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08 温室にて(4)

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 それからはそれが日課になった。
 街に着いて少し離れた所で待っていると、ティナがベランダに出てくるので、温室に行き少しの時間を一緒に過ごす。

 人の姿になると、彼女にふれたくなるので、狼の姿のままで側にいるが、怖がる様子も見せないし、色々な事を話してくれる。

 何となく嬉しそうにしている時もあるし、嫌な事があったのか、気分が落ち込んでいるように見える時もあるが、側にいると少しずつ言葉が出てくる。

 ウエストリアの屋敷で綺麗な糸を貰ったので、ティナに渡す。
 街にいた時は興味がなかったが、イグルスが紐を作ってカヤに渡すと言うのを聞いて、自分も欲しくなった。

「刺繡?」

 首を横にふる。

「組紐ですか?」

 頭を押し付けて、作って欲しいと伝える。

「サイラス様は作らなかったのですか?」

 前足で頭を抱えるようにしてみせると、クスクスと笑う声が聞こえる。

「ふふっ、いいですよ。この糸で作ればいいのですか?」

 獣人が髪を結んでいる紐には、魔力が込めてあって、獣の姿になった時もその紐が残る。
 誰の魔力が込められているかが大切で、その紐には意味がないが、それがティナの作ったものなら嬉しいし、この赤い糸で作れば、彼女と同じ茜色の紐が出来る。

 こうしてティナの側にいるのはとても気持ちがいい

 不思議な森の中を走り回るのも楽しいし、空から降る水の中で遊ぶのも面白かった。
 
 王都とは違って、魔物を狩って遊ぶ事も出来るし、最近はウエストリアの屋敷の中で狼の姿でいても、使用人達は気にしていないし、必要以上に近寄る事も無いので気楽でいい。

 それでも彼女の側にいる方が良かった。
 側で話を聞いていると、彼女がそっと頭や首を撫ぜてくれる。

 出来れば身体を重ねて、自分の匂いをつけてしまいたいが、イグルスから男性と初めて夜を共にする事を、女性は怖がるものだと教えて貰ったので、強引にふれて怖がらせたくない。

 賑やかな街から温室に来た時、彼女に作った紐を渡して貰った。
 ティナと同じ茜色の紐を貰い、喜んでいると、そっとティナの唇がふれるのが分かる。

 その瞬間、人の姿になって彼女の唇を奪う。
 彼女が逃げてしまわない様にしっかり抱いて、何度も離れないように強く重ねると、苦しそうな声がする。

「ティナ、怒った?」
「、、、」

「ごめん、怒らないで」
「、、、怒ってない」

「いや、だった?」
「恥ずかしい」

「ティナ、かわいい」

 彼女は僕がふれるのを嫌がっていない。

「ティナ、もう一回」
「えっ?」

 彼女が驚いている間に、また唇を重ねる。

「ダメ」
「わかった」

「部屋に戻るわ」
「ティナ、怒ってる?」

 彼女に怒られると、悲しい気持ちになる。

「怒っていないわ、ちょっとびっくりしただけ」
「驚いたの?」
「そうね、いきなりだったから驚いたの」
「分かった、しばらく来ない様にする。だから僕の事考えて」

 そう言ってまた狼の姿になる。

 彼女にはずっと僕の事を考えていて欲しい、他の誰でもなく、僕の事を。
 そうしてセレスティナが僕の事を好きになってくれるといい。
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