御零木に斧が突き刺さった瞬間、おぞましい怨嗟の唸り声が上がり、幹に傷がつく。これならいける、そう思った矢先。風鈴の斧に小さな亀裂が入る。
「やはり、百の魂を持っていかれるのか?でも、ここで止めるわけにはいかないんだ!」
僕も必死の形相で斧を振るい続ける。九十九回切りつけたが御零木は倒れない。風鈴の斧はいつ砕け散ってもおかしくないほど、無数にに亀裂が入っている。そして百回目。振り下ろした斧が半分以上切り込みが入っている幹に突き刺さった。が、幹は倒れない。風鈴の斧がパリパリと音を立てて、崩れ始める。僕は、
「まだだ!僕の魂をまだ食われていない!これで最後だぁ!」
自分の命をかけた一振りを叩き込んだ。
風鈴の斧は粉々に砕け散る。御零木には、致命的な傷が入っていたが首の皮一枚で倒れない。
「倒れろ!この疫病神!霞は僕が守るんだぁー!」
消え去りそうな意識の中、御零木に思い切り蹴りを入れた。そして砕け散った斧の淡い光の中、僕は昏倒する。倒れた僕をその光が優しく包んでいった。
頭の上にひんやりとしたものが乗っている感覚でうっすらと目を覚ます。霞が僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。介抱してくれたのだろう。布団の横には、たらいや手拭いなど色々な物が置かれていた。僕は戻りたての意識で、
「御零木は……?」
霞に訪ねる。霞は涙を滲ませる。
「駄目だったのか?」
すると、泣き顔と笑顔が混ざった表情で霞は首を横に振る。
「切り倒せたんだな……」
こくこくと頷く霞。僕は安堵し再び意識を失った。霞は僕が死んでしまったと思ったのだろう。必死に僕の名前を呼んでいた。
それから、一ヶ月。霞の介抱のおかげもあり、僕は普段の生活を送れるようになっていた。
そして、そろそろ零鈴祭の時期だ。
御零木の根元から、古い書物が見つかり、本来の零鈴祭とは、御零木に風鈴を飾らなくて良いことを祝う祭りだという事がわかった。今年は霞と零鈴祭に行く約束になっている。
一張羅の浴衣を着て、霞を迎えに行く。霞も浴衣姿で照れくさそうに、下を向いていた。僕は霞の手を握り、
「霞、綺麗だよ」
歯が浮いていしまうようなセリフをはいてしまった。霞は顔を真っ赤にしておろおろしている。気を取り直して、
「それじゃ、零鈴祭に行こうか」
「うん……」
霞は小声で返事をして頷く。
霞との初めての会話。まだ、これだけしか会話していない。だが、焦る必要はない。僕も霞もまだこれから先、何十年も生きられるのだから。
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「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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