尻拭い、のち、リア充

びやヤッコ

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祭り

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 道に沿って永遠と連なる屋台。

 屋台から香るソースの香り。

 会場中に響くアナウンスの声。

 今日は地元で花火大会が開催される日だ。

 俺は集合場所に集まった人物たちを見て苦笑いをせずにはいられなかった。

 いやー、本当になんでこうなったんだろう。

 「これって何デートって言うんだろうね?クワトロデート?」

 悠里が愉快そうに笑う。

 「元々デートでも何でもなかったんだけどな……」

 当初の予定は3人。しかしこの場にいるのは何故か8人。

 俺、悠里、パッツン、山迫君、黒永先輩、東、茂野さん、浅葱君。

 なんという歪なメンツだろうか。

 「あれ?おかしいな……俺とパッツンと山迫君だけだったはずなんだけどな」

 俺はチラリと黒永先輩を見る。

 まるでデートでもしに来ているかのように俺の手を繋ぐ先輩だったが、この人は予定にない人物だ。

 俺が視線を向けると、先輩は気まずそうに目を逸らして浅葱君に目配せをする。

 黒永先輩からの合図を受信した浅葱君は、照れたように咳払いをすると、何か小声でゴニョゴニョと喋った。

 「ヤマサコセンパイガイクッテキイタカラ……」

 「え?」

 「や、山迫先輩がこの花火大会に行くって聞いて、それでチャンスだと思って来ました……黒永先輩を道連れにして」

 「あーーーそういうこと……」

 視線をスライドさせるようにして山迫君に向けると、困ったように眉を下げて笑う彼と目が合った。

 この2人はまだ犬と飼い主の関係を抜け出せてないんだな。

 そういうことなら……頑張れよ、浅葱君。

 それで黒永先輩と浅葱君はいいとして……

 今度はパッツンの後ろに立つ、妙に気取った男に声をかける。

 「で?茂野さんは?なぜここに?」

 巻き髪を指に取ってクルクルと回す茂野さんは、サラッと髪を風になびかせると「そんなの決まってるでしょう?」とパッツンの肩を抱く。

 「新に変な虫が寄らないように牽制しに来たんだ」

 「ちょっ……そういうのいいですから!!」

 「グフッ」

 お約束の腹パンを食らった茂野さんはその場にうずくまる。

 その途端にパッツンはハッと顔色を悪くし、「またやっちゃった……」と頭を抱えた。

 この2人も……相変わらずだな。

 「そ、それより、なんでビッチもいるわけ?」

 まるで自分の行いを誤魔化すようにパッツンは隣で悠長に騒ぎを笑いながら見ていた悠里に的を変える。

 「ビッチ呼びはヤダな~悠里って呼んでよ」

 「ふんっ!なんで僕がそんなことを」

 そっぽを向いてしまったパッツンに、悠里はクスクスと笑う。

 「それで俺たちがなんでここにいるかって?それはご覧の通り、東と花火デートしてるからだけど?そしたらたまたま緒里を見かけたから寄っただけ。ね、東?」

 前髪が以前よりもスッキリとした東は悠里の問いかけにコクリと頷く。

 ほーん、こいつら普通のデートもするようになったのか……

 って……そんなこと考えてる場合じゃなかった。

 「さすがにこの大所帯じゃ移動が大変そうだけど、どうする?」

 「うーん、自由行動とか?」

 パッツンの言葉に頷きそうになる。ここまできたら逆に自由行動の方が楽そうだ。

 あ、でも自由行動にしたところで、俺とパッツンと山迫君が離れない限り黒永先輩と浅葱君と茂野さんは一緒に着いてくるだろうし、悠里もこの状況を面白がって着いてきそうだし。

 そうなると結局団子になって移動する羽目になるな……

 どうしようかと悩んでいると、ここで浅葱君が挙手する。

 「あの、いいですか?」

 「どうぞ」

 「2人ペアになって食べ物を買って、また集合するのはどうですか?」

 「それがいいな」

 ずっと黙っていた先輩が突然その意見に賛成する。

 そして俺を握る手に力が込められた。

 先輩もしかして俺と2人になりたいのか?

 「俺もそれがいいと思います」

 すかさず東も浅葱君の意見に1票入れた。

 東、お前は元々悠里と2人の予定だったんだよな。この後2人になったら、どっか遠い場所に連れて行って戻ってこなくてもいいぞ。

 「私は新と一緒にいられるならなんでもいい」

 パッツンにボコられた腹を擦りながらも、巻き毛を風になびかせることは忘れない茂野さん。

 「じゃあその方向で行きます?」

 「あの……集合場所はどこになるのかな?場所取りとかしてある?」

 山迫君の言葉に、一同固まる。

 「ん?場所取りって何?」

 キョトンとするパッツンとその他お坊ちゃんたち。

 「えーと、花火大会は場所を先に取っておかないと座る場所がなくなっちゃうんだよ」

 「なに?花火大会とやらはそんなに複雑なシステムなのかい?」

 「なんてこったい」と肩をすくめる茂野さんに悠里は「ははっ」と笑う。

 「これが庶民の暮らしですけど、なかなか難しいでしょ?」

 「そ、そうだな……なかなかに……興味深い」

 ドギマギする茂野さんとは対照的に、悠里はなんでもないといった風に話しかける。

 元セフレ同士とかヒヤヒヤすぎて直視できない。主に東とパッツンの顔が……

 「そうだ、いい場所があるよ。ね、緒里?」

 「え?………………まさか………………」

 悠里の不敵な笑みに嫌な予感がする。

 「うちから花火バッチリ見えるよね。丘の上だし」

 やっぱりそう考えてたか……

 「そうだけど……今日は父さんもいるんだろ?」

 「じゃあ電話して聞いてみるよ」

 「あ、ちょっと……」

 俺が言い終わる前に、悠里はサッとスマホを取りだして電話をかけた。

 「あ、もしもし母さん?今から知り合い家に呼んでもいい?………………うん、そうそう花火!……………ほんと?おっけー!………うん?ああ、いらないいらない!買ってくから!………うん、じゃあね~」

 「おっけーが出たみたいだな」

 「全然問題ないって」

 まあそれならいいか。家でのんびりしながら見るのも最高だし。

 「緒里君たちの家に行っていいの?」

 顔を輝かせる山迫君にうんと頷く。

 「うち近いから」

 「じゃあとりあえず2人組で食べ物を調達してから30分後にここに集合して、片倉先輩たちの家に向かうってことで」

 浅葱君が簡潔にまとめてくれた。

 そして重要な2人組だが、これはじゃんけんやらくじ引きやらで分けなくても自然に2人1組にくっついた。

 言う必要がないと思うが一応まとめておくとこうだ。

 俺と黒永先輩、悠里と東、パッツンと茂野さん、山迫君と浅葱君。

 「じゃあ、行きますか」

 「うん」

 先輩を見上げて声をかけると、嬉しそうに頷かれる。

 一昨日先輩の家からこっちに帰ってきたばっかりだったのに、2人きりになれると思うとやっぱり嬉しい。

 「熱々ですね~おにーちゃんと晴仁さんは」

 「うるさい、さっさと行けよ」

 ニヤニヤとしながら煽ってくる悠長をしっしと追いやると、俺は先輩を連れて屋台を巡った。

 「ごめんね、本当は友達との予定だったのに」

 他のメンツがいなくなるのを確認すると、先輩は申し訳なさそうに謝った。

 しかし手は強く握られたままだ。

 「全然大丈夫ですよ。どうせまた後で合流しますし。それに先輩、俺に会いたかったですよね?」

 浅葱君の意見に全力で賛成していたから確信犯だ。

 自信たっぷりにそう尋ねると、先輩は「もちろん」と言っていたずらっぽく笑った。

 「緒里もそうでしょ?」

 「もちろん」

 今なら花火大会を見に来たどのカップルよりもバカップルな自信がある。

 お互いに笑い合いながら、俺たちは人混みの中を進んで行く。

 「そういえば先輩ってこういうお祭り系のイベントには参加したことがあるんですか?」

 「うん、一度だけ祖父母とお祭りに行った記憶はあるよ。でも屋台で何か買ったことくらいしか覚えてないな。あまり人混みが得意じゃないからお祭りには興味が湧かなかったんだ」

 「確かに先輩は静かなところに1人でいるのが好きそう」

 「今は緒里と2人でいることの方が好きだけどね」

 「くっ……」

 やられた……

 ハートに矢が刺さる感覚ってこれなのかな?

 まさに「ズッキュン」という効果音通り俺の心臓が激しく波打つ。

 「大丈夫か?」

 「だ、大丈夫です……割といつものことですから……」

 心配げに覗き込んでくる先輩の顔の、なんと麗しいことか。

 そんな先輩の綺麗な顔に釘付けなのは俺だけではない。

 先輩とすれ違うほとんどの人がガン見をするか、2度見をするかのどちらかを必ずしていた。

 確かにただでさえ身長が高くて目立つのに、それに加えてイケメンなのだ。

 モデルか何かと見間違える可能性の方が高い。

 そうだよな、俺の反応は過剰なんかじゃなくて正常だよな。

 いつまでもドキドキとしてしまう自分に言い聞かせる。

 「緒里、見て」

 人を好きなだけときめかせておいて、当の本人は他人事のように屋台に並ぶ食べ物に目を輝かせていた。

 「あれ、小さい頃にお祭りに行った時に気になってたんだけど、頑なに欲しいって言えなかったから結局食べ損ねたんだ」

 「ああ、たこ焼き?なら今リベンジしましょ」

 「うん」

 可愛いな。

 小さい黒永晴仁君がたこ焼きを見て食べたいと思いつつも、素直に口が開けない様子を想像すると思わず頬が緩む。

 「いらっしゃいませー!」

 たこ焼きの屋台に近づくと気前の良さそうなおじちゃんに笑顔で迎え入れられた。

 「緒里も食べる?」

 「食べますけど自分で買いますよ。先輩から先にどうぞ」

 「分かった。じゃあたこ焼き1つで」

 「はいよー、600円でーす!」

 おじちゃんのその声にハッとする。

 そういえば先輩って小銭持ってるのかな?

 気になって観察していると、スボンのポケットから小ぶりの財布を取り出し、中から百円玉を慣れない手つきでつまみ出す先輩。

 うわ~お……すごく小銭が似合わない男だ。

 カードでサッと支払いをしてる姿に慣れすぎて、なかなか見れないレアな姿に一種の感動を覚える。

 「はい、お待ちどう」

 「ありがとうございます」

 手提げ袋に入ったホカホカのたこ焼きを受け取る先輩をガン見していると、振り返った瞬間にバッチリと目が合ってしまう。

 「何か言いたげだね」

 「先輩も小銭を持ってたんだなーって思ってました」

 俺の言葉に一瞬キョトンとしたが、すぐにやれやれと言った風に笑う。

 「もしかしてここまで自家用ジェットで来たとか思ってないよね?」

 「先輩なら有り得る」

 「そんなわけがないでしょ」

 「わっ」

 弱めのデコピンを食らった。

 「ちゃんと電車で来ました。交通カードは持ってないからちゃんと小銭でキップ買って乗ったよ」

 そう言われてみれば先輩の家に行く時も新潟に行く時も電車のキップを買ってたな。あの時はお札だったから違和感なかったけど、いざ屋台で小銭となると平民感がすごい。

 「じゃあ小銭初心者の先輩のために俺がお手本見せますね」

 「分かった」

 「すみません、たこ焼き1つください」

 「はいよ、600円ね」

 俺はショルダーバッグからサッと財布を取り出し、中から500円玉と100円玉を選んで店主手渡す。

 「どうです?」

 「スマートだね。かっこいいよ」

 「あ、いや、かっこよくはないでしょ……」

 褒め倒されると逆に恥ずかしくなる。

 そんなくだらないやり取りをしていると、店主のおじちゃんが突然「ハッハッハッ」と声を出して笑った。

 「仲良いね、お兄ちゃんたち。幸せそうだ」

 幸せそう?

 俺は先輩と顔を見合わせる。

 そしてほぼ同時に「はい、幸せです」と店主に笑って答えた。

 「羨ましいね~、お幸せに。ほら、たこ焼きだよ」

 「ありがとうございます」

 それを受け取ると、おじちゃんに手を振って別れを告げた。

 「お幸せにって普通は恋人とか夫婦に使いますよね?」

 別の屋台を物色しながら、俺は気になっていたことを先輩に尋ねる。

 「そういう意味で使ったのかどうかは分からないけど、恋人に見えたのかもしれないね」

 「やっぱり男2人でも醸し出す雰囲気が違うんですかね」
 
 学園内では気にしていたなかったが、学園外でもこんなに恋人感ダダ漏れでいいのだろうか。きっと変な目で見る人もいるだろうし、人間不信な先輩にはこれ以上人によって嫌な思いをして欲しくない。

 先輩は俺の意味を汲み取ったのか、今度は手を繋いでこなかった。代わりに指先でスルッと俺の手の甲を擦ると、「そこら辺の方針はまた今度2人でよく話し合おう」と言う。

 「……そうですね、いつまでもあの同性愛ウェルカムな学園にいるわけじゃないから……」

 真剣にそんな話をしていると、どこからか聞き慣れた威勢の良い声が聞こえてきた。

 「ん?あれって……」

 その声は人混みの奥から聞こえてくる。

 よく目を凝らして先を見ると…………

 やっぱりね。あいつのキューティクルはやっぱり目立つ。

 「茂野ペアか」

 先輩も気がついたようで、その眉間にシワが寄る。

 きっと関わりたくないんだろうな………

 明らかに嫌そうな顔をする先輩に思わず苦笑いをする。

 でもなんかトラブってるっぽいし………

 「……ちょっと様子見てきてもいいですか?」

 「……緒里が行くなら俺も行くよ」

 頷き合うと、俺と先輩は人の波を掻き分けながら声のする方へ向かっていく。

 「すみませんお客さん、ここは現金のみですので……」

 「カード決済ができないなんて!雅様!これじゃあ「とるねえどぽてと」が買えませんよ!」

 「で、でも私もカードしか持ってないし……」

 トラブルの中心地に近づくと、会話が聞こえてきた。

 「先輩、ここにいましたね、小銭持ってない人が」

 「そうみたいだね」

 野次馬に混ざってその様子を観察していると、茂野さんはおもむろにスマホを取り出し、どこかに連絡をし始めた。

 「もしもし?私だけど。今すぐ現金100万……いや、多いか?50万用意して持ってきてくれないかい?」

 50万?!屋台のどこでそんなにお金を使うっていうだよ!!

 しかもそんな大声で電話したら周りに聞かれるだろ!!刺されるぞ!!

 我慢ならず、俺は茂野さんに近づくとそのスマホを奪い取る。

 「い、緒里君?!」

 「もしもし、すみません、50万もいらないです、1000円札10枚ほど茂野さんに持ってきてあげてください、お願いします」

 電話の向こう側は落ち着きのある中年の男性の声だった。

『かしこまりました、5分でお持ちいたします』

 良かった……ここで札束とか登場したらカオスなことになってたよ……

 スマホを茂野さんに返すと、他のお客さんの邪魔にならないように2人を屋台の端に移動させる。

 「片倉緒里!……と、黒永さん……本当にいいところに来てくれたよ!現金を持ってなくて参ってたところだったんだ」

 パッツンは手で顔を覆い、やれやれと頭を振る。

 その度にぷるんとしたパッツンヘアが左右に揺れ、キューティクルもそれに伴ってキラキラと輝きを変化させる。

 「それにしても1000円札10枚じゃあいくらなんでも少なすぎないかい?」

 茂野さんの顔色が悪くなる。

 まるで10円玉で醤油を買ってこいと言われて不安になる小さな子供みたいだ。

 「逆に50万で何を買おうとしてたんですか?もしかしてここにある食べ物全部買うつもりじゃないでしょうね?」

 「し、しかし……」

 これはもうお金を大量に持ってないと気が気じゃない正真正銘のお坊ちゃんだ。黒永先輩とはまたタイプが違う。

 そういえば先輩……

 隣に佇む先輩は先程から一言も発していない。まるで目の前の2人が存在していないかのように、興味なさげにしている。

 美人の真顔は怖い。

 つまり黒永先輩が黙っていると他人に威圧感を与えるのだ。

 パッツンと茂野さんは先程から話している間もチラチラと視線を先輩に向けていた。それもとんでもなく気まずそうな表情で。

 お金が届くまでこんな空気が続くのはさすがに嫌だぞ……

 視線で先輩に訴えるも、春の陽だまりのような笑顔を向けられるだけだった。

 人間不信というか……もはや人嫌いだよね……

 この場を取り持つ意志を先輩から感じられないため、仕方なく俺が話題提供することにした。

 「……パッツンはここまでなにで来たの?」

 「ぼ、僕はパパが送ってくれたよ」

 「まじか」

 すげえフッ軽なパパだな。

 「茂野さんは?」

 「私は自家用送迎車で送ってもらったから……さっき電話したのも運転手なんだ。近くで待機してもらってるからすぐに来ると思うよ」

 「……そりゃ現金持ってないわけだ」

 それにしても、2人とも黒永グループの御曹司よりも御曹司してるな……

 先輩も確かに金持ちの坊ちゃんのはずなのに、その雰囲気が感じられないというか、妙に庶民感がある。

 例えば味覚音痴だったり、なんの躊躇もなく電車に乗ったりするところだ。

 そこはもしかしたら幼少期に短期間ながら新潟の田舎で育った影響もあるのだろう。

 そしてそんなちぐはぐなところに親近感が湧く。

 「……先輩可愛いですね」

 「今の会話のどこにそう思う要素があった?!」

 パッツンが盛大に突っ込む。

 しかし先輩はそんなパッツンには目もくれず、何か言いたげな表情で俺をじっと見つめた後「また後で」と言って微笑んだ。

 何がまた後でなんだ?

 意味深な言葉に首を傾げていると、遠くから黒服の男が小走りで向かってきているのが見えた。

 「あれってもしかして……」

 「あ!高崎!こっちだ!」

 茂野さんが男に向かって手招きをする。

 細い縁のメガネをかけたダンディーなおじ様はそれに気がつくとすぐに俺たちにぺこりと頭を下げた。

 「雅坊ちゃん、こちらに例のものをご用意いたしました」

 そう言って渡したのは銀行の封筒。

 銀行で下ろしてきたのか。それにしても早業だな。

 「それでは雅坊ちゃん、引き続きお楽しみください」

 高崎と呼ばれたおじ様はそれだけ言うと颯爽と来た道を戻って行った。

 こんなイケおじが運転手なのかー、レベル高いな。

 「よし!これでハリケーンポテトとやらが買えるぞ新!」

 「じゃあもう1回チャンジしましょう雅様!」

 いつもツン90%のパッツンだけど、こういう時はノリノリなんだな。

 「やるぞ~!」と意気込むパッツンを見つめる茂野さんの眼差しは優しい。

 この2人もなんだかんだ上手くいくんだろうな。

 「じゃあ俺たちはもう行きますね。あとは2人で頑張ってください」

 先輩が早くこの場から離れたいオーラを出してるしね……

 「任せな!立派なとるねえどぽてと買ってみせるから!」

 パッツンがやる気全開で再びトルネードポテトの屋台にできた列に並ぶのを見てひとまず安心し、俺と先輩はその場を離れた。

 その後チヂミやら五平餅やら、気になったものをどんどん購入していくと、あっという間に集合時間となった。

 もちろん、パッツンと茂野さんがいる時は終始無言だった先輩も、俺と2人きりになるとよく喋ってよく笑ってくれた。

**********

 「「おじゃましまーす!」」

 「ただいまー」

 玄関に入った瞬間、焼き菓子の香ばしい香りがふわりと漂う。

 クッキーかな?

 そんなことを考えつつ、俺は全員が玄関内に入ったのを確認して鍵を閉めた。

 うちの玄関はそこそこ広いため、8人いたとしても各々自由に動けるだけのスペースはある。

 靴を脱いでいると、奥からパタパタとスリッパで走ってくる音が聞こえた。

 「いらっしゃい~い」

 見なくてもわかる。母さんが満面の笑みでやってきたに違いない。

 あ、ほらな。

 「まったく!ゆうちゃんったら早めに言わないから、美味しいものが用意できないじゃな~い!」

 ピンクのヒラヒラエプロンを身にまとった母さんは頬を膨らませてぷりぷりしている。

 母さんはお客さんを家に迎えるのが好きなのだ。毎回ケーキやら料理やらを振る舞い、満足そうにしている。

 そのため今回の突然の訪問者たちも大歓迎なのだろうが、自分の満足のいくものを作れなくてむくれているのだろう。

 「え~、なんで俺だけ?緒里にも言ってよ」

 悠里がムスッとする。

 「あら、いおちゃんもいるの?聞いてないわよ~!あらら?いやぁね~!黒永君もいるじゃない!電話した時に言ってくれれば良かったのに~他の皆さんは?紹介してちょうだい」

 「あ、僕は新容です」

 「いるる君?もしかして新裁判官の息子さん?」

 「あ、はい!そうです」

 裁判官?!まじか、そんな風には見えなかった……フッ軽父ちゃんは裁判官だったのか……

 「私は茂野雅です。両親は海外で音楽活動をしています」

 「ああ!もしかしてあの有名なチェロとピアニストご夫婦の?」

 「ご存知でしたか」

 「昔コンサートを見に行ったことがあったのよ」

 ま、まじか……みんな凄いな……

 「俺は浅葱昇太しょうたです。よろしくお願いします」

 あ、昇太っていう名前だったんだ……初耳……

 「ガッシリしてるわね~何かスポーツをやってるの?」

 「スポーツ全般好きなんですけど、得意なのは陸上と野球ですね」

 「すごいわ~私は50メートル走るのに14秒かかってたから尊敬するわ~」

 「ありがとうございます」

 え、母さん足遅すぎないか??

 悠里と顔を見合せて笑うのを我慢する。

 「あ、えーと、この後に自己紹介するのはすごくやりずらいんですけど、僕は山迫楓です……ごくごく平凡な高校生です。よろしくお願いします……」

 「あら可愛らしい~」

 そう言って母さんは山迫君のほっぺたをムニムニと触る。

 それを浅葱君がものすごく羨ましそうに見つめていた。

 「母さん、確かに山迫君の頬は柔らかそうだけど、そのくらいにしときな」

 「ほら~うちの息子は冷たいの~」

 「いいから!ほらまだもう1人いるから」

 「あらごめんなさいね!」

 東は「いえ」と首を振る。

 「俺は東桂士朗っていいます。父は…………やっぱり言わない方がいいのでやめておきます。ちなみに悠里のことを狙ってますのでよろしくお願いします」

 待て待て待て!!!ツッコミどころ満載な自己紹介するな!!!

 ほら母さんポカンとしちゃってるよ!!!

 言わない方がいい仕事とは?!

 悠里を狙ってる宣言ここでするか?!

 大混乱な俺とは対照的に、悠里はヒーヒー大爆笑している。呑気なやつだ。

 「う、うちのゆうちゃんを狙ってるの?」

 「はい」

 「きゃーーー!!♡♡♡パパーーー!!」

 突然黄色い声を上げた母さんはリビングの方へ走っていく。

 その場に取り残された俺たちは突然の出来事に言葉を発せなくなっていた。

 か、母さん……お願いだからよそ様の前でそのテンションはやめてくれ……

 とりあえず玄関から上がってリビングに全員で向かうと、そこでは母さんが大興奮しながら父さんに捲し立てていた。

 その様子はさながら好きなアイドルについて語るドルオタのようだ。

 「パパ今の聞いた??聞こえた??ゆうちゃんが狙われてるんだって!東君っていうイケメンに!しかも知ってる?いおちゃんにも彼氏がいるんだよ?!さすが私の息子たちだわ!!私に似てモテモテなのね!!」

 「な、なんだって?!緒里と悠里に男ができたのか??どこの馬の骨の野郎だ?顔を拝んでやる」

 「ちょっとパパ~!張り切りすぎよ!」

 ソファーに座っていた父さんは立ち上がってこちらに向かってくる。

 久しぶりに会ったが、相変わらず下の腹がぽっこりしているようだ。

 顔は痩せて見えるのに、お腹のせいで全体のバランスがいまいち。

 母さん曰く昔は洒洒たる青年だったらしい。

 今となってはそんな面影もどこかへ行ってしまったけどね。

 「悠里!彼氏はどれだ?」

 「まだ彼氏じゃないし!それに父さんに見てもらう必要もないから!」

 「そ、それじゃあ変なやつに捕まってしまうかもしれないだろ?」

 「別に女の子でもないんだしそんなの気にしなくてもいいじゃん」

 「いや、ダメだ!緒里!おまえの彼氏は?!」

 「え、えーと……」

 チラリと黒永先輩を見る。

 すると父さんは途端に口を開いて唖然とした。

 「く、く、くくくくろろろろ…………」

 「ちょっとパパ!落ち着いてよ~子供たちのことにいちいち口出ししないの!」

 「くろ……くろ……」

 壊れたラジオのように言葉にならない音を発する父さんに呆れる他ない。

 「お久しぶりです」

 先輩はペコリと父さんに向かって頭を下げると、「変なやつではないのでご安心ください」と言った。

 放心状態で動けなくなっている父さんを、母さんが再びソファーに座らせる。

 「うちのパパがお騒がせしました~そういえば花火をうちから見るんだったわよね?2階からの方が見えるから、皆で上がってって。後でクッキーも持っていくから。いおちゃんとゆうちゃん、皆さんを案内してあげて」

 「うん、じゃあこちらにどうぞ」

 階段を上がり、俺と悠里の部屋の前を通過してさらに奥に進む。

 「ここからの方が見やすいよね?」

 「多分ね」

 悠里と相談してここでいいか!となったので、明るくなりすぎないように間接照明をつけた。

 「ここは……シアタールーム?」

 茂野さんが部屋を見渡す。

 出しっぱなしになっていたスクリーンを見て分かったのだろう。

 スイッチを押してスクリーンを片付けると、俺はみんなをソファーに座らせた。

 「じゃあ各々ご自由にどうぞ。こっちの窓から花火めっちゃ見えると思う」

 「打ち上げまであと10分くらいだね……」

 ソワソワとする山迫君に「そうですね」と頷く浅葱君。相変わらず山迫君の隣をキープしている。

 「俺先にトイレ行ってきます」

 「分かった」

 黒永先輩に伝えて俺はその場を離れた。

**********

 トイレを済ませ、みんながいる場所に戻る途中。

 廊下に先輩が立っているのが見えた。

 「先輩?どうしたんですか?」

 「……緒里の部屋は?」

 「俺の部屋?」

 「見てもいいか?」

 「もちろんいいですけど……」

 片付けてあったっけな?まあどうせ散らかせるほどの物もないし、いっか。

 「こっちです、どうぞ。何もない部屋ですけどっ……?!」

 部屋に入れた瞬間、先輩は俺を引き寄せて抱きしめる。そしてドアを閉めて鍵もかけた。

 部屋の中は薄暗い。

 先輩の息が耳に当たり、触れられている部分に全神経が集中する。

 「せ、先輩……?」

 「また後でって言ったよね」

 「言って……ましたね…………まさか……?」

 言い終わる前に口を塞がれる。

 柔らかくてしっとりとしたものが優しく唇に何度も触れ、それの行為はどんどん深まっていく。

 「口開けて」

 「ん」

 言われるがままに口を少し開け、口内に侵入してくる先輩の舌を受け入れる。

 「あ……ふ……」

  上顎を擦られれば、背中がゾクゾクとする。

 舌を絡められれば、脚に力が入らなくなる。

 俺は先輩に口内を責められ続け、タジタジになっていた。

 毎回先輩にリードされていて悔しい。

 そんな気持ちが芽生える。

 俺も何かしたい……

 あ、そうだ

 俺は先輩の両脚の間に自分の脚を入れ、膝を上げる。

 そして先輩の硬くなったそこをグリっと押した。

 「んっ……」

 突然の快楽を予想もしていなかったであろう先輩は、キスを止めると自分の声を封じるようにして手を口に当てる。

 「い、おり……」

 先輩の顔は暗くて見えない。しかし赤らんでいるのは見なくても分かる。

 「本当はキスで止めるはずだったんだけど、煽ったのは緒里の方だからね?」

 そう言うと、再び俺にキスをしてくる。

 そしてすぐにその唇は俺の首筋に宛てがわれた。

 「ま、まって……」

 首が強く吸われている。

 これは……キスマークをつけられてる?!

 「せ、先輩!首につけたらまずいですよ!見られちゃいますって」

 「じゃあ見えない場所につける?」

 ペラリとシャツの裾をたくし上げられると、先輩が屈む気配がした。

 まさか……

 「そ、そこは……」

 乳首に先輩の息が当たる感覚がする。

 まずいまずい!このままじゃあ本当にこの部屋でおっ始めることになっちゃう!

 バレたら終わる!!

 でも多分気持ちいいし……先輩に求められると嬉しいし……

 快楽と理性の狭間で戦う。

 どうしよう……!!どっちを選べば……!!

 究極の選択を突きつけられていたちょうどその時、窓の外から赤色の光とともに、地鳴りのような爆発音が響いた。

 「!!」

 目の前がパッと明るくなり、部屋が一瞬赤色に染まる。

 そして直ぐに暗くなった。

 「先輩、花火が始まりましたね……」

 「……花火に照らされながら緒里を愛でるのもいいけど変態っぽいからやめとくか」

 「ですね、せっかくだから花火ちゃんと見ましょ」

 「ここで見るか?」

 「うーん、俺はどっちでもいいですけど、先輩は2人きりの方がいいですか?」

 「うん、そうだね」

 「ははっ、はっきり言いますね。じゃあ俺さっきあっちに置いてきた食べ物持ってきますね。先輩は……その、収まるのに時間がかかりそうなのでここでゆっくりしててください」

 「あ、ああ……そうだな」

 2つ目の金色の花火が照らす先輩は、照れくさそうな顔をしていた。

 「じゃあちょっと待っててくださいね」

 俺は部屋から出ると、忍び足でシアタールームに向かった。

 遠くからも聞こえていたが、やっぱりそこは盛り上がっていた。

 花火が打ち上がる度に歓声が上がっている。

 俺は何事もなかったかのようにスっとテーブルに向かって食べ物を取ると、そのまま再び何事もなかったかのように抜け出そうとする。

 しかし上手くいくはずもなかった。

 目ざといやつが俺を呼び止める。

 「緒里?どこに行くの?晴仁さんも全然戻ってこないけど、2人でをしてたの?しかも首にそんなの付けて」

 悠里はわざわざみんなが聞こえる程の声量で話す。

 こいつ……楽しんでやがる……

 これは手で首元を押さえた。

 「先輩と2人で部屋から見るよ」

 「ふ~ん?じゃあ2人で楽しんでね。ほら、これも持っていきなよ。母さんが作ったクッキー」

 そう言ってジャムクッキーとチョコチップクッキーが数個乗った小皿を渡してくる。

 その顔は終始ニヤニヤとしていて、今すぐにでもシバいてやりたかったがそれはまた今度だ。

 俺はそれを奪うようにして受け取ると、その場をさっさっと離れた。

 悠里のムカつくニヤニヤ顔と、その他の人からの生暖かい視線を俺は一生忘れないだろう。

 こうして歪なメンバーでの花火大会が、晩夏の訪れと共に本格的に幕を開けたのだった。
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中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

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