ヒロインに婚約破棄された悪役令息

久乃り

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第1話 冒険者に俺はなる

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「なぜ王城に呼び出されたのか、理由はわかっているな」

 揺れる馬車の中、一応向かい合わせに座る貴族の親子。父親はギンデル侯爵、その息子はマルティン。

「ええ、わかっています」

 できるだけ向かいに座る父親と目線を合わせないように返事をするマルティンは、これから起こる事の内容をよく知っていた。まあ、知っているというべきか、知識として頭の中に入っていると言えばいいのか、要するにマルティンは転生者である。前世は日本人で、ここがゲームの世界だと知っていた。正確には、思い出していた。マルティンが前世の記憶を取り戻したのは、王城での婚約式での最中だった。国王の名のもとに婚約式を執り行うため、当時十三歳だったマルティンは貴族の子息らしく立派な正装に身を包み、婚約式に臨んだのだ。当然、お相手のアンテレーゼ・ウィンステン侯爵令嬢もしっかりとした仕立てのドレスを着ていた。お互いまだ十三歳であったけれど、そこは侯爵家同士の婚約式であるから、かなり立派な婚約式であった。なにしろ国王陛下の名のもとに貴族は婚約を取り交わす。それは婚約を交わす二人が国王陛下に忠誠を誓う意味も込められているからだ。当然婚約式の支度金は国王陛下に納められる。無事結婚をすれば祝い金として返却されるので、上位貴族になればなるほど、納める金額は高額になっていた。
 そんな大金のかかった婚約式の最中、マルティンは自分の名前を書いて一歩下がる際、ご立派なアンテレーゼのドレスの裾に足を引っかけ転倒した。しこたま頭を床に打ちつけたのだが、アンテレーゼのドレスのおかげで一瞬姿が消えた程度にしか思われることはなかった。だがしかし、王城の床は固い大理石である。うめき声が出そうなほどの激痛がマルティンを襲ったのだが、そこは国王陛下の御前である。貴族子息らしく、まして本日の主役であるから、マルティンは何事もなかったふりをしてアンテレーゼの隣に立ち、アンテレーゼに向けて柔らかな微笑みを浮かべ、そして国王陛下の御前を後にした。立会に訪れた貴族たちは誰もがマルティンの立派な姿を褒めたたえ、アンテレーゼの愛らしさを称えた。その晩、マルティンは恐ろしい頭痛と戦うことになった。激しい痛みが頭中を駆け巡り、ぶつけた額は青紫色になっていた。内出血をしていることはわかったものの、お祝いパーティーを開催している両親に言えるはずもなく、マルティンは気疲れを理由に自室に戻ったのだ。そして前世の記憶を頼りに患部を冷やしつつ、襲い来る記憶の渦に耐えた。
 一晩経った時、痛みと蘇る記憶のおかげで一睡もできなかったマルティンは、ここが乙女ゲームの世界だと確信し、自分が当て馬役の婚約者で悪役令息であることを理解した。ヒロインはアンテレーゼで、学園編では能力を上げるためにたくさんのミニゲームをこなしながら出会いのイベントをこなしていく。その際、婚約者という立場でお邪魔キャラとして現れるのがマルティンだ。あからさまな妨害行為をしてくるマルティンを、ヒロインは協力者と共に撃退して絆を深めていく。マルティンは侯爵子息であるから、チート級に強いのだ。だから最初は当然勝てない。だからこその悪役令息として、ヒロインたちに立ち塞がる障害となるのである。

「国王陛下のお言葉を賜る間、大人しくしているのだぞ」

 父親であるギンデル侯爵にくぎを刺され、マルティンは素直に返事をするのであった。なぜならば、これから王城で行われることがなんなのかマルティンは知っているからだ。どうあがいても避けられない、ヒロインにとって重要なイベント、マルティンへの断罪と婚約破棄である。これが乙女ゲームにおける悪役令嬢であったなら、断罪イベントを避けるためにヒロインに優しくしたり、ヒロインが出会う前に攻略対象者たちを自分の味方につけたり、攻略対象者を婚約者にしない。など、ありとあらゆる対抗策が取れただろう。だがしかし、悲しいことにマルティンへの断罪からの婚約破棄は、この乙女ゲームにおいて重要なイベントなのである。学園編が終わり、社交界編に突入するにあたり、攻略対象者たちと恋のイベントを繰り広げたいヒロインにとって、婚約者マルティンの存在はただただ邪魔なだけだからだ。だったら最初から婚約なんてするなよ。と突っ込みたいところなのだが、恋とは障害があった方が燃え上がるものである。とはとある運営の独り言として語られていた。

「……これにより、ギンデル侯爵子息マルティンと、ウィンステン侯爵令嬢アンテレーゼの婚約を破棄することを宣言する」

 そんなわけで王城の国王の間にて、マルティンとヒロインアンテレーゼは婚約破棄のイベントに突入していた。もっとも、ここが乙女ゲームの世界だと思って対応しているのはマルティンただ一人であるから、マルティンの隣に立つアンテレーゼは大変神妙な面持ちであった。それに対してマルティンはこうなることを婚約式をした五年前から知っていたわけで、だからこそ、今日この日までにいろいろと準備に費やしてきたのである。つまり、婚約破棄と聞いて悲しくもなければ驚きもしなかった。本当に乙女ゲームだというのなら、国王陛下のセリフはスキップしたい心境だった。

「続いて」

 国王陛下が咳払いをしていかつい顔をさらに厳めしくした。

「ギンデル侯爵子息マルティンにおいては、ウィンステン侯爵令嬢アンテレーゼが婚約破棄を願い出るに至るほどに貴族にあるまじき行為を繰り返したとして、その行為に対する制裁として貴族席より廃嫡とする」

 国王の宣言に立ち会いに訪れた貴族たちから一瞬ざわめきが起きたが、すぐに収束された。誰もがわかっていることなのだ。ウィンステン侯爵令嬢アンテレーゼが、王太子妃候補となることを。そのため、醜聞が悪いのでギンデル侯爵子息マルティンを排除したのだ。女子供は権力者、当主にとっての付属物であるから致し方ないことなのである。

「はい。賜りました」

 そこにどこぞの居酒屋店員のごとく威勢のいい返事が響き渡った。顔をあげ、白い歯をのぞかせにやりと笑うマルティンは、いかにもワルガキな顔をしていた。

「マルティン、王の御前だぞ」

 ギンデル侯爵が慌てて叱責をしたが、マルティンは無視を決め込んだ。

「たった今廃嫡されたから、あんたとは他人だよ。ついでに言えば、俺はもう平民だから、国王の言うことなんか聞く義務なんてないからな」

 ヘンッと鼻を鳴らしてマルティンは国王を見て、それから隣に立つアンテレーゼを見た。乙女ゲームヒロインで、侯爵令嬢らしく美しい顔立ちをしている。けれど、このあと乙女ゲームのヒロインらしく攻略対象者たちと恋のゲームを繰り広げるのだから、中身はなかなかのビッチである。そう考えると、すました顔をしながら内心何を企んでいるのか、なんとも恐ろしい存在である。

「じゃあな」

 そう言うが早いか、マルティンは駆け出していた。国王の間はなかなかに広い。なにしろ国中の貴族が一堂に会することができるほどだ。そこに護衛の騎士やらなんやらも入るのだから、ちょっとした市民体育館並みにでかいのだ。当然床はピカピカで足音がよく響く。甲高い靴音を響かせてマルティンは後ろにある扉を目指し、何が起きているのか理解も判断もできていない騎士の間をすり抜けて国王の間を後にした。

「よっしゃー!!俺は自由だぁ」

 マルティンはそう叫ぶと王城を飛び出し、そのまま止まることなく貴族街を抜けて平民街まで走り抜けていった。

「さすがに誰も追いかけては来ないか」

 念のため商店の壁際に身を隠してみたけれど、追いかけてくる足音は聞こえないし、国王の間で廃嫡の宣言を聞いたときに、マルティンの中で何かが壊れた音が聞こえたのだ。おそらく国王に対する貴族の忠誠の証のようなものだろう。これが壊れたから、追ってはこないものとマルティンは判断した。もう貴族籍にいないマルティンは、誰にも縛られることはないのだ。完全なる自由を手に入れたマルティンは、ひとり小さくガッツポーズをした。

「さてさて、こいつは使えるのかな?」

 貴族らしく仕立てのいい上着の下に隠しておいた小さなサイドカバンを開けてみる。貴族なら誰でも一つは持っている魔法カバンである。この世界の通貨は貨幣しかない。乙女ゲームの世界において、ポケットいっぱいに金貨をジャラジャラさせた攻略対象者たちなんて夢がないし、ヒロインのスカートのふくらみが金貨でできていたら怪我のもとである。
 さて、この魔法カバンの大きさはトランプの箱程度しかない。だがしかし、収容量は支払った金次第である。容量が大きければそれだけ支払う金額が増えていくのだが、そこは侯爵家である。この魔法カバンを作らせたのはあの婚約式の後だった。こうなることを知っていたマルティンは、父親のギンデル侯爵に婚約者のためにもと言って最大サイズでしかも時間停止機能まで付けさせた。婚約者にとびきりの贈り物を運ぶため、と言うことにして。

「お、中身が分かる。取り出すことは……できるな」

 腰の魔法カバンから取り出したのは一枚の金貨。平民ならコレでひと月は暮らすことができるだろう。平民落ちしてしまう未来を知っていたマルティンは、この魔法カバンを作ってもらってからというもの、少しずつ小遣いをこの魔法カバンに貯めていたのだ。何にしても先立つものは金である。次に食料。時間経過のない魔法カバンに少しずつ食事の時のパンを収納していたので、五年間で随分と溜め込んである。万が一追っ手が来て国外に逃亡しなくてはならなくなった時のためだ。貴族の家庭で育ったマルティンである。逃亡生活はできたとしても、食生活の質を突然最下層に落とすことは難しいと踏んだのだ。いくら前世日本人の記憶があったとしても、食材が良くなければそれなりの食事しか作れないし、何より日本人の記憶があるからこそ、乙女ゲームの世界の洋風な食生活が耐えられないのである。乙女ゲームらしくお菓子はふんだんに種類があり、どれも大変美味しいのだが、食事がなおざりなのだ。パンにサラダに焼いた肉。要するに、攻略対象者たちとのデートでがっつりと食事はとらないため、この世界の食事は貧相なのである。だからこそ、お菓子がやたらと充実しているのが滑稽に見えるのだ。まあ、乙女ゲームだから仕方がない。と割り切るしかないのだろう。
 だからこそ、マルティンは乙女ゲームの舞台から退場させられた後のことを思い描いて生きてきた。五年という時間は長いようで短い。ラノベの異世界転生あるあるみたいに思いついたことを思い通りにできればよかったのだろうけれど、残念なことにマルティンは悪役令息という肩書のついたモブだった。しかもヒロインの婚約者でチート級に強くて賢かった。だって悪役令息だから。そんなわけで、マルティンは自分磨きに精を出さねばならなかったのである。何もしなくて剣の腕前が上級者になれれば苦労はしない。チート級に強くなるためには、努力と訓練が必要だったのだ。

「まあ、おかげで冒険者になるのにためらいがなくなったけどな」

 実はマルティンは、異世界転生したのなら冒険者になりたいと密かに願っていたのである。前世で乙女ゲームのマルティンがチート級に強かったのを思い出したからである。だがしかし、実際に剣を振ってみたらへなちょこだった。こんなよわよわでは断罪後に冒険者として生きていくどころか、野垂れ死んでしまう。そう思ったので、父であるギンデル侯爵に頼み込んで冒険者を剣術の講師にしてもらった。さらには成績優秀でなくてはならなかったため、勉強のための家庭教師も優秀な人材を招いてもらった。すべては婚約者に恥をかかせないためと称してである。本音は断罪後の自分の人生のためとは絶対に言えなかった。万が一にも乙女ゲーム通りに話が進まなくなってしまったら、マルティンの断罪がどうなってしまうかわからなくなってしまうからである。悪役令嬢あるあるみたいに、そんなことで死刑とか絶対にお断りなのである。そんなわけで、たゆまぬ努力をして、原作のストーリー通りに乙女ゲームを進めた結果、見事マルティンは婚約破棄からの断罪エンド。乙女ゲームの舞台から退くことができたのである。エピローグでその後マルティンの姿を見たものはいない。とされていたので、国外に逃亡したか、野垂れ死んだのかさえ分かっていないのである。

「さあ、ようやく異世界転生のだいご味。冒険者になってやろうじゃないか」

 通りの向こう側に見える冒険者ギルドの看板を見て、マルティンは一人胸を躍らせたのであった。
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