異世界転生狙っていたら檜の棒しか装備出来なくされた

渡邊 悠

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異世界転生狙っていたら檜の棒しか装備出来なくされた

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 最近、異世界転生ものが流行ってる。
 トラックに引かれそうな子供助けて死んだら、異世界の神様となんかお話して特殊能力授けてもらって。そして、そこから見るも鮮やかな第二の人生が始まる。
(な~んて、こんな普通の高校生に起こるわけないよなあ)
 くだらない事を考えながら通学路を歩いていた。異世界よりも目下の問題は成績だ。
(はー、世知辛い世の中……)
 平々凡々の男子高校生に特別な事が起こる訳が……。
 って、考えてる側から道の真ん中で子供が転けてる。そしてトラックが迫っている―!
(これは異世界転生のチャーンス!)
 そう思い子供めがけてダイブ。
 キキー!
 けたたましいブレーキ音。そして俺は死んで……、ない。トラックの運転手が顔を真っ赤にして怒号を上げる。
「ばか野郎、死にたいのか!」
 (怒られた……)
 そんな都合よくいかないものだな。と思った次の瞬間、頭に何か尖ったものが刺さる。思いの外深く刺さり、俺の意識はブラックアウトした。

 そしてしばらくして、祭壇の上で俺は寝ていた。
(あれ? なんだかんだでついに異世界に転生か? 一体どんな能力がもらえるのかな?)
 ワクワクしながら神様的な人と話す。
「はい、わかってると思うけど君は死にました。本来ならトラックに引かれるという事が正しい異世界転生の条件なんだけど、君トラックに引かれてないよね? 死因は頭部に檜の棒が刺さったこと。一応死んでるから勇者には転生は出きるよ? ただ、ちゃんとした手順踏んでないから授けられるすごい能力とか、超絶強い武器とか無いけどね」
「えー! 俺の華々しい異世界ライフは!? 勇者として一花咲かせる人生は~!?」
 ぶつくさ文句を言うと神様的な人は、
「あのねぇ。勝手に死んでおいて、第二の人生くれっていう厚かましい人がなに言ってるの? あ、よし! 決めた! 君に特別な力をあげよう!」
「え、まじ! やっぱくれるんじゃん! で、で、どんな能力?」
 期待感満載で神様的な人に詰め寄る。神様的な人は僕にてをかざし、僕の体は神々しい光に包まれた。
「よし、授けたよ。君の力は『檜の棒しか武器が装備出来なくなる』だ。あー、ちなみに変更も不服も受け付けません!」
「は? え? なにそれ? チートレベルの超強力な能力は?」
「ありません。そもそも、君はちゃんと異世界転生の手順踏んでないの。これでも神様協定ぎりぎりの破格の計らないなんだからね」
「神様協定ってなんだよ!? ってか檜の棒しか装備出来なくなるのがなんで破格の計らいなの? マイナス効果じゃん!」
 神様的な人はうんざりした表情で、
「あーもう、うるさいなあ。能力授けたし、さっさと転生しなさい。ほらほら」
 俺に再度手をかざす。
「ちょっ、まだ言いたいことがっ……」
 言いかけるが視界は光に包まれてしまうのだった。

 気がつくと草原に倒れていた。
 手に持っているのは案の定檜の棒。身分証のような手帳も持っている。一応、職業は勇者となっていた。名前は……、ロイド=カーウェンか。というか生まれたところからじゃないならVRゲームでは?
 まあいいか。手にした檜の棒を見て、
「はー、これでどうやって勇者やれと……」
 落胆する。檜の棒が初期装備なのはわかる。だが、そこから装備変更出来ないってどうゆうこと? 勇者なら数々の苦難を仲間と乗り越え、冒険の途中で伝説の剣を手にいれて、魔王的な奴を討伐して、お姫様と結婚して……。そういった幻想が崩れていく。
(とりあえずお城に行こう……)
 とぼとぼと草原を歩く。ところが、突然モンスターが現れた。まあ、初期地点なので弱いスライムなんだが。
 手持ちの檜の棒で一撃を繰り出す。だがスライムの柔らかボディにまともなダメージを与えられない。そしてスライムの反撃。体当たりを食らってしまう。一のダメージ。
(いったぁ! 一ダメージってこんなに痛いの!? ヤバい。腕が……)
 よくよく考えれば当然である。体力の最大値が八しかないのに、その八分の一を持っていかれたのだ。現実世界なら骨折とか、そういったレベルの話だ。
(くそう、いきなり死亡とか、洒落にならんぞ!)
 そんな危惧をしていると、街道の方から武装した集団がやってくる。
「君、大丈夫か? 我々が引き受けるから、とにかく城に避難を!」
 勇者になって早々兵士に助けられてしまった。
(はぁ、情けない)
 命からがら城内に逃げ込む。一応勇者なので謁見はさせてもらえた。王様は、
「お主を勇者と見込んで頼みがある。魔王に姫が拐われてしまった。なんとか助けてもらえないだろうか? 姫を助けたあかつきには、そなたと姫との婚姻も考えてもよい。引き受けてもらえるなら宝物庫にあるものはそなたに授けよう。そして酒場での仲間の募集も斡旋しようではないか」
 まあ、ありがたい話なので引き受けようとするが、
「まずは、その檜の棒をなんとかするのじゃな」
 痛いところを突かれてしまう。俺はしどろもどろに答える。
「えー、なんと言いますか、俺はこの武器から装備を変えられなくて……」
 これを聞いて王様は驚く。
「なんと! 檜の棒で魔王を討伐する気か? 悪いことは言わん。今すぐ勇者を辞めるのじゃ」
「え、でも、この世界に勇者って一人なんですよね?」
 問いかけると王様は首をかしげ、
「何を言っておる。この世界には勇者はお主の他に三億四千飛んで八十六人おる。そなたが無理することではない」
(え、この世界ほとんどの人が勇者? じゃあ姫とのハッピーエンドもものすごい倍率?)
 しかし、華々しい異世界ライフのためにもここで引き下がるわけにはいかない。
「王様、確かに私は檜の棒しか装備できません。しかし、世界を救うという志は誰にも負けません。どうか旅立ちの許可を」
 しばらく思案して王様は、
「ならば行くが良い。期待しておるぞ」
 謁見室から送り出してくれた。お城の宝物庫を開けると、かなり強そうな武器とお金が入っていた。武器は御下がりではあるが、ちゃんとしたものだ。貰っても装備は出来ないのだが。
(まぁ、売ってお金にすれば道具とか買えるだろう)
 そんな甘い考えは見事に打ち砕かれた。なんとこの世界、道具と武器防具で通貨が違うのだ。なので武器を売ったお金は、防具を買うか鍛冶屋で武器を鍛えることくらいにしか使えない。
(攻撃力に期待は出来ない。となると、防御力を上げるしかないか。ゆとりを残して革の防具で頭、体、腕、足を揃えるか、それとも一気に鉄の鎧を一つ買ってしまうか……。悩むな)
 考えていると、ふと気づく。
(いや、まてよ。武器は鍛えられるんだよな。最初は攻撃力一でも+九十九すれば?)
 そうなのだ。いくら弱い武器とはいえ、ひたすらに強化すれば伝説の剣すら凌ぐ可能性があるのだ。
(よし、買う防具は控えめにして武器を鍛えよう)
「すいません、革の鎧と革の盾をください」
(心許ないが我慢)
「あいよ。革の鎧と革の盾だ」
「ありがとうございます」
 受け取り装備する。さすがに防具は装備出来ることを確認した。とにかく今は三億四千飛んで八十六人の他の勇者は気にするな。確実に力を付けるのだ。
 こうしてものすごく地味なレベル上げと資金稼ぎが始められた。この世界のモンスターは倒すとお金を落とす。だが、落とす通貨はランダム。道具用の通貨か武器防具用の通貨かは倒してみないとわからない。そしてさらに大変なのが経験値。一定値溜めればレベルアップ出来て能力が上がるのだが、とにかく少ない! レベル上げを始めてから一週間経つのに未だレベル二!
(何この世界! レベルよりも装備品の重要度高すぎない!?)
 隣でばっさばっさと雑魚をなぎ倒して行く高額装備をした人を横目にひたすらスライムを叩き続けた。二時間かけてようやく一匹。
(ふぅ、こいつは装備用の通貨落としたな。どれくらい貯まった?)
 じゃらじゃらいう財布を開けてみる。一匹当たり銅貨一枚とかその程度なので、一週間経っても銅貨三十枚そこそこだった。
(これでようやく、鍛冶屋で一回強化できるか。倒すのに時間かかるし早速街に戻って、と)
 先日買っておいた帰還アイテムで街まで一っ飛びする。
 鍛冶屋の前に来て、
「ごめんください~。武器を強化したいんですが……」
 店に入る。店主も勢いよく、
「よう! らっしゃい! 今日はどんな武器を鍛えるんだ?」
「えっと、これです」
 檜の棒を差し出す。店主は今にも怒りそうな顔で、
「なぁ兄ちゃんよ。悪ふざけは大概にしておけよ?」
「あ、いえ。本気です」
 鍛冶屋の店主もキレたようで、
「おめえな、俺様が長年培ってきた技術でこんなちんちくりんを強化しろと!?」
 こうなっては仕方ない。プランBへ移行。
「実は不治の病で力がなく檜の棒しか武器が持てないのです。よよよ」
「はぁ!? しっかり防具着込んでんだろ! そっちのがよっぽど重いわ!」
 使いたくはなかったがプランCだ。
「しかし、この檜の棒を強化した鍛冶屋には幸福が、強化しなかった鍛冶屋には不幸が訪れるという……」
 自分で言っていて、なんだが詐欺商品を売り付けている気がしてきた。シンプルに、
「こほん、今のは置いといて。お金払いますから、お願いします」
「しゃあねえなぁ。こちとらも商売だ。金貰うならやってやるがよ……」
 しぶしぶ強化してくれた。出来上がった製品は檜の棒の持ち手が金具になったものだった。
「あの、攻撃力って上がってますよね?」
「あったりめぇだ! 振りやすくなった分威力は上がってらあ!」
 それもそうか。鉄を鍛えるのとは違うのだ。所詮檜の棒。鍛える方法は限られてしまう。取り回しをしやすくするのが手っ取り早いのだろう。
(まぁ、使ってみるか)
「ありがとうございます」
 受け取って店を後にする。武器が新しくなると試し切りしたくなるとはこういう事なのだろうか。早速使い勝手をテストする。ターゲットは同じスライム。持ち手のグリップが良くなったおかげか、いつもよりダメージを与えられている。なんと、一回強化しただけで、討伐にかかる時間が三十分も短くなったのだ。
(よし、だいぶ効率上がったぞ!)
 成果が伴えば努力も楽しくなってくる。マラソンで次の電信柱まで頑張ろう、というのと同じだ。次回強化できるお金を目指してひたすらモンスター狩りを頑張るのだった。
 あれから一月。血の滲むような努力でレベル五になり、なんと檜の棒は四回も強化された。三回目以降の強化は鍛冶屋もネタが尽きたらしく、檜の棒にトゲやらいろいろな物がくっついた。そして、何より素晴らしいのは、スライムを一撃で倒せるようになったのだ。
(よし、そろそろ次の村に行っても大丈夫かな?)
 学生の頃から慎重だった(はず)の俺は、始まりの城を旅立つ決意をした。まずは共に戦う仲間を探さねば。
 やって来たのは冒険者ギルド。大勢の猛者たちが、契約金と引き換えに勇者の旅の同行を請け負ってくれると張り紙に書いてあった。
「すいませ~ん。冒険者雇いたいんですけど……、あれ?」
 いるはずの大勢の猛者がほとんどいない。ギルドマスターに、
「あの、冒険者の人たちは?」
 問うと、
「ん? ほとんどみんな出払ってるぞ。勇者が多くて冒険者が足りなくてな」
 衝撃の答えが返ってくる。
(そうだった……。三億四千飛んで八十六人も勇者いたらそうなるわな)
「えっと、今いる人の名簿見せてもらっても?」
「ああ、構わんよ」
 取り出された冒険者名簿をパラパラと捲る。選ばれなかったメンバーなので、能力もやはり今一つ低い。回復魔法を使う僧侶が魔力不足でまだ魔法が使えないとか、戦士なのに魔物が怖いとか。そんな中で群を抜いた能力値の人が記された人がいる。職業は聖騎士。回復に攻撃にとバランスの取れた上級職だ。
(なんでこの人残ってるんだろう?)
 その答えは最後の項目にあった。雇用費用、金貨五万枚。
(あー、たぶんこの人戦う気ないな。始まりの城で金貨五万枚って、貯めるのに五百年くらいかかるから)
 その他の人もそれなりの能力値となると、とても雇える金額ではなかった。
(仕方ない、一人で行くか? いや、せめて回復魔法を使える人が欲しい。手持ちのお金で雇用できる僧侶は……。やっぱ今は魔力不足のこの人だよな)
「あの、このルビィって僧侶の人雇いたいんですけど」
「ルビィな、銅貨三十枚になるがいいか? ちゃんと毎月払うんだぞ?」
「はい」
 そう伝えるとギルドマスターは、端の方で座っている小柄な女の子に声をかけに行った。年は十六、七歳といったところか。会話は聞こえなかったが、女の子は驚きすごい勢いでこちらに駆け寄ってきた。
「あの! あの! 本当に私を雇ってくれるんですか!?」
「うん、俺はロイドよろしく頼む」
「ありがとうございます、ロイドさん! これで病に苦しむ母と六人の弟たちを助けてあげることができます! こちらこそよろしくお願いします!」
 思いの外大変な身の上を知ってしまったが、初めから嫌々ついて来てもらうよりはありがたい。ただ一つ確認しておきたい事があった。
「一応、旅立つ前に聞いておきたいんだけど、レベル上がったら回復魔法使えるんだよね?」
「はい! この前教会のシスターがあなたには治癒の素質があるって言ってくれましたから! 大丈夫です、たぶん……」
 使えると言っているが言い方に何か含みがある。
「えっと、今は回復魔法使えないみたいだから打撃戦の方向性で戦ってもらうんだけど、回復ゆくゆくは任せるからね?」
「はい! お任せください! きちんとギルド支給の僧侶装備一式ありますので! 頑張ります!」
 (元気だけはいっぱいだなあ)
 どうかこの不安が杞憂でありますように、と祈りながら冒険者ギルドを後にした。
 始まりの城を出て北へと向かう。すると狼の群れと鉢合わせてしまった。二人で戦う初めての戦闘だ。
「ルビィ、相手は素早い! 気を付けろ!」
「はい!」
 俺は群れに向かって走り出す。ルビィも少し後ろからついてくるのがわかった。
「てやぁ!」
 檜の棒を狼めがけて振り下ろす。ところが流石は狼、ヒラリと避けてしまう。
「ルビィ、追撃を!」
「へ? 追撃?」
 間の抜けた声が聞こえて後ろを振り返ると、ルビィは回復薬を持ってスタンバイしていた。
「えっと、ルビィ? 武器は?」
「有りますよ? ほら」
 鞄の奥の方からがさごそとメイスを取り出す。戦闘中ではあるが説明する必要がありそうだ。
「あのね、っと、ルビィは回復魔法をっ、よっ、使えるようになるまではっ、くっ。武器で戦うのっ!」
 襲い来る狼から身をかわしながらルビィに教える。
「ええっ! そんなの聞いてないですよ!?」
「言ってないよ! 知ってると思ってたから!」
 (まさか、こんなところから説明が要るとは。戦力として期待したのが間違っていたのか?)
「わかりました! じゃあ、行きますよ~!」
 ルビィはメイスを思い切り振り上げ、全力で叩き下ろした。狼はさっと身をかわし、メイスは地面を直撃する。と同時に爆音が響き地面に1メートルほどのクレーターが空いた。パラパラと瓦礫の破片が中に舞う。
「はい……?」
 あんぐりと空いた口が塞がらない俺に、
「えへへ、空振っちゃいました」
 照れながら振り返る。
(前言を撤回。そのパワー、大いに頼りにさせてもらいます)
 狼の群れも流石に危険を察知したのか、一斉に逃げ出した。
「ふぅ、ありがとうな、ルビィ」
「いえ、狼が逃げてくれて助かりましたね」
 おくびにもルビィの怪力に怯えたからなどとは言えず、街道を進む。周囲を警戒しながら歩いていると、草むらに黄金に輝くスライムが見える。ルビィは気づいていない様子だ。
「なあルビィ。スライムの金色のやつって見たことあるか?」
「いえ、そのようなスライムがいると都市伝説になってはいますが、見たことはないですね」
 俺は草むらを指差し、
「あれって、その都市伝説のスライムとかでは?」
 恐る恐る言う。ルビィは目を輝かせ、
「そうですよ! あれです! やっぱりいたんだ~、幸運の金色スライム」
 俺に寄ってくる。
「え、幸運のスライム?」
「はい! なんでも一万匹に一体いるとかで、倒すとさらに五万分の一の確率で超レアな物を落とすと言われてます!」
 ルビィはやる気満々で鞄からメイスを取り出した。
「もちろん倒しに行きますよね? 超レアなアイテムですよ!」
「まぁ、しょせんスライムだしな。よし、逃げられないように挟み撃ちするぞ!」
 さっと二手に分かれてアイコンタクトで攻撃のタイミングを伝える。ルビィの一撃で仕留めれれば儲けもの、避けたところを俺が確実に倒す。ルビィは精一杯振りかぶり、そのままドガーン! この前の三倍くらいの威力でメイスが振り下ろされた。
「けほっ、けほっ。やりすぎだ! 俺まで叩き潰す気か! まぁ、確実に仕留めただろうが……」
「えへへ~、全力でやっちゃいました」
 ルビィはペロッと舌を出して頭の後ろに手をやる。さてさて、お楽しみのアイテムは、と。何やら土煙の中に光る物が見える。
「ロイドさん! アイテムです! レアかもしれません!」
「わかった! わかったから、そう興奮するな」
 スライムが落としたものを確認する。立ち込めた土煙ももようやく収まり形が見えてきた。
「な~んだ、剣か」
 残念そうに項垂れるとルビィは不思議そうに尋ねてくる。
「え、ロイドさん装備できるんじゃないんですか?」
「うん、まぁ、普通の勇者なら装備できるだろうね。俺は、そのなんだ、呪い的なやつで檜の棒しか装備できないんだ」
 と、真実を打ち明けた。神様的な人からもらった能力だが、ほぼ呪いだろう。これで、こんな勇者なら同行嫌だと言われてしまえば仕方ない。ルビィにも家族がある。危険な魔王討伐の旅の勇者が心許ないなら、それは断る理由になる。まだ始まりの城からは遠くないし、戻ることはできるのだ。ところが、
「ロイドさん、まさかそんな大変な呪いにかかっているなんて! 私が絶対治してあげますから!」
 涙を滲ませながら手を握ってくる。
(ああ、なんとなくシスターが治癒の素質あるって言ったのがわかる。ルビィは心が優しい。例え魔法が使えなくとも、人を癒す事ができるんだ)
 そんな事を思いながらルビィを見ていた。すると、俺の手を握っているルビィの体が淡く光る。
「え、これって……」
 ルビィは驚いた様子で、
「あのっ! ロイドさん! どこか怪我してないですかっ!?」
「突然どうした? さっきの巻き添えをよける時に少し擦りむいたけど」
「ちょっと傷を見せてください!」
「こんなのほっとけば治るよ」
「いいから!」
 しぶしぶ足の擦り傷を見せる。ルビィは手をかざし、
「我、大地の精霊に願いたもう。彼の者の痛みを取り払いたまえ……」
 呪文を詠唱する。
(魔法はまだ使えないのに、突然どうしたんだろう?)
 そう思っていたが、たちまち傷が治っていく。
「やった! ロイドさん! 私、回復魔法使えるようになりました!」
「どうして……」
 言いかけてから思い当たる。ルビィは俺を治したいと強く願った。魔力とは意思の力だ。故にそれに呼応して潜在していた魔法が使えるようになったのだ。
「やったじゃないか! これで立派な僧侶だな」
「はい!」
 魔法一つ使えるようになっただけで二人とも大喜びだ。なんだか魔王倒すより、こうした何気ない事で喜んでいる方が楽しいのではないかと思い始めた。
「なぁ、ルビィ。お前は魔王倒しに行きたいか?」
 突然の問いに、
「うーん、私は正直、魔王を倒したいとかは思ってないんです。冒険者になったのも母や弟たちを養うためですし。ちゃんとお給料いただけるなら、街のクエストこなしているだけでもかまいませんよ?」
 ちゃんと答えてくれた。そんなルビィに確認したい事があった。
「魔王って、姫を拐った以外に何かしてくるのか?」
「いえ、ただ魔王城で居座っているだけで市民には被害はないですね。人を襲うモンスターとかは絶えずいますけど」
 ということは、実際驚異となってるのは魔王ではなくその辺のモンスターだ。
「ルビィ、俺、魔王討伐やめるわ」
「私もそれがいいと思います。街の治安とか、周辺警護とかの方が魔王討伐よりよっぽど立派です」
 これで勇者の称号は剥奪されるかもしれない。だが、必要の無い名声より実際に為になる事をしたいと思った。
「ルビィ、始まりの城に戻ろう」
「はい!」
 ただルビィには一言言っておかねばならない。
「お前を雇用するのは継続だからな?」
「はい! …はい?」
 返事をしてから首をかしげる。
「病の母親と六人の弟を養うんだろ?」
「でも、それは魔王討伐のために雇われたので規約違反では?」
 ちっちっちっ、と指を振る。
「いつまでに魔王討伐しろとか、レベルいつまでも上げてちゃダメなんて規約は無かったからな。表向きは魔王討伐のためだが、本質は街の警護ってことでやるさ」
「ロイドさん~!」
 ルビィは目を輝かせている。こうしてルビィと共に街の治安維持部隊は結成された。
 
 それからというもの、日々街の依頼をこなしたり魔物討伐を行っていた。だが、直面している問題があった。
「依頼の数が多すぎる……。この依頼はこれで終わりか?」
「はい~、もう動けません~」
 直近の依頼を報告してへたりこむ。始まりの城とはいえかなりの大きな街だ。そこで起こる問題を解決していくにはあまりに人手が足りないのだ。他の勇者たちは旅立つまではここの依頼をこなすが、資金が足りればさっさといなくなってしまう。なので人員不足は否めないところだ。依頼を達成すると報酬金が出るのでお財布は潤ってきたが、ここで誰か雇うか迷っていた。この前見つけたレア武器も装備出来る味方が入れば渡すつもりで持っていた。ただ、雇うと毎月お給料を払わねばならない。装備の出費はさほどでもないが宿代とかも人数分かかるわけで……。大所帯になるならそれなりの広さの一軒家を借りてもよいのだが、三、四人ではもったいない。ルビィに相談をかけてみる。
「なぁ、ルビィ。もし、後一人手伝ってくれる人がいるとしたら、頭脳派がいい? 肉体派がいい?」
「うーん、重たいものはある程度持てますからね。参謀的な人が一人いると、効率よくお仕事出来るかもしれませんね」
 確かに。今は出ている依頼を片端から片付けているが、このあたりの事情に詳しい人がいれば依頼の優先度がわかるだろう。ちなみにルビィに聞いたら『毎日家事と弟の世話に追われていたのでわかりません』だった。頭脳派というと魔法使い系統なイメージだ。冒険者ギルドへ一度行ってみることにした。

 ギルドの建物に入ると相変わらず人は少なく、名簿を見ても、お世辞にも優秀と言える人材はいなかった。ただ、気になる人物が一人。商人で戦闘能力はほぼ皆無。その代わり豪商の心得という特殊能力を持っており、金銭についてはエキスパートだった。魔王討伐の仲間にするなら戦闘できないのは致命的だが、こちらの意図はそこではない。なるべくコストパフォーマンス良く優秀な人材が集まればよいのだ。肝心の雇用費は銅貨六十枚。月々の出費と思うとまだ高いのだが、豪商の心得スキルは大きい。
「ルビィ、この人どうかな?」
 雇うとしたら、戦闘は今まで通り二人でこなさなければならなくなる。なので負担のかかるルビィの承諾を取っておきたかった。
「いいんじゃないですか? 豪商の心得って商人でもなかなか持ってない優秀なスキルですよ?」
「じゃあ、雇おうか」
 決まったのでギルドマスターに声をかける。
「マスター、商人のダイアナって人雇いたいんですが」
「ダイアナか、まぁ相手との交渉が上手くいったら雇う分には問題ないぞ」
 交渉か。ルビィの時は望んで来てくれたが、基本的には相手との話し合いをして、お互い納得の上で雇うことになる。まぁ働きたくない所で働かなくていいという至極真っ当な事だ。マスターは直ぐにダイアナを呼んできてくれた。話し始めたのは向こうから。
「あんたらがうちを雇いたいって人ら?」
「うん、戦闘はしなくていいから財産管理とか収支の指示をを任せようかと」
 するとダイアナは俺とルビィを交互に見て、
「はー、あんたらなあ。管理するほど財産あれへんやろ? よし、ほんなら、金貨五枚以上の品物提示出来たら仲間になったろ。金貨五枚やで?」
 さすがは商人。貧乏パーティーは相手をしないと言うことか。
「ルビィ、何か高い物持ってる?」
「ええっ!? 私にそれを聞きますか!?」
 そうだった。そんなものがあればルビィはとっくにお金に変えて、仕送りをしている。持ち物で高そうな物……。あ、この間黄金のスライムが落とした剣。レアアイテムってことであるし、ルビィの言っていた確率で落とすならかなり高価である可能性があった。
「これとかは、どうかな?」
「こんなちゃっちい剣……、いや待ちいな。よーく見してみ? ふんふん、これは……!あんさんら、これをどこで?」
「都市伝説になってる黄金のスライム? あれが落としたんだけど」
 ダイアナはガタッと立ち上がり、
「なんやて! 黄金スライムのレアもんか!? 実在するとは思てもみんかったわ……。」
 目を丸くしてこちらを見る。
「こら一本取られたなぁ。なんせ知る限り市場に出てへんから値が付けれへんわ。つまり今なら言い値が相場になってまうで?」
 やれやれと言った表情で突っ伏した。ルビィと顔を見合わせて頷き、
「じゃあ、金銭五枚で!」
 勢いよく言う。ダイアナは笑いながらこちらの肩をバンバンと叩き、
「はははっ、あんたらほんまに商才無いなあ! こういう時は国が丸ごと買えるくらいふっかけたるもんやで。しゃあない、心配やで雇われたろ! 貴重なもん見せてもろた礼や。ついでに雇用費も銅貨十枚まけたるわ!」
「いいのか? 月々銅貨十枚は大きいんじゃ?」
「さっき言うたこともう忘れたんか? その剣うちが売りさばけばその程度、一生雇ても軽~くお釣来るで?」
 改めて挨拶する。
「俺はロイド。よろしく頼む」
「僧侶のルビィです。よろしくお願いします!」
「ダイアナ・キュービックや。以後よろしく」
 と、突然ルビィが驚く。
「キュービック!? あのキュービック商会の!?」
「あはは、やっぱ有名過ぎたか~。せやで、キュービック商会の末娘や。まぁ勘当同然に追い出されたんやけどな。商売の知識は商会仕込みやで任しとき」
 俺はぽかんとして、
「そんなに有名なのか?」
 ルビィに聞くと呆れたように、
「逆に何で知らないんですか? この街の日用品から武器防具に至るまで、ほとんどキュービック商会が販売してるんですよ?」
「へー、知らなかった」
「いやいや、クリスマスとかも商会名でイベントとかの広告ばらまきますし、もしかしてロイドさん……」
 しまった、転生したばかりだから知らなかったが、まずい一言ではないか? これはバレてしまったか?
「イベントとかしたことないんですか?」
 かわいそうな人を見る目でこちらを見てくる。
「あるさ、それくらい! 俺はどこの商品とか気にしない質なの!」
 それを聞いたダイアナが割ってはいる。
「せやで! あんさんええこと言うた! どこの物でもええもんはええ! ブランドやなく質が大事なんや」
「お、おう……?」
 唐突に食い付かれ、少し戸惑う。が、今のでダイアナが何故勘当されたか察しがついた。
「ダイアナ。君、お父さんにも同じ事言ったでしょ?」
「ギクッ。なんでわかったん?」
「いや、もろばれだから」
「ま、まぁそんな細かい事はどうでもよろしがな……あはは」
 あまりこの事を追及するのも悪いと思いここまでにする。さて、正式に商人の仲間も増えた事だし宿を取らなければ。
「えっと、今日泊まる宿は……、どうする?」
「昨日は安い所で、と言ってロイドさんと相部屋になってしまいましたからね。結局ロイドさんをトイレで寝させる羽目になってしまいました。だから、少しお値段張ってもちゃんと二部屋取れる宿にしましょう!」
 するとダイアナが、
「まてまてまてぃ! これから毎晩宿を二部屋取り続けるつもりかいな? うちが財産管理する以上そんな無駄遣いは許さへんで!」
「じゃあ夜はどうするんだよ?」
 いぶかしげに質問するとダイアナは、
「うちに秘策がありまっせ~」
 と、したり顔だ。
「とりあえず行きましょ~」
 
 連れて来られたのは、中古物件の不動産屋。
「おっちゃん、まいど~」
 軽く挨拶して店主と話し始める。
「えとな、そこの二人が泊まる当てがのうて路頭に迷いそうなんやけど、格安で譲ってもらえる家あらへん?」
「いやいや、さすがにダイアナちゃんと言えども、家はなあ、金貨十枚はするぞ?」
「そこをなんとか、な?」
 店主も困ったように、
「いやしかしなあ。こんな若い二人を路頭に迷わせたくはないが、うちも商売だから」
 すると、突然ダイアナは、
「あ、そ。ほな、さいなら。その代わり、ここには義理も人情もない不動産屋があるってしっかり宣伝させてもらいますわ」
 話を切り上げようとする。
「わーった!わかったから。んで間取りはどれくらい希望なんだ?」
「ひとまず2DKやな。価格は銀貨八十枚で」
 店主はがっくりと膝を落とし、
「こいつでいいか……?」
 間取り図を見せる。ダイアナは上機嫌で、
「ありがとうな~。やっぱおっちゃん話せるわ~。代わりにしっかり宣伝したるさかい!」
 契約を結ぶ。さらに追い討ちで、
「当然、分割効くよなあ?」
「はい……、どうぞ家の鍵です……」
 不動産屋の店主にはもう立ち上がる気力は無くなっていた。俺とルビィは同情しつつ、ダイアナの凄さを実感するのだった。
 借金はしてしまったが、これで宿の心配は無くなった。プライベートスペースがあることで、公の場所で話せない、魔王討伐をしない事なども話せる。ひとまず買った家に入ると、
「まー、中古やでこんなもんか。思たよりは綺麗やん」
「ほああ、これ本当に私たちのお家なんですよね!すごいです!」
「へー、なかなか良さそうじゃないか」
 皆、好印象だ。そろそろダイアナに伝えておかなければならない。
「ダイアナ、大事な話があるんだが、いいか?」
「ん? 改まってどないしたん?」
 ごくりと唾をのみ、
「実は……、俺たちは魔王討伐に行かないんだ」
「へー、ほんで?」
 予想外の反応に拍子抜けしてしまう。
「えっ? 『なんやてー!』ってのを想像してたけど……」
「まあ、戦闘能力のないうちを雇た時点でなんとなくわかってたからなあ」
 こほん、と咳払いして、
「わかってたなら話は早い。俺たちは街の近くに出没したモンスターを討伐したり、困りごとの依頼をこなしたりして、街の役に立つ勇者を目指す」
 ルビィもうんうんと頷く。
「それで、クエストの受ける優先度が高そうなものをダイアナにチョイスしてもらおう、ということで雇ったんだ」
「なるほどなあ。ほんならうちは、クエストの選別と金銭管理したらええんやな?」
「ああ、非戦闘系のクエストはこなしてもらうことになるが」
「わかった、任しとき」
 話を終えて、一安心する。とりあえず、頭ごなしに反対されなくてよかった。
「それじゃ、明日に備えて休もうか」
 俺が提案すると、
「せやな、ルビィちゃんはそっちの部屋な。うちはこっち使うさかい」
 ダイアナは部屋を割り振る。
「あれ、俺の部屋は?」
「ん? そこにソファーがあるやないの」
「あ、はい……」
 (そういうことか。2DKとは、女性の部屋を二部屋確保と。男はソファ―で寝ておけと)
 明かりが消されて、ソファ―に転がり、
(でも、これで明日から街中のクエストは少し楽になるかな?)
 などと考えながら眠りにつくのだった。
 チュンチュン……。
小鳥のさえずる声で目が覚める。
「う、うーん」
 なんだかいつもと違う感覚。寝返りを打ってようやくわかった。
 ドシン!
「あいたたた~、そっか、ソファーで寝てたんだった……」
 ベッドより柔らかめのクッションだったので変なはずだ。見事に転がり落ちた俺はリビングを見回していた。キッチンの方から調理をする音がする。寝ぼけ眼を擦りながら向かうと、ルビィがてきぱきと朝食の支度をしていた。
「おはよう、ルビィ」
「あ、おはようございます! もうすぐ朝ごはん出来ますからね。ダイアナさんは早朝セールに買い出しに行ってもらってます」
 タンタンとリズムよく包丁を動かしながら挨拶してくれる。
(美味しそうな匂いだな~)
 ついつい覗き込んでしまうと、
「朝ごはん、気になりますか?」
 ルビィがこちらを見てクスクスと笑っている。こういうところ家庭的でいいんだよなと思う。よそ見している間に短冊切りになっているまな板を除けば。
「ルビィ、前!前!」
「あわわ、すいません。昨日下ろし立てのまな板だったのに。備え付けの予備を早速使わなきゃ。でも、お料理の方はちゃんと出来たから大丈夫です」
 料理は上手いのだが、怪力が災いしてまな板ごと調理してしまうのが玉にきずだ。ルビィは短冊になったまな板から料理を皿によそいながら苦笑いをする。美味しそうな料理と短冊切りのまな板、ダイアナの目はどちらを先に見るだろうか? できるなら料理の方であって欲しい。しかし、いくら早朝セールとはいえ帰りが遅い。少し心配になってきた。ルビィに、
「帰りが遅いからちょっとダイアナの様子見てくるよ」
 と話すと、
「ダイアナさんから、かなり買い込むから時間かかるって聞いてますけど……。でも荷物沢山だと持つの大変ですよね。見てきてあげてください」
 と言って送り出してくれた。
 大通りの商店で休日の早朝に行われる安売りセール。値引き率が高く、これを狙って行列ができるほどだ。通りを商店に向けて歩いていくと、道端に買い物袋に埋もれた誰かがいる。誰かというか大体は想像はついているのだが。
「ダイアナ、ちょっと買いすぎじゃないか?」
「おお、ロイドやない。ちょうどええところに。お値打ちやったさかい、ちょいと持てんくらい買うてしもうた」
「無駄遣いは許さないんじゃなかったのか?」
 呆れたように首を降ると、
「ちゃんと元引ける物しか買てへんで! 見てみい! この純銀鍋を! これがたったの銅貨十枚やで。他所で買うたら銅貨三十枚はする」
 確かに買ってあるものは消耗品ではなく、長く使える物だった。それ故、かなりの重量になっているのだが。ただ、一つが銅貨十枚? 不安になったので聞いてみる。
「ちなみにいくら分買ったんだ?」
「ふふん、よう聞いてくれた。ほんまは銀貨二十枚のところを半額やで!」
 聞いてみて頭が痛くなってきた。今は銀貨八十枚の借金で首もほとんど回らないと言うのに……。だが、買ってしまったものは仕方ない。俺も一度に運べる量ではなさそうなので、
「何回か往復して運ぶから、ここで荷物番頼めるか?」
「すまんなあ。ルビィにも謝っといてな。あの子、うちのために美味しい朝ごはん作っとくって張り切ってたさかい」
「わかった」
 ダイアナに荷物番を頼み山となった袋を少しずつ家へと運ぶ。第一便を運び届けるとルビィが、
「お帰りなさい。ダイアナさん無事でした?」
 と、迎えてくれた。やれやれと言った口調で、
「ああ、荷物持ちきれずに道端に店を広げていたよ。後何往復かするから朝ごはんはもう少し後になりそうだ。ダイアナからルビィにすまない、と言付かってるよ」
 事情を説明した。ルビィは気にした様子もなく、
「いえいえ、無事なら何よりです。私も運びに行きます。お料理は冷めちゃいますけど仕方ないですね」
 と、荷物運びについてきてくれた。
 大量の荷物を運び終え、ようやく朝食。冷えてしまっているが、味はしっかりしている。流石は毎日八人分の料理を作っていただけのことはある。さて、ダイアナが舞い込ませた目下の課題に取り組もう。
「えー、我々には銀貨八十枚のローンがある。まずはこれを返済することを目標としたい。異論はあるか?」
 すると根元であるダイアナが挙手する。
「あるで、大ありや!」
 嫌な予感がするが一応当てる。
「はい、ダイアナさんどうぞ」
「ええか? この家は仮の拠点や。うちが新品やなく中古物件選んだんは安さやない。この街には契約して手続きもろもろ、行政に伝わるまでに退去すると、その額がまるごと返ってくるちゅう仕組みがある。まぁ、入ってみたはええけど、イメージと違ごた、つーのを防止するためなや。もちろん、退去せなあかんけど」
「つまり、仮の宿として買ったと?」
「そういうこっちゃ。今日買うた荷物を毎回運ぶのは大変やけど、ある種の印象付け的な意味もある」
「どういうことですか?」
 聞いていたルビィが質問した。
「例えば、や。度々転居繰り返してるやつが手ぶらでおるのは明らかに住む気あれへんやろ? せやから、生活で使うもんを買い込んで、うちらは暮す予定やったんよ~、ってアピールするんさ」
「なるほど~」
 なんだかダイアナに丸め込まれている気がするが、要するに現在の仲間の人数に合わせて転居を繰り返す、ということらしい。
(中古物件屋のおやじさん、御愁傷様です。相手が鬼した)
 心の中で手を合わせながらダイアナの話を聞く。「とりあえず、手続き完了まで三日ある。せやから、三日間に仲間が増えるなら転居、増えへんなら現状維持で暮らすことになる。ロイドにはなるべく早めに仲間集めをしてもらえると、うちも算段しやすうなるで、よろしくな?」
「わかった。仲間の募集期間は三日だな? ダイアナの計算的には何人が限界だ?」
 ダイアナはしばし考えてから、
「せやな、建物的にも五人が限度やな。月々の支払いと収支のバランスとるならそれくらいにしとかないかん」
「了解だ。今日、明日はギルドで仲間探しをしよう。ルビィも異論ないか?」
 ルビィにも確認を取る。
「はい、夕食の準備までに帰れれば大丈夫ですよ」
 これで三日間のやることは決まった。あとは現在の残金も確認しなければ。
「ダイアナ、買い物してお金いくら残ってるんだ?」
「ん? 景気よう使うたさかいな。ちょい待ってな。ひい、ふう、みい、銅貨三十五枚残ってるで」
「ちょっと待て。たったのそれだけしか無いのか?」
「ほえ? 稼いだらええだけの話とちゃうん?」
 ダイアナは雇われる側なので知らないのも無理はない。ギルドでは、初月の賃金分が持ち金に無ければ契約できないシステムなのだ。その事を伝えると、
「なんやてー!何でそんな大事な事先に言わんねん!」
「流石にここまで買い物するなんて思ってないからだよ!」
 ルビィが不安そうに、
「ということは、契約金が銅貨三十五枚までの人しか雇えないってことですよね?」
 頭を抱えている俺を見ている。
「そうなるな。今日一日でこなせる依頼をやって稼ぐという手はあるが……」
 今日一日で稼ぐというのは、その日に完了して報酬支払いの依頼に限られる。こなすとしたら魔物討伐系統で、倒す数も少ないものしか難しいだろう。必然的に報酬も少くなってしまう。ここでぐだぐたしていてもどうしようもないので、
「考えていても仕方ないな。依頼見るついでもあるし、ギルドまで行くか」
 と、二人と共に家を出た。
 ギルドに着くといつもは閑散としているはずが珍しく賑わっていた。何事かと思い、
「マスター、この人混みはいったい?」
「おお、ロイドか。今日はギルド恒例のイベントでな。腕相撲大会を開いてるんだ。賞金も出るぞ。良ければ参加していくか?」
 すると、ダイアナの目が輝く。
「賞金!? なんぼ出るんや!?」
「優勝は金貨三枚、準優勝は金貨一枚だぞ」
「よっしゃ、来たで! ルビィ、出番や!」
「ええっ!? 私が出るんですか!?」
 ダイアナに親指を立てられているルビィはおろおろしている。まあ、この三人の中では適任なのだが。
「ルビィ、どうする? 嫌なら止めておいても……」
「いいえ、やります! 背に腹は変えられません!」
 腕捲りをしている。
(あ~あ、なんか変なスイッチ入っちゃったよ……)
 相手の腕をへし折るなんてことが無いことを祈りながらエントリーする。
「よし、受け付けたぞ。選手は控え室で待機してくれ。勝負の順番で呼びに行くからな」
 気合いを入れているルビィを送り出し、観客席に腰を下ろす。
 舞台に照明が当てられ、
「さぁ、今回も腕自慢たちが集まったぞ! ギルド主催腕相撲大会、一回戦一試合のカードはこれだ!」
 スポットライトが当てられ、
「赤コーナー! 巨漢の豪腕ガザック!!」
 一斉に歓声が起こる。もう一つライトが当たり、
「青コーナー! 怪力僧侶ルビィ!! 細腕の少女は本当に怪力なのか!?」
 ゲラゲラと笑いが起こる。まあ、笑っていられるのも今のうちだが。
「両者前へ!」
 二人とも歩み出て、ガシッと腕を組む。
「嬢ちゃん、怪我しちまったらすまねえな! 手加減はしてやるけどよ!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
 律儀にお辞儀をしている。
「それでは~、レディ……、ファイッ!」
 レフェリーの手が離された。しかし、両者動かない。正確にはガザックは力を込めているがルビィが平然と耐えている。
「ぐっ、ぬっ、このっ」
 だんだん顔に血が登って赤くなってくる。ルビィは何事もないかのように、
「手の甲がマットにつけば勝ちですよね?」
 と、質問している。
「バカにしやがって! こんのぉ!! 動けぇ!!」
 次の瞬間、
「えいっ!」
 一気にガザックの腕を押し倒した。なんかゴキッと嫌な音がした気がするが、聞かなかったことにしよう。あまりの痛みに悶絶するガザックと無邪気に喜んでいるルビィを観客たちはただ唖然として見ているのだった。レフェリーも呆気にとられていたが、
「し、勝者、ルビィ!」
 青色の旗をあげる。観客たちも我に返り、
「すげえぞ! ルビィー!」
「なんだ!? あの力? 本当に僧侶か!?」
 一気に歓声がを上げる。ルビィは照れながら、舞台袖に引っ込んで行くのだった。その後はきちんとした、というのもおかしいのだが実力の拮抗した試合が続く。そして二回戦。ルビィの相手は女戦士のイザベラだ。
「一回戦は見かけ倒しの大男でラッキーだったわね。でもあたしが貴女の化けの皮剥がしてあげるわ!」
「私も負けませんよ!」
 互いに笑顔で火花を散らす。レフェリーが位置に着き、
「レディ、ファイッ!」
 手を放した。下手に気合いを入れてしまったせいで、本当にイザベラの腕をへし折ってしまい、救護班の回復魔法で大手術が行われる惨事となってしまった。ギルドマスターが見かねて、
「二回戦途中だが、ルビィに挑みたい奴はいるか? いなければ優勝はルビィにして、準優勝決定戦までを行おうと思うが……」
 助け船を出した。選手一同、満場一致でこの提案は呑まれ、晴れてルビィが優勝となった。
(まぁ、そうだろうな。目の前であんなことになったらなぁ)
 舞台袖から賞金の目録とトロフィーを抱えて戻ってきたルビィは、
「ロイドさん、やりましたよ!」
 と、にこやかに微笑んでいる。この笑顔の裏に殺人級の怪力が潜んでいることは、ここにいる人たち以外知らないということが末恐ろしい。
 とにもかくにも、ルビィのおかげで、仲間募集用の資金も入り、宣伝もバッチリだ。どうなることかと思ったが、これでなんとかなりそうだ。などと、気楽にいたのを、明日は後悔することをまだ知るよしもなかった。
 翌日、再度ギルドにやって来た。今日はダイアナには街中でこなせる依頼を任せて、ルビィと二人で来た。
 今回雇うのは、俺とルビィの戦闘組の戦力補強のための人だ。予算は金貨三枚と銅貨三十五枚。金貨一枚が銀貨百枚、銀貨一枚が銅貨百枚相当なので、毎月払う事を考えると銀貨一桁くらいの雇用費用が望ましい。
 二人で名簿を見ていると、昨日のイベント参加者達が声をかけて来る。
「お、ルビィじゃねえか! 昨日は凄かったな!」
「くそう、うちのパーティーの戦力として欲しくなっちまった! 兄ちゃん、羨ましいぜ」
 まるで、ヒロイン扱いだ。慣れないもてはやしでルビィはなかなか名簿に集中できない。そこは俺がカバーしないとと思いゆっくりとページを捲って行く。とにかく費用と戦力のバランスの取れた人で、かつ、魔法使い系の人物。なぜなら、ダイアナを雇う時の条件に入れていたからだ。戦闘要員として仲間を増やす予定だったので、なるべく条件は変えたくなかった。戦士系の職なら、ルビィのパワーでどうとでも補えてしまう。だが、魔法となるとある程度、先天的な能力と知識がなければならない。
「うーん、一口に魔法と言っても種類が多いな。ルビィ、俺はさっぱりなんだが、どういうものか知ってるか?」
「はい、概要程度で良ければ。まず代表的な攻撃魔法である、黒魔法。自然の摂理に働きかけて事象を操作し、敵にダメージを与えるものですね。次に有名なのが機械魔法。最近発達してきている魔法で、古代の機械の力を引き出し、戦闘のサポートとして活用するものです。これは、一度古代遺跡に行って、眠っている機械に魔法でアクセスしないといけないというデメリットがありますが、その分強力です」
「ふむふむ、なるほど。じゃあ、この霊魔法っていうのは?」
 ルビィに質問すると表情が強ばり、
「文字通り、幽霊の力を借りる魔法です。呪いとかいろいろあるみたいなんですが……。私、幽霊は苦手で。出来れば避けてほしいんです……」
 申し訳なさそうに見つめてくる。
「そうだな、止めておくか。俺たちの戦力補強なのに、ルビィが怖がっちゃったら意味ないし」
 候補から霊魔法使いを外していく。
 他にも魔法の種類はあるのだが、補助魔法なので当面は後回しだ。
「黒魔法か機械魔法かどっちかかな~。ルビィはどっちか希望あるか?」
「私は機械のワンちゃんとか飼ってみたいので、機械魔法がいいです!」
 なにやら、考えるポイントが違っている気がする。
「ルビィ、ペットの話じゃなくて、ね? 戦闘用の魔法だから」
「あ、すいません! でも、機械魔法って強力なんですよ!?」
 (あー、完全にペットの事が頭から離れないな。どのみち攻撃魔法だし、強力ならいいか)
 俺も安易な考えで機械魔法の方向で見ていった。予算内で機械魔法を使えるのは二人。王立研究所員だった経歴のサフィールか、フリーランスの学者のトルム。なんだか経歴は正反対なイメージだが、どちらを雇うか。とりあえず、今日ここにいなければ意味はない。
「マスター、サフィールかトルムって今日来てます?」
「あー、サフィールはまだ来てないな。トルムならあちらのカフェテリアコーナーでのんびりコーヒー飲んでたから呼んでくるが……」
「じゃあ、お願いします」
「ちょっと待ってな」
 そう言うとカウンターから出てカフェテリアへと歩いていった。
 いい程時間が経ってトルムがやって来た。
「は~い、どうも~。一応学者? のトルムですよ~」
 口調ものんびり、ほんわかした背の高い男性。古びた茶色のコートに特徴的な丸眼鏡を鼻にかけている。
「はじめまして。俺はロイド。勇者をしている。こちらは僧侶のルビィ」
 こちらも挨拶をする。ここから交渉だ。
「それで、こちらとしては君を雇いたいのだが、君から何か条件提示等はあるか?」
「ん~。そうだね~。知ってるとは思うけど、機械魔法は古代機械との契約が成立して初めて使える魔法だ。この国はほとんどの古代遺跡を管理下に置いているからね~。僕からは、王室公認の勇者パーティーに入れるなら特に要求は無いよ~」
 間延びした口調で返事をくれる。これは契約成立か? と、思った瞬間、
「僕からは、ね~」
 トルムはニヤッと笑う。トルムの肩の後ろから、丸い球体の機械が顔をのぞかせていた。
「ガーネア、この二人どう思う~?」
 トルムはガーネアと呼ばれた機械の球体に話しかける。ガーネアは電子音声で、
「僧侶の方ハ問題なさそうですネ。たダ、この勇者からハ、謎の周波数が検知されまス」
 こちらにふよふよと寄ってくる。
「害のあルものではないかと思わレるので、仲間になルこと私モ異論はあリません」
 俺の周りを一周して戻っていく。機械の敏感さに冷や冷やしながらも、
「俺は何も怪しい者じゃないよ」
 ガーネアに弁明しておく。するとガーネアは、
「怪しイ者は必ズ自分で、怪しくないト言いまス」
 言葉でさらにチクりと一刺ししてきた。トルムがゆっくりの口調で割って入り、
「まあまあ。ガーネアの許可も出たし、よろしくね~。ちなみにガーネアのメンテ代は別料金だから、大事にしてね~」
 雇用契約にサインを書いていた。
「こちらこそ、よろしく頼む。ルビィ、聞いての通りだから、むやみにガーネアに触っちゃダメだぞ?」
「ええっ!? どうしてですか!? せっかくの仲間の機械さんなのに」
「昨日の今日で自分の怪力を忘れたかい?」
 諭すように言うと、
「そうでした……。気をつけます」
 ばつが悪そうにしゅんとしていた。
 
 トルムを雇い家に戻ると、ダイアナが待っていた。報酬袋を積み上げて、
「おう、お帰り~。ええ人はおったか? うちに任された仕事は全部終わらせたさかい。なんなら追加でこなしたでな。報酬もたんまり入っとるで~」
 自慢げに見せびらかしている。
「すごいな。よくこんな短時間で全部こなせたな。どうやったんだ?」
 尋ねると、
「ふっふっふ、仕事っちゅうのは人脈が大事やねんな。人と物は使いようってな」
 得意気だ。なるほど、商会のつてを頼ったり、助けを借りられるところは最大限使っていく、ということか。こちらも収穫を披露する。
「こちら、機械魔法使いのトルム。一緒にいるのが古代機械のガーネアだ」
「よろしく~。これから世話になるよ~」
「よろしクおねがイいたしまス」
 ところが、ダイアナの顔色が険しい。
「ロイド、今、機械魔法使い言うたか? あの金がぎょうさんかかる機械魔法か?」
「えっ、そんなにお金かかるのか?」
 驚いて尋ねると、
「知らんのかいな~。はぁ……。こりゃ、財布の紐はだいぶ締めないかんなあ」
 がっくり項垂れている。
「一応聞くで? トルムそのガーネアの管理費、契約金外やろ?」
「うん、そうだね~。持ち物扱いだから~」
「ちなみに、月々のメンテ代いくらや?」
 すると驚きの額が伝えられた。
「軽く見積もって、銀貨十枚くらいかな~」
(なんだって! そんなこと聞いてないぞ!)
 ダイアナはやれやれと言った表情で、
「そないな事やと思うたわ。んで、新しい機械と契約したらさらにかかるんやろ?」
「お~、よく知ってるね。強力な兵器になるほどお金はかかるよ~」
 ダイアナは立ち上がり、
「ロイド、今すぐ契約解除してきなはれ。毎日粥が三食でも良ければこのままでもかまへんけどな」
「あらら~。もしかして歓迎されてない~?」
 ここでルビィも割ってはいるが、
「でもでも、こんなにかわいいロボットさんがいてくれるんですよ? 結構沢山機能もあるみたいですし……」
「かわいさで飯は食われへん」
 と、一蹴してしまう。これはなんとかしなければ。
「じゃあ、古代機械の維持費用は俺とルビィで稼いだ分から出す。ダイアナがこなしてくれた依頼の報酬はには絶対に手を出さない。これでどうだ?」
 ダイアナは顔をしかめてはいるが、
「しゃーないなあ」
 なんとか承諾してくれた。ルビィは嬉しそうに、
「良かったですね、トルムさん、ガーネアさん!」
 と、二人を迎え入れる。来月からは毎月、最低でも銀貨十枚のノルマが確定してしまったが、ここは致し方ない。
 雇う人数は五人まで、ということだったが、ガーネアの分の費用も考慮するともう余裕はなかった。早速このままの家に住むか、転居するかの相談を始める。実際2DKの間取りでは少し手狭になっていた。
「ダイアナ、拠点なんだが……」
「みなまで言わんとって。ここじゃ足りひんことくらいわかってる。早いとこ不動産屋のおっちゃんとこ行くで」
(ああ、気の毒に。またひどい目に合うのか、あの人)
 三日間過ごした仮の家を後にして、四人で行政庁で契約取り消しをして不動産屋に行く。
 店に着くと、店主が、
「らっしゃ……」
 挨拶をしかけて凍りついていた。ダイアナは構うことなく、
「おっちゃん、物件見せてもらうで~」
 と、貼り出してあるおすすめ物件を見ていく。店主がひそひそ声で、
「なんでまた来てるんだよ? この前格安で売っただろ?」
 俺に確認してくる。心が痛むが、契約取り消し書類を見せると、店主はもう何も言えなくなっていた。そこへダイアナが、
「なあなあ、ロイド。男二人相部屋でもかまへんか? 間取り一つ部屋少ないだけで値段だいぶ違うねんけど」
 と、聞いてくる。トルムにも確認をとってあったらしく、俺がオーケーすると話を進めた。
「今のところ、二つまでは絞ってんねんけどな。どっちに住むか悩んでんねん。ロイドはどっちがええ?」
 チラシを二つ見せてきた。北区住宅街と東区住宅街の物件で東区の方が値段が安い。なのになぜダイアナは迷ってるんだろう? 謎の答えは、取り扱い業者にあった。東区はキュービック商会の取り扱い物件だ。本人は嫌なんだろうが俺たちに気を遣ったんだろう。
「うーん、ちょっと値段張るけど北区でいいんじゃないか? ほら、またどうせ値切るんだろ?」
 さりげなくキュービック商会の物件を避けると、にぱっと笑い、
「当たり前や。うちを誰やと思ってんねん」
 店主の元へ行く。後の惨状は戦闘とは違う筆舌し難いものだった。ボロボロになった店主にダイアナは、
「おっちゃん、ありがとうな~。いつかお礼するさかい」
 手を振り店を出た。後をついていく俺は何故か罪悪感満載だった。
 丸一日かけて荷物を運びようやく落ち着いた。ここで毎月の支払いを確認しておこう。ルビィが銅貨三十枚、ダイアナが銅貨五十枚、トルムがガーネアのメンテ代合わせて銀貨銀貨十三枚。家のローンも合わせると、毎月銀貨二十枚の出費だ。日割り計算で銅貨六十七枚は稼がないといけない。
「一日、銅貨六十七枚か~」
 少しため息をつく。ルビィも、
「六十七枚は大変ですよね」
 落ち込んでいた。するとダイアナが、
「そないな額、楽勝やん? うち、昨日銀貨三枚稼いだで?」
 けろっとした顔で言ってのける。ちょっと待て。いくら人脈あるからって、あの時間で銀貨三枚稼いだのか? これは今さらながらすごい人材を引き当てた気がする。と、思っていたら、
「経費で銀貨二枚使こたけどな~」
 ケラケラ笑っている。お礼やらなんやらで払ったんだろう。どのみちプラスなのでやはり頼れる。問題はガーネアのメンテ代を出してくれないところだ。まぁ、今考えても仕方ない。今日は新居でゆっくり寝るとしよう。 翌朝。
 ガンガンガン!
 フライパンをお玉で叩く爆音で強制的に目を覚めされられた。目を擦りながら、
「誰だよ、こんな時間から~」
 音を鳴らした正体を見ると、ダイアナが鬼の形相でたっていた。
「あんさんらな、今頃まで寝ててこの後どうしますん? 光陰矢の如し、寸暇を惜しんで働きなはれ!」
 少しは抵抗しようと、
「それを言うならダイアナだって起きたばっかりなんじゃ……」
「うちは朝から三つ依頼こなしてるんやで!? 何言うてんの!?」
 口答えした瞬間に報酬袋をテーブルに叩きつけて怒鳴られた。人に言う前にちゃんと自分はやることやっている人間の言葉は重い。
「ごめん! すぐに準備するよ!」
 慌てて飛び起きて支度を整えた。
 
 今日は街の外の街道から外れたところにやってきた。ルビィとトルムと共に実戦での連携を確認することにしたのだ。いきなりぶっつけ本番で討伐依頼をやるよりは事前に確認しておきたかった。
「じゃあ、先頭は俺でルビィは後方で回復を頼む。トルムは俺の動きに合わせて魔法で援護してくれ」
「わかりました!」
「了解~」
 敵には耐久力のある巨大な岩人形、ロックゴーレムを選んだ。練習戦闘とはいえ、敵は魔物だ。手加減してくれる訳ではない。
「行くぞ!」
 俺は先陣を切って魔物に突撃する。右手の檜の棒(?)が勢い良く振り下ろされた。だが、さすがにまともなダメージを与えられない。
「くっ、固い!」
 一撃当てて、すかさず距離を取る。トルムは後方でガーネアに何か伝えていた。
「グオオオオ!」
 ロックゴーレムは唸り声を上げて巨腕を振り下ろそうとした。その瞬間。
 ビッ!
 赤い閃光がロックゴーレムの胴体を貫通する。そして前方にあった小さな丘がものすごい音と共に爆発して吹き飛んだ。
「へ?」
 あんぐりと口を開けたまま振り返ると、
「あー、出力かなり押さえて撃ったんだけどな~」
「出力十二パーセントでス」
「もう五パーセント押さえてみようか~」
 と、悠長にトルムとガーネアが話している。ルビィに続き、とんでもない人が来てしまったのかもしれないと、今更ながら思うのだった。ルビィは、
「すごいです! 今のなんですか!?」
 目をキラキラさせてガーネアに駆け寄っていく。
「空間のエネルギーを圧縮シて、熱ニ変換しテ打ち出しまシた。初弾なノで控えメにしたのデスが……」
「いいな~、私も出来ないかな~」
 わくわくしているルビィにガーネアは、
「理論上なラ可能デスよ。意識を練り上げテ放つイメージですガ、簡単に出来るとハとてモ思えませン」
 と、否定的な意見だ。ルビィはとりあえずやってみたいようで、イメージしている。
「うーん、意識を練り上げて……、えいっ」
 すると、伸ばした人差し指から青白い閃光が狙った岩を直撃した。俺とガーネアは同時に、
「出来るんかい!」
「出来ルんかイ!」
 突っ込みを入れる。
「概要を理解しただけデ、高等理論をやっテのけルなんて恐ろしい子……」
 ガーネアは驚きを隠せない。ルビィは、
「やった~! 今度弟たちに見せてあげよ~」
 大はしゃぎだ。もうここまで来るとルビィは何者なのかわからなくなってくる。とにかくこのパーティーは火力過多になっている。
(まずい。このままでは、街の護衛どころか破壊魔のパーティーになってしまう。ガーネアも一割の力でこれだぞ? 何か手を打たないと……。そうだ!)
「なあ、トルム。せっかくだし、新しく機械魔法覚えたくないか?」
「そうだね~。そのために君の仲間になったんだし~」
「よし、じゃあ近くの遺跡に行こう」
「おー、いいね~」
(よし、誘導成功。あとは、ガーネアより控えめな機械と契約してもらって……)
 するとルビィが、
「私も一緒に行ってもいいですか?」
 目を輝かせて話しに入ってくる。
(しまった。ルビィを連れて行ったら、とんでもない兵器と契約しかねない。どうする……)
「えーと、ルビィはお留守番しててもらってもいいかな~?」
「えー、どうしてですか? 遺跡探索なら回復は必須じゃないですか」
(うぐっ、ど正論だ)
「じゃあ、選ぶのはこっちに任せてもらえるかな~?」
 冷や汗を流しながらルビィに破壊兵器との契約をさせないように持っていく。
「わかりました……」
 とても残念そうに落ち込むルビィだが、今はこれが最善策だ。このままルビィに選ばせたら下手をすると始まりの城ごと消し飛びかねない。
「よし、決まりだな。トルム。一番近い遺跡は?」
「うーんと、東に二時間歩いた距離に探索の簡単な遺跡があるよ」
「よし、そこにしよう」
(探索が簡単ということはさほど強力な兵器はないだろう)
 こうして三人で遺跡探索へと向かうのだった。

 遺跡に着くと、入り口に衛兵が二人立っていた。入ろうとする俺たちに、
「王国発行の探索許可証は持っているか?」
 と、尋ねる。俺は勇者認定証を見せて、
「これでいい、と聞いたんだけど」
 確認する。衛兵は認定証を見て、
「うむ、探索を許可する。内部は複雑な構造ゆえ、むやみに仕掛けなどは触らぬように」
 忠告をして道を開けてくれた。
(トルムはそういうことは心配なさそうだな。問題はルビィだ。面白そうってあれこれいじりそうだから注意しないと)
「わかりました! こういうスイッチを押しちゃダメってことですよね?」
 ルビィは早速くぼみのある銅像の前に立っている。衛兵が慌てて、
「あっ!それは感知型トラップで……」
 言う間もなく、足元の床が抜ける。
「ほえ? きゃああぁぁぁ……!」
 悲鳴を残しルビィは落とし穴に落ちてしまう。スタートから僧侶が行方不明になってしまった。
「トルム、気をつけてルビィを探そう」
「了解だよ~、僕も遺跡で一人にはなりたくないしね~」
 心配そうな衛兵に見送られて遺跡に入る。
 衛兵からの情報だと、この遺跡は四階層で成り立っているらしい。ルビィが落ちたのは幸い、一階層目のどこかで、魔物もさほど強くないとのことだ。
(まぁ、ルビィがその気になれば壁なりなんなりぶち抜いてきそうだけどな)
 遺跡探索はガーネアのナビゲートで進んだ。ガーネアのメモリ内には、古代遺跡の構造図が記憶されているらしい。ある部屋の前でガーネアが、
「おそラくルビィさんがいルのはこの部屋でス」
 と立ち止まる。小型の格納庫のような部屋でガーネア曰く、兵器が納められている部屋だという。ガーネアは機械言語でロックを外し扉を開けた。小型とはいえ二十㎡はある。ガーネアの照らす明かりを頼りに室内を探す。角のほうにうずくまっている人影が見えた。
「ルビィ?」
 声をかけてみる。人影はこちらに駆け寄り、
「うわーん、ロイドさん~! 怖かったです!」
 安堵の涙をこぼす。幸いどこも怪我はしていないようだ。
「ほら、二人とも合流したからもう大丈夫だよ」
「ひっく、はい、ぐずっ」
 真っ暗な部屋に一人は心細かったのだろう。
 周囲には納められた古代機械が何体か散乱している。起動できそうなものを探していると、
「トルムさん、この中で契約できそうな子はいますか? 私、この子がいいな~って思ってるんですけど」
 ルビィが一体指を指している。見ると、犬型の古代機械で背中に連装ロケットランチャーを装備している。
「うーん、起動できなくはないけど~。でも、ガーネアよりかなり弱いよ~?」
(かなり弱い!? それだ!)
「なあ、ルビィ。機械のペット飼いたいって言ってたよな?」
 俺はとっさにルビィを焚き付ける。ルビィは、
「でも、ロイドさん反対っぽいこと言ってませんでしたか?」
 意外にそういうことは覚えているのか。とにかく、
「まぁ、俺も気が変わるっていうか、かわいいよな、そいつ」
「ロイドさんもそう思いますか!? きっと動いたらもっとかわいいですよ!」
 二人してトルムを見て、
「と、言うわけでトルム、よろしく」
「お願いします、トルムさん」
 トルムはしぶしぶ、
「まぁ、いいけどね~」
 契約呪文を唱え始める。
「我、古の海にたゆたえし汝の標とならん。我が名はトルム……」
 詠唱が終わると、犬型機械はゆっくりと立ち上がった。そして、
「そなたが我の新たなマスターか?」
 喋った。犬型だからわん! とか俺は期待していたが、ルビィは、
「すごーい! 喋れるなんてお利口さんです!」
 犬型機械に抱きついている。抱きつかれて迷惑そうに、
「マスターよ、この者をなんとかしてくれぬか?」
 と、トルムの顔を見る。トルムは、
「了解だよ~、でもその前に名前教えてもらっていいかな~?」
 犬型機械に尋ねる。
「おお、これは失礼をした。我輩はマンジマルという。お見知りおきを」
「よろしくね、マンジマル~。ルビィちゃん、マンジマルが困ってるよ~? ちゃんとした飼い主はペットを困らせないんじゃないの~?」
 するとルビィは、ぱっと離れて、
「そうですよね! ちゃんと飼い主らしくしなきゃ! ごめんね、マンジマル」
 頭を撫でて謝っている。もはやマンジマルはペットということになってしまっている。当の本人もしぶしぶ受け入れたようだが、
「我をペット扱いするのは百歩譲って認めるが、戦闘に使わないなどと言ったりせぬだろうな?」
 と、不安気だ。ルビィはどんと胸を叩いて、
「大丈夫です! か弱い私の護衛をお願いしますから!」
 か弱いには大きな疑問符が付くが、回復役の護衛は大事だ。トルムも近くで立ち回ることになるだろう。
「うむ、しかと引き受けた。マスターよ、それでよいか?」
「うん~、それでいいよ~。ついでに僕も護衛してくれるとありがたいな~」
「マスターの護衛は言われるまでもなく!」
 マンジマルは得意気に鼻を鳴らした。さて、ルビィが目移りしないうちにこの遺跡から出よう。ガーネアに、
「これで目的は達したな。ガーネア、帰るルートを教えてくれ」
 尋ねると悲報が告げられた。
「この遺跡は最奥まデ行かなけレば外に出られまセん」
(なんだって!? 最奥までルビィに我慢させるなんて、そんなのバーゲン大安売りの商店街を素通りしろと言ってるようなものだぞ)
「そ、そうか。ならさっさと奥まで行ってしまおう」
 トルムにルビィを挟んで俺の反対側を歩くように促し、なるべく興味の拡散を押さえようとする。しかし、所詮は焼け石に水であちこちでふらっと横道に逸れそうになるルビィを何度もたしなめることになるのだった。
 遺跡を出て、開口一番、
「なんで他の子は契約しないんですか?」
 ルビィが不満をぶつけてくる。俺は、
「じゃあ、契約した分のメンテ代払えるのか?」
 きれいな返しで問う。
「それは……、無理です」
「まぁ、ロイドもお金が貯まってきたら許してくれるさ~」
 しょんぼりと肩をすくめたルビィをトルムがなだめた。とりあえず、控えめな戦力(?)のマンジマルが仲間に加わり今日の実戦訓練は終わりだ。
 マンジマルを連れて遺跡から出てきた。
「うむ、久方ぶりの太陽は気持ちがよいな、マスターよ」
 と、ご機嫌でトルムに話している。ルビィはマンジマルの少し後ろをニコニコで歩く。マンジマルの散歩しているつもりなのだろう。首に巻いたリードを持つ右手がやや前に差し出されていた。ふいにトルムが、
「マンジマル~、兵装の確認をしてもいいかい~?」
 そんなことを言い出した。
「うむ、構わぬマスターよ。三種類しか無いのであまり気落ちしないでもらいたい」
 こちらとしては是非とも控えめな三種類であってほしい。
「では、弱い方から試してみようか~」
 トルムが魔力を送るとマンジマルが青みがかった光を帯びた。
「久々ゆえ、各兵装最小出力で打つとするか……」
 マンジマルが呟くと背中から縦二列、横三列の穴の空いた箱が出てくる。そして、
 パシュッ!
 六発のミサイルが撃ち出された。三十メートルほど離れた一帯に向け飛行し、
 ドドドドドーン!
 辺りを焼き払う。
(えっ、ちょっと待って……。ガーネアよりかなり弱くてこれ? しかも最弱武装だよね?)
 はなから極大火力を見せつけられた。
「う~む、いまいちしっくりこぬ。やはり最小火力に絞るとやりにくい」
 これは次の武装を試す前にトルムに確認しなければ。
「トルム、マンジマルの最強兵装ってなに?」
 トルムは、ん~と首をひねり、
「見てみた方が早くないかな~?」
 呑気な返事をする。
「うん、見たいけどね? 下手したらここいら一帯、消し飛んだりするかも知れないからねっ?」
 それだけはなんとか未然に防がねば。
「まあ、そんなことないと思うよ~。たぶん?」
 (何故だ! 何故これ程の危機管理の甘さで機械魔法連盟はこの人を野に放った!?)
 そうこうしている間に次の兵装がスタンバイされた。マンジマルは口をあーんと開き、そして、
 ドゥッ!
 青白い閃光を放つ。はるか前方の山が吹き飛び、しばらくして、
 ドオォォォン!
 地響きと共に爆音と衝撃波が体を震わせた。爆風で髪がさらさらと揺れ、コツンと小さな石が頭に当たる。パクパクと口を動かしながらトルムの方を見ると、
「うーん、もうちょっと収束させると火力上がるかもね~」
 などと考察している。恐る恐るトルムに、
「あの~、トルムさん? 三つ目は止めにしませんかね?」
 と、頼むが、
「いやいや~、下手に不備があって暴発したらそれこそ大変だよ~? この大陸が地図から無くなっちゃう~」
 さらに恐ろしいことを言ってテストを強行する。
「マンジマル~、三つ目は普通に撃ってごらん~。抑えるとやりにくいでしょ~」
「おお、マスターよ。それはありがたい」
(お願い! やめて~!!)
 そんな心の声も虚しく発射体制を整え始めた。マンジマルはその場に伏せて尻尾をピンと立てる。目が青く光り、
「マスターよ、いつでもトリガーを引かれよ」
 とトルムに言う。トルムもマンジマルの尻尾を握り足を踏ん張って、
「いくよ~、そーれ!」
 ガシャンと尻尾を倒す。
 シン……。
(何も起きない? 不発?)
 と、次の瞬間。
 ゴゴゴゴッ!
 地面が激しく揺れる。トルムの周りは青い光の球体に包まれ浮かび上がって揺れの影響を受けない。
「ちょっ、これ! 地震!」
 トルムはうんうんと頷き、周りの様子を確認する。ぐるりと見渡し、
「半径二キロメートル四方に極大地震。うん問題なさそうだね~」
 のんびり球体の中で浮遊していた。三分ほど全身シェイクしたおされ、ようやく揺れは収まった。口から魂が抜け出しそうになりながら、
「あの、これ、王国にはなんて報告いれましょうかねー」
 瓦礫だらけになった辺りを見渡す。トルムはひとしきり首を傾げて、
「機械魔法のテスト撃ち?」
 疑問系で返す。だが、そんないい加減な言い訳が通じるような光景ではない。トルムに掴みかかり、
「それで済むと思う!? これだけめちゃくちゃにして!」
 ガクガクと肩を掴んで揺するが、
「機械魔法なら普通だよ~? そんなこと言ったら始まりの城の港なんてどうするのさ~。あれも機械魔法で地面が吹き飛んで海と繋がったんだよ~?」
 なんてことを言っている。大きな港だとは思っていたが、まさかそんな成り立ちがあったとは。
「ということは、なに? 日常的にこの辺の地図が書き直しになるような事が起きてるの?」
 恐る恐る聞くと、
「そうだね~、一月に一度は地形把握のために国の軍隊が駆り出されるらしいから~」
 のんびりと答える。どうやら感覚がおかしいのはこちららしい。とりあえず、武装に不備はないと確認され、暴発で大陸が消し飛ぶのは回避されたのでよしとしよう。……してもいいよね?
「マンジマルも武装大丈夫そうだし、そろそろ帰ろうか~」
 トルムに促され街へと歩き出す。街道が先ほどの地震でボロボロになっているので、足元に気をつけながら進む。しばらく歩くと、切り取ったように瓦礫が散乱するエリアと、きれいに整地されたエリアが別れていた。少しだけ感心して、
「ホントにきっちり二キロ以内しか影響なかったのな」
 とこぼす。トルムはやや自慢気に、
「正確なのが機械魔法の良いところなんだよ~」
 胸を張る。確かに正確だけど、威力がね……、ちょっとね……。そんなことを考えながら瓦礫となった街道から綺麗な街道へ。そこへ前方から街道警備の兵隊がやってくる。
(まずい、言い訳考えなきゃ。でも、トルムはしょっちゅうあることみたいに言ってるし……)
 そうしているうちに警備兵は惨状となったエリアに気付く。横を通りすぎようとしている俺たちに、
「あの、ちょっとよろしいか?」
 声をかけてきた。
「はいぃっ。なんでしょうっ」
 声がひっくり返りそうになりながら返事をする。慌てる俺に対してトルムは堂々としている。警備兵は、
「この様子を見るに、機械魔法による被害だと思いますが、近くで機械魔法使いの方を見かけませんでしたか?」
 俺たちに質問する。今まさに目の前に張本人がいるが。トルムの様子から正直に言っても大丈夫だよな? この人です、と喉元まで出かかってから、
「我々も機械魔法の被害は容認するように、と命令されているのですが、あくまでそれは『事前申請されたものに限る』となってまして。この辺りで機械魔法を使うと申請が無かったもので、この被害は本人に請求が行きますからね」
 と警備兵は辺りを見渡している。トルムの方に錆び付いたブリキの玩具のように首を向けると、「あ~、そういえば」と言った顔でポンと手を打っている。それを見て俺は決心した。なんとしても、ごまかして切り抜けようと。
「なんか、それらしい人が北に向かって歩いていくのは見ました!」
「北、というと、始まりの城と反対方向ですね。あちらには遺跡があったはず。今回の無申請魔法といい、野良魔法使いの可能性があります。情報提供ありがとうございます」
 警備兵は敬礼すると、そのまま北へ向かう。声が聞こえなそうな所まで離れてから、
「トルム! どうすんだよ! あれ、絶対ヤバイよな?」
「うん、そうだね~。弁償被害金額は金貨五千枚くらいかな~?」
 冷や汗が滴り落ちる。そこへ、
「あの~」
「うひゃい!?」
 先ほどの警備兵がいつの間か戻ってきていた。
「ななな、なんでしょうっ?」
 飛び上がって驚く俺に申し訳なさそうに、
「すみません、驚かせてしまったみたいで。始まりの城へ向かわれるご様子でしたので、応援要請を詰所へお伝え願えれば、と思いまして。私はこのまま犯人を追わねばなりませんので」
 と、頼んでくる。背中を冷や汗が滝のようにながれているのを悟られないように、
「ええ、もちろん構わないですよ? 善良な勇者の務めとしてお引き受けします」
 誤魔化しながら承諾した。今度こそ、警備兵と別れ、
「とりあえず、トルム。俺が必要って言うまで魔法禁止な」
 これだけは釘を刺しておきたかった。
 服を冷や汗でずっくり濡らして始まりの城へと帰ってきた。あまり気が進まないが頼まれた兵士詰所へ行かなくてはならない。城下町を囲む外壁門をくぐり、併設された詰所のドアをノックする。
「すみません~。伝令を頼まれたのですが~」
 ノックする拳にも汗が滲む。ドアが開けられ、ごつい体格の兵士が顔を覗かせた。ドアを開ける時にずれた兜を直しながら、
「おお、ご苦労様です。早速お伝え願えるか?」
 こちらに応対する。悟られないように、と思えば思うほど笑顔がひきつるが、
「街道警備の人から無申請の機械魔法被害の調査に増援が欲しいそうです」
 要件を伝える。それを聞いて、
「そちらの方も機械魔法使いとお見受けするが、まさか当人であったりはせぬでしょうな?」
 トルムの方を見る。ガーネアとマンジマルは格納出来ないので、機械魔法使いだともろバレなのだ。
「え~と、それがね~むぐぅ」
 何か言いかけたトルムの口を強制的にふさいで、
「ははは、まさかあ~。犯人かわざわざ兵士詰所に来ます?」
 と、誤魔化す。兵士も、
「ははは、それもそうでありますな。いやはや失礼をした。伝令、感謝ですぞ。これより悪徳野良機械魔法使いをふん縛りに行って参ります」
 豪快に笑うと、数人の兵士を連れて詰所を出ていった。その一団を見送って、ようやくトルムの口を解放すると、
「ぷはあ、ロイド~何するのさ~」
 いたくご機嫌斜めで、
「適当に実在する機械魔法使いを身代わりにしようとしたのに~」
 のんびり口調とは裏腹のえげつない事を言っている。さすがに、
「それはダメだろ」
 と、注意すると、
「でも~、犯人が見当たらなかった場合はどうなると思う~?」
 厳しいところを突いてきた。確かに、犯人がいなければ、一番近くにいた俺たちに嫌疑が向く。トルムとルビィが(特にルビィ)上手く誤魔化しきれるということはまずないだろう。だが、街を救うために活動しているのに無関係な人をはめるのはいかがなものか。とりあえず、この事はこれで片付いたことにしておこう。何か言われたらその時考えればいい。
 戦力としては十分過ぎるほど集まったので、拠点へ戻ってきた。ダイアナが、
「おかえり~。えらい長いことかかったなあ? 何があったん?」
 自分でこなした依頼報酬を計算しながら迎えてくれる。ざっくりと概要だけ、
「訓練してたら、ガーネアが火力強すぎてね。ちょっと別の機械魔法契約に遺跡へ潜ってきた」
 言わなくていいところは、はしょって伝えた。
「せやから機械魔法はやめとき言うたのに……」
 言っている間に計算を終え、金庫へとお金をしまう。ん? 金庫? そんなものあっただろうか? しかも縦、横、奥行きが一、五メートルはある。ダイアナに恐る恐る、
「なあ、うちにこんな立派な金庫ってあったっけ?」
 尋ねてみると、にしゃあと笑い、
「ええやろ~。三重ロックかかるやつで、しかも対火性能抜群の金庫やで。会社一つ分のお金を入れてもまだ余裕ある優れもんや」
 ポンポンと金庫に寄りかかって叩く。笑顔の口元がひきつりながらも、
「へ、へえ~。すごいな。お値段もすごそうだけど……」
 などと一応言ってみる。その一言にダイアナは目を輝かせた。
「それがな、聞いてぇな! こないな立派な金庫が、たったの金貨一枚やで? 信じられる? はぁ~、思い出してもええ買いもんやったわぁ。あ、そうそう、今までごったくそになってた武器用のお金と道具用のお金、分けといたから必要な方、使こてな?」
 最近、報酬や家賃支払いで混ぜこぜになっていた通貨のしわけもしてくれてあった。そういえば、最近魔法の事に気を取られて、檜の棒の強化をしていなかった。ダイアナに、
「あのさ、檜の棒を強化しようと思うんだけど、使っていいのっていくらくらい?」
 お伺いを立てると、
「武器用の通貨からなら好きに使うてええで? 日曜雑貨は道具用の方からしか使えんからなあ。ルビィはバカぢからがあるやろ? トルムは魔法使いやから武器要らんし」
 快く答えてくれた。確かに言われる通り、俺以外は武器にお金をかける必要がない。遠慮なく使わせてもらおう。重厚な金庫の扉を開けて、『武器用』とラベルの貼ってある段を引き出した。中に入っていたのは……。銅貨一枚だけ。目を疑い、一度引き出しを戻し、道具用を開けてみる。銀貨七枚は入っている。それから再度武器用の引き出しを開け直す。だが、やはり銅貨一枚が虚しく転がっているのだった。念のためダイアナに、
「ここに入ってるので全部だよな?」
 確認を取ってみる。ダイアナは何を言っているのか、といった顔で俺を一瞥すると、
「当たり前やろ? 他にどこにしまうねん」
 投げ捨てるように言った。ガックリと肩を落とし、
「ですよね~……」
 一枚だけの銅貨をつまんでみる。持ち上げても、裏返しても一枚なのは変わらない。仕方ないので武器用通貨を稼ぐしかない。トルムはお昼寝に入ったのでルビィとダイアナに、
「ちょっと資金稼ぎに行ってくるわ」
 一言告げると、とたとたとやって来たルビィが、
「すみません、お夕飯の準備があって私は行けないんですが……」
 申し訳なさそうに切り出す。俺は後ろのルビィに手をひらひらと振って、
「大丈夫、大丈夫。簡単な依頼をちゃちゃっとやってくるだけだから」
 そう残すと、檜の棒の入った鞄を肩に引っ掛け拠点を出た。
 さて、貰える通貨が変わるとなると、本当に数をこなさないといけない。半ば夜まで帰れないのを覚悟していたが、そんな心配はあっさりと崩れ去った。街の依頼板の報酬に、どちらの通貨が貰えるか、しっかりと書いてあるのだ。主に討伐系の依頼は武器用通貨、お使い等、雑用依頼は道具用通貨だ。
(あー、なるほど)
 戦闘をしないダイアナが必要なのは道具用通貨だ。それこそ日曜雑貨に武器用通貨は無駄な稼ぎとなる。なので、道具用通貨のもらえるクエストをこなしていたのだろう。あの銅貨一枚はこれまで達成した討伐クエストの報酬の残りか。
 手頃な依頼の書かれた紙を一枚手に取り、折り畳んでポケットにしまう。ギルドに向かう途中、鍛冶屋の前を通りかかった。入り口には『初回は銅貨十枚で武器の強化も承ります。一段階上げる毎に追加料金、銀貨一枚』と書かれた看板が立ててある。それを見て、鞄の中に入れてある檜の棒を確認してみた。今まで十六回強化したので、下手なアイアンソードより破壊力がある。ただし、鍛冶屋の必死のアイデア絞り出しにより、街中で取り出すにはあまりに物騒な見た目となっていた。強いて言うなら世紀末伝説に出てくる悪役が持っている物が近いだろうか。檜の棒にここまでお世話になる勇者(元)もそうはいないだろう。財布の中の一枚だけの銀貨を見て、ふぅ、とため息を吐く。次が十七回目の強化なので、銀貨十七枚が必要なのだ。とりあえず額のことは置いておき、依頼を探そう。そう決めて鞄の蓋を閉じ、酒場への道を再度歩き出す。
 冒険者ギルドに着くとなにやら中が騒がしい。ガシャン、バリン、と机がひっくり返る音がする。酔っぱらいが喧嘩でもしているのだろうか。
(ま、関わらないなら入っても大丈夫かな)
 スルーするつもりで入り口を入ったところに、酒ビンが飛んできた。
「危ないなあ……」
 思わず口をついて出てしまう。しまった、と慌てて口を押さえるが、酔っぱらいは完全にこちらをロックオンしていた。
「なんだと、てめえ。俺が買った酒のビンをどうしようと俺の勝手だろうが! 表でろや!」
 今まで中で暴れていた奴がなにを言うか、とも思ったがマスターをチラリと見ると外をあごで差し、やむなく酔っぱらいと二人、外に出ることになった。
(人が厄介ごとに巻き込まれるのは必然なのか……)
 騒ぎが起こっていたギルドから酔っぱらいと二人で出てくると、
「なんだ? 決闘か?」
「おい、決闘だぞ。ジャッジ呼んでこい」
 周りがざわざわとし始める。
(決闘? ジャッジ?)
 しばらくすると、ガッツリと強力装備に身を固めた三人組がやって来る。そして、
「この決闘は我ら三人が立ちあう。ルールは無用、ただし殺してはならぬ。結界が発動したら始めてよい」
 宣告すると、なにやら詠唱を始めた。光のドームが俺と酔っぱらいに包み込むと、いきなり周囲の景色が変わる。まるで闘技場のような場所になり、周りの人たちは観客席にいる。空間に作用する術式のようだ。
「木製の武器しか持ち込めないのが残念だが、てめえなんざ、素手で十分だ」
 酔っぱらいはゴキゴキと拳をならしている。
(ん? 木製の武器は持ち込めるのか?)
 鞄を開けると、愛用の檜の棒(改十七)が入っていた。
「ふっふっふっ……」
 俺は不適な笑いをもらす。酔っぱらいは一瞬たじろぎ、
「なんだ? ビビり過ぎておかしくなったか?」
 こちらから間合いを少し取る。鞄からおもむろに愛用の武器を取り出すと、
「てめえ! バスターフレイルなんざ、どうやって持ち込みやがった! ジャッジ、違反だろ!」
 明らかに酔っぱらいは困惑する。俺は立てた指を左右に振り、
「バスターフレイル? 違うな、『檜の棒』だ」
 すかして言ってみせる。酔っぱらいは、発狂しそうになりながら、
「そんな檜の棒があってたまるかぁ!」
 叫び散らした。戦いが始まるが、攻撃力、一vs攻撃力、二十五。レベルより武器の能力が優先度の高いこの世界では、子供でもわかる結果だった。完膚なきまでに返り討ちにして決闘は終わる。
 通常空間へと戻ると、酔っぱらいは警備兵に引き渡され、とぼとぼと連行されていった。
 ものすごい邪魔が入ってしまったが、当初の目的を果たすために再度ギルドに入る。マスターが、
「おつかれさん。ほれ、一杯おごってやるよ。飲みな」
 と、ジョッキを勧めてくれる。口をつけて、
「これ、水じゃないか!」
 ダン、とグラスを置くと、
「はっはっは、誰も酒をやるとは言っとらんぞ?」
 大笑いするのだった。とにかく、依頼を受けなければ。ポケットから折り畳んだ依頼書を取り出し、
「マスター、この依頼受けたいんだけど」
 広げて見せる。内容はベビーインプ三匹の討伐。冒険初心者でもさほど難しくない依頼だ。マスターも、
「これなら任せても大丈夫だな。ほれ、受領書だ。討伐してきたら判を押してやる」
 快く依頼受領書を渡してくれた。だが、この簡単な依頼が、後に大事になるとはこの時は夢にも思わないのだった。
 思わぬトラブルで時間をくってしまったが、気を取り直して、城門までやってきた。
 ベビーインプ程度なら苦戦せずに倒せるはずだが、念のため、帰還用アイテムと回復薬を持ってきている。ベビーインプは主に郊外の遺跡後地によく出没する。さして脅威になるモンスターではないが、ごく稀に上位悪魔を召還したりするので、早めの討伐が必要だ。
「まあ、そうそう上位悪魔の召還なんて成功しないんだけどな」
 独り言をこぼしながら街道を進む。街道から少し離れたところには、遺跡が点在している。遠目からベビーインプがいないか、眺めながら街道を進んでいると、ある遺跡の建物の影から、小さな羽としっぽがのぞいていた。
「お、いたいた。サクッと討伐しますかね~」
 檜の棒を鞄から取り出し、そーっと近づいていく。ベビーインプの羽は、なにやらリズミカルにふわふわと揺れている。
「あいつ、何かやってんのか?」
 すぐ近くまで来て、ことの重大さに気づくことになる。見えていたベビーインプのほかに二匹いて、魔方陣を囲んで儀式をしていた。
(まずい! 早く止めないと!)
 息を殺して、間合いを詰める。確実に仕留められる距離から、
「でりゃあ!」
 檜の棒を振り下ろす。ベビーインプにクリーンヒットして一撃で仕留めた。他の二匹は、仲間がやられたのに気づくと、大慌てで逃げ出そうとする。すかさず追いかけて、
「逃がすかよ!」
 二匹目、三匹目と倒したのだった。額の汗を拭い、
「ふ~、あぶない、あぶない。あとは魔方陣を適当に壊して、と」
 振り返る。ところが、術者のいなくなった魔方陣は、なにやら不気味に発光し、バチバチと紫色の光がほとばしっている。
「あれ……? まさか、召還終わっちゃってる感じ……?」
 背中を脂汗が滝のように流れる。上級悪魔ともなれば、俺を瞬殺することくらい容易いだろう。王国騎士団総出で、討伐することになるかもしれない。とにかく、今は撤退あるのみだ。帰還用のマジックアイテムを放り投げると、俺の体はマジックアイテムが開いた空間に吸い込まれ、始まりの城へとワープしたのだった。

 城門前で通常空間に戻ってきた。
「ふー、お金稼ぎで命落とすとこだった。あぶない、あぶない」
「まったくじゃ」
 聞こえてきた相づちにうんうん、と頷いてから、
「え?」
 横に目をやると、背の高いグリーンのロングヘアーの女性が立っていた。服装はどこにでもある簡素な布地の上下服なのだが、目立って他の人とは違うところが三ヶ所。大きな羽と槍のように鋭い尻尾、頭の両側でぐるんと巻いた角。
「あの~、あなたはいったい……」
 恐る恐る尋ねてみる。
「ん? わらわか? 魔界十二柱のうちの一人、ベルフェゴールじゃ」
 女性は髪をさらりとかき上げると、そう答えた。俺の知る知識だと七十二柱で、その中にベルフェゴールはいなかったはずだが、この世界では違うのかもしれない。とにもかくにも、それクラスの魔族が横に立っている、という現状をどうにかしなければ。下手をすれば、指一本で消し炭にされるかもしれない。ベルフェゴールは指を曲げたり伸ばしたりしながら、
「やはり、先ほどのマジックアイテムの影響か……。妙に力が入らん」
 ぶつぶつと一人ごとを言っている。そして、こちらを睨むと、
「お主! 魔方陣の近くでマジックアイテムを使ってはならんと、初等科で習わなんだのか!?」
 尻尾でペチペチと地面を叩きながら指を突きつけてくる。一瞬、吹き飛ばされるかと覚悟したが、予想外に非力で、なんならダイアナの方が力があるかもしれない。
 なんだか申し訳なくなり、
「すみません、なにせ初めて使ったもので……」
 謝ると、
「まったく、最近の地上人はアイテムに説明書も着けんのか。けしからん!」
 大層ご立腹のベルフェゴールであった。
「お主、責任は取るのじゃろうな?」
 唐突にに聞かれ、
「はい? 責任?」
 間抜けな返事をすると、
「魔界十二柱のわらわが、人間一人、吹き飛ばすこともできんのだぞ? こんな状態で騎士団にでもあってみろ。あっさりなます切りにされてしまいじゃ。力が戻るまで身の安全を保証せい」
 なんとも無茶な要望を突きつけてくる。
「いや、そういわれましても……。力が戻ったら暴れるでしょうに……」
 まあ、そうなるだろうと予想することを言うと、
「お主、魔族がなんでもかんでも暴れる種族だと思っとるのか? これじゃから無知な人間は」
 やれやれといった表情で続ける。
「よいか? 魔族が暴れるのは、地上に出て魔力がコントロールできんから、力が暴走して破壊衝動にかられてしまうのじゃ。わらわほどの魔族になれば、その程度の魔力コントロールなぞ、たわいもないわ」
「じゃあ、YOUはなにしに地上へ?」
 どこぞのテレビ番組のセリフをパクって聞いてみる。
「それは……。あれじゃ……。そう、より高貴な魔族になるために、いずれ征服するであろう地上を見ておかねば、と思うてな!」
 最初の方かなり言いよどんだが、思い切り胸を張って言い切った。とりあえず、たちまち暴れるとか、街を破壊するとかではないらしい。というか、その力も出ないらしい。実害もなさそうなので、
「はぁ、わかりましたよ。うちの拠点まではなんとか案内します。俺の一存では決めかねるので、そこで仲間と話しましょう」
 なんとか穏便に済ませられる方向で話を進める。
「おお、そうか? 善きにはからえ」
 ご満悦のベルフェゴールは羽をパタパタさせてふんぞり返っている。
 まずは、この出で立ちで城門を通れるかがいちばんの課題だ。暴れなければ、通してくれそうな気も、しなくもなくもない。衛兵の横をしれっと通ろうとすると、
「おい、そこの二人。止まれ」
 やはり制止させられた。
「そこの女、明らかに魔族であろう。中に入れるわけにはいかん!」
「いや、この人は……」
 なんとか言い訳を考えていると、ベルフェゴールが、
「これは、今流行りの『こすぷれ』というやつじゃ。ほれ」
 角を片方ぽろりと取って見せる。
「こすぷれは聞いたことがないが、魔族が角を折るのを嫌がるのは知っている。こちらの早とちりだったようだ。すまない、通ってよい」
 衛兵は道を開けると、門の両脇に下がった。
 城門を抜け、ベルフェゴールを見ると角が戻っている。
「その角、取り外し出きるのか?」
 尋ねると、
「なにをいう。わらわは最初から角など生えておらん。これは魔力の一部が具現化したものじゃ。外すも着けるも自在よ。人間が浅学で助かるのぉ」
 ケラケラと笑っている。道中ですれ違う人々も、二度見すれども、まさか魔族が堂々と街中を歩く訳がない、とそのまま通りすぎていった。
 
 拠点のドアを開けて、
「ただいま~」
 みんなに声をかける。
「おう、おかえりぃ。えらいかかっ……」
 金庫の扉を閉めて振り返ったダイアナが凍りついた。ルビィがパタパタと足音立ててやってくる。
「ダイアナさん、どうしたんですか? そんな顔して。あ、ロイドさん、その人、どちら様ですか~。なんかかっこいい羽とか角とかつけて。流行のおしゃれですか?」
 珍しさに駆け寄ろうとする。瞬間的に正気に戻ったダイアナがルビィの襟をひっ掴み、
「あかん! そいつ魔族や! 離れなはれ! 殺されてしまうで!」
 後ろへ引き倒した。騒動でようやく目を覚ましたトルムもやってきて、
「おやおや、これはこれは。なかなかに風格のある魔族さんですね~」
 のんびり口調のわりに、ガーネアをスタンバイさせている。
「わらわは魔界十二柱のベルフェゴールじゃ。ちと、面倒に巻き込まれた故、しばし世話になるぞ」
 意気揚々とベルフェゴールは名乗る。ところが、それを聞いたとたんガーネアが、
「魔界十二柱なドというもノは聞いタことがあリません。ニセ者であル確率が非常にたカいです」
 割って入ってはっきりと言う。
「な、なにをいうか! 魔界十二柱は最近できて、まだそなたが知らぬだけであろう」
 ベルフェゴールは少したじろぐが、強気で言い返す。それを聞いたガーネアは、
「でハ、先ほドから魔力が僅かシか検出さレないのは?」
 追い討ちをかけるように質問する。
「それは……。召還時にマジックアイテムの影響を受けて、一時的に魔力が下がっていて……」
 ベルフェゴールが、しどろもどろになってきた。
「マジックアイテムの影響で魔力が放出しニくくなルのはありまスが、感知できる魔力が下がるトいう事例はありマせん。あなタはウソをついテいまス!」
 ガーネアのこの言葉に、ベルフェゴールはガックリと膝をつく。しばしうつむいていたが、突然、
「だってしょうがないじゃない! いきなりおうちの床が抜けて変な空間に吸い込まれたと思ったら、出てきた先でいきなり転移アイテムに巻き込まれるんだもの~! 魔力が変に暴発して角が折れちゃうし! もう魔族としておしまいよ~! うわ~ん!」
 大声で泣き出した。それはもう、見事に子供のようななりふり構わない泣き方で、見ているほうが可哀想になってくる。
 つまり整理するとこうだ。
 ベルフェゴールは魔界十二柱とやらではなく、ごくごく一般の魔族の娘。ベビーインプに強制召還されたところに、俺のマジックアイテムが作用して、魔力が暴発。反動で、魔族の誇りである角が折れてしまう。そして、転移アイテムに引っ張られ、始まりの城の前まで連れてこられた、ということだったようだ。追加で聞いた話では、衛兵に見つかれば殺されてしまうくらい弱く、命を失うくらいなら、プライドを犠牲にして角を取って見せたらしい。わらわ口調も威厳があるように見せかけるためだとかで、角は魔力で必死に引っ付けているらしい。俺はまんまと芝居に騙されて、怯えながら拠点まで案内した、という間抜けであった。
 ことの顛末を知ったダイアナは、
「あんた、ここで世話になろうっちゅうなら、それなりに稼ぐ当てあるんやろな?」
 ベルフェゴールに強気に詰め寄る。ベルフェゴールは、それに戸惑い、
「私、魔族だし……。見つかったら殺されちゃうし……」
 もじもじと言葉を濁す。しかし、ダイアナはバンと机を叩くと、
「そないなこと、うちらが知るかいな! こちとら、ただ飯食らいをおいとくほど余裕ないねん! なんとかして稼ぐか、出てくかちゃっちゃと選び!」
 語気を強める。さすがにかわいそうになり、
「まぁまぁ。ベルフェゴールも人間に害が無いことがわかれば、街にいられるかもしれないし。なんなら王様に掛け合ってみるからさ」
 助け船を出す。確証はないが、無害な魔族をなぶり殺しにはしないだろう。
「ホントに……?」
 怯えながらこちらをうかがう。
「ダメなら俺がベルフェゴールの分も稼ぐし……」
 見栄をはろうとした瞬間、
「ちょいまち! ロイドはん? あんさん、今いくら稼がないかん状態か、わかってはる?」
 ダイアナが止めに入る。確かに言われてみれば、ガーネアのメンテ代の銀貨十枚に、あれ? マンジマルのメンテ代っていくらだ? 疑問がうかぶ。トルムに、
「なあ、マンジマルのメンテ代もかかるんだよな?」
 一応確認してみる。トルムはにっこりと、
「もちろん~。月々、銀貨十二枚はかかるよ~」
 俺に告げた。
(なぜだ! ガーネアより火力低いのに、なぜ維持費が高い!?)
 驚愕の事実に、現実逃避したくなる。マンジマルの分はルビィと半分ずつ出すにしても、銀貨二十二枚は多すぎる。ベルフェゴールに、
「ごめん、君の分稼ぐのは無理っぽい……。なんとか稼ぐ方法は考えて……」
 力なく伝えた。ベルフェゴールも、ここを追い出されると後がないのを察してか、
「がんばります……」
 と、おとなしく観念したようだ。
 ダイアナが困ったように、
「問題はベルフェゴールがどこで寝るかやな。今、個室はうちとルビィでいっぱいやし、トルムとロイドはんはリビングのソファーで我慢してもろてるしなあ」
 家の中を見渡している。床に寝ろ、とか言わないあたりの優しさはある。すると、
「寝る場所なら天井にはりつくから気にしなくても……」
 ベルフェゴールはそう切り出す。トルムを除く三人は、
「て、天井?」
 疑問符を浮かべる。ベルフェゴールはおもむろにピョンとジャンプすると、緑色の煙に包まれ、次に姿が見えた時には、小さなコウモリになっていた。パタパタと羽を羽ばたかせ、
「どこかに潜入したりとか、非常時に変身できる能力なんだけど、この状態なら天井につかまって眠れるの」
 逆さまになって天井にとまってみせる。トルムは知っていたらしく、
「魔族って便利だよね~」
 うんうんと頷いている。ベルフェゴールは天井からパタパタと降りてくると、またぼわんと煙に包まれ、人の姿に戻る。まだ若干、呆気にとられているダイアナだが、
「ま、まあ、これで寝床問題は解決やな。あとは、どないして稼ぎを出してもらうかやねんけど……」
 次の問題に取りかかる。ベルフェゴールを頭の先からつま先まで見て、
「見た目がどないもならんのよなあ……」
 と、呟く。それで閃いたのか、ルビィが、
「じゃあ、見た目を活かすのはどうですか?」
 意見を出してくれた。ダイアナは、
「見た目を活かす?」
 まだよくわかっていないようだ。そこでルビィは説明を始める。
「ベルフェゴールさんは、確かに変わった容姿をされています。それをお店のコスチュームとしてしまうんですよ。他にも天使さんや兵隊さんとか、いろんな格好の人たち集めて、わいわいできるお店ができたら、素敵なんじゃないでしょうか?」
 なるほど、特殊な外見を誤魔化すにはうってつけの妙案だ。ダイアナも、
「そりゃ、おもろそうやな。うちも一枚噛ませて~な。上手いことすれば、めっちゃ人気出るで?」
 商魂に火が着いたのかノリノリだ。
「つーわけで、ベルちゃんのおしゃれ酒場の開店に向けて、まずは店主の特訓からやな」
「な、なんなの? ベルちゃんのおしゃれ酒場って……」
 ベルフェゴールが、一歩後ずさる。ダイアナは人差し指を立てると、背の高いベルフェゴールに、ビシッと向けて、
「ベルフェゴールは角やらなんやらついとるけど、それ以外のところ見れば、めっちゃべっぴんさんや。そないな人が、最新のファッションちゅうて、その格好しとるってなれば、男はもちろん、若い女の子の間でもブーム間違いなしやで。お客にも衣装貸し出して、試着体験もできるようにするねん。そしたら、着る側、見る側両方お得のWin-Winや」
 説明を始める。
「さらに、そこで酒が飲めるとくれば、これは行かん手はないで? ベルフェゴールの人気も出て、金も稼げる。人気があれば、追い出そうなんて言うやつらも減る。どや? おもろそうやろ?」
 完璧な計画だと確信して、自信満々にベルフェゴールの逃げ場をなくしていく。これはむしろ、楽しんでいるようにもみえてきた。ベルフェゴールも逃げられないと観念したのか、
「わかったわ……。不安しかないけどやってみる」
 この案に同意するのだった。ダイアナはパンと手を叩くと、
「よっしゃ、決まりや! 明日、早速店舗になる物件見に行くで? 初期投資で多少、借金するかもしれへんけど、そこは大目にみてな」
 席を立ち、自室に向かう。部屋の入り口まで行ってから、
「せや、聞いてへんかったけど。ベルフェゴール、あんた、料理ってできるん?」
 確認しにリビングに戻ってきた。
「うーん、スライムゼリーとか、ランドウォームの丸焼きとか、簡単なものなら」
 とんでもレパートリーがベルフェゴールの口から飛び出すと、
「あかんあかん、そんなゲテモン料理だしたらせっかくの店のイメージが台無しや。ルビィに簡単なつまみの作り方教わっとき。それが作れるようになった頃に開店できるようにしとくさかい。ほな、今度こそおやすみ」
 首を横にふって、そう言い残すとリビングを後にした。
 残された三人も、
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか」
「そうだな。また明日も依頼こなさないとだし」
「僕もなんだか疲れたよ~」
 と、それぞれの寝床に向かい、ベルフェゴールはコウモリになって、天井にピトっととまった。
 俺はまた一人、クセの強いメンバーが仲間入りしたことに、やや頭を悩ませつつ、眠りにつくのだった。

 翌朝。
「うー、ずっとソファーだと、柔らかすぎて逆に体がかたまる~」
 ソファーで、伸びをする。限界まで伸びたところで、むにゅっとゴムのような感触の何かに触れた。と、同時に、
「ひゃあっ!?」
 裏返った悲鳴があがる。仰向けのままそちらを見ると、ベルフェゴールが俺を睨みつけていた。
「魔族の角と羽は……、さわっちゃダメって……、習わなかったのー!?」
 絶叫と共に、しっぽビンタがとんでくる。いくら非力とはいえ、遠心力ののった鞭のような長いしっぽは俺の頬に真っ赤な痕を残すのには十分だった。
 ヒリヒリと痛む頬をさすりながら起き上がり洗面所に向かう。
「ふあ~、朝からなんて日だよ……」
 あくびをしながらガチャっと洗面所の扉を開けると、
「ロイドはん……?」
 目の前には上着を脱ぎ終えたまま、凍りついたダイアナがいた。みるみる顔を真っ赤にして、状況がのみ込めず固まった俺に、
「何見とんねん! はよ閉めんかっ! どあほっ!」
 思い切りビンタをかまして扉をバンと閉めた。
 左頬にしっぽ痕、右頬に手のひらの形をつけてリビングに戻ってきた俺に、
「朝から賑やかですね~」
 苦笑いして料理を並べていたルビィが声をかけてくる。ルビィは手に持った料理を食卓に置くと、台所に行き、
「これで冷やしておいたら、少しは楽じゃないですか?」
 と、氷のうを作ってきてくれた。
 ルビィから氷のうを受けとると、両頬にあて、
「不可抗力の連続なんだけど、そんな言い訳通じないよなあ……」
 朝食の時にどうしようか、と頭を悩ませるのだった。
「おはよ~、なんか久しぶりに騒々しいね~」
 最後まで寝ていたトルムが、いつもののんびり口調で起きてくる。そんなトルムに、
「なあ、女の子のさわっちゃいけないところにさわって、見ちゃいけないところを見ちゃった男はどうすればいいと思う?」
 と、たずねてみるが、
「うーん、死刑かな~?」
 慈悲のない答えがかえってきた。
(うう、食事の時がこのままこないでほしい)
 真剣にそんなことを考えていると、ダイアナとベルフェゴールがやってきて、
「その……、さっきはすまんかったな。まさか人が入ってきよるなんて思いもよらんかって、気が動転してしもた」
「私もちょっと、あ、いや、結構びっくりしたけど、わざとじゃないのよね? ちょっとやり過ぎちゃったわ。ごめんなさい」
 それぞれにビンタしたことに謝る。予想していたより、穏便に許されそうか、と思った矢先、
「でも、見たもんは見たんよな?」
 ダイアナが口を開く。嘘をつくわけもいかず、ついたところで通らないとわかるので、
「はい、見ました……」
 正直にこたえた。すると、
「そうか……」
 なぜか少し頬を赤くして下を向く。それから慌てて、
「ほら、自分でいうのもあれやけど、うちって一応金持ちのお嬢やん? いままで、あないなこと絶対おこりええへん環境におったから、その、男に下着見られたん初めてやねん……」
 わたわたしながら弁解を始める。
「ほら、なんや、その、ちゃんと女の子らしいもんやった?」
 そして、相当テンパったのかそんなことを言い出した。
「し、下着?」
 一応確認しておくと、
「それしかあらへんやろ!?」
 顔を真っ赤にして怒られた。
「う、うん。かわいいピンクのフリフリで……」
「わー! わー! 誰が説明せいゆうたんや! そこはうなずいとくだけでええねん!」
 誉めようとしたら、余計な一言だったようだ。俺の余分な一言に、
「へ~、ダイアナちゃんはピンクのフリフリか~」
「いいなぁ、フリフリのやつ。私もそういうの着たいなあ」
 トルムとルビィがめざとく反応する。今まであえて触れて来なかったが、ダイアナはかなり小柄で細身な体型だ。145cmあるかないかくらいの関西弁少女が、かわいいフリフリの下着をつけているという、一部のフェチには需要がありそうな、なさそうな……。いや、これに関してはこれ以上触れないでおこう。
 とりあえず極刑は免れ、皆そろったので、朝食を食べ始める。箸を進めていると、ご機嫌ななめのダイアナが、
「そういや、そろそろ月末やけど、ちゃんと稼げてるん?」
 不意に聞いてきた。一瞬、意味がわからず、
「稼げてるって?」
 聞き返すと、渋い顔をして、
「機械魔法の兵器のメンテ代、それからうちらの雇用費、食費、住宅費……。まさか、忘れてるとは言わさへんで?」
 俺に、細かくまとめた資料を渡す。さっと目を通すと、最後に疑いたくなる金額が書いてあった。
「え、なに、この月々金貨七枚って……?」
 今までの事をどう計算しても、銀貨五十枚を超えるはずはないのだ。だが、この資料には金貨七枚とある。慌てて、明細を見ていくと、明らかにおかしい金額の書かれた項目があった。
『店舗費用、金額六十枚。ローン組んだので毎月払うこと』
 一瞬、なんの店舗か、と思考がフリーズしかけたが、昨晩のダイアナの会話をよくよく思い出す。
『初期投資で多少、借金するかもしれへんけど……』
 そんなことを確かに言っていた。だが、多少か? 金貨六十枚は多少なのか!? 我にかえって、
「ダイアナ! この店舗の借金正気か!? こんなに稼げるわけないだろ!」
 ダイアナに詰め寄ると、
「そないなもん、ベルちゃんのおしゃれ酒場が開店したら一瞬で元取れるわ。心配せんでも初回だけ払えればええねん。うちの下着見た料金やと思えば安いもんやろ……」
 理不尽な理屈をこねる。これだけの額を簡単に融資してくれるとこなど、そうそうない。不安がよぎり、
「ちょっと借用書、見せてみろ! 絶対十日で三割増しとかだろ!」
 余計な項目がないかチェックする。ダイアナは、
「商人のうちがみてんねんで? そないな見落としするかいな。ほれ」
 ややふてくされながらも借用書を見せる。小さな文字は……、ないな。後、元の世界でニュースで聞いた、火で炙ると文字が浮き出るやつは……。手近にあったランプを取って、上にかざす。ダイアナは慌てて、
「ロイドはん! なにしてんの!? 燃えてまうで!?」
 俺から借用書を取り上げようとする。それをかわして、熱を当てるが、文字が浮かんでくることはなかった。
「ふー、とりあえず、いかさま無しの借用書みたいだな」
 安心して机に置こうとすると、ルビィが、
「ロイドさん、そこ拭いたばかりでぬれてます!」
 制止するが、止まれなかった。水分が少し紙に染み込んでしまう。すると、余白のところに、赤い文字で、
『初回借り入れ……、後……日後には……割、増……し……請……』
 断片的に浮かび上がる。
(熱じゃなくて~、水分だったか~)
 悪徳詐欺手段の一角が目の前に現れた。あまりの惨状に額に当てた手が離れなくなる。ダイアナもまずいと思ったのか、
「こないなもん、契約やない! 破棄や、破棄!」
 勢いよく借用書を破ろうとする。
「ちょっと待った! 文字を全部読まないと逆に危ないから!」
 慌てて制止して、水気で文字を炙り出していく。
『初回借り入れ手続き完了後、十日後には借用額の一割、増額して請求いたします。返却できない場合、もしくは、当契約書類を破棄された場合は、契約者の身柄を引き渡しでの弁済となります。悪しからずご了承ください。 ゴーダッド金融』
 ファンタジー世界にも十一(といち)の金融あるんだ、などと感心している場合ではない。当事者となってしまったら返済のために借金を重ねる自転車操業。さらに返せなければダイアナが人質に取られてしまう。
 とりあえず、今月の金貨六枚をなんとかしないと。
「ダイアナ、今、金庫に貯めてあるお金いくらある?」
 残金を確認すると、
「使ってええ分は金貨二枚、つこたらあかん分まで入れたら金貨七枚やな……」
 との返事がくる。使ってはだめなお金は、おそらくダイアナが後に使う算段をしてるか、稼ぐための必要経費として見積もっている分だろう。ベルちゃんのおしゃれ酒場の椅子やテーブルなどの購入分かもしれない。他になにか金になりそうなもの……。あ。
「あるじゃん、金になりそうなもの!」
 金庫の奥、『保存用』と書かれた大きな箱を開く。
 中から取り出したのは、あの金のスライムが落としたレア剣だ。
「ついにこいつが役立つ日がきたな!」
 ダイアナが売りさばけばそれなりの金になるはずだ。してやったりの顔をしていると、
「ロイドはん、あかんねん。それと同じもんが一つだけ、市場にでてんねや……」
 ダイアナが悔しそうに唇を噛む。
「なんだって!? いったいいくらで出てるんだ?」
「金貨五千枚……」
 慌てて確認を取ると、えげつない額が伝えられる。いや、むしろ高額なら、それより安くすれば売れるのでは? そう思い、そのままダイアナに尋ねると、
「初めて出たもんが今の相場やねん。そこからえらいやっすいもんが出てきたら、ほんまもんやと思う?」
 神妙な面持ちで返される。確かに、元の世界で五千円のものが、三百円で売っていれば、お得感より怪しく感じるだろう。だが、今俺たちに売れるものはこれしかない。
「売りに出そう。売れればもうけ、売れないなら他の策を考えるまでだ。ダイアナに価格設定は任せる」
「はぁ、それしかしゃあないよなあ。うちも禁じ手、っていうか、やりとうないやり口やけど、この際四の五の言っとられへんわ。一日ちょっと留守にするで?」
 覚悟を決めると、拠点を出発していく。怪しまれない額なら金貨二千枚は下らないだろう。しかし、この街で金貨二千枚を持っている人などいるのか?
 とにかく、ダイアナに任せるしかなかった。

 出品して帰ってきたダイアナは、ひどく複雑な顔をしていた。
 自分で禁じ手というほどのやり方が、よほど使いたくなかったのだろう。投げ捨てるようにテーブルに置かれた出品者リストには、『ダイアナ・キュービック』、と書かれていた。つまり、キュービック商会の後ろ楯を得て、商品の信用性を担保したのだ。
 おそらく、留守にしていた一日は、父親のところに直談判しに行ったに違いない。
 そこまでしてくれたダイアナに、俺は上手い言葉をかけられずにいた。
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