冬の雨

渡邊 悠

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冬の雨

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 寒さもかなり厳しくなってきた今日。朝の冷え込みのなか、雨がザアザアと降っている。気温からしていつ雪になってもおかしくないのに、冷たい雨がひたすらに地面を打ち付ける。肌を刺す冷気の中、傘を広げ家を後にしていつもの通勤路を歩いて行く。徐々に靴に雨が滲みてきて足先が冷たい。鞄も下半分が傘からこぼれた雨に濡れている。

 駅に着いてバサバサと傘に付いた水滴を払い、電車を待つ。この駅を利用する客はほとんど無く、申し訳程度に作られた屋根の下でコートのポケットに手を突っ込んで寒さに耐える。遠く見える山並みはぼんやりとかすみ、トタン屋根に打ち付ける雨がバラバラと音を立てている。やがて遠くからディーゼル車の音が聞こえてきて、貨物列車が通り過ぎる。通過する時の風で雨が一瞬横に流れ、そしてまた真っ直ぐ下へと降りしきる。ポケットに入れていた手も冷えはぁ、と息を吹きかけて暖めるが瞬く間に冷気に押し潰されるのだった。

 ようやく電車の影が遠くに見え、この冷気の渦から解放される安堵感が広がる。二両しか繋いでいない車両の後方に乗ると、暖房の柔らかい空気が体を包む。通勤時間だが利用者の少ないこの路線は毎日まばらに客が乗っていて、いつも二人がけの窓側に座ることができる。
 ガタンという音とともに列車は動き始め、窓に目をやると雨粒が斜めに長い尾を引いて当たっていた。足元からほんのりと吹き出す暖房で、濡れた靴が温まり体の冷えも徐々に和らいでいく。車窓からは、空を埋め尽くす灰色からただひたすらに落ちてくる雨粒が景色を暗く塗り替え、車内以外はまるで生気を奪われたかのようだ。 カタンカタンと一定のリズムで音を立てながら列車は長い駅の間を進む。長いと言ってもせいぜい五分程度なのだが、暗い車窓はそれを何倍にも長く感じさせた。駅に近づくと列車は速度を落とし、それに応じて窓に当たる雨粒の角度も変わる。ホームに止まるとシューと疲れたような音を出してドアが開く。そしてまた雨に濡れた客が二、三人凍えながら転がり込んでくるのだった。雨のせいか、通勤客には笑みはなく、学生が話している声が車内では一番にぎやかであった。

 降りる駅までの三十分ほどの道のりの半分を過ぎた辺りだろうか。
 外を見るのも憂鬱なので目を閉じていると急に列車は速度を落とし、停車した。車内アナウンスで、豪雨のためしばらく停車するとのことだ。嫌々ながら窓を見ると灰色から落ちてくる雨が勢いを増し、世界を押し潰さんばかりに叩きつけていた。運転の再開の目処は立っていないようなので、時間を気にしつつ会社に連絡をしなければならない。そんな面倒が憂鬱な気分にさらに拍車をかけるのだった。
 そこから十分。わずか十分が異様に長く感じられた。
 動かない列車、降り続く雨、無口で下を向いた乗客。全てが時間の感覚をおかしくしていく。ため息しか出なさそうな空間で思考も麻痺してくる。まだ火曜でこれから仕事なのに、もう週末でくたくたになって列車に背負われて帰る車内のようだ。わずかに車体が揺れると一瞬浮かぶ期待感は、風が揺らした事実に吹き流されてゆく。何も出来ない感覚の狂った時間の中ただ変わらないのは、車体越しに聞こえてくる雨音だけだ。自分のなかにあるましな感情は、足元の暖房がまだ暖かいということ。それ以外には何のために頑張るでもない仕事、こなすように過ぎてゆく生活に疲弊していく心、抱けば砕かれる希望と、まるでこの車窓のような日常が自分をすり減らしてゆく。いっそ全て投げ出してしまえば楽になるのかもしれないが何故かそうしない。わずかに残った理性がそうさせないのかもしれない。
 長い長い一時停車は未だ続いていた。このまま動かないなら、それはそれでなにかしらの行動も取れる。しかし自分の日常のような一時停車は動くとも動かないとも言わずただひたすらに時間を食い潰していく。凍りつきそうな心を足元の暖房がひたすら励まし、なんとか平静を装っていた。どこを見るでもない目が虚ろなのを自覚しながら自分に問いかける。
 このままでいいのか?なにがしたいのだ?何のために生きている?
 そんな問いにも、日々すり減らされた思考はまともな答えを返さない。
 このまま漠然と生きているだけで良いだろう。死なずに生きているのは素晴らしいとみんな言っているではないか。なにがいけない。
 そう、思考の海はとうに凍りつき、無感動な日々は今降っている雨と同じくらいの量の黒い絵の具で心を塗り潰していた。生きていればいい、足元の暖房程度のわずかな理性がこの世界に自分を引き止めている。

 やがて不意を突かれたような揺れを伴い列車は動き始めた。時計に目をやると二十分程度しか経っていない。また日常の車輪は回り始めブレーキのように僅かずつ自分をすり減らしてゆくのだろう。
 会社の最寄り駅から凍える雨の中、靴と鞄を濡らしながら歩いて行く。
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