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第七章 檮杌(とうごつ)の書
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日が沈みあたりが暗くなった頃、クロハは動き出した。
カエデが波長本邸の地下牢に捕らえられていることはすでに配下が確認済みだ。
まず波長の本邸に忍び込む必要がある。
黒装束に身を包んだクロハは本邸の近くに潜むと、作戦が開始されるのを待った。
しばらく待つと、本邸の庭が騒がしくなる。
「コーッコッコッ」
「その鶏たち、早く捕まえてくれぇっ! 明日の飯に使うんだ!」
大量に外を飛び回る鶏たちと叫ぶ料理人に、本邸を警備していた波忍たちは意識を逸らした。
その隙に急いで塀を登って敷地に入り、事前の打ち合わせ通りの窓から物置部屋に入る。
(とりあえずは侵入成功だ)
クロハは障子の隙間から内廊下のほうに誰もいないことを確認する。
抜き足差し足で廊下に出ると、突き当たりに大きな掛け軸がかかっている。
その掛け軸を退け、壁の隙間に手裏剣をさして上下させた。
すると壁の向こうで錠が外れる音がした。
ゆっくりと壁を回し、クロハは中に入り、粗末な階段を降りていった。
地下には牢がいくつか並んでおり、警備の波忍が二人いた。
その二人はどちらも波長が信頼する中忍クラスの者たちだ。
クロハは覚悟を決めて九字印を結ぶと、懐から小銭を出して彼らの前に投げ飛ばした。
突然飛んできた小銭に警備兵の二人は目を丸くした。
その隙にクロハは近い方の警備兵に走り寄って彼を気絶させた。
もう一人の警備兵は現れた刺客と倒れた相方に気付いて武器の刀を抜いた。
クロハも小刀を抜いて彼に襲いかかった。
鉄がぶつかり合う音を何度か響かせるも決着が付かずにいた。
だがクロハはうっかり倒れている警備兵に足を取られて体勢を崩した。
警備兵はその隙を見逃さずにクロハの首を取ろうとした。
だが、クロハは素早く印を結ぶと術を発動させた。
(火遁、混沌の術!)
次の瞬間、彼の振り下ろした刀は誰もいない場所でからぶった。
そして何が起こったのか理解できない彼を背後から気絶させたのだ。
クロハは小刀を仕舞って、警備兵たちの懐を漁った。
だが牢を開ける鍵は見つからない。
(これは鍵開けしないと駄目だな……)
諦めてクロハが立ち上がった時、背後から女の声がした。
「お求めの品はこちらかしら? 盗賊さん」
鍵を片手に持った波長が笑顔で歩いてきた。
「何のことだか知らないなぁ」
「ふふふ、まさかこんなにあっさり倒すとは思いませんでした。我が家で優秀な忍びを選んだはずでしたが、まだまだのようですね」
「お宅にも優秀な娘さんがいらっしゃるじゃないですか」
波長は鍵を懐に仕舞って、代わりに大きな扇子を出して広げた。
口元を隠して波長は笑い声を上げる。
「私も娘には期待してますわ」
次の瞬間に波長はどこからか棘の生えた鞭を取り出しいきなりクロハへむかって攻撃してきた。
クロハは、まさか波長が直々に待ち構えているとは思わず半分死を覚悟した。
どうにか鞭を避けながら、クロハも手裏剣を投げて応戦する。
だが鞭に守られた波長に全てを叩き落とされてしまった。
「どうしました? 先程の神業はもう使えないのですか?」
波長はクロハの火遁の術を見ていたらしい。
(秘術を連続で使えないことくらいわかっているだろうに、煽ってきやがる)
何度か鞭に肌をかすめ、ジリジリと追い詰められたクロハは腕一本くれてやる覚悟で勝負にでようとした。
その時、突然波長の背後に何者かの影が現れた。
影は波長を背後から切り付けて叫んだ。
「彼女は私が相手する」
その影はシスイだった。
「おまえ、何やってんだ!」
「何も心配するな。波忍の男を助けるのだろう、早く行け」
シスイを振り返った波長は、怒りに満ちた表情で
「貴様、月忍のシスイか! こんなことをして、四里同盟を裏切るつもりか!」
と怒鳴りながら鞭を振り上げた。
すぐに波長とシスイの激しい戦闘が始まった。
「ごめん、あとは頼む」
どう見ても戦力外になりそうだったクロハは大人しくその場を去り、カエデのいる牢を探した。
カエデはすぐに見つかった。
彼は無機質な牢の隅で力なく倒れていた。
拷問されたのか、着物から覗く皮膚はどこも傷だらけでところどころには火傷の跡もある。
「カエデ……」
お仕置きする必要もないくらいボロボロな彼に呼びかけると、カエデは叫びすぎて喉が潰れているのかヒューヒューという呼吸音だけを返した。
「いまそこから出してやるからな」
クロハは鍵開け用の装備を取り出し、慣れた手つきで牢の錠前を外した。
地下牢の向こう側では、まだ二人がやりあっているのか激しい金属音が鳴り響いている。
(急がないと)
クロハは牢を開けカエデに走り寄り、彼を拘束する縄を切り解いた。
カエデはクロハの肩を借りてふらふらと立ち上がった。
クロハはカエデの経穴に指を押し当て、痛みを和らげさせた。
「お疲れのところ悪いが、走ってもらうぞ」
カエデはこくりと頷き、気力で姿勢を正した。
クロハがカエデを助けながら牢を出ようとした時、波長は彼らを逃がさんとしてこちらに手裏剣を投げてきた。
クロハが慌てて刀で防御したとき、波長の隙をついたシスイが彼女の体を地下牢の奥へ投げ飛ばした。
「行け!」
と叫ぶシスイにクロハは頷いてカエデと共に地下牢を抜け出した。
遠くからは波長の
「許さん、絶対に許さんぞシスイ!」
という言葉が響いていた。
そしてクロハとカエデの二人は波忍たちから姿を隠しながら、本邸の外に抜け人目のつかない裏道まで走った。
「カエデ、島の北側に風長の別荘がある。向こうには話を通してあるから安全なはずだ。そこへ身を隠し、船が来たら花の里へ逃げろ。風忍への合言葉は、花といえば青だ」
頷くカエデに、クロハは別荘へ向かうための地図を渡した。
「しばらく会えなくなる。僕が卒業して花の里へ戻るまでには体を治しておけ」
そう言って、クロハは背伸びをしてカエデの頬にキスした。
「次はいっぱいご奉仕してもらうから覚悟してよね」
可愛らしく微笑むクロハにカエデは喉を鳴らした。
「また今度、カエデ兄様」
北の方角へ消えていくカエデに手を振り見送ると、クロハは裏道から出た。
すると、そこにはシスイが立っていた。
「クロハ、もうこんなことをするのはやめろ」
「こんなことって?」
「四里同盟を通していない任務のことだ」
彼のオパールの瞳は月明かりに照らされ揺れている。
「このままでは直に正体がバレる。その時、私はあなたを守りきれない」
「守ってもらわなくてもいいんだけど……。なんでそんなことを言うんだ?」
「あなたが私にとって必要だからだ。とにかく任務は辞めろ、花忍も抜けろ」
「そんな無茶言うなよ、忍びが里を抜けてどうやって生きる」
シスイのいつもと違う強い口調に感化され、次第にクロハの言葉も強くなっていった。
「私の元へ来いクロハ」
シスイはクロハの体を引き寄せると、強引に抱きしめた。
「なにそれ。嫁にでももらってくれるってか」
シスイの胸に埋もれながら、クロハはモゴモゴと言う。
「ああ、一生共に居てくれ。何一つ不自由はさせない」
逃さないとでもいうように、クロハの背中に回る腕に力が込められた。
それに耳を僅かに染めたクロハは細い腕をシスイの背中に回し、彼を落ち着かせるように撫でた。
「やめろよ。俺は花の里を愛してる。里を裏切るつもりも、花忍を抜けるつもりもない」
「このまま月の里に連れ去りたい」
シスイはクロハの頭上で小さく呟いた。
「そんなことしたら本気でお前を嫌いになるぞ。というか波長はどうした」
「眠ってもらった」
なんてことないように言ったシスイに、思わずクロハは彼の顔を見上げた。
「眠ってもらったって……波長相手になにやればそうなるんだ」
「ただ私が彼女より強かっただけだ」
「そんな馬鹿な」
呆れたクロハはため息をついてシスイを引き剥がすと、
「まあいいや、帰ろう。なるようになるさ」
と投げやりに言って忍法塾の方へ歩いて行った。
シスイはその後ろを見守るようについていった。
キョウコツの案内でリンム、シスイ、ノエは山の中に聳(そび)えたつ謎の城へやってきた。
城の外には人の気配がなく、辺りは不気味なほど静かだ。
リンムが「どこから入る?」と聞くと、シスイが「まずは窓から調べよう」と言った。
四人は手分けして城への侵入経路を探したが、どうも強力な術でもかかっているのかどこからも入ることが叶わなかった。
「これはもう、正面突破しかねーみたいだな」
「怪しさ倍増よね」
「俺様が先に行く。お前らはせいぜい後ろでびびってな」
キョウコツは腕まくりをして立派な両開きの扉に手をかけ、力をこめた。
ゴゴゴと音を立てて開かれた扉の向こうは、真っ暗でどこか埃っぽい。
一行は忍術でロウソクに火を灯すと中へ入って行った。
城の中は木造になっていて、広い空間が広がっている。
すると突然彼らの足元に大穴が開いた。
落とし穴だ。
キョウコツは「危ない!」といってリンムを守るように抱きしめた。
穴の底には剣山のように恐ろしい数の刃物が突き出ており、ところどころが血に塗れていた。
落ちた者は死ぬ他にないだろう。
シスイとノエは咄嗟に落とし穴を避けた。
だがキョウコツの大きな体に拘束されたリンムは彼と共に落ちていった。
キョウコツは心の中で印を結んだ。
(土遁、檮杌(とうごつ)の術)
「ちょっと! キョウコツのせいで僕まで落ちちゃったじゃないか」
「強がるなよチビ。俺なら大丈夫だから」
ぐっと拳を握りしめたキョウコツの顔を、リンムはぺちぺちと叩いた。
「強がりじゃない!」
リンムを抱えてぐっさりと剣山に突き刺さっているキョウコツは、見た目よりも元気そうだ。
筋肉馬鹿は置いていくとして、リンムはキョウコツを足場にしてシスイが垂らしてくれた縄を登っていった。
「あっ待てリンム! 俺を置いていくな」
慌てて剣山から飛び起きたキョウコツは同じく縄を登っていった。
シスイは落とし穴から出てきたリンムを引き上げ抱きしめた。
「怪我はないか?」
「大丈夫。縄ありがとう、シスイ」
落とし穴からキョウコツが這い出てくると、ノエは呆れた顔をしていた。
「キョウコツ、あなた体は大丈夫なの?」
「全くの無傷だぜ」
そう笑うキョウコツに、ノエは彼の体と落とし穴の剣山を見比べて
「正気の沙汰とは思えないわよ」
と呟いた。
リンムを離したシスイはおもむろに広間の隅へ行くと城の壁を叩き出した。
「何やってるの?」
リンムが問うと、シスイは「次の出口を探している」と言った。
たしかに城の中は何もない大きな広間があるだけだ。
もちろん扉も窓もない。
(外からは窓があるように見えたけど、もしかして幻術だったのかな?)
シスイの意図を理解したリンムは彼と一緒に他の部屋に通じる場所はないか探し出した。
すると、壁の一部がおかしな音を立てることに気づいた。
「みんな、この壁の様子がおかしい」
リンムは三人を呼んで集めた。
ノエは壁の様子をじっくりと見る。
「見た目は普通の壁っぽいわね」
「おかま野郎の目は節穴だな。こういうのはこうするのが定番なんだよ」
キョウコツは一歩下がると、勢いをつけて壁に体当たりをした。
キョウコツの巨体に木造の壁は耐えられず、メキメキと音を立てて壊れ落ちた。
すると、壁の向こうに階段があることに気がついた。
「まあ、なんて乱暴なの。ぜったいこの扉、開けるための仕掛けがどこかにあったわよ」
「知るか。俺様の前に木造の隠し扉なんてものを作った方が悪い」
何やら喧嘩し出したキョウコツとノエを置いて、シスイは階段を登っていった。
その後をリンムもついていく。
一足遅れて、二人の姿がないことに驚いたキョウコツとノエは慌てて階段を駆け上がっていった。
カエデが波長本邸の地下牢に捕らえられていることはすでに配下が確認済みだ。
まず波長の本邸に忍び込む必要がある。
黒装束に身を包んだクロハは本邸の近くに潜むと、作戦が開始されるのを待った。
しばらく待つと、本邸の庭が騒がしくなる。
「コーッコッコッ」
「その鶏たち、早く捕まえてくれぇっ! 明日の飯に使うんだ!」
大量に外を飛び回る鶏たちと叫ぶ料理人に、本邸を警備していた波忍たちは意識を逸らした。
その隙に急いで塀を登って敷地に入り、事前の打ち合わせ通りの窓から物置部屋に入る。
(とりあえずは侵入成功だ)
クロハは障子の隙間から内廊下のほうに誰もいないことを確認する。
抜き足差し足で廊下に出ると、突き当たりに大きな掛け軸がかかっている。
その掛け軸を退け、壁の隙間に手裏剣をさして上下させた。
すると壁の向こうで錠が外れる音がした。
ゆっくりと壁を回し、クロハは中に入り、粗末な階段を降りていった。
地下には牢がいくつか並んでおり、警備の波忍が二人いた。
その二人はどちらも波長が信頼する中忍クラスの者たちだ。
クロハは覚悟を決めて九字印を結ぶと、懐から小銭を出して彼らの前に投げ飛ばした。
突然飛んできた小銭に警備兵の二人は目を丸くした。
その隙にクロハは近い方の警備兵に走り寄って彼を気絶させた。
もう一人の警備兵は現れた刺客と倒れた相方に気付いて武器の刀を抜いた。
クロハも小刀を抜いて彼に襲いかかった。
鉄がぶつかり合う音を何度か響かせるも決着が付かずにいた。
だがクロハはうっかり倒れている警備兵に足を取られて体勢を崩した。
警備兵はその隙を見逃さずにクロハの首を取ろうとした。
だが、クロハは素早く印を結ぶと術を発動させた。
(火遁、混沌の術!)
次の瞬間、彼の振り下ろした刀は誰もいない場所でからぶった。
そして何が起こったのか理解できない彼を背後から気絶させたのだ。
クロハは小刀を仕舞って、警備兵たちの懐を漁った。
だが牢を開ける鍵は見つからない。
(これは鍵開けしないと駄目だな……)
諦めてクロハが立ち上がった時、背後から女の声がした。
「お求めの品はこちらかしら? 盗賊さん」
鍵を片手に持った波長が笑顔で歩いてきた。
「何のことだか知らないなぁ」
「ふふふ、まさかこんなにあっさり倒すとは思いませんでした。我が家で優秀な忍びを選んだはずでしたが、まだまだのようですね」
「お宅にも優秀な娘さんがいらっしゃるじゃないですか」
波長は鍵を懐に仕舞って、代わりに大きな扇子を出して広げた。
口元を隠して波長は笑い声を上げる。
「私も娘には期待してますわ」
次の瞬間に波長はどこからか棘の生えた鞭を取り出しいきなりクロハへむかって攻撃してきた。
クロハは、まさか波長が直々に待ち構えているとは思わず半分死を覚悟した。
どうにか鞭を避けながら、クロハも手裏剣を投げて応戦する。
だが鞭に守られた波長に全てを叩き落とされてしまった。
「どうしました? 先程の神業はもう使えないのですか?」
波長はクロハの火遁の術を見ていたらしい。
(秘術を連続で使えないことくらいわかっているだろうに、煽ってきやがる)
何度か鞭に肌をかすめ、ジリジリと追い詰められたクロハは腕一本くれてやる覚悟で勝負にでようとした。
その時、突然波長の背後に何者かの影が現れた。
影は波長を背後から切り付けて叫んだ。
「彼女は私が相手する」
その影はシスイだった。
「おまえ、何やってんだ!」
「何も心配するな。波忍の男を助けるのだろう、早く行け」
シスイを振り返った波長は、怒りに満ちた表情で
「貴様、月忍のシスイか! こんなことをして、四里同盟を裏切るつもりか!」
と怒鳴りながら鞭を振り上げた。
すぐに波長とシスイの激しい戦闘が始まった。
「ごめん、あとは頼む」
どう見ても戦力外になりそうだったクロハは大人しくその場を去り、カエデのいる牢を探した。
カエデはすぐに見つかった。
彼は無機質な牢の隅で力なく倒れていた。
拷問されたのか、着物から覗く皮膚はどこも傷だらけでところどころには火傷の跡もある。
「カエデ……」
お仕置きする必要もないくらいボロボロな彼に呼びかけると、カエデは叫びすぎて喉が潰れているのかヒューヒューという呼吸音だけを返した。
「いまそこから出してやるからな」
クロハは鍵開け用の装備を取り出し、慣れた手つきで牢の錠前を外した。
地下牢の向こう側では、まだ二人がやりあっているのか激しい金属音が鳴り響いている。
(急がないと)
クロハは牢を開けカエデに走り寄り、彼を拘束する縄を切り解いた。
カエデはクロハの肩を借りてふらふらと立ち上がった。
クロハはカエデの経穴に指を押し当て、痛みを和らげさせた。
「お疲れのところ悪いが、走ってもらうぞ」
カエデはこくりと頷き、気力で姿勢を正した。
クロハがカエデを助けながら牢を出ようとした時、波長は彼らを逃がさんとしてこちらに手裏剣を投げてきた。
クロハが慌てて刀で防御したとき、波長の隙をついたシスイが彼女の体を地下牢の奥へ投げ飛ばした。
「行け!」
と叫ぶシスイにクロハは頷いてカエデと共に地下牢を抜け出した。
遠くからは波長の
「許さん、絶対に許さんぞシスイ!」
という言葉が響いていた。
そしてクロハとカエデの二人は波忍たちから姿を隠しながら、本邸の外に抜け人目のつかない裏道まで走った。
「カエデ、島の北側に風長の別荘がある。向こうには話を通してあるから安全なはずだ。そこへ身を隠し、船が来たら花の里へ逃げろ。風忍への合言葉は、花といえば青だ」
頷くカエデに、クロハは別荘へ向かうための地図を渡した。
「しばらく会えなくなる。僕が卒業して花の里へ戻るまでには体を治しておけ」
そう言って、クロハは背伸びをしてカエデの頬にキスした。
「次はいっぱいご奉仕してもらうから覚悟してよね」
可愛らしく微笑むクロハにカエデは喉を鳴らした。
「また今度、カエデ兄様」
北の方角へ消えていくカエデに手を振り見送ると、クロハは裏道から出た。
すると、そこにはシスイが立っていた。
「クロハ、もうこんなことをするのはやめろ」
「こんなことって?」
「四里同盟を通していない任務のことだ」
彼のオパールの瞳は月明かりに照らされ揺れている。
「このままでは直に正体がバレる。その時、私はあなたを守りきれない」
「守ってもらわなくてもいいんだけど……。なんでそんなことを言うんだ?」
「あなたが私にとって必要だからだ。とにかく任務は辞めろ、花忍も抜けろ」
「そんな無茶言うなよ、忍びが里を抜けてどうやって生きる」
シスイのいつもと違う強い口調に感化され、次第にクロハの言葉も強くなっていった。
「私の元へ来いクロハ」
シスイはクロハの体を引き寄せると、強引に抱きしめた。
「なにそれ。嫁にでももらってくれるってか」
シスイの胸に埋もれながら、クロハはモゴモゴと言う。
「ああ、一生共に居てくれ。何一つ不自由はさせない」
逃さないとでもいうように、クロハの背中に回る腕に力が込められた。
それに耳を僅かに染めたクロハは細い腕をシスイの背中に回し、彼を落ち着かせるように撫でた。
「やめろよ。俺は花の里を愛してる。里を裏切るつもりも、花忍を抜けるつもりもない」
「このまま月の里に連れ去りたい」
シスイはクロハの頭上で小さく呟いた。
「そんなことしたら本気でお前を嫌いになるぞ。というか波長はどうした」
「眠ってもらった」
なんてことないように言ったシスイに、思わずクロハは彼の顔を見上げた。
「眠ってもらったって……波長相手になにやればそうなるんだ」
「ただ私が彼女より強かっただけだ」
「そんな馬鹿な」
呆れたクロハはため息をついてシスイを引き剥がすと、
「まあいいや、帰ろう。なるようになるさ」
と投げやりに言って忍法塾の方へ歩いて行った。
シスイはその後ろを見守るようについていった。
キョウコツの案内でリンム、シスイ、ノエは山の中に聳(そび)えたつ謎の城へやってきた。
城の外には人の気配がなく、辺りは不気味なほど静かだ。
リンムが「どこから入る?」と聞くと、シスイが「まずは窓から調べよう」と言った。
四人は手分けして城への侵入経路を探したが、どうも強力な術でもかかっているのかどこからも入ることが叶わなかった。
「これはもう、正面突破しかねーみたいだな」
「怪しさ倍増よね」
「俺様が先に行く。お前らはせいぜい後ろでびびってな」
キョウコツは腕まくりをして立派な両開きの扉に手をかけ、力をこめた。
ゴゴゴと音を立てて開かれた扉の向こうは、真っ暗でどこか埃っぽい。
一行は忍術でロウソクに火を灯すと中へ入って行った。
城の中は木造になっていて、広い空間が広がっている。
すると突然彼らの足元に大穴が開いた。
落とし穴だ。
キョウコツは「危ない!」といってリンムを守るように抱きしめた。
穴の底には剣山のように恐ろしい数の刃物が突き出ており、ところどころが血に塗れていた。
落ちた者は死ぬ他にないだろう。
シスイとノエは咄嗟に落とし穴を避けた。
だがキョウコツの大きな体に拘束されたリンムは彼と共に落ちていった。
キョウコツは心の中で印を結んだ。
(土遁、檮杌(とうごつ)の術)
「ちょっと! キョウコツのせいで僕まで落ちちゃったじゃないか」
「強がるなよチビ。俺なら大丈夫だから」
ぐっと拳を握りしめたキョウコツの顔を、リンムはぺちぺちと叩いた。
「強がりじゃない!」
リンムを抱えてぐっさりと剣山に突き刺さっているキョウコツは、見た目よりも元気そうだ。
筋肉馬鹿は置いていくとして、リンムはキョウコツを足場にしてシスイが垂らしてくれた縄を登っていった。
「あっ待てリンム! 俺を置いていくな」
慌てて剣山から飛び起きたキョウコツは同じく縄を登っていった。
シスイは落とし穴から出てきたリンムを引き上げ抱きしめた。
「怪我はないか?」
「大丈夫。縄ありがとう、シスイ」
落とし穴からキョウコツが這い出てくると、ノエは呆れた顔をしていた。
「キョウコツ、あなた体は大丈夫なの?」
「全くの無傷だぜ」
そう笑うキョウコツに、ノエは彼の体と落とし穴の剣山を見比べて
「正気の沙汰とは思えないわよ」
と呟いた。
リンムを離したシスイはおもむろに広間の隅へ行くと城の壁を叩き出した。
「何やってるの?」
リンムが問うと、シスイは「次の出口を探している」と言った。
たしかに城の中は何もない大きな広間があるだけだ。
もちろん扉も窓もない。
(外からは窓があるように見えたけど、もしかして幻術だったのかな?)
シスイの意図を理解したリンムは彼と一緒に他の部屋に通じる場所はないか探し出した。
すると、壁の一部がおかしな音を立てることに気づいた。
「みんな、この壁の様子がおかしい」
リンムは三人を呼んで集めた。
ノエは壁の様子をじっくりと見る。
「見た目は普通の壁っぽいわね」
「おかま野郎の目は節穴だな。こういうのはこうするのが定番なんだよ」
キョウコツは一歩下がると、勢いをつけて壁に体当たりをした。
キョウコツの巨体に木造の壁は耐えられず、メキメキと音を立てて壊れ落ちた。
すると、壁の向こうに階段があることに気がついた。
「まあ、なんて乱暴なの。ぜったいこの扉、開けるための仕掛けがどこかにあったわよ」
「知るか。俺様の前に木造の隠し扉なんてものを作った方が悪い」
何やら喧嘩し出したキョウコツとノエを置いて、シスイは階段を登っていった。
その後をリンムもついていく。
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