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第2章

13 旅の途中(13) -アレスside

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「ありがとうございます」

 カリーナの声が少し固くなる。

 “親友の大切な妹”

 そうでも言わなければ、自分が全く信用できない。

 彼女は賊に攫われた記憶が残っているらしく、仕事に戻ってみても何となく顔色が悪いし、落ち着きが無いように見えた。

 ゆっくり安心させてやろうとミュール行きを決めたが、その話をしていると少しずつカリーナの表情が戻って楽しそうになって来る。

 今の時期、サウストリアは花に埋もれるが、ミュール周辺は特に鮮やかな花も多く賑やかになる。
 彼女は公爵家に来るまで数年、サウストリアのイスレイン家にいたはずだし、懐かしい気持ちもあるはずで、怖い思いをしたのだからゆっくり休ませてやればいい。

 そう思ってミュール行きの話をすると、申し訳なさそうにするが、安心した様子もみえるので少し話をしていると自分の昔話を知らなかったと顔を膨らます。

 自分の側にいて、昔の話をしながら知らなかったと話す様子は可愛らしく、兄にする様に甘えてくるのは愛おしい。

 腕の中にいる事も、髪を撫ぜられる事にも安心しているのを見ると、どうにも我慢が出来なくなりそうで困る。

 いくら商隊の天幕だと言っても、密室には違いなく、組み伏せて身体を重ね、自分のものにするくらいわけもない。

 薄っぺらい使用人の服などその気になれば着ていないも同然だし、カリーナが何をされているか分からない間に奪ってしまう事も出来るだろう。

 彼女の保護者達やロアンからは文句の一つも言われるだろうが、彼女をずっと大切に出来るなら気にする必要も無い。
 
 だが、これが単なる一時的な欲情で無いと言えるだろうか?
 
 数年前、惹かれた人にこんな感情を持った覚えは無い。
 彼女の緑色の瞳に自分を写して欲しいと望んだが、無理矢理こちらを向かそうとは思いもしなかった。

「食事を運んでくれてありがとう、カナ」

 そう言うと、カリーナがスッと離れ頭を下げて戻っていく。

 彼女は妹だ。
 ずっとそう思い可愛がって来た小さな女の子だ。

 今回ミュール行きを考えたのも、大切な妹が辛い目に合い、落ち込んでいる様なのでゆっくり出来る様にと道を変えただけだ。

 それにあそこにはレオーナがいる。
 四年前、申し込まれた時はその気になれず、そのままにしてあるが、今なら彼女を愛しいと思えるかもしれない。

 それがダメならミュールの街で適当な相手を見つければいい。
 何年か前までは、そうした相手と楽しくやってきたはずだ。

 ずっと可愛がってきた妹に手を出して嫌われるより、確かにその方がずっといい。
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