ゴルドトールの花の指輪

渡邊 悠

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ゴルドドールの花の指輪

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ここはゴルドトール王国。雷神トールに守護されし聖なる王国である。その首都のある民家で老婆が子供たちに昔話を聞かせていた。
「むかしむかし、ゴルドトールにジュリエッタという姫がおったそうな。姫は庭を眺めるのが大層お気に入りでな、その日も庭を眺めておったのじゃ。しかし、姫が本当に見たかったのは庭ではなく、庭師のピサロでな。城のテラスからうっとりとピサロを見ておったのじゃ。一方、ピサロも姫に想いを寄せておってな。毎日庭を眺める姫のために仕事にいそしみながら、合間にちらりと姫を見てはため息をついておった」

 あぁ、姫様。今日も、庭を笑顔で眺めていらっしゃる。私のような庭師に優しくお声かけくださり、珍しい花の苗を取り寄せるよう計らってくださる。私はそんな姫様をお慕い申しております。が、しょせん一介の庭師。あなた様と釣り合うはずもございません。この想いはうちに秘めたまま、あなた様の喜ぶお顔が見られるよう、庭を丁寧に剪定致しましょう。
 一方ジュリエッタは
 あぁピサロ。あなたの庭を眺めるのが私の至福の時。でも私が見ていたいのは庭にいる、あなたなのです。あなたのその素敵な笑顔、花を慈しむ優しさを側て見たい。愛しいピサロ。あなたのためなら私は王室などいくらでも投げ捨てるのに。

 そうこうしているうちに、王家同士で縁談がまとまった。
 隣の国へ嫁ぐことが決まった王女。まだ見たこともない相手との縁談に戸惑い不安にかられている。そんな王女を励まそうと、ピサロは一番大きな木を、王女のシルエットに剪定して励まそうとしたのだった。
 そして出発の朝。花嫁衣装に身を包み、一人馬車に乗り込み城を出た。
 しばらくして王女が御者に、
「馬車を止めなさい」
 と、言う。しかし婚礼の儀式までぎりぎりで到着予定の御者は止めようとしない。
「このままでは間に合わなくなってしまいます」
 王女は声を張り上げ、
「いいから止めなさい!」
 と叫ぶ。
「少し外の空気を吸ってきます、すぐに戻ります」
「分かりました」
 馬車を止め少しすると扉の閉まる音がした。王女の靴にドレスが見えた御者は王女が乗ったと思い馬車を走り出させる。ドレスにティアラ、靴まで中に置いてゴルドトール王国に向かって走っている王女には気づかずに。

 半日かけてぼろぼろの足に汚れた布切れを纏い城に戻ったジュリエッタはピサロの元へと駆け寄った。ピサロは驚き、
「姫様、何故ここにいらっしゃるのですか?」
「ハア、それは……ハア……愛しい人に対する想いに嘘をつきたくなかったからです」
 王女は息を切らせながら話す。
「私はあなたを愛しています。あなたのためなら例え地獄に堕ちようともかまいません」
「姫様、私も同じ気持ちです。あなた様以外に考えられません。私には高価な結婚指輪を買うお金も、地位もありませんが、あなた様を必ず幸せにします。その気持ちを込めて庭の花で作った指輪です」そっとジュリエッタの左手に花の指輪をはめる。
 感涙をこらえなれないジュリエッタ。
 すると二人の頭の中に神々しい声が響く。
「汝ら、真実の愛を誓うか? ならば指輪をはめた手を二人で合わせ掲げるがよい。我が、確かめてやろう」
 二人は互いを見つめ、うなずくと手を重ねて掲げる。すると、晴天だった空に瞬く間に暗雲が立ち込め、次の刹那。雷の轟音と閃光が二人の頭上から降り注ぐ。直撃すれば命はないその雷は、掲げた指輪に、弾かれるように拡散した。そして、足元の草に焼け焦げて浮かび上がっのは
 ー汝ら二人に永遠の祝福を授けるー
             雷神トール
 という文字だった。
 王女は王家を追放されたもののピサロとの結婚は許された。

「そして二人は城下町で幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
 老婆は本を閉じると
「このお話以降、この国では婚約指輪に相手を想い、花で指輪を作ると災いを避けてくれるという言い伝えがあるんじゃよ」
 子供たちは興味深げに、
「じゃあ、おばあちゃんもお花の指輪を貰ったの?」
「そうじゃよ。指輪をくれた人は、ピサロという名前じゃったな、ほっほっ」
 老婆は今は亡き夫の写真を眺めて優しい微笑みを浮かべるのだった。
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